明るい筋肉 作:込山正義
突然だが、ちょっとだけ俺の出す問題を適当に聞いて、答えを考えてみて欲しい。
問い・筋肉は平等であるか否か。
今、現実社会は筋肉、筋肉と訴えて止まない。
男女によって鍛え方を変えるべきだと叫ばれ、より良い筋肉を手に入れようと躍起になっている。
女性の骨格筋率をあげよう、筋肉専用車両を作ろう、時には名簿の順番までも筋肉を基準にする。
筋肉弱者は差別する対象として『ノーマッスル』と呼ぶようにと世論は働きかけ、今の子供たちは筋肉こそが全てだと教え込まれる。
それは正しいことなんだろうか。と、そんな風に俺は疑問を抱いた。
男と女では筋肉への期待も違えば理想も違う。ノーマッスルはどれだけ取り繕ってもノーマッスルでしかないのだ。そこから目を背けては何の意味もない。
つまり答えは否。筋肉は不平等なもの、存在であり、平等な筋肉など存在しない。
かつて過去の偉人が、天は筋肉の上に筋肉を造らず、筋肉の下に筋肉を造らず、と言う言葉を世に生み出した。でも、これは皆平等マチョよと訴えていた訳じゃない。
そう、この有名すぎる一節には続きがあることを皆は知っているだろうか。
その続きはこうだ。生まれた時は皆平等だけれど、張りやキレに違いが出るのはどうしてだろうか、と問うている。そしてその続きにはこうも書かれている。
差が生まれるのは、筋トレに励んだのか励まなかったのか。
そこに違いが生じてくる、と綴ってある。それが有名すぎる『筋肉のすゝめ』だ。
そして、その教えは2015年を迎えた現代においても何一つ事実として変わっていない。もっとも、事態はより複雑かつ深刻化しているが。
兎にも角にも……俺たち人間は鍛えることの出来る生き物だ。
平等じゃないからと言ってヒョロガリのまま生きていくことが正しいことだとは思わない。
つまり、平等な筋肉という言葉は嘘偽りだらけだが、不平等な筋肉もまた受け入れがたい事実であるということ。俺は今、人類にとって永遠の課題に新たな答えを見出そうとしていた。
なあ、今このページを開いて読んでいるそこのお前。
お前は筋肉について、ちゃんと考えたことがあるか?
筋トレをする意味って何だろうって想像したことがあるか?
今はまだヒョロっとしていて、いつか何となくマッチョになっているだろうなんて考えてないか?
少なくとも俺はそうだった。
自重トレーニングを終えてマシントレーニングになった時にはまだ気付いていなかった。
ただ新たな刺激を得られたことだけに喜びを感じていた。
自分の腹筋が、背筋が、その瞬間、現在進行形で大きな影響を与えていることに気が付いていなかった。スポーツジムで腕立てやスクワットを勉強することの意味すら理解していなかったんだ。
……確か冒頭は、こんな感じだった気がする。
****
自分が葛城康平になっていると気づいたのは、生まれ変わって1年が経ってからのことだった。
俺には前世の記憶があった。とはいっても生まれた時から全てを覚えていたわけではなく、時間が経つにつれて少しずつ記憶を取り戻していくという感じだった。
記憶のピースが段々と埋まっていき──やがて1歳の誕生日を迎えた頃、俺は全てを思い出した。
その上で重要なことは主に二つ。
一つは俺の名前が葛城康平であること。
そしてもう一つは、俺がハゲているということ。
前者はいい。葛城は珍しい苗字ではないし、康平もありふれた名前だ。
問題は後者。この年齢にしてすでにハゲているというのは悲しみを通り越して発狂したくなるような驚愕の事実だった。
赤ちゃんだから髪が薄いなんていう生易しいもんじゃない。正真正銘産毛の一本すら生えていない──ツルツルのテカテカのピカピカだった。
さらにこの二つの事実を合わせて考えてみた場合、追加で恐るべき可能性が浮上する。
ハゲなのに葛城という皮肉のようなギャグさえも霞んでしまうそれは、今いるこの場所がとあるラノベを舞台にした世界なのではないかというものだ。
『ようこそ実力至上主義の教室へ』という小説の中には『葛城康平』という人物が登場する。
その葛城康平というキャラの特徴は『ハゲ』。
これはもう確定と言ってもいいのではないだろうか。それくらい確実性のある判断材料だった。
後日、疑惑の正否を確かめるためにこの世界について軽く調べてみた。
結果、東京に高度育成高等学校という名の高校があることが判明した。
その事実を踏まえると、やはりこの世界が『よう実』の世界であることがほぼほぼ確定したことになる。
もちろん、まだそうでない可能性も微粒子レベルにだが存在している。
しかし確信を抱くに足る裏付けが取れてしまった以上、そうであるという前提で行動した方が話は早いと思った。
色々と考えた結果、俺は筋トレをすることにした。
なぜ筋トレなのか。これにはもちろんちゃんとした理由がある。
とある漫画において、主人公は厳しいトレーニングを経て莫大な力を得たがその代償としてハゲになった。
一方俺は力を得ていないにもかかわらずハゲになった。
これはおかしい。ハゲは訝しんだ。
転生する際に特典を貰っていて、その代わりにハゲたというのならまだわかる。
いや、ほんとは全然わかりたくないが、少なからず納得することはできる。
しかし俺にそのような記憶は全くない。
チート能力を貰った記憶がなければ、神様に会った記憶すらない。
なんだそれは。理不尽だ。
だから俺は筋トレをすると決意した。
力の代わりに髪を失うなら、髪を失った分の力を後から手に入れてもいいはずだ。
順序が逆だというツッコミは受け付けない。卵が先か鶏が先かなんて些細な問題に過ぎないからだ。
葛城はあの見た目で運動の方は平均的だった。
恵まれた体格からの身体能力C。親からもらった立派な身体を全くもって活かし切れていない。
だから鍛えてやろう。頭が良く運動もできるスーパー葛城になってやる。
とりあえずの目標は某ダンベル漫画の街雄鳴造。
目指すところは高ければ高い方がいい。
二頭がいいね、チョモランマ!
モリモリマッチョマンに──俺はなるッ!
……ちなみにこれまでの話とは全く関係ない話だが、マッチョならたとえハゲていてもかっこよく見えると思う。
むしろマッチョが一番かっこよく見える髪型はスキンヘッドだと個人的には思っていたりする。
だからどうという話ではない。
ただ、ふと頭に浮かんだので言ってみただけだ。
別に深い意味はない。
そう、深い意味なんてないのだ。
俺はハゲを気にしていない。いやマジで。
****
それからなんやかんやあり、俺は無事にマッチョとなり中学校も卒業した。
これまでの十数年間、俺はあらゆることに全力で取り組んできた。
筋トレに始まり勉強、筋トレ、スポーツ、筋トレ、生徒会活動、筋トレ、あとは幅広い交友関係を築いたり筋トレしたり、他には筋トレや筋トレなんかもした。
ここまで頑張ってこれたのも、ひとえに高度育成高等学校に入学するという目標があったからこそ。
せっかく原作キャラに生まれ変わったのだから、原作の舞台である高校に入学しないという選択肢は存在しない。
しかし言うは易し行うは難しとはよく言ったもの。この『高校に入学する』というのが中々に高い難易度の壁として俺の前に立ちはだかった。というのも、入試問題が解ければ合格できるというような単純な話でもないからだ。
国が運営する高度育成高等学校は、試験を受ける前から志願者の合否が決まっている。
より正確に言うならば、今までの生活全てが入試試験。ペーパーテストや面談は形だけのお飾りであり、学校への推薦が為されるかどうかが全て。推薦さえ為されていれば例えペーパーテストが0点だろうと確実に合格できるという特殊な形式は、俺みたいな凡人からすると頭がおかしいとしか思えない狂気の試験内容と言って相違なかった。必死になってペーパーテストと面談を受けたのに最初から落ちることが決まっていたとかカワイソすぎる。
だから頑張った。原作の葛城の性格をトレースしつつ、生徒会長というめんどくさい職も嫌な顔一つせず全うした。原作にそういう記述があったため、学年一位の成績も気を抜かずにキープし続けた。
これでダメだったらもう知らん。そう思えるくらいには努力したつもりだ。
欲を言えば大天使一之瀬がリーダーを務めるBクラスに配属されるのが理想だったりするのだが、わざと事件を起こしたり手を抜いたりして推薦が取り消されてしまったらそれこそ目も当てられないので不用意に暴れるのはやめておいた。
銀髪ドSロリ率いるAクラス。
天使と聖人を掛け合わせたような裏表のない超絶お人好しのピンク髪巨乳美少女率いるBクラス。
暴力はいいゾ〜な暴君率いるCクラス。
人の心が分からず常識も知らない冷徹完璧超人が裏で支配している上に貧乏生活を強いられるDクラス。
さて、この情報を踏まえた上で、あなたはどのクラスに配属されたいと思うだろうか。
ちなみに俺はBクラスがいい。当たり前だ。
だがそれを考慮した上で、テストは全問真面目に埋めたし面接も真剣に受けた。
推薦の前提が覆された場合どうなってしまうのかの判断がつかなかったからだ。
例えば葛城康平が学力面
……あとはまあ、俺にAクラスに入るだけの実力があるのか確かめたいって気持ちも少なからず存在していたが。
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「──お、受かった」
ドキドキの結果発表の日。
家に届いた封筒を筋肉を総動員して引きちぎり中の紙を確認してみれば、そこには合格の二文字が。
まあね、こんなもんですよ。
どやさどやさ。
「うおおおおおっ、受かったぞおおおおおおっ!!」
「やったねお兄ちゃん!」
妹と二人で喜びを分かち合う。
実際のところかなり嬉しい。俺は葛城康平だし歴史の修正力とかそういうのでなんだかんだ受かるだろうと信じてたけど、こうして結果を目の当たりにするとやはり込み上げてくるものがある。
努力が実るというのは喜ばしいものだ。
努力の結晶とも呼べる己の肉体を鳴動させながら、俺は心の底からの笑みを浮かべた。
「でも寂しくなるなぁ。これからしばらく会えなくなるんだよね」
「そうだな」
高度育成高等学校は外部との接触を固く禁止している。
帰省することはおろか、スマホで連絡を取り合うことすらできない。
つまり俺が卒業するまでの三年間、あるいは退学になるまでの間、この可愛い妹ともお別れになってしまうということだ。
「お兄ちゃんに会えなくなるのは寂しいけど、お兄ちゃんが中退しちゃうのはもっと嫌だから……だから頑張ってね」
「ああ……まあ、やれるだけのことはやってみるさ」
クラスのために自ら退学の道を選ぼうとした原作葛城のことを知っているだけに、自信を持って頷くことはできなかった。
そりゃあできれば退学になんてなりたくないけど、もしもの時に自分が何を選ぶかなんでその時になってみなければわからない。
ましてや俺はこの世界にとっては異物も同然。それを理解しているからこそ、原作キャラのためにとこの身を犠牲にすることだって大いにあり得る。いや、むしろそうする可能性の方が高いまである。
ただし山内、テメェはダメだ。
「それに、何年会えないかは私次第だもんね。お兄ちゃんに負けないくらい私も頑張るから、遠い場所から応援しててね」
「ああ、応援する」
具体的に何を頑張るかは語られなかったため、俺も曖昧に声援を送る。
まあ心配なんかしなくとも大丈夫だろう。我が家自慢の妹は俺なんかよりもよっぽど優秀なのだから。
「さーて、そうと決まったら勉強しないとね! お兄ちゃんはいつもみたいにまた筋トレ?」
「もちろんだ」
「程々にしときなよ。お兄ちゃんはもう十分ゴリマッチョなんだからさ」
「そういうわけにはいかない。少しでもサボると筋肉は著しく衰えてしまうからな」
「そっかぁ……」
服を脱ぎ捨てポージングを取った俺の勇姿を妹は遠い目で見つめていた。
なんだその目は。筋トレはいいぞ!
「どうだ? なんなら一緒に──」
「お断りします」
爽やかな笑みを携えての提案はこれまた聖母のような笑みによってバッサリと切り捨てられてしまった。
このように隙を見ては何度か妹も筋トレに誘っているのだが、付き合ってくれたことは今まで一度もなかったりする。
私には必要ないからと言われていつも逃げられる。
まあ、確かに女子中学生に筋肉は必要ないよな。
筋肉質な女の子が好きかって聞かれると、別にそういうわけでもないし。
……ふぅ、仕方ない。いつも通り一人でやるとしますか。
いきなりハードなトレーニングを始めると筋肉が驚いてしまうため、まず初めはウォーミングアップとして逆立ち腕立て伏せから入り、そこから徐々に負荷の高いトレーニングへと移行していくことにしよう。
筋肉王に、俺はなる!
イエスマッソー! オオー!
****
それから数週間後。三月が終わり四月がやって来て、さらに数日経った春休み最終日。
ついに、夢にまで見た生活に向けての第一歩目を踏み出す日がやってきた。
明日は高校の入学式。
そう、待ちに待った原作がもうすぐ始まるのだ。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい、お兄ちゃん!」
一つ年下の妹に見送られながら、俺は数年間共に過ごしてきた我が家を後にする。
向かうは日本の中心都市である東京。
そしてそこに位置する高度育成高等学校。
可能ならば、明るく楽しく憂いのない高校生活を送りたいものだ。
前世では友達は多い方ではなかったので、今回は友達100人を目標にしたいと思う。
なあに、小中の時は達成できたのだ。
高校でも同じようにすればいけるだろう。たぶん。
〈葛城康平〉
原作:ハゲ。かませ。敗北してるイメージが強いが本人は普通に優秀。負ける原因だってそのほとんどが身内の裏切りによるもの。ルールを遵守して堅実に勝ちを目指してるのに場外乱闘を始める輩が多すぎる。仲間想いで家族想いのいい奴。Bクラスに配属されればよかったと思うよ。
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本作:ハゲ。マッチョ。よう実の世界と分かりなぜか筋トレを始めた変態。死ぬ直前にダンベルアニメを見ていたのでおそらくそれが原因。Aクラスにはすでに絶対的ブレインが存在しているため体力面で貢献できたらと考えている。