「今度みんなで遊びに行こうよ!」
紅茶の香りがする教室で、突然華やいだ声が響いた。
「いきなりどうしたの由比ヶ浜さん?」
声の元に目を向けると元気いっぱいだけど、どこか不服そうな由比ヶ浜さんが映る。
「だってこの間カラオケに誘ってもゆきのんもヒッキー来なかったじゃん! このまま何もしないでいると青春なんてアッというまなんだよ。うかうかしてたら何もしないで卒業しちゃうんだから!」
人生を謳歌してそうな彼女らしい言い分だった。別に否定するつもりはない。
けれど、疑問符が浮かぶ。
「由比ヶ浜さんのいう事は最もだけど……私たちそれなりに活動してないかしら?」
「そうだな。クリスマスイベントやったしディズニーのも行ったな。最近じゃ水族館に行ってその後もアレがアレしたりな」
私の言葉にこの部屋にいるもう一人の男子、比企谷君も同意を示した。
「部活道でも小学生の林間学校に付き添ったり文化祭の実行委員をしたり生徒会選挙でも色々あったわ。何もしていないと評価するには軽率じゃないかしら?」
少なくとも自分の小学生の頃と比べるとここ最近の出来事は濃厚で濃密で充実していた。
高校生ともなれば小学生と違い理性がある分好きだから気になるから、という理由で悪さをされない。
今でも不思議なのだけど、あの好きな子ほどイジメの対象にする性質はなんなのかしら?
どう考えても恋が実るとは思えない。好感度は0どころかマイナス。なのに、ある日告白をしてくる。
当然だけど今まで敵視してた相手とどうこうなる訳もなく振る。それも当時の私が考えうる最大限の口撃で。
そのあとは決まって泣いて逃げる。翌日になるとクラスの女子が敵にまわる。
どうやら私にとっては猿同然の相手でもクラスでは人気者だったらしい。
お世辞にもいい思い出とは言えない頃と比べるとどうだろう。
友達がいるし好ましい相手がいる。
学業も順調、部活も楽しい。普通に青春をしてると思う。
「くぅ……二人とも正論で殴ってこないでよ! そういうのパラパラだよ!」
「ノリノリで踊ってるな」
「正しくはパワハラね。でもこの場合だとモラハラとかのほうがの方が正解じゃないかしら?」
「いやいや否定しろよ。何事も肯定しちゃうと後々面倒だから。自分が99%悪くても残り1%は世界が悪いって思うのは基本だろ。それでも俺は悪くない世界が悪い」
「ダメな人だ!? そうじゃなくて、青春は今しかないんだよ!」
「確かに青春は今この時間だけしかないだろうな。後数年もすれば働いてクソな上司とチャラい新人の板挟みに――」
「スト――――プ! そういうテンション下がることいわないの。ヒッキーの考える未来は捻くれすぎだよ!」
相変わらずのひねくれた比企谷君の持論に由比ヶ浜さんが×を出した。珍しい。普段ならこのままいいように言いくるめられるのに。
「仕方ないわよ。生きざまも性根もひねくれてるから人生も捻くれるのは道理でしょう」
「一歩進んで二歩下がって三歩進んだと思ったら落とし穴に落ちる。人生なんてそんなもんだろ」
「まったくこの男は……そこのどうしようもないのは無視するとして」
「無視っていっちゃうのね。お前オブラートって知ってる?」
「あら? これでも何枚も重ねて包んでいるのだけど。外した方がいいかしら?」
ニコリと微笑めば比企谷君は恐怖におののく。
「……そのままで大丈夫です」
勝ったわ。
勝利の余韻を味わいながらフフンと微笑む。
「そうするわ。それで由比ヶ浜さん、私はああいう所はあまり得意ではないの。でも別の場所ならお付き合いするわよ」
「ほんと! わーい! ゆきのんありがと!」
「そうね。今の時期だとどこがいいかしら」
同性からの素直な好意を向けられることは悪い気はしない。最近見つけた発見だ。
ちなみにこれが異性となると、話は変わる。
好意の中にどうしようもない欲望が混ざる。興味のない異性からの好意ほど面倒な物はない。私の経験談よ。
「いっそ夏場とかにも皆で遊びに行くのもいいよね! 小旅行とかで」
「旅行……遠出は少し……」
楽しそうな由比ヶ浜さんの提案に私は気後れした。
インドア派な私としては、半日くらいなら誰かと外で遊ぶことは許容できる。けれど、それ以上となると少し。
「ゆきのん……」
断ろうかと悩んでいると、由比ヶ浜さんは弱々しい声で私を見つめていた。
瞳を潤ませ今にも泣きそうな表情。
上目遣いで見つめられると庇護欲をそそられる。
「…………仕方ないわね」
「わーい!」
戸惑いながらも私は諦めた。
それと同時に由比ヶ浜さんは喜び抱きついてくる。
鬱陶しいと思う気持ち3割、悪い気もしないと思うのが7割。
以前、比企谷君が姉さんに抱きつかれて鼻の下を伸ばしていたけど……その気持ちが少しわかるわ。
「雪ノ下が
「聞こえてるわよ」
由比ヶ浜さんの頭を撫でていると、そんな不明よな呟きが聞こえる。
ギロリと威圧感を込めて睨むと彼は見るからに怯えた。
「こわい」
プルプルと震える比企谷君はまるで自分は敵じゃないと訴えるスライスのようだった。
逆に私の腕の中にいる由比ヶ浜さんは嬉しそうに笑った。
「えへへ、そんな美人だなんて」
恐らく意味を理解していない。
彼は「びじんきょく」と言ったが正式には美人局と書いて「つつもたせ」と読む。詐欺行為の通称だ。
概要は子個人で調べるとして、生娘のように花を恥じらう少女に残酷な現実を教えるとしよう。
「褒めてないぞ」
「え?」
「むしろ貶されているわ」
「そうなの!?」
ガーンと目に見えるリアクションを取る彼女は、そのままほほを膨らまして比企谷君を睨みつける。
どことなくリスに似てる。
「意味的にはリア充爆発しろの亜種類義語だな」
「……あ、あしゅ? るいぎご?」
「そんな言葉ないでしょうが」
意味のわからない言葉で相手の思考を止めるのは彼がよくやる手法だ。
一定以上の教養があればどうということはないが、由比ヶ浜さんはいつも騙されている。彼女の生来がそこはかとなく心配だ。
「それより旅行に行くとしても高校生なのだから長くても一泊二日が妥当ね」
「あ、うん。どこがいいかな~」
「そうね」
できれば自分への負担が少ない場所がいいと真剣に考えた。
「夏に行くならやっぱり海――」
「山がいいと思うわ」
その結果、私と由比ヶ浜さんは敵対した。
・・・
山VS海。
古来より夏のレジャーとして話題に上がるレジャー論争。ひと昔前までは海の人気のほうが高かったが、昨今は空前のキャンプブーム。本格的な1から全てを始めるキャンプから自分で準備する物がほとんどないお手頃キャンプまでニーズに合わせた商売展開をしている。
人間性の色濃く出る思想戦争が勃発したのである!
・・・
両者が言葉に一瞬つまる。けれど、現状把握能力で私は一歩先に出た。
先制攻撃は兵法の基本よ。
「山といっても止まるところは近くのコテージにすれば面倒なキャンプの準備をしなくてもいいし、バーベキューなら食事の手間も簡単よ。自然に囲まれた山は避暑地にもいいでしょう」
山の利点をアピールしながら私が思い浮かべるのは満点の星空だった。
静かな草原で比企谷君と横に並び星を仰ぎ見る。
『あの中央に3つ星が並んでいるのがオリオン座よ』
『ギリシャ神話でオリオンは女神アルテミスと愛し合っていたわ。でも、アポロンの策略でアルテミスは愛するオリオンを矢で射抜いてしまうの。悲しんだ女神はオリオンを天空の星座にあげ二度と恋をすることはなかった』
その事からアルテミスは処女神と呼ばれるようになる。
好きな人を一途に思うその心に私は共感する。
『まるで私たちのようね』
『ちょっと待って今の話のどこに共感するポイントがあった? え、俺死ぬの???』
『フフフ』
そんな妄想をした。
「やっぱり夏のレジャーは山に限るわ」
力強く断言すると、負けじと由比ヶ浜さんが言い返す。
「でもでもやっぱり定番は海だと思う!」
ハイと手を上げて発現する由比ヶ浜さんは海のいい所をアピールし始めた。
なんというか絵にかいたような青春群像劇みたいな内容だった。
当然私は反対した。
「……海は人も多いし夏の陽気にあてられてナンパもでるわ。汗でべたつくしサメもでるのよ」
「白い砂浜に照り付ける太陽。スイカ割や花火だってできて楽しいよ!」
すると由比ヶ浜さんは何かを思い浮かべる様に視線を上に向けた。
まるでなにか幸せな妄想をしているような顔だ。
『夕日キレイだねヒッキー!』
『ああ綺麗だ』
地平線に太陽が沈み始めた頃、浜辺にはふたつの人影があった。
『本当に今日はこれて良かった』
遊び疲れているのかとろんとした表情をしている少女。
『由比ヶ浜』
少年は静かに少女の手を握る。
『え……!?』
突然の事に動揺を隠せない少女に向かい少年は真剣な眼差しを向ける。夕日のせいかそれとも別の要因か段々と赤く染まっていく頬。
『夕陽よりもお前の方が、その、なんだ、アレだ……』
『……プ、もー大事な所でヘタレなんだから』
『う……すまん』
一世一大の告白は少年がヘタレて失敗に終わる。見るからに肩を落とす姿に逆に少女は愛おしいまなざしを向ける。
『でも、ヒッキーらしいよ』
波のさざめきか聞こえる中。
少年と少女の影は近づき重なる。
※由比ヶ浜結衣はそういう妄想をした。
「いい!」
「いきなりどうしたの?」
ボーとしたかと思えば突然ガッツポーズを決めた由比ヶ浜さんに困惑して声をかける。
首を傾げて彼女の顔も見ると耳まで真っ赤になっている。熱でもあるのかと額に手を伸ばすけれど、少し体温が高いくらいで特に問題はない。
「っハ! な、なんでもないよ」
「顔も赤いし、ほら耳まで真っ赤に」
「ほんとうに何でもないから大丈夫! そ、それよりやっぱり海の方が夏って感じがしない? ほら、海の家で食べる焼きそばっておいしいし!」
ブンブンと顔を左右に振りながら手も振り回す姿はあまり大丈夫そうではない。けど、本人が大丈夫と言ってる以上は外野がどうこう言えることでは無い。
それにあまり聞き捨てならない事を言った。
「海の家で出てくる程度の物ならもっとおいしい物がいくらでもあるでしょう」
「いやーあれは海の家で食べるから美味しいというか……それに山って虫とか多そうだし」
「虫よけスプレーをかければいいじゃない。それより海は直射日光と砂浜に反射した日光が襲ってくるわ。お肌に良くないと思うの」
「それだって日焼け止め塗ればいいじゃん!」
「海」
「山」
段々とヒートアップしていくとお互いの意見を曲げる様子がないのは理解できた。ならばと、視線を向けた先には我関せずとそっぽを向きながらチラチラとこちらの様子を窺っている男の姿がある。
「ヒッキーも夏は海がいいよね!」
「あらインドアな比企谷君なら海よりも山よね? 海と違って人も少ないしコテージの様に専用の場所を借りれば誰かが入ってくる事もないわ」
この場には3人しかいない。なら多数決をすれば答えは決まる。
私には確かな自信があった。比企谷君が私を必ず選ぶという確信は、ないけれど。独りでいることを是とする感性を色濃く持っているのは私の方だ。
こればかりはクラスカーストという物の上位に位置する由比ヶ浜さんに理解できない領分でしょう。
その事は彼女自身も理解できたのだろう。
だからこそ、彼女は禁忌を犯した。決して使ってはいけない最終兵器を投入したのだ。
「う、海だっていい所沢山あるしそれに……今年の水着もうサイズが合わなくなっちゃったから、あ、新しい水着も買う予定だし!」
胸元を抑えて照れながらそういう彼女の姿に頭を殴られたような衝撃を受けた。
「!!」
容姿端麗を自称し認知されてる私はボディーラインに自信があった。男の子は少しぽっちゃりしてた方がいいと言われているが、それでも負ける気など端からないほどに私は美少女だった。
けれど、そんな私に唯一欠落しているもの。
「……!」
戦力に数えるなら戦艦級のそれを凝視して次に自分の胸に照準を合わせる。
「……!?」
まさに絶句。そこには戦力差があった。暴力的なまでの成長期。戦う前から勝負が見えてる。それほどまでに由比ヶ浜結衣の胸部は圧倒的だった。
もしも、もしもこの彼我の戦力差で海にいったとしましょう。
『あら比企谷君そんなに鼻の下を伸ばしてどうしたのかしら』
『べ、別に』
水着姿の私に比企谷君は当然見惚れる。それは自明の理でしょう。その視線に優越感を感じながらからかっていると。
遠くから由比ヶ浜が走ってくる。
『二人ともー! おいてくなんてひどいよー!』
走る度にゆさゆさと揺れるそれに比企谷君の視線は釘付けだった。
そしてハッとしたように私を見た彼は言うのだ。
『アレに比べて雪ノ下は……ドンマイ』
そんな想像を私は破り捨てた。それはもうビリビリにしてシュレッダーにかけて炎にくべて残された灰を海にまくほどに。
「……海なんて死んでも御免よ!」
「どしたのいきなり?」
「卑怯よ由比ヶ浜さん。正々堂々と戦いなさい!」
「だから何なの!?」
「くっ……なんでもないわ。山にしましょう。山は全てを包み込み浄化してくれる神秘的な場所よ。生命の母を語る淫らな女(海)なんて公序良俗に反するわ」
「いきなり海に対しての当たりが強くなってない!?」
「とにかく山よ!」
「海だよ!」
「山!」
「海!」
「埒があかないわね。こうなったら多数決にしましょう」
「異議なし!」
「さぁ」
「ヒッキー」
「「どっち!」」
「なんで俺に振るの?」
比企谷君は心底うんざりしたようにため息をつくが関係ない。
これは女の教示をかけた真剣勝負なのよ。
「山を選ばなかったら分かるわよね比企谷君」
ニコリと微笑めば比企谷君はビクリと震えた。
「なんかそれ狡いよ! ヒッキーは千葉好きだから海もスキだよね! それにみ、水着も」
由比ヶ浜さんが胸のそれを強調すると比企谷君はビクリと震えた
「貴方のそれ狡いわよ!」
「ゆきのんだって脅迫じゃん!」
「……もう家でよくね?」
「「!?」」
やいのやいのと言い合う私たちに向けて比企谷君は第三の選択肢を提言する。
「そもそも夏場に旅行とか熱いし怠いし、海はリア充の巣窟だし、山も最近はサークルとかキャンプの奴とかいるし……その点、家はクーラーで涼しいしのびのびできるし」
比企谷八幡は思い描いた。
夏の暑い日、実家のフローリングでゴロゴロする自分を。クーラーの真下では我が家の飼い猫カマクラが陣取り腹を見せて眠っている。
ゲームをしながらアイスを食べてゴロゴロ。
夏のアニメ特番を見てゴロゴロ。
すると、マイシスターが薄着でやってくる。
『もー夏休みだからってだらけすぎだよゴミいちゃん』
『へーい、それは悪―ございます。あ、麦茶とって』
『ダメだこの兄。そんなんだからごみいちゃんはいつまでたっても八幡なんだよ!』
『むしろ八幡以外の何かあんの? 昼飯ってなに?』
『小町特製のそうめんだよ!』
『またか……』
『大丈夫今日のは小町特製だから!』
『何が違うんだ?』
『なんと小町からお兄ちゃんへの愛が入ってます! 定価275円です』
『安いな……』
ツッコみながらも心持ちいつもよりおいしい気がするけど気のせいだったそうめんを啜る。
そんな自堕落ながらも楽しい夏休みを妄想した。
「うん、やっぱり実家が一番だ!」
独り納得する比企谷君を他所に女子二人のテンションは急速に下がっていく。
「……」
どうしようもない比企谷八幡をジトリとした目で見つめ、お互いに視線を合わせる。
そこには先ほどまでの諍いはなかった。
両者の瞳に映ったのは確固とした決意。そう、彼女達は理解したのだ。自らの妄想を実現するためにはまずはこの引きこもり体質の男を外に連れ出さねばならないと。
今回の勝負 未決着 両者共闘のため。