愛は薄明の中に刹那   作:沖 一

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第七話 白氷活殺

■【鬼鉄(オニガネ)】キングスバレイ

 

「外には出ないほうがいいよ。ここがあなたたちの安全圏(レフュージア)だから」

「ふざけんじゃねぇッ!」

 

 剣先を俺たちに向けて不敵に言ってのけたひー(【白氷剣士】)へ真っ先に駆けだしたのはソルティ(【剛剣士】)だった。両手剣の〈エンブリオ〉である【ベレニケ】を背に背負い、突撃する速度そのままに剣を振りぬいてやろうと言わんばかりの全力疾走。

 これから狩りに行く相手は【スプリンガー】か、【スプリンガー】を単独討伐した可能性のある超級職のティアンだと聞かされていた。

 そのティアンの情報をデスペナを代償に持ち帰ってきた一人がソルティだ。この狩りへの意気込みはリアルでのチャット上からでも推し量れるものであったが、それが妨害されたとあって彼は怒り心頭であった。

 しかし、単独で突っ込むのはいただけない。

 

『ファフロツキーズ、《カオス・コマンド》!』

 

 一瞬だけ姿を現した灰色の人型(【ファフロツキーズ】)がすぐさまその形容を変化させていく。

 俺の【笑姿千万 ファフロツキーズ】はランダムで異なる姿のモンスターになるガーディアンの〈エンブリオ〉。そのステータスは時間制限とランダム性の二重の縛りによって莫大であるが、ステータスがランダムであるが故に獣戦士系統派生超級職である(【鬼鉄】)のステータスも大きく変わり、採るべき戦法も連携も変わる。

 パッセンジャーの〈エンブリオ〉による連携の補助が無い今ではむしろ戦闘の枷になりかねなかったが、もはやステータスの底上げ無しで勝てる相手でもなかった。

 

『れぃぃぃぃん、コマンド・トウモロコシです』

 

 俺のステータスに爆発的な補正が加わると共に、ずしん、と。全高2メテルはあるだろうトウモロコシが黄色い穂を包む苞葉を足のようにして立ち上がった。立ち上がったトウモロコシからさらに小さなトウモロコシが二本ニョキと生えて腕となる。

 トウモロコシの胴体、ままトウモロコシの形をした両腕、足代わりに生えた葉で地面に立つ姿はトウモロコシの擬人化というよりセンスの悪い着ぐるみのようだ。

 

「よりによってトウモロコシか」

『れぃぃぃぃん、それが《カオス・コマンド》』

 

 アースクエイクが漏らした愚痴にファフロツキーズ=トウモロコシが答えるが、頭に生えたトウモロコシ特有のひげは凍りつき、全身の動きもどこかぎこちない。この低温領域から悪影響を受けているのは一目瞭然だった。

 おまけにファフロツキーズ=トウモロコシのステータス構成はSTR特化。魔法で戦うジョブ構成のひーとは間違いなく相性が悪い。そして何よりもSTR型では既に駆け出しているソルティをこの距離から援護する術がほとんど無い。

 

 アースクエイク(【盾巨人】)が構える盾に守られるパッセンジャーとスレッジ・ハンマー(オーナー)のうち、パッセンジャー(【大予言者】)が《予言》の力を乗せて指示を出した。

 

「《盾が飛ぶ》」

「《シールド・フライヤー》!」

 

 すかさずアースクエイクが《シールド・フライヤー》を放った。低温領域で蜂の〈エンブリオ〉による補助が無いにも関わらず、盾は通常の【盾巨人】では説明できない豪速でひーへと飛んだ。

 

「よっと」

 

 軽い言葉でひーは盾を躱し、当たらなかった《シールド・フライヤー》は並ぶテーブルを小枝を砕くように破壊しながら進み、カウンターにぶち当たった。木製のカウンターが大きくひしゃげる。

 凄まじいエネルギーによる破壊を尻目に、ひーは駆けて来ているソルティから目線を外していなかった。

 

「来なくいいのに……《ホワイト・エッジ》」

「ハァッ!」

 

 【白氷剣士(ヘイルソードマン)】のスキル《ホワイト・エッジ》によって攻撃力と耐久力を上昇させ、更に白い冷気を帯びたひーの剣が【剛剣士(ストロングソードマン)】であるソルティの〈エンブリオ〉を迎え撃つ。

 片や先程まで片手で振るっていた無銘のブロードソード。

 片や分厚い刀身の両手剣である【ベレニケ】。

 鍔迫り合いは一瞬。バックステップで距離を取ったのは、STRが勝るはずのソルティだった。

 

 《ホワイト・エッジ》のエンチャントはひーが捧げた一万ものMPによって無銘の剣を打ちなおし、その攻撃力と耐久力を【ベレニケ】との剣戟すら可能な領域に高めていた。

 更に数十秒で効果が切れる筈の《ホワイト・エッジ》は《凍界の楽園》が生み出した極寒の大気の下で発動された事により、その発動時間を著しく延長させている。

 

 無銘はもはや無銘にあらず。その銘を“一花心(ひとはなごころ)”。凍界が消えれば共に消えゆく運命だが、触れれば火傷するほどの冷気を纏った魔剣である。

 

「《大嵐》!」

 

 俺の手にあったモーニングスターが鎖を10メートル以上に伸ばしながら回転し、横薙ぎの一撃としてひーを襲う。

 いまだに砕けていなかった数少ないテーブル達を砂塵を切るように粉砕しながら駆ける一撃は隠密性など毛ほどもなく、ひーは容易く跳んで避けた。だがその回避行動がソルティへの追撃を中断させた。

 

 味方をも巻き込みかねない広範囲無差別攻撃の鉄球と鎖。それが【冒険家】ギルド内の家具を粉砕しながらそのままパッセンジャーとオーナーへと向かったが、すんでの所で新たな盾を《瞬間装備》したアースクエイクによって防がれた。

 激しい音を立ててぶつかった鉄球と盾にオーナーが口笛を吹く。

 

「おみごと、アースクエイク」

「おいキングス!俺が防げるのも限度があるぞ!」

「仕方ねぇだろトウモロコシじゃAGIが足りねぇんだから!」

 

 大きな声で話す俺たちの会話を止めるように、《シールド・フライヤー》の盾が埋まったカウンターの向こうから大きなクシャミが聞こえた。

 

「ぶはっくしょいい!ひー!お前って奴は久しぶりにギルドに顔を出したと思えばまた迷惑を持ち込みやがって!」

「ごめんね、修理費はこいつらと折半するからさ」

 

 ひーと呑気に話す男の左手には紋章が無い。おそらくはこの【冒険家】ギルドの責任者のティアンだろう。

 いや、そんな事よりも。

 こいつは今、()()って言わなかったか?

 

「する訳ァ無ェだろがァ!」

 

 青筋を浮かべてソルティが吼えた。

 これはマズい。

 

「ファフロツキーズ、投げろ」

 

 

 

■【盾巨人《シールドジャイアント》】アースクエイク

 

 ソルティが挑発にまんまと乗ってひーの間合いに入ろうとするのを彼女は静かな目で見ていた。

 ひーは間違いなくここで取る気だ。

 しかしこの距離、俺では間に合わないしダイキリが突っ込むにはリスクが高すぎる。

 

 そう、ダイキリなのだ。この戦場で最も鍵を握るのは。

 【(シャドウ)】のスキルによって気配を消しているせいで仲間の俺たちでさえ無事かどうかすら探知できないが、この戦闘の鍵は間違いなく彼女だった。

 

 俺は低温領域により〈エンブリオ〉が機能不全でただの【盾巨人】。パッセンジャーも屋内のせいで〈エンブリオ〉が使えず【大予言者】の力を十全に発揮できない。オーナーは戦う事による消耗が激しい戦闘スタイルのせいで、この後の戦いを意識している以上ここでは戦力として数えられない。

 これだけのハンデが多い中で、最もひーを殺しうるのはソルティ(【剛剣士】)でもキングスバレイ(【鬼鉄】)でもなく、ダイキリ(【影】【双鎌士】)だ。

 鎌士系統派生上級職である【双鎌士(デュアル・シックルマン)】に就いているダイキリの一撃は、急所さえ突けば一刺しでひーに致命傷を与えうる。

 俺たちがひーに僅かでも隙を作れば、その瞬間にダイキリが致命の二撃を叩き込んでブローチとHPを全て削り取る。

 だから俺たちの勝利条件はひーに決定的な隙を作らせる事。それだけでいい。

 

 ソルティは【剛剣士】とは言え、今のキングスバレイに比べればまともなAGIを持つ前衛なのだ。そんな彼をここで失えば、なんらかの切り札を使わない限りまず間違いなくひーを倒せなくなる。

 

 万事休すに思われた時、視界の隅でキングスバレイが動き出し、呼応するようにパッセンジャーが《予言》を告げた。

 

「《ファフロツキーズがキングスバレイを投げる》」

 

 そんな無茶な、と思われた次の瞬間にはファフロツキーズの鳴き声。『れぃぃぃぃん』の一声と共に馬鹿げた速度でキングスバレイが射出された。

 

「《殴打》っ」

 

 能筋な音速機動の中で告げたキングスバレイのスキルは実にシンプルなもの。ただコンパクトな動作で棍棒を殴りぬけるだけの棍棒士系統の初歩的なスキル。しかし音速機動と《殴打》によって加速したモーニングスターの柄は、ひーがソルティへ振るおうとしていた“一花心”をすれ違い様にへし折った。

 

 なぜモーニングスターの星球鎚ではなく、柄を振るったか?答えはシンプル。自身が投げ飛ばされた勢いでファフロツキーズを連れてくるためである。

 

「ヨイショォッ」

 

 キングスバレイが数メテルほどひーを通りすぎた所でモーニングスターの鎖を引けば、その先に括り付けられていたファフロツキーズが勢いを再現するようにひーへとスッ飛んで行く。

 

 2メテルを超える巨体が飛んで来たにも関わらず、武器を折られたひーは至って冷静。半メテルはあるトウモロコシ形の巨大な拳が振り抜かれるも、ひーは闘牛士さながらに至近距離で身を翻してファフロツキーズの手に触れた。

 

 何が起こるかを予見したパッセンジャーが《予言》を告げる。

 

「《ファフロツキーズが凍らされる》」

「《フロストバイト》」

 

 僅かに先んじて《予言》したパッセンジャーの言葉に続き、ひーの《フロストバイト》によって彼女が触れるところから魔力が流れ込んで魔法として形を成す。

 それは接触した部分を【凍結】させる【白氷術師(ヘイルマンサー)】のスキル。この低温下において発動するそれは植物をモチーフとするファフロツキーズ=トウモロコシの半身を【凍結】させて余りあるはずだったが、パッセンジャーの《予言》が的中したことで【凍結】範囲は拳程度に収まった。

 

 それがパッセンジャー・リストの【大予言者(ギガ・プロフェット)】の能力。

 彼の《予言》に則った現象はその規模が都合の良い方に大小される。

 放つ攻撃の速度はより速く、受ける攻撃のダメージは小さく、と言った具合に。

 彼自身の行いによるものは《予言》の影響を受けないが彼の《予言》を聞いた上での行動は問題なく恩恵を受けることができる。

 

 新たな無銘の剣を《瞬間装備》しながら、ひーは【大予言者】の能力の片鱗に気づいたようだった。

 

「ようは喋る前に殺しきればいいんでしょ……《ホワイト・エッジ》」

「やってみろよッ、なびけ!」

 

 ソルティの声に応えて彼の〈エンブリオ〉である剣がうねりながらひーに迫り、一方ひーはもう一度“一花心”を生み出し、再び二人の剣が交差する。

 STRを遺憾なく発揮してなびく【ベレニケ】をひーが捌き、冷気を纏う“一花心”をソルティが打ち払う。

 冷気と柔毛。どちらも異能を備える剣であったが、性質による相性差がはっきりと出た。

 【ベレニケ】はある程度は冷気を押し返す様子があったものの、もとよりこの低温。打ち合った箇所からじわりじわりと冷気が脅かしてくる。

 キングスバレイやファフロツキーズも援護を入れるが、STR特化の彼らではどうしても剣戟に割り込むにはAGIが足りなかった。

 

 余りに味方が密集しているせいで【メリッサ】による自在軌道の《シールド・フライヤー》が使えない今の俺では大した援護はできない。

 かといってあの只中にはとび込めない事情がある。

 

「アースクエイク、分かっているとは思うが離れてくれるなよ」

「【盾巨人】の君さえいなかったら彼女は即座に《ホワイト・フィールド》をここに叩きこむだろうね」

「……分かっています、あの目は狙っている目だ」

 

 こちらを用心深く見つめるひーの目。俺やオーナーがいつ動いてもいいように気を配ると共に、俺が動いて盾による射線の妨害が無くなれば迷わず【白氷術師】の奥義をパナそうとしている目だ。

 

 まさか、はるばるアルターまで来た狩りにこんな前哨戦があるとは思いもよらなかった。それも、ただの上級職と上級エンブリオ相手にここまで手玉に取られる事があろうとは。

 これが狩りを控えた戦いでなけれぼまだやりようもあるというのに。

 

 そこまで考えた所で、俺は何度目かとなろう疑問にぶつかるのだった。

 それは《凍界の楽園》が展開されてからずっと脳裏にちらつく疑問だった。

 考えても詮の無いことだ。

 だのにどうしても離れない。なぜ、なぜだ?最初から不可解だった。理由も目的も分からない。

 

 ――なぜ、ひーは俺たちと戦っているんだ?

 

 ◇ ◆ ◇

 

□現実世界にて昨日

 

 樋口(ひぐち) 千尋(ちひろ)はデンドロ世界から帰ってきていた。

 

「南東、南東……なにかあった気がするんだけどなぁ」

 

 ギデオンを並々ならぬ様子で飛び出していったフォリウムを()()として見送った彼女は頭を悩ませていた。

 フォリウムが踏み砕いて行った石畳についてティアンに説明し、とりあえず賠償を立て替えて、それからしばらくはキーワードとしてどこかで聞いたはずの『南東』という言葉をどこで聞いたか頭を悩ませていたが、埒が明かなかった彼女は結局ログアウトしたのだった。

 インターネットの力でも借りようかとスマホに手を伸ばしたところで、スマホにメッセージが来ていることに気が付いた。

 

「あれ、譲羽だ」

 

 なにか面倒なレポートでもあったかなと思い開いてみれば、そこにあったのはシンプルな頼みだった。

 

『私がログイン可能になるまでどうにか時間を稼いでほしい』

 

 どうしても、もう一度会って話をしたい(ティアン)がいる。

 

 譲羽《フォリウム》の話を聞くうちにやがて頭の中の点と点が繋がった。

 南東。なんとなく気に食わなかったスレッジ・ハンマー。討伐クランの〈F・Shaker〉。

 どうやら譲羽が会いたいと言う人は、彼らに命を狙わているようだった。

 

 ひーは遊戯派だ。フォリウムがなぜそこまで一人のティアンに固執するかが分からない。

 しかし彼女の脳裏に浮かんでいたのは顔も知らぬティアンではなく、アクセサリーショップに並ぶ【ブローチ】の前で、今までに見たことがないほど切羽詰まった様子のフォリウムだった。

 あれほど困窮した姿を見せた友人を見捨るつもりはなかった。

 

 理由としてはそれだけであった。ただそれだけ。莫大な利益が絡む訳でも、〈F・Shaker〉の面々に恨みがある訳でもない。彼らからすればとんだとばっちりだろう。

 

 ただ友の願いを叶える為。その為だけ戦う。

 

 ――それってなんか、サイコーに熱くない?

 

 故に。

 千尋(ちひろ)白氷剣士(ひー)の”一花心”をここに振るう。

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