明るい筋肉   作:込山正義

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アニメのプール回の綾小路に水かけて謝りながりブクブク沈んでいく佐倉可愛い(伝われ)



死ぬことが確定されているカメラ

 

 俺と綾小路による櫛田のストレスを解消させようの会──通称『裏の顔がやばい奴ら(エターナルカルマ)の集い』の記念すべき第2回目が開催されたようとしていた。

 場所はお馴染み機密性の高いカラオケルーム。メンバーは前回と同じで俺、綾小路、櫛田の3人のみ。誰か追加で呼んでもいいと櫛田には言っておいたのだが4人目が来ることはなかった。

 

「歌う前に、葛城くんに聞きたいことがあるんだけどいい?」

「ああ、なんでも聞いてくれ」

 

 櫛田の言葉に快く頷く。

 なんかすごいこと以外なら大体答えられるはずだ。

 

「CクラスとDクラスの間で問題が起きたのは当然知ってるよね?」

「ああ、すでに学年全体で話題になっているからな」

「でね、Dクラスは今一つでも多くの情報が欲しいの。だから葛城くんも何か知っていることがあったら教えてくれない? 目撃者に心当たりとかない? なんなら直接見てたりしない?」

「残念だが力になれそうにないな」

「まあそうだよねー。はぁ、使えないなぁ」

「おい、聞こえてるぞ」

「聞こえるように言ったもん」

 

 なんだもんって。可愛いなおい。

 行儀悪く脚を組みながら溜息を吐く櫛田のスカートに視線がいかないように注意していると、今度は綾小路から話しかけられた。

 

「なあ、葛城は一之瀬って知ってるか? Bクラスの生徒なんだが」

「もちろん知っている。むしろ知らない人間の方が少ないだろう。有名度合いで言えばそこでふんぞり返っている櫛田と同レベルだ」

 

 美貌や性格の良さからか、その人気は1年だけに留まらず上級生にまで及んでいるらしい。

 

「一之瀬がどうかしたのか?」

「実はDクラスに協力したいと申し出てくれてな。だが俺は一之瀬のことをほとんど知らない。だから信用できるかどうかの判断材料が欲しいんだ」

「他のクラスの生徒だから信用できない、というなら俺も同じじゃないか?」

「もちろん丸ごと全部鵜呑みにする気はない。あくまで個人的な意見だけ聞かせてくれればいい」

「そうか、わかった。だがそこは『お前のことは信頼している』と言って欲しかったな」

「オレは葛城のことを信頼している」

 

 おせーよ。

 いやまあ、葛城康平の言うこと絶対信じるマンの弥彦みたいになられても困るからいいんだけど。

 むしろ疑え。ただし深読みはNG。

 

「そうだな……一之瀬を一言で表すなら、櫛田の上位互換だ」

「……は?」

 

 なんだよ、ちょっとした言葉の綾だろ? 

 そんな怒ること……いや怒るか。怒るわ。

 

「すまん。半分冗談だ」

「半分?」

 

 そう、半分。いや、たぶんもっと少ない。

 

「櫛田はコミュニケーション能力がずば抜けて高い。誰に対しても優しく接することができるし、困っている人を放って置けない善性も併せ持っている。その上可愛いしスタイルもいい。思わず天使や女神と呼んでしまいたくなるような、男子にとっても女子にとっても理想の女の子と言えるだろう」

 

 お、ちょっと機嫌戻ったかな。

 でもごめん。上げといて悪いけどここから相対的に叩き落とすことになるんだ。

 

「そして今の説明は、そのまま一之瀬にも当てはめられる。友人が多く頭も良い。クラスの中心人物として皆から慕われている。なら、2人の間にある最も大きな違いは何か。……そう、それは内面だ」

 

 言わんとしていることを櫛田は理解したのだろう。苦虫を噛み潰したような表情になった。なんなら実際にコップに刺さったストローを噛み潰している。

 

「櫛田のそれがほとんど演技なのに比べ、一之瀬の場合はあれが素だ。計算ではなく天然。常軌を逸したお人好しという認識をしてくれればそれで合っているはずだ」

 

 櫛田がなんか見たこともないような顔になってるけど無視して続ける。

 

「長々と話したが、一之瀬さんは信用できる人間だ」

「さん?」

「私情や立場を抜きにして1番信用できる人物を挙げろと言われたら、俺は迷いなく彼女の名前を答えるだろう」

 

 ちなみに2番目は平田だ。逆に最下位は龍園。

 

「だから綾小路も、一之瀬様のことは信用していいと思う」

「さま?」

「少なくともいきなり裏切られることは絶対にないと断言できる」

 

 俺の熱弁に、綾小路は納得したように頷いた。

 だがどこか落ち着かない様子を見せている。チラチラと視線が向かう先は櫛田。どうやらいきなり暴れ出さないか気が気でないらしい。確かに今の彼女は何故だかやばい感じの雰囲気を醸し出している。理由は全くわからない。

 

「あーはいはいそうですかー。へー、葛城くんは一之瀬さんのことが好きだったんだー。へー」

 

 なんだその芝居じみた棒読み。

 

「でもやめといた方がいいよ。葛城くんの主観なんて当てにならないし。それにああいう女に限って内心にドス黒いもん抱えてんだから」

「自己紹介か?」

「そうですけどなにかー」

 

 わかりやすい不貞腐れ方してるなぁ。

 外じゃ絶対お目にかかれない態度だ。

 

「……そうだ、葛城くんって佐倉さんのことは知ってる?」

 

 露骨に話題を変えてきた。一之瀬の話はもう聞きたくないという意思表示だろう。

 他人の感情を読み取り、合わせ、操るのが得意な櫛田のことだ。一之瀬が真正の善人であることもわかっているはず。

 そしてだからこそ櫛田は一之瀬のことを苦手としている。身近に接することで劣等感を刺激され、己の醜さを自覚してしまうから。

 ……なんというか、お可愛いこと。

 

「実は佐倉さんのカメラが壊れちゃってさ。その修理に私と綾小路くんもついていくことになったんだよね」

「昨日の電話のやつか」

「それそれ。で、可能なら葛城くんのことも誘ってくれないか、って佐倉さんに頼まれちゃったの」

 

 ふぁ? 

 

「佐倉さんって他人と関わろうとしないじゃない? 同じクラスでも誰かと話してるとこなんて見たことないのに、一体どこで面識なんか持ったわけ?」

「直接話したのは一度だけだ。その時名前の書いた連絡先を渡した」

「ふーん……」

 

 何かあったら頼ってくれと言ったが、果たしてこれはどうなんだ? 

 同行を申し出るあたり信用されているのか、直接連絡してこないあたり警戒されているのか。

 わからん。佐倉は異性にメールも電話もできない恥ずかしがり屋さんってことで納得しておくか。

 

「葛城くんってああいう地味な子がタイプなの? でも一之瀬さんとは真逆のタイプだよね」

「一応言っておくが、どちらに対しても異性として好きという感情は持ち合わせてないぞ? それに地味というが、佐倉の容姿は全国的に見てもトップクラスだ。眼鏡と俯き具合のせいでわかりにくいがな」

「へー」

 

 かわいさランキングなるものがあったなら、俺はたぶん坂柳か佐倉に票を入れる。もしくはアルベルト。

 

「性格なら、一之瀬さんみたいな子がタイプなんだ」

「そうだな」

「見た目なら、佐倉さんみたいな子がタイプなんだ」

「そうなるな」

「──でも、両方合わせたら?」

「もちろん、櫛田が一番に決まってるだろ!」

「「イェーイ!!」」

 

 パチーンと仲良くハイタッチをする俺と櫛田の姿を、綾小路は困惑した表情で見つめていた。

 喧嘩っぽい雰囲気が漂ってたって? ごめん、ちょっと何言ってるかわからない。

 

 ……いやまあほんとはわかってるけど。

 本音を交えた冗談を言い合える友人なんて今までいなかったら、ちょっとテンションが上がってしまった。かなり失礼なことも言っていた気がするから、そのことについては後で謝っておこう。

 俺は他人に嫌われるのが人並みに嫌いだ。だが櫛田は別。なぜならすでに下限まで嫌われていると確信しているから。

 故に調子に乗ってしまう。今思い返してみても女の子相手に取っていい態度ではなかった。

 反省の意味も込めて、この後の時間は前回の5倍くらい気合を入れて櫛田を褒め殺しにするとしよう。

 1人より2人だと思うから、綾小路も巻き込みながら。

 

 

 

 ****

 

 

 

 翌日の日曜日。俺はカメラを修理に出しに行くという佐倉の予定に同行させてもらうためにショッピングモールにやって来ていた。

 この事態は正直予想外だった。これは原作にもあった謂わばイベントの一つであるが、本来なら葛城康平はこの場にはいないはずなのだ。原作は主に綾小路の一人称で進んでいくため、なんならまだ名前すら出てきていない。

 原作を絶対に守らなければ、という意識があるわけではない。流れを変えないことで原作知識を有効活用したいという思惑はあるが、何がなんでも不干渉を貫きたいとまでは思っていない。

 それは今の現状からも明らかだ。俺は筋肉を鍛え、過去問の入手に動き、綾小路の友人となり、あまつさえ現段階で櫛田の裏の顔まで知ってしまっている。

 原作ブレイクどころではない。バタフライエフェクトという言葉を借りるなら、すでに蝶の数は1匹では足りていない。なんならハチドリレベルでバッタバタ羽ばたいてしまっている。

 故に、影響が出ることについては仕方ないと割り切っている。だが、そう簡単に見過ごせない事態もある。──それが、恋愛フラグの消滅だ。

 綾小路のメインヒロインは軽井沢だ。それに異論はない。

 だが生前、俺は佐倉愛里のことを内心でずっと応援していた。

 一番最初に綾小路に好意を持った佐倉を。変わらず1人を思い続けている佐倉を。心の内を言葉にできずにいる佐倉を。勝ち目が薄いとわかっていながらも、俺は密かに応援し続けていた。

 そういう意味でも、俺にとって佐倉は特別な存在だった。

 わかっている。これはエゴだ。キャラクターとしての佐倉と現実の佐倉は全くの別人だ。だからこれは余計なお世話どころがただの危ない妄想に過ぎない。

 それでも、佐倉が綾小路を好きになった事実そのものをなかったことにはしたくはないと、そう思ってしまう。

 なんかループ物の主人公みたいだな。

 

 結論から言おう。俺はNTRが嫌いだった。その原因の一端が俺にあるとわかれば死にたくなる程度には受け入れられなかった。

 いや、勘違いはしないでほしいが、別に佐倉が綾小路の代わりに俺を好きになるとは微塵も思っていない。

 だがもしも、もしもだぞ? もしも今回の件が回り回って、なんの因果か佐倉と山内が付き合うなんてことになったら、原作を知る人間はどんな心境に陥るだろうか。

 山内には悪いが、そんな未来は万が一にも訪れないと思う。だが、それでも億が一があり得るかもって考えたら、かなーり微妙な気持ちになるはずだ。

 ……な? 

 

 いや別に、山内のことが嫌いなわけでも恨みを持っているわけでもないんだけどさ……。

 なんだろうこの気持ち。やっぱ先入観って良くないな。今度山内とどこか遊びにでも行くか。友情が芽生えればまた認識も変わってくるはずだし。

 

「おはよう佐倉。早いな」

「あ、おはようございます……」

 

 集合場所に到着した俺は気持ちを切り替えて気さくに挨拶を交わした。

 時間はまだ予定の10分前。しかし佐倉はすでにベンチに座って待っていた。

 綾小路と櫛田の姿はまだないので俺もベンチに座ることにする。佐倉のすぐ横に座ってビックリさせたくはないので隣のベンチに腰掛ける。パーソナルスペース云々ってやつだ。

 

「…………」

「…………」

 

 無言。

 しかし気まずさはない。なぜなら俺は佐倉が物静かな人間であることを知っているから。

 けれど向こうはそうじゃないかもしれない。俺と違って気まずい思いをしている可能性もある。

 なら話しかけるべきか? いや、ここはあえて待ちに徹しよう。

 佐倉から話しかけてくるならそれで良し。優しく受け応えをすればいい。

 話しかけて来ないようならそれも良し。何もせず座して待てばいい。

 選択権は全て委ねる。その結果何を選んでも心から祝福する。それが理想のファンってもんだろう? 

 

「……あ、あの…………」

「なんだ?」

 

 空気に溶けて消えてしまいそうな声だったが確かに耳に届いた。

 急かしたり怒ったりといった口を閉ざしたくなるような要素を一切合切排除しただひたすらに淡々とした返事を意識する。

 

「え、えーと……」

 

 なんだ? なんだなんだ? 

 頑張れ! 頑張れ頑張れ! 

 

「…………な、なんでもありません……」

 

 うん、よく頑張ったと思う! 勇気があと一歩足りなかったけど、次はきっといけるさ! だからそんながっかりすんなって! お前はやればできる子なんだからな! 

 

 心の中で佐倉を励ましていると、待ち合わせしているメンバーの1人である綾小路清隆の気配を察知した。地味な服装の男が悠々とこちらに向かって歩いてくる。

 

「よっ」

「おう」

 

 お互いに片手を挙げて挨拶を交わす。男同士はこのくらいシンプルな方が親密っぽくていい。

 視線を這わせて櫛田がいないのを確認した綾小路はそのまま俺の横に座ろうとする。

 おいおいそれはダメだろ。

 

「綾小路」

「なんだ?」

「挨拶は大事だと思う」

「ん? ああ、そうだな。オレも異論はない」

 

 頷いたかと思うとやっぱりベンチに座ろうとする。

 させない。腕を伸ばして堰き止める。

 

「綾小路」

「……なんだ?」

「挨拶は大事だと思う」

「そうだな」

「元気な挨拶を交わせばお互いに気持ち良くなれる。そうだろ?」

「そう、だな……」

 

 綾小路はその場で何やら考え始める。そしてすぐに納得がいったような顔になった。

 目と目が合う。頷かれる。頷き返す。

 ようやくわかってくれたか、綾小路。

 

「おはよう! 葛城!!」

 

 違う。そうじゃない。

 声量に文句はつけてない。

 

「おはよう綾小路。だが言う相手が違うだろう」

「言う相手?」

 

 まだわからないようなので答えを示すように横を向く。釣られて綾小路も同じ方を向く。

 2人分の視線に晒された佐倉はペコリと小さくお辞儀をした。

 

「おはよう、綾小路くん……。ごめんね、影薄くて……」

「……ああ、おはよう。いや、こちらこそすまん。葛城の存在感が強すぎて気づかなかった」

 

 おい、何さりげなく俺に責任転嫁しようとしているんだ。己の未熟さを他人のせいにするのはよくないぞ。

 全く、いくらマスクと帽子で顔の半分が覆われているとはいえ可愛さが隠しきれているわけじゃないんだからよく見なくても気づくだろうに。

 こんなんじゃ雫ファンは名乗れないぞ? どころがお前、あれだぞ? あれだからな? こんな体たらくじゃこれから会うストーカー野郎以下だからな? そこんとこわかってんのか!? 雫の彼氏になるってんならそれに見合った心意気を態度で示してみろやオラァ! 

 

「おはようみんな、遅れてごめんね」

 

 そうこうしているうちに櫛田が到着した。

 

「おはよう!」

「おはよう櫛田!」

「お、おはようございます!」

 

 元気な筋肉は元気な挨拶から! 

 今日も元気におはようございマッスル! 

 

「え……あ、うん……。なんか、みんなテンション高いね」

 

 困惑している櫛田を連れて、俺たちは電気屋さんへ向け出発した。

 

 

 





佐倉が落としたカメラを葛城が全力ダイビングキャッチで救出する展開も考えたけどやめました。
飛び込んだけど筋力が足りず間に合わないルートでは葛城と櫛田とみーちゃんがひたすらお互いに謝り続けそれを見兼ねた佐倉が「私のために争わないで!」と叫ぶシーンが観測されます。

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