れんげ「ひか姉の様子がおかしいのん....」ガヴリール「『最近の同級生の様子が少しおかしいんだが』ってスレ立てとこ」 作:開屋
五人が一堂に会し一つの机を取り囲む場にて、ヴィーネは人知れず冷や汗を垂らす。この人数相手に無傷で捌き切ることはできるのだろうか。いや、多分できない。何かしらの深手は負うと思う。それをいかに最小限にとどめるかが大切である。
一人を除いて楽しい雰囲気の中、口火を切ったのはこのみである。
「えっと、さっきまで話してたのはひかげちゃんの雰囲気が変わった気がする、っていうことなんだけど......夏に見ちゃんと小鞠ちゃんは何か気になることってあった?」
初手でいきなりチェックメイト寸前である。
「気になることかぁ、まぁ確かに色々あったよね」
「うん、特に料理とか」
「料理?」
興味ありそうにこのみが聞き返す。
「うん、今までひか姉が料理するところなんて見たこともなかったし、しかもめっちゃ料理上手だったんだよ!知ってた?」
今度は夏海が身を乗り出してこのみに訊く。
「そうなの? 私もあんまりひかげちゃんの料理しているところって見たことなかったし意外だったかも......」
「でっしょー? だからもしかしたら好きな人とかできたんじゃないかなって話にもなってたんだよ」
「なるほどねぇ......まぁそれはさっき違うって結論づいたけど料理かぁ。私もひかげちゃんの作った料理ってどんなのか気になるな」
「まぁそれくらいなら構わないけど......」
料理一つで解決するんなら安いものである。まぁ元のひかげさんのお料理事情とかは知らないし戻った後とかは大変そうだけど......にしてもホントにこれ元に戻れる日は来るのだろうか。明日の今頃もこの胃が痛い状態が続いているのだろうか。このみも喜んでくれているみたいだしとりあえず何とかなったという感じだろうか。
「他に気になることとかってあったりした?」
攻防はまだ続く。
「うーん、そういえば今回はあんまり東京の話って聞いてないんだよね」
そう来たか。というか追い詰められて色々と訳の分からないことを口走ってしまっていた記憶がぼんやりとあるのだが、それでもまだ足りていないというのだろうか。
「ホント?それは実に興味深い話だね」
何故かこのみはさっきの料理の件の時よりも真剣に聞き入っている。ホントに元のひかげさんってどんな振る舞いしてるんですか......
「一応こっちから聞いたら話はしてくれたんだけどね。それでも全然自分から話そうとはしてなかったしその辺が特にいつもと違うような感じがしたかな」
いやだってそんな話向こうから聞かれないとしないでしょ........
「あっ、あと何かよそよそしい感じがしたんだよね。なんでだろう....」
小鞠がそう言って何かを思い出そうとしている。
「言われてみれば確かに......なんででしょうか......?」
そう言って蛍まで考え始める。後を追うように夏海も。当の本人を目の前にしてそんなことを考え始めるっていうのもどうなのだろうか。
「あっ、あとよそよそしいとは違うけど妙に『お姉さん』って感じがしたんだよね。」
夏海が言う。
「どんな風に?」
「んー......昨日こまちゃんに勉強教えてたところとか。そこんところ『ねーちゃん』じゃなくてなんか『お姉さん』って感じがしたんだよね——」
「こまちゃん言うな!」
「いやこれは『ねーちゃん』って呼んだら、さっきの話が紛らわしい感じになりそうだなって思ったからさ。そんなすぐ怒ってるからこまちゃんはウチから見て『お姉さん』っぽくないんだよ~?」
夏海が小鞠を冷やかす。
「だからってその呼び方はやめろー!せめてねーちゃんって呼べ——!」
気が付いたら収拾のつかない事態になっている。
「ま、まぁまぁ、一旦落ち着いて......」
思わずヴィーネが止める。
「なるほど、確かにこれは『お姉さん』っぽいって言ってるのが分かる気がするなぁ......」
苦笑いを浮かべてこのみが笑った。
「まぁウチがこまちゃんって呼んでるのも今更直すってのも......ん?」
夏海が何かを思い出したのか言葉に詰まる。
「どうしたんですか?」
蛍が夏海に訊く。一体何だというのだろうか。
「そういやひか姉が帰ってきてから一回も名前呼ばれた覚えがないような気がする......」
夏海がそう言いうと、蛍や小鞠も何かを思い出そうとする。そしてお互いにパッと目を合わせた。
「ホントだ!そういえばそんな気がする!」
「よそよそしいって言ってたのってもしかしてそのことだったんじゃ....」
小鞠と蛍にも身に覚えがあるようだ。迂闊だった。元のひかげさんの他の人の呼び方を知らない以上、無闇に名前で呼ぶことが出来なかったのである。人の呼び方にだって色々ある訳だし、そこを誤れば相当な違和感を生むことにもなる。それを避けていたのが仇になった。
「ちょっとれんちょん呼んで来る!」
そう言って夏海は立ち上がる。止めるのも不自然なので不本意ながら動けない。ほんの少しの待つ時間も予防接種の順番待ちの如く重苦しい。ちょっとして夏海がれんげを連れて来る。そして
「れんちょん、ちょっと聞きたいんだけど、今回ひか姉が帰ってきてからひか姉に名前を呼ばれた覚えってある?」
と、訊く。れんげも他の人同様少し考えてから
「......言われてみればないのん!」
と言って、ヴィーネの元へ行く。
「なんでなのん?もしかしたらウチの名前忘れてしまったのん!?きおくそーしつなのん!?」
そう言って涙目になっている。こうなればギャンブルだ。
「そ、そんなことはないって......れんげ、ちゃん」
この一瞬、水を打ったように場が静まり返った。
「......ちゃん?」
一斉にそこに引っかかる。え?何か間違ったこと言ってしまったの?
「......ひかげちゃん、ちょっといいかな?」
そう言ったこのみの底知れぬ何かを感じる表情に動悸が止まらない。
「決して試してるわけじゃないんだけど......私の名前を『苗字込み』で言ってみてくれないかな?」
チェックメイト。投了。ジ・エンドである。未だにこのみに関しては下の名前でしか呼ばれた所を聞いていない。当然れんげ達は好奇の表情でこちらをじーっと見ている。
「ぇっと......その......」
このみに気圧されて体が震えて来る。えっと、どうしたらいいんだろう....苗字。佐藤、鈴木、高橋、......ダメだ全然まとまらない......
「うぇっ!? ひか姉何か生えてきてる!?」
極度の緊張で防衛本能が働いたのか、意図せず悪魔化してきている。ヤバい!もういっそこの家もろとも......いやそれはさすがにダメだ——
一瞬、家が閃光に包まれる。そこにはれんげ達が見たことのない姿が現れていた。