明るい筋肉   作:込山正義

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各話のタイトルが段々適当になってる気がする



清隆くんお邪魔しまーす

 

 電気量販店に足を踏み入れた俺たちは佐倉のデジカメを見てもらうべく早速修理の受付をしているカウンターへと向かった。来店経験があり店内の構造も把握している櫛田の後ろに3人でついていく。

 

「あっ……」

 

 店の奥にある受付場所へと辿り着く。それと同時、佐倉がピタリと足を止めた。何事かと綾小路が遅れて立ち止まり、前を歩いていた櫛田も異変を察知して振り返る。

 

「どうしたの? 佐倉さん」

 

 櫛田の声に佐倉は答えずただ一点を見つめ続けている。

 視線の先にいるのは……あいつか。あれが佐倉にストーカー行為を働く犯人か。

 顔は覚えた。言いたいことは色々あるが今は時期ではない。

 最優先すべきは佐倉のケア。顔を嫌悪の色に染める彼女から少しでも不安を取り除くためにそっと近づき優しく声をかける。

 

「安心しろ。何かあっても佐倉は俺たちが守る」

「っ!」

 

 これは虚勢や方便じゃない。ただの確定した未来だ。

 俺と綾小路を同時に相手にして勝てる奴なんてそうはいない。それだけ筋肉には自信を持っている。なんなら綾小路だけで十分。俺の方はそこら辺の電化製品で筋トレを始める余裕さえあるだろう。

 

「……ありがとう……もう大丈夫」

 

 意を決したように佐倉は小さく頷き歩みを再開させた。

 店員に話しかける役目は櫛田が買って出てくれたので任せることにする。しかし様子を見ていると件のストーカー野郎が例のごとく櫛田にナンパし始めた。

 佐倉にストーカー行為を働いている身でありながら他の女にもうつつを抜かすとは笑止千万。この右拳の錆にしてやりたい気分だ。

 

「佐倉、カメラを」

「あ、うん」

 

 佐倉から受け取ったデジカメを店員の目の前に置く。

 まさか目の前に仕事がある状況でサボるわけないよな? そんな視線が伝わったのか店員は会話を切り上げデジカメのチェックに移行した。

 

 1分ほどで確認を終えた店員曰く、ちゃんと保証書を保管していたおかげで無償で修理を受けられるとのこと。

 あとは用紙に必要事項を書いて終わり。しかしデジカメの所有者である佐倉は動かない。

 それでいい。ストーカー野郎に個人情報を渡すなど言語道断。

 助け舟を出すため隣にいる綾小路に肘で合図を送る。

 

「……オレがやるのか?」

「同じクラスの方が都合がいいだろう」

「…………そうだな」

 

 綾小路が佐倉の横に移動する。

 

「ちょっといいか?」

「えっ……」

 

 握っていたペンを半ば強引に奪い取ると、佐倉の代わりに綾小路が必要事項への記入を行い始めた。

 

「修理が終わったらオレのところに連絡ください」

「ちょ、ちょっと君? このカメラの所有者は彼女だよね? それは──ヒッ!」

 

 後ろで威圧的にポージングを取る俺の姿に気づいたのか、店員が悲鳴を上げながら半歩後退る。

 目が合ったのでニッコリと微笑むと顔を青くしてガタガタと震え始めた。

 なんだいその化け物でも見えてしまったかのような反応は。んん?

 

「メーカー保証は販売店も購入日を問題なく保証されてますし、法的な問題はどこにもないと思いますが……。それとも、彼女じゃなきゃいけない理由でもあるんですか?」

「ありません! 全く問題ありません!」

 

 綾小路の言葉に店員は勢いよく頷く。物分かりのいい人で助かった。

 程なくして無事記入が終わり、用紙と共にデジカメが預けられる。

 修理には2週間程度かかるとのことで佐倉はしょぼんと肩を落としていた。

 

「すごい店員さんだったね」

「……うん」

 

 櫛田の意見に全員が同意する。すごい店員だった。悪い意味で。

 あの様子でよくこの学校の敷地内で働き続けられるものと逆に感心する。何はともあれ佐倉の電話番号を奪われなくてよかった。

 

「ありがとう綾小路くん、それに葛城くんも」

「あのくらいどうってことない」

「ああ。綾小路の住所や電話番号なら悪用もされないはずだ。誰も知りたがらないからな」

「おい」

 

 いや冗談だって。きっと何人かは知りたがるはずだ。綾小路パッパとか。

 

「あの、葛城くん……」

「なんだ?」

「その、やっぱり葛城くんは……は、は、ハゲ……」

 

 え? あ、はい。見ての通りハゲてますけど……。

 

「……佐倉さん、身体的特徴で揶揄うのはよくないと私思うな」

「ち、ちがっ、そうじゃなくて……」

「問題ない。俺がハゲているのは事実だからな」

「だから違くてぇ……」

 

 わたわた慌てる佐倉可愛い。別にハゲを馬鹿にされたくらいじゃ怒らないから安心してほしい。少し悲しくなるだけだ。

 

「悪い、ちょっと店内を見て回ってきてもいいか? みんなは適当にぶらついててくれ」

 

 いっぱいいっぱいになっている佐倉を見兼ねてかは知らないが、話題を変えるように綾小路がそんなことを言ってくる。

 

「私たちも行くよ。ね?」

「う、うん。私のことにも付き合って貰っちゃったし……時間もあるから……」

「アイムオーケー」

 

 結果、4人で店内を回ることに。

 櫛田と佐倉は仲良く女子トークを繰り広げている。なら俺たちもそれに倣い仲良く男子トークでも……と思ったのだが、当の綾小路は携帯片手に誰かと電話していた。は? 

 いやまあ仕方ない。須藤暴力事件解決のためのキーアイテムとなる監視カメラ。その情報収集を行なっている最中なのだろう。

 クラスの今後にも関わる問題に茶々を入れるわけにもいかない。

 ならどうするか。選択肢は主に二つ。筋トレかその他のどちらかだ。

 家電量販店内部は筋トレに適した環境とは言い難い。質量の大きい物質は多いがそのほとんどが商品のため買う気もないくせに触るのはあまり好ましくない。ということで後者を選択することにする。

 店内には特に見たい物もない。ならば女子トークに交ざるしかないじゃないか。

 

「2人はなんの話をしていたんだ?」

「もう、葛城くん。女の子の会話にいきなり入ってくるなんてデリカシーないよ?」

「すまない、繊細な話題だったか?」

「ううん、趣味の話」

「…………」

 

 ハゲのジト目を受けてテヘっと笑う櫛田。可愛いので許す。

 

「私は最近料理にハマってるんだ。ポイント節約のために始めたんだけど、やってみると結構楽しいものだね」

「こう見えて俺も基本自炊だ。学食だと栄養が偏るし、なにより量が足りないからな」

「わ、私も料理は嫌いじゃありません……」

「スーパーに無料の商品が置いてあるのもいいよね。最低限の料理スキルがあれば山菜定食よりは美味しいもの食べられるし」

「水道もガスも使い放題だからな。手間さえ惜しまなければこれほど自炊に向いた環境も中々ない」

「調理器具を揃えるのだって、性能に拘らなければそれほどお金かかりませんもんね」

 

 あれ、おかしいな。趣味の話っていうから佐倉の趣味であるカメラやら写真やらが話題に挙がると思ってたんだが、蓋を開けてみればまさかの料理の話で盛り上がっている。

 楽しいからいいけど。

 

「佐倉さんの趣味はやっぱり写真を撮ること?」

 

 あ、話題戻ってきた。

 

「う、うん。中学に上がる前くらいにお父さんにカメラを買ってもらったのがきっかけで……」

「へえ、普段は何撮ってるの?」

「えっ……そ、それは……風景、とか……」

「風景かぁ。でも学校の敷地内から出られないと大変じゃない? 撮影場所も限られてくると思うし」

「いえ、そんなことは……。時間帯とか、その日の天気とかでも変わってきますし……。それに、限られた範囲といっても、探せば撮影スポットはいくらでも見つかりますから」

「そういえば、まだ行ったことない場所も結構多いかも……。ねえ、良ければ今度、佐倉さんの知ってるおすすめスポットを私にも教えてくれない?」

「は、はいっ、是非」

 

 趣味の話をする時の佐倉はさっきまでよりも数段と生き生きしていた。心なしか目が輝いているように見える。

 

「葛城くんの趣味は……」

 

 お、ついに俺の出番か。

 そういえば櫛田には言ったことがなかったな。そう、何を隠そう、この俺の趣味は──。

 

「き──」

「筋トレだよね」

 

 なんで先に言っちゃうかな。

 

「……せめて自分の口から言わせてくれ」

「あはは、聞くまでもないと思ったから」

「なんだ、知っていたのか」

「いや、知ってたというか……わからない方がおかしいというか……ね? 佐倉さん」

「……はい」

 

 溢れ出る肉圧は趣味すらも露見させてしまう。いやー憎いねぇ。肉だけに。

 

「2人は筋トレには興味が──」

「ないかな」

「……ごめんなさい」

 

 筋トレの話題しゅーりょー。

 泣きたい気分だ。西川が恋しい。いややっぱ嘘全然恋しくない。

 なんとも微妙な感じで趣味の話題が一段落してしまった。幸か不幸かちょうどそのタイミングで綾小路も通話を終える。

 

「待たせたな」

 

 スネークかな? 

 

「もう終わったの?」

「今日は下見だ。家電買うほどのポイントも残ってないしな」

「少しなら貸せるが?」

「あー、今はいい。けどもしもの時は借りることになるかもしれない。その時は頼む」

「了解した」

 

 金の貸し借りはあまり好きな方ではない。

 だが綾小路に文字通り貸しが作れるならガンガン渡してやる所存だ。

 

「んん?」

「どうかしたか?」

 

 横を見ると何やら櫛田があざとい仕草で首を捻っている。視線の先にあるのは佐倉の顔だ。

 

「ちょっと気になることがあって……ねえ佐倉さん、私とどこかで会ったことない?」

「え? い、いえ、ないと思いますけど……」

「そっかぁ、ごめんね。何となく佐倉さんを見てたら、前にも会ったことがあるような気がしちゃって……。あの、もし良ければメガネ外してみてもらえないかな?」

「ええ!? そ、それはちょっと……。何も見えないくらい目が悪いから……」

 

 佐倉の正体に薄っすらと勘付く櫛田。さすがの観察力だ。

 雑誌の表紙か何かで見たことがある程度だろうによく結び付けられるものだと感心する。

 

「ねえ、今度一緒に遊ぼうよ佐倉さん。私だけじゃなく、他の友達も一緒にさ」

「……それは……」

 

 持ち前のコミュニケーション能力でグイグイ攻めていく櫛田。しかし佐倉の反応はあまり宜しくない。

 いきなり大人数は厳しいだろう。そのことを櫛田も察したのか、それ以上追及することはなかった。

 

 

 

「あの、今日はありがとうございました。すごく助かりました」

 

 やがて集合場所にしていたベンチの近くまで戻ってくると、佐倉は丁寧にペコリとお辞儀をした。

 

「いいよいいよ。お礼言われるようなことじゃないし」

「ああ、何かあれば頼ってくれと言ったのはこちらだしな」

 

 櫛田と俺の言葉に同意するように綾小路もコクリと頷く。

 

「それと佐倉さん、よかったら普通に話してくれないかな? 同級生なのに敬語なんて変だよ」

 

 そのセリフ覚えとけよ。坂柳の前で同じことが言えるか今度見せてもらうからな。

 

「意識、してるつもりはないんですけど……変、ですか?」

「悪いわけじゃないよ? でも、私は敬語がない方が嬉しいかな」

 

 まあ、佐倉はこう見えて誰にでも丁寧に話す敬語キャラってわけでもないし、俺もどちらかと言えばそっちの方がいいかな。

 

「う、うん……わかり……わかった。頑張ってみるね」

 

 人と人とが少しだけ仲良くなる瞬間。それは佐倉にとっては成長と言って差し支えなかった。

 よく頑張った! おめでとう! これがリアルレベルアップだ!

 

「無理はしないでいいからね」

「だ、大丈夫。私も……友達になりたいから……」

「ふふ、私たちはもうとっくに友達だよ。ね?」

「ああ」

「もちろんだ」

 

 おお、なんか青春ドラマっぽい。メンツはなかなかに個性的だけど。

 

「それじゃあまた学校でね」

 

 櫛田が解散を切り出す。

 しかしそれに待ったをかける者がいた。

 

「あ、あのっ!」

 

 佐倉だ。

 

「須藤くんのこと……今日のお礼って言うと、少し語弊があるけど……よかったら……」

 

 Dクラスの須藤健がCクラスの生徒3人に暴力を振るったという今回の事件。

 その真実を暴くためにDクラスが躍起になっている状況で自ら目撃者を名乗り出るのは相当勇気のいる行為だ。

 クラスの枠を飛び越え、下手をすれば学年中、学校中から注目が集まる可能性もある。

 それを理解していながら、目立つことを嫌う佐倉が少しでも役に立つならと自発的に行動を起こした。

 消極的ながらも前に進もうとするその姿勢に、思わず目頭が熱くなってしまう。

 

「クラスの問題か? なら俺は先に帰るとしよう」

「え? 私は別に大丈夫だと思うけど……その方がいいのかな?」

「葛城ならいいんじゃないか?」

 

 櫛田はともかく何綾小路まで寝ぼけたこと言ってやがる。

 知られたところで然程マイナスはないといっても武器の一つであることには変わりないんだからちゃんと隠しときなさい。

 それにいつまでもここにいると本当に泣き出しちゃいそうだし。

 

「万全を期すなら、俺がCクラスと繋がっている可能性まで考慮すべきだ」

 

 背中越しに片手を上げながらそう言い残し、俺はその場を後にした。

 

 

 

 ****

 

 

 

 1時間後。なぜか俺は綾小路の部屋にいた。

 

「なんで俺までここに呼ばれたんだ?」

「今日のことで、ちょっと聞きたいことがあってね」

「なあ、なんでいつもオレの部屋なんだ?」

「今更じゃない?」

 

 この世界でも綾小路の部屋はDクラスの赤点組+αの集合場所となっているらしい。しかも集合場所になるだけならまだしも、勝手に部屋のカードキーまで作られる始末。

 これには少しばかり同情する。プライベートなどあってないようなものだ。カードキー所持者には櫛田も含まれているため心の持ち様によっては恋人気分を味わうことも不可能ではないが、それだって来てくれるかどうかは櫛田の都合次第である。余程好感度を稼がないと通い妻みたいな関係にはなれないだろう。

 つまりほとんど負の要素しかない。

 

「改めて見てもなんにもないねこの部屋」

「何を言っている。器具がなくてもできるトレーニングは山ほどあるぞ」

「誰も筋トレの話なんかしてないんだけど」

 

 ソファ? カーペット? そんなものいらん! 漢なら空気椅子だ! 

 

「少し待っててくれ。今お茶を入れる」

「手伝おう」

「中腰のまま移動するんだ」

「櫛田もどうだ?」

「私スカートなんだけど」

 

 それはつまり、ズボンならやっていたと。

 

「いや、スカートじゃなくてもやらないからね」

 

 やらないらしい。

 

「しかしなんだな。こうやってみんなでキッチンに立つとつい考えちゃうな」

「そうだね。葛城くん無駄にでかいからすっごい邪魔」

「まるで新婚夫婦みたいだと」

「うん、それだと私が二股掛けてる最低女になっちゃうね」

 

 実際のところ櫛田の将来は結構心配だ。思わせぶりな行動を繰り返した挙句ほんとに男に刺されるような事態にならなければいいけど。

 

「何かリクエストはあるか? と言ってもあるのは緑茶と紅茶とコーヒーくらいだが」

「紅茶で」

「プロテイン」

「わかった。ならオレも紅茶でいいか」

 

 俺の意見はスルーされ、なんか3人とも紅茶になった。

 こんなことなら部屋からマイプロテイン持ってきてお裾分けしてあげればよかったか。

 

「で、聞きたい事とはなんだ?」

「その前に一ついい? まさかその体勢のまま聞くつもりなの?」

「ああ」

 

 椅子がないなら空気椅子をすればいいじゃなーい。

 

「櫛田こそベッドに座るとかあざとさ100%だからな」

「だってここしか座るとこないし」

 

 椅子がないなら空気椅子をすればいいじゃなーい。

 

「カーペットの購入を本格的に検討するか」

 

 ベッドに腰掛ける櫛田と空気椅子をする男2人という状態で話し合いはスタートした。

 机の上にお菓子も広げて完全にプチパーティー気分だ。スナック菓子は身体に悪いから俺は数枚しか口にしないけど。例えるなら付き合いで一杯だけお酒を飲むみたいな感覚だろうか。

 

「佐倉さんに会ったことある気がするって私言ったじゃない? そのことについて、葛城くんなら何か知ってるんじゃないかなーって思ったの」

 

 ポリポリと小気味のいい音を響かせながら櫛田が聞いてくる。

 

「なんで俺が?」

「だって、2人ってクラス違うのに接点あるんでしょ? 佐倉さんの性格を考えると特別感ありそうだなーって。それに、葛城くんの佐倉さんを見る目から、こう、何というか……母性? が感じられた気がして」

「俺は男で高一だぞ」

「比喩表現だってば」

 

 そっか、比喩か。

 危うく15歳のハゲたムキムキお母さんただし性別は男とかいう凄まじいキャラが誕生するところだった。

 

「そういえば、佐倉のメガネを外させようとしてたよな」

「うん、なんとなく似合わないような気がしてね。佐倉さんとメガネが結びつかないっていうか……。なんでそんなこと思ったのか、自分でもよくわかんないんだけど」

「櫛田のその感覚は正しいかもしれないぞ。佐倉がかけていたメガネには度が入っていなかった」

「え、伊達メガネってこと? でも目が悪いって言ってなかった?」

「たぶん嘘だろうな。レンズの奥に歪みが見られなかった。最初はオシャレでつけているものだと思っていたが……」

「それなら他も合わせる、か。服装とかは地味目な感じだったもんね」

「ああ。だから佐倉の場合は周りとの距離を少しでも遠ざけたいっていう思惑があるのかもしれない。直接目を見て話すのは恥ずかしいけど、レンズ越しなら幾分かマシに思えるとか」

「あー、あり得るかも。でも、私今日佐倉さんと目が合った記憶ほとんどないんだけど……」

「それは、ほら……まだ出会って数日だし……」

「実際には2ヶ月以上経ってるけどね」

 

 俺を置いて勝手に真相に近づいていく櫛田と綾小路。

 まったく。これだから勘のいいガキは嫌いなんだ。

 

「で、実際のところはどうなの?」

 

 今の話の中に正解はあったのか。なかったなら何が正解なのか。

 キビキビ答えろと櫛田が目で訴えかけてくる。

 

「悪いが俺の口からは答えられない」

「へえ。知らないじゃなくて答えられないなんだ」

「ああ、答えられない。これは佐倉の問題だからな」

「むー」

 

 不満を表すようにプクーっと膨れる櫛田。泣き落としならぬ膨れ落としを企てても無駄だ。佐倉へと想いを盾にHP1で耐え凌ぐ。

 実はあいつアイドルなんだぜ! とか言いふらす行為は布教ではなくただの嫌がらせだ。そんなことをすればファンを名乗る資格は一瞬で灰と化す。

 

「つまり、直接教えてもらえるくらい仲良くならないとダメってことかぁ。あーあ、今日だけでもう少し距離を縮められると思ったんだけどなー」

 

 人と距離を縮めることに定評のある櫛田。だがもちろん例外も存在する。

 

「あれはたぶん、櫛田の本性に半分勘付いているな。深いところまでは理解していないだろうが、表の顔が全て正しいわけではないところまではバレているはずだ」

「あー、やっぱりそう思う? はぁ、ああいう子に限って鋭いから嫌になっちゃう。人付き合いの経験が少ないはずなのに、なんで妙に察しがいいんだか」

 

 確かにな。観察するだけの人間に比べ、観察した上で実際にコミュニケーションを取る人間の方が経験値はより多く溜まりそうなものだ。

 それでも無理やり理由を付けるとするなら、会話に使う分のエネルギーを全て観察に回しているから、といったところだろうか。

 

「ん? すまん、電話だ。少し席を外す」

「はいはーい」

 

 知らない番号。佐倉かな? 

 空気椅子をやめて玄関の方に移動する。

 

「はい、葛城です」

「あ、その、えーと……佐倉、です……」

 

 佐倉だった。

 

「今日のお礼を言いたくて……」

「俺は何もしていない。今日活躍したのは櫛田と綾小路、そして佐倉本人だ。それに、礼ならさっきも受け取った」

「うん、それでも……心強かったから……。ありがとう……」

「……どういたしまして」

 

 筋肉の与える安心感は計り知れないということだろう。

 

「それで、あの……ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

「ああ、なんでも聞いてくれ」

 

 数秒ほど時間をかけ、佐倉は絞り出すように言った。

 

「……葛城くん……私のこと……気づいてたり、する?」

 

 具体的な単語は省かれていたが、何についての質問なのかは言葉にせずとも理解できた。

 そもそもこの状況だと候補はそれほど多くない。

 

「ああ、気づいている。知っていた、の方が正しいかもしれないが」

「そっか……うん……やっぱり、そうなんだ……」

 

 驚きというよりは納得だろうか。

 うんうん頷いている様子が電話越しでも伝わってくる。

 

「そのことについてなんだが……」

「は、はい……」

「つい先程まで櫛田と話をしていたんだが、会話の内容的にどうやら佐倉の正体に半分ほど勘付いているみたいだった。バレるのも時間の問題かもしれない」

「え、えぇ!?」

「下手に広められるよりは、自分から打ち明けて口止めする方が佐倉としても都合がいいんじゃないか? いや、余計なお世話だとはわかっているんだが」

「う、ううん、教えてくれてありがとう。……自分から打ち明ける、か……そう、だね……考えてみる……」

 

 これは考えるだけでなかなか言い出せず、結局櫛田が自力で真実に辿り着く方が早いってパターンだ。俺のマッスルセンサーがそう囁いている。

 

「私、頑張るから……」

 

 それは秘密を打ち明けることについてか。それともストーカーの件についてか。はたまたその両方か。

 どちらにせよ、今の俺にできるのはただ見守ることのみ。

 

「えーと、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 

 ピッ、と通話を終える。

 携帯を懐にしまい、櫛田と綾小路の待つリビングへと戻った。

 

「アイルビーバック」

「おかえりー」

 

 机の前へと移動し、再び空気椅子を再開する。

 綾小路もずっとその体勢で待っててくれたらしい。律儀だな。

 

「もういい時間だし、そろそろ帰った方がいいか?」

「いや、オレは大丈夫だが」

「私も平気だよ」

 

 明日からまた学校だけど、2人がそう言うなら俺もまだ帰らない!

 

 その後なんやかんやで綾小路宅で夕飯をご馳走になったり葛城流筋トレ講座を開いたりしてからその日は解散となった。

 しかし謎に居心地が良かった。まるで第二の自室のようだ。Dクラスの初代綾小路グループの面々がこの場所を溜まり場にするのもわかる気がする。

 

 

 

 





見守る系保護者気取りのハゲ
佐倉の成長する機会を潰す=佐倉の退学に繋がる可能性が高いから仕方ないね!
お前の筋肉は何のためにあるんだとか言っちゃダメだよ! でも筋肉教に入信するなら言ってもいいよ!

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