愛は薄明の中に刹那   作:沖 一

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第三話 月夜に垣間見る

□【大冒険家(グレイト・アドベンチャラー)】フォリウム

 

 毒を食らわば皿までと、のこのこと館へ入っていく私はふと『注文の多い料理店』を思いだした。

 しかし、あの小説と違うのは私は〈マスター〉で仮に美味しく調理されて食べられたとしても三日後には五体満足で復活するという点だ。

 実際一度食べられている。つまり入って損は無い。

 

 何より“ラディアラ”の正体が『【夜藍狼】へと変身できる【宵闇狩人(ナイトシーカー)】のティアン』か『【宵闇狩人(ナイトシーカー)】のティアンに人化できる【夜藍狼】(〈UBM〉)』なのかを判断する必要がある。

 前者だったら私はただのティアン殺しになってしまうし、後者なら私一人の手には負えない。

 

 しかして虎穴に入ったわけだが、どうだろう。

 館の中は豪華絢爛とはほど遠く、むしろアルターかレジェンダリアの街中にある家と大差はない。

「お茶でも入れるわ」とラディアラが歩いて行った居間の方にはさりとて大きくない食卓に二脚の椅子。

 食器棚には焼物や木皿など様々な食器が並んでいる。

 天井にはシャンデリアなど勿論なく、代わりに小さな魔力灯。

 

 一方ラディアラはというと、水瓶から掬った水をヤカンに入れて魔力コンロで沸かし始めた。

 どれも、そう珍しい道具や設備ではない。

 ただアルターよりもレジェンダリアの物に似ている気がする。

 

 立ったままラディアラを観察しているとティーポットに茶こしを準備しながらラディアラが振り向き、「どうぞ座って」と言って透き通るような群青の瞳がテーブルの傍の椅子に向けられた。

 言葉に甘えて一足先に座らせてもらう。

 

「一人なの?」

「えぇ、もうずっと」

 

 ラディアラは静かに告げて、細く美しい指でティースプーンを掬って茶葉をポットに入れていた。

 本当にそこに、私をねじ伏せた【夜藍狼】のSTRが秘められているのかと疑いそうになる。

 

 ほどなくして出てきたラディアラが淹れてくれた紅茶は現実でもデンドロ世界でも会った事のない香りがした。

 だが品のあるいい香りだ。肩の力を和らげてくれるような柔らかさがある。

 

「いい香りだね」

「ありがとう」

 

 紅茶を褒められたラディアラは、ただ嬉しそうに微笑んだ。

 出された一杯に《毒感知》や《危険察知》は反応せず、それはただの美味しい一杯の紅茶だった。

 

「ラディアラはどうしてあんな所にいたの?」

「たまに森を歩いてるの。適当に巡って罠の様子や、取ってもいい果実がないかとかを見て周りながら歩くのが好きだから」

「そこで私を見つけたんだ」

 

 聞くべき事はそんな事では無いと分かっていた。

 

 どうしてこんな所に一人で暮らしているのか。

 あなたが秘めている膨大なリソースの正体はなんなのか。

 無警告で射かけてきたのはなぜか。

 なのになぜ今は館に上げているのか。

 

 そもそも探りを入れるためにこの館に入ったのだ。

 聞こうと思えば、いくつも聞くべき事があった。

 だけど穏やかな暮らしを感じさせる光景を見て、むしろ彼女の領域に土足で入る真似をした私の方が申し訳ない気持ちがして、これ以上踏み荒らす真似はできなかった。

 

「そういえばこの紅茶って……」

「私が作ったの。ジョブによるものじゃないから味の保証はないんだけど」

「え、手作りってこと?すごいね、こんなに美味しいのできるんだ」

「ふふ……時間なら、いっぱいあるから」

 

 ティーカップを置く手に視線を寄せるように伏した目に、雨粒さえ弾きそうな睫毛が微かに震えていた。

 

 儚さだ。

 ラディアラと出会って、まだほんの少しの時間しか経っていない。

 なのに、紅茶を淹れる背中、浮かべる微笑み、私に話しかける言葉。

 彼女が醸す雰囲気に、宝物を薄く脆い玻璃で必死に守ろうとしているような、そんな印象を受けるのはなぜだろう。

 

 そんな私の思いも裏腹に話は弾む。

 いつしか陽は沈み、そのまま晩御飯までご馳走になることになってしまっていた。

 そこまでしてもらうのは悪いと思ったのだが、ラディアラは「気にしないで。元はと言えばお詫びなんだから」と譲らない様子だった。

 あくまで柔和な態度のラディアラは、どちらかというとお詫びではなく他人の為に料理を作る機会を楽しんでいる様であった。

 それに私もラディアラの作る料理に興味が湧いていた。なので彼女に腕を振るってもらうことにした。

 

 しかし、食卓に並べられた料理を見て、私は少しばかり申し訳なくなった。

 いそいそと料理するラディアラは楽しそうなので何も言わなかったが、これは、()()()()()ではないだろうか?

 

 鹿肉のクリームシチューと言っていたが肉だけでなく色とりどりの野菜、立ち上る湯気からはクリームが香り食欲をそそる。

 おまけにシチューだけでなく柔らかいパンまで添えられていた。

 行商人など到底来ないだろうこの場所で、それらがどれだけの御馳走なのか分からないほど馬鹿ではない。

 なのにラディアラは上手にできたと言わんばかりの満足げな笑みを浮かべるだけ。

 

「さ、食べましょうか」

 

 先ほどまでの儚げさを忘れさせるほどに暖かな笑顔に、私は「美味しそう」とだけ言って手を合わせた。

 

「いただきます」

「……イタダ?」

「ん?あぁ、私の文化だから気にしないで」

 

 昨今だと外国人でも『いただきます』を知らない人はなかなかいないが、ティアンだとそうもいかない。

 なまじ翻訳機能があるだけに、翻訳されない『いただきます』がティアンからは聞きなれない呪文か何かに聞こえるらしい。

 

 さて、気を取り直してスプーンを手に取り、シチューを口に運んだ。

 口をつける前から期待はしていたが、味わった瞬間、感想が自然と漏れ出ていた。

 

「美味しい……」

 

 クリームは牛乳とはどこか違う風味ではあったが、決して薄味ではなく塩も効いている。

 鹿肉は日本で食べるような肉とは違う雰囲気があるが、硬かったり獣臭かったりは全くない(ちなみに私のSTRなら肉が鰹節ぐらい硬かったとしても噛み切れる)。

 

「美味しいなぁ、実は【料理人(コック)】だったりする?」

「まさか。素材がいいだけ」

「素材って……そう、この周りに畑とか何もなかったけど、野菜なんてどうしてるの?【狩人】だからどうにかできたり?」

「それこそまさかよ。館の二階が食料生産を担ってるの」

「へぇ、だからこんな所でこんな料理を……」

「流石に鹿とかは狩ってきたものだけど」

 

 デンドロ世界の技術も時に現実世界を凌駕しているが、まさかこんな形で恩恵に預かることがあろうとは。

 山暮らしも悪くないんだなとしみじみして、その他にも普段の暮らしの話をラディアラから聞いた。

 私からは冒険家としての話をしたりもした。

 

「やっぱり【冒険家】って危ないの?」

「まぁ、そうだね。この前は爆死だし、その前は串刺しになっちゃった」

「く、串刺し?」

「そ。ある遺跡に入って、先史文明の技術っぽいのは見つけたんだけどアイテムボックスに入らなくてね。

 みんなで無理をして持ち帰るぞって担いでいったら、行きでは引っかからなかった罠を起動させちゃって、結局みーんな槍に串刺しにされて死んじゃったわけ」

「え?」

「ぐさ、ぶしゅぁ」

 

 瞳をまんまるにして驚くラディアラ。

 そういえば、彼女には〈マスター〉の不死性について説明していなかった。

 しばらく呆気に取られていたラディアラだったが、私が冗談で煙に撒いたと思ったのか、やがて信じる様子を見せずにクスクスと笑うものだから、それが少しだけ私にも面白かった。

 

 ご飯を食べ終わった後も、私たちはずっとおしゃべりを続けていた。

 

 

 結局、寝室まで借りる事になった。

 そのベッドは私が現実で使っているベッドやデンドロ世界でよく使うベッドよりも数段上質なもので、私はログアウトもせずにぐっすりと休息をとり今に至る。

 

 つまり朝が来た。

 

 ベッドで一人『羅針盤』を起動する。きっとラディアラは今も館の中にいるのだろう、『羅針盤』は相変わらず膨大なリソースがそばにある事を示していた。

 

 結局ラディアラがどっちなのかはいまだに分からない。

 でも昨日一晩話したラディアラは、孤独な日々を過ごしていた人が久しぶりの出会いを純粋に楽しんでいるようにしか、私にはそうとしか思えなかった。

 

 コンコンとノックが聞こえて私は意識を頭の中から戻してきた。

「はーい」と返事をしつつ、『羅針盤』を紋章の中へと戻した。

 私が彼女のリソースに気づいていることを知られるのは得策ではないだろう。

 『羅針盤』の光の塵が完全に消えた頃に扉が開き、ラディアラが顔を出した。

 

「おはよう、調子はどう?」

「もうスッキリ。こんな所で落ち着いて寝れるなんて思ってもみなかった」

「そう、よかった。今から森の様子を見て回ろうと思うのだけど、一緒にどう?」

 

 それは昨日のおしゃべりの中で私が彼女の狩人生活に興味を見せていた故の提案だった。

 私はうれしく思いその提案に乗ろうと思ったが、一つ思い出して眉を顰めた。

 

 確か、今日は大学の授業があったのだ。

 少し急がなければいけないが、今からログアウトして準備すれば十分に間に合う。

 

「んー、向こうで用事があるから遠慮しておくよ」

「むこう?」

「ログアウトしてくるけど、たぶんこっちで一日もしないうちに戻ってくると思う」

「え?」

 

 少し慌てていたから、とりあえずログアウトしようとウィンドウを操作してログアウトするまで私は気づいていなかった。

 

 そういえばラディアラは〈マスター〉の事情に疎かったのだと。

 目の前で人が消える光景を見て彼女はどう思うのだろうかと少し申し訳なく思ってから、私はそのままデンドロ世界から離脱した。

 

 

(あがた) 譲羽(ゆずりは)

 

 たっぷりと休息をとったとは言え、それはデンドロ時間の中での話。

 ログアウトして仕度を整えて、授業を受けて、食堂で遅めの昼ご飯を食べる頃には私はもうすっかり眠たくなっていた。

 このまま帰って寝たいけど、ラディアラに事情の説明はしなければいけないだろうなどと考えていると、快活そうに私を呼ぶ声が聞こえた。

 

「譲羽~、おはよ~」

「おはよ、ひー」

 

 声をかけてきたひーがサンドイッチを手に私の正面に座った。

 大学で知り合った友達だが、出会った頃からあだ名で呼んでいたせいで彼女の本名はだいぶ朧気だったりする。

 ちなみに彼女もデンドロプレーヤーである。

 

「ねーねー、この前の愛闘祭、譲羽はどうだったの?」

「愛闘祭って……あぁ、ギデオンの」

 

 あの日は何をしていただろうか。

 確か……そうだ、【ラディアラ】に食われたのがその日だった気がする。

 

 私のげんなりとした表情から何かを読み取ったらしいひーは「あぁー、聞かないでおく」とだけ言ってサンドイッチを食べ始めた。

 

「そっかぁ、譲羽はお金、ないもんねぇ~。イベント楽しむ余裕なんて、ないよねぇ~」

「ゲーム内通貨でそこまでマウント取られると腹立つんだけど」

「愛闘祭にかこつけてお金ばらまいたらもぉじゃんじゃん寄ってくるの。最高だよね」

 

 ひーがどうやらゲーム内ではっちゃけるタイプの人間であることはデンドロ内で会ってそうそうに理解した。

 出会ってから一年と少し。

 出会った時から金遣いの荒さと火遊びの盛んさは少々目に余る物があったが(あくまでデンドロ内の話である)、その勢いに歯止めが効かなくなったのがこの前のカルチェラタンの〈遺跡〉を巡った皇国と古代兵器による事件の後からである。

 

 あの事件の時、私は〈遺跡〉に突入して湧いてくる煌玉兵に対処していた所を他十数人の〈マスター〉もろとも爆殺された。

 そのせいで【ブローチ】を失い、デスペナの直前に使ってしまった【快癒万能薬(エリクシル)】も無駄打ち。

 さらに〈遺跡〉の収穫品の大部分をドロップで失い、そのなけなしの収穫品もデスペナ明け時には市場に出回ってたせいで価値は下落。結局、大赤字もいいところだった。

 

 一方でひーはと言えばひっそりと戦いから息を潜め、その癖して国がほとんどを押収したというレア素材をアイテムボックス二つ分いっぱいにかっぱらって裏ルートで売りさばき、大儲けしたらしい。

 然るべき所に届ければしっかり指名手配されそうな行いだが冒険家稼業は往々にして裏ルートを利用することが多く、私も例外ではないから別にそれは構わない。

 だけどそれの売値が10桁に上ったと聞かされて目の前で豪遊されていると流石に気分も良くない。

 

「じゃあ譲羽はなにもないの?面白いこととか、出会いとか!」

「……ない」

「なぁんだ」

 

 ふー、とひーが頬杖をついて溜息を吐き出した。

 

 面白い事と言えばとびきり面白いことが起きている。

 言うまでもなくラディアラだ。

 

 今だにその正体は掴めていないが、〈マスター〉でないのに〈UBM〉並みのリソースを持っていることは確実。

 これが面白いことでないならなんだというのだろう。

 しかし、一人で静かに暮らしてきたであろうラディアラを見世物のように人に話すのは絶対に彼女にとって良い事ではないと思ったのだ。

 

「やっぱり【ブローチ】と【快癒万能薬】ぐらいおごったげようか?」

「ゲーム内でたかるほど落ちぶれてないッ」

 

 ひーがカルチェラタン成金となってから幾度となく繰り返された会話をして、それから私は大学を出た。

 今日の授業は終わったし、今は特にやることも無い。

 まだログアウトから8時間は経っていないから、デンドロ内は夜だろう。

 ラディアラは寝ているかもしれないが、今のうちにログインしておいてもいいかと思い、家に帰った私は<Infinite Dendrogram>を起動した。

 

 意識が私の肉体を離れ、数時間ぶりのデンドロの世界へ入っていく。

 ラディアラのいるであろう館へ。

 

□【大冒険家】フォリウム

 

 時間はやはり夜だった。

 ログアウト地点にログインした私は館の窓からまだ高い月が見える。

 

 ラディアラは寝ているのだろうかと、探る意味合いで『羅針盤』を取り出そうとした時にそれは起きた。

 

 激しい音と共に破らん勢いで扉が開かれた。

 《直感》も《危険察知》も作動せずに起きた突然の出来事に動揺したのも束の間、身体を襲う衝撃。

 訳の分からない内に壁に押し付けられた。

 背中から圧倒的な力によって首を抑えられ、壁に無様にへばりついている私には誰によってかは見えなかった。

 だが見えずとも分かる。

 【砕拳士《バウンド・ボクサー》】のSTRでさえ太刀打ちできないこの膂力には覚えがある。

 

 あの【ラディアラ】だ。

 自分の背後に立っているモノは間違いなく人間の形をしているが、このプレッシャーを間違えることは無い。

 

「ラディアラっ……!?」

「どこへ行っていたの。どうして戻ってきたの」

 

 ぞっとするほどの冷淡な声だった。

 昨日、一緒に話していた記憶の中の彼女とはほど遠く、むしろ【夜藍狼】の無慈悲な目を思い出させる。

 

「あなたの気配は前触れもなく部屋に現れた。どうやった。言え!」

「私は……〈マスター〉だか、ら……向こうに、行って、戻って……きた」

 

 だんだんと視界がぼやけていく。

 カヒュと息が喉から漏れた。

 いまや彼女の力は際限なく強くなっていき、私の首は壁に押し付けられてもうすぐの所でへし折られそうになっていた。

 

「わたし……ひとり……ほかに、ひと、は、こない……これない……」

 

 視界が傾き、ドサリという音がどこか遠くで聞こえたような気がした。

 実際には、ラディアラが私から手を放し、そのまま立っていられなかった私が倒れた音だった。

 

 痛みは無い。所詮この肉体はゲームのアバターで、設定一つで痛覚なんていじれる。

 だけど窒息の苦しみはある。

 プレイヤー本人の意識が朧気になっていくことは無いが、生体反応として酸欠の症状は現れる。

 視界はぼやけるし、平衡感覚や四肢の感覚は消えるし、肺が苦しくなって満足に動かせない横隔膜を引きつらせながらえづいたりする。

 

 私もそんな一般の例にもれず床に倒れて身体を縮こませて、何度も何度もえづいていた。

 酸欠でぼやけ、涙で滲む視界の中で、私を見下ろすラディアラの表情が微かに見えた。

 

 混乱、怯え、怒り、様々な感情が入り混じった悲痛そうな顔。その身に宿す力とあまりに不釣り合いな、弱き者の顔だった。

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