愛は薄明の中に刹那   作:沖 一

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第六話 安全圏にこもれ

 □【夜興引(ヴェスパー)】ラディアラ・リベナリル

 

 館がやたら広々と感じる。

 フォリウムが来てから、今日でちょうど七日目だった。彼女が〈マスター〉として度々館を離れていた事を考慮すれば、実際に過ごしていた時間はそれより短い。

 

 起きて、挨拶を交わす人なんてずっといなかった。

 たまたま館の近くを通りがかり、出会った人々ならこれまで何人かいた。しかしフローがいなくなってからフォリウムがこの館で寝泊まりするまでの間に、同じようにこの館で寝泊まりした人は100年以上前の【薬師】以来だった。

 

 だからずっと過ごしてきた独りの館であるはずだった。

 窓の外に降る雨以外は何も音がない、静かな館。こんな雨の日は二回の畑から野菜を採ったり、フローが遺した本を読んだりして過ごしていた。

 

 何も変わらない雨の日の館であるはずだった。

 窓の分厚いガラスは館の内装と私を映している。ガラスに映りこむ像はずっと昔から変わらない見慣れたもの。

 ガラスが映してきた今まで通りの日々を過ごせばいい。そう考えても、私はいつの間にか椅子に腰かけていた。

 何をするでもなく、何を考えるでもなく、ただ腰かけていた。

 

 日が沈み、窓の外が夜の暗闇に満たされても雨はずっと降り続けていた。

 

 ◇

 

 目覚めた時に陽光は無かった。昨日降っていた雨はいまだに分厚い雲を空に残し、窓から見える空には曇天が広がっていた。

 私はベッドから起きあがり、ふと白いシーツを撫でた。

 一人では広すぎるベッドだ。思えば独りになってからもう二百年近い時が経つが、ベッドの広さを感じたことなどそれこそ二百年ぶりぐらいのように思えた。

 

 今日はこの前の戦闘でボロボロになった外套などの修繕に一日を費やした。この館は食料の生産だけでなく、服の修繕のための糸はおろか機織機を使って糸を編むこともできる。今回はストックされていた布を使ったために機織機の出番は無かったが、その他にも様々な機能がこの館には備えられていて私がこんな所で一人で暮らすことができているのは超級職や吸血鬼だからなどという理由よりも館によるものが大きいのは疑いようのない事実だった。

 

 やがて修繕も終わり、次に何をしようかと考えた所で私は昨日から何も食べていない事を思い出した。

 

 キッチンに向かう途中で、窓から夜空の様子が見れた。どうやら雲は晴れたらしく、綺麗な星空が広がっていた。

 

 思えば長い時を生きてきたものだ。

 私がフローと出会った日。毎年訪れるその日の星空は覚えている。夜空を見上げれば否応もなく思い出すのだ。

 

 ――ねぇディア。この星空は私達が出会った時の星空なの。夜空に浮かぶ星たちは、毎日少しずつ配置が変わっていくんだけど、それは一年で一週してまた同じ位置に戻るの。だから、今日この空に浮かんでいる星たちは、私達が出会った時の夜と同じ星空なんだ。

 

 ――今日でもう十年なんだ。早いね。

 

 それはまだ私が吸血鬼になっていなかった時の事。微笑みかけながら優しく私の頭をなでるフローの顔には優しさだけでなく、惜しむような寂しさがあった。

 人間と吸血鬼の間に立ちはだかる時間の壁を惜しむ寂しさだった。

 

 ◇

 

 何が起きようと日は昇る。暖かな温もりと肌をチクリと刺す眩しさで何度でも昇る。はるか向こうの稜線から出てきた太陽は尾根に立つ私の髪を黒く艶めかせていた。

 

 昨日と一昨日は館から出なかったけれども、昨夜はフローとよく見た景色が懐かしくなって月が高いうちに館を出た。

 朝日なら、館の寝室からも見える。しかしフローはそれとは別にここから見る景色も好んでいた。

 私は今でも太陽の良さというものがよくわからない。だけど尾根から昇る太陽を見つめるフローの横顔や、白いシーツの上にふわりと広がる夜のように黒いフローの髪が陽光で照らされる様は好きだった。今でも思い出せるくらいに。

 

 山の中に建つ館も、朝日の入ってくる寝室も、長く続く稜線も、木々が茂るこの森も、この地を照らす太陽も、ここから見える全てはフローが愛したものだった。

 いや、全てがそうという訳ではないか、と遠くに木々がなぎ倒されてできた空間を見て気づいた。フローがいなくなってから変わったものもある。あの木がない空間はこの前〈UBM〉と戦った跡だ。……もう少し探せば〈マスター〉たちと戦った跡もみつかるだろうか。

 

 今日で三日目だ。森で二人の〈マスター〉を殺してから、三日目。早ければ今日の夕刻にでも彼らは仲間を引き連れてくるだろう。

 風が強く吹いている。風は髪を乱暴になびかせ、落ち葉を舞わせ、雲を遠い国へと運んでゆく。昨日はどうだったろう、風は吹いていただろうか。

 明日もこの風は吹くんだろうか。

 

 答えはない。やがて高く昇った太陽は、眼下の全てを遍く照らしながら西の空へ沈んでいく。

 アルターの森を夕映えが朱く照らしていた。

 

 ◇ ◆ ◇

 ■アルター王国ギデオン・【冒険家】ギルド

鬼鉄(オニガネ)】キングスバレイ

 

 日没が近い。太陽が複数あるわけでもないデンドロの世界は現実と同じように日が暮れる。空が暮れと夕焼けのグラデーションになり、ギルド内にも明かりが灯される頃には〈F・Shaker〉の面々も六人が集まっていた。

 

猛炎騎士(ナイト・オブ・ブレイズ)】スレッジ・ハンマー

大予言者(ギガ・プロフェット)】パッセンジャー・リスト

鬼鉄(オニガネ)】キングスバレイ

盾巨人(シールド・ジャイアント)】アースクエイク

双鎌士(デュアル・シックルマン)】ダイキリ

狙撃名手(シャープシューター)】ブラック&ホワイト

 

 【スプリンガー】の追跡にと招集された俺たちは、スレッジ・ハンマーから後出しで『7割ぐらいの確立で【スプリンガー】は討伐されているもの思っていてくれ』などと言われたが、その場合でも伝説級〈UBM〉に匹敵するらしい戦力が存在するだろうとのことで、レジェンダリアにとんぼ返りするような奴は一人もいなかった。

 まだ戦闘用の装備をしていない人もいる一方、抜き身のライフルを下げる【狙撃名手】、鎧姿の【盾巨人】、SF競泳水着のような恰好をした【双鎌士】など、すでに戦闘職らしい恰好をしたやつもいる。

 ……自分で言っておきながらダイキリ(【双鎌士】)の恰好は()()()()()か?首から下の肌の露出がないとはいえ、身体にぴっちりと密着したスーツは女らしい肉体の曲線を惜しげもなく見せていた。スーツの全体を覆うゲル状の物質が放つ光沢が、官能的な雰囲気を醸していた。

 

 ふと、ダイキリのものではない視線を感じて見渡すと、テーブルに一人で座る女がひそめた眉を隠しもしないで俺を見ていた。

 たしか名前を『ひー』と言った。メインジョブは【冒険家】や【大冒険家】ではないが、それでもアルターの【冒険家】ギルドに登録のある【冒険家】らしい。オーナーが協力を取り付けたという彼女の視線に居たたまれなくなって俺はダイキリに向けていた視線を逸らした。

 

 ともかく、クランの中でもなかなかに壮観なメンツが揃っていた。これにさらに上級職四人が合流するとは、よほどこれからの戦いを警戒しているらしかった。

 

 そんな事を考えていると、ギルドの外に何か巨大なものが現れていることに気が付いた。話し声も聞こえてくる。

 

 ――ちょっとコレとコレ、短いんじゃない?

 ――うるせぇ、乗る前にそれでいいってアンタが言ったんだろうが

 ――頼むから通りでそんなもの出さないでくれ、こんな所でしょっぴかれたりしたら……

 

 何かを渋っている一人と話を切り上げたがっている二人。そう待たずに話は終わって、巨大なものの気配が消えた時にはギルドの扉を開いて二人の男が入ってきていた。

 

「オーナー、お待たせしました」

「構わないよ。ハイランド、ソルティ、この距離をよく来たものだ」

 

 先んじてアルターに入った癖に藪をつついてデスペナを食っていた二人だった。レジェンダリアからギデオンに来るには『シモノケタクシー』を使ったらしい。

 そのタクシーは利用料にあるものを要求する事からレジェンダリアでは有名だった。飛行速度も空輸成功率の高さも良いのにあまり利用されない訳にはその利用料が絡んでおり、ギルド前での問答は正に利用料にまつわるものだった。詳細は二人の名誉のために省くとしよう。

 

「さて、これで八人。リクヴィルの待機組を拾いに行こうか」

 

 足を組んでいたオーナーが椅子から立ち上がった時だった。

 一枚の硬貨が放物線を描き、オ-ナーの座る机に落ちた。

 

 皆の視線がカタカタと音を立てる硬貨に集まる。どういう意図かとその【冒険家】の女を見やった時、誰よりも早くオーナーが口を開いた。

 

「なんのつもりかな」

 

 それは投げてよこした硬貨について——ではない。カウンターに一人で座る彼女がまさに今している事についてだった。ひーとかいう変な名前をした彼女はマッチを擦り、いつの間にか咥えていた煙草に火をつけ、ギルド内全てを煙で満たしてやろうとばかりにたっぷりと白煙を吐き出していた。

 一言で言うなら喫煙していた。禁じられているはずだった。それは何よりも不機嫌を微塵も隠さないオーナーの声色が証明している。

 

「それ迷惑料。いやね、どうにもあなたたちのしたいようにさせてあげる訳には――」

 

 バチリと脳天から駆け抜ける電流は《危険察知》の報せ。だが経験則で分かる、これは致命的な危険ではない。

 その油断のせいで俺の反応は遅れた。

 

「〈エンブリオ〉だ!」

「――いかないんだよね、《凍界の楽園(アイランド・イン・ザ・パルマフロスト)》」

 

 パッセンジャーの警告も虚しく、ひーの言霊が世界を塗り替えた。先程までの日没時特有の温かい空気は消え、広がるのは寒冷な氷河の空気。

 暴力的なまでの冷たさに驚いて漏らした息が白く染まる。床を、椅子を、机を、俺たちの装備をあっという間に霜が真っ白に染め上げた。

 それを為したのがひーの〈エンブリオ〉によるものである事は間違いない。

 

 極寒の別世界と化したこの場で最も早く動いたのはダイキリだった。この中で最もAGIが高い彼女はその素早さにものを言わせ、ひーが《瞬間装備》を発動するよりも早く【双鎌士】の刃を閃かせた。

 ダイキリの〈エンブリオ〉はボディスーツ型のアームズ。スーツに蓄えられたゲル状の物質は人工筋肉のように彼女の動きをサポートしつつ、攻撃時には硬化して刃となる。

 手、足、腹、背。あらゆる部位が刃の起点。全身から生やす複数の刃を読み切るのは至難。END型はもちろんAGI型でも遅れを取りうる。

 

 今まで多くの獲物にしてきたように、その高速変形・変幻自在の鎌は一人の無謀なマスターの急所へと滑り込む致命の刃であるはずだった。

 しかしダイキリの刃はひーが空中に生み出した氷の結晶に阻まれた。

 続く二撃目。ゼロ距離まで近づいたダイキリが防がれた左手の刃を引っ込めつつ、代わりに刃を生やした右手で首を刈りにいくと同時に左脛から生えた鎌がひーの足を薙ぎにかかる。

 対するひーは《瞬間装備》。しゃがみ込んで首狙いの刃を躱し、取り出した剣で足を狙った鎌とかち合わせる。

 そのまま剣を跳ね上げてダイキリの体勢を崩しにかかったが、ダイキリも鎌を軟化させて剣の勢いを流しつつもその回転モーメントに従って自ら跳躍した。

 体操選手のように身体を捻りながら全身から細い刃を生やし、チェンソーの如き高速回転の刃でひーに反撃するが彼女はその間合いから拳一つ分の距離だけを取って見切っていた。

 

 刃の軽さという弱点はあれど、それでも近接戦を得意とするダイキリが押されているのは、この極寒でいつものようには身体と〈エンブリオ〉が動かないからか。

 

 

 瞬間的に始まった戦闘だったが、パッセンジャーがダイキリ一人では詰め切れないと判断して続いて指示を出す。

 

「寒冷領域を展開するTYPE:ワールドの〈エンブリオ〉だ、少なくともギルド内は領域内!ブラック&ホワイトは直ちに寒冷領域を脱してから援護開始、次に俺が脱出して援護に回る!」

「《ヒート・ウェーブ》……まずいね、温度の上昇にレジストがかかってる。この程度の魔術じゃ相殺しきれない」

「わかりました、オーナーは《ヒート・ウェーブ》の維持だけしてMPを節約していきましょう……皆は俺が外に出るまで時間を稼いでくれ」

「任せろ」

 

 パッセンジャーの指示に返事を返したものの、現況は著しく悪い。そもそも八人を相手どって戦おうとしている奴が勝算無しとは思えない。

 

 唐突に始まった戦闘の緊張感を鎮めようと息を吸った瞬間、改めて俺は塗り替えられた世界に戦慄した。別に攻撃されたわけではない。ただ、()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 もちろん痛みはない。しかし痛覚を遮断したアバターでも窒息の苦しみはあるように、炎の熱さを感じるように、このアバターは身を貫くほどの寒さというものを手加減なく伝達する。

 寒さ。生物である以上決して逃れられないものをこの〈エンブリオ〉は武威にしてしまった。

 

 だが、なんというのだ。手足がもがれたわけでも、目を潰されたわけでもなく、武器を奪われたわけでもない。支障はあれど戦える。なんら問題ではない。パッセンジャーが領域外に出れば、()()()()()()()()()()()形勢は返せる。何より、今から大物狩りに行こうという所で邪魔されてたまるか!

 

 その想いは皆一緒だった。《瞬間装備》で俺の手にモーニングスターが、ソルティ(【剛剣士】)の手に剣が、アースクエイク(【盾巨人】)の手に大楯が、ハイランドの手に〈エンブリオ〉の松明が握られた。

 ブラック&ホワイト(【狙撃名手】)は距離を取るべく脚甲の特典武具にSPを込め、切り結ぶのは不利と判断したダイキリも《隠蔽》と《気配操作》を発動して姿をくらまして次の奇襲へと備えた。

 

「あらら、【隠密】系統?」

 

 軽いリアクションを残したひーを隙と見てモーニングスターを構えたが、パッセンジャーの制止が入った。

 

「警戒!でかい魔法が来るぞ!」

「了解、《ディヴァイダー》!」

 

 叫んだのはアースクエイクだ。スキル宣言により右手に持つ大楯から複数のパーツが分割。手盾程の大きさのそれぞれが盾として強固な防御力を維持したまま彼のレギオンの〈エンブリオ〉によって戦場のあらゆる場所へ素早く届けられる。

 《ディヴァイダー》を確認してブラック&ホワイトは走り出し、ハイランドは《詠唱》を始めた。

 パッセンジャーが〈エンブリオ〉を発動できていない事以外、いつも通りの布陣だった。

 いつも通りの防御手段を皆が信頼していた。

 いつものように宙を自在に舞うあの頼もしい盾が自分たちの前に来るのだと信じ込んでいた。

 

 しかし盾はアースクエイクの手元から飛び出したかと思うと、たちまち減速し地に落ちた。

 

「は!?」「なっ!?」

 

 皆が驚愕に固まる中、ひーは狙いを定めていた。

 狙われたのは俺とソルティではなかった。落ちたとは言えすぐそこまで飛んで来ていた盾を自力で拾えたからだ。

 《瞬間装備》で新たな盾を構えていたアースクエイクの下に留まっていたパッセンジャーとオーナーたちも狙われなかった。

 所在を潜めるダイキリと走り去るブラック&ホワイトも狙われなかった。

 

 狙われたのは盾が来る前提で《詠唱》を始めていて無防備なハイランドだった。

 

「《ホワイト・フィールド》」

 

 護ってもらう前提で足を止めていたハイランドに【白氷術師(ヘイルマンサー)】の奥義が着弾した。ハイランドの足元にぶつかった冷気の塊が一気に拡散し、その猛威を振るう。彼は直前に飛びのこうとしていたようだったが、暴力的な冷気で満たされるこの領域内で放たれた《ホワイト・フィールド》は躱すにはあまりに広範囲を影響下に置いた。

 熱を奪いつくさんとする大魔法がハイランドとその一帯を覆い隠す白霧を生む。それはまだ霜になりきらず大気中に残っていた水蒸気が過度の冷却で絞りだされて凍結した氷霧。ギルド内の照明の光を受けてキラキラと輝くそれはともすれば幻想的な景色。

 だが忘れてはならない、それは上級職の奥義が呼んだ惨状なのだ。濃い氷霧の中にあるハイランドの影はピタリと動かない。【凍結】避けのレジストさえも突破されて氷像と化したか。

 

「《アイシクル・ランス》」

 

 またもやひーのスキル宣誓が為された。狙いは分かり切っている。【凍結】したハイランドを砕くためだ。しかし防げない。

 

「メリッサ、なぜ動かない!」

 

 アースクエイクが叫ぶも相変わらず原因不明の不調で盾が動くことは叶わず、防げる者も近くにいない。放たれた氷槍は目標へと飛翔する。弾丸の速度と巨大な氷柱の質量、そのシンプルな運動エネルギーは脆い氷像と化したハイランドを砕くに能う。

 だが、それを遮るものがあった。

 

「《ファイアーウォール》」

 

 オーナーの《ファイアーウォール》だ。炎壁が氷霧を切り裂きながらハイランドの前に現れ氷槍と衝突、灼熱と冷気が混じりあう。

 結果は灼熱の勝利。氷槍はきらめきながら降り注ぐ細氷へと姿を変えた。

 こうしてハイランドは守られた。

 

 ――そこに遠方よりガシャンと氷像が砕ける音がした。

 

 まさか。

 

 全員が振り返った。そこには低温領域を抜け出そうとしているブラック&ホワイトしかいないはずだから。

 ブラック&ホワイトは確かに低温領域外にいた。彼の足は霜が降るギルドの床の向こう、冷やされていない石畳の敷かれた、ただのギデオンの通りにあった。

 しかしそこにあるブラック&ホワイトの身体は()()()()()()()()()()()()、駆け抜ける姿勢のままの彼が地面に叩きつけられ砕けていた。俺たちが見つめたも束の間、バラバラの氷像と化して石畳にまき散らされたブラック&ホワイトの身体が光の塵になって舞う。

 最も安全圏にいたはずの一人が、為す術なく散っていった。

 もし、それが《ホワイト・フィールド》のようなスキルによるものであれば()()()()()()()()()()()()()()()()。しかし彼さえ気づいていなかった以上、ひーはブラック&ホワイトを【凍結】させるためにスキルの発動などは何もしていない。であれば——

 

「領域外にでれば【凍結】!?」

「……冗談だろう」

「大マジだよ、《アイシクル・ランス》」

 

 指揮をとるべきパッセンジャーも、武器を構える俺たちも、最も広きを見ていたオーナーでさえも固まっていた。その隙にひーは迷わず一手を打った。

 今度こそ無防備だったハイランドの胸を氷槍が砕く。氷像の頭が地面に落ちるよりも早く、砕けた氷像の破片はブラック&ホワイトの後を追うように光の塵となった。

 

 あっという間に二人の〈マスター〉が斃された。

 

 アースクエイクの盾は相変わらず動かない。その訳にようやく皆が気が付いた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()。目をやれば盾が落ちていた場所で弱々しく蠢くモノ達があった。

 

 この盾はアースクエイク自身の〈エンブリオ〉によって運ばれる。その〈エンブリオ〉に障害があった。彼の〈エンブリオ〉は蜂型のレギオン【禍捧蜂窩 メリッサ】。

 その蜂の羽が凍てつき飛ぶことが叶わず、寒さで瀕死になって地を這いずり回っていた。

 

 最悪だ。

 遠距離攻撃を行うブラック&ホワイトと中距離攻撃を行うハイランドはデスペナ。極寒の悪影響でアースクエイクのレギオンが活動困難、おそらく俺のガードナーも召喚直後からいきなり活動に障害をきたすだろう。そして屋外に出られない以上、パッセンジャーは〈エンブリオ〉を使えずいつも通りのスタイルによる援護が叶わない。

 

 1対8の戦力差でいきなり二人を削ってみせたひーは不敵に剣を構え、【冒険家】のものではない武威を見せながら口を開く。

 

「外には出ないほうがいいよ。ここがあなたたちの安全圏(レフュージア)だから」

 

 極寒の世界に立つ【白氷剣士(ヘイルソードマン)】の女はそう言った。

 




【白氷剣士】
魔法剣士系統派生上級職
【白氷術師】+【魔法剣士】による上級職。AGIが良く伸び、MPもほどほどに伸びるステータス成長をする。
 冷気をまとった剣による攻撃が特徴。サブジョブが習得している氷属性魔法を扱える特性を持つ。
 このジョブをもつ時点で【白氷剣士】【白氷術師】【魔法剣士】【剣士】【魔術師】が最適解となり残り下級職が3つとれるだけ、その上ジョブコンセプトからオールラウンダーを目指しているせいでどの距離で戦っても本人のセンスが問われる難易度の高いジョブ。

【白氷活殺 レフュージア】
 ひーの〈エンブリオ〉。《凍界の楽園》によって自身を中心として低温領域を作り出し、さらにその外殻に超低温領域(あんぱんで言うとあんが低温領域でパンが超低温領域)を展開するTYPE:ワールド。
 第二層にあたる超低温領域はその温度もさることながら熱伝導速度が凄まじく、人体程度なら一瞬で凍らせる。突破できるのは炎熱特化の〈エンブリオ〉か〈UBM〉程度に限られる。
 モチーフは氷河期において局所的に生物が生き残ることができる場所である『レフュジア』。
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