四宮総司は変えたい   作:もう何も辛くない

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後悔は先に立たない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしてこうなった。

 今の総司の気持ちを一言で表すとすれば、まさに上記の一言そのものである。

 

 日付はいよいよ十二月、一年で最後の月に突入。それと同時に、文化祭の準備が本格化する。

 それぞれのクラスの出し物は既に決定し、当然総司のクラスが行う出し物もまた、決まっていた。

 

 総司のクラスが行うのは、簡単に言えば科学実験である。誰でも簡単に且つ、小さな子供でも楽しめる内容を考え、出し物として行うのだ。

 ついでに言えば、何故だか知らないが科学実験を出し物として行うのに、教室の中心に某ピタゴラな装置を作ろうと出し物が決まった際の盛り上がりとノリで決まった。

 

 別にそれは良い。折角の文化祭、羽目を外さない範囲でなら自由に楽しんで良いと思っている。だから、出し物が科学実験に決まろうがそれに関係ない装置を作ろうが何の文句もない。

 

 しかし、しかしだ。

 

「うわぁっ!可愛く出来てるじゃん!」

 

「えへへぇ~、でしょぉ~?」

 

「…」

 

 総司の視線の先で、床に置かれた白く大きな紙に何かを描いている女子生徒の姿があった。そして、その紙に描かれたものを見て感嘆するその生徒の友人と思わしきもう一人の女子生徒。

 

 総司にとって文句たらたらな代物は、そこにある。

 

「四宮君はどう思う?」

 

「ちょっと。四宮君じゃなくて、そうじろう先生でしょ?」

 

「あっ、そうだった!そうじろう先生、これで良いですかー?」

 

「…あぁ、良んじゃね」

 

 それは良い笑顔で紙に描かれた文字と絵を総司に見せてくる女子生徒。確かに可愛らしく出来ている。真ん中に横向きに書かれた可愛らしい文字に、その文字を装飾する可愛らしい絵。

 これで、書かれてる文字が『そうじろう先生の科学実験教室』でなければ、本当に何の文句もなかったのに。

 

「なあそうじろう先生、何かこれ上手くいかねぇんだけど」

 

「…もっとゆっくりで良い。力加減ももう少し弱くて良い」

 

「…おぉ!音が出た!」

 

 次に総司に声を掛けてきたのは男子の生徒。机の上に水が入ったグラスを載せ、その縁を指でなぞっている。

 そう、これはあの有名なグラスハープである。そうじろう先生の科学実験教室の企画の一つである。

 

「おーいそうじろう先生ー」

 

「そうじろう先生、こっちに来てくれー」

 

「そうじろう先生、ここはこんな感じで良いかな?」

 

「──────」

 

 そうじろう先生、大人気である。

 もう一度問おう。どうしてこうなった?

 

 その理由を語るには、三日前まで遡る。

 文化祭の準備は思わしくいかず、総司のクラスは少々ピンチに陥っていた。何しろ、実験の内容が三日前の段階で一つしか考え付いていなかったのである。

 

 決して案が出てこない訳ではない。しかし、もっと面白いものは出来ないのか、という拘りが進捗を遅らせていた。

 

『…グラスハープとかどうだ』

 

 この状況の中、これまで全く会議に出席しながら参加しようとはしなかった総司が初めて口を開いたのだった。

 

『グラスに適量水入れるだけで済むし、文化祭に来る客を参加させられる』

 

 この案が総司の想像以上にクラスの皆に受け、すぐさまその案は採用された。

 更に総司は他に良い案はないかと問われ、その質問に、

 

『水、油、着色料、塩。これで出来る実験は面白いと思う』

 

 そう言って、総司はスマホで呼び出した実験の動画をまず代表者に見せる。

 結果、先程のグラスハープの案よりも受けた。

 その後、何やかんやで実験はグラスハープと水と油の実験、そして始めに決まった片栗粉のダイラタンシーとピタゴラな装置でいこうという事に相成った。

 

 そして、行き詰まっていた状況を一瞬で打破した総司を祝し、出し物のタイトルが『そうじろう先生の科学実験教室』に決まったのだ。

 

「…」

 

 文化祭当日になれば、大勢の客の前でこのタイトルが大々的に晒されるのである。まあ、この出し物にそこまで多くの客が来るかは定かではないが…。

 少なくとも、総司と既知の者達は間違いなく来る。そして、タイトルのそうじろうとは誰の事なのか、すぐに悟られる。

 

 あぁ、笑われるのが容易く想像できる。何か当日は総司が当番の間は白衣を着せようとかいう不吉な話も聞こえてきた。それだけは断じて御免だ。絶対に嫌だ。

 

「あっ、総司君!」

 

「っ」

 

 教室で準備が進む中、する事がなく省かれた形になった総司は教室を出る。どうせ何か聞きたい事があったら探しに来るだろうと廊下に出た所で、総司は声を掛けられる。

 

 声の主を確かめなくとも解る。声がした方に振り向けば、そこには総司の予想通りの人物がこちらに歩み寄ってきていた。

 

「どうしたんですか、廊下に一人でいて…。あ、もしかしてサボりですか?」

 

「違う。やる事ないから邪魔にならない様に廊下にいるだけだ」

 

「…それはサボりじゃないんですか?」

 

 それを、人はサボりという。

 

「…ち、かこそ、準備しなくていいのか?」

 

「…私はこの領収書を先生に渡しに行くとこですけど」

 

 声を掛けてきた千花は教室に残らなくて良いのか、問い掛けると、千花は総司に学園の近くにある100円ショップの領収書を見せてきた。

 領収書には大量の風船を買った旨が記されている。どうやら千花のクラスでは風船を使った出し物を行うらしい。

 

「…」

 

「…何だよ。俺、何か睨まれる様な事したか?」

 

 千花のクラスの出し物が解ったのは良いが、総司の中でまた一つ疑問が生まれる。

 何故、自分は千花にじと目で睨まれているのだろうか?

 

「聞きたいのは私の方です」

 

「は?」

 

「私、総司君に何かしちゃいましたか?」

 

 ちょっぴり膨れた様子で聞いてくる千花に、疑問符を浮かべる。

 

 何かしたか、と聞かれても。思い当たる事は何もない。

 

「いや、別に」

 

「…なら、どうして私の名前を呼びづらそうにしてるんですか?」

 

「…」

 

 あぁ、解ってしまった。そして、悟られてしまった。

 

 切っ掛けは例のあれである。千花と圭が総司に好意を持っているのでは、という疑いが生まれたあの日である。

 あれから、どうも千花と圭を下の名前で呼ぶのが気恥ずかしくて仕方ない。先程も、千花と呼ぶ際に不自然にごもってしまった。

 

「総司君。もし私が何か気に入らない事をしちゃったのなら正直に教えてください。謝りたいですし、次からは注意したいですから」

 

「い、いや、ホントに何もない。ち…千花が気にする様な事は何もない」

 

「ほら!また言い淀みました!」

 

 まずい。こんな所で騒いでしまっては注目を浴びてしまう。

 逃げてしまおうか…、いや、ダメだ。それはただの問題の先伸ばしである。とはいえ、ここで話続けるのはもっと注目を浴びる羽目になる。

 

「…そんなに言いづらい事なんですか?」

 

「…千花?」

 

 ぷんすかと怒った様子だった千花の表情が突然、悲しげに歪む。

 違う。そんな顔をさせたい訳ではない。ただ、自分は──────

 

「…何度も言うけど、千花が悪い訳じゃない」

 

「じゃあ、どうしてですか…?」

 

「…」

 

 どうしよう、何て言おう。まさか全部ぶっちゃける訳にもいくまい。そんな事をすればどうなるか、考えられる未来は二つ。

 

『え…?』

 

 と、千花に強烈な羞恥を与えるか、

 

『え…?』

 

 と、千花にドン引きされるかのどちらかである。

 

 断言しよう。どちらも御免である。特に後者。後者は総司が受ける精神的ダメージがとんでもない事になる。

 

「…総司君」

 

「ん、なに…」

 

 どうするべきか未だに悩んでいると、再び千花に声を掛けられる。

 

 千花は、笑っていた。

 何か吹っ切れた様に。何かを、諦めたかの様に。

 

 千花が口を総司の耳元に寄せてくる。

 

「私は、総司君の事が好きですよ」

 

「っ…」

 

 千花の顔が離れる。千花は笑ったままだった。

 

「ごめんなさい。急に変な事を言って」

 

「…」

 

「迷惑でしたよね?忘れてください」

 

「あ…、千花っ」

 

 千花はその言葉を最後に走り去っていく。総司はその後を追おうとして──────

 

「おーい、そうじろう先生ー!ちょっと教えてほしい事があるんだけどー」

 

 足を止める。

 

 心が叫ぶ。そんなもの無視して、千花を追いかけろと。

 しかし反対に、頭が冷静に言うのだ。追いかけてどうするのか、と。解っているはずだ、と。自分にそんな資格はない、と。

 

 あんなどこまでも純粋な女の子に想われる資格などないのだと。

 

 それならば、千花の言う通り忘れるのが一番なのではないか。

 

「…」

 

 どれだけ考えて答えは出ないが、総司は千花を追わずに教室の中から呼んできた生徒の方へと足を向ける。

 

 だって、ここで千花を追いかけても、掛ける言葉が何も思い付かなかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

 一階の階段の下、影となって遠くからは姿が見えない場所に、千花はいた。

 

 思い返すのは先程の総司との会話。どうしてあんな事を言ってしまったのだろう。()()()()()()()をしていれば、こんな事にはならなかったのに。

 

 違和感を抱いたのはもう二週間程前になるだろうか。どうにも総司の様子がおかしい事に千花は気付いた。自分の名前を呼ぶ際、必ず言葉が詰まるのだ。

 始めは偶然だとスルーしていたが、何度も何度も続けば違和感へと変わる。そうして、千花は何か総司にしてしまったのではないか、という考えに至る。

 

 そして今日、千花は総司に問い掛けたのだ。自分は何か気を悪くする様な事をしたのか、と。

 

 返答は返ってこなかった。しかし、千花にはそれで充分だった。総司の返答に困る様子を見て、察したからだ。

 

 ──────あぁ、バレている。

 

 根拠はない。しかし、千花の第六感がそう告げた。

 自分の気持ちは、気付かれていると。

 

 だから千花はあまりに唐突に告白した。してしまった。どうせ気付かれているのなら、いっその事暴露してしまえ。

 

「っ…」

 

 千花の脳裏で、告白した直後の総司の表情が過る。

 悲し気に表情を曇らせて千花を見つめていた総司。それだけで解った。自分の想いが遂げる事はないのだ、と。

 

「うっ…うぇ…」

 

 嗚咽が漏れる。止めどなく涙が零れる。何度も目を拭う。しかし流れる涙は止まらない。

 

 千花は遂にしゃがみ込んでしまう。

 

 どうしてあの時、どうせと踏み込んでしまったのか。逸らなければ、まだ総司とは友達でいられたのに。少しの恥ずかしさを我慢して、総司と変わらず接していられたのに。

 

「…仕方、ないじゃないですかぁ」

 

 自問自答。その理由を、千花はすでに悟っていた。

 

「だって、好きなんですから…。仕方ないじゃないですか…っ」

 

 その答えはあまりに単純で、そしてあまりに複雑なものだった。




文化祭編に続く
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