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朝。それは1日の始まり。
誰もが清々しい目覚めをしたいと思うが、現実は無情だ。
寝違えや体のだるさといった身体的問題。月曜日の朝に学校に行きたくないし、曇りだと気が滅入る。そんな精神的要因。さらに、社会に出れば二日酔い等の大人の都合的な要因が加わる。
清々しい目覚めなど現代社会に生きる俺達にとっては夢のまた夢ということだ。
二重の意味で夢から覚めないといけないとは本当に無情な話だ。
「……んぅ」
俺は目覚めるとまず自分の体調をチェックする。
目をつむったままできるし、体を動かなさいで済む。二度寝ではなく体調チェックだからと自分への言い訳にはちょうどいい。
あわよくば体調不良で学校休めないかと密かに狙ってもいる。
本日の体調は……。
残念ながら健康だ。
寝違えもないし曜日は水曜日。差し込む木漏れ日と雀の鳴き声は晴天を示している。当然二日酔いもない。飲んでないからな。
どうやら清々しい目覚めの朝らしい。朝チュンだ。いや、それは違うな。
過去稀に見るベストコンディション。もしかしたら人生最高の目覚めかもしれない。
やれやれ、これでは二度寝もできない。
寝続ける言い訳もなくなってしまった。
……仕方ない。起きるか。
のそのそと体を持ち上げ目を開ける。すると、なんという事でしょう。
マイベットの上にはそこそこ大きな虫の死骸が文字通り虫けらの様に転がっていました。
前言撤回。
今日は人生稀に見る最悪の目覚めだ。コンチキショウ。
「ぎゃああああ!?」
体が覚醒していた事が災いした。
逃げ出そうとベットから飛び降りると勢い余って転がり落ちる。
ドガンと大きな音がなると体に鈍い痛みが走る。視界が上下逆になった。
「もーお兄ちゃん! 朝からヒキガエルが潰されたような断末魔上げて、ご近所迷惑だから静かにしてよ!」
上下さかさまの視界に移るのはマイシスター。朝から激おこぷんぷん丸である。
ところで、この言い回しっておじさんしか使わないって本当だろうか?
「朝からちょっと辛辣だよ。……て、そうじゃなくて、これだ、これ!?」
「? ……ああ、虫の死骸。またカー君が持ってきたんだね」
素早く体を起こしベットの上を指さす。
けれど、小町の反応は非常にドライだ。これが世にいうドライシスター。
小町は仕方ないといった風に部屋のゴミ箱をとって虫けら共を捨てていく。
虫系が駄目な俺と違って妹が男前すぎる。あらやだ惚れそう。
「あ、あのクソ猫。なんで毎回俺の所に持ってくるんだよ……」
恨めしさ増しマシで下手人ならぬ下手猫であるカマクラに恨み言をいった。
なんと驚くべきことに俺の最悪の目覚めはこれが最初ではない。多分最後でもない。あの野郎は普段あまり懐かないくせに俺の元に獲物を献上してくるのだ。
ただし、そこに敬意や敬いはない。むしろ悪意しかないと俺は思ってる。
「んーお兄ちゃんの事がすきなんじゃない?」
「いいや違う。あいつはそんな玉じゃねえ。むしろ、俺の事を嫌ってる」
「そうかな~そだね~。ま、どうでもいいから早く起きてご飯食べちゃってね」
「……もうちょっとお兄ちゃんに興味もとうよ妹よ」
「はいはい、めっちゃ興味あるある。だから早くして、朝は小町もいそがしいんだから!」
パタパタと手を振られてそう促されれば動くしかない。シッシと邪魔ものを追っ払う動きに見えるのは多分気のせいだ。
「はいはいわかりました」
「はいは、一回でしょ!」
「いやお前も言ってたからね?」
「記憶にございませーん」
「疑惑かけられ政治家か」
「全ては私設秘書がやった事です」
「あ、この政治家完全に黒だわ。つーか誰だよ私設秘書」
「ん~お兄ちゃんで」
「実の妹に売られた……」
何はともあれ、俺の精神的&肉体的ダメージを除けば比企谷家は通常通りの朝を迎えた。
ちなみにだが。リビングに降りるとカマクラは人の顔を見て小馬鹿にするような鳴き声を出しやがった。
やっぱり確信犯だろこいつ。
・・・
放課後。
最悪の目覚めから立ち直れず、いつも通りの気だるげな1日が終わる。って、いつも通りなのかよ。
はいそうです。いつも大体こんなもんですね。
部室に向かうと部室前で雪ノ下と由比ヶ浜が立ち尽くしていた。
「何してんの? また材木座でもいたのか」
いつぞやの材木座の登場回を思い出し声をかける。
俺の声に驚くことはしなかったが、雪ノ下も由比ヶ浜も困った様な表情だ。
「当たらずも遠からずよ」
「え、ええ……それは流石に酷いんじゃ」
雪ノ下の肯定に由比ヶ浜が引いている。
「とにかく中に入ればわかるわ」
首を傾げながら、促されるまま部室に入る。
中には誰もいない。風に舞い上がる駄文が綴られた作文用紙も駄文製造機の中二病も。
紅茶の準備をしていたのか2人分のカップが用意されている。けど、中途半端な準備だ。
「別に誰もいないけど……なんでお前ら入ってこねえの?」
一通り見まわして異常らしい異常はなかった。振り返りると、2人は扉の前から動いていない。
不審者がいなくて安心したという顔ではない。むしろ、何かを警戒している。
「安全確保の為よ」
「ヒッキー気を付けて」
「……なんなの? 超不安なんだが」
正体不明の不安に駆られもう一度部室の中を見渡してみる。やはり誰もいない。
「……なんだ?」
今、何かが動いたような。
視界の端を小さな物が横切った。それは長机の下に潜り込んだ。
ごくり。
生唾を飲み込み恐る恐る机の下を除きこむ。これでもしピエロメイクのおっさんが「ハーイ、ジョニー」とか言ってきたら全力で泣くぞ。
「ッ!?」
不気味なピエロはいなかった。その代わり、俺が言葉を失うほどの衝撃的な存在が蠢いていた。
黒くてテカテカ光っていてカサカサ猛スピードで動き回る台所の黒い悪魔。そうゴキブリだ!
奴に俺の存在を感づかれてはいけない。もしバレたら奴らにテラでフォーマされちまう。
ステルスヒッキー最大出力。戦略的撤退を開始する。八幡いっきまーす!!
慎重な足取りでそろりそろりと忍び足。どうにか無事に部室からの撤退を完了した。そのまま扉を閉めぶっはーと息を吐く。
「ゴキブリがいるぞ!?」
「そうなの。アレが突然現れて部室を占拠して困っているの」
「ねぇなんで最初にそれ言わなかったの?」
咎める視線を雪ノ下に向けるとニコリと微笑みながら答えた。
「あら、中にそれがいると間接的に肯定したでしょ?」
うわー、まったく邪気の無い笑顔だー。
どうやら材木座の奴アレと同類と認識されているらしい。
通りで由比ヶ浜が引くわけだ。これは流石に名誉棄損である。一応であるがアレの友達未満知り合い以上……か、どうかはさておき。反論をしなければならない。
「そいつはあまりにも失礼ってもんだ。材木座はあんなに素早く動けないし黒光りもしない。あんなのと一緒にされちゃあ太古の昔から地球に在住してるゴキブリさんに失礼だろ」
「そっちの弁護!? ヒッキー友達なんだからそこはガツンと言い返しなよ!」
「友達じゃねえし。それに由比ヶ浜の方こそガツンと言えばいいだろ」
「なんで?」
こいつキョトンとした顔でいい返してきやがった。
そのなんでは「なんで友達じゃない赤の他人の弁護をしなければいけないの?」という純粋無垢な疑問だ。
悪気がないだけ、なお質が悪い。残酷な現実を突きつけられる。
「それよりも早い所アレをかたしてくれないかしら? このままじゃまともに部活ができないの」
「……いやいや待って。え? なんで俺がヤル前提なの?」
「男子は虫が好きでしょ」
「最近の男子はむしろ虫嫌いな奴も多いからね? 虫好きが許されるのは小学生までだから。というかよしんば虫が好きでもあれを好きな変わり者いねえよ」
「貴方変わり者でしょ? それに普段他人から無視されているのだし大丈夫でしょ」
「前者は否定はしないが。特大のブーメランなのは置いといて。後者は完全な悪口だよね? まぁ、高度なボッチスキルのたまものだから胸を張るが」
「胸を張っていう事じゃないよヒッキー……」
憐れむような視線を向けられるが、無視だ。
俺の中のプロフェッショナルボッチは揺るがない。誇りを胸にさぁ飛び立とう。アイキャンフライ!
ただし、向かう先は闇の中だけどね!
「頼りにならないわね」
「うるへー。そういうお前らはどうなんだよ。虫が好きな女子とかギャップがあってモテるぞ」
「えー全然可愛くないよ。普通に引くよ」
「そんなギャップなんて必要ないわ。私モテるから」
由比ヶ浜も雪ノ下も断固拒否の構えだ。
雪ノ下に至ってはなんか論点がズレているがゴキ退治をするつもりはないらしい。というか相変わらず凄い自信だ。しかもその自信が正しい認識な所が凄い。
さすがは雪ノ下。略してさすゆきだ。
こうなると膠着状態待ったなしだ。
雪ノ下は蛇の様な視線を俺に向け、俺は睨まれ動きを封じられ、由比ヶ浜は雪ノ下の氷の心を溶かす。
どんな三竦みだ。
「よし、じゃんけんで決めよう」
なので俺は公平かつ男女平等な提案をする。蔑すまれた視線を感じるが無視だ。無視。
俺は真の男女平等主義者。ドロップキックはできないが、正論でDVしてくると評判の男。主に学園祭以降からそう呼ばれているらしい。
「恨みっ子なしだ。負けた奴は潔くアレを殺そう」
「待ちなさい。貴方どうやってアレを退治しようというのかしら?」
雪ノ下の問いかけに考える。
殺虫剤的な物は手持ちにない。職員室まで行けばあるかもしれにが、往復してる間に奴にどんな変化があるのか分からない。最悪時間をロスして時間切れになる可能性もある。
台所用の洗剤も殺虫剤と同じだ。探せばあるかもだが今はない。そうなると残る手段はひとつだ。
「そりゃあ……潰すしかないだろ」
「それで、潰した後はどうするの?」
「潰した後ってそりゃあ……っ」
「気が付いたようね。よしんばアレを退治してもその方法では後処理が面倒よ。貴方にできるかしら? 潰れて飛び散ったアレを回収並びに破棄するのを」
無理です。生理的に無理ですごめんなさい。俺の脳内の一色が全力でお断りしてる。
「くっ……それじゃあどうすれば」
「仕方ないわね。これを使いなさい」
そういって雪ノ下が差し出したのは未使用の割りばしだった。
「……雪ノ下って弁当じゃなかったか。なんでそんなの持ってるんだよ」
「たまたまよ」
どんなたまたまだろう。
「……まぁいいや。それより割り箸でどうしろと?」
「決まっているでしょ。つまんで外に出すの」
シャキーンと無駄にかっこよく割りばしを構える雪ノ下。
そんな彼女に真っ先に浮かんだ感想は、何言ってんだコイツだった。
「宮本武蔵でも連れて来いよ」
普通の動体視力の人間にそんな真似はできない。よしんばできたとしても一流のアスリートや達人レベルの武闘家とかだ。
一介の高校生に何を求めているか。超高校生級の天才でもギリギリだろ。
「私はできるわよ」
「……よしんばお前ができるとして、それを俺達に求めるなよ。なぁ由比ヶ浜?」
さすゆきはともあれ、常識的に考えてほしい。ということで常識人担当の由比ヶ浜に話を振った。
座学や知識には若干の不安があるが、常識に感しちゃ奉仕部きっての担い手だ。
「あ、それ私もできるよ」
「なんで!?」
嘘、マジで?
え、何、俺が間違ってんの?
それとも最近の女子校生の間で虫を箸で捕まえるのが流行ってんの?
「いや~この間ゆきのんとご飯食べてたら食後にハエが飛んできて驚いてえい! ってやったらなんか取れちゃったんだよね」
たははと照れたように当時の事情を説明する由比ヶ浜。アホっぽい語りなのにやってる事は普通に凄いです。
「そしたらなんでかゆきのんが凄い対抗しちゃって……」
で、雪ノ下は相変わらずの負けず嫌いか。2人の間でどんな会話があったのかは知らないが、死ぬ気で猛特訓してる雪ノ下の姿が目に浮かぶ。
「それなら――」
「嫌よ」
言葉の途中で食い気味に拒絶される。
「できるとやるは全くの別物よ。それとも、仮に比企谷君に世界を救う力があれば、貴方は救世主にでもなるのかしら?」
「……ああ、なるほど。確かに別物だな。俺にそんな力がアレば間違いなく悪の組織作って世界征服するわ」
「なんでだし!?」
そんなに驚かれる事でもないだろ。むしろ、逆に聞くがこの世の中に救う価値があるというのか。社会に出て社畜の様に消費される人生なんてクソくらえ。専業主夫こそ世界の正義。誰か俺を養ってくれないかな。
ちなみに世界征服をしたあかつきには絶対に許さないノートに名前が載ってる奴に順番に復讐するのであしからず。
フハハハハハ、恐怖に慄くがいい!
そんな妄想はさておき、じゃんけんだ。最初はグーと声高々に宣言し、次の瞬間にはそれぞれの手札が開示される。
俺はグーだ。
なにせ、グーは石でパーは紙、チョキはハサミを現している。このラインナップならどう考えてもグーが最強だ。
というかなんで紙は石をくるむから勝利なのか、君たち人間はいつもそうだ。まったく意味が分からないよ!
で、雪ノ下と由比ヶ浜はパーだった。ふぇぇパーには勝てなかったよ……。
「ヒッキー頑張って!」
「手早くお願いね」
「……」
由比ヶ浜の応援と雪ノ下の要求を背中に浴びながら割りばし片手にゴキブリ退治。言いだしっぺの法則とか誰が言い出したのか。迷惑な話だ。
「……しゃあねえ。やるか」
決まった物は仕方ない。覚悟を決めて割りばしを割る。
片方が短い不揃いの割りばしが誕生する。お前まで俺を嘲笑うというのか。ブルータスお前もか!
「……」
長机の下をのぞき込む。奴はいない。どうやら移動したらしい。
安堵のため息が漏れるが、それじゃあ奴はどこにいるのか。飲み会を途中で抜ける新人社員の様に、このままフェードアウトを決め込んでくれて一向にかまわないんだけね。
奴を捜索する為、机の下から顔をあげた。すると。
ポトリ。
天井から黒い何かが俺の顔に落っこちてくる。黒い何か、そんなごまかしが通用しない事は俺が一番よくわかっている。こんなのただの欺瞞だ。それでも人は希望に縋りつきたい生き物なのだ。
存在を認知しなければそれはいないも同然!
希望を捨てるな八幡!
まだ焦る時間じゃないぞ八幡!
顔に乗っているそれを割りばしで摘まむ。震える手で視界に収まるまで遠ざける。まごう事なきゴキブリを視認!
「ぎゃあああああ!?」
そこから先の記憶はない。どうやら俺は失神したようだ。おお八幡を失神してしまうとは情けない。
・・・
「ヒッキー!」
「くっ、どうやら比企谷君がやられたようね。けれど、彼は奉仕部の中でも最弱……でも、これからどうしましょうか」
扉の外で待機していた2人はそれぞれ途方に暮れていた。すると、廊下の方から声がかけられる。
「お前たち何してるんだ?」
白衣を着た女教師。奉仕部顧問の平塚静がやって来た。
「さっき凄い叫び声がしたが何かあったのか? まるで車に轢き殺されたカエルの断末魔みたいな」
「先生……ヒッキーが」
顔を覆い涙目の由比ヶ浜結衣が、失神して倒れている八幡を指さす。
「寝てるのか比企谷?」
事情をまったく知らない静はなんの躊躇もなく部室に入り、倒れている八幡に近づいた。
「ん?」
すると、そんな八幡の体の上を這いずるゴキブリを発見した。
「なんだただのゴキブリか。それもウルシゴキブリだな。害虫じゃないから怖がる必要はないが」
静は素早い手さばきを使い素手でゴキブリを捕縛する。そのまま開いている窓辺に向かい片足上げ投球フォームを構える。
そして、全力で投げた。
「自然にお帰り!」
空高く投げられたゴキブリは大空に翼を広げ飛んで行った。悲しみの無い自由な空へ。
「まったくこの時期になると虫が多くてかなわないな。それで、結局どうしたんだ?」
手をはたきながら何食わぬ顔でゴキブリ退治を完遂した静はそのまま奉仕部女子の面々に問いかけた。
けれど、女子たちの反応はなんとも言えない微妙な物だった。
「……平塚先生は漢らしいですね」
「でも、女子力低い」
「!?」
本日の勝敗 平塚先生の敗け。
理由 教え子から突然ディスられた。