れんげ「ひか姉の様子がおかしいのん....」ガヴリール「『最近の同級生の様子が少しおかしいんだが』ってスレ立てとこ」 作:開屋
そう言えば今の今まで交わっていないため、ここがひかげとヴィーネの初対面の場である。写真などでお互いの顔は見てきたがいざ実物を見るとなると、どこか感慨深いようなそうでもないような、もしくはそれ以下のような奇妙な気持ちである。
お互い顔は会わせるものの、人狼ごっこの如く声を掛けるタイミングを探り合っている。あまり居心地の良く無い静寂が少し続いた後、ようやく均衡が破られた。
「あの、ひかげさん......でしたよね?」
均衡を破ったのはヴィーネである。ひかげは上ずった声で『は、はい』と返事をする。
「一体何が起きてたんでしょうかね、今回」
お互い芯から思っていることである。どんな因果でこんなことが起きたというのだろうか。
「さぁ......でもなんか色々あったから一番最後の方はそんなことを考える余裕も無くなってたけどね」
ひかげが笑って言う。現にラフィに問い詰められていた時は生きた心地もしなかったし。ただただ理不尽を呪っていただけだった。解決に向かい心にゆとりが出来ていた今でも考えたところで仮説の一つさえも思いつかない。確かに実際に見てみれば外見の雰囲気は近い所があるが。
鬼気迫るラフィのことを思い出したひかげがふと気になることがあった。
「そういえばヴィーネさんは最後まで別の人だってバレなかったの?」
「それが......ラフィが来るほんの直前くらいにバレた、というか言い逃れの出来ない状況になってしまって、実質バレたも同然みたいな感じでしたね......」
ということはこちらが追い込まれていたのと同じくらいのタイミングでこっちも修羅場が起きていたというワケか。ホントに間一髪だったんだな......
「ひかげさんの方は?」
「いやぁ......それが実は最初っからバレてたみたいでね。あのラフィとかいう天使、ってかありゃもう悪魔だな。私が最初に学校に行って顔を合わせた時にはほとんど勘づいてたらしくて、分かった上で振り回してたらしい......なぁアイツってホントに天使なのか?」
「......確かにそう言いたくなる気持ちも分かるわ。アレでも天界にいた時はガヴの世代でガヴに続いて次席で卒業したらしいんだけど」
お互いの気苦労に理解を示しつつあるためか、双方口調が軽くなっていく。
「......アレが?」
「うん、アレが」
「......ちょっと待て、ガヴリールに続いてってことは......」
「うん、そういう事よ」
「堕天使学校の間違いじゃないのか?」
「私も間違いであってほしいわ。」
......これって死後は地獄の方がマシなんじゃないか? 天寿を全うした先に待ってるのが『あんなの』とか考えたらゾワッとする。
「でもそれにしては元の世界にいた時はかなーりガヴリールに世話焼いてたみたいじゃん?」
軽く冷やかすつもりでひかげがニヤけて尋ねる。
「......あの子もホントに最初は天使の名に恥じないような良い子だったのよ。だけどこちらの娯楽に触れて今の体たらく状態になっちゃって......だから私だってその時のガヴに戻したいと思ってたんだけどね......」
そこまで言ったヴィーネの目は干潟に打ち上げられ乾き切った川魚の目である。
「正直今もガヴだってやればできる子だと思ってるわ。けど今の私じゃどうにもならないという事だけがここまで来て分かったことよ......」
最初にヴィーネについてサターニャやラフィから聞いた時は『通い妻』と勢いで突っ込んでしまったが、あながち間違いで無かったのでは? どちらかと言えば保護者? それとも目付け役......? さっきの一連の話でヴィーネがガヴリールに未だに甲斐甲斐しく接している理由が痛いほど分かった気がした。うん、ヴィーネさん生まれる場所間違えたよ。
「んで、そっちはどうだった? 正直ここド田舎だし、普段ああいう所に住んでるヴィーネからしたら退屈だったんじゃない?」
「別にそんな風には思わなかったわね。普段とは全く違った良さもあったし......まぁ確かに携帯の電波とか考えたら大変な所もあるかもしれないけど、新鮮で良かったわ。それにここの人たちとっても親しみやすかったし」
ヴィーネが笑顔で答える。まぁ確かに人と人と近いと思うし、都会とは違って空と地面とは遠く見えるだろうし、真新しく見える環境には違いない。二人の話を聞いていたれんげ達がこちらに来る。れんげはヴィーネを指差して
「ひか......この人すごかったのん!料理ものすごく上手だったのん!ひか姉も料理いつか作ってほしいのん!」
「確かに、すごい頼れる雰囲気あったなぁ。私も勉強教えてもらっちゃったし......正直ひかげよりお姉さんって感じだったよ?」
小鞠がちょっと意地悪そうな顔をしてれんげに続く。こんな短い期間で身内がすでにヴィーネに篭絡されている......訂正だ、やっぱりこの人(?)悪魔だ。下手すりゃラフィよりも恐ろしいかもしれない。
「私は別に弟とか妹はいないけど......そう思ってもらえたのは悪い気もしないような......」
目の前の悪魔が、人間に純粋な気持ちで感謝されているのを何の曲解も含まず素直に喜んでいる。ひかげは今朝のガヴリールに対する超手荒なモーニングコールを反芻する。
「あっ、言うの忘れる所だった」
ひかげが何かを思い出す。
「どうしたの?」
「私はそのプリント見てないんだけど、進路希望のプリント? とかいうのがあるらしくて提出期限が今日だったらしいんだよね......」
「......あっ」
「さすがにそのプリント私には書けないし、学級委員長の人......だよね? その人に明日には出すって言っておいたんだけど、大丈夫かな?」
「そう言えばプリント引き出しの中に直してたんだった。まぁ明日の朝までに帰ってこられるんだったら大丈夫よ。色々ありがとうね」
「......いくつか気になることがあったんだけど聞いていい?」
「どうしたの?」
「ヴィーネの通ってる学校ってもしかして全員天使とか悪魔だったりするの?」
地味~にずっと気になっていた。
「まさか!私たちが一部のサイドだからそんなことは無いわ」
「いやでも会う人会う人がみんなそういうパターンばっかりだったし。タプリスさんとか黒奈さんとか」
「あー......確かに種族でグループになってる所はあるわね。メイと黒奈と仲良くしてる人間の同級生もいるけど」
「へぇ......」
そうでもなればカルチャーショックで胃潰瘍でも起こしそうである。
「あっ、あとさっき進路調査のプリントって言ってたけど、将来の夢とかってあるの?」
これも気になっていた。天使とかなら人助け云々に関わるものになりそうだが、悪魔の将来の夢って何なんだろうか。
「夢ねぇ......ちょっと言うのも恥ずかしいかも知れないけどやっぱり人の役に立つような仕事が出来れば良いわね」
もうツッコむのも野暮だろう。気のせいか後光のようなものが差しているように見える。ヴィーネって魔界にいた時からこうだったのだろうか? 人格形成は家庭環境によって甚だしく左右されるという話は聞くが、一体どういう環境で育てば悪魔が跋扈するような環境でこうも真人間に育ったというのか。
とりあえずこうやって対面してゆっくりと話が出来たのは良かったが、今回分かったことは常識と非常識は常に隣り合わせにいるという事である。あの見た目でグラサンだって真面目に教鞭を執っているんだし、先入観ってやっぱりダメだね。越谷家の姉妹関係とか蛍の発育とかも踏まえて、このことはひかげの心の奥に痛いほど焼き付けられた。
それなら地上に触れて後天的にダメになったガヴリールはともかくとして、ラフィって一体......いやダメだ、この話をこれ以上続けたらダメな気がしてきた。