愛は薄明の中に刹那   作:沖 一

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第四話 滴る後悔

宵闇狩人(ナイトシーカー)

 狩人系統派生下級職【夜行狩人(ナイトハンター)】の上級職にあたるジョブ。

 【大狩人(グレイト・ハンター)】を抑えたステータス成長をし、【大狩人】が習得する罠や武器関連のスキルをやや低いレベル上限で習得する。

 その代わりに夜間戦闘に特化しており、夜間で五感やステータスを強化するスキルの他、高レベルの《気配操作》《隠密》を習得する。

 

□【大冒険家(グレイト・アドベンチャラー)】フォリウム

 

 ラディアラはいつの間にか部屋から出て行ったが、開け放されたままの扉と私に残る窒息の苦しみは先程までの出来事が決して夢幻(ゆめまぼろし)で無い事を語っていた。

 

 私に蓄積されたダメージは、さほど大した物では無かった。

 首をへし折るほどと形容したダメージも私に喋らせる事を念頭においたせいか、なけなしの【劣化万能霊薬(レッサーエリクシル)】を使うまでもなくただの【HP回復ポーション】で事足りた。

 

 それでも、と思い出すのはラディアラが発揮したあの膂力。

 私に身じろぎ一つの抵抗を許さないSTRは【宵闇狩人】の範疇に収まるものではなかった。

 

 とうとう私の目の前で、人の姿でその膨大なリソースの片鱗を見せたラディアラだったが、私を倒した彼女が見せた表情は蹂躙劇には到底似合わない悲痛さに満ちていて、急に消えた私にどれほどの恐怖と警戒を抱いていたかを理解させるに有り余った。

 

 ラディアラはリビングで椅子に座っていた。

 灯りをつけず、差し込む月明りに浮かぶ彼女は、夜の中で黒く輝く髪を垂れさせて俯いていた。

 やってきた私に一瞥もくれない。

 テーブルに置いた手は硬く握りしめられていて、その手中には首から提げているロケットがあった。

 

 今朝までの笑顔と明るさが嘘のようで、私が感じていた儚さは間違っていなかったのだという確信を全く嬉しくない形で私は知らしめられていた。

 

 まずは謝りたかった。

 〈マスター〉について、ログアウトについてちゃんと説明をせずにログアウトしてしまったことを。

 

 そして伝えたかった。ラディアラの生活を脅かすつもりも、ないと。

 

「ごめんなさい」

 

 なのにその一声はラディアラのものだった。

 

 相変わらず俯いたままで、目は開いていたがロケットを握る手はむしろ硬くなっている。

 その様相で呟かれた謝罪の言葉は謝るというよりも、むしろ突き放すような色だった。

 

「夜が明けたら出ていって。そして私の事は誰にも話さないで」

 

 それだけだった。

 きっぱりとそれだけ言うと、ラディアラの身体は呼吸に合わせて上下に動くだけで、それ以上何も言おうとしなかった。

 

「わかった。誰にも話さない。私は北に行くよ。お世話になったのに、ごめんね」

 

 そう言って、借りていた寝室ではなく玄関へと足を向けた。

 それに気づいたかラディアラが顔を上げる気配があったが、「夜目が効くから大丈夫」とだけ言ってそのまま私は館を出た。

 

 嘘はつかずに真っすぐ北へと歩いて行く。

 枝々を払い、藪を抜け、自分の轍を隠そうともせずに歩いて行った。

 

 ラディアラは追ってこなかった。

 

 夜の森を一人、歩きながら頭に浮かぶのはこの地に来てからの幾つもの思い出だった。

 私がログアウトする前、ラディアラは森を一緒に見て回らないかと誘ってくれた。

 色々とお世話になってしまったが、それでもなお良くしてくれようとしていたのだろうと、今でも信じられる。

 

 寝る前まで二人で喋りあったのはすごく楽しかった。

 私達は住む世界は違うし、生き方も違う。

 彼女はアルター王国の山奥で暮らす狩人で、私は冒険家——いや、それすらゲームの中で被っている仮面に過ぎず、本当の私(譲羽)は日本で安全に暮らす大学生に過ぎない。

 なのにラディアラとの会話は不思議と弾み、きっと今まで過ごしたどんな時よりも会話という事を楽しんでいたように思う。

 

 夕食もすごく美味しかった。

 こんな山の奥であんなに美味しい物を食べれると思っていなかった。

 それに、楽しそうにシチューを作るラディアラの様子。

 ありありと思い出せる。

 楽しそうで、もてなされすぎて悪いのではないかという罪悪感を脇に置いて料理を楽しめたのはそんな彼女の様子があったからだ。

 

 美味しいといえば、最初に淹れてくれた紅茶だってそうだ。

 一人で生きる彼女がその長い時を持て余す時間の使い道として向けたのだろうか。

 今では定かとならないが、ジョブに頼らずに淹れた美味しい紅茶に、物寂しそうな言葉は、そんな考えを私にさせたのだった。

 

 思い出はラディアラとの出会いまで遡った。

 出会いは、いいものとは言い難かった。初対面で矢を射掛けられたのだ。

 しかしどうやらこんな山奥で暮らしているとのことで、しかもただの山ではなく〈UBM〉がいる山。

 一体どんな生活をしているのだろうと、思えばこの時から興味津々だった。

 

 結局、ラディアラこそが【夜藍狼】ではないかという疑惑にぶち当たってしまうのだが。

 

 そしてその疑惑は、最後の最後に説得力を持つものとなってしまった。

 不本意な結末と共に。

 

 私の不注意のせいだ。

 私の不注意が、彼女の安寧を脅かす結末へと導いてしまった。

 

 あのプレッシャーは間違えない。

 【夜藍狼】の正体は紛れもなくラディアラだ。

 

 そして、彼女は孤独な人間だ。

 本当にティアン(人型範疇生物)かは分からないが、彼女が悲しみも怒りもある人間だという一点は、間違えたくなかった。

 

 一年以上デンドロをプレイしていて、こんなに人間との接し方を間違えて後悔したのは初めてだった。

 この世界の異常なリアルさには初ログイン時から驚いていたし、『ティアンは背景を持たないただのNPCだ』なんて考えもプレイして早々にやめた。

 だけど(フォリウム)は、〈マスター〉と話していてもティアンと話していても、本当にそこに人がいると真剣に考え続けていなかったかもしれない。

 

 所詮、〈Infinite Dendrogram〉はゲームだ。

 本気になる必要なんてない、失敗を過度に恐れなくていい、楽しい事を選んでしてればいい、面倒になったらやめればいい、だってこれはゲームだから。

 

 そういう考えが、知らないうちに私の根底に覆せないほど強くこびりついていたんだろうか。

 それが、今となっては悔しくて仕方なかった。

 

 ラディアラに恩を返したかった。

 もっと色んな事を話したかった。

 

 過ごした時間はほんの一日だけど、それでもラディアラとのこれからはきっと楽しいものになるんじゃないかと、私は無根拠ながらに考えていた。

 

 でもそれを壊したのは、全部、全部私のせいだった。

 否定の余地などないほど完全に、私のせいだった。

 

 

 もう、歩き続けて一時間も経ったろうか。

 もし館に再び《幻惑》などが掛けられているなら、もう気づけないほどの距離になったろう。

 私は〈エンブリオ〉を喚ぼうとおもったが、やっぱり()()()()()()()()()()だった。

 結局『本体』は出さずに『羅針盤』だけ。

 最近すっかりこんな使い方ばかりになっているなと思いながら『羅針盤』を開いて針が飛び出た時、私の口から思わず「あれ」と小さく漏れた。

 

□【???】ラディアラ・リベナリル

 

 フォリウムが出て行って、10分もした頃。

 私は館を出て南へ向かった。

 もちろん、フォリウムを追いかける訳ではない。

 夜目があるといっていたし、そもそも一人でこの山に踏み入って来た【大冒険家】だ。問題はないだろう。

 

 彼女と過ごした時間は楽しかった。

 人柄で言えば、信用できる人物だったようにも思う。

 なのに、フォリウムが少し姿を消して再び現れたというだけで私は私を抑えきれなかった。

 きっと彼女が上級の戦闘職でなければ勢い余って殺していただろう。

 

「……ふふ」

 

 フォリウムが来る数日前にも一人殺していた事を思い出して、私は自分の記憶の都合の良さに思わず笑った。

 今の今まで、すっかり忘れていた。

 狼の姿で食い殺した人間は女だったように思うが、元から覚えていたくなかった光景だ。

 その上狼の肉体だった事も踏まえればその顔を思い出せるはずもなかった。

 

 こんなにいい加減だから、きっと私は生きていく場所を守る為に人を殺してしまえるのだ。

 

 

 やがて、それほど高くない山の頂上についた。

 相変わらず木々は生えておらず見晴らしがいい。

 まだ月は高いが、太陽が昇ると遥か南にある稜線から太陽が世界を照らしゆく光景が見れる。

 

 それは()()()が好きな景色だった。

 私が【夜行狩人】のジョブをとって、最低限()()()なったのはまだ私が10歳にもなっていなかった頃だったが、それでもフローは見せたい景色があると言って夜歩きのゴール地点をここにしたのだ。

 それから何度もフローとここから夜明けを眺めた。

 

 もう古い記憶だ。それでも決して色褪せない。

 

 しばらく月の光と夜風を浴びていた。

 それは私の罪を赦してはくれないが、私の心を穏やかにはしてくれる。

 

 

 そんな平穏を莫大な魔力反応がかき消した。

 一拍遅れて激しい閃光。

 それは眼下の森のある一点から放たれていた。

 

 夜をほんの一時だけ昼に変えた閃光は、そう経たずして消えた。

 だがあの莫大な魔力反応はその程度の閃光に費やされたにして多すぎる。

 発光点に目を凝らしていた私は、森の木々の影に隠れゆく巨大な姿を見つけた。

 

 大きなトカゲだ。

 体高は1メテルほど、体長はその長い尾を含めれば10メテルに届きそうな長さ。

 月光を受けて鈍く光る鱗は、なるほど攻撃を徹すのに難儀しそうである。

 

 そのプレッシャーは、規模で言えば似た物と出会ったことがあった。

 この森に棲む一匹の【亜竜鹿(デミドラグディアー)】が力を蓄え、その枠を超えて唯一無二の存在となった時のプレッシャーと似ている。その存在の名はたしか〈UBM〉。

 

 しかし【亜竜鹿】と違い、あんなトカゲは元となったモンスターが皆目見当がつかない。

 あんな大きさになりうるトカゲなど、この一帯にはいない……。

 

 見た事のないモンスターの出現と、直前の魔力反応。この二つを結び付ける言葉を私はふと思い出した。

 

『——私の古巣はここからずっと南にある所なんだけど、そこでは自然魔力が濃いせいで〈アクシデントサークル〉っていう魔法が自然と起きちゃう現象があってね。時には()()()()まで起きることがあるの。まぁ滅多に起きないんだけどね』

 

 それはかつてのフローの言葉。

 滅多に起きないとは言われていたが、目の前で起きた事の説明にはなりうる。

 

 私はいくつかの仮説を立てつつも駆けていた。

 夜の森の中を音も立てず、それでいて音より速く。

 私の身では、それは容易いことだった。

 

 山を下りてやがてトカゲの近くまで近づいた時、気配の一切を遮断しながら私はその巨体を見ていた。

 トカゲの頭上には【湧沸蜥蜴 スプリンガー】の表示が現れる。

 決まり、〈UBM〉だ。

 

 しかし気づいたことは他にもある。

 まず傷だらけなのだ。

 堅牢そうな鱗のあちこちには焦げ跡がついており、北を向いて歩き始めたその動きは緩慢としている。

 この【スプリンガー】というトカゲの〈UBM〉はきっと激しい戦闘を終えたばかりなのだ。

 

 そして二つ目。【スプリンガー】の周りだけ自然魔力濃度がやたらと低い。

 スプリンガーが歩んだあとの道に自然魔力がほとんど残されていないのだ。

 〈UBM〉は自分がいる環境で最も力を振るえるように存在が変わり強化されるという。

 きっとこの個体は自然魔力濃度が高い場所に元々おり、大気中の自然魔力を急速に取り込んでは魔法を扱う戦法を得意としていたのではないだろうか。

 

 以上二点から考えるに、『この【スプリンガー】は遥か南にあるレジェンダリアから、〈アクシデントサークル〉で発生した転移魔法によって来た』のだと考えた。

 

 しかし不思議なのはここまでボロボロなのにも関わらず休息を挟まず、夜明けすら待たずに動くその理由である。

 そこで気づいた。この山の中で、【スプリンガー】が向かう北には他の場所より明らかに魔力濃度が高い場所がある。

 

 館だ。館は様々な機能を維持するための魔力を徴収するために自然魔力を誘引する効果を持つ。

 

 【スプリンガー】がそこを目指しているならば。

 

 私は歯噛みし、しかし戦闘の準備を構えた。

 遅々と北へ進む【スプリンガー】を闇の中から見つめる。

 あの館にモンスター風情が土足で居座るような事は、あってはならない。

 無遠慮に近づく者は、例え誰であろうと。

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