愛は薄明の中に刹那   作:沖 一

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第十話 星夜を破る

□アルター王国南東部・ラディアラの館、近隣

 

 一呼吸の間に過ぎた波状攻撃をやり過ごし空中に退避したラディアラだったが、一息つくにはまだ早い。

 【盾巨人《シールドジャイアント》】のアースクエイクが、特典武具の固有スキル《ディヴァイダー》によって七つに分割した正六角形の小盾を《シールド・フライヤー》によって撃ちだしている。その軌道は緩やかな弧を描くが、速度は亜音速に達する。

 

 多方面から迫る《シールド・フライヤー》の攻撃に対し、空中のラディアラは目を瞑った。たとえ攻撃が亜音速だろうと、ラディアラは音速域に身を置く【夜興引(ヴェスパー)】の吸血鬼である。視覚ではなく聴覚に頼り、翼だけでなく四肢による姿勢制御も組み合わせて回避を行う。七発の《シールド・フライヤー》は速度、タイミングともにズラすことで回避の感覚を間違わせる連撃だったが、空中で身を翻すラディアラには一つも当たらず。小盾たちは【テンモンミッソウ】の空の下、てんでんばらばらに飛んで行く。

 

 しかし躱したラディアラに余裕の表情はない。回避姿勢そのままに地面へ目指してラディアラが羽ばたいたのと、外れた小盾たちが自在に軌道を描きだしたのは同時のことだった。

 亜音速。その速度を落とさぬままに小盾たちはラディアラを囲うべく飛来する。

 

 手元を離れた盾が自在に動きだすなど尋常ではないが、ラディアラは《シールド・フライヤー》とのすれ違い様に小盾の影に隠れる存在の羽音を聞いていた。それこそはアースクエイクの〈エンブリオ〉である蜂型のレギオンである【メリッサ】だ。先の戦いでは相手の〈エンブリオ〉が展開した寒冷領域により機能不全に陥っていたが、十全に働けば盾の運搬だけでなく《シールド・フライヤー》の軌道操作による多角的(オールレンジ)攻撃を可能にする。

 

 特にラディアラのような人間程度の空を飛ぶ目標に対して使用するのであれば。

 亜音速で飛び交う小盾たちは空を舞うラディアラを閉じ込める動的な檻となる。

 

 地面へ飛び込むラディアラは間一髪、檻が完成する寸前に【メリッサ】の制空圏を離脱した。

 ——地上ならば、踏ん張って《シールド・フライヤー》を殴り飛ばして【メリッサ】の包囲網を突破する手段が取れる。しかし踏ん張りが効かない空中であったなら。包囲網を突破できずに飽和攻撃を食らって堕とされていただろう。〈アクシデントサークル〉の初撃を躱したのと同じように、ここもまた一手間違えば敗北と死に繋がる分水嶺だった。

 

 しかし地上に辿り着いたとて、そこは安全地帯ではない。見上げれば【メリッサ】がラディアラの全天を囲んでいる中、ラディアラの着地点には()()()()()()()()()()ラスティネイルがいた。先陣をきって殴りかかって来た時と同じように、ガントレットを握り全身に眩い光を蓄えている。その身から繰り出されるのは【閃光術師(フラッシュマンサー)】とは思えぬSTRとAGIによる近接戦闘だ。

 

 着地した瞬間から攻勢が始まるかと思えば、否。後方、ラディアラの死角から【メリッサ】が一つ《シールド・フライヤー》の威力を孕んで飛来してきている。

 複雑な軌道を描けるが故にギリギリの回避は許されない。【メリッサ】の追跡半径を振りきる為に引き寄せてから左へ大きく跳ぶ。

 

 そのタイミングでラスティネイルは動いた。

 光の軌跡を残してラディアラに追いつき、殴りかかる。一挙一動に光の残像を残しながら振るわれる拳は、超級職と種族特性によって卓越したAGIを持つラディアラよりも更に速い。そして【テンモンミッソウ】により未来予測のサポートが受けられるラスティネイルはラディアラが回避か迎撃か、どの手段を取るかが簡単に分かる。

 

 ほんの数秒にも満たぬ音速域の攻防であったが、数合の後に拳が一発——ラディアラの腹に入った。

 

 厳めしいガントレットの握られた拳が、防具の無いラディアラの腹に。

 顔を苦悶の表情に歪めつつ、鳩尾にめり込んだ腕を取ろうと動いたラディアラだったが、それよりも早くラスティネイルは離脱した。

 だが明らかに有利であるラスティネイルは、その状況に反して表情は芳しくない。

 

(硬ぇ……AGI型前衛の防御力じゃねぇな)

 

 ラスティネイルは【閃光術師】であれど、彼の〈エンブリオ〉によって強化されたAGIとSTRは前衛型の準〈超級〉と殴り合う事だって可能なのだ。パンチ一つ取ってもダメージは無視できるものでは無い。だと言うのにガントレット越しに感じた手応えは、【テンモンミッソウ】の観測によって得られたステータスと装備の情報から予測されるダメージよりはるかに小さいものだった。

 それはひとえに《ブラッド・アーツ》による被弾部位の硬化が間に合ったからであったが、ラディアラの秘密を知らぬラスティネイルに焦りが浮かぶ。

 だがそんな彼を諫めるように声が届く。

 

『焦るなよ、ラスティネイル。こちらの有利は揺らいでない』

『ステータスの変化はなし、装備の変化も観測してない。見えないように隠しもっている特典武具か、吸血鬼の種族特性かも。AGIと手数では勝ってんだ、このまま観てりゃいずれ暴ける』

『【メリッサ】もまだ全然いけるからな、援護の心配はすんなよ』

『……そうだな。未知の奥義ぶっぱでやられたりしたらシャレになんねぇし、このままのペースでいくか』

『俺が着くまでに終わらせるのだけは勘弁しろよォ!』

 

 それは【テンモンミッソウ】を中継するパーティ内テレパシー。ラディアラには聞こえない秘匿会話が続く最中にも、戦局は動き続けている。

 少しずつ狭まるように近づく【メリッサ】による飛び交う小盾の檻。

 小盾の檻の内外で数を増やしていく輝く魔力の靄たち。

 そして、小盾の檻の縁に辿り着いた剣士。既に髪を切り落として必殺スキルを発動しているソルティだ。テレパシーで威勢のいい声を上げる彼がラディアラの下へ着くまでもう数秒の猶予もあるまい。

 彼が背負う 輝く直剣 ( 【ベレニケ】 )をラディアラは既に知っている。自在に変形してなびく剣の切れ味は、毛髪ほどの細さになっても容易くラディアラを切り裂くのだ。

 

 脅威に囲まれる中で一人、ラディアラは短く息を吐いた。

 ——盤面は、こちらから動かさねばなるまい。

 

 ソルティが着くまであと15歩。

 腹のダメージもそこそこに、ソルティが辿り着くよりも早く攻勢に出る。

 

 バサ、と羽を広げると、逃げると思ったかラスティネイルが再び接近してくる。ラディアラからしてみれば、むしろ攻め込んでやろうかと思っていたところに好都合な事だ。静かにスキルの発動を準備しながら拳を構える。

 

 あと10歩。

 先手を取らんと殴りかかってきたコンパクトな一撃を逸らし、カウンター気味に右の手刀で首を狙う。しかしこれさえも読んでいたか、ラスティネイルは僅かに首を傾げるだけの動作で躱す。たったそれだけで、首には拳一つ届かない。

 だが、それで構わない。

 

 あと5歩。

「《ブラッド・アーツ》」

 血液操作のスキルを両手に発動。左手はあくまで()()させつつ、右手の血液を刃状に成形。薄く鋭利な刃が手の甲の皮膚を内側から切り裂きながら、飛び出す。

 

「うぉっ!?」

 

 この攻撃までは予測できていなかったようだが、それでもラスティネイルは躱した。光の尾を引いてバックステップで距離をとった彼の隣には、とうとう並び立ったソルティがいる。

 

 ——この一撃が届いていれば儲けものだったが、これで構わない。

 

 ラディアラは皮膚を破って出てきた血液たちを《ブラッド・アーツ》によって手に保持したまま、翼をはためかせる。

 

「相手しろやァ!」

 

 無視。吼える剣士と拳士を捨て置いてラディアラは直上に飛んだ。

 すかさず群がるのは小盾の群れ。唸る風切り音と共に飛来する小盾らは自在に舞う砲弾にも等しく思えるが、ラディアラは既に知っている。盾を操縦する【メリッサ】がレギオンの〈エンブリオ〉、すなわち生命と呼ぶに相応しい存在だと。

 

「《ブラッド・アレスト》」

 

 右手に溜めていた血液を網として放出し、近寄る【メリッサ】達を一網に捉える。ただの網では強度不足だろうが、これは《ブラッド・アレスト》。【呪縛】の状態異常が付与された拘束具だ。

 

 保有MPの少ない【メリッサ】達ではレジストも叶わず、網に捕らわれ堕ちていく。大穴が空く【メリッサ】の包囲網。そこを突破していくラディアラの影。

 見渡し、見下ろす。

 

 周囲に魔力の靄は無い。

 盾の包囲網を抜けたばかりでスレッジ・ハンマーから《ヒート・ジャベリン》のような援護射撃も来ない。

 盾の包囲網はまだ再編されていない。

 

 上空、ラディアラは一人だ。

 

 好機。

 

「《紅血鍛冶(ブラッド・スミス)》!」

 

 左手に《ブラッド・アーツ》によって滞留させていた血液の解放。それは今やただの血液ではない。あの〈UBM〉、【スプリンガー】に向けて放ったのと同じ、【麻痺】と【吸魔】の二重状態異常を付与させた呪いがついている。それを三振りのダガーに鍛造。硬く、鋭い切っ先が向くのは、地上にいるラスティネイル。

 

 肉弾戦を行う彼だが、【閃光術師】である以上何らかのカラクリがあるはずだ。正体は分からないが、まずは【吸魔】でMPを奪う。

 彼を狙うにあたり、このタイミングで横やりは入らない。

 ラスティネイル(【閃光術師】)が扱う光属性魔法は発動までに時間が掛かる。【ベレニケ】もラディアラの全力投擲のダガーを全て防ぎきるほどの迎撃力は無い。

 

 振りかぶる。左手の指で挟みこむように握りこんだ三振りのダガー。ただの短剣と侮るなかれ。超級職と種族特性の二重の恩恵による卓越したSTRと《ブラッド・アーツ》を利用して得られる投擲速度は音速を優に超える。

 

 夜の狩人はその一撃を決して外さない。

 

 紅い短剣を空高くから、地上にいるラスティネイルへ放とうとした時。

 

 ——ラスティネイルもまた、ラディアラへ右手を向けていた。

 

 魔力の高まりはない。

 しかし、彼が身に着けるガントレットの手の平に埋められた宝石が輝きを放った。

 【ジェム】だ。

 

 【ジェム】から解放される魔法、放たれたのは光線。しかし()()()、と呼ぶには余りに太く、余りに眩しい。大地から天に打ち込まれた光の杭は【閃光術師】の奥義、《グリント・パイル》だ。レーザーの膨大な熱量は肉を焼き潰し、込められた衝撃は骨を穿つ。

 

 ——それをラディアラが躱せたのは偶然に過ぎなかった。

 

 咄嗟のことに鍛造した紅剣を捨ててまで無理に行った空中機動が功をそうしたか、《グリント・パイル》はなびく長髪の一房を焼き貫いて【テンモンミッソウ】の空に消えた。

 

 きりもみで空を落ちるように飛ぶ中で、今度はラスティネイルが左手をかざすのが見えた。その手の平にはもちろん、【ジェム】だ。

 しかし、このレベルの戦いにて同じ手を二度見せるなど。

 再び魔法が解放される時、ラディアラは空中で叫ぶ。

 

「一度見たならッ!」

 

 羽ばたき、急制動、急上昇。《グリント・パイル》が光属性魔法である以上、【ジェム】の使用により『発動速度の遅さ』という弱点を克服しても所詮、その軌道は直線である。

 再び地から天へと放たれた《グリント・パイル》は、高速機動により照準を振り切ったラディアラの残像にさえ届かない。

 

 ——そして天から打ち下ろされた《グリント・パイル》がラディアラの片翼を貫いた。

 

「……そんな」

 

 途端に失速する。速度の利を失ったラディアラに、《ブラッド・アレスト》に捉えられていなかった【メリッサ】達が追い付く。鳴らす轟音は紛れもなく《シールド・フライヤー》の威力を孕んでいた。

 顔面は両腕で庇うも、左腿に一発がめり込み、肉ごと骨が折られる感覚。《ブラッド・アーツ》による部位硬化が間に合わなかったのだ。激痛に反し、左足から力が抜けていく。

 さらにもう一発。後方から迫る【メリッサ】の小盾が、無事だった片翼を破り捨てるように薙いでいった。

 千切れた羽が落ちていく。傷口は《ブラッド・アーツ》で無理やり止血するが、だからといってダメージを癒せるわけでは無い。

 

 それぞれ一撃を加えた【メリッサ】達は反撃を警戒してかラディアラから離れ、再び包囲網を形成していく。しかし例え包囲網が形成されずとも、抜け出す力など残されていなかった。

 地面に落ちていく。あまりに無力に。

 

 落ちていく。

 

 落ちる先には、雪辱を果たすつもりか剣を構えるソルティ。言うまでもなく【メリッサ】の包囲網は健在で、ラスティネイルもいつの間にかガントレットの手の平に【ジェム】を再装填し終えている。

 残された片翼を動かしてみるも、碌に動かない。《グリント・パイル》はただの高熱量のレーザーではなく、運動エネルギーさえも保有している。翼を貫く際に、その骨や筋繊維に小さくないダメージを残していった。

 もはや飛べまい。

 

 落ちていく。

 

 落ちる最中、ラディアラは空を見上げた。美しい空だ。【テンモンミッソウ】が見せる夜空はラディアラが見慣れたものでは無かったが、それ故に幻想的な星空だった。

 見上げた星空に、こちらを見返す一組の眼があった。

 

——誰だろう。私より高い所になんて、誰もいないはずなのに。

 

 幻かと思ったが、そうではない。瞬きもしている。どこか見覚えのある、群青の瞳。

 

——あぁ。

 

 ラディアラは気づいた。それが何か。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 鏡だった。初級光属性魔法、《ミラー・プレーン》によって空中に作られた鏡面だ。【テンモンミッソウ】が自在に発生させられる〈アクシデントサークル〉がラディアラの知らぬうちに発動させていた魔法は攻撃でも祝福でもなく、ただ光を反射する魔法だった。ラディアラが躱した《グリント・パイル》を反射させ、当てたのだった。

 そして今、宙空から見つめている眼は鏡に映った自分のものだった。

 

 落ちていく。

 

 落ちていくラディアラは館を見つめた。愛おしい家だった。この戦いの中でも、終ぞ傷つける事は無かった。黒い煉瓦は罅の一つも無く、はめ込まれた窓硝子は輝く夜空を映している。

 美しい思い出。

 あの窓から何度夜明けを見た事だろうか。朝日に煌めく館を外から眺めたことも、数えきれないほどある。

 窓に反射する西の空。今は【テンモンミッソウ】の偽りの空に覆われているが、その向こうにある山の尾根から見える景色を。見つめていたラディアラは。

 

 ビシ、と。罅が走るのを見た。

 

——硝子が。

 

 否。割れているのはガラスではなかった。

 

 西の空を見上げた。

 ラディアラだけでない。剣を構えていたソルティ、ガントレットの【ジェム】を構えていたラスティネイル、【メリッサ】を指揮していたアースクエイク、戦局を捉えていたスレッジ・ハンマー。

 皆が見上げた。【テンモンミッソウ】の星空を。

 

 そして聞いた。女の声。

 

吶喊(とっかん)

 

 そして見た。ステンドグラスのように砕け散る星空と、冒涜的に空を割り入ってくる舳先を。

 星空の破片を撒き散らしながら見せた姿は、帆船だ。

 船首に立つのは女。両腕に着けた手甲は特典武具。

 

 眼下を見下ろすその姿を、落ちゆくラディアラは見上げて呟く。

 

「……来た」

 

 ラディアラが呟いたのは、無意識のうちだった。

 だが確かに、来た。

 フォリウムだ。彼女が来たのだ。

 

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