愛は薄明の中に刹那   作:沖 一

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接続話 蠅のように群がり、煙のように纏わり付く。

□【夜興引(ヴェスパー)】ラディアラ・リベナリル

 

 ふと、微睡みから覚めた。テーブルに突っ伏して寝ていたようだ。

 まだ【スプリンガー】との死闘によるSPの消費と失血のせいで普段の疲労や眠気とは違っただるさが全身を包んでいる。

 そんな半分寝ぼけたような調子で回りを見渡すと、フォリウムの気配がまだ戻っていないことに気が付いた。

 

 遅い。遅すぎる。

 

 【スプリンガー】を倒した後、私達は館に戻り朝ごはんを摂った。

 準備は何もしていなかったからフォリウムが持っていた携行食を食べたが、なかなかに面白い味だった。フォリウム曰く必要な栄養素を全て摂れると言っていた。たまになら食べてもいいと思う。

 そして食べ終わった後にフォリウムは用を足しに行った。

 しかししばらく待っていてもフォリウムはまだ戻らず、少しの間目を閉じていようと思っていたらそのまま眠ってしまったのだった。

 

 窓から見える空からは私が寝ていたのが1時間以上だった事を示している。

 そんなに時間がかかるものだろうか、それとも余程お通じが悪いのだろうか……?

 

「フォリウム?」

 

 試しに呼び掛けてみたが返事はない。トイレのドアをノックしても、返事は無かった。

 訝しんだが、すぐに思い出した。

 この感覚には覚えがある。

 この前、フォリウムが『向こうに行ってくる』と言って私の前から姿を消した時と同じだ。

 

 あの時、私はフォリウムの再出現を全く予測できなかった。消えた時と同じぐらい、予兆なく現れた。

 フォリウムは自分以外は来れないと言っていた。しかし、あの時はとりあえず信じたが確証はまだ得てない。

 もし、あの転移手段でフォリウムが多くの仲間を連れてくる事ができたなら……。

 

 あぁ、自分が嫌になる。

 彼女は共に【スプリンガー】と戦ってくれたというのに、私はまだフォリウムを信じていないのだろうか。

 

 瞬間、気配が現れた。

 光の塵が現れたそこに、考えるよりも先に反射的に手が動いた。

 音速で振るった手刀はしかし、形をなしたフォリウムの寸前で止まった。

 

「わ、ぇ、うわ」

 

 出会い頭に向けられた殺気に、フォリウムが後退りながらへたりと座り込んで、ようやく私も手を収めた。

 

「お、おはよう、ラディアラ」

「説明を、してくれるんでしょうね」

 

□【大冒険家(グレイト・アドベンチャラー)】フォリウム

 

 こんなおっかないラディアラを見るのは初めてだった。

 ラディアラに殺気を向けられたのはつい数時間前にもあったが、思えばあの時のラディアラの表情は見ていなかった。

 殺気の強さで言えば、すぐに霧散した今回は前回と比べるべくもない。しかし、今回のラディアラは殺意こそないものの、納得できる説明を聞くまでは梃子でも動くまいと腕を組んで私を睨んでいた。

 美人が無表情で黙り込むと怖いとは言うが、目の前でされると本当におっかない。

 

 さっきまでごはんを食べていたのと同じ机、同じように向かい合わせ。なのにこの威圧感は玉座に鎮座した帝王の如く。そして私は王に無礼を働いた大罪人であった。

 

「えっと、つまりね。〈マスター〉にはここ以外とは別で暮らしてる世界と肉体があって、そっちの方の管理とか、しなきゃいけない事とがあって……」

「だからって急に消える事はないじゃない」

「一応、書き置きを残してたんだけど……」

 

 ラディアラの目がチラリと机の上を探って、私が残したメモを見つけた。

 字が読めないのかと思ったけれど、ため息を吐いたラディアラは、どうやら今ようやくそれに気づいたみたいだった。

 

「ラディアラを起こすのはよくないかなと思って……」

「……ようは、街での暮らしとかあるから、ずっとここにいられる訳じゃないってこと?」

「えっと、ちょっとちが――まぁ、はい、概ね合ってる」

 

 【尿意】と【空腹】のアラートがあったため、パパーッと済ませてきてしまおう。

 それがどれほど甘い考えであったかを私は思い知らされていた。

 爆速スパゲッティによる夕飯込みでログアウト時間は30分弱だったのだが、三倍で進むデンドロの時間はラディアラが寝て起きて私がいない状況に大いなる不安を与えるには十分すぎたらしい。

 これに関しては私の説明不足が原因で私に非があるため何も言えない。

 そこで、二度とこんな事が起こらないようにラディアラに正しい〈マスター〉の知識を伝えようと思ったのだが――

 

()()()()()()()()()()()()()があって」

「無茶苦茶よね」

「〈エンブリオ〉っていう()()()()()()()()()()()()()()()があって」

「人間版〈UBM〉じゃない」

「死んでも三日後に()()()()

「あんまりからかったら怒るわよ」

 

 この有様である。

 以前、一度だけ軽く説明した時と同じようにまるで信じていない。

 気持ちはわからないでもない。

 ティアンでも〈マスター〉の存在を都市伝説扱いしている人は結構いるらしい。なんでも不死性や『別の世界』とかいうのがうさん臭く感じるらしく、リアルで言うと『地球平面論者』ぐらいの割合で存在しているとか。

 むしろトム・キャットなどのごく一部を除いて〈マスター〉なんて世界史ぐらいでしか登場していないだろうに、こうも急増した〈マスター〉をよくもまぁティアンの人たちは当たり前のように接し、社会のシステムに組み込んでいるものだと思う。

 結局、『〈マスター〉とは人間の中での〈UBM〉とも言える存在で、私には〈マスター〉の国で【大冒険家】や【砕拳士】としての仕事があるので館を離れることがある』ぐらいの認識で落ち着いたらしい。それとログイン・ログアウトに関しては『〈マスター〉の国との行き来の手段には転移を用いるが、行ったことのない場所に行けるわけではない』という形で納得してもらえた。

 現実世界や〈マスター〉の特異性について完全には理解しきらなかったものの、ご機嫌斜めなラディアラに逐一説明できる雰囲気ではない。

 

 そんなことがあって、ラディアラのご機嫌取りの為に私はアイテムボックスの中に眠っていた抹茶と【どこでも茶室】を使ってお茶を点てていた。

 幸いにも天地由来であるはずのデンドロ茶道は現実のものに即していて抵抗なく茶を点てられている。

 ちゃんとお茶を点てるのなんて中学生以来だし、この【どこでも茶室】だってセールで買って以来初めて使ったのだけど意外と身体は覚えているものでそつなく点てられた。セット内容に茶碗とか入ってなかったらどうしよう、なんて考えていたのは秘密だ。

 

 茶筅で抹茶を混ぜる小気味よい音が静かな部屋を満たす。手を動かしながらちらりとラディアラを見やると、椅子に座ったまま感心半分、困惑半分の顔をしていた。

 あれだ、初めての抹茶体験で「私なんにもせずに座って眺めてるだけだけど、拍手とかしなくていいのかな」って考えてる外国人と同じ顔。

 

「……なに?」

「別に、なんでもないよ……こんなものかな」

 

 はい、と言って既にラディアラに出していた団子の横に茶碗を置く。

 お店で試飲試食した時は美味しかったけど、和の文化に馴染みがないラディアラの舌に合うのかどうか。

 

 しかし、不安を胸にラディアラを見つめる私をよそに、ラディアラはテーブルに置かれた茶碗に口をつけるどころかじっと見つめて動かない。

 

「えっと、お気に召さない?」

「いや……これは、お菓子をこの緑のに付けて食べればいいの?」

「え?いや、別々で……」

「匙はないの?」

「ないよ、紅茶と同じでそのまま口をつけて飲むの」

「こんなに器が大きいのに?」

「……うん」

「へぇ……」

「少し苦いと思うから、その時は団子食べてね。甘くておいしいよ」

 

 ラディアラは恐る恐るといった様子で両手で茶碗を持ち抹茶を一口飲み、少し顔をしかめながら茶碗を置いて団子をかじった。もぐもぐと咀嚼し、一言。

 

「クセになるわね」

 

「ほんと!?」

「えぇ、緑のは苦いけど、優しいから慣れればこれだけでもいけると思う。これなんて言うの?」

「抹茶だよ」

「マッチャ……あなたの分のマッチャは無いの?」

「うん、茶碗が一つしかなかったからね」

「そう、少しあげるわ。私だけが飲むのは少し申し訳ないから」

「別にいいのに」

 

 とは言いながらも自分の手前が気になるので一口もらう。うん、上出来。団子もおいしいし、これはいい買い物だったな。

 

「んー、やっぱりおいしいね。ラディアラも気に入ってくれたみたいでよかった」

 

 ほっとしてラディアラを見たのも束の間、ラディアラの表情が僅かに曇る。どうしたのだろうと思えば、ラディアラはぽつりと話しだした。

 

「ごめんなさい。あなたは戦ってくれたのに、それでも、まだ……」

 

 ラディアラの視線はテーブルの上に組んだ手に落ちている。

 

 ラディアラが【アルゴー】から降りる時に言っていた『過ぎる力は恐怖と凶行を招く』という言葉。

 彼女が送ってきた人生は知らない。それでも、この数日ラディアラと接する内に見えた彼女の恐怖の本質は、自分の生活が脅かされる事に対するものだろうとは分かっていた。

 超級職だとか吸血鬼だとかはラディアラのほんの一部に過ぎず、彼女はただこの館で静かに暮らしていたいだけの一人の人間だ。

 

「ラディアラが謝ることじゃないよ。ちゃんと説明してなかった私が悪い。今度、街で〈マスター〉について書かれた本でも買ってくるよ。もしかしたら抹茶もまた買えるかもしれない」

 

 努めて穏やかに語った私にラディアラは微笑んで、短く「ありがとう」と呟いた。ようやく彼女が笑顔を見せてくれた気がした。

 

「でも抹茶が手に入るかは運次第かな。アルターでもレジェンダリアでもほとんど見なかったから」

 

 ピクリと。それは気のせいだったかもしれないが、僅かにラディアラが身じろいだ。 

 

「……ねぇ、レジェンダリアってどんな所?」

「……おもしろい所だよ。建物も人も自然も、変なのがいっぱい」

 

 ()()

 妖精郷とも呼ばれるレジェンダリアには人間範疇生物だけでも多種多様な種族がいる。妖精、獣人、巨人族や小人族にエルフ。

 そして吸血鬼。

 

 フローが誰なのか、私はまだ知らない。その名前を聞いたのは、戦いに臨む前にロケットを握りしめながらラディアラが語っていたその時だけだ。

 フローが遺した館だと、言っていた。魔力で動く設備が多いこの館はレジェンダリアでよく見る技術だったはずだ。

 

 間違いなくレジェンダリアはフロー所縁の地だ。

 ラディアラがフローと出会ったのがレジェンダリアかアルターなのかは分からない。

 フローによって吸血鬼になったのか元から吸血鬼だったのかも分からない。

 どれほどの時間を一人で生きてきたのかも分からない。

 分からないことはまだたくさんある。それでもラディアラが自ら話さない限りは詮索はやめておこうと思った。

 きっとその物語は、ラディアラにとって軽々しく扱えるものではないだろうから。

 

 ◇

 

「――人は大体そんな感じかな。結論、外見より中身が変な人が多かったかな。見た目は奇抜だけど性能がいい家具とは真逆だね」

「ふぅん、じゃあ自然は?」

「うーん……アルターの森って素直じゃん?それをへそ曲がりにした感じ」

「……よく分からないのだけど」

「いや、本当にそんな感じなんだよ。全然雰囲気の違う木が仲良く乱立してたり、同じような見た目の木のくせに凄く低かったり高かったり、一つの木に三種類ぐらいの木のみが実ってたり」

「あまりそこでは暮らしたくないわね」

「同感。魔力濃度が高すぎるんだろうね、そのせいで〈アクシデントサークル〉がポンポン起きて冒険もやりづらかったよ。やっぱり【冒険家】の半分以上は神造ダンジョンにしか行かないし、他の人たちも神造ダンジョンメインの人がほとんど。その分外のマップは人が少なくて秘境感あったし、〈アクシデントサークル〉で行動制限されるのも面白かったし、逆にあえて突っ込むのもギャンブル的でワクワクしたんだけどね。でもある時モンスターの群れに追われちゃって、必死に逃げてたらその内アルターまで来ちゃってそのまま鞍替えしたんだ」

「聞く限りはとんだ魔境ね」

「でもそれだけ不安定な環境でも、外での狩りに拘ってる()()たちもいたんだよねぇ。何考えてるのかわかんないや」

 

 私の一言にラディアラが眉を顰め、やや逡巡してから、言った。

 

「…………冒険を楽しんでたあなたも同類じゃないの……?」

 

◇ ◆ ◇

 

■レジェンダリア北東部 国境付近山林

【???】アイス・ブレイカー

 

「クソッ!こいつどこまで――」

 

 ミサイルのように執拗に追尾する《ヒート・ジャベリン》が亜音速で逃げる仲間の喉を貫き、光の塵へと変えた。

 仲間はことごとく倒され、最後には満身創痍の俺だけが残った。

 

「……ちくしょう」

 

 今日は厄日だ。不測の事態ばかり起きやがる。

 

 一つ目はPKをしかけた〈マスター〉集団の中にティアンがいた事。いつも通りのPKのはずが、俺たちは指名手配されてしまった。

 二つ目はレジェンダリア逃亡の最中にクランと出会した事。アルターとの国境で狩りをしてるアホどもがいるなんて想定外だった。

 三つ目はそのアホどもがPKパーティである俺たちを返り討ちにしちまった事だ。

 

「いやいや、中々楽しめたよ。前衛が大きく欠けた状態で始まる戦闘なんて久々だったし、きっとみんなにもいい経験になった」

 

 膝をつく俺の前でそう言うのはアホどもの頭であろう優男だ。まだこいつ一人を狩るぐらいの余力はあるが、その瞬間に後ろに控えている奴らの一斉攻撃で俺は死ぬだろう。そうなればデスペナ明けの俺が立っているのは“監獄”の中だ。アカウントを一つしか持てないこのゲームで隔離サーバー行きなど冗談ではない。

 だが【出血】も激しいこの身体ではどうせ放っておいても死に至る。

 万事休すか。

 

 しかし、優男の行動は死を覚悟していた俺の予想を裏切るものだった。

 

「パッセンジャー、彼のHPを……そうだな、15%まで回復させてあげてくれ」

「了解」

「あぁ?なんのつもりだ?」

「少し話をしたいだけさ、アイス・ブレイカー」

 

 優男は俺の前にしゃがみこみ、目を合わせ言った。

 

「僕はスレッジ・ハンマー、このクランのオーナーでね。単刀直入にいこう、君を勧誘したい」

「はぁ?……てめぇらは討伐クランじゃねぇのか」

「その通り。そして君はPKだ、それも指名手配中。利用可能セーブポイントが無くなったからアルターを目指してる。違うかい?」

「何もかもお見通しってわけかよ……それで?討伐クラン一つPKし(殺し)損ねた俺をご所望か、よほど人材不足みたいだな」

「そう拗ねないでくれよ、君を買っての言葉には違いないんだ。実は僕たちの獲物が狩りの最中に()()()()()()()()しまってね、ちょうど越境するところだったのさ」

「はっ、それを手伝えとでも?『よかったな、渡りに船だ』『WIN-WINにいこう』とでもぬかす気か?」

「まさか、勧誘と言ったろう?きちんと報酬だって払うさ。ただ……逃げようなんて思わないでくれよ?せっかくの人材を失いたくはない」

 

 瞬間、右頬に燃え上がるような感覚。もし痛覚設定をオンにしていれば皮膚が焼かれるような痛みがあっただろう。だがそれは根性焼きなどではない。さっき、俺の仲間を追尾して殺した魔法は喉に付けられた刻印を貫いていた。おそらく、それと同じ追跡刻印が俺に刻まれている。

 

 どうやら、選択肢は無いらしい。

 

「……あぁ、いいぜ。乗ってやるよ」

「はは、ありがたいね。ようこそ、〈F(From)・Shaker〉へ。楽しいハンティングと行こうじゃないか」




 フォリウムが言及しているジョブの才能とは「特殊超級職を除く全てのジョブへの適正保証、レベル上限の保証、上級職二つと下級職六つの保証」の事です
 あくまでティアンとの差異を口語で説明してるため雑な表現になっていますが、この三つの要素が誤解なく伝わっているものとお考えください
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