私、雪ノ下雪乃は奉仕部という名前の部活の部長である。まぁ部長といっても部員は私以外いないのだけど。
でも、1人でいる事は嫌いではない。
実家である雪ノ下家は父が雪ノ下建設の社長であり県議会議員も務めている。私自身も容姿端麗、頭脳明晰の自他ともに認める美少女。
普通に考えて私の周囲には常に人の視線があった。興味の無い男子からの熱を帯びた好意的な視線に、煩わしい女子からの嫉妬の籠った鋭い視線。
持つ者の義務として仕方がないとはいえどれもこれもめんどくさい事には変わりない。だから、私は放課後、この部室で1人静かに読書する時間がことのほか好きなのだ。
けれど、そんな私の平穏は突然崩れ去った。
「邪魔するぞ雪ノ下」
ガラガラと音を響かせ奉仕部の顧問である平塚静は不躾にやってきた。
「平塚先生入る時はノックをとお願いしたはずですが?」
「君はノックしても返事をしたためしがないじゃないか」
平塚先生の顔と口調には反省の色はない。何度目かになるこの問答もいい加減疎ましい。不満を帯びた視線を向けると、先生の隣にいた覇気もなければやる気もないぬぼーとした雰囲気の男子生徒の存在に気が付く。
見たことはないし、誰かしら?
「それでそこにいるぬぼーとした人は?」
「彼は比企谷八幡。入部希望者だ」
これが後に私の人生に大きな影響を与える事になる彼、比企谷八幡との初めての出会いだった。
正確に言えば会うだけなら初めてではないのだけど、それはまた別の機会に話しましょう。
初めて見て、会話する彼の印象は最悪に近い最低だった。だって、いきなり気持ち悪い唸り声をあげて威嚇してくるし、先生はリスクリターンの計算ができる小悪党と称して私も納得したけれど、彼が男である限り私の美貌に恋焦がれ欲情するのは間違いないでしょう。
護身術程度に合気道は習っているし、こんな三下や下っ端という名前がこれ以上ないほど似合うような人間に負ける事はないだろうけどできる事なら近づきたくはない存在だ。
釘を刺して予防線を張っておいたけれど、これから先の展開はおおよそ予想できている。
国語の成績だけはよく、顔もそれなりによく、友達と彼女がいない事を除けば自称高スペック(笑)の気持ち悪い彼もこれまでの男子と同様に私の事を好きになり、告白してきて、振る。
振る事が前提なのかと問われれば当然と答えるでしょう。
本物の高スペック女子たる私が自称高スペック(笑)男子である彼の告白を受けるというのか。
むしろ、彼のような人間が私のような人間に告白すること自体が身の程知らずなのよ。
まぁ、この私に恋焦がれない男子がいるわけもないのだし時間の問題かしら?
チャイムが鳴り帰り支度をして読んでいた文庫本を鞄にしまう。
チラリと彼の方を見るけど、「お疲れ様」も「ありがとうございます」の一言もなく相変わらずぬぼーと突っ立ている。
せっかく私が会話をしてあげたというのにお礼の一言もないなんて、と思うけれど彼にはそんな気配りを期待するだけ無駄のようね。
精々自分にできる最大限の愛の告白を考える事ね。せめてもの慈悲として未練のひとかけらも残らない様に振ってあげる。
「さようなら」と心の中で冷笑して帰路についた。
――それからしばらくして。
電気ポットのスイッチを入れしばらく待つ。その間にティーセットの準備を整える。いつの頃からかこの部室に常備してる私物のティーセット。
でも用意するカップは部員それぞれの私物。
3つ並んだそれが微笑ましくクスリと笑みがこぼれる。
あの頃から変わらない私の席に戻り文庫本を取り出し、時計をチラリと見た。
「もうそろそろかしら」
ガラガラと音をたて今日も奉仕部の部室が開いた。
「おつかれ」
眠たそうな猫のような目をした猫背の男。彼が来た事に自然と笑みが浮かんだ。
「ええ、おつかれさま。今日は?」
「頼む」
その返事を聞いて立ち上がる。お湯も沸いたようね。
手慣れた手つきで紅茶を入れ、彼と私のカップに紅茶を入れた。紅茶の香りがする部室は私のお気に入り。
そして、もう1つのお気に入りは。
「どうぞ」
「さんきゅ」
コトリとパンさん柄のカップを彼の前に置いて自分の席に戻る。本に視線を向けると見せかけてばれない様にチラリと彼を見た。
熱い紅茶をフーフーとさまして恐る恐る口をつける。その姿を見るのがもう1つのお気に入り。
この感情を言葉にするなら私の友達は嬉々として恋というでしょう。
そう、わたし雪ノ下雪乃は比企谷八幡君の事を異性として認識している。
……。
「……どうしてこうなったのかしら?」
「あん? どうかしたか?」
「いいえなんでもないわ。それよりお味は?」
「ああ……うまい」
「フフ、お粗末さま」
そんな好ましいやり取りをしながら私は思考する。
……いえ、まぁ理由は分かっているわ。
初めの頃は性格や考え方が合い入れなくてお互い衝突が絶えなかった。でも、色々な依頼をするうちに彼の内面や優しさに厳しさここぞという時に見せる頼りがいは認めざるを終えなかった。
そう、以外な事に彼は、彼の宣言通り本当に高スペック男子だった。
私だけではうまく解決できなかった依頼も……遺憾ながらあるわ。彼と由比ヶ浜さんの功績は決して無視できない。
そうこうしているうちに私は彼を異性として認識してしまった。
あえて言い訳をするなら、これまで私の周りにいた男子とは全く違って、対等に渡り合えて、困った時には助けてくれて、でも決して強くない。誰かが側にいないとこの人はどんどん自分を傷つけてしまう。
そんな頼りになるけどほっとけない存在が近くにいて好きにならない女子なんているかしら? いいえいないわ! そう、だから私は悪くない。むしろ、彼の魅力に気が付かない世界が悪いのよ!
「おい、急に立ち上がってどうした?」
っは!
いけないわ。つい思考にのめり込んでしまったようね。
「なんでもないわ」
「……どこぞの世紀末覇者みたいに拳を突き上げてなんでもなくはないだろ」
「あら、比企谷君はそんなに私が心配なのかしら?」
クスリと挑発する様な笑みを向けて、内心ではなにか言い訳をしなくちゃと考えを巡らせていると比企谷君は私の瞳をのぞき込みながら言った。
「そりゃあ、心配だろ」
その眼差しは普段の濁った瞳ではなく、いざという時の頼りがいのあるカッコいい比企谷君の眼差しだった。
思考が乱れている所に不意打ちされ一気に顔が熱くなる。
不意打ちよ、ギャップよ、こんなの卑怯よ!
乱れる心でどうにか平静を装い彼をなだめる。よく彼はすべてを諦めている様な斜に構えた意味の分からない事を言うけれど、実際は意固地で頑固なところがある。特に自分以外の誰かが絡んだ時にはその傾向が強まると思う。そんな所も彼の魅力ではあるけれど。
私の想いが日々募る中、けれど想いとは比例せず私たちの関係性はあまり進展していなかった。
特に男女間の恋愛関係では皆無といっていいでしょう。
さっさと告白でもなんでもすればいいと私の姉なら面白可笑しくからかいながら言うでしょう。
けれど、それは決して許されない。だって私は雪ノ下雪乃は極度の負けず嫌いだから。
人を好きになり告白して恋人になる。それは素晴らしい事だと誰もが言う。私だってそう思うし最近になって街をうろつくカップルを見ると羨望と嫉妬が入り混じったどす黒い感情が芽生える事が多々ある。
でも、それは大きな間違い。
恋人たちの関係にも明確な力関係がある。尽くす側と尽くされる側。搾取する側とされる側。勝者と敗者が存在する。
そう、恋愛とは戦。好きになった方の負けなのよ!
その理論で行くならすでに私は彼に負けているですって?
いいえ、それは違うわ。何せ私はまだ彼に明確な答えを、告白をしていないのだから。とはいえ、現状が劣勢である事も事実。
なら、話は簡単よ。
私が勝利した上で彼とお付き合いする方法。それは、彼、比企谷八幡に告白をさせればいい。
こうして私の私による私の為の恋愛頭脳戦が始まった。