マスター必須技能:コミュ力 Rebirth 作:ブリーム=アルカリ
傲慢
黒いベルトのついた白いジャケット。
首元に下げられた紋章は、それが「人理継続保障機関フィニス・カルデア」の制服であることを示している。
首輪めいて輝くそれを見て、私は大きな絶望と戦っていた。
記憶を押し流すに十分なその月日は、私を立派な魔術使いに変えていた。
彼女と出会って確信してからというもの、私は二度目の青春を捨て、全てを魔術に捧げた。
今や自分がどこに出しても恥ずかしくない一流だと断言できるし、一般的に言う天才だとも思っている。
だが、それでも、敵は余りに強大と言えた。
人理を覆し、全てを手中に納めんとする魔術王とその配下達は、皆一流を超えた超一流である。
その名だたる敵に対して自らの力がどこまで及ぶかと聞かれれば、私は沈黙するしかない。
ああ、私が
きっと抑止の見えざる腕が、命を保証してくれただろう。
されど我が姓名は暮部大輝。何れの庇護も受けぬただの人である。
今も眼鏡を外せば見えるそれ──端的に換言する所の「死」は、生来常に私の精神を蝕んでいた。
両親はこの眼を神の贈り物と喜んだが、自分に言わせれば悪魔の呪いである。
ともあれ一族の受け継いできた死霊術に素晴らしく相性のいいその魔眼を生まれ持った私は、当家始まって以来の才人と見なされ、より一層の教育を受け、それに応えるように貪欲に強くなっていった。
全ては生き残る為に。
彼の王は地上の一切を焼き、薪にするつもりだ。
それに抗いたいならば、ほんの少しでも勝利の可能性を上げる為に藤丸立香のサポートをするしかない。
故に私はカルデアのスカウトに声をかけ、自らのレイシフト適正を報告させた。
魔術師の癖に「神の贈り物」などと表現するような両親は、家名を時計塔に知らしめる為と言えば簡単に頷いてくれた。
根回しは万全。あとはカルデアに行くだけ。そんな前夜になって今更に私は悩んでいた。
「」を漂った私は、それを目指す魔術師達の愚かさと、死の凄惨さを覚えた。
あの極彩色は私の心を容易く掻き乱し、掻き混ぜ、バラバラに砕いた。彼女と出会わなければ、きっと自我など生まれなかったと思う。
もう二度と行きたくない。
そんな単純にして強固な願いはどんなカリキュラムや痛みにも勝る純然たる恐怖だった。
自分が死なない為ならなんだってやったし、愛している両親の命の為にも全力を尽してきた。
しかし、今回の対処法は特異が過ぎた。
死を免れる為にその身を死地に置く。
深く横たわるその矛盾は、私の魂を弄ぶ死神に思えた。
「…寝よう」
もう登録を取り消すことなどできはしない。よって今悩んでいることは何の意味も意義もないのだ。
懸命な判断をした私は制服を畳み、静かに布団に潜り込んだ。
◇
「──あ?」
目が醒めるとそこは山だった。
見渡せど見渡せど辺り一面の雪景色。例外は目の前にある白く大きな建造物以外の他にない。
地吹雪に撫でられた顔が冷たく痛む。今は夏であった筈なのに…
「海外か。ここ」
地脈から感じる魔力に覚えもない。ここが神域やそれに準ずるモノでなければ、まさか国内ではないだろう。
なんにせよ建物に入らなければなにも始まらない。
何故か握っていた覚えのない紙片を読む為にも、私は歩を進めることにした。
円形状の外縁部を巡っていると、小さな扉が見つかった。大きな施設に似つかわぬサイズだが、寒冷地では礼や見栄より合理を優先するのは当たり前だろう。
半分凍ったハンドルを回転させ、防風室であろう小部屋の扉を開けると見覚えのある床が見えてきた。
忘れもしないあの近未来的な床。画面の向こうにいつも見ていたあの床である。
なんとなく分かってはいたが、本当に来たのだなあと感慨に更けっていると、合成音声らしき音が聞こえてきた。
『──塩基配列 ヒトゲノムと確認』
『──霊基属性 善性・秩序と確認』
『ようこそ、人類の未来を語る資料館へ』
『ここは人理継続保証機関カルデア』
『はじめまして。貴方は本日最後の来館者です』
『どうぞ、善き時間をお過ごしください』
「あ、どうも…」
思わず会釈をしたが、特に返事は帰ってこない。
得もしれず湧き上がる羞恥を誤魔化す為に、紙片を開いて読むことにした。
差出人の名前は自分。そして筆跡も自分のものである。
内容としては、カルデアの位置を内密のものとする都合、意識を落として搬送される事に同意したというものだった。
秘匿は魔術師の常であり制約である。
事実、藤丸立香もルルハワの一見では目隠しをして移動していた。これは真実と見ていいだろう。
紙片を折り畳み、制服のポケットへと仕舞う。
迎えや案内板といった物も見つからないし、自力で自室に辿り着かねばならないだろう。
この大きな施設から探し出すには、時間はいくらあっても足りそうにない。
しかし誰か一人くらい迎えに来てくれてもよかったのではないだろうか。
爆破に巻き込まれない為に、事情があって遅れると茜沢氏を通して連絡したのだが、それが不興を買ってしまったかもしれない。
待たずに開始してほしいとも伝えてあるので、もうしばらくしたらブリーフィングが始まるはずだ。
極東出身故か、自分は素人ではないにも関わらず一般枠だ。それが遅刻を了承された要因だろう。
差別がプラスに働くとは随分と皮肉なものである。ご先祖様が聞けば憤慨しそうな話だが。
そんなことをつらつらと考えながら歩いていると、大きな通用路に出た。車一台が通ってもまだ余裕がありそうな広さである。おそらくメインストリートだろう。
「これは…右か…?」
問題は右か左のどちらに進むかだ。
当然ながら空調が聞いているので風の流れで判断することはできない。
いつもなら死の残滓を呼び起こして道を探るのだが、なんとここに死はない。雪に隠れた霊峰の最奥地だからか動物霊も存在せず、人の死の痕跡もない。
これは本当に驚嘆すべき事実である。
魔術師の絡んだ地というのは大抵にして死が溢れるものだ。
私のような死を生業とする者でなくとも、生贄や侵入者、材料などでどうしても何かを殺す事が必要なのだ。
宝石魔術等の"クリーンな"魔術もあるが、これほどの大規模施設ならばそういった魔術師だけで人員を固めるのは難しいだろう。
勿論奥に進めばそれらしいものはあるだろうが、少なくとも非魔術的な人間にも受け入れやすい様にしている努力が感じ取れる。
旧所長は一般的な感性として優しい男だったのかもしれない。
「…あの、ブリーフィングに遅れてしまいますよ?急いだ方がよろしいかと」
話しかけられたので振り向くと、そこには我らがヒロイン、マシュ・キリエライト氏が立っていた。
横からから誰かが走ってきていたのは気づいていたが、まさか彼女とは思わなかった。
「いやあ、私は今着いたばかりでしてね。荷物を置いてから向かおうかな…と」
「! ではもしかして貴方が最後のマスターさんですか」
荒い息を吐き出しながらも、驚きに目を見開くキリエライトさん。
「いかにもその通りです…あの、私の部屋を知っていたりとかしませんか」
「それならば私が歩いてきた道を進んだ先の最初の曲がり角の右の突き当りだと思います。あの部屋はたしか空いていたので」
これで正確な位置情報が分かった。あとはのんびりと向かうだけでいいだろう。彼女の移動から、ブリーフィングルームの位置が大体分かったのも収穫だ。
「ありがとうございます。それでは行ってみますね」
「はい。それでは」
彼女はまた息を切らせながら走っていく。忙しい時に時間を取らせてしまったようだ。迷惑をかけた事に罪悪感が鎌首をもたげる。
…いや、迷惑どころではないか。
私は今、遠ざかっていくあの小さな背中を見捨てた。
演説の準備をしている人も、それを待っている人も。多くの人を見捨てた。
彼らが爆炎に呑まれた後に、何食わぬ顔をしてのこのこと向かうのだ。
こちらに来て随分と感情が薄れたが、それでも何も感じず看過できる様な事ではない。
合理の為に情けを捨てるというのは、ある種の正しさであるが同時に間違いでもある。
彼らを単なる犠牲者に終わらせないのが私にできる唯一の贖罪だろう。
…少なくとも私はそう思いたい。
ズレたリュックを背負い直し、荷物をしっかと握り直す。
皮膚に食い込むその重さは、先刻より増したように思えた。
破戒僧曰く、「死に恐怖して矛盾する滅私奉公者」