愛は薄明の中に刹那   作:沖 一

20 / 24
第十一話 ともにある

□【大冒険家(グレイト・アドベンチャラー)】フォリウム

 

 足止めは十分にできなかったと、ひーから連絡があった。謝りながら教えてくれた戦果は驚くべきもので、超級職を倒したと聞いた時には流石に耳を疑った。

 戦力を削ってくれ、敵の情報まで掴んでくれた。本当に、感謝してもしたりないぐらいだ。

 存分に礼を尽くそう。

 この戦いが終わった、その時には。

 

 ◇

 

 デスペナから復帰してギデオンのセーブポイントからデンドロの世界に戻った私はすぐさま【アルゴー】に乗った。

 空も飛べる自慢の〈エンブリオ〉だけれど、この時ばかりは亜音速にさえ到達しない航行速度がもどかしい。

 

 しばらく走らせれば、ラディアラの館があるはずの所に巨大なドームができていた。まるで世界に穴が空いたようだ。曇り空の今日の夜の中でも、はっきりと視認できるほどに昏い闇。

 

 ラディアラの《帳下ろし(イクリプス)》によって展開される夜の空間とは似て非なる領域。恐らく、相手の〈エンブリオ〉だ。

 

 迷うことはない。【アルゴー】はその舳先を、最大船速を維持したままで突っ込んだ。

 

 揺れる。凄まじい衝撃だけど、放り出されるような無様は晒さない。反動でやや押し返されるも、今の一撃でドームには大きな罅が入った。

 もう一発だ。

 

吶喊(とっかん)

 

 私の命令に従い【アルゴー】が再び加速する。罅の入ったドームに舳先を押し付けたまま、推力を上げていく。

 ものの一秒も持たなかった。

 ドームは船を押し返す事も叶わず、内側に向かって崩壊した。砕け散ったドームの破片がバラバラと舞う中、乱入者の私を幾多もの眼が見上げる。

 

 その中にはラディアラもいた。左腿から血を流し、背から生やす羽は一つは根本から千切られており、もう一つは穴が穿たれている。

 穴にある焦げ跡から察するにレーザーの類か。ひーからの情報には無かった手合いがいる。

 目を配り、見つけた敵の数は四。ラディアラの傍に二人。私のすぐ下にもう二人だ。

 

「《看破》」

 

 下にいるのは【猛炎騎士(ナイト・オブ・ブレイズ)】スレッジ・ハンマーと【盾巨人(シールド・ジャイアント)】アースクエイク。

 ラディアラの傍にいるのは【剛剣士(ストロング・ソードマン)】ソルティ・ドッグと【閃光術師(フラッシュマンサー)】ラスティネイル。

 

 【猛炎騎士(ナイト・オブ・ブレイズ)】はひーとの戦闘で火属性魔法の《ヒート・ジャベリン》を使った事と名前から察するに、【白氷剣士(ヘイルソードマン)】のように魔法職と前衛職の複合だろう。命名則からして超級職と見て間違いない。

 いや、なぜだろう。それにしては……。

 

「来たか、【冒険家(アドベンチャラー)】」

 

 思いにふけりかけた私に、スレッジ・ハンマーとラスティネイルが掌をかざした。ラスティネイルは《グリント・パイル》で甲板の私を、スレッジ・ハンマーは《クリムゾン・スフィア》で【アルゴー】を焼き尽くすつもりだろうか。

 ラスティネイルが向けるガントレットの掌には【ジェム】。なるほど、光属性魔法の弱点をカバーするための運用か。確かにそれなら発動までの溜めをゼロにし、一方的に光線を放ち続けることができる。

 

 しかしラスティネイルの【ジェム】から魔法が解放されるよりも早く、私の口はスキルを宣告する。

 私の、必殺スキルを。

 

「《船はともにある(アルゴー)——50/100(フィフティ)装着(ジャケット)》!」

 

 宣告と同時に、【アルゴー】は輝きだす。そして帆船を構築するパーツたちが独りでに外れ、空に浮かんで夜を照らす。

 

 輝く【アルゴー】を前に彼らは傍観する事なく、行動に移した。

 

「《ヒート・ジャベリン》」

「《グリント・パイル》!」

 

 二種の魔法が破壊の意志の下に顕現する。《ヒート・ジャベリン》は宙に浮かぶ【アルゴー】の船底目掛けて放たれたものであり、《グリント・パイル》は甲板の上にいる私を狙ってのものだ。

 

 文字通り光速で到達する【閃光術師】の奥義は防具の装甲を溶融させて貫通し、急所を射貫く。ダメージではなく、急所の【部位欠損】による即死判定は【ブローチ】もお構いなしに即死させる。

 照準を振り切るほどのAGIを持たない私では、狙われること自体が死に等しい。

 

 放たれたレーザーが【アルゴー】の輝きを塗りつぶさんと空を走り、魔法で編まれた炎槍もまた帆船を焼かんと船底を撃った。

 

 光は一人の心臓をいとも容易く貫き、炎が船を食らいつくすほどに広がる。

 

 

——私が必殺スキルを発動していなかったらの場合だが。

 

 《グリント・パイル》は止められていた。

 他ならぬ、【アルゴー】の輝きによって。

 

 輝いていた船体からは一部が引きはがされるように装甲が宙に浮かび、私を囲んで形を為していた。

 

 《船はともにある(アルゴー)》。それは船体の性能を向上させると同時に、船体の一部を鎧と化して身にまとう必殺スキル。

 《50/100(フィフティ)装着(ジャケット)》で発動した今、船体を構成するパーツの50%が鎧となり、甲冑として展開されていた。

 

 《グリント・パイル》の衝撃を胸で受けて()()()を踏む私だったが、その装甲に熱によるダメージはほとんど無い。

 

 《ヒートジャベリン》にしても、また然り。火属性魔法らしい威力と優れた弾速・MP燃費を兼ね備えた優秀な魔法だが、必殺スキルを発動した【アルゴー】には足りない。 

 船底に直撃した炎槍は、その表面に僅かな焦げ目を残しただけで霧散した。

 

 これこそが《船はともにある(アルゴー)》。

 海だけでなく空をも飛べる帆船たる【アルゴー】は、どこへでも冒険へ行くことを目的とした〈エンブリオ〉。ならその必殺スキルとはいかなるものか?

 答えは、適応。

 灼熱、寒冷、湿潤、乾燥、日射。牙を剥く自然のあらゆる要素への耐性の獲得だ。

 そして()()()に、同種の魔法攻撃への耐性獲得も意味する。

 

 その意味を理解したのだろう、ラスティネイルが顔をゆがめた。

 手をこまねいているうちに、私は行動を次に移させてもらう。

 

「行こう」

 

 身にまとった【アルゴー】に命令し、私の身体がふわりと浮かんだ。

 鎧となった今も、【アルゴー】は元来の機能を失っていない。すなわち飛行能力も健在だ。

 

 

□【夜興引(ヴェスパー)】ラディアラ・リベナリル

 

 自由落下よりも速くスレッジ・ハンマー達の所へ落ちていくフォリウムを見て声を上げたのはラスティネイルだった。

 

「アースクエイク、【メリッサ】をよこせ!俺がやる!」

「……まさか【ベークワン】の時のもっかいやんのか!?」

「しかないだろ!ソルティ、ここは任せるぞ、オーナーの火力はこっちに寄せる」

「任せろ、こいつは俺が絶ッ対に斬る」

 

 会話を残し、私ではなくラスティネイルをかすめるように【メリッサ】が飛び、そしてラスティネイルは飛ぶ小盾を掴んでそのままフォリウムの方へ飛んで行った。私を囲っていた包囲網も次々とラスティネイルを追いかけ、追い越していく。

 

 だがこれで楽になったかと言えば、そうも断定はできまい。包囲網もラスティネイルもいなくなったが、代わりに遠くからこちらを見る【猛炎騎士】の目は先ほどよりも鋭い。彼は今まで魔法を数度放ったのみだが、放たれた《ヒート・ジャベリン》のどれもが適切なタイミングで撃たれたものだった。

 あくまで動く様子はないが、油断を見せていい相手でない事は確かだろう。

 

 周囲の分析に努めていた私の視界の端で、ゆっくりと歩み寄る影があった。

 

「よそ見とは余裕だな、吸血鬼」

 

 剣士、ソルティ。光り、なびく剣を手に持った【剛剣士(ストロング・ソードマン)】は自然体に下段に構えて私と対峙する。

 敵意を浮かべる爛々とした瞳に、陽炎のように揺らめく剣。三日前に彼と相対した時、確かな直感があった。

 

——彼の剣は私の命に届き得る。

 

「あなたの剣はもう知ってるもの」

「何?」

「恐るるに足りないって言ってるのよ。もう一度殺してあげる」

 

 嘘だ。彼の剣を知っているなど大法螺に過ぎない。

 前に彼を殺した時、取った手段は吸血鬼の力を出し惜しみしない初見殺しの技だ。彼の不規則になびく剣筋を——仮に時間を掛ける余裕があったとしても——正面から相手にすべきものではないという確信があったから。

 全く見切ってなどいない。

 

「ティアンの分際でよ……!」

 

 しかし《真偽判定》を持たない彼は容易く挑発に乗った。

 こちらへ駆けてくる彼の目は怒りと殺意がグラグラと煮えている。

 もっとも、くだらない殺意だ。仮初の命と遊戯のつもりでいる世界で抱く殺意など偽物に過ぎない。

 

 フォリウムが来てくれたのだ。ここで死んでたまるものか。

 敵は、倒す。

 

「《瞬間装備》」

 

 取り出し、構えるのは【枝刃巨斧 ブランチクリース】。《紅血鍛冶(ブラッド・スミス)》による生半可な武器では、この剣と打ち合うことはできない。

 全長は身の丈を越え、刃も巨大で重たい【ブランチクリース】では不利かもしれないが、これしかない。

 

「なびけェ!」

 

 振るわれた剣の風切り音はむしろ矢に近いものだった。

 ビシュウッと鋭く、うなる刀身は伸張し、槍よりも長い突きが放たれた。

 それをはじく。【ブランチクリース】を短く握り、刃先の破壊力ではなく取り回しの良さを優先して振るう。幾度となく振るわれる斬撃。なびく剣のリーチは私の斧よりも長く、しなる剣先は槍のようでもあり鞭のようでもある。

 しかし一発でも食らってはいけない。もし腕を切り落とされでもしようものなら、再生のための《バイタルコンバージョン》でHPが尽きかねない。

 かといって攻め気に呑まれてはいけない。【ブランチクリース】で有効打を入れるにはより近づく必要があるが、それは死へ最も近い道だ。確かにこの距離は一方的に攻撃されてしまう距離だが、これは相手の剣が伸ばすことでギリギリ届く距離である。もし近づいて間合いに余裕ができれば、彼は剣をしならせて私の背後から斬る攻撃手段が選択肢に挙がる。

 そこまで択の多い戦闘に付き合ってはいけない。

 

「チィッ!」

 

 間合いを詰めずに攻撃をさばき続ける私に苛立ちが募ったか。声を上げる剣士に対して優位を感じたのも束の間——【ブランチクリース】の刃が引き寄せられる感覚。

 

 刃と刃が交錯する瞬間。ほんの一瞬だ。そのほんの一瞬のうちに、剣を弾こうとする【ブランチクリース】の刃に自由自在に動く剣先が絡みついていた。

 繊維の集合体という正体を隠すのをやめたように、手を模して変形した刀身が斧の刃を握りこむ。

 

 武器をとるつもりか。

 

 刃先を掴まれ、手ごたえが重くなった瞬間には私の肉体は思考に先んじて動いていた。

 短くもっていた柄を長く持ち替え、全身の筋肉を連動させて大きく振り切る。

 旗を翻すように振るわれた【ブランチクリース】に対し、剣士は悪手をとった。

 この()で武器をとらねばと、一瞬の引き合いの中で彼はほんの少しだけ執着したのだ。

 

 力任せに巨斧を振り切った私以上に、剣士の体勢が崩れる。

 両者が隙を見せた瞬間——

 

「《ヒート・ジャベリン》」

 

——炎属性魔法による援護射撃。

 

 しかし反応できない速度ではない。

 それどころか私が待ち望んでいた一発でもある。

 放たれた炎槍が到達するよりも早く【ブランチクリース】の切っ先を向け、発動する。

 

「《重刃枝伸》!」

 

 私のSPを荒々しく食うように消費し、【ブランチクリース】がその刃を樹状に増殖させていく。

 

 一瞬の後に、刃と焔が激突。

 弾ける焔が刃の群れに反射され、夜を赫く染め上げた。

 

 高密度に広がる刃と灯りが私の姿を覆い隠す帳となった時、待ちわびた瞬間だった。スキルを発動する。対象は、脚の傷口から流した血液。

 

「《ブラッディ・ファミリア》」

 

 闇から這い出す怪物のように、地面に流れ落ちた血溜まりから影が生まれた。影は瞬く間に形を為し、狼となる。

 名を【ナイトウルフ】という。かつてフォリウムに襲いかかったモンスターだ。

 

「行け」

 

 生まれ落ちた眷属が命令に従い、まず《幻惑》を発動。《幻惑》で生じさせた分身は【ブランチクリース】を回り込んでソルティへと駆けていく。

 

 彼も爆ぜる炎と刃の陰から迫る狼に気づいたようだった。そして同時に察知する。

 

「実体じゃねぇッ、《幻惑》か!」

 

 優秀なことだ。ソルティは【ブランチクリース】の陰から迫る狼を《幻惑》による幻と断定し、《重刃枝伸》を展開したままの【ブランチクリース】の上を見上げた。

 そこには跳躍して飛び掛かろうとする【ナイトウルフ】の姿がある。

 

「チャチい小ネタだな!」

 

 堂々と剣を構えるソルティだったが、彼はこの瞬間に私が《気配操作》を発動したことに気がつかなかった。

 つまり、()()()()()()()()()()()に気がつかなかった。

 

 今度こそ喰らうといい。

 相対する敵が己を未発見状態の時に限り発動できる【夜興引】の奥義——

 

「《蕭殺(しょうさつ)虚空(こくう)》」

 

 

 

□【大冒険家(グレイト・アドベンチャラー)】フォリウム

 

 船を降り、直下のアースクエイクとスレッジ・ハンマーの両名に向かって落ちるように飛べば、アースクエイクが盾を構えるのが見えた。その姿勢は防御ではなく、投擲。

 

「《シールド・フライヤー》!」

「《ウィングド・ナックル》!」

 

 アースクエイクが持つ大楯が投げられると同時に私の拳から衝撃波が放たれた。衝撃波はまっすぐアースクエイクへと走り、彼から放られた楯は衝撃波によって撃ち落されるかと思いきや、緩やかなカーブを描いて衝撃波を避けた。描いたカーブの先には私。

 ブブブと、得体の知れない羽音を響かせながら駆けた楯が私を打ち据えた。

 

「ぐっ……!」

「《瞬間装備》、《アンチ・ペネトレーション》!」

 

 一方でアースクエイクは新たな盾を《瞬間装備》した。更に防御スキルも加えて《ウィングド・ナックル》を完全に防いだアースクエイクに反し、《シールド・フライヤー》に横から殴られた私は軌道を乱されて少し吹き飛んだ。

 

 だが大したダメージはない。身にまとう【アルゴー】の飛行能力で姿勢を制御し、制止。

 容易く立て直した私を見上げてアースクエイクが苦い面持ちを浮かべていた。

 

 どちらも、有効打が無い。

 

 だが事実としては私に有利がある。彼のシールドフライヤーが嫌がらせ程度の効果しかなく、ラスティネイルらの魔法も《50/100(フィフティ)装着(ジャケット)》を貫通できないのであれば、私は悠々とラディアラの援護に行ける。

 

 その戦局の流れを読んでか、ラディアラの方にいたラスティネイルが叫んだ。

 

「アースクエイク、【メリッサ】をよこせ!俺がやる!」

「……まさか【ベークワン】の時のもっかいやんのか!?」

「しかないだろ!」

 

 やり取りの直後、ラディアラ達の方から飛んできた小盾が私を囲んだ。全周を飛び交う小盾からは微かに耳障りな羽音が聞こえる。《シールド・フライヤー》の軌道操作と同じ、アースクエイクの〈エンブリオ〉によるものだろうか。

 推察を続ける私の方へ、ラスティネイルも飛ぶ小盾に乗ってこちらへ向かっている。

 

——空中戦のつもり?飛び回りながら《グリント・パイル》を撃ち続けたりするのだろうか。

 

 訝しんだ時には、ラスティネイルが小盾の上でしゃがみこんでいた。その姿勢は、さながら陸上のクラウチングスタート。

 

 彼の肉体が輝いた瞬間、砲弾のように飛び出した。

 

——速い!

 

 ガツン!と響いたのは、一瞬で私に到達したラスティネイルのガントレットが《50/100(フィフティ)装着(ジャケット)》の装甲を殴りつけた音だった。

 

 体勢を崩した私をさらに両足で蹴り飛ばし、反動で離脱。空中に飛んだ先には、空飛ぶ小盾が着地点を用意している。

 かくいう私は、蹴り飛ばされた先でさらに小盾に打ち据えられる。

 そして次の瞬間には再び小盾を蹴って加速したラスティネイルが一撃離脱。

 その繰り返し。

 突進に合わせてカウンターを合わせようにも、虚実が混じる攻撃の前に拳はただ空を切るばかり。

 ピンボールのように縦横無尽のラスティネイルは完全に私のAGIを振り切っていた。

 

——ダメージはともかく、体勢が整えられない!

 

「くっ……《ウィングド・ナックル》ッ!」

「おッと」

 

 放った衝撃波は、確かにラスティネイルの軌道を捉えていたはずだった。しかし彼は片手から《グリント・パイル》を放ち、その反動で無理やりに軌道を変えて見せた。

 

「今のは惜しかったな」

 

 空中で、若干の距離を置いてラスティネイルが再び小盾に着地した。

 焦る私と、優位を獲得して薄く笑みを受かべるラスティネイルの視線が交錯する。

 その時、ぽつりと呟かれた一言を私たちの耳は捉えた。

 

「おや、ソルティがやばいね」

 

 言ったのは、スレッジ・ハンマーだった。

 ラディアラを見やれば、【スプリンガー】と戦っていた時と同じ紅剣を手にソルティへと接近している。

 ソルティはと言えば、《重刃枝伸》を発動したままの【ブランチクリース】の傍で【ナイトウルフ】に剣をむけるばかりで——【夜興引】の奥義によるものだろうか——迫りくるラディアラに全く気が付いていないようだった。

 

 しかし、スレッジ・ハンマーの言葉でラスティネイルが気が付いた。

 小盾の上から彼がラディアラを睨む。その掌には【ジェム】だ。

 

——【ジェム】は両手に合わせて二つ。

——照準が完了した瞬間には《グリント・パイル》が放たれる。ラディアラを射抜くのに、コンマ一秒も要らない。

 

——阻止する。

 

 だが《ウィングド・ナックル》では間に合わない。

 ならば、何か投擲するか?いや、【アイテムボックス】から適当なものを投げた所で、数秒の時間稼ぎにしかならない。ラディアラがソルティを倒すには十分かもしれないが、その後にはラスティネイルに狙い撃ちだ。

 ならば——

 

「《瞬間装備》!」

 

——私が普段は【砕拳士(バウンド・ボクサー)】のスキルで戦うのは、【大冒険家】が攻撃に使えるスキルを覚えないからだ。だけど唯一、【冒険家】系統が武器スキルを覚える武器種がある。

 私だって戦闘で使ったことはない。しかし、この状況で私はその武器を選んだ。

 掴んで、振るう。そしてスキルを叫んだ。

 

「《デクスタラス・ウィップ》!」

 

 私の両手に握られた()()()が、ラスティネイルへと伸びた。

 名目上は鞭として扱われるこの武器《ロープ》は攻撃力をほとんどもたない。あのフィガロが持つような【紅蓮鎖獄の看守(クリムゾン・デッドキーパー)】と比べればリーチは劣り、《射程延長》や《自動索敵》のような利便性もなく、防御に使えるような耐久性もない。

 発動したスキルも、自身のDEX(器用さ)に依存してある程度自由に鞭を動かせるだけのスキル。普段は移動用に崖を掴んだり、手の届かない物を取ったりする用途にしか使わないスキルだ。

 

 だけど今は、それで十分。

 伸びたロープがラスティネイルの片腕に絡みついて、ぐい、と引っ張る。

 

「うお!?」

 

 一拍。ほんの一拍だけ遅れて放たれた《グリント・パイル》の照準はラディアラを外れ、森の上空へと消えていった。

 

 私の周囲をピンボールのように移動し続けるラスティネイルをこれで捕まえるなんて発想はなかった。しかし、ラディアラを狙うために足を止めた今なら、隙としては十分だった。

 そのまま両腕を絡めとり、こちらへ——引っ張る!

 

「——せいッ!」

「っ、【メリッサ】を!」

 

 小盾の上で不安定に立っていただけの彼と違い、私は【アルゴー】を身にまとうことで得た飛行能力で空中でも踏ん張ることができる。

 悲鳴のように叫んだラスティネイルだったが、あっけなく綱引きに負けて宙に浮いた。

 

「くそっ!」

 

 ラスティネイルが【ジェム】からの《グリント・パイル》でロープを焼き切り、小盾たちはラスティネイルの足場になろうと駆ける。しかしもう遅い。

 

 もう、抱きしめられる距離だ。

 

「捕まえた……!《身体強化》!」

 

 【蓄魔手甲 スプリンガー】による《身体強化》でSTRを強化した上で、脚をラスティネイルに絡ませる。

 締め上げる力は可愛いものではなく、このまま骨をへし折れそうだった。もちろん蹴ったりなんだりの離脱は許さない。

 そして二人の体勢はマウントポジション。ここは私の間合いだ。

 

 しかしそれでも諦めないのか、ラスティネイルは掌を私の装甲にピタリとつける。密着する寸前、どういうカラクリなのか既に【ジェム】が装填されているのが見えた。

 

「連射ならどうなんだ!」

 

 ガウン、と衝撃。《グリント・パイル》のものだ。続けて二撃目、再びタックルのような衝撃が身体を揺さぶる。言葉通り貫くまで撃ち続ける気なのか、三発四発と止まる気配は無い。

 

 しかし、それでも——

 

——私は拳をたかだかと上げた。

 

「なッ、クソッ!?」

 

 私のステータスや戦闘スタイルから次に放たれるスキルに察しがついたのか、ラスティネイルが攻撃をやめて離脱しようともがき始めた。

 けれど無駄だ。空中で、私が一方的に飛行能力を持ち、おまけにSTR差も絶大。

 逃がすはずがない。チャージ時間を終えたスキルが発動し、拳を振り下ろす。その効果は打撃ダメージの六倍化——

 

「——《破城槌》!」

 

 ラスティネイルの防御姿勢はガントレットを装備した両腕をクロスしたものだった。

 そこに降りかかる《破城槌》。

 

 ラスティネイルのガントレットが、段ボールを叩き潰すよりもあっけなく、手を滑らせた生卵よりも滑稽に砕けた。

 拳はさらにラスティネイルの胸当てを大きくへこませて、そこでようやく止まった。しかし耐えた事に意義などない。また何度でも振り下ろすだけ。

 

「ぐうぅっ……!」

 

 唸るラスティネイルの傍らで、突如、彼のガントレットから数十という【ジェム】が溢れた。

 

——なるほど、これが【ジェム】連発のタネか。

 

 彼のガントレットが【アイテムボックス】だったのだ。ガントレットそのものに【ジェム】を大量に入れて置き、消費したそばから掌の中に召喚。高速戦闘の最中にもロスなく連射するための仕組みだったのだろう。だが逆に、ガントレットの破壊によって彼の強みは失われた。

 

 両腕を砕かれたラスティネイルを知ってか知らずか、小盾たちが私に向かう。

 けれど、もはや《身体強化》によりSTRを底上げした私の敵ではない。

 

 飛んできた盾を叩いて殴れば、それだけできりきり舞いに落ちていく。殴った盾の向こう側で何かが潰れる感覚がしたが、構わない。

 

 今なお足掻くラスティネイルを再び見下ろして、宣告。

 

「《破城槌》ッ!」

 

 再び《破城槌》の六倍撃。胸当てを破り裂くように叩き割り、肉体に拳が叩きつけられる。響く轟音は叩きつけたエネルギーの規模そのものを示していた。

 痛覚の無いはずのラスティネイルが衝撃に耐えかねて声を漏らし、懐の【ブローチ】が砕けて欠片が零れ落ちる。

 

 もう一発。

 

「《破城槌》ィッ!」

 

 三度、六倍撃。

 【砕拳士】のSTRを増大させた一撃は、一人の【閃光術師】の肉体を砕くには余りに十分。

 いや、それは砕くという表現でさえ生ぬるい破壊だった。拳が触れたほんの一瞬で、ラスティナイルの胴体は血煙になった。

 もちろん、致命傷。

 

 瞬く間に蘇生可能時間が過ぎ、彼のガントレットからあふれ出した幾多もの【ジェム】が空中に舞う景色の中でラスティネイルは光の塵となった。

 

 見下ろせば、アースクエイクとスレッジ・ハンマー。だが盾を構えるアースクエイクはこちらではなくラディアラを見ている。

 かくいうラディアラは《重刃枝伸》を解除した【ブランチクリース】を大きく振りかぶって投げつける姿勢。彼女の後ろに散りゆく光がある事から、ラディアラがソルティを倒したのだと分かった。

 攻城兵器のバリスタさながらに振りかぶるラデイアラの破壊力を侮るなかれ。確かに彼女はAGI型の戦闘スタイルを取るが、ステータスがややAGIに偏るとは言え満遍なくステータスが成長する【夜興引】で音速戦闘をしているのだ。

 そのSTRも、凡庸なものではない。

 

「ハァァァァッ!!」

 

 空気を震わす雄たけびと共にラディアラが投げた【ブランチクリース】が、バゥン!と空気を叩き潰してアースクエイクへ突き進む。

 

「《フェイタル・ディフェンダー》!」

 

 アースクエイクが発動したスキルで盾が輝いた。盾を使い捨てる代わりに防御力を上昇させる、【盾巨人】が持つ瞬間防御力としては最上のもの。

 しかし、盾が向いていない上向き()に対してはガラ空きだった。

 

 こんな状況であれば、まともな遠距離攻撃手段を持たない私への意識が手薄になるのも仕方ない事だろう。

 

 確かに、()は遠距離攻撃手段をもっていない。

 けれど()()にはある。

 

 ラスティネイルのガントレットから溢れた【ジェム】。その一つを手に取り、アースクエイクへ。

 

「《グリント・パイル》」

 

 上空から放たれたレーザーはアースクエイクの腕を穿ち、彼は盾を取り落とした。

 

「え」

 

 ズシンと盾が地を揺らすと同時に、彼の瞳は一切合切を切り裂く【ブランチクリース】が迫り来るのを目撃した。

 

 直撃だった。巨斧がアースクエイクを胸に突き立つ。

 果たして致命傷だったのか、それとも【ブローチ】を直接叩き割ったか。アースクエイクの代わりに【ブローチ】が砕けた。

 

 盾を持つ腕は穿たれ、【ブローチ】も無く。

 一方で、私の周囲にはいまだラスティネイルの置き土産——《グリント・パイル》の【ジェム】——がくるくると舞っている。

 

 数えるのも馬鹿らしい。

 取れるだけの【ジェム】を片っ端から掴んでは撃ち、掴んでは撃つ。更に撃つ。更に撃つ。更に撃つ。

 撃つ。撃つ。撃つ。

 

 本来は彼らと共に戦っただろう幾条もの光線がアースクエイクとスレッジ・ハンマーへと降り注ぐ。

 

「《ヒート・ジャベリン》」

 

 その宣告が聞こえた気がした。事実、唱えられたのだろう。悪あがきのようにスレッジ・ハンマーから炎槍が放たれた。しかし私に目掛けられた一発の《ヒート・ジャベリン》に対し、こちらが放つ《グリント・パイル》の圧倒的な密度は比べものにならない。数メテルも進めずに、焔は光にかき消された。

 【ジェム】はまだ尽きない。光は雨のように降り注いでは、その熱は空気を焼き、衝撃は地面を砕いた。

 

 どれだけ撃ち続けただろうか。やっと【ジェム】が尽きた時、残っていたのはその身さえも盾としたアースクエイクと、彼の奮闘にも関わらず加熱された灼熱の大気に四肢を焦がされたスレッジ・ハンマーだった。

 

「不甲斐ない……です。オーナー」

 

 アースクエイクは謝罪を一言だけ残し、その身を光の塵に変えた。

 

 地面に仰向けに転がるスレッジ・ハンマーは傍に降り立った私と、【ブランチクリース】を拾い上げたラディアラを見つめ、ただ呟いた。

 

「あーあ……」

 

 贔屓していたスポーツチームが負けたような、そんな声だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。