愛は薄明の中に刹那   作:沖 一

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第三話 時を刻む命

□【大冒険家(グレイト・アドベンチャラー)】 フォリウム

 

「それでどうかな、案内は頼めるかい?」

 

 ギデオンの【冒険家】ギルドの中、何度も、何時間も入り浸っていたはずの空間の中で私は大海の中に一人置き去りにされたような不安感を抱いていた。

 

 討伐ランカーが本拠地(レジェンダリア)を離れてわざわざこの国(アルター)に来て目の前にいる。おまけに目的の仔細は話さず、ただ道案内を依頼している。

 そしてその地点は、レジェンダリアから来たであろう〈UBM〉(【スプリンガー】)が現れていた場所だ。

 

 間違いなく、この男の目的は私とラディアラが倒した〈UBM〉だ。

 ここまで来た以上彼らは必ず森の隅々まで探すだろう。そして木の根をかき分け、岩をひっくり返しているうちにやがて気が付くのだ、森の中で暮らす一人の吸血鬼の存在に。

 

「悪いけど、力になれそうにない」

「そうか、残念だよ。気が変わったり伝手があったらよろしく頼むよ」

「えぇ」

 

 それだけ残して、私はギルドを出ていった。

 ラディアラに遭遇しうる〈マスター〉の一団がいる。かなり悪い事態だ。戦闘も想定しておいたほうがいい。ともなると、やはり【ブローチ】が必要だ。

 そもそも今回のギデオン来訪の目的はそれだ。ラディアラはティアンだ、万が一そのHPが尽きることがあれば訪れるのは本物の死だ。致命傷からの保護を最低一回は保証する【ブローチ】は必ず要る。

 だけど、お金(リル)が足りない。アイテムボックスのエメンテリウムは、その価値を沈黙させてボックスの中で眠っている。

 

 ――他の商店に行ってみる?

 アレハンドロ商店でダメだったのに誰が買ってくれるというのか。 

 

 ――手持ちの物でも売る?

 できるなら既にやっている。二度のデスペナで売れるものなんて元よりない。

 

 ――闘技場に参戦する?

 今にもラディアラの下へ〈マスター〉が迫っているかもしれない現状では悠長すぎる。

 

 ダメ、ダメ、ダメ……。考えながら街中を歩き続けて、いつの間にかアクセサリーショップの前まで来ていた。

 窓から見える店内では、相変わらず【ブローチ】が500万リルで鎮座している。手の届かない現実は変わらない。

 

 しかし……。一つのアイデアが浮かんだ。

 私のエンブリオならここから即座に逃走することができるし、仮に捕まったとしてもエメンテリウムを換金して賠償もできれば、“監獄”送りとまではならないだろう。()()は分の悪い賭けではないのではないだろうか。

 

 そこまで考えてようやく、私は遺跡を攻略する段取りを考えるのと同じくらい自然に、今までの人生で全く考えてこなかった()()を手段の一つとして真剣に思案していることに気が付いた。

 現実に極めて近しい世界で犯罪を行おうとしている自分がいることに驚いた。だけど、今迫っている危機はラディアラに迫っているのだ。【ブローチ】が用意できなかった場合、その時死ぬのはラディアラなのだ。

 

「どうしたの、ヤバい顔してるけど」

 

 ――そう考えた時に声はかけられた。

 

「……ひー」

「やほ」

 

 アレハンドロ商店でスレッジ・ハンマーの情報をくれたひーが、すぐ傍にいた。

 なんとも間の悪いことだった。彼女が来なければ、人通りのいなかったさっきならばうまくいったのかもしれないのに。

 そんな私の後ろ暗い感情を吹き払う一言を彼女は告げた。

 

「どしたの、【ブローチ】いるの?」

 

「……え?」

「【ブローチ】みてたんでしょ?いくつ?10コ?」

 

 聞き違いではなかった。彼女は確かに、一個500万リルもする【ブローチ】について話をしていた。

 

「……どうして?」

「アクセとかそんな眺めるタイプじゃないでしょ、フォリウムは。……え、ガチで10コいるの?」

「いや……2個、いる」

「なーんだ、ビックリした」

 

 そう言ってひーはフラリと店内に入り、買い物をして、出てきてそのまま【救命のブローチ】を2つ、私に渡した。

 

「みてよ、これ。ついでに買っちゃった。装備枠に入れなかったらいくらでもつけれちゃうの運営もわかってるよねー」

 

 キラキラと銀色に光るブレスレットを光にあて、満足げに緩めたその顔には悪意も敵意もなかった。いつも通りの、現実でもデンドロでも質の変わらない、あっけらかんとした笑顔があった。

 

「どうして……?」

「ん?いや事情は知らないけど、中々にヤバいんでしょ?あんな顔してたらさすがに助けるって」

「……ありがとう」

「あは、いつも買ったげようかって言ってたじゃん。お礼なんて……ちょ!?何この量のエメンテリウム!?バグ!?それとも換金しろって!?こんな——」

「そんなのでごめん!」

 

 続きは聞こえなかった。上空に出現させた【アルゴー】に跳び乗り、そのまま発進させたから。

 あまり行儀のいいお礼ではなかったけれど、今は、何よりも。行かなくては。

 

 

 

「あーあ、行っちゃった……」

 

 自らの〈エンブリオ〉に跳び乗ったフォリウムをひーが見ていた。一刻を争うように飛んでいく船の、その行先を。

 

「――南東かぁ」

「あの、今の大きな音は……こ、この罅なんですか!?」

「え?」

 

 店から出てきて驚きの声をあげたティアンの視線の先はフォリウムがさっきまで立っていた場所、跳び上がる反動でバキバキに割られた石畳が残されていた。

 ひーの真横であった。

 

「もしかして私がなんとかする流れ?」

 

 

 

□【夜興引(ヴェスパー)】ラディアラ・リベナリル

 

 ――お前があの時死んでいれば。

 人の焼ける匂い。

 家が、畑が、あらゆる営みが燃え朽ちた真っ黒な灰が、雨で流されてゆく終わりの景色。

 それは現実か?違う。脳裏に焦げ付き、今またしても幻として私の前に現れた古い記憶。この命が刻む、遠い過去。今よりもっと弱かった私の過去。

 あれから時が流れたのに、私はまだ弱いままだった。

 

「《ヴァイタル……コンバージョン》」

 

 焼け爛れた背中が、吹き飛んだ翼と右腕の肘から先が、その他身体のあらゆる傷が、私のHPを燃料に再生してゆく。ものの数秒で私の肉体は無傷へと戻る。

 私は、弱いままに。

 

 剣士の自爆によって墜落したが、逃げる男はまだ離れきってはいない、距離は約300メテル。

 無傷の脚で立ち上がり、再び走り出す。この相対速度なら数秒もかからない。

 

「なっ!?クソっ!」

 

 男は振り返り、松明を向ける。

 先程見た炎だ。今度は五叉に分かれて襲い来るが、吸血鬼の力を解放した今では問題ではない。

 掌から噴き出させた血を短剣に変え、投擲。空気の壁を貫いた衝撃波をまき散らして飛翔した紅剣は狙い違わず男の頭に命中。衝撃に耐えきれずに紅剣は派手に砕け散るが、それは確かな命中の証でもある。

 しかし確実に致命の一撃であったはずのそれを、男は如何なる手品か耐えて見せた。

 だが二撃目。今度は確かに喉に突き刺さり、その衝撃をもって首を抉ぐり飛ばした。

 

 確実な死。風に消えた魔炎が術者の死亡をなによりも雄弁に示す。

 しかし。

 人の死体はモンスターと違いそこに残る。それがこの世界の掟だというのに——消えるはずのない男の死体も光の塵となって消えた。

 

「なぜ」

 

 まさか、ログアウト?あのタイミングで逃げられたのか?

 分からない。殺せたかどうかさえ、私には分からない。

 

 あぁ、眠気が押し寄せてくる。HPも血も失い過ぎた。抗えない。

 私は——

 

「ラディアラ!」

 

 私の名前を呼ぶ声が聞こえた。あの人がつけてくれた私の名前、しかしあの人のものではない声で。

 

「フォリ……ウム?」

「どうして、こんな、HPが……ラディアラ!」

 

 ゆっくりと降りてきた【アルゴー】から飛び降りたフォリウムが私へと駆け寄ってくる。私を心配し、抱き寄せてはしきりに声をかけてくるフォリウムの腕を握った。

 あの人ではないのに。なのにどうして。私はまた、どうしようもなく。いずれ去る人間にこんなにも心を許してしまうのだろう。期待を寄せてしまうのだろう。

 

 あぁ。

 私はまだ、弱いままだ。

 

 

□【大冒険家】フォリウム

 

 ラディアラを乗せて館へと戻る傍ら、幾つもの戦闘痕が見えた。それに船からも見えた空に咲いた赤。あれは《クリムゾン・スフィア》の炎だ。

 きっと〈マスター〉との戦闘があったんだ。

 あれがスレッジ・ハンマーの率いるクランと全く関係が無いと考えるのはあまりに楽観的だろう。

 

 あれから時は経ち日が沈んだ今、ラディアラを彼女の寝室に寝かせていた。ラディアラの寝室には入ったことが無かったが、ラディアラはHPの大部分を喪失し【失血】の状態異常も抱えていた。吸血鬼である彼女の仕組みをよく知らないが、もしかしたら彼女の寝室には何らかの医療作用があるかもしれない、と思い運び込んだ。

 ある程度の【HP回復ポーション】を飲ませた今、HPの心配は消えてゆっくりと静かな寝息を立てていた。

 

 できる限り急いだはずだった。私のベストを尽くしたはずだった。

 なのに私は、彼女の危機に駆けつけることができなかった。

 不甲斐ない。もっと彼女の力になれると思っていたのに。

 苦しそうに眠るラディアラの顔を見ては考えてしまう。

 

 僅かにラディアラの口が動いた。

 

「……フロー?」

「! ラディアラ、目が覚めた?」

 

 薄く目を開けたラディアラは、私を見て思い出したように私の名前を呟いた。

 

「フォリウム……。ここは、戻ってきたの?」

「うん、ラディアラが倒れてたから。身体にケガはなかったけどHPがものすごく減ってたし、状態異常もあったから」

 

 いまだ目が冴えていない様子に尋ねるのは憚られたが、それでもこれは聞かなければいけない事だった。

 

「〈マスター〉と戦闘に、なった?」

「っ、そうだ、あいつら……!」

 

 ラディアラは起きようとした。だが腕をついて上体を起こすその動きは彼女のステータスが嘘のように怠慢としたものだった。

 

「私が着いた時にはもう敵影はなかった。仮に逃げられてたとしたら、もう追えないよ」

「いや……確かに私が殺した」

 

 殺したと、はっきりと口にしてラディアラはベッドに倒れ込む。深く、重いため息をついた。

 

「――十一人」

「え?」

「私が独りになってから、ここを守る為に殺めた人数。不必要だったとは言わない。だけど、あなたが来る数日前にも私は一人殺してる。その人も【拳士】系統だったから、もしかしたらあなたの仲間だったのかと……あなたがここに来たのはあの人の行方を調べに来たのが理由の一つなのかもしれないと考えると、怖くて、ずっと言い出せなかった。でも、私が殺した。ごめんなさい」

 

 ラディアラの双眸から涙が線を引いて流れ落ち、堰を切ったように話し続けた。

 

「ずっと、ずっと昔、私はフローに助けられた。生きるって事を教えてもらった。

 産まれきたことをずっと疎まれ続けた私と生きてくれた。あの人と一緒に夜を駆けて、昇る太陽を見て、側にいて……この時の為に私はあったんだって、本当にそう思ってた。

 でももうフローはここにのこっているだけだから。だから私はこうするしかないの」

 

 語りきって目蓋を閉じた。罪を話し終えたと言わんばかりに。

 しかし、ラディアラは何も気づいていなかった。私が話した真実も、私が隠し続けた事実も。肝心なことを何一つ気が付いていなかったのだ。

 

「ごめんなさい。でも叶うなら、少しだけ一人にして」

 

 もしも、『わかった』とそれだけを言い残しここを後にし、ベッドで眠り、明日を迎えて。

 ラディアラに募る罪悪感の全てを赦し、現実とこの世界を行き来しながら、森で狩りをし、食卓に座り、食後にはかわりばんこでお茶を用意して、たまには二人で夜をでて。

 

 そういう日々を、そういう時間を。そうやってこの世界で生きていくことを。

 もしも、許されていたなら。

 

「違うんだよ、ラディアラ……」

「……え?」

 

 今度は私が話す番だった。

 

「あなたに殺されて光の塵になった〈マスター〉は、〈マスター〉の世界で生きてる。三日後にはまたこの地に蘇るし、既に〈マスター〉の世界で仲間に連絡をとってるかもしれない」

「そんな、それは、あなたの、……」

 

 アイテムボックスからギデオンで買ってきた本を渡す。表紙から、それは〈マスター〉について書かれた本だと分かる。

 ラディアラはようやく、私が冗談で言っていたのではないと信じ始めた。

 だが、まだ話さなければならない。

 

「私がここに来る数日前に、あなたが殺した人間……。狼の群れをけしかけて、それでも詰めきれずに、日没が来てから、狼になったあなたが噛み砕いた……」

「どう、して、それを」

「わ、私も……〈マスター〉なんだよ?私が、私が……その人間なの」

 

 猛々しい風が部屋の中を吹き荒れた。それは私を吹き飛ばし、床へ叩き付け、そのまま抑え込んで離さなかった。

 その風はラディアラだった。

 爪が胸に食い込み、紅い瞳が私を睨む。尖った犬歯が覗く口は怒りをむき出しにあらわす。

 

「あ、あの〈マスター〉は、自分の命をただの駒として切った!あなたは……あなたは一度殺されていながらまたこの森にやってきた!そうやって、贋物の命で、ただの遊戯かなにかのつもりで、私の、私を、踏み荒らした!」

「ぅ……ラディ……ァ……!」

「あなたも所詮、アレらと同じ〈マスター〉でしょう!?新しい人種だなんて、くだらない!普通の人と同じように、悪辣に!人を脅かすだけで!奪うだけで!」

 

 慟哭は止まらない。積み重ねられたこの世界へのあらゆる憎悪がラディアラの内を駆け巡り、暴力として溢れ出す。

 

「結局あなただって!そんな贋物の命で!」

 

 ラディアラの掌が胸に沈み込み、肉を潰して骨を割る。そのまま力に任せて胸を貫くかと思われた時、ラディアラの爪が心臓に触れた。指が、無音に響く命に触れた。

 瞳が幽かにきらめいた。

 

 風も光もない薄闇の部屋の中、私の鼓動が二人を繋いだ。私の命が時を刻んでいた。

 

 ラディアラの瞳に私がいた。

 紅いままの瞳に薄く私を映していた。

 

 どちらかが息を吐いた。どちらかが息を吸った。

 熱が、籠っていた。

 

 ――この命は本当は、本物の命ではないのか?

 

 ほんの僅かな力だった。でもそれで心臓が傷つき、血潮が漏れ出た。痛みはない。だが命の流出を感じる。喉にこみ上げる苦しさと舌を満たす匂いは私の血だ。

 

「「あなたは」」

 

 

 

【ダメージ超過】

【パーティ全滅】

【蘇生可能時間経過】

【デスペナルティ:ログイン制限24h】

 

 

 

(あがた) 譲羽(ゆずりは)

 

【ペナルティ期間中です。あと23時間59分35秒】

【ペナルティ期間中です。あと23時間59分08秒】

【ペナルティ期間中です。あと23時間58分56秒】

 

 ヘッドギアを外し、ベッドの上で起き上がる。私の左胸に傷はない。当たり前だ。

 お腹が鳴った。何時間も通してダイブしていたから、当たり前だ。

 私の命の置き場はここなのだから、当たり前だ。

 

 本当にそうだろうか?

 

 ラディアラが私に触れていたあの時、確かに私の命はあの世界にあった。私の目も、耳も、鼻も、肌も、心も。あの暗い館の一室の中でラディアラに触れていた。

 あの場で命を感じたのは私だけなのだろうか。

 それとも私とラディアラを隔てるものを彼女は見たのだろうか。

 

 確かめたい。

 

 スマホを開き、短い文を送った。

 

『ひー、頼みたいことがある』

 

 

 

 

□ギデオン 【冒険家】ギルド 

 

「オーナー、やっぱり二人のログアウトはデスペナでした」

「そうか、残念だ。〈UBM〉と接敵したのか?」

「いえ、《真偽判定》で【スプリンガー】について知っているティアンを見つけたらしいのですが、直後にそのティアンから攻撃を受けログアウトの猶予なくデスペナにされたと。二人はなんらかの超級職取得イベントの類と推測してるようです」

「ふむ、イベントねぇ。……しかし、あの二人が後れをとるティアンか。【スプリンガー】の事も知っているようだし、ちょっと皆で()()に行こうか」

 

「ねぇ、さっき断った依頼。やっぱり受けるよ」

 

 ギルドの扉に一人立っていた。

 何を考えているのか悟らせない笑みを浮かべて。

 

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