四宮総司は変えたい   作:もう何も辛くない

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明けましておめでとうございます(今更)
皆さん体調は大丈夫でしょうか?私はメチャクチャ健康です。コロナウイルスと最近の寒さと、気を付ける事がたくさんですが体調には気を使って過ごしましょう。


氷の仮面は溶かされる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四宮総司は、四宮総司という人間が嫌いである。

 自分のためなら他人を平気で傷つけられる自分が嫌いで、自分のためなら他人を平気で裏切る自分が嫌いで、自分のためなら他人を平気で見捨てる自分が嫌いで。

 

 四宮総司は、四宮総司という人間が嫌いで堪らない。

 

 四宮の極秘データに手を出そうとしたある男を、何も知らない家族ごと海外に左遷した事がある。

 四宮の利益のためにある会社を潰し、多くの家族の生活を滅茶苦茶にした事がある。

 四宮にとって損益になりそうだったから、それ以前まで懇意にしていた企業の救援要請を無視した事がある。

 

 総司は常々思う。自分は屑だと。いつになるかは知らないがいずれ死んだ時、まず間違いなく自分の行き先は地獄だろうと確信している。

 だからこそ、総司は妹と、その周りの光景が眩しかった。

 

 総司とかぐやは似ている。双子なのだから当たり前と言えば当たり前だ。容姿は勿論、過ごしてきた環境も境遇も同じなのだから性格も。しかしかぐやと総司とでは根本的に違うものがあった。

 

 二人は自身の性格の悪さを自覚していた。かぐやはそれを直そうとした。

 総司は、それを直す必要性を感じなかった。

 

 総司もかぐやと同様、数年前と比べれば格段に丸くなった。だがそれは、総司自身が努力した結果ではない。

 かぐやとその周囲の人達に巻き込まれ、そうなったに過ぎない。総司はそうなろうとしたのではなく、ただ染まっただけ。

 

 今の自分になれた事を総司は感謝している。ほんの少しでも、たとえそれが自分が身内と捉えた相手に限ったものだとしても、他者に優しくなれる自分にしてくれた人達に、総司は感謝している。

 しかし同時に、過去の自分がこうなろうとしなかった事に引っ掛かりを覚えた。自分は、かぐやとは違うのだと。

 

 四宮総司は四宮(くず)なのだと、可愛くなろうとするかぐやを見て、痛感させられた。

 

「だから!私の!目の前で!私の好きな人を!貶さないでください!」

 

 そんな貶されて当然の屑を貶すなと、好きなんだと目の前の少女は叫んだ。

 その叫びは情け容赦なく、千花を突き放すべく冷やした心に響いた。

 

「…俺は屑だ」

 

「屑じゃありません」

 

「何も知らないくせに」

 

「総司君が屑じゃないって事くらい知ってます」

 

「っ…、俺はっ」

 

「…どうして、そんなに自分を卑下するんですか」

 

 怒りが籠った千花の瞳が瞬きと共に悲しみに染まる。

 

「逆に、何故藤原は俺をそこまで買い被る」

 

 質問に質問で返す。普段の総司ならばしない事だが、何故か自然と口から出てきたのはそんな言葉だった。

 千花は一瞬悲しげに表情を歪めてから、総司の態度には触れずにゆっくりと口を開いた。

 

「総司君が言う屑が、そんな悲しい顔をするはずないです」

 

「─────」

 

 言われて初めて気付き、自覚する。総司は今、苦々しい気持ちを抱いている。

 まさか、知られたくないと思っているのか?過去の自分がしてきた所業を。どれだけ自分が四宮(くず)なのかを。

 

 違う、そんな筈はない。千花の勘違いを正さなければならない。そうでなければ、千花は総司に誤った印象を持ち続け、後に大きく傷つく事になる。

 そうなる前に、彼女を自身から離さなければならない。

 

 そう、思っていた筈なのに。

 

「総司君、覚えてますか?私と初めて会った時の事を」

 

「…」

 

「あの時の私は、大好きなピアノを弾くのが苦しかった。そんな私に、総司君が言ってくれたんです。『苦しいのならやめちまえ』って」

 

 あぁ、覚えている。というより、思い出したというのが正しいか。

 当時、総司は四宮の教育としてピアノを嗜んでいた。そして、天才と周囲に謳われていた千花と出会ったのだ。

 

 確かに、そう言った。だが、違う。その言葉は、千花が思っている様な優しい言葉なんかじゃない。

 

「それは、目障りだっただけだ。お前の華やかな演奏だけを聞いて天才と持て囃しながら、お前の努力を見ようともしない奴らが」

 

 千花を天才と誉めちぎる周囲の人々は、総司の才能を見て嫉妬し、総司を淘汰しようとする本家の屑達とどうしても重なった。

 

 そんな奴らが笑っているのが、あの時の総司は目障りで仕方なかった。だから、総司は千花にピアノをやめるよう勧めた。

 もし千花がピアノをやめれば、奴らの笑顔は消える。ただ、それだけのためだった。

 

「別に、千花を心配して言った訳じゃない」

 

 これ以上ない、突き放す言い方。だというのに、千花は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「それでも、嬉しかったんです。だってそれはつまり、総司君は私が苦しんでいたという事を理解してくれたって事なんですから」

 

「──────」

 

 曇り一つない、嘘偽りのない笑顔でそう言い放った千花に、総司は言葉を失った。何て都合の良い解釈の仕方をするのだろう。

 いや、千花の言った事は決して間違いではない。総司は千花の演奏を聞きながら、その演奏はただ天才だというだけで成り立つものではないと悟っていた。

 

「総司君は他人の苦しみを解ってあげられる優しさを持っています。だから、総司君は屑じゃありません」

 

 先程の台詞は何も言い返せない、正論だと認めよう。だからといって、今の台詞を聞き流す事は出来ない。

 

「違う。俺は千花の演奏が作り出した笑顔を消すために、お前の苦しみを利用した。俺が気に入らないからという利己的な理由でだ。そんな俺が優しいと?」

 

「優しいとは言ってません。優しさを持ってるって言ってるんです」

 

「ただの屁理屈じゃねぇか」

 

 胸を張りながら何故か誇らしげに言う千花に呆れを隠せない総司。

 確かに、心の中に優しさを持っている事と性格が優しいというのは別だ。先程総司が言った通り、屁理屈だが。

 

「それに優しさなんてねぇよ。ただ、他人より観察眼が良いだけで…」

 

「観察眼が良いだけの人じゃ、他人の苦しみまでは見抜けませんよ」

 

 つい、口の動きを止める。千花の表情から笑顔が消えたからだ。

 

「優しさを持ってるから、それが苦しいんだって分かるんです」

 

「…」

 

 またも言い返せなかった。なるほど、優しさを持っているからこそ苦しいのだと分かる、か。

 反論したい気持ちとは裏腹に、すっ、と胸の中にその言葉が収まってしまった。そしてそれと同時に悟ってしまう。もう、藤原千花は揺らがない。何を言っても、無駄に終わってしまう、と。

 

 しかし、総司は認められない。長年抱いてきた自分の価値観はそう簡単に変えられない。

 

 だってそうだろう。ここで敗けを認めてしまえば、この少女は()()()()()()()()()いてしまうのだから。

 

「俺は屑だ」

 

「総司君」

 

「どれだけ都合の良い言葉を並べても、それだけは変わらないんだよ」

 

「反論の言葉が見つからなくなったからって意地にならないでください」

 

「屑なんだよ!」

 

 千花の優しさに流されそうになるのを拒み、振り払うように総司は声を荒げた。

 

「たくさんの人の人生を滅茶苦茶にした!」

 

「驚くなよ?その中にはお前の友達もいる!」

 

「俺の都合で、俺だけのために、俺は他人を平気で蹴落とせる!」

 

「そんな奴に、藤原千花が好きになる価値なんてないだろ!」

 

 総司の大声を、千花はただ黙って聞いていた。

 一通り叫んで荒くなった息を整える総司に、千花は柔らかく微笑む。

 

「価値とか、そんなものは関係ないです」

 

「私は、総司君が好きです」

 

「だから、もうその顔に被った仮面は外してください」

 

 ずっと被り続けてきた、誰にも外せず、誰にも壊せないはずだった仮面に、ピシリと罅が入る。

 

「…何で、そこまで俺に拘る」

 

「そんなの、好きになっちゃったからです」

 

 誰にも、ずっと隣にいたかぐやでさえも外すどころか気付く事すら出来なかった、総司の仮面。

 

 総司は平気で、と口にしたが、平気なはずがない。今までに耳にしてきた怨嗟の声は鮮明に覚えている。思い出す度に泣き叫びそうになるのを、我慢し続けてきた。

 平気な顔を、張り続けてきた。

 

「ぁ──────」

 

 それを全て承知の上で、この少女は自分が好きだという。

 他人を切り捨ててきた無慈悲な自分を。その癖、資格もないのに傷ついてしまう弱い自分を。

 

「ぁぁぁ──────」

 

 掌で両目を押さえる。溢れそうになる熱を、決して外に出すまいと、痛みも気にせず力一杯押さえ込もうとする。

 

「ダメです」

 

 しかし、それを許してくれない。力を込めていたはずの手はあっさりと千花によって顔から離され、総司の視界に千花の微笑みが現れる。

 

「もう、我慢しちゃダメです」

 

 力を込めれば簡単に振り払える。なのに、出来ない。手が動いてくれない。まるで、振り払うのを拒むかのように。

 

「っ…」

 

 声を出す事だけは耐えた。それでも、両目から溢れる雫は別で。

 

 ずっと堪え続けてきた涙は、あっさりと堰を乗り越えて、総司の頬を伝った。

 

「ほら」

 

 そんな総司を、千花は抱き寄せた。総司の顔を胸に埋め、髪を優しく撫でる。

 

「泣けるじゃないですか」

 

 柔らかな温もりが、溶かしていく。

 

「私の好きな人は、屑じゃありません」

 

 千花の言葉が、総司の仮面を壊していく。

 

「誰かが貴方を屑だと罵っても…」

 

 長年を通して形成され、強固さが増していった冷たい氷の仮面は、

 

「私が違うって、相手に認めさせてやります」

 

 たった一人の少女によって、外されたのだった。


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