愛は薄明の中に刹那   作:沖 一

1 / 24
2021/9/7に改稿を行いました


上章 夜狩りと一葉
第一話 拳を握る【冒険家】


□アルター王国南東部・山林

 

 大陸西部に位置し、500年の歴史を持つアルター王国。大陸の西方三国の一つに数えられ、北にドライフ皇国、南にレジェンダリア、東には砂漠の向こうにカルディナがあり、多くの国家に囲まれて戦争をはじめとした過酷な宿命を背負った国であるが、ファンタジー然とした文化、大規模な決闘都市や挑戦の敷居が低い神造ダンジョンの存在などが影響し、いまだに〈マスター〉から人気の高い国である。

 

 だが、彼女がアルター王国を選んだ理由はただ一つ。

 冒険しやすいから。

 

 

 

 最寄りの村からも街道からも遠く離れた山林の中。鬱蒼とした大自然の中にうっすらと続く、道とは言えぬような獣道。それを無視して木や茂みをなぎ倒しながらズンズンと進んでゆく人間が一人いた。

 彼女の名はフォリウム。アルター王国に所属し冒険家を自負する【大冒険家(グレイト・アドベンチャラー)】の〈マスター〉である。

 この辺りは主要都市からは遠く、少し西にあるそこそこ良質な狩場もとある悪名高い〈マスター〉の縄張りがそう遠くないために、ティアンだけでなく〈マスター〉が近づくことも少ない。

 だが、故に『開拓』の余地がある。

 

 ふと立ち止まったフォリウムの左手に懐中時計のようなものが現れた。フォリウムが蓋を開いたそこにあったのは5センチメテル程の銀色の針。それが文字盤から飛び跳ねると、浮き上がったままある一点を指すように止まった。

 フォリウムはシステムウィンドウに表示される地図とその針が指す方向をしばし見比べて、満足したようにウィンドウを閉じた。

 

「『羅針盤』の予測とのズレ、誤差範囲内。これは当たりかな」

 

 そう独り言ちて『羅針盤』と呼んだものの蓋を閉じると、それは彼女の左手の甲に刻まれた紋章へと吸い込まれていった。そしてまた歩き始めた。

 

 

□【大冒険家】フォリウム

 

 しばらく歩いて、陽が傾いて空が朱に染まりだした頃。『羅針盤』を片手に、針の指し示す方向を山々を見渡して探していた時、《直感》のスキルが働いた。“本来感じる違和感などをより強烈に感じる”程度の効果しかないスキルだが、反応した時は決まって“何か”がある。

 

「あの辺かな……《遠視》《看破》」

 

 二種のスキルの併用による、遠方の《隠蔽》や《幻惑》を見破る重ね技。【冒険家】の探索におけるありふれた技だが、その効果は劇的だった。

 見渡す山々には全て森が広がっていたが、《看破》によって森の一部が消えうせた。

 《幻惑》によるベールが暴かれたのだ。

 木々の幻が剥ぎとられた先には洋館が建ち、沈みゆく太陽の明かりに染められていた。漆黒の煉瓦によって建てられた館は遠く離れたここにまではっきりと存在感を主張している。

 

「すごい、あんなのがこんな所に建っているなんて……ん?」

 

 予想以上の結果に見とれていた私は、手元の『羅針盤』の針を見て気づく。針の指す先は、館よりもやや手前の方を指していた。

 『羅針盤』の機能は『多大なリソースの方位を示す』である。

 なのであの建物こそが探していたリソース源かと思っていた。あの館が多大なリソースをつぎ込んで建てられたか、維持されているか、又は何かを守っている設備なのかと。

 

 しかし、前方を指していた針はゆっくりと動いていた。気のせいに思えた遅々とした動きは段々と加速していき、十二時の方向を指していた針はいまや二時の位置を過ぎようとしていた。

 

「近づいているの……!?」

 

 針は三時の位置を過ぎ、いまだに回転を止めない。更に加速しながら四時を過ぎ、五時をも過ぎる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()、自分の周囲を回りながら距離を詰めてきているのだ。

 そして針が真後ろを指して回転が止まった時、《危険察知》が発動し――

 

 ――それと同時に一つのスキルのチャージが完了した。

 

「《破城槌》ッ!!」

 

 『羅針盤』を放り捨て、スキルによって打撃ダメージを六倍にした拳を真後ろへと殴りぬく。

 サブジョブに【砕拳士(バウンド・ボクサー)】をもつ私の《破城槌》は一撃で純竜級モンスターに致命傷を与えうる。それが一匹の狼型モンスター【ナイトウルフ】の額を捉えた。

 背後から襲い掛かろうと跳躍していた【ナイトウルフ】に強烈なカウンターとして突き刺さり、断末魔もあげさせずに全高1メテルを超える肉体を爆散させた。

 血と肉と骨が拳圧によって吹き飛び、すぐ近くまで迫っていた数頭の【ナイトウルフ】たちに豪雨のように降り注ぐ。彼らは怯んだのか、影も残さず茂みの中へ消えた。

 

 だが逃げたわけではない。《聴力強化》によって人外レベルの聞き分けを可能にする耳が、獣たちが少し後退し、警戒しながら包囲しはじめた事実を捉えている。

 

 獲物を狩る時の基本は相手を疲弊させ、集中力が途切れた瞬間を狙う事。【ナイトウルフ】とは聞いたこともないモンスターであったが、狼の名を冠すのならば狩りのイロハは抑えて当然か。名前の通りならば彼らは持久戦の構えで日没を待ち、得意とする夜戦へと持ち込むつもりなのかもしれない。

 だがあいにくこちらには耳だけでなく《暗視》もある。

 それに幻を破った瞬間にこいつらが動き出した事、襲ってくる直前まで強化された聴覚・嗅覚で察知できなかった事実から手の内はほとんど暴いたも同然。

 

「あんたらは恐らく幻惑・隠密能力に特化したレア種の群れってとこでしょ。こんな所まで来て遺跡でも〈UBM〉でもないのは残念だけど、退かないのなら私のボックスの肥やしになってもらう」

「GUWAAA!!」

 

 返答は咆哮。飛び出てきた【ナイトウルフ】は六頭。前衛と後衛に三頭ずつだ。後ろの三頭が幻惑・隠密による援護をするつもりだろうが、接敵状態で【大冒険家】の《直感》を騙す程の《幻惑》を〈UBM〉ですらないただのモンスターが扱えるはずはない。

 

「なら真っ向から捉えるッ!」

 

 低く突っ込んできた一頭目を躱し、その隙を逃さぬように飛びついてきた二頭目に——は意も介さずに拳を握り、スキルチャージを開始する。

 私に生じたチャージ硬直は明確な隙だったが、二頭目の牙は私を傷つける事なく通りぬけた。

 《幻惑》による幻の【ナイトウルフ】だったのだ。すでに暴かれた手札に頼った代償は、今ここで支払われる。幻の二頭目が作る隙に攻める予定だったであろう三頭目と、後衛の一匹が直線状に並ぶ瞬間、スキルを放つ。

 

「《ウィングド・ナックル》!」

 

 素の二倍の攻撃力を孕んだ衝撃波が十数メテルを駆け抜け、軌道上にいた二頭の【ナイトウルフ】の身体をぶちぬいた。二頭が血と臓物を撒き散らし、同時に後衛にいた一頭の【ナイトウルフ】の姿が搔き消えた。

 

「前衛・後衛を幻で一頭ずつ嵩増ししていた訳か。で、残り二頭。いや一頭かな」

「GRRRR……」

 

 私を囲む二頭の【ナイトウルフ】。そのうちの一頭もまた幻影にすぎないことを既に見抜いている。だがそれでも、【ナイトウルフ】が撒いた血を頭から浴びた私は警戒を怠らずに構え続ける。

 残された一頭が破れかぶれの突撃に移るかと思えたその時、辺りに影が落ちた。

 日没だ。同時に二頭の姿が影へと消えた。攻撃準備かと思ったが、気配が遠ざかっている。撤退するのだろう。

 追うかと考えたが、《直感》が発動した。

 

 確かに、仮にも(ナイト)を冠するモンスターだ、追える自信もなければさしてうま味もない。見逃そう。

 

「あの館の探索は明日にしてもう休もう。今日は野宿か……。……?」

 

 落とした『羅針盤』の所まで歩き、拾おうとして二つの違和感に気が付いた。

 一つは全身に被った【ナイトウルフ】の返り血がまだ光の塵になっていないこと。

 もう一つは、針がいまだにその先を私の背後へと向けていること。

 なにか妙だと思いながら『羅針盤』を拾い上げた時、針がその先をグイン、と()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ!?」

 

【呪詛】【呪縛】

【脚部破壊】【出血】

 

 瞬く間だった。呪いにより身動きが取れなくなったのも、脚を攻撃されて完全に破壊されたことも。

 

「ぐ、うぅ、ぁ」

 

 吹き飛ばされて地面を転がり、土にまみれてやがて仰向けになって止まり、ようやく自分に何が起きたのかを理解した。

 自分に付着した【ナイトウルフ】の返り血が媒介となって呪いが発動し、その隙をついて脚を狙われたのだ。

 

 そして、それらを為したのが目の前の巨大な狼だということも理解した。

 全高は3メテルを優に超え、全身を星空のような黒色で塗りつぶされた狼だ。闇に立つその姿のなんと美しいことか。

 だが狼がこちらに向ける薄明の群青をした瞳に慈悲の心はない。ただ命を奪うという意思があるのみだ。その証明とでも言うように、血に濡れた前足は私の胴を抑えて離さない。肺を圧迫し呼吸さえさせない膂力はその体躯が見せかけでない事を嫌というほどに知らしめた。

 

 その頭上に記される【夜藍狼 ラディアラ】の銘。それが意味するものは――

 

「〈UBM〉、か……!」

 

 【大冒険家】の《危険察知》を完全に欺くほどの隠密性。恐らく隠密能力に秀で、さらに夜間で本領を発揮する存在。

 先ほどの【ナイトウルフ】の群れは、自分の群れですらない能力によって作った眷属か。自身の血を仕込んでおき、何らかの手段で目標に血を浴びせる事と適当に時間稼ぎさえ叶えばどうとでもなっていい捨て駒。

 

 疲弊させ、集中力が途切れた瞬間を狙う。

 理解していたはずの狩りのセオリーに私はまんまとしてやられた訳だ。

 

「か、《看……」

 

 せめてもの思いで発動しようとした《看破》は情報だけでも持ち帰ろうという最後の足掻き。

 だが、スキルの発動もできぬ間に咢は閉じられ、咀嚼され、カラダはバラバラに――

 

【致死ダメージ】

【パーティ全滅】

【蘇生可能時間経過】

【デスペナルティ:ログイン制限24h】

 

(あがた) 譲羽(ゆずりは)

 現実世界の肉体が覚醒し、フォリウムから譲羽へと戻ってきた私はダイブしていたベッドから起き上がり、思考を巡らせていた。自分の仮初の肉体で聞いた肉が咀嚼される音と気味の悪い生暖かさがまだ離れなかったが、それよりなにより頭を巡らす。

 

 デスペナは無念だけど、それでも〈UBM〉が出てきてくれたのは本意だ。それに至近距離での『針』の反応からして逸話級より上であることは間違いない。

 そして、夜まで現れなかった事から推測できる夜にしか本領を発揮できないという条件や隠密などの非戦闘要素へリソースを割いている存在である事を踏まえれば。

 

 仮に伝説級〈UBM〉だとしても、準備を整えれば私一人でも勝てるのではないか?

 

 〈UBM〉のMVP特典、すなわちデンドロの中のオンリーワン要素の一つである特典武具が私の視界にちらついた。

 

「ぃよし!」

 

 久しぶりのお宝を前に、トレジャーハンター魂が燃えてくる。

 とはいえ、今から24時間はログインできない。もう日も沈んでいることだし、晩御飯にしようと冷蔵庫へ向かった。食い殺されたばかりで肉を食う気にはならなかったから卵と米だけのテキトーチャーハンだ。

 

 今に見ていろ、“ラディアラ”。アタックはデスペナ明けの次の明朝だ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。