ゲーム少年はぐんちゃんと遊びたい。   作:あおい安室

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略してビタチョコ作戦。
バレンタインということで急遽番外編として投稿します。
時系列的には防人組参加前を想定していますが、イベント内容には食い違いがあるかと。
いつかある日のとある花結い世界のバレンタイン、ということでよろしくお願いします。

……ゲーム要素ところどころに仕込んだネタしかない気がする。


いつかある日のとある思い出
オペレーション・ビターチョコレート


 僕 / 私は目の前にあった食べかけのチョコレートを見て──

 『苦いチョコレート作戦』はそのまますぎるので。

 

「これより、オペレーション・ビターチョコレートを開始する」

 

 そう、今日の思い出と共に作戦名を名付けた。

 

 

chapter0 : ビタチョコ作戦前夜

 

 

 バレンタインデー。聖ウァレンティヌスがこっそり結婚式を行ってどうのこうのとか色々と歴史的な背景がある記念日だけど、日本においては女性が男性にチョコレートを贈与する日としてすっかり定着してるわけで。西暦から長い年月が経った神世紀でもこれは変わっていない。

 

 

 そして、僕の通っている讃州中学には美人ぞろいの勇者部があるわけでしてー。当然バレンタインデーには大なり小なりイベント的な何かが起きるのです。今日はそんなお話。

 

 


 

chapter1 : 前・ゲーム少年のバレンタイン

 

 

 讃州中学はお菓子持ち込みの規則が緩い。お昼が弁当形式だからデザート枠で色々持ち込む人が多く、教職員での取り締まりが追い付かないからやむを得ず見逃してるとも聞く。

 

 なのでバレンタインデーの日は割と大惨事になる訳でして。

 

「うまっ! 去年よりも甘くなってて俺の好みだよ!」

 

「えへへ、ありがと。ちゃんと味わって食べてね?」

 

「……めっちゃ苦い」

 

「仕方ないでしょ。それ失敗作を義理に転用したやつだし」

 

「だったら持ってこないという選択肢ないのかよ? まあ食うけどさぁ……」

 

「……馬鹿」

 

 学校中でチョコの受け渡しが起きてるのはいい。恋人とかそういうのがいない人からしたら目に毒かもしれないけど、まだいい。問題は昼休みにチョコを食べる人が多すぎる! 教室の中がおかげで甘ったるい匂いまみれで弁当の味も心なしかチョコ風味である。地獄である。

 

「これなんて恋愛ゲームか」

 

 ため息は吐かない。吐いたらチョコ風味の空気を吸い込んで気分が悪くなりそうだし。そっと席を立って換気扇を回し、窓を少し開けて換気を始める。席に戻るとチョコを抱えた女の子が一人。

 

 そう、地獄はもう一つあるのだ。

 

「ねえ、高橋くん。若葉様がどこにいるのか知らない?」

 

「乃木さん? 今日は勇者部の活動で体育館にいるとか聞いたけど」

 

「体育館かぁ……ちょっと時間ないかなぁ。じゃあチョコ預かってもらってもいい?」

 

「それ横にかけてる袋見て言ってるでしょ」

 

「テヘヘ、バレた?」

 

 それじゃあよろしくねー。そういってまた一人女の子が袋にチョコを入れる。

 袋にギッチリ詰まったチョコの宛て先は全て隣の席の乃木若葉さんである。本来は女の子が男の子にチョコを渡す日だけど、乃木さんは男の僕から見てもすごくイケメンというか、カッコいい。ゲームの主人公みたいな乃木さんは女の子にもモテモテでチョコもどっさりもらっているのだ。

 

 あまりにも量が多いので、教室に届いた乃木さん宛てのチョコは僕が受け取り係になっていた。う、羨ましくなんかない! ……いや、嘘だけど。ちょっと羨ましい。

 

 どうしてこうなったのか。ここで時計の針を前日に巻き戻してみよう。

 

 


 

 

「──ですので、当日はこのような状況が想定されます」

 

「そんな大げさな、と笑えないのが乃木さんの恐ろしいところである」

 

「わかってくれますか! 部長の風さんに相談しても大げさだ、と笑われたんですよね。若葉ちゃんがカッコいい事が周知されるのは喜ばしいのですがこのような状況を招くとは……迂闊でした」

 

 放課後午後六時、教室で待っていてください。讃州中学でも屈指の美少女である上里ひなたさんに呼び出されたとなれば胸が高鳴らない男の子はいないだろう。もっとも僕の場合は乃木さんラブな上里さんを知ってるから「ああー、そういうことね」となるのだが。

 

「それを僕にいうということは何か手伝ってくれっていうことかな」

 

「はい。恥ずかしながら、私と若葉ちゃんは讃州中学に転校する前は生徒数が少ない学校でして。何か対策を練ろうにも経験が足りないので、何かアイデアをもらえないかと」

 

「気持ちは嬉しいんだけど……正直に言ってもいい?」

 

「どうぞ」

 

「チョコもらった相手が家族と実家の従業員のおばちゃんしかいない人に聞くのは人選ミスだよ」

 

「えっ? あ、ああー……ごめんなさい。本当にごめんなさい」

 

 一拍置いてからの状況理解、地味なクリティカルヒットです。

 

「でも恋愛ゲームでバレンタイン回避みたいなのはなくはないかな。チョコがもらえそうな場所を避けて行動するとか、友人と一緒に行動して渡されにくい状況を作るとかどうだろう」

 

「ふむふむ。例えば教室や廊下といった人通りが多い場所を避けつつ、私と若葉ちゃんが仲良くしていれば渡しにくい、と。参考になるアイデアありがとうございます」

 

 そこまでは言ってないけど間違ってないのが何とも言えない……! もしも上里さんと乃木さんが一緒にいる状況でチョコ渡すことができたら間違いなく勇者だろう。

 

「ただ一つ気になることがあるのですが。どうしてチョコをもらわない方法を知ってるんです?」

 

「……恋愛ゲームでね。何人かの女の子と関係を持ってる状況でバレンタインイベントを迎えると女の子同士が鉢合わせして大惨事になるんだよ。爆弾大爆発って感じ」

 

「高橋さん。私を狙うのは別にいいですけど、若葉ちゃんとの両取りは絶対許しませんしそうなったら私がどんな手を使ってでも止めますよ。第一私からあなたへの好感度は友達止まりです」

 

「風評被害どころかとどめ刺された!? やってみればわかるけど、大体の恋愛ゲームって最初の方で何人かの女の子と友達関係になるからバレンタインが修羅場になることがあるんだって!」

 

「本当ですか? 嘘をついてたら針千本飲んでもらいますよ?」

 

 か、勘違いが酷い……! どうした物かと頭を抱えていると、救いの手が差し伸べられた。

 

「落ち着け、ひなた。高橋はそんな奴じゃないことはわかっているだろうに」

 

「わ、若葉ちゃん!? 聞いていたんですか!?」

 

「教室に忘れ物したから戻ってきてみれば二人が話し合っていたからな。と言っても最後の方しか聞いていないが、大体はわかった。明日のことで相談していたんだろう?」

 

 わたわたと慌てる上里さんに、やれやれと肩を落とす乃木さん。

 

「私のことですまないな、高橋。いつも迷惑をかける」

 

「ゲームの面子が足りないときに時々遊んでくれますし。これくらいは、ね」

 

「ふふっ、そう言ってくれると助かる。ああ、そうだ。少し早いがいるか?」

 

 乃木さんがポケットから小さな包みを取り出す。中身は──

 

「チョ、チョコクッキー……はっ!? ま、まさか若葉ちゃんは高橋くんを狙ってるんですか!?」

 

「だから落ち着け。これは風さんや杏の意見を聞きながら作ったのだが、あまり料理をしないから自信がなくてな。誰かに味見してもらおうと思って持ってきたんだが、良かったらどうだ?」

 

「なるほど、それで僕の意見を聞いて本命の味をグレードアップする、と」

 

 本命。上里さんを指さす。思わず両手を頬に当てる上里さん。

 

「そういうことになる……な。すまない、ひなた。本当なら何を渡すのか当日まで隠しておきたかったんだが、状況を見かねてつい割り込んでしまった」

 

「は、はううっ……! 私が色々早とちりしてしまって申し訳ありません……!」

 

 上里さんの両手が目元までスライド。顔を隠してへたれこんだ。僕、よくゲームやるから知ってる。顔が真っ赤で隠してるやつだ。

 

「それに、高橋が本当にチョコをもらいたい相手は私じゃないだろう?」

 

 優しく微笑みながら乃木さんは問いかけてきた。少し照れくさくて頬が熱くなるのを感じた。

 

「……クッキーまでもらったのになんかごめん、乃木さん」

 

「気にするな。こういうのは友チョコというのだろう? これからもよろしく頼む。さて、家庭科室に戻って本命を作るか。メールでいいから今日中に感想を送ってくれると助かる。では」

 

 ひらひらと手を振って乃木さんは教室から立ち去る。それを見届けた僕は目元を手で押さえながら呟いた。

 

「……やっぱり僕の好きな人に気づいてたんだ。乃木さんがモテるのはそういうところだよ」

 

「そういうところ……ですよねぇ。高橋さんに関してはわかりやすいのもありますけど」

 

「わかりやすいのかぁ……」

 

「乗り換えちゃだめですよ。若葉ちゃんにも相手にも失礼です」

 

「もちろん。まあ、もらえるかどうかはまだわかりませんけどね」

 

「もらえますとも。私が高橋さんと若葉ちゃんを比べると男性としての魅力は負けますけど、間違いなく悪い男ではないのは確かです。あまり交友関係がない私でこの評価ですからきっと──」

 

 あなたの想う人にとっては、あなたはもっといい男であるはずですよ。

 

 恋愛的な好意を向けられているわけじゃない。ただの友人としての励ましの言葉だ。それでも今の上里さんの笑顔が綺麗じゃない、って言ったら嘘になる。それだけは言っておこう。

 

 

 ……ただ、邪な物であるとは思うけど。

 

 

「視線が乃木さんからもらったクッキーに向いてなかったら良かったのにね」

 

「あっ……えっと、その。若葉ちゃんが練習で作ったクッキーとはいえ気になりまして。一枚くれたら、後で私が作った失敗作でよければ友チョコとしてあげますので……どうです?」

 

 一枚あげた。チョコが欲しかったんじゃない。上里さん好みのクッキーを作るための情報収集だから仕方ないんだ……本当だよ? 嘘じゃないよ? こういうのは仕方ないよね? 

 

 

 余談ではあるけど、試作チョコクッキーの味は上里さんの好みにドストライク。「このままで十分私好みです、流石若葉ちゃん!」と喜ぶ上里さんを乃木さんにそれとなく伝えた。「ひなたが食べた分だ、大切に食べてくれ」と言って後日もう一枚くれた。乃木さん……そういうところだよ。

 

 

 

 さて、昨日のことに思考を巡らせているとあっという間に昼休みが終わった。

 

 郡さんにはまだ、出会っていない。

 

 


 

chapter1.5 : 前・ゲーム少女のバレンタイン

 

 

「乃木さん……! それに上里さんまで……!?」

 

 


 

chapter2 : 後・ゲーム少年のバレンタイン

 

 

「セカンドラブ?」

 

「セカンドラブ」

 

「……セカンド、ラブ?」

 

「セカンドラーブ!」

 

 放課後の教室。高嶋さんが発したセカンドラブという言葉に首をかしげていると、高嶋さんが言い返してきた。愛の大渋滞である。言い返してくれる高嶋さんは可愛いけど一体何だこれは。

 

「園ちゃんの提案で本命の人に一つ、それ以外の人にもう一つチョコを渡すっていう企画だよ」

 

「なるほど、それでセカンドラブ。今日は勇者部の人がやたらと学校走り回ったりしてたのを見たけどそういうことね」

 

「うん。タマちゃんがアンちゃんにあげるチョコ作り失敗しちゃったり、棗さんがチョコを渡す時がすっごく面白かったり……とにかくいっぱい楽しかったよ! 高橋くんも来年やらない?」

 

「高嶋さん、ボク、オトコ。チョコはもらう方だよ」

 

「あっ、そうだった」

 

 勇者部は女の子しかいないから高嶋さんの感覚が麻痺してる可能性がありうる。

 

「チョコ作りは大変だったけど、みんなでワイワイ楽しむバレンタインデーって私初めてだったんだ。きっと一生の思い出になる気がする!」

 

「来年はもっと楽しいことになるんじゃないかな? 勇者部ってどんどん部員が増えてるし、来年はもっと大騒ぎなハッピーバレンタイン間違いなし。その時は何があったか聞かせてね」

 

「アハハ、確かにそんな気がするよ。来年のバレンタインも楽しみにしててね」

 

 チョコじゃなくて女の子からのお話を楽しみにするバレンタイン、っていうのも奇妙な話だけどね。口には出さず、内心苦笑しつつそろそろ帰る準備を始めると──机の上に茶色い四角の箱が。

 

「……あれ? チョコ? いつの間に?」

 

「ふふふっ……話に夢中になってる間にこっそりおいてみました! 東郷さんってマジックが結構得意だから、視線を誘導するテクニックを教えてもらったんだ。驚いた?」

 

「驚くよ、驚く。てかセカンドラブはどうしたの?」

 

「あれは勇者部の中でのルールだから、高橋くんにあげるのは別にいいかなーって」

 

 なるほど。そういうことなら大丈夫……なんだけど。これ、何チョコだろう? 友だよね? 昨日の一件があったから色々と自分の中でそういう疑惑がある。難しい顔をしていると、高嶋さんがわたわたと慌てて弁明し始めた。

 

「と、友チョコ! 友チョコだよ!? 高橋くんに本命チョコ作っちゃったら高橋くんに失礼だし!」

 

「事実だし悪意ゼロなのはわかってるんだけどすごく心に刺さる……!」

 

 失礼なのはわかるんだけど目の前で箱を開けて甘いチョコで傷を癒したい気分である。

 

「高橋くんはこの学校でできた大切な友達だよ。ぐんちゃんと一緒にゲームで遊んだりお出かけするだけじゃなくて私もお世話になったからね。これからも一緒に遊びたいんだけど……いいかな?」

 

「む、むううっ……こちらこそこれからもよろしく。なんだけど、そう言われて断ったら僕が悪い人みたいだよ。小悪魔高嶋さんめ」

 

「えへへー。たまにはちょっと私からも高橋くんからかってみたくなっちゃったからつい」

 

 無邪気に笑う高嶋さん。こういう優しい女の子だからどこか冷たい雰囲気の郡さんを溶かしているんだろうなぁ。僕にはできないことだから尊敬してる。

 

「とにかく。後でチョコは家に帰って美味しくいただくよ。中身はどんなチョコ?」

 

「トリュフチョコだよ。ピックで刺して食べれるからゲーム中でも邪魔にならないしいいかなーって。ぐんちゃんにもあげたけど、大喜びだったよ」

 

「ほほう。確かに郡さんが喜びそうなチョコだ。楽しみにしてるよ」

 

「後で感想聞かせてね。そういえば──」

 

 

「ぐんちゃんからチョコはもらったの?」

 

 

 ……もらって、ないです。

 

 


 

chapter2.5 : 後・ゲーム少女のバレンタイン

 

 

「──高嶋、さん」

 

 


 

 

chapter3 : 終・ゲーム少女のバレンタイン

 

 郡千景という少女にとって高橋くんという少年はゲームの遊び相手である。それ以上、それ以下でもないのは事実である。内心的に言うと友人以外の何物ではない。恋人関係ではないし、今のところ彼女もそう言った関係を求めるつもりはない。多分、これからも。高橋くんは泣いていい。

 

 

 それでも。まあ、それでも。

 

「手作り……は無理だし。市販品だけど、高嶋さんは喜んでくれるかしら」

 

 大好きな高嶋さん宛てのチョコを買うついでに。

 

「……二個買うと、安いみたいだし。ついでよ、ついで」

 

 一緒に彼へのチョコを購入するくらいの感情はある。

 どうせあの人はチョコをもらえないだろうし、と心配する感情はあったのだ。

 

 

 

「当日渡して変な勘違いされたら困るし。前日に渡しておくのがいいわね」

 

 バレンタイン前日。色々と忙しくて時間ができたのは放課後。チョコをもらってなさそうな彼がもらったらどんな顔をするかしら、などと考えながら彼の教室へと向かって。偶然聞いてしまった。見てしまった。自分にとって信じがたい光景。

 

「──メールでいいから今日中に感想を送ってくれると助かる」

 

 微笑みを浮かべながら、彼の教室から出てくる乃木若葉。まさか。いや、そんな。

 

「──チョコとしてあげますので……どうです?」

 

 覗き込んだ教室には案の定、彼の姿。そして恥ずかしそうにチョコの話をしている上里ひなた。上里ひなたは乃木若葉に並々ならぬ感情を抱いている。高橋くんは二人とそういう関係でないということは知っている。知っているけれど。目の前の光景を正常に認識できなくて。

 

 逃げ出した。私以外にもチョコをあげる人がいたなんて。よりにもよって、あの二人だなんて。

 

 これは夢だ。元々この世界がそういう世界だということは知っている。そういうこともあるかもしれない。いや。ありえない。だけど私が目にしたのは二人が──困惑しながらも、何とか表情を普段通りに繕って勇者部の皆には動揺を隠しきることができた。出来たはずだと思いたい。

 

 荒ぶる感情を押し殺してベッドの中で無理矢理眠ろうとした。普段通りに眠れたのは奇跡だ。

 

 そしてバレンタイン当日。乃木若葉の子孫である乃木園子主導のセカンドラブとかいう企画も騒ぎがあったり高嶋さんへ思いを伝えられなかったりと散々ではあったが何とか終わった。

 

 昨日のアレは夢だった。そうに違いない。

 

 最近ゲームの周回で忙しくて徹夜気味だったし寝ぼけて変な光景を見たのよ。そう、そうでなければあの人が二人からチョコをもらうなんてありえないじゃないか。

 楽観的に考えて、放課後にチョコを渡そうとして──ありえない光景をまた見てしまった。彼の机の横にはチョコでパンパンになった袋。あんな量のチョコを彼はもらっていたというのか。

 

 そして、彼の目の前にいるのは高嶋さん。机の上には、チョコ。

 

「あれは勇者部の中でのルールだから、高橋くんにあげるのは別にいいかなーって」

 

 あの高嶋さんまでチョコをあげていた。しかも勇者部のルールを、セカンドラブを破ってまで作ったチョコをあげていた。それが意味するのは、高嶋さんにとって高橋くんは特別な存在であるということで。郡千景にとって──受け入れ、受け入れ、受け入れ──ッ!! 

 

「──あ、ああっ」

 

 郡千景は、逃げ出した。目の前にあったのは魔王よりも手強い景色だったけれど、ここはゲームじゃない。現実の世界だから。逃げ出すのはたやすかった。

 

 この世界に来てからも自分のゲーム趣味は止まるところを知らなくて。アクションにシューティング、RPGやローグライク等いろいろなゲームに手を出した。その中には恋愛要素も含まれてるゲームもあるわけで男女のそういうシーンを見たことがあって。

 高嶋さんもいつか男の人に恋をして。私の手の届くところからいなくなってしまうんじゃないかと不安になったことがあった。それはないだろうと思っていたけど。

 

「あの、二人が、そんな関係に……?」

 

 ありえなくはないのかもしれない。高嶋さんの男性との交友関係は正直言ってあまりない。一番仲がいいのは間違いなく高橋くんだ。そういう相手に選ぶ可能性だって──

 

「──うっ」

 

 めまいがした。ありえるかもしれない未来を考えただけなのに。

 

 足の力が入らない。ありえるかもしれない未来を考えただけなのに。

 

 吐き気が襲ってくる。ありえるかもしれない未来を考えただけなのに。

 

ありえるかもしれない未来を考えただけなのに。ありえるかもしれない未来を考えただけなのに。

 

 

 そこに郡千景がいない幸せな未来があると、考えただけなのに。

 

 

 その未来は郡千景という少女にとって受け入れられない絶望的な未来で。 頭が痛む。目の前が真っ暗になりそうで。怖くて。怖くて。全てが終わってしまいそうな気がして。頬に床の冷たい感触があって。いつの間にか床に倒れながらも、かすかに動く口を動かして。

 

 

「ま、っ、て──」

 

 

 私を、置いて行かないで。

 

 

 

 その声を聴いたのは、彼女が想いを寄せる少女ではなく。

 

 

「──郡さん!?」

 

 

 彼女に想いを寄せる少年だった。

 

 


 

chapter4 : 終・ゲーム少年のバレンタイン

 

 

 廊下で倒れていた郡さんを見つけてから一時間近く経とうとしていた。

 

「高嶋さん、助けて! 郡さんが、郡さんが!」

 

 慌てて高嶋さんを呼ぶも、高嶋さんも慌ててしまい。

 

「あ、あわわわっ! えーっと、こういう時は困ったら相談、相談……!」

 

 咄嗟に勇者部の皆へ連絡したらしく、学校に残っていた勇者部部員が全員集合して女の子まみれになって僕が逆に慌てたりとてんてこ舞いで。学校の保健室へ郡さんを搬送し、乃木さんが手配したという大赦の医務官という人の診察によると。

 

「疲労ですね」

 

「「「疲労?」」」

 

 何か病気じゃないかと心配していた僕らに医務官が継げた症名に拍子抜け。

 

「はい。多分寝不足とかそういう方向の疲労じゃないかと。何か心当たりは?」

 

「そうは言ってもなぁ……ひなた、何か知ってるか」

 

「すみません。ここ最近はバレンタインの対処で心ここにあらずでして……」

 

「ぐんちゃん、どうしちゃったんだろう……」

 

「……ああー……」

 

「オイ、高橋。オマエなんでそこで目をそらした? タマに白状しろ」

 

「明らかに怪しいねぇ。まさか千景に何か悪いことしたの?」

 

「……最近郡さんが周回の人手が足りないとか言ってくるからよく深夜ゲームしてた」

 

「これは……どっちが悪いんだ、須美」

 

「どっちも有罪です! 少しは反省してください!」

 

 ごめんなさい。それから30分程鷲尾さんに叱られるも郡さんが目覚める気配はなくて。なんとなく、不安になった僕は親に帰るのが遅くなると連絡して郡さんが目覚めるのを待っている。勇者部の人達は夕食の準備やお風呂やらで皆いなくなって、保健室には僕と郡さんの二人っきり。

 

 

 好きな人と。想いを寄せる人と二人っきり。本当なら心躍るシチュエーションだけど。

 

 

「喜べるわけ、ないよ……」

 

 郡さんは少し苦しそうな表情で今も眠っている。薬が効いているのでもう少ししたら目覚めるとは医務官の人は言っていたけれど不安だ。もしかすると死んでいるんじゃないかと、不安になる。

 

「……昔やった恋愛ゲームでこういうの、あったっけ」

 

 攻略対象を一人に絞ったら、選ばなかったヒロインが命を落とすシチュエーション。あれは確か未来を変えると二人のヒロインのどちらかが死ぬとかそんな設定だった記憶がある。

 

「二人とも生き残るルートが本当に厳しくて主人公が凄く苦しんでたっけなぁ。あの主人公ほどじゃないけど、今の僕も……いや、比べたらそもそもダメか」

 

 僕は主人公だ、なんて言えるような人じゃないのは自分がよくわかってる。

 

 

「──僕が、チョコをもらったからこんなことになったのかな」

 

 

 力なく彼が呟いた言葉を郡千景は聞いていた。

 

 


 

chapter5 : ゲーム少年はぐんちゃんのチョコが欲しい

 

 

 ──そうよ、あなたがチョコをもらうからこうなったのよ……! 

 

 少し前から意識は戻っていたけれど、目覚めるに目覚められなかった。恥ずかしいというのもあったけれど、傍に自分を困らせた存在がいるのが一番の理由だ。

 

 彼のことを考えると胸の奥がどこか冷たくなる気がして。

 憎くて、でも、それを言いだす勇気がなくて。苦しくて。動けない。

 

「僕っていつもこうだ。何か運がいいことあると大抵揺り戻しでいつか悪いことが起きる」

 

 運がいい事。自分にとってそれは高嶋さんと出会えたことだ。それを思えばかつての自分が経験した苦しい生活や刻み込まれた痛みもどこかへ忘れられそうな気がした。だけど、それが奪われそうな気がして。ああそうだ、だから私は不安で仕方なくて倒れたのだったか。

 

「実家のゲームセンターが閉店したのはすごく運が悪い事だったけど、郡さんと出会ったことはそれを打ち消すくらいに運がいいことだったから忘れてたっけなぁ」

 

 あなた、高嶋くんと出会ったことは……いい事ではあったはずだ。少なくとも一緒にゲームするのは楽しかったし、二人プレイじゃなくて三人プレイや四人プレイのゲームをするきっかけにもなった。だけど、今は悪いことだと──言い切れ、なかった。

 

 意識を失うきっかけとなったのは彼だ。

 

 だけど、彼と一緒に遊んだことまでもが悪いことだと。思い出を否定するようなことは郡千景にはできなくて。良くも悪くも決断できない自分が恨めしかった。

 

「で、今日はこれだ」

 

 そう、今日はこれだ。

 

「チョコがもらえるかなーと期待してたら」

 

 チョコが渡せるかな、と考えていたけど。

 

「全然もらえなくて。本当に欲しいチョコはもらえなかったし」

 

 全然渡せなく──は? 今何を言ったこの男。

 

「挙句の果てには郡さんが倒れちゃうし……」

 

 高橋くん。あなた、あれだけのチョコをもらって全然だと? それに高嶋さんからもらったチョコは本当に欲しいチョコじゃないの? 高嶋さんからもらえたのにそれはありえない。

 

「友チョコだけとはいえこんなにもらえたから罰が当たったのかな」

 

 ──友、チョコ? 

 

「……どういう、意味よ」

 

「……郡さん?」

 

「どういう、意味か! 言ってみなさいよ!!」

 

 薬でけだるい体を無理やり起こす。ベッドの傍で見つめていた彼を視界にとらえるとそのまま胸ぐらをつかんだ。勇者由来の身体能力が思わぬところで役に立った。

 

「えと、あのー……郡さん? なんの、意味を?」

 

「あれだけのチョコをもらったのに全然とか言って、その上友チョコしかもらってないとかどういう意味よ! 高嶋さんだけじゃない、乃木さんと上里さんからもらったのにそれを言うの!?」

 

「あ、あれだけ……? ああ、机の横の? あれ全部乃木さん宛てなんだけど。僕がもらったのは乃木さん、上里さん、高嶋さんで三つだけだよ」

 

「──は?」

 

「つ、冷たい目だぁ。嘘じゃないって! なんだったら二人にもちゃんと聞いてみてよ! 大体乃木さん関係で嘘をついたら僕が嘘をついたら上里さんに殺されるし!」

 

 上里さんへの怯え方がおかしいが、それに関しては同意する。

 

「そうね……まあ、そういうことにしましょう。じゃあ高嶋さんのチョコはなんだったのよ」

 

「普段郡さんと一緒に遊んだりしてるから、そのお礼な感じ?」

 

 私と一緒に遊んでいるから、そのお礼。高嶋さんなら、十分ありうる。友チョコである。

 

「こ、郡さん? あのー、乃木さんと上里さんについては聞かないの?」

 

 乃木さんと上里さんは十中八九乃木さん宛てのチョコ受け取りに関するお礼とかそういう路線だろう。二人とも友チョコである……なんだ。私が逃げ出す必要なんて何もないじゃないか。心配する必要もなし。というか、どうして逃げ出した? 

 

 そもそも友チョコだというなら私のチョコもそう言えるじゃないか。

 

 ──前日か、当日。どちらかに割り込んで普通に渡せばよかったのでは? 

 

 冷静になった思考が導き出した単純な結論に顔が赤くなるのを感じた。

 

「……郡さん?」

 

「うるさい馬鹿! セーブデータ消えるとか痛い目見てしまえ!」

 

「え、ええええっ……?」

 

 理不尽な怒りだということはわかっている! わかっているけど、そうでもしなければやってられない。これじゃあ私一人が醜態を見せただけじゃないか! 恥ずかしいにもほどがある! 

 

「な、なんか心配して損した気分……」

 

「ええそうでしょうね。ええそうでしょうね。人を困らせておいてあなたはそれだものね」

 

「理不尽郡さんだぁ……チョコもらえないかなー、って放課後ぶらついてたのが間違いだったか」

 

「チョコ欲しくて放課後も学校にいたの? まさか、それで倒れた私を見つけたんじゃ……」

 

「……はい」

 

「呆れた。あなたのこと少しでも心配したのは間違いだったかしら」

 

「なんか、ごめん。郡さんにまだ会ってないから、もし会えたらチョコくれたりしないかなー、って思っててついぶらついてた」

 

 へえー、そう……ん? 私にまだ会ってない。その言葉が少し気になって。

 

「それってもしかして……私からのチョコが欲しかったの?」

 

「──えっ?」

 

「えっ、って何よその反応。欲しかったか欲しくなかったか聞いてるんだけど」

 

 そう尋ねると彼は顔を赤めてそっぽを向いた。まるで、私に好意があるかのような反応に戸惑う。彼の言葉が脳裏に浮かぶ。

 

『本当に欲しいチョコはもらえなかったし』

 

 ……まさか? 彼が、本当に欲しかったチョコとは。私からの、チョコ? 

 

 ありえない。ありえるはずがない。

 

 こんな私に好意を持つ人が、いるはずがない。高嶋さんならわかるけど、あなたが私のチョコを楽しみに待っているはずが……!! どう返した物かと戸惑っていると。

 

「えと、その。普段チョコもらったことないから、郡さんなら義理でもくれるんじゃないかなー、って期待してました。郡さんがチョコをくれるのなら欲しいです、はい」

 

 ──あ、やっぱりそういうこと? 彼がまるで言い訳のように呟いた答えに肩を落とす。そうね。やっぱりあなたはそういう人だもの。でも、そういうあなただから。

 

「ふふっ」

 

 私は思わず笑った。そういうあなたの方が。私もやりやすい。あなたと、接しやすい。

 

「ええっ?」

 

「ごめんなさい。あなたが私のチョコを欲しがる姿を想像したらどこかおかしくて、つい、ね」

 

「えええー……」

 

 戸惑う彼を見て、笑う。笑ってしまう。彼は相変わらず戸惑っていたけれど、どこか嬉しそうだった。笑い声は大きくならない。私の小さな笑い声にいつの間にか彼の笑い声が重なっていた。

 

 

「それで、チョコが欲しいのよね。なら少し付き合ってもらうわよ」

 

「了解。何に付き合えばいいのかな?」

 

「チョコ探し」

 

「……はい?」

 

 


 

Last chapter : オペレーション・ビターチョコレート

 

 

「──あった! これよ!」

 

「見つかったか! 高嶋さん、勇者部のみんなに連絡お願い」

 

「任せて。ぐんちゃんのチョコ、見つかったよー……送信!」

 

 寄宿舎に住んでいる勇者部総出で夜の学校を懐中電灯片手にチョコ探し。なんでも僕に送る用のチョコを学校のどこかに落としてしまったのだとか。付き合ってほしい事というのはそういうことでした。流石にこの時間で探すのは手間がかかるので、勇者部に相談したら協力してくれた。

 本当に助かった。勇者部にはなせば大抵なんとかなる、っていう言葉があるそうだけどきっと皆が力を合わせればなんとかなる……そういうことなんじゃないか、って思えた。

 

「なあ、千景……このチョコは違うのか?」

 

「違うわね、私のじゃないわ。というか数が多すぎよ。どこで見つけたの?」

 

「知らない生徒の靴箱の中にあったみたいっス。何個も出て来るんでアタシも驚きですよ」

 

「きっと受取人が気付かずに帰ってしまったのか、帰った後に入れられた悲しいチョコじゃないかな。たまに失恋物の作品でこういうことがあるんよ……」

 

「悲しい結末だにゃぁ……チョコも送った人も報われないね」

 

「そういうチョコが出てきたら、一旦寄宿舎の冷蔵庫で保管しよう。このまま痛むよりはきっといいはずだよ」

 

「えっ、食べちゃダメなのか?」

 

「タマっち先輩、流石にそれは罰が当たるよ……」

 

 勇者部の人々がワイワイ騒ぎながら寄宿舎へ向かっていく。それを後ろから見ていると、そんなことを思ったのだ。いろんなゲームの勇者たちと比べても勇者部の皆は本当に頼りになる。

 

「はい、これ」

 

「ん?」

 

「ん? じゃないわよ。これ、あなたにあげるチョコだって言ってたじゃない」

 

 そういえばそうだった。

 

「どうせあなたはチョコをもらえないと思って買ってみたけど、結局あなたは高嶋さんだけじゃなくて乃木さんと上里さんからもチョコもらってるし。市販品だから味はそんなに良くないわよ」

 

「そうかなぁ……」

 

「そうよ。他の人達はみんな手作りだし、味も劣ってるから一番最初に食べてくれる?」

 

 そういう物かなぁ。悩んでいると、ひょこっと僕らの間に高嶋さんが現れた。

 

「ぐんちゃん。市販品でも誰かのためを思ってもらえたチョコ、っていうだけで特別なんだよ?」

 

「高嶋さん……そうは言うけど、高嶋さんのチョコは実際私のよりもずっと美味しかったのよ」

 

「ぐんちゃんにとっては、でしょ? 私は自分が作ったチョコよりぐんちゃんがくれたチョコの方が好きだよ」

 

「……はうっ」

 

「あちゃー、郡さんがノックアウトされてる……」

 

「私はぐんちゃんのことがあって、若葉ちゃんとヒナちゃんは頼み事があってあげたチョコだし。高橋くんがもらったチョコの中で高橋くんのことだけを思ってもらえたチョコはぐんちゃんのチョコだけだよ。だから高橋くんにとって一番おいしいチョコはぐんちゃん……あれ、どうしたの?」

 

 なんでもないです。高嶋さんにノックアウトされただけです。首をかしげる高嶋さんから目をそらすと、郡さんと目が合った。暗い闇の中で助かった。絶対お互い顔真っ赤だよ、これは。

 

「友奈ー、そろそろ寄宿舎につくけど鍵お前が持ってないか?」

 

「わっ、ごめん!」

 

 慌てて隊列の先頭へ向かう高嶋さんを見送ると、ふと、郡さんが声をかけてきた。

 

「ねえ、高橋くん。一つ聞いてもいいかしら」

 

「何でもどうぞー」

 

「ありがとう。私、実は倒れる前に怖い夢を見たのよ。あなたと高嶋さんが、二人でどこかに行ってしまう夢。私を置いてどこか遠いところに行ってしまって、私が一人取り残される夢を見たわ」

 

「それは……怖いね。僕もそういうのはすごく嫌だ」

 

「ええ。だから聞きたいの」

 

 あなたは、私を置いて行かないでくれますか? 

 

 郡さんのどこか願い事をするかのような問いに、「大丈夫、ずっとそばにいるよ」なんて答えられたらカッコいいんだろうけど。僕はあいにくとそんな人にはなれないから、素直に答える。

 

「多分僕には無理かなぁ。ごめん」

 

「そう……そう、なのね」

 

「というか、絶対郡さんが僕を置いて行く方が先だよ」

 

「……えっ?」

 

「たまにだけどさ、郡さんを見てるとすごく遠いな、って気がするんだ。目を離したらいつの間にかどこかに行っちゃいそうな気がして怖くなることがある。だからさ、その──」

 

 むしろ郡さんの方が僕を置いて行ってほしくないかな、なんて。

 

 頭をかきながら、恥ずかしさに打ち勝って口にすると。郡さんが空いている方の手を握った。

 

「へ、あ、あの? 郡、さん?」

 

 冷たい手の感触に戸惑っていると、耳元で囁かれた。

 

「大丈夫。絶対に私からあなたを置いて行ったりしない」

 

「あっ……」

 

「置いて行ったとしてもいつか絶対に戻ってくる。約束するわ」

 

「……郡、さん」

 

「……返事、早く聞かせてほしいんだけど」

 

 

 ――はい

 

 

 友奈さんが寄宿舎の鍵を開けたという声が聞こえる。この後すぐに僕は自分の家に帰らないといけないのはわかってる。だけど、今だけは。

 

 郡さんの手を握って、郡さんが微笑んでくれてる、今だけは。

 永遠に続いてほしいと願ったのは悪い事だろうか。

 

 

 

「ビュオオォォゥー。これは是非ともメモを……」

 

「ダメだ、乃木。流石にこれは許さんぞ」

 

「ですね、ダメですよ、園子ちゃん。メッ、です」

 

「ひええー、ご先祖様たちが怖い……」

 

 


 

 

 家に帰ると、お母さんが待っていた。こんなに夜遅くに帰ったのは初めてだから怒られるかと思ったけど、どこか事情を察してくれてるようでそんなには言われなかった。後に聞いた話だと上里さんが根回ししてくれてたそうな。敵に回すと怖いけど味方だと頼もしい。

 

「……にがっ」

 

 今日の出来事を思い返しながら郡さんがくれたチョコレートをつまむ。ビターチョコレートと包にも書いていたそれは苦かったけれどこれくらいの方が好みだ。ゲームのお供にはちょうどいい。

 

 ちまちま食べていると、突然スマホが鳴り出した。相手は……おや、乃木さん? 

 

「はい、高橋です」

 

『夜分遅くにすまない、高橋。今暇か?』

 

「暇ですね」

 

『ゲームできるか?』

 

「できますね。……どうしたんです?」

 

『その、実はな──』

 

 

 今回の一件でゲームやりすぎじゃないかとついに鷲尾さんが怒ったそうで。

 

「ゲームは一日1時間です!」

 

「な、あっ……!?」

 

 やりすぎの自覚があったといえ、突然の制限に郡さんは驚愕したそうな。

 あまりにも可哀そうだったのか、鷲尾さんは「自分が得意なシミュレーションゲームで自分にハンデ有りで勝てたら制限を撤回させる」と言ったそうな。なお、郡さんは鷲尾さんに圧勝。でしょうなぁ……縛りがあったら燃える生き物だよ、ゲーマーって。

 

 

 

『それでな。あまりにも須美が可愛そうだからお前が千景をギャフン、と言わせてほしいんだが』

 

「な、なるほどね……わかった、いいよ。ゲーム名は何かな?」

 

『ああ、ゲームの名前は──』

 

 乃木さんからゲーム名を聞くと、ゲーム機を起動して郡さんと通信を繋いだ。ゲーム開始前の設定画面に入って色々といじっていると、ボイスチャットに招待された。

 

「あー、えっと……こんばんはー」

 

『こんばんは、高橋さん』

 

「おや、鷲尾さん? 郡さんは?」

 

『同じ部屋にいます。ここからあなたと戦う郡さんの戦術を見て学ぶつもりです。敵を知り、己を知れば百戦危うからず、ですので』

 

『相変わらずかったいなー須美は。そうやって真面目だからさっきの試合で負けたんじゃないか?』

 

 んん? これは……三ノ輪さんかな。

 

『そうそう。もっとソフトに考えなきゃビクトリーは遠いわよ』

 

 英語交じりのこの声、絶対白鳥さんだ。

 

『だな。須美の戦いには勢いが足りないんだ。こう、がーっ、て!』

 

 深夜なのに土居さんは元気だなぁ。

 

 ……あの。もしかして。

 

「そっち、勇者部全員いたりする……?」

 

『あ、わかるんですね?』

 

「その絶妙に心細そうな声は藤森さんとみた」

 

『こ、心細っ? 私そんな声してます?』

 

 割と。通話先で藤森さんが何かショック受けてるような気がした。ごめん。

 

『ちょっと、私が席を外してる間に何やってるのよ。ごめんなさい、高橋くん。横で見てた伊予島さんがこのシミュレーションゲームの戦術が勇者──部の活動で使えるかも知れない、って言ってたから皆で見てるのよ』

 

「あ、おかえり郡さん」

 

 勇者部、の言葉に間が空いたのはちょっと気になるけども。またいつか聞けばいい。

 

『待たせたわね。それじゃあそろそろ戦闘開始と行きましょうか』

 

「オッケー。時間は今夜九時半回ってるか……十時までには決着付けよう、そっちには小学生もいるしね」

 

『それまで持てばいいけどね』

 

 言ってろ。にやりと笑いながらふとチョコに目をやった。郡さんがくれたチョコは半分を切って少しだけしか入っていないが十分だ。勝負の間には十分持ってくれるとも。

 

『……なぁー、千景。タマもそれ食べたらダメか?』

 

『ダメよ。これは私が高橋くんからもらった分だし』

 

『迷惑かけたことを謝ってた郡さんにチョコを半分渡して、「来年はこれを二倍返しでよろしく」って言ってた高橋先輩ちょっとカッコよかったですね~』

 

『そ、園子ちゃん変なことを思い返さないで!』

 

 いじられる郡さんの姿が目に浮かぶ。チョコレートをつまみ、思考を苦味で引き締める。ゲーム画面では僕も郡さんも準備完了し、開始までのカウントが始まっていた。

 

「さぁ、行こうか」

 

『ところでぐんちゃんは作戦名は決めないの?』

 

『作戦名?』

 

『先程はあ号作戦と名付けて私は挑んでいました。大日本帝国陸軍にあやかってみたもののそうは行きませんでしたけれど』

 

「愛国心あふれるネーミングだなぁ……でも面白いし付けてみようか。そうだな、僕は──」

 

『ふむ。いいでしょう。それなら私は──』

 

 

 

 

 

 

 僕 / 私は目の前にあった食べかけのチョコレートを見て──

 『苦いチョコレート作戦』はそのまますぎるので。

 

「これより、オペレーション・ビターチョコレートを開始する」

 

 そう、今日の思い出と共に作戦名を名付けた。

 

 

 

 僕ら / 私達のゲームが、幕を開ける──

 

 

 

 

『あ、ホワイトデーのお返し期待してるわよ、高橋くん』

 

『私も期待していい……かな?』

 

「え、それ今言いますか!?」

 

『私も期待してもいいですか?』

 

『む、ひなたもあげていたのか。私も……もらっていいのか?』

 

「ええい、何か美味しいお菓子買ってきますよ! もらって返さなかったら男としてダメだし!」

 

 通話先で高嶋さんの喜ぶ声が聞こえた。全く、せっかく決めたのに台無しな気がするよ。どうしてこううまく締まらないのやら。でも……これくらいの緩い方が僕らしいか。それに。

 

 

『ふふふっ……楽しみにしてるわ』

 

 

 郡さんの笑顔に比べたら、これくらい安いものさ。

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