四宮総司は変えたい   作:もう何も辛くない

69 / 70
四宮総司は背中を押したい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秀知院大学医学部付属病院。白銀が搬送された病院の名前であり、以前かぐやが倒れた時もそこの病院に運ばれた。

 

 白銀が搬送された、と言ったがそれは飽くまで総司の予測であり、実際にその病院に白銀がいると聞いた訳ではなかった。

 しかし白銀が倒れた場所が秀知院学園内である事を鑑みて、搬送された病院はそこで間違いないと当たりをつけた。

 

 その予測はまさに当たっており、受付で総司は自身の名前を知らせ、白銀御行という男が運ばれてきた筈だと確認を取ると、すぐに是の返答が来た。

 看護師に白銀がいる病室の番号を教えてもらい、すぐに向かう。

 

「?」

 

 看護婦に教えてもらった番号を含めた病室が並ぶ廊下に差し掛かった時、総司は見覚えのある人物を二人見つけた。

 その二人はとある病室─────白銀の病室の扉の前でじっとしている。

 

 ─────何してるんだ、あいつらは。

 

 二人─────かぐやと早坂は扉に何かを当てながらじっとしている。その何かが分からないまま、総司は足を進める。

 そして次第に近付く程に、総司の目に二人が持っている何かがハッキリと映るようになっていって、それが何なのかを察した瞬間、総司の背筋に寒気が奔った。

 

「おい」

 

 総司は二人の背後に立ち、声を掛ける。

 

 真剣な様子で立ち尽くしていたかぐやと早坂は、驚いた様子もなく平然と振り返り、総司の方を見る。

 

「あら総司。来たのね」

 

「来たのね、じゃねぇ。お前ら、その()()()()()は誰のだ」

 

「さっき歩いてた医者から拝借したわ」

 

「今すぐ返してこい」

 

「嫌」

 

 かぐやと早坂が持っていた何かとは、聴診器であった。聴診器を扉に当てて、病室で行われている会話を盗み聞きしていたのだ。

 

 それを察した総司は率直に、気持ちが悪いと感じた。白銀が気になるとはいえ、そこまでするのか、と恐怖を覚えた。

 

「ったく…」

 

 引き下がるつもりが全くないかぐやに溜息を吐きながら、総司はドアノブに手を掛ける。

 

「医者がまだ話し中よ」

 

「知った事じゃないな」

 

 申し訳なさはある。ただ、総司は今すぐ白銀と話をしたかった。

 何しろ、今日も総司は忙しい。スケジュールが詰まっている。ここでゆっくりはしていられない。

 

 中にいる医者には悪いが、少し時間を貰う事にする。

 

 ノックもせず、横開きのドアを開けて病室の中へ無遠慮に入る。

 中にいた白銀、医者と看護婦が驚いた様子で中へ入って来た総司の方へ視線を向ける。

 

「総司…!?」

 

「よぉ白銀。気分はどうだ?」

 

 白銀に軽く手を上げて挨拶してから、総司は白銀の近くにいた白衣の医者へと視線を向ける。

 

「こうして話すのは久し振りですね、田沼さん」

 

「えぇ。お久し振りです、総司様」

 

 以前、かぐやが運ばれた時には話をする事が出来なかった、四宮家のお抱え医師とも挨拶を交わす。

 

 毎年総司とかぐやは学園で行われている健康診断の他にも、この田沼が管理をする健康診断も受けている。その健康診断を行っているのが田沼だとは、かぐやは知らない事だが。

 

「すみません、診断の途中でしょう?でも、どうしてもこいつと話がしたくて」

 

「いいえ、診断はたった今終わった所です。私達は席を外すので、時間が許す限り、お話をなさってください」

 

 そう言って、田沼は看護婦を伴って病室を去っていく。

 開いた扉の間からは見えなかったが、恐らく、扉の影でかぐやと早坂が聴診器を使ってこの会話も盗み聞いているのだろう。そして、これからの総司と白銀の会話も。

 

 身内の行動に覚える恥ずかしさを隠しながら、総司はベッド横の丸椅子に腰掛けた。

 

「…こうなるだろうとは思ってたよ。思ったよりも粘ったけどな」

 

「…すまん。お前からも忠告されたのに、俺は─────」

 

「謝る事はないさ。…最近はかなりストレス掛かる事があっただろうし」

 

 きゃっきゃきゃっきゃと白銀とのキスについて自慢していたかぐやの顔を思い出す。

 

「…あれだ。愚妹が馬鹿な事をして、悪かった」

 

「お、お前…まさか、知って…!?」

 

 まさか、文化祭での事を総司に知られているとは思わなかったのだろう。明らかに白銀が狼狽する。

 

「とりあえず、あれだ。おめでとう。これからも、妹の事をよろしく頼む」

 

 かぐやと白銀の関係について、総司が何故知っているのかという経緯は言及せず、総司は兄として、信頼できる相手に掛け替えのない家族を託そうとしていた。

 

「…総司」

 

「どうした?」

 

「俺は、四宮の隣に並び立つに相応しい男なんだろうか」

 

 そんな総司の気持ちは伝わったからなのか、息を詰まらせた白銀は、弱々しい声で総司に尋ねる。

 

「何だよ、急に」

 

「俺は…ずっと、虚勢を張り続けた。虚勢を張り続けて─────人よりも時間を掛け続けて、俺は四宮の気を引いてきた。だから思うよ。今の俺を見られたら、四宮が離れていくんじゃないかって…」

 

「…不安か?」

 

 弱音を吐く白銀に、今度は総司が短く尋ねた。その問い掛けに対し、白銀は無言で頷く。

 

「…まあお前、才能ないしな」

 

「…それは俺が一番分かってる事だが、もう少しオブラートに言ってくれても良いんじゃないか」

 

「お前が一番分かってるならオブラートに包んでも変わらねぇだろ」

 

 白銀御行には才能がない。とんでもなく不器用で、何事にも、習得するまでに人よりも多く時間が掛かる。

 そんな白銀が何故、勉学という一分野においてかぐやに勝り、一度でも総司を上回る事が出来たのか。

 

 答えは簡単だ。虚勢を張り、自身を騙して限界を超えて、時間を掛け続けたからだ。

 

 しかし、今の白銀は虚勢を張り続け、学園の頂点に立った生徒会長ではない。ただの一人の凡人─────或いはそれ以下の高校生だ。

 そんな自身の姿を、天才である想い人に見られたらどうなるのか。もしかしたら、軽蔑されるかもしれない。

 

「四宮が好きになったのは、いつでも全力で、虚勢を張ってる俺だ」

 

「だから、これから先も虚勢を張って、また今日みたいに倒れると」

 

「それくらいしないと、四宮の隣には並べない。ありのままの自分を好きになってもらうなんて奇跡は、きっとない」

 

 俯く白銀に気付かれないように、総司は小さく溜息を吐いた。

 

 白銀が大きな社交性の仮面を被っている事にはとっくに気付いていた。自身の才能では届き得ない領域に手を掛け、時間を費やし続ける事で天才達の居場所に留まり続ける。

 その代償は大きい。いずれ、白銀は壊れる。総司はそう悟り、忠告をしたがそれは聞き入れられず、以降二度と、同じ忠告はしなかった。

 

 何故なら、白銀自身が頑張り続ける事を選んだからだ。切り詰めて、切り詰めて、切り詰め続けて、かぐやと同じステージに立ち続ける事を選んだ。

 それが白銀の意志ならば、何を言っても無駄だと悟った総司はこの件に二度と触れなかった。

 

 しかし、総司が思っている以上に、白銀はかぐやを大きく見ているらしい。神格化、とは違うが、それに近しくかぐやを見ていると、総司は今、感じていた。

 

「白銀。確かにかぐやは天才だ。俺には劣るが」

 

「…最後の一言いる?」

 

「だがな。お前が思っている以上にあいつは普通の女の子だぞ」

 

 白銀に言ってやりたかった。

 

 かぐやはお前の悪い目つきが好きらしい、と。

 

 かぐやはお前の底抜けに優しい所が好きらしい、と。

 

 かぐやはお前の猫耳姿が可愛くて仕方ないらしい、と。

 

 切っ掛けは白銀が虚勢を張り、かぐやの気を引いた所からなのは間違いない。しかし、それは切っ掛けに過ぎない。

 今のかぐやはそんなのは関係なく、白銀御行の人柄に触れ、そして好きになった。

 

「お前はかぐやの側面しか見えてない。かぐやも、ありのままのお前を知ってる訳でもない」

 

 白銀に教えてやりたかった。

 

 かぐやは、お前が思っている以上に、白銀御行という男を好きだぞ、と。

 

「他人に見られたくない部分でも曝け出して良いと思える、そんな人と一緒になれたら、それは素敵な事だと思わないか?」

 

 でもそれは、総司の役目ではない。総司がすべき事ではない。

 

 だから、総司は白銀に問い掛けるだけ。

 

「…それは、持ってる奴だからこそ言える台詞だよ」

 

 白銀から返って来た答えを聞いて、総司は目を瞑る。

 

「そうか」

 

 分かり切っていた事だが、やはり総司では駄目だった。

 それでもこんな事をしたのは─────総司が白銀を、大切な友人だと思っているからだろう。

 大切な友人だから、このもどかしい男の背中を押してやりたくなったのだ。

 

「総司?」

 

「帰るよ。いつまでもここにいたら休めないだろ?」

 

 これ以上話しても、総司が望む結果は得られない。それならば、もうここに居る意味もないし、何より白銀の体が休まらない。

 時間的にもそろそろ帰らなければ、今日中に済ませておきたい仕事を明日に持ち越さなければならなくなる。

 

 椅子から立ち上がり、白銀に声を掛けてから足を扉の方へと向ける。

 

「良い機会だろ。病院に居る間だけはしっかり休んどけ」

 

「…あぁ。ありがとう、総司」

 

 まさか流石に、入院してる身でいつもの狂気染みたスケジュールの一日を過ごす事はないだろう。

 日中ならばともかく、夜中は看護師が巡回しているし、見つかれば大目玉喰らうだろうし。白銀も、そのくらいの分別はつく筈だ。

 

 最後に軽く手を上げてから白銀に背を向けて、扉を開けて病室を出る総司。

 

 背後から扉が閉まる音を聞いてから、軽く溜め息を吐き、天井を見上げながら口を開いた。

 

「で?どうするんだ、かぐや?」

 

「…」

 

 総司の傍らには、聴診器を使って病室の中の話を盗み聞いていたかぐやと早坂がいる。

 

 二人は耳から聴診器を外す。かぐやは少しの間俯いたままだった。

 

「仮面はそう簡単に外せない。臆病なのはお互いさまという事ですか」

 

 ポツリと、呟きを漏らす早坂と、総司の視線がかぐやに注がれる。

 

「…私は、会長の頑張る姿が好き。だけど、それが全てじゃない」

 

「…」

 

「会長に伝えるわ。私の気持ちを─────全部、あの人に曝け出す」

 

 あぁ─────大丈夫だ。

 

 かぐやの顔を見て、総司は確信する。

 

 四宮かぐやは臆病だ。総司と一緒で怖がりで、仮面を被り、他人を遠ざける。

 そんなかぐやが初めて、総司以外で仮面を外した姿を見せても良いと思える人が出来た。

 

(覚悟しとけよ、白銀。こうなった四宮(かぐや)からはもう、逃げられないぞ)

 

 さて、未だに仮面を被り続けようとする白銀はこのかぐやに対してどうするのだろうか。

 きっと、尻尾を巻いて逃げようとするのだろう。情けない自分を見せたくなくて、本当の自分を見せるのが怖くて仕方ないまま、逃げ出すのだろう。

 

 しかし、かぐやからは絶対に逃げられない。結末はもう見えている。

 だから総司は、少しだけ同情しながら、心の中でエールを送る。

 

(年貢の納め時だ白銀。観念して、全部かぐやに曝け出すんだな)

 

 ちらりと白銀の病室の方を見遣ってから、総司はその場から離れる。

 

 もう出来る事は何もない。早く帰って、仕事を片付けてしまおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、総司くん。久しぶりだね」

 

「うっわ」

 

 なお、エレベーターの中から現れた変な中年のせいで一部仕事が明日に持ち越されたのは、別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。