愛は薄明の中に刹那   作:沖 一

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下章 月の願いに一欠片の愛を
第一話 追う者たち


 夜。草木も眠る丑三つ時とは言うが獣まで眠りにつくかと言われればそうではない。森を駆ける狼の群れがそこにいた。彼らは縄張りを広げようと駆けている貪欲なモンスターたち。それは命を喰らうほどに強くなるシステムが用意されている〈Infinite Dendrogram〉の世界ではよくある存在だ。より広い土地を、より強い力を。人が富を求めるように闘争を続ける。そして運が良ければ特別な存在(〈UBM〉)へと至るのかもしれない。

 

「GRRRR!」

 

 一つの獲物を見つけた。人間だ。

 人間はいい、強いこともままあるが往々にして殺した時の見返り(経験値)は大きい。それに濃厚な血の匂いがする。これだけ血を流して弱っているのならばそう手間はかかるまい。

 

 群れから抜けた一団が標的めがけてまっすぐに駆ける。

 襲い掛かるのは全部で五頭。いずれもが亜竜級にまで成長した個体。瞬く間にこの人間の四肢をもいで碌な抵抗を許さぬままに群れの下へと連れ帰るだろう。

 

 そんな希望が、地面から生えた紅刃によって四頭の狼の身体ごとバラバラにされた。

 一瞬。狼の肉体が意味のない肉片の集まりと化した。細切れにされた肉片が地を汚すよりも早く光の塵へと還る。

 五頭のモンスターはだだの一頭になった。

 

 先頭の狼も後続が全滅したことは気配で察した。

 だがここでは止まれない。もし、仲間を刻んだ技の主が目の前の人間であるならば、背を向けた瞬間に追い打ちで背から捌かれるのは必然。

 攻めるしかない。

 

 モンスターは意を決して飛びかかる。人間が自分へと向けている左腕へと噛みつき、噛みちぎり――

 ――噛みちぎれない。

 自分の顎にすっかり収まる細腕だというのに、この人間の腕は、なんという――

 

「《破城槌》」

 

 その宣告が狼に破壊と死をもたらし、狼が最期に聞いた音となった。

 

 

□【大冒険家(グレイト・アドベンチャラー)】フォリウム

 

「結構侮れないね」

 

 それは塵に還ったモンスターにではなく、私の両腕に装備された【蓄魔手甲 スプリンガー】に対する感想だ。

 手甲という名前から当初は甲冑の籠手のようなものをイメージしていたそれは、実際に見ると忍者が着けていそうな腕貫に鱗を編み込んだような代物だった。

 防御面に不安があったが、END+50%の装備補正に《身体強化》を加えて咬ませてみたところ、ダメージはまるで徹っていない。

 

 満足げに装備を眺めていると隠れていたラディアラが姿を現した。

 

「かなり深く咬まれてるように見えたけど大丈夫?」

「うん、1.5倍のEND補正に加えて【スプリンガー】のスキルでおまけに5,000も加算したからね。ダメージはほとんど……いや、【出血】あるな。徹ってたんだ」

 

 試しに装備を外してみると確かに、腕についた狼の歯形からぷくりと血が出てきていた。

 あくまでゲームでとして振る舞うデンドロだがこういう所ではリアリティってのを忘れないらしい。一方で傷口から狂犬病みたいな感染症が入ってくることはない。こういう所は都合よくリアリティをなげうっているのが実にデンドロらしい。

 ちなみにこれぐらいなら適当に唾をつけとけば瘡蓋(かさぶた)すらできずに勝手に治る。

 

「ま、ほぼノーダメだね。1MPでENDかSTRのステータスを1強化できて、《魔力貯蔵》でMPも問題なし。効果は10分も持続するし、いやぁさすが特典武具だね」

「……、…………」

「ドロップはエメンテリウムと毛皮か。まぁこんなものか、ラディアラは?」

「…………」

 

 じーっ、と。まさに穴を空けるが如く。

 ラディアラの視線が私の腕から、正確には咬み跡から離れない。

 

「えと、ラディアラ?これは私がテストのために敢えて咬まれたんだし、ラディアラはオーダー通りに一匹だけ残して後は狩ってくれたから、特に気にするものじゃ……」

「え?そ、そうね。ドロップ品だったわよね、ごめんなさい。えっと、私も大体そんな感じね」

「そっかぁ」

 

 まぁ弱めの亜竜級だったようだし、派手なものはそう出ない。

 一頭当たり三万リルぐらいで五頭合わせて十五万リルの儲け。

 せめて【ブローチ】を買うぐらいまではお金が欲しいのだが私の今の手持ちは300万リル弱。500万リルの【ブローチ】には到底手が届かない。

 

 そんな金欠に苦悩している私の耳に飛び込んできたラディアラの言葉は、私を驚かせるには十分だった。

 

「エメンテリウム、もう館のボックスいっぱいだからなんとかしたいのよね」

 

「なんて?」

「このエメンテリウムって一つで千リルぐらいでしょ?捨てるには勿体ないけど、私は街まで行けないし」

「それ一つ二万リルで売れるんだけど!?」

「え、でも昔会った旅商人は大体それぐらいって」

「そいつあくどいなぁ」

 

 なんとまぁ、非携帯型アイテムボックスを満たすほどのエメンテリウム。ラディアラはとんでもない財産を持っていたらしい。

 浮世暮らしってすごい。

 

「そうだ、だったら私換金してくるよ」

「そうね、私が持ってても仕方ないし。あげるわ」

「……いや、ラディアラのお金だよ?」

「でも私、今まで生きてきてお金なんて使ってこなかった」

 

 秘境に住む人は考え方が違って困る。流石にラディアラの提案に易々と頷くわけにもいかず、それでもとりあえず換金してこようかとギデオンまで向かう事となった。

 

 【冒険家】故の一丁前のアイテムボックスに入るだけのエメンテリウム、500個ほどを入れて。

 

 このアイテムボックスに、一千万リル(一億円)相当。

 並みの冒険の成果を軽く上回る金額に眩暈がしそうだ。

 まぁいい、パパーッと売ってしまおう。

 

 しかし、ラディアラの調子だと換金したお金を本当に受け取らない可能性もある。

 どうしたものか。そうだ、二人分の【ブローチ】にでも還元してしまおう。それでも半分掻っ攫う事になってしまうが、まぁそれは、ゆくゆく返していくということで。

 

 

「申し訳ありませんが百個単位でのエメンテリウムの買い取りは致しかねます」

「……そこをなんとかならない?」

「なりません」

 

 ギデオン最大の商店と呼ばれるアレハンドロ商店でこれだった。

 確かにアポもなしに一千万リル分買い取ってくれ!と頼み込む方が無茶だった。  

 

 それでもなんとか頼み込んで《真偽判定》で悪意が無い事を証明し、【契約書】でなんらかの不都合があった際に罰金措置にあう契約をしてやっと100個(200万リル)ほど買い取ってもらえた。

 

 つまり、今の私の手持ちは500万リルにギリギリ届かない程度な訳で、結局【ブローチ】を一つ買うこともできない。とりあえずラディアラに買っていこうと言っていた〈マスター〉に関する本といくつかの【HP回復ポーション】を買って、ガチャに並ぶ人の列を眺めているのだった。

 

「はぁ……ままならないなぁ」

「なにが?」

「うわ、ひー」

「おひさ~」

 

 知らぬ間に隣に来ていたのは金欠で嘆いている時に会いたくないランキング一位の女、ひーだった。

 現実では私より背の低い、ふわんとした雰囲気の彼女だがデンドロのアバターは細身で私よりも長身。暗い茶髪のボブカットも、こちらでは燃えるような赤色のロングだ。

 彼女も【冒険家】ではあるが、一目で【冒険家】とイメージできそうな装備の私と違い彼女は軽装の剣士のような出で立ち。

 以前より装備が変わっていたのでこっそり《鑑定》したところ、質が二回りほど向上していた。【スプリンガー】(特典武具)を外している今の私のなりでは比較にならない。全てを把握してるわけではないがどれも生産装備の中ではかなりいいものだったはずだ。金額を聞くのが怖い。

 

「聞いてよ~、さっきあのガチャで10連したのに全部C以下だったんだよ。ひどいよね~」

「……金額は?」

「10万リルを10連」

「聞きたくなかった」

「だと思った~」

 

 これこそがカルチェラタン成金。この調子だと100万リルなんて端金ぐらいにしか考えてない。総資産いくらなんだ?いや聞きたくはないけど。

 

「ところでさ~今って仕事空いてる?【冒険家】ギルドで結構割りのいい仕事入ったらしいよ」

「……なんでそれを私に?」

「金払いは良さそうだったんだけど、依頼主がタイプじゃなかったんだよね~」

 

 なんともひーらしい理由であった。

 しかし、適当な相槌を返した私に彼女が続けた言葉は私に警戒心を抱かせた。

 

「それにアルター南東部の道案内がお望みらしいんだけど、私はあの辺行ったことないし」

「アルター南東部?」

「そ、国境に近い森しかないようなとこ」

 

 アルター南東部。それはラディアラの館がある地帯だ。しかし、一般にはただの辺境扱いされていて〈マスター〉、ティアンともどもに注目されていない場所である。

 私は不穏の影を感じた。

 

 ◇

 

「あなたがスレッジ・ハンマー?」

 

 【冒険家】ギルドにその男はいた。赤毛の優男はテーブルに腰掛けて読んでいた本から視線を上げた。

 

「そうだけど、君は?」

「【冒険家(アドベンチャラー)】のフォリウム。ひーから話を聞いたんだけど」

「あぁ、なるほど。彼女、意外と義理堅いようだね」

 

 スレッジ・ハンマーからやや離れた所に一人。おそらく彼の仲間だろう。

 本をテーブルに置いたスレッジ・ハンマーがこちらへ身体を向け、ヘーゼルカラーの瞳が私を見た。

 

「いきなりだけど、本題にいこう。こちらが欲しいのは探索の同行者、アルター南東部の山林の地理と生態系に詳しい人材。追跡や探知に長けた〈エンブリオ〉で能力面をカバーしてもらっても構わないけど、ようは道案内だね」

「同行する人数と目的は?」

「それは依頼を受けてもらってから話すよ」

「……出発の日時は?」

「そうそう、メンバーの合流の都合で今すぐにとはいかないんだったよ。パッセンジャー、ソルティとハイランドの合流はいつだっけ」

「こっちであと半日もすればリクヴィルに居るラスティたちと合流してから来るはずですから、こっちの夜中ぐらいじゃないですか?」

「うん、だからそれ以降になるかな。リアルの都合で少し先延ばしにするかもしれないけど」

 

 リクヴィル。それはラディアラがいる森の近くにあった村の名前だ。

 それに思い出した。スレッジ・ハンマー。こいつとは一度あった事がある。

 私がレジェンダリアにいた時の事だ。討伐ランキングに名前があった男。新造ダンジョンの外で狩りをしていた変人の一人だ。

 私は、【スプリンガー】の特典武具を外してギデオンに来たことを早くも幸運に思っていた。

 

 私とラディアラが戦った【スプリンガー】はラディアラ曰く、戦闘の最中に転移によってこちらへ来たようだったと言っていた。

 そしてレジェンダリアの討伐ランカーがわざわざこんな所まで、それも道案内を探してまで向かおうとしている場所がある。

 

 トラブルの匂いがしていた。

 

 

◇ ◆ ◇

 

□【夜興引(ヴェスパー)】ラディアラ・リベナリル

 

 フォリウムが街へ向かってから、私はまた森に出ていた。

 実を言えば森に出る必要はなかった。

 食料は先ほどの狩りで最低限確保できたし、まだ備蓄だってある。他の山菜だって山に採りに行くほどでもなければ様子を見るべき罠もない。

 だが、家でじっとしていると、()()()が抑えきれなくなりそうだった。胃が締め付けられ、熱が私を浮かすような、そんな昂ぶり。

 心当たりならある。  

 血だ。

 あの時フォリウムが腕の咬み痕から流したほんの僅かな血の匂いを嗅いだ時からこの妙な感覚は始まり、そしていまだに消えない。いまだに鼻腔に残り香が染みついているような気さえする。

 

 確かに、私は吸血鬼だ。それでも血に渇きを覚えることなんて、もうずっと無かったはずなのに。

 

「ん?」

 

 麻痺しかけている嗅覚が、それでも鋭敏に別の匂いを嗅ぎつけた。

 男が二人、南から歩いてきている。  

 それも、これはもしかすると。

 

「厄介な予感ね」

 

 ◇

 

 不運にも予感は的中した。  

 男の二人組は【スプリンガー】の通り道を歩いていた。このままいけば戦闘跡までたどり着くだろう。

 吹き飛ばされた私がぶつかった幾本もの木、【アルゴー】の吶喊でなぎ倒された木々、【スプリンガー】のブレスの流れ弾で削られた大地をみれば結構な規模の戦闘があったことは一目瞭然だ。

 

 聞いた話では〈UBM〉の狩猟権を巡った争いはしばしば起きたという。そして、【スプリンガー】が現れた時、既に何者かとの戦闘で傷ついていた事を考慮するなら……

 

 ――殺しておくべきか?

 

 剣呑な考えが頭に浮かんだ。

 しかし、この森にはフォリウムも戻ってくる。もし彼らを殺したとして、捜索に人が来た場合フォリウムに知られる事となる。

 脳裏によぎるのは私に殺意を向けられて怯える彼女の顔。

 もう、フォリウムの前で人殺しの顔をするのは嫌だった。

 それに昼間の襲撃となればフォリウムに射掛けたように失敗する恐れがある。

 

 自分の殺意を抑えるのが、結局は理屈であることに辟易しながら私は殺人という手段を取らない事にした。

 

「こんにちは、こんな所にまで何の用?」

 

 話しかけた時、あえて気配は消していなかったから向こうの反応も穏やかなものだった。

 今、彼らが私を看破すれば《偽装》の効果で【宵闇狩人(ナイトシーカー)】が見えているだろう。ジョブ特性のおかげか《偽装》で隠蔽した【夜興引(ヴェスパー)】を見破るのはほとんど不可能だ。実際、フォリウムは終ぞ【夜興引】を《看破》できなかったという。

 実際、彼らはやや身構える様子があるものの、それは人気(ひとけ)のない場所で人間に出会した時の反応として普通の範疇に収まるものだった。

 

「少し、調査でな。あなたは……なんだティアンか」

 

 しかし、少しカドを感じる。憎悪ほど暗くはないが、侮りにも似た感情……無関心?

 見やれば二人とも左手にそれぞれ紋章がある。フォリウムの言葉を信じるならば、この二人は〈マスター〉だ。

 そのうちの一人が、私に質問を投げかけた。

 

「そうだ、あんた【スプリンガー】って知らないか」

 

 心臓が跳ね上がる。想定の中で最悪の質問だった。

 しかしこの時の返答は決めていた。

 

「ごめんなさい。心当たりはないわ」

 

 近寄るべきではない。

 私のように〈UBM〉と単独で渡り合うような存在は〈マスター〉でも稀有だとフォリウムから聞いた。そうであれば、【スプリンガー】が消えた地点にいる私はさぞ怪しく見えるだろう。私の身に宿す力のせいで争いに巻き込まれるなど、全く御免蒙(ごめんこうむ)る。

 こんな事ならやはり手段を選ぶべきでは無かったと後悔しながら、私は彼らを適当にあしらおうと決めた。

 

 そう考えていたのだが。この世界はいつだってままならないものだった。

 

 

「ソルティ、《真偽判定》に反応した。このティアン何か知ってるぞ」

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