音楽譚と三期決定によって力を得て復活しました。
うおおおおおおお!三期きたあああああああ!
「…先生」
「四宮先生…」
「私に授業をしてください!」
「ちょっと何言ってるか解らない」
総司の目の前で頬を赤らめた女子生徒達が騒いでいる。
何故こんな騒ぎになっているのか、その理由は今の総司の格好にある。
白衣を身に纏い、度が入っていない眼鏡を掛けた総司は端から見れば完全に理科の教師である。ついでに容姿が整っているイケメン教師。男子からは妬みが、女子からは憧憬の視線が注がれる。
「おーい、そろそろ開場の時間だぞー」
「私、奉心祭回らないで総司様見てようかしら…」
「馬鹿な事言ってないでとっとと出てけ。お前らのシフトはまだ先だ」
うっとりしたままの女子生徒達をシフト外の生徒と共に男子生徒達が追い出す。
あと五分もすれば一般の客達がやって来る。シフト外の生徒が教室に残っていたら、この教室の密度がとんでもない事になってしまう。
シフト外の女子生徒がブーイングしながらも教室から出ていく中、いよいよ一般の客を校舎に入れて、奉心祭が本格的に始まりを告げる。
開かれたゲートから入ってくる一般客であっという間に校舎が一杯になる。廊下を歩くだけでも一苦労な程に賑わいを見せる中、総司達のクラスには多くの客が出し物を覗きに来ていた。
「ねえねえお兄ちゃん!これってどうしてこうなるの?」
「おう!これはだな!…これは、だな。…そうじろう先生!」
ビーカーの真ん中で境界ができ、その上で上半分に赤い玉が浮いている光景を見た男の子が近くにいた男子生徒に声をかける。男の子にこの光景はどうしてこうなるのか問われた男子生徒は答えようとして…、答えられずに総司に助けを求めた。
助けを求められた総司は男の子に水と油の関係についてと赤い色料が浮く理由を教えるが、男の子には少し難しかったようで首を傾げられてしまう。
しかし、もう一度噛み砕いて説明して上げると水より油の方が軽いから二つの液体が上下に別れる事だけは理解できたようで、目を輝かせる男の子はビーカーの中をじっと見つめていた。
(…忙しい)
たくさん人が入ってくる今の光景は総司にとって嬉しいものではある。なのだが、それによって総司は多忙極まりない状態に陥っていた。
何しろ、実験について解らない所があれば殆どの場合で総司に聞いてくるのだ。総司の格好が眼鏡に白衣という明らかに博士を意識した格好なのだから当然といえば当然なのだが。
「うおおお!すげぇえええ!」
「ねえねえ!何でここで玉が曲がるの?」
この場で出した科学実験も好評だが、教室の中心にある目玉、ピタ○ラ装置も大好評のようだ。
何で科学教室でピ○ゴラ装置なんだと当初は疑問だったが、この盛り上がりを見ているとそんな疑問なんてどうでも良くなってしまう。
子供だけでなく、一緒に来た大人も楽しんでいる様子を見て総司の表情が和らぐ。喜んでもらえるのなら苦労した甲斐もあるというものだ。主に今のコスプレについて。
しかし盛り上がっているのは良いがあまり今の格好を知り合いに見られたくはない。特に石上に見られたら羞恥心が欠如しているとか言われそうだ。実際にかぐやがそう言われてたし。
なんて思ってたら本当に知り合いが来そうなものだがそんなうまい…いやうまくないのだが、そんな話は現実であるはずもなく、総司は教室を見回して様子を──────
「総司さん!」
訂正。そんな話はありました。フラグとか現実であるはずないと思ってたけど、どうやらあったらしいです。
「圭さん…。来てたんだ」
「はいっ!」
呼ばれた方へと振り返ればそこには白銀の長い髪を靡かせる圭が立っていた。
唯一の救いは来たのが石上ではなく圭だったという事か。圭なら容赦なく言葉のナイフでぐさぐさ刺しに来る事はない。はず。
「白銀のクラスには行ったか?バルーンアートやってるけど」
「あ、はい。看板はチラッと見えました。後で行ってきます」
どうやら最初にここへ来たらしい。哀れ白銀、愛する妹に後回しにされてしまう。
「それでその…、総司さんはいつまでここにいるんですか?」
「ん?昼前に一旦休憩入るけど?」
「昼前…」
勿論、白衣姿のまま一日中教室にいる訳ではない。総司もまた一生徒であり、奉心祭を楽しむ権利を持っている。とはいえ、そうじろう先生がいなければタイトル詐欺になってしまうのも事実。
申し訳なさそうに他の生徒より短めの休憩になってしまう旨をお願いされた総司は快く了承した。別に誰かと回る約束もしていないし、というより別に回るつもりもなかったというのが正しい。むしろ、こうして教室で自分達が考え、作り上げた出し物を楽しんでくれている客の姿を見ていた方が楽しいのではと思ってさえいる。
「そ、それじゃあ総司さん。休憩の間、私と一緒に回りませんか?…奉心祭」
「え?」
「「「「!!?」」」」
呆ける総司。それと同時に何故か緊張が奔る室内。
いや何故だ。何でそんなに目を見開いてこっちを見てくるんだ。
「…」
僅かに頬を染める圭もまた、緊張した様子で総司を見上げている。圭が緊張しているのは解る。断られたら、なんて思いが浮かんで緊張しているのだろう。しかし、何で圭以外の周囲も緊張しているのか。
「いいよ。回ろうか」
「っ、は、はいっ!」
「「「「おおおおおおおおおお」」」」
誘いを受けた途端、圭の表情が一気に綻ぶ。同時に緊張に満ちていた教室が歓声で満たされた。いや、全く解らん何故だ。
「おい四宮。今行ってこい」
「は?いや、シフトはまだ…」
「そんなのはどうでもいい。今行け。すぐ。ハリー!」
「???」
さっきから解らない事だらけだが、クラスメイトに急かされ総司は白衣を脱がされ眼鏡をぶんどられ、圭と一緒に教室から追い出される。
「…なんで?」
「…」
本当に解らない。まだシフトは終わってないのに何で、それも強引に追い出されなければならないのか。そして、何で圭はどこか申し訳なさそうな顔をしているのか。
「…まあいいか。どこ行く?」
解らない事だらけだが、ここで突っ立っている訳にもいかない。総司は隣に立つ圭に視線を向け、どこか行きたい所はないか問い掛ける。
圭が顔を上げて総司を見返しながら口を開く。
「えっと…、それじゃあまず、かぐやさんのクラスに行きたいです」
「かぐやの?ならすぐそこだけど…」
かぐやのクラスの教室をある方へと圭と一緒に視線を向ける。
視線の先では行列が、そして列の最後尾では十分待ちと書かれた紙を持った女子生徒。
「見ての通り少し待つみたいだけど、行く?」
「はいっ!」
迷うことなく断言されてしまえば何も言い返せない。いや、圭の要望に不満等はないのだが、待ち時間があるため先に白銀のクラスから回ろうかと提案するつもりでいたのだが、こんな風に断言されると何も言えない。
とにかく、クラスからの許可は得たため、それに甘えてかなり早めの休憩に入らせてもらう。休憩が終わる時間まで圭と一緒に奉心祭を回らせてもらおう。
「はい。コーヒー二つです」
「ありがとうございます」
という事で、早速圭の要望通りかぐやのクラスでやっているコスプレ喫茶に入ったのだが。単刀直入に言おう。空気が冷たい。
その理由は今、総司と圭にコーヒーを出しに来たメイドのコスプレをした早坂と、コーヒーを受け取りながら早坂にお礼を言った圭にある。
初めはメイド服姿の早坂を見て二人で驚いただけだった。いや、総司は驚きすぎて肝を冷やしたのだが。
しかし、早坂と圭の視線が交わってから空気が一変する。早坂の視線が鋭くなり、圭の顔がどこか誇らしげな風に笑う。
実際に声に出していないにも関わらず、女二人による舌戦が行われている様に見えてならない。これを、人は修羅場と呼ぶ。
「早坂さん、似合ってますね?メイド服」
これまではただ殺気をぶつけ合っていただけだったが、圭が先に仕掛けた。
にこやかに笑みを浮かべて、柔らかでありながらどこか刺々しさを感じさせる声で早坂に話し掛ける圭。
「ありがとうございます。私自身、どこかしっくりとさえ感じています」
一方の早坂は総司にとっては慣れ親しんだ、周囲のクラスメイトにとっては違和感を感じるであろう無感情な声で返事を返す。
しかし、早坂もまた圭と同じく、その声の中に刺々しさを感じさせた。
「四宮くん」
「え?あ、はい?」
再び視線をぶつけ合い、火花を散らし始めた二人だったが、不意に早坂が総司の方を向き口を開いた。
馴染みのない呼ばれ方故に一瞬硬直してしまったが、学校での早坂のキャラではこの呼び方が普通だろうとその一瞬の間で納得した総司は気を取り直す。
しかし、その声は無機質なままである。普段の早坂と同じままである。
「白銀さんとデートしてるんだ?」
「…早坂、落ち着け。何で怒ってるのか知らないが、とにかくお「私の質問に答えて」…まあ客観的に見ればデートではあると思われます」
「…ふーん」
理由は解らないが、早坂は総司が圭と一緒にいるのが気に入らないらしい。本当に理由はさっぱり解らないが。
その鈍感さが、早坂の機嫌を悪くさせる一つの要因なのだという事を、この阿呆は知らない。
「早坂?」
「っ…。かぐやさ…ちゃん」
更に早坂が続けようとしたその時、早坂を呼ぶ声がした。その声の主は、町娘の格好をしたかぐやである。
振り返った早坂はかぐや様と言いかけた。総司にも圭にも解った。
仮面が剥がれる程に早坂の機嫌は底を突き抜けているという事なのだろう。
「何をしているんですか?お客様が待っていますよ?」
「…、…。はい、解りました。すぐに行きます」
ここでこうして話している間にも客は教室を行き来し、注文を待っている。
注意された早坂は数秒何か言いたげな表情でいたが、かぐやに従って仕事へと戻っていった。
そんな早坂の後ろ姿を眺めながらかぐやはため息を吐き、そして総司と圭へと向き直った。
「早坂がごめんなさい、圭」
「い、いえっ、気にしないでください。私も、早坂さんを挑発しましたから…」
頭を下げるかぐやに慌てて両手を振る圭。
「それにしても、最近のあいつ情緒不安定だよな。すぐ機嫌悪くしてさ」
「…貴方はもう少し早坂の事を見てあげなさい」
「え」
やり取りする二人を眺めながら総司は頬杖を突く。そして二人から客に飲み物をお出しする早坂に視線を向けてからため息混じりに口を開いた。
そんな台詞を耳にしたかぐやが呆れを全く隠さない口調で総司に言い返す。
「私も、今のはちょっと早坂さんが可哀想だと思います…」
「えぇ」
更に圭までもが遠慮がちにかぐやの言葉に賛同する。
総司の味方は果たしてどこへ。
「とにかく、二人はどうぞゆっくりしていってください。…といっても、あまり長く居座られると困りますけど」
「解ってる。これ飲み終わって少ししたら出るよ」
少し申し訳なさそうな表情で言うかぐや。本音は心行くまでゆっくりしていってほしいのだろうが、この混みっぷりだとそういう訳にもいくまい。
総司もそれを察してかぐやに対して反論はせず、あまり長居はしないと返事を返した。
その返事を聞いて笑顔を浮かべたかぐやは、一度総司と圭にお辞儀をしてから仕事へと戻っていった。
「…圭さんはゆっくりしていきたかったろうけど、悪いな」
「いえ。…いえ、ゆっくりしたいとは思いますけど、それだと他のここに来たいお客さんに悪いので」
本当に圭は良い子である。憧れのかぐやが働いている所だ。じっくりとその場所を堪能したかったろうに、その気持ちを抑えて他人の気持ちを慮る事ができる。
今時の中学生にこんな事ができる子が果たしてどれだけいようか。
「────さて、そろそろ出ようか」
そうしてリラックスしながら、且つ少し急いでコーヒーを飲み干した二人は席を立ち、傍にいた猫耳ウェイトレスの格好をした女子生徒に会計をしたい旨を伝える。
「五百円になりまーす」
「はい」
コーヒー二つの料金を払うべく、総司は制服のポケットから財布を取り、中から一万円札を出す。
「ま、待ってください。総司さん、自分の分は払いますから」
出そうとしたところで、総司が全額払おうとしている事を察した圭が呼び止めた。
「まあまあ、気にしない気にしない」
しかし総司はそんな圭に見向きもせず会計を済ませるべく一万円札を渡そうとする。
「総司さんっ、本当に私、大丈夫ですから!」
高々数百円程度、総司にとっては出費とすら言えないのだが、家庭事情が切迫している白銀さん家の圭さんにとってはそうではない。
数百円の出費が白銀家にとって明日を左右する時はこれまで多々あった。圭にとっての数百円とは大金なのである。その大金を他人に、それも想い人に出させるなど圭には耐えられないのである。
「いや、ここは年上として格好つけさせてくれよ」
そんな圭の気持ちを、全てとはいえないが総司は察しているつもりだ。だからこそ、総司はここで圭にお金を出させたくないのである。
ノブレス・オブリージュ、なんて言うとまるで圭を見下しているようだが、似たようなものだ。
四宮の人間が、家庭事情が厳しい生徒、それも女子に割り勘とはいえ金を払わせた、なんて事、総司にとっては許されない事なのだ。
それに、たとえ総司の家庭が裕福でなかったとしても、そんなプライドがなかったとしても、総司は圭にお金を払わせたくはなかっただろう。
何しろ、四宮総司は身内に甘いのだから。
「…本当にありがとうございます」
「いいからいいから。それより、次はどこ行く?」
結局、圭を押し切った総司が二人分の金額を払って、二人は教室を出た。
総司の隣にはそれはそれは申し訳なさそうに身を縮める圭の姿。そんな圭に次の目的地をどこにするか問いかけたのだが─────
「ああああ…。総司先輩にどんなお礼をすれば…。やっぱり、この奉心祭で何かお返しするべきよね…。でも何を…?私はコーヒーを奢ってもらったから…、食べ物とか…?外でたこ焼きとか焼きそばとか屋台たくさんあったからそこで…、あぁでも総司さんの口にそんなザ・庶民な食べ物が合うのかな…?ああああああどうしよぉおおおおおお…!」
「…」
どうやら総司の声は聞こえなかったらしい。頭を抱えてぶつぶつと呟く圭に、今、総司の言葉を無視した事を伝えたら顔を真っ青にして倒れるだろう。
それ程に、圭は追い詰められていた。
(…良かれと思ってしたんだが)
普通に割り勘するべきだったか。いやしかし、圭にお金を払わせるのは如何なものか。それに、ここまで追い込む事になるなんて思わなかった。
「圭さん」
「…ふえ」
とにかく、まずは圭を正気に戻す。
総司は圭の名前を呼びながら、圭の頭にぽん、と手を乗せた。
「総司さん…?」
「奢った奢られたくらいで気にしすぎ。友達ならそれくはい普通にやるだろ?」
「それは…そう、思いますけど…」
「それとも、俺は友達ですらない?」
「っ、そ、そんなこと!」
恐らく圭はたとえ友人相手だろうと、そういった金銭のやり取りは行わないようにしていたのだろう。お金の貸し借りなんて以ての外。
しかし、友人同士で奢った、奢られたなんて別に珍しくもない。信頼できる相手とならば、という条件は付くが。
「じゃあ、もうこの話はおしまい」
「いや、でも…」
「あぁ、お返しとかもいらないから」
「えぇ~!?そ、総司さん!?」
「ほらほら、次は白銀のクラスに行くぞー」
背後から圭の呼び止めようとする声と、こちらに駆け寄ってくる足音が聞こえる。
総司はもうこの話を続けるつもりはなかった。圭としてはまだ納得できないのだろうが、総司の態度からこれ以上話を聞いてくれないと察したのか、以降この話を口にしなくなった。
それに、あんな言い方をされたら圭自身、納得するしかなくなってしまった。圭は、総司の事を信用しているのだから。
「兄のクラスの出し物はバルーンアートでしたっけ?」
「あぁ」
「…兄さん、バルーンアート出来るのかな」
「?」
白銀のクラスの教室に向かうなか、改めて出し物の内容を聞いた圭が不安そうに俯いてしまった。
理由が解らず首を傾げる総司。未だ俯いている圭。
「あ」
そんな二人の耳に、聞き覚えのある声がした。
いや、圭にとっては聞き覚えのあるどころではない。とても身近な、毎日聞いている声。
「あ」
次に声を出したのは総司だった。目の前にいる、こちらをじっと見つめる一人の男、恐らく先程の声の主だろう男の姿を見て、声を漏らしてしまった。
何しろ、そこに立っていたのは、白銀家の大黒柱…である筈の男だったのだから。
「お、お父さん…」
「娘が数年ぶりにお父さんと呼んでくれたぞ」
「お父さん!」
何やら、嫌な予感がしてならない総司だった。