愛は薄明の中に刹那   作:沖 一

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第六話 風に揺蕩う

□【夜興引(ヴェスパー)】ラディアラ・リベナリル

 

 翼をはためかせて空に躍り出た私を【スプリンガー】が即座に迎撃、水属性ブレスが私を掠める。

 しかし《帳下ろし(イクリプス)》によって夜になった事により、吸血鬼特有の高いステータスと【夜興引】によるステータス強化の二者を再び取り戻した私にしてみれば避けられないものではない。

 何発かの高圧水流が天を刺すが、そのいずれもが私に当たらない。

 無傷のまま大地に到達した私を【スプリンガー】が睨むが、ただ睨み合うために私は降りてきた訳ではない。

 

 戦うためだ。

 まずはその能力を暴ききる為に、正面から戦える手段をとろうではないか。

 肉体を変化させることでより高いステータスを得る『吸血鬼』のスキルを私は唱えた。

 

「――《変化・夜藍狼》」

 

□【大冒険家(グレイト・アドベンチャラー)】フォリウム

 

 眼下では、ラディアラが【夜藍狼】へと変身していた。 

 狼の唸り声と蛇の威嚇音にも似た音声(おんじょう)がこの距離にも届く。

 やがて【スプリンガー】が口からブレスを吐き、それを潜り込むように【夜藍狼(ラディアラ)】は懐へと駆けて行った。

 

 光を奪われた太陽が浮かぶ偽りの夜空の下、冷たい風が私に強く当たる。

 私は、何もできないで甲板に立ち尽くしていた。

 そこに打算や計算など微塵も無い。

 怖がってるだけだ。

 その恐怖は戦って傷つき、傷つけられる事に対してではない。

 

 ()()()()()()()()()()戦いに飛び込む事への恐怖だ。

 

 だって彼女はティアンだ。

 遊戯としてこの大陸に降り立った(〈マスター〉)とは違う。

 いくら超常種と超級職の力を持つとしても、血を流せば痛み、首を断たれれば命は喪われる。

 

 ――もし、私が戦いに関与することで、そのせいでラディアラの命が喪われることになったら。

 

 この世界は所詮ゲームだと、そう考えてしまっているのかもしれないと私は思っていた。

 だからゲームとしてではなく、〈Infinite Dendrogram〉の世界に生きる一人の人間としてどうか、もう一度ラディアラに接することができれば、謝ることができたらと、そう願っていた。

 

 しかしここに来て、命が不可逆的に失われうるという究極のリアリティが私に突きつけられた。

 ゲームだから恐れなくていいなどとは、もう考えられない。

 戦いを見ることさえ怖くてたまらない。その結末に、私が関わる事が怖い。

 

 轟音が三度響いた。

 最悪を想定し思わず目をつぶる、だが戦闘音が止むことは無かった。

 まだラディアラは生きている。

 だが、数秒後もそうだという保証はない。

 

 戦闘音が止み、太陽が甦った静寂の中をただ一匹の〈UBM〉が勝利の雄たけびを上げる。そんなビジョンが次の瞬間に現実になってもおかしくない。

 彼女の死はこうしている間にも近づいているのだろう。

 

 だというのに――

 

『飛び込んでも足手まといになるんじゃない?』

『いざという時に備えて離脱手段を残しておくのも、正しいんじゃない?』

『大丈夫、ここで待っているのが最善手』

 

 ――そんな下らない戯言が、真理の顔をして鎖のように私を縛り上げる。

 

 ラディアラを喪うことは怖い。

 だけど、私のせいで喪う事になるかもしれない。

 その事の方が、怖くて、怖くて、仕方がなかった。

 

 しかし、ただ茫然と戦闘を見下ろす中、私の目は捉えた。

 

 ほとんどダメージを受けていない【スプリンガー】と相対していた【夜藍狼】がウォーターカッターのようなブレスによってわき腹を抉られ、血に染まったまま、傷だらけのラディアラへと戻るのを。

 

□【夜興引】ラディアラ・リベナリル

 

 もう《変化・夜藍狼》の維持はできなくなっていた。

 ダメージを受けた状態での巨体の維持によるSP消費は《帳下ろし》の維持に関わる。

 

 だが《変化》を解いた理由はそれだけではない。

 【スプリンガー】の動きに慣れ始めた今、《変化》によって巨大な体躯とステータスを得る狼形態よりも、相手の攻撃を避けやすい小さい身体と【枝刃巨斧 ブランチクリース】による重い一撃を放てる人型のままのほうが都合がいい。

 

 そして何より――

 

「《カースド・ブラッド―【吸魔】―》《紅血鍛冶(ブラッド・スミス)》」

 

 ――こちらでのみ使えるスキルは少なくない。

 

 それらは【夜興引】ではなく、『吸血鬼』によるスキル。

 腹から流れ落ちる血液にMP吸収の呪いを加え、短剣へと形を変える。

 加えて武器にする直前に【夜興引】として生成した麻痺毒も混ぜておいた。

 これで【麻痺】と【吸魔】の二重状態異常を与える武器が完成する。

 

 そうしてできた十二本のダガーが宙に浮かび、その刃先を【スプリンガー】へと向ける。

 それは自らの血液を操作する《ブラッド・アーツ》による効果。

 本来は体内の血液に使うものだが、浮遊と()()程度なら発動は造作もない。

 

「飛べ」

 

 私の声に応え、血の短剣は一直線に【スプリンガー】へと撃ち出された。

 

「SYAAAA!」

 

 込められた魔力から危険を察知した【スプリンガー】は驚異的なジャンプ力で後退し、水属性ブレスで短剣の迎撃を行った。

 口だけでなく、【スプリンガー】の周囲に現れた水球からの掃射によって【スプリンガー】が着地した時には十二本全てが届くことなく弾き飛ばされていた。

 

 思った通り。

 《夜藍狼》時に【スプリンガー】の喉元に食らいついた際に私の脇腹を貫き、右目を抉りかけたのはあの水球による遠隔ブレスだ。

 ブレスが口から放たれるせいで魔法か身体機能か判別できなかったが、さすがに魔力を使わずに宙から水は放てないだろう。

 遠隔ブレスと口から放たれるブレスがほぼ同質であることから口のブレスも身体機能ではなく魔法だ。

 

 これではっきりした。【スプリンガー】は人間で言うなれば魔法職的な〈UBM〉だ。

 

 しかし【スプリンガー】はその魔法能力の他に、フォリウムの船の吶喊を躱す俊敏さ、私の防御力越しに【左腕骨折】をもたらす攻撃力、《瀟殺・時化空》を肉で止める堅牢さを持ち合わせていた。

 それらから導ける【スプリンガー】の実像は——

 

 《夜藍狼》と化す夜の中の私を上回る身体能力を持っていながら、破壊力十分な水属性魔法を扱いこなす〈UBM〉。

 破格の肉体と驚異的な魔法技能を併せ持つ怪物的存在。

 

 ――ではない。

 

 こうして見れば狩人の勘でわかる。

 【スプリンガー】はそれほど隔絶した存在ではない。

 

 分かりづらいが【スプリンガー】はその強さの大部分をMPに依存している。

 ブレスは勿論、高い身体能力も素のものではなく、魔法によるステータスの増強のおかげだ。

 そしてその手の場合、複数のステータス増強は間違いなく負担が跳ね上がる。

 

 つまり【麻痺】で機動力を削げば、身体能力強化は機動力への比重が大きくなり【ブランチクリース】の一撃を跳ね返すほどの筋力や堅牢さは用意できない。

 仮に無理やり補正をかけても、強力すぎる身体能力強化の負担はMPという【スプリンガー】の生命線に大きな亀裂を入れることになる。

 

 元より一直線に濃い自然魔力を求めていたほどだ、戦闘開始時点で魔力は余裕のある状態ではないだろう。

 加えて魔力の薄いアルター王国での戦闘は【スプリンガー】本来のバトルスタイルに凄まじい負担をかけているはずだ。

 

 殺せる。

 【スプリンガー】の死は、ずっと近い所にある。

 

 この確信は短剣から逃げるためにブレスを吐きながら跳躍した【スプリンガー】が着地した時点ですでに得ており、私は【ブランチクリース】を構え終わっている。

 距離が離れていようと攻撃する手段がこの斧にはあるからだ。

 

 「《重刃枝伸》ッ!」

 

 膨大なSPと引き換えに、既に私の身の丈を超えていた【ブランチクリース】はさらに長く、複雑に伸びていく。

 私と【スプリンガー】の距離をも埋めるほど遠くまで、飛び退く余裕もないほど広くまで。

 【ブランチクリース】は斧を振り下ろすほんのひと時の合間に、数十年にわたって成長した大樹の如く肥大し、その巨大さを裏切らぬ大質量を【スプリンガー】へと叩きつける。

 

 「SYOAAAAAAAA!!」

 

 【スプリンガー】はとっさにブレスで弾こうとしたようだが、無駄な抵抗だった。

 ダメージ三倍撃こそないものの、火力よりも面制圧性を取った巨重斧はそうやすやすと圧し返せるものではない。

 

 抵抗むなしく斧は振り下ろされ、増殖した枝刃たちが【スプリンガー】の皮膚に刺さる。

 咄嗟に魔力をこめて防御力を上昇させたのだろうが、気休めでどうにかなる攻撃力ではない。

 首への《瀟殺》に続き二度目、まともに通ったダメージに【スプリンガー】は悲鳴を上げた。

 だが容赦はしない。

 

 《ブラッド・アーツ》による自身への血液操作でSTR以上の膂力を発揮しながら力任せに斧を引けば、食い込んだ枝刃は【スプリンガー】の鱗をはがし始めた。

 

「GYAOOOOOOOOO!」

 

 瞬間、斧を押し上げる力が数倍に跳ね上がる。

 魔力を騒動員し掛けたであろう筋力の強化。【スプリンガー】の必死の抵抗は、巨大化した斧の大質量をものともせず押し上げようとしている。

 だが――

 

「遅い、《ブラッド・アーツ》!」

 

 私と【スプリンガー】の近くへ弾き落とされた三本の短剣への《ブラッド・アーツ》に全神経を注ぐ。

 

 スプリンガーが斧を押し上げてその身が自由になった瞬間、真紅の短剣たちが三連、【スプリンガー】へと刺さった。

 鱗をはがされて晒した肉へと短剣は柄まで潜り込み、体組織を手あたりしだいにねじ切り、《ブラッド・アーツ》のコントロール外になった所で《紅血鍛冶》の効果も切れてただの血液となった。

 【麻痺】と【吸魔】の二重状態異常をのせた血が【スプリンガー】の中を流れる。

 

「HYOOOO……!」

 

 人の身とは比べ物にならぬ巨体とは言え、使ったのは【夜興引】特製の麻痺毒。

 あれだけ投与すれば発動した【麻痺】は【スプリンガー】のAGIを少なくとも50%は削る。

 

 もう【スプリンガー】は機動力への補正なしに私とまともにやりあえない。

 もし機動力へ手を抜こうものなら、再び血剣と巨斧の波状攻撃が襲う。

 もう数度同じ攻防を繰り返すだけで【スプリンガー】のMPは底をつくだろう。

 

 苦し紛れに【スプリンガー】は三発の高水圧ブレスを放ったが、担ぐ【ブランチクリース】は既に《重刃枝伸》を解除して元の大きさへ戻っており、躱すことは造作もない。

 そして口と二つの水球に次いで、四発目のブレスが新たな水球から放たれるが、それすら私に届きはしない。

 更に現れた二つの水球からブレスを放ったところで弾幕が止む。

 それは【スプリンガー】が見せた明らかな疲労。

 

 狩人の勘は告げる。

 今だ、もう一度。

 

「《重刃枝伸》ッッ!」

 

 

◇ ◆ ◇

 

 ラディアラの判断は何も間違えていなかった。

 

 【湧沸蜥蜴 スプリンガー】の能力と手札を正確に読み切り、【夜興引】『吸血鬼』【枝刃巨斧 ブランチクリース】を最大限に扱い、【スプリンガー】を追い詰めた。

 

 【スプリンガー】が見せた疲労は本物であった。

 ENDとSTR、無理やり発動した二種のステータス補強は桶に穴をあけたようにMPを消費した。

 水球を五つも展開したのだって初めてであった。

 数を重ねるごとにMP消費は加速度的に跳ね上がった。

 さらに不慣れな技術は数値化できない疲労をも貯めこませた。

 

 それこそがラディアラの読み切った死線。

 

 しかし、ここに来てラディアラは失念していた。

 

 無理やり発動する技は消費を跳ね上げる?然り。

 不慣れな技術の行使は疲労をため込ませる?然り。

 

 ラディアラが【スプリンガー】に重ねた公式は、等しくラディアラにも適用される。

 《重刃枝伸》が特典武具のスキルとはいえ、全長10メートルはある【スプリンガー】の逃げ道を無くす程の広範囲を刃で埋め尽くすまでに刃を伸ばすなど、()()()()であった。

 血の短剣の操作に用いた《ブラッド・アーツ》は本来体内の血液に作用させるスキルであり、自分の腕の届かない所に発動させ、武器と化した血液を飛翔させるなど()()()()()()であった。

 

 無理や無茶が生むパフォーマンスへの悪影響など戦士ならば知っててしかるべきだった。

 しかしラディアラにとって同格との命のやり取りは久しいものであり、なおかつ彼女は戦士ではなく狩人であった。

 

 《瀟殺》に始まり、《帳下ろし》、《夜藍狼》、《紅血鍛冶》、体外への《ブラッド・アーツ》、そして二度目の《重刃枝伸》。

 

 ラディアラは、()()()S()P()()()()()()()()使()()()()()()()()()を失念していた。 

 

 そのことに気が付いたのは、陽が現れて空と大地を光で満たした瞬間であった。

 

 ――SP枯渇による《帳下ろし》の効果切れ。

 それが生むのは【夜興引】のステータス強化スキル《夜徹し》の効果切れと、吸血鬼の種族特性による日中の身体能力低下。

 

 さらにSPの枯渇は《重刃枝伸》の不発をも招いた。

 二又の斧は不完全に新たな刃を生やしただけで、渾身の一撃は届かず、斧はむなしく地を響かせたのみだった。

 

 【スプリンガー】の息切れという千載一遇の好機をラディアラは逃した。

 

 そして【スプリンガー】にとって魔力の薄いアルター王国の地がアウェーであるように、【夜興引】かつ『吸血鬼』であるラディアラにとって陽が天にある時こそがアウェーであった。

 

 【スプリンガー】にとって千載一遇の好機が訪れた。その口の中に、今一度ブレスの魔力が迸る。

 

 

 

 ラディアラが戦闘慣れしていなかったが故の悲劇。

 それが齎したのは、ラディアラの窮地と、彼女の死という結果だろうか?

 

 ――否。

 窮地が齎したのは、死の可能性だけではない。

 

 その証明は誰がするのか?決まっている。己の〈エンブリオ〉を操る()()だ。

 

 【スプリンガー】は己に差した影に気づき、ブレスを準備したまま首を持ち上げた。

 そこにあったのは、帆船。

 フォリウムの【全天航 アルゴー】が再びその船首を【スプリンガー】へと向けていた。

 

 今度は避けはしない。

 自分をここまで追い詰めた宿敵(ラディアラ)を一撃で仕留めんと溜められていたブレスが、そのまま【アルゴー】へと放たれた。

 伝説級〈UBM〉が放った高圧水流は、戦艦ではない【アルゴー】を正面から砕き、帆船はバラバラの破片と化した船体が光の塵となる様を彼らへ晒した。

 

 一隻の船が、壊されて止まった。

 

「《インパクト・チャージ》」

 

 しかし一人の女が、止まらなかった。

 

 塵となりゆく船体から飛び出したのは、【大冒険家】のフォリウム。

 

 〈Infinite Dendrogram〉は〈マスター〉の痛覚は消すが苦痛は消さない、恐怖も消さない。

 立ち上がるのに意思が必要という一点において、〈マスター〉はティアンと同じ条件になる。

 〈エンブリオ〉、精神保護、蘇生。あらゆる〈マスター〉の優位点はその一点においては助けにならない。

 しかして彼女は立ち上がった。

 

 彼女はその脚力(STR)をもって船体を蹴り、弾丸のように落ちてきた。

 拳を握り、振るうは怪腕、発動するは破壊。

 解放されるただ圧倒的なまでの爆発的エネルギー。

 

 確固たる覚悟の下、それは怪物に向けられた。

 

「《破城槌》ッ!」

 

 女は今、その心でもって拳を振るった。

 己を守る為ではない。獣を狩るためでもない。

 友を守るために。

 

 風に揺蕩う軟弱な意思はいらない。

 護るために戦う。この覚悟だけでいい。

 

 譲羽(ゆずりは)冒険家(フォリウム)の拳を握った。




《ブラッド・カース》
……【暗黒騎士】が保有するスキル。己の血を浴びせる事により相手に【呪縛】を与える。
《ブラッド・アレスト》
……【高位呪術師】が保有するスキル。己の血を【呪縛】とスキル封印効果を持った網に変える。
《カースド・ブラッド》(二次創作スキル)
……吸血鬼または【高位呪術師】が保有するスキル。己の血を相手に浴びせる事により相手に呪いを与える。与える呪いは自分で選択する。
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