マスター必須技能:コミュ力 Rebirth 作:ブリーム=アルカリ
門出
頬に、硬く熱い地面を感じた。
掌に小石が刺さる痛みに顔を顰めながら身体を起こす。
所々硝子化した地面。空すら染めて猛る炎。
ここもまた、地獄の様だった。
「うぐ…」
傍らに倒れていた少女が起き上がる。
現状が確認できるまで寝かせておこうかと思っていたが、どうやら余計なお世話だったようだ。
「お目覚めですか」
「あれ…ここは…」
ヨロヨロと盾を支えにして起き上がるキリエライトさん。彼女も現状を測りあぐねているようだ。
「なんというか…地獄では?」
「確かに御伽話に伝わる地獄の様ではありますが…ここは恐らく特異点Fです。
そうなるだろうとは思っていたが。実際に彼女の口から聞くと心にくるものがある。
私は藤丸立香から彼女を奪った。そして、キリエライトさんから救世主を奪った。
また、罪を犯したのだ。
「はあ…特異点F…」
「はい。本来Aチームが派遣される筈だった謎の空間です」
私はマスターだが本来貴方のマスターではないのでそう呼ぶのはやめろ。
そんな訳の分からないことを言って彼女を混乱させるのも酷だ。
不本意ではあるが、大人しく受け入れる事にした。
「あれは…!?」
唐突に弓や剣を担いだ骸骨のお出ましである。彼らからすれば我々こそが唐突に現れたのだろうが。
獲物を見つけて嗤っているのだろうか?口をカタカタと鳴らしている。
「スケルトン。スパルトイ。リビングデッド…色々と呼び方はありますが…まあ…骨ですね」
キリエライトさんはカルデアで産まれ、またその人生のほとんどをそこで過ごしたという。
外法で動く物は初めて見たのだろう。
目を白黒させる少女を横目に、腕を振るう。
「え、あ、あれ!?動きが止まって…」
「これでも死霊術士でしてね。隷属させました」
世界に染み付いた意思や記録がアンデッドの正体であると言うのに、これらには何も感じられない。
詠唱どころか腕だけで操れた。
これもまた泥のせいなのかそれとも…考えるだけ仕方のないことではあるが。
魔術回路も無事起動したようで安心した。レイシフトの影響は特になかったようだ。
私の起動の鍵は期待に応えることにある。
歴代きっての天才である私への両親からの期待は常に止むことがなく、同時に私も応えることに妥協しなかった。
故に私はいつでも魔術を起動できる。これは私の強みと言えた。
「…マスターは一般枠と聞いていたのですが」
「暮部大輝と申します。知らないとは思いますが、除霊の系譜からなる暮部の出なんですよ」
巫淨の血も近い祈祷系の家が私の実家だ。と言っても近い代は色々と迷走していたらしく、私は更にその枠組みからもはみでた異端の中の異端だが。
「私の名前はマシュ・キリエライトです。よろしくお願いしますねマスター。…あ、マスターというのは」
「大丈夫ですよ、分かります。聖杯戦争の仕組みはある程度なら理解していますから」
「それは頼もしいですが…一体何故一般枠に?」
疑問を素直にぶつけてくるキリエライトさん。
ここが分からないのが彼女の純粋さの理由だろうか。
「私は極東の魔術師でかつ死体漁りですからね。どこの国に行ってもいい顔はされませんよ」
死体を穢すというのはキリスト教圏だけでなく、世界中で禁忌とされる行いだ。
私の先祖も皆強く差別されたと言うし、初代暮部はその迫害から逃れる為に日本に落ち延びたとも聞く。
加えて西洋圏、とりわけ時計塔では強く差別される黄色人種だ。
時計塔が大きく関わるカルデアではある意味当然というか避けて通れない扱いな気もした。
「それは…でも…」
彼女はAチームであった以上、座学も当然に優秀な筈だ。
世界中の宗教の戒律や人種問題を思い出して言葉に詰まっているのだろう。
「貴女が気にする必要はありませんよ。私はもう慣れていますし、彼らの気持ちも理解できますから」
魔術師は皆自分の業に誇りを持っている。
自分達の神聖な技術が外法と一緒にされては気分も害されるというものだ。
個人的には不快さよりも、一般人と魔術師という全く違う生き物がなお共有できる死への価値観への興味の方が大きい。
キリエライトさんはまだ納得できないらしいが、そういうものだと諦めてもらうしかない。
『…ーい!おーい!あっ!繋がった!こちら管制室!応答してくれ!』
どう話を逸らすか考えていると、都合よくDr.が通信をかけてくれた。
「こちらAチームメンバーマシュ・キリエライト。無事レイシフトに成功しました。同伴者は暮部大輝一名です」
唐突に呼び捨てにされ、少し驚く。
先程とは打って変わった凛とした表情だ。どうやら仕事モードに切り替えたらしい。
『よかった無事なんだね!?回線が不安定だから手短に話すよ!座標を送るから二キロさ──』
「…座標は受信できましたが、通信途絶しました」
「座標からして霊脈ですかね。接続できれば通信の安定や物資の受送信とか色々できそうかな」
頷き、移動を開始したキリエライトさんについていく。
スケルトン達を先行、随伴、後詰めに配置する。
何かあればすぐに分かるので、のんびり散歩といくとしよう。
◇
もうすぐ目標地点、という所で斥候から報告があがった。
符号1と3。支配下にないスケルトンと生体を確認との事だ。
2と4がないので、障害物はなく斥候は戦闘状態でない事が分かる。そのまま後をつけるよう指示した。
「キリエライトさん。前方400mでスケルトンとそれ以外が接触しています」
「接触ですか?それは具体的にはどういった状態なんでしょうか」
「すいません、そこまでは…ですが生存者の可能性があります。急いで確認しましょう」
本格的な契約を交せば視覚聴覚なんでもござれなのだが、今回は絞ってある。未だカルデアと魔力が繋がっていないので、魔力の消費はできるだけ抑えたいのだ。
アンデッドは基本的に魂があるかないかでしか判断しない。
故に適当な契約で得られる情報は少ないが、この地獄では生体反応を持つ者は一人しかいないので、簡単に判別ができる。
英霊の様な魔力塊ではなく魂を持つ存在、更に言えばアストラル体である彼女はスケルトンにとってご馳走だ。素早く確保しないといけない。
全身、特に脚に魔力を流し込み、大地を抉る。
この速度で走ればデミサーヴァントはともかくスケルトンは着いてこられないが、魔力で繋がっている以上、彼らが私を見失う事はないので全力で走る事にする。
「キリエライトさん!もうすぐです!」
身体強化さえすれば400mなど大したことはない。あっという間に距離は埋まった。
生体反応、オルガマリー・アニムスフィア所長が必死でスケルトンから逃げているのが目に入る。
見たところ迎撃に魔力を使用しているので、身体強化には余りリソースを割いていないようだ。
『Sèvi li.』
所長に迫る軍団は数が数だ。流石に無詠唱では漏れが怖いのでしっかりと詠唱しておく。
真面目にやったので抵抗らしい抵抗もなく全員支配下に落ちた。あまり使い魔が多いと管理が面倒なので、自壊を命じておく事にする。
本当は祈祷の一つでもあげるべきなのだが、名前も分からなければ数も多い。そして何より彼らには欠片も魂が入っていない。泥が取り付いて動いていただけの彼らに、祈りの声は届かないだろう。
十字教の術ならば消滅も叶うが、我々の術は祈っている対象が違うのだ。
「マシュ!…と誰よアンタ!」
「この方は暮部大輝さんです。それと所長、ご無事ですか?」
「心配どうもありがとう!大丈夫よ!それより貴女、自分が何をしたか分かってるの!?」
感謝しているのか怒っているのかよく分からない態度で詰め寄る所長。
「ああ、私の状態ですね?」
「そんなの見れば分かるわよ。デミサーヴァントでしょ!」
一目見ただけで即座に看破…素晴らしい分析力だ。しかしキリエライトさんの返事がお気に召さなかったのか、勢い良く私を指指した。
「なんで外部の人間と契約したのよ!貴女の体はカルデアのものでもあるのよ!?」
「所長。暮部さんはカルデアの職員です。最後のマスターさんですよ」
「最後の…?アンタまさか遅刻した奴!?よりによってこんな奴と…もうなんでこんなことに!」
所長は大きく身を振ると、堪えきれなかったのかゆっくりと屈んだ。
当然だが印象は最悪の様だ。私が罵倒されるだけならばいいが、所長に失礼であるしキリエライトさんが困っているので謝罪する事にする。
「あの…遅刻してすいません…これから頑張るのでどうか許して頂けませんか…?」
「これから頑張る…?そんな事は当たり前なのよ!頑張らなかったらスケルトン共の仲間入りよ!」
とりつく島もない。所長も半泣きだが正直僕も泣きそうである。
所長はそんな僕を見て溜息を吐いた。
「もういいわ…ちょっと言い過ぎました。それは謝罪しておきます。ですがとにかく今は管制室と連絡を取ることが最優先よ。霊脈を探しなさい」
許してもらえたのだろうか?しかし彼女もあまり冷静ではないようだ。何故なら…
「所長…お言葉ですが、霊脈は所長の真下かと」
「うぇ!?わかっ、分かってたわよそれくらい!」
そうとう気が参っているのだろう。優秀な彼女らしくないミスだ。
「…ゴホン。マシュ、盾を地面に置きなさい。触媒にして管制室と繋ぐわ」
カルデアとの太い魔力流が繋がり、所長が管制室と通信を始めた。
時間がもったいないので話を聞きながら、やっと到着したスケルトンに散らばった骨の回収を指示する。もちろん道具として活用する為だ。
どちらかというと、この人の死を冒涜する作業が自分の本分に当たる。
黒魔道やウィッチクラフトに近い性質を持つこの魔術は、死霊術の中でも西洋魔女的なものである。
対象を敬い何かする事を乞い願う祈祷とは違い、完全に道具や配下として見下すものだ。実家でもあまりいい顔はされないが、家系図を見る限り当家の源流はこれにある。
混沌魔術の死霊術版の様なちゃんぽん魔術を使う私だが、これが一番利便性が高いので愛用している。
指示通り骨を集めきってくれたスケルトンに意味のない礼を言う。
集まった人骨の山は、現代法治国家日本ではめったに集まらない宝の山だった。
うず高く積まれた山から手の指を探していく。動物を利用する事が多い私は、人体加工の経験があまりない。しかし全く知識が無い訳ではない。
日本死霊術の大家である獅子劫家の元当主にある程度教わったのだ。
詳しくは聞いていないが、彼は訳あって魔術使いに身を窶した。本来根源を目指す魔術師が自らの研究成果を子孫以外に教える事は絶対にないが、なんらかの目的があった彼にとってその知識は商品として見る事もできたようだ。
第二の師である彼の知識は今もこうして役に立っている。今どこにいるかすら分からない彼だが、全てが終わった暁には礼を尽くす必要があるだろう。
師曰く、「何かを指す」ことを意味する人間の指は追尾性を持たせられる。
彼は病を呼び起こすガンドと組み合わせた上で、銃器から射出していたが、私にはルーン魔術の詳しい知識も銃器を取り寄せる繋がりもなかった。
故に考案したのが手榴弾だ。対象を認識させ、最も近づいた時に魔力塊を撒き散らす呪物となっている。
工房がないのであまり凝った物は作れないが、急場にしては上々な武器ではないだろうか。
増産が終わると同時に所長の通信も終わったようだった。
こちらに向き直った彼女に言葉をかけられる。
「大体の事情は聞いたわ。当面は貴方をマスターに据えてこの特異点Fを探索します。いいわね?」
「異論ありません。お役に立てるよう尽力させて頂きますよ」
「よろしい。まずは拠点を設営するわ手伝いなさい」
所長の目線を追うと、カルデアから送られてきたのかテントらしきものが置かれていた。
スケルトンを使えば楽に終わりそうな仕事だ。
これを機会に少しでも彼女に実力をアピールできると良いのだが。