マスター必須技能:コミュ力 Rebirth   作:ブリーム=アルカリ

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幕間
堕落


 

 

 

 気がつくと宙に浮いていた。

 

 

 

「宙ではないわね。精神の中って奴よ」

 

 

 目の前には灰色の海を漂う所長。

 

 なるほどこの汚い色の空間は自分の心の中なのか。

 

 

 

「私は好きよ。この色。何もかも呑み込んでくれるもの」

 

 

 

 不穏だなあ。なにか嫌な事でも?

 

 

 

「あったに決まってるじゃない。私の苦しみも死も何もかも決まっていたことなんでしょ?」

 

 

 

 …そうだった。もう全部知ってるんでしたっけ。

 

 

 

「ええ。色々と記憶は摩耗していたけど、見させてもらったわ」

 

 

 

 もうこっちに来て二十八年経ったんです。多少の物忘れは許してくださいよ。

 

 

 

「別に恨んでる訳ではないわ。貴方のお陰で助かったのだもの」

 

 

 

 そうだ。私は一応命の恩人、ということになるのか。

 

 

 

「感謝しておくわ。ありがとう」

 

 

 

 所長が礼を言うなんてなんか変な気分だなあ…

 

 

 

「何よそれ。まあとにかく私は貴方に全面的に協力するわ」

 

 

 

 それはありがたい。最高司令官たる所長に協力して貰えればできることも増えるだろう。

 

 

 

「その所長って呼ぶのやめてくれない?私は貴方なんだもの、オルガでいいわ」

 

 

 

 …なんか止まらなそうですね。

 

 

 

「私は団長ではなく所長よ」

 

 

 

 そういう事も知ってるのか…。まあ分かりました。オルガ。

 

 

 

「さて、話は終わりよ。早く目を覚まして私を器にいれてちょうだい」

 

 

 

 了解です…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぉっ」

 

 

 

 意識が戻ると目の前にキリエライトさんがいた。

 

 

「目を覚まされたんですね!」 

 

「え、ええ…」

 

「ドクターロマンを呼んできます!」

 

 

 そう叫ぶと、彼女は騒がしく部屋を出ていった。

 

 辺りを見回すと、私のカバンと人形が置かれている。察するにここは私の部屋だろうか。

 人形があるのは好都合だ。はやくオルガを私の中から出してあげたい。あんなきっっっったない所にいると彼女も不快だろう。

 

 

 

 立ち上がろうとしてバランスを崩す。

 

 

「ああ…そうか…手が…」

 

 

 精神の中ではついていたから忘れていたが、そういえば切られたんだった。

 衝撃の事実だというのに動悸も劇しくならないし痛みもない。感情の欠落も時には役立つものだ。

 

 

 

「暮部君!大丈夫かい!?」

 

 

 慌ただしくDr.とキリエライトさんが入ってきた。

 

 

「ははは。腕が取れちゃいました」

 

「…うん。それに関しては本当に申し訳ない。義手をレオナルドに作ってもらってる。あとで試してみてくれ」

 

 

 かの天才が作った義手が貰えるらしい。さすがに師匠には及ばないだろうがきっと便利に違いない。

 

 

「…腕の他に、異常はないかい?」

 

「ないですよ。元気溌剌です!」

 

 

 凄く苦い顔をしているDr.とキリエライトさん。自分の責任だと感じているのだろうか?

 

 

「Dr.肩を貸してください。オルガを移します」 

 

「驚いたな…仲良くなったのかい?」

 

 

 肩を向けながら名前呼びに驚くDr.。無言で首をかしげて返答しておく。自分でも彼女との距離感がつかめないのだ。

 

 

 オルガの服が着せられた人形に触れる。いや、このサイズだとドールだろうか?

 後で調べることにして魂を移していく。

 

 

 

『transufe』

 

 

 

 

 

 ゴッソリと何かが抜け落ちる感覚。襲い来る寂寥感と喪失感。妙な寒気すら覚えるが、まあ必要経費だろう。

 

 

 

「ふー…悪い気分ではないわね」

 

 

 むくっと起き上がるオルガ。成功のようだ。

 

 

 

「…見分けがつきませんね」

 

 

 キリエライトさんがしげしげと眺めながら呟く。

 

 それもそうだ。この人形は、師匠の借金を肩代わりした時に作ってもらったものだ。

 欲しい物があるが手持ちでは足りないから貸せと泣きついてきた彼女に綿密なスト…調査を繰り返してもらってまで作成されているので、元の身体ともほとんど差がない。

 お値段はなんと四桁万円なので、差があっても困るのだが。

 

 

「…所長とは初対面だったよね?なんでこんなに精細な人形を…?というか一体何に使うつもりで…」

 

 

 訝しげに呟くDr.

 やばい。言い訳を考えていない。傍から見れば私はただの異常者か変態じゃないか。

 

 

「ああ、大輝は私の幼馴染なのよ。それで会議の為には身体がいくつあっても足りないから影武者用に用意してもらったの」

 

「まあそういう事です。我が師は超一流でしてね。しっかりとオリジナル通りに作ってくれましたよ。…まさかこんな使い方をすることになるとは思いませんでしたが…」

 

 

 オルガが助け舟を出してくれたので、すかさずそれに乗る。

 私は意識しなければ表情筋が鈍いので、顔からは分からないだろうし、何より庇う理由が無いはずのオルガが庇ってくれたので嘘がバレることはないだろう。

 

 …すごい焦った。

 

 

 

「さて、色々としなきゃならない事があるわ。試運転がてら済ませるとしましょう。ロマニ、手伝いなさい。」

 

「了解です。じゃあ暮部君。何か体に違和感があったら、小さな事でもボクに言ってくれ」

 

 

 体を移したばかりだというのにもう働こうとするオルガ。止めたいがそんなことが許される状況ではないのは分かっている。

 

 

「マシュはここに残って大輝の世話をする事。いいわね?」

 

「はい!勿論です!」

 

 

 元気よく返事をするキリエライトさん。

 

 

 

「よろしい。じゃあまた後でね」

 

 

 

 部屋の出口へ向かっていくオルガ。すれ違いざまの一瞬に肩を触られる。

 

 

 

『…マシュに気をつけなさい』

 

 

 

 魔力を用いない念話だろうか。魂の波長が近いから成せる技、だと思う。

 

 しかしキリエライトさんに気をつけろ、とは一体なんなのだろう。

 彼女は優しく、他人に危害加えるような娘ではない。それにもし私に害意が有ったとして、オルガは何故二人きりにさせたのだろう。

 

 

 取り敢えずベットに寝転がり、キリエライトさんにも椅子に座るよう勧めた。

 

 

「お話があります」

 

 

 椅子に座らず、真顔で話しかけてくるキリエライトさん。

 

 …迫力があって、少し怖い。

 

 

「私のせいでマスターは右腕を失ってしまいました。本当に申し訳ありません」

 

 

 頭を深々と下げるキリエライトさん。だがその謝罪は見当違いなものに思える。

 

 

「キリエライトさんは悪くありませんよ。私が判断を間違えて、その代償を払った。それだけです」 

 

「いいえ、私が悪いです」

 

 

 頭を上げようとしない彼女。その言葉も、態度と同じく頑なだ。

 

 

「私がもっと戦えていたら、セイバーを素早く殲滅できていたら…ああはならなかったんです」

 

 

 Dr.もキリエライトさんも気にしすぎだ。優しさからくるものなんだろうが、見ていて少し危うい。

 

 

「真実に気づけたら…私、変われたんです」

 

 

 頭を上げ、私服姿から戦闘体に一瞬で変身するキリエライトさん。

 

 

 

「え…なんですか…それ…」

 

 

 

 その姿は、酷く変わり果てていた。刺々しく、触れただけで傷つきそうなプレートメイル。腰に下げられた分厚い剣。

 

 そして何より、あの盾に。彼女の象徴だったあの盾に。太い棘が生えていた。

 

 

 

「ど、どうしちゃったんですか!」

 

 

「守るだけでは限界があります。ならば殺せばいいんです」

 

 

 

 厳しい顔つきのまま、彼女は粛々と告げる。

 

 

 

「私が殺します。マスターの敵はみんな、みんな殺してみせます」

 

 

 

…違う。マシュ(・・・)はそんなこと言わない。

 

 

 

「貴方は全ての人に優しい方だ!なんで殺すなんて言うんですか!」

 

 

「マスター。私は貴方が無事ならそれでいいと思います。敵にまで情けをかける必要なんてありません」

 

 

 

 なんでだよ!マシュはもっと無垢で純粋で優しくて…そんな酷いことは言わなかった!

 

 

 

「きっとキリエライトさんに力を貸した英雄も嘆いているはずです!」

 

 

「嘆いていたら姿は変わらないと思います」

 

 

 

 馬鹿な!ギャラハッドさんは認めたのか!?

 

 

 

「じゃあDr.達は!何も言わなかったんですか!」

 

 

「少し驚いていましたが、説明をしたらすぐに納得してくださいました」

 

 

 

 なんで!私より付き合いが長いだろうに何も感じないのか!?

 

 

 

「…きっとマスターは不安で混乱されているんです。大丈夫です…絶対に。絶対に私が守りますから…」

 

 

 

 私服に戻り、覆い被さってくるキリエライトさん。私の首筋に熱い息がかかるほど顔を寄せ、そっと囁く。

 

 

 

「…それに私、あの姿が好きなんです。なんだかマスターに自分を捧げてるみたいで…」

 

 

 

 分からない。彼女が何を言っているのか。

 

 

 

「私、空っぽだったんです。中に何も入っていなくて…」

 

 

 

 分からない。彼女が何故嬉しそうなのか。

 

 

 

「きっと満たされたんだと思います…優しさなんてくだらないものではなくて…マスターへの思いで…」

 

 

 

 分からない。彼女が何故抱き締めてくるのか。

 

 

 

「だからもっと…私を貴方色に染めてください…」

 

 

 

 

 

 

 

 分からない。何もかも。分からない。

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