ゆきのんは告らせたいーボッチ達の恋愛頭脳戦ー   作:Lチキ

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雪ノ下雪乃はいただかせたい。

 家庭科室。

 

「それでは料理教室を始めます」

 

「わーい」

 

「いや、なんで?」

 

 私の宣言に由比ヶ浜さんは両手を上げて喜び、比企谷君が疑問を口にした。

 今日はあらかじめ部室ではなくこの家庭科室で活動をする事は伝えたけれど、内容までは秘密だった。

 もし事前に言うと彼が逃げる可能性があるからだ。

 

「シャラップよ比企谷君」

 

 比企谷君を制しピンク色のエプロンをつけた由比ヶ浜さんを指さす。

 

「こちらに用意した由比ヶ浜さんを見なさい。彼女が初めて依頼に来てからそれなりの日数が立ちました」

 

「ああ、そういえば奉仕部の初めての以来って由比ヶ浜のクッキーだっけ」

 

 そう意中の相手へクッキーを作りたいという依頼。

 彼はどうやってもうまくできず心が折れかけていた由比ヶ浜さんへ持論をもって問題を先延ばしにしたのだけど、今にして思えば滑稽ね。由比ヶ浜さんがクッキーを渡す相手は結局、比企谷君だった。

 体に悪そうな真っ黒なクッキーを食べるはめになったのも自業自得ね。

 

「私からすれば貴方の矯正が第一なのだけど。まぁ、それは今は置いておきましょう。由比ヶ浜さんの努力、親御さんの苦労、何より私の教えにより彼女は普通においしいクッキーを作ることに成功しました」

 

「何気に自分の成果にしてる雪ノ下さん流石っす」

 

 比企谷君の言葉はただの嫌味なので無視します。

 

「しかし、おいしいクッキーは作れても美味しいごはん……というより食べられるご飯は未だ難航しているのが現状よ」

 

「酷いよ雪乃ん!?」

 

「そうだぞ雪ノ下流石に酷いぞ」

 

 私が事実を言えばショックを受けたような顔をする由比ヶ浜さんに比企谷君が追随する。

 

「ヒッキー!」

 

 そんな彼に感動したかのように瞳を潤ませたけど、期待しているような言葉を彼がかける事はないと思うのは私だけかしら?

 

「由比ヶ浜の料理を食わされる俺に対して酷すぎる。殺人未遂で訴えるまである」

 

「2人とも酷いよ!?」

 

 文句を言われてもそれが事実なのだし仕方ないと思う。

 何よりいい加減に料理のさしすせそくらいは覚えてほしいのだけど。なぜ『せ』が背油になって『そ』がそうめんになるのかしら。不思議ね。

 

「私たちももうすぐ大学生。行く大学によっては独り暮らしや自炊が必須になります」

 

「無視ですか」

 

「私も無視された―」

 

 しょぼんと二人して肩を落とす様子は可愛らしいけど、これは割と真面目な話でもある。私はもともと家事全般が得意だったから一人暮らしも苦にならなかったけれど、これまで実家で何不自由なく生活できていた事から自立する事は大変よ。

 料理の苦手な由比ヶ浜さんがまともな生活をするビジョンは浮かばない。総菜やレトルトを温めて料理と称する姿しか浮かばないわ。

 

「あ、ていうかゆきのん私の希望校実家から通える距離なんだけど」

 

 確かに以前彼女から聞いた第一志望の大学は県内で彼女の家から通える距離にある。けれども、あくまでそれは第一志望の大学に通えたらの話であり彼女の学業を考えれば手放しで推奨できはしない。

 

「残念だけど由比ヶ浜さんの学力では最悪滑り止めの滑り止めまで視野に入れないといけないわ」

 

「いや、最悪浪人の可能性も……」

 

 その言葉にハッとする。

 失念していたけれど、大学受験で失敗する事も視野に入れるべきだった。いえ、私に関しては受験当日に不慮の事故にでも遭わなければ大丈夫なのだけど、由比ヶ浜は……。

 

「2人ともなんか今日ヒドスギない!? ヒッキーの鬼畜!」

 

「なんで俺だけ? というかそこまで言うなら模試の結果どうだったんだよ」

 

「……別に普通だし」

 

 プイッとそっぽを向く由比ヶ浜さんの内心は誰が見ても明らかで、残酷な現実を雄弁に語っている。

 正直な話、この時期から頑張らないと本気でキツイのだけど。

 

「あ、もういい。分った。それは駄目だった時のセリフだわ」

 

 私はこれまで受けたテストという名前の物は体力テスト以外は全部高得点を取っている。周りの子たちが何点でどちらが上だったと楽しそうに話している間も独りで予習復習対策見直しをしていた。努力は常に結果に結びつくし困るという事も目を逸らすほどの惨状になった事もなかった。

 だから、由比ヶ浜さんの現状は私よりも比企谷君の方が詳しいと思う。

 

「そ、そういうヒッキーはどうだったし!」

 

「普通にB判定だったよ」

 

「私は当然Aだったわ」

 

 数学はともあれ彼も地頭はいい方だし妥当な結果ね。以前平塚先生がこぼしていた彼の成績からすれば頑張れば志望校のランクを上げられる程度の学力はあるのでしょう。

 

「ガーン。ゆきのんはともかくヒッキーの裏切者!」

 

「だからなんで俺だけ? というかお前の所のグループも大体そんなもんだろ」

 

「え? なんでそんな事しってるの?」

 

 キョトンとする由比ヶ浜さんに私も内心で同意する。

 彼とあのグループの仲がそこまで良好であるとは考えられない。そこで思考をして見ると答えはすぐにわかった。

 彼ご自慢の人間観察、もとい盗み聞きね。

 

「なんでって、教室で普通に話してたぞ」

 

 予想通りね。頷く私の横で由比ヶ浜さんは驚愕に目を開いていた。。

 

「え? 嘘!? 私聞いてないよそんなの、皆模試の話題全然出さないし……」

 

「そういえば俺が聞いた時も由比ヶ浜がいない時だったな……」

 

 仲間外れにされたのではないかと肩を落とす由比ヶ浜さんには悪いけれど、多分これはそういう物ではないと思う。葉山君の性格を考えても間違いないと思う。

 なら、これは彼らなりの優しさなのでしょう。

 違うクラスの私でさえ由比ヶ浜さんの成績の危うさを知っている。なら同じクラス、同じグループの彼らが知らないわけがない。

 

 受験が近づくと何かとナーバスになりがちな人も出るし、ここで下手に由比ヶ浜さんの自尊心を傷つける事は得策ではない。そんな思考から、彼女がいる場所では成績の話題を出さない様にしているといった所ね。

 否定はしないけれど、好きなやり方ではないわ。

 明確な目標があるのだし、明確な数字で現状を理解し、周囲と比べる自分の実力を把握する。そこから先は目標に向けて死ぬ気で努力すればいいだけ。

 

 見たくないものを見せないだけが優しさではないのよ。といってもそれは今回の主題ではないのでひとまず置いておく。

 

 パンパンと手を鳴らして二人の意識を向けさせた。

 

「そこの2人真面目に聞きなさい。由比ヶ浜さんのがもし1人暮らしをする事になってもちゃんと自炊できるように指導してあげるのが……友達としての私たちの義務です」

 

「ゆきのん……好き!」

 

 私が少し照れながらそういえば由比ヶ浜さんはがしっと抱き着いてきた。

 別に悪い気ではない。むしろ、良好な関係を築いてる人のぬくもりは心がやすらぐ効果がある。

 けれど、安らぎは一瞬。後は二の腕にあたる柔らかな感触に対する形容しがたい感情だけが先行する。

 

 そんな私たちの様子を見ていた比企谷君がぼそりと呟いた。

 

「……チョロヶ浜」

 

「なんか言ったヒッキー?」

 

「い、いや何も……」

 

 余計な事を言わなければいいのにと思うけど、彼の性格は今更変わらないでしょう。

 ただ、由比ヶ浜さんがチョロい……御しやすいとうのは納得できる。

 将来が心配になるレベルで。

 

 そう、私の真の目的は別にある。もちろん全部の事が嘘ではないし、7割くらいは本気で由比ヶ浜さんを心配しているけど。

 

・・・

 

 胃袋を掴む!

 古来より日本の女性は男の胃袋を掴む事で恋愛に対してアドバンテージをもってきた。

 成人男性が女性に求める魅力の7割は見た目や性格ではなく料理のうまさ! また、料理上手な妻を持つ夫は、仕事が終わってもすぐに帰宅するし、浮気をしない、家庭円満いなりやすいなどの副次効果もある。

 相手の気を引くためにも、その後の結婚生活をより良いものにするためにも相手の口に合う料理を作れる事は必須技能といえる。

 

・・・

 

 ただし、この作戦にはいくつかの問題点がある。

 まず前提として彼に私の手料理を食べさせる方便がなくてはいけない。元々お弁当を作ってくるような間柄ではないし、そもそも、高校生の男女がかいがいしく毎朝お弁当を作る関係なんて普通はないでしょう。

 もし私が彼にお弁当を作ってくるとしましょう。

 

『比企谷君これ作りすぎちゃったの良かったら食べてほしいのだけど』

 

『ほう? 几帳面な雪ノ下がそんなミスをするなんて珍しい。それに、この弁当……俺の好物が多いように見えるが?』

 

『そ、それは』

 

『まさか、この弁当はわざわざ俺の為に作ってきた者なのか? 作りすぎたなんてべたな嘘までついて、わざわざ! 手作り弁当をただの部活仲間である俺の為に作って来たと、まるで――』

 

 ――まるでそれは愛の告白みたいじゃない!

 

 ならばと考えた作戦がこの料理教室。三浦さんのバレンタインの時に彼が考案した作戦と同じものよ。

 フフ、まさに策士策に溺れる。自らの編み出した策略の餌食になるといいわ!

 

「なるほどな、それじゃあ頑張れよ。うまくできたら教えてくれ俺は帰るから」

 

「逃がすと思っているのかしら?」

 

 にべもなく逃走を図ろうとした彼の肩を思いっ切り掴んで静止する。極上の笑顔を向けると逆に彼はぎこちない表情で視線をさ迷わせた。

 

「い、いや俺はあれがそれで予定があってだねワトソン君」

 

「大丈夫よモリアーティ君、貴方の予定は試食をするかライヘンバッハに落ちるか2つに1つよ」

 

「……試食します」

 

「よろしい」

 

 快く承諾知れた比企谷君は、出来上がるまで特にやる事もないのでそこいら辺においておく。ほおっておいても勝手に本を読むでもスマホをいじるでもするので比企谷君の事はいい。

 さて、問題はこっちの由比ヶ浜さんね。

 

「では今日作る料理は御味噌汁です」

 

 材料と器具を一通り準備してメニューを発表した。

 するとコテンと首を傾げる由比ヶ浜さん。

 

「なんで味噌汁?」

 

「お味噌汁は日本人の定番的な朝食のメニューです。ころうとすれば奥が深いけど、簡単な物なら火加減さえ間違わなければ失敗の可能性は限りなく低いでしょ」

 

「なるほど!」

 

 ……本当の理由は定番の口説き文句を言わせることだけ、そこまでの期待をするのは難しいと思う。

 動物への餌付けと同じで一気に距離を縮めると彼はどこかに逃げてしまうと思うから。

 それでも好みの味を調査するくらいはしておきたいわね。

 

「お味噌汁だけだと味気ないので私の方でも軽く何品か作る予定よ」

 

「わーい! ゆきのんの料理だ!」

 

「お前、自分も作る事忘れてないよな? そういや今更だけどよく家庭科室の使用許可下りたな」

 

 比企谷君は二重の意味で首を傾げるけれど答えは簡単だ。

 

「私、先生たちに信頼されているのよ。貴方と違って」

 

「ばかお前、手のかかる子ほどかわいいもんだろ」

 

「それ自分で言う?」

 

「というより手のかかると自覚しているのね」

 

「何を言っている。なんでも独りで出来る俺のどこが手のかかる子供なんだよ。つまり、手もかからないし信頼されてないボッチは先生達から好かれない」

 

「ダメじゃんそれ!?

 

「いつもの自虐でしょ。部活の時間中に終わらないから始めるわよ」

 

「りょうかい!」

 

 むふっと鼻息荒くやる気を見せる由比ヶ浜さんが酷く不安だった。

 

・・・

 

「完成ね」

 

 極論、顆粒だしと合わせみそを入れて適当な具材を入れれば味噌汁は出来上がる。カレーよりも難易度は下でしょう。

 それに加えてあらかじめ炊いておいたご飯と焼き魚、ふっくらの卵焼きを添えれば定番だけど王道の朝食メニューの出来上がり。

 

「さ、まずは今まで何も仕事をしていない比企谷君、試食をしてちょうだい」

 

「ああ、ていうかいいのか? 本当に俺今回は何もしてないし……皿洗いとかする?」

 

 怠け者の癖に変な所で気にしいなんだから。いえ、養われたいけど施しを受けたくないという彼なりの流儀だったかしら。

 

「そうね、食べ終わったらみんなでやりましょう。どうぞ召し上がれ」

 

 ここで断る意味もないし、何よりご飯は出来立てで食べてほしい。

 主品目である味噌汁に手を伸ばした比企谷君はフーフーとさましながら飲み込む。続けて白いご飯をひと口。

 その表情から口に合わなかったわけじゃない事に安堵した。

 

「……うまいな。普通にプロレベルだわ。それになんだか好きな味だ」

 

「当然ね」

 

素直な称賛にやや捻くれた返しをする。ほめられた事がうれしいけどなんとなくむずかかゆい。

でも、決して悪い感覚ではないわ。

 

「ゆ、ゆきのん」

 

 作戦の成功を感じ取った私が内心でサムズアップをしていると頼りなさげな声がかかる。

 

「どうしたんかしら由比ヶ浜さん。完成したの?」

 

「そ、それがねなんか変な感じになっちゃって」

 

 由比ヶ浜さんが作っていた鍋の中をのぞき込んだ。

 すると真っ先に異変に気が付く。生臭い。それに鍋全体が黒々としている。

 

「なんだよこれ?」

 

「味噌汁?」

 

「なんでそこ疑問形なんだよ。この黒いの焦げてるわけじゃ……ないよな? なんか生臭いし」

 

 呆れた様子の比企谷君。

 ……そういえば自分の事に集中して途中から由比ヶ浜さんのことすっかり忘れていたわ。

 

「え、ええと……テヘ☆」

 

 由比ヶ浜さんは失敗した事を誤魔化すようにぺろりと舌を出しておどけた。

 

 本日の勝敗 雪乃の敗け(監督不行き届きの為)

 

 その後、約束通り3人で後かたずけをした。

 

「というかこの黒いの本当になんだよ」

 

「イカ墨」

 

「なんでそんなの味噌汁に入れるんだよ……」

 

「というよりそんな食材用意してないのだけど……」

 

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