明るい筋肉 作:込山正義
後書きに書くことないくらい佐倉に焦点当ててる気がする。
あれ、もしかして私佐倉好き過ぎ?
いやいや作者の一推しは坂柳だから。
CクラスとDクラスの間で起きた暴力事件は学校中を巻き込むほどの大事に発展している。
Dクラスに協力するBクラス。裁判に駆り出される生徒会。成り行きを見守る教師陣。
そんな中我らAクラスは完全に無干渉だった。坂柳は手出しする価値なしと判断したのか傍観に徹するようだし、俺は俺でやることがあるので表立って協力している暇はない。そして俺と坂柳が何もしない中、自分だけで動こうとする人物は今のAクラスにはいなかった。いや、もっと自主的に行動してくれてもいいんだけどね?
「あれ、葛城くん? やっほー、こんなところで何してるの?」
物陰に隠れながら寮までの道を歩いていると、唐突に背後から声を掛けられた。
端正な顔立ち。抜群のスタイル。蕩けるような美声。流れるようなストロベリーブロンドの長髪。人類の空想が具現化したかのような少女──大天使一之瀬さんがそこにいた。
Bクラス所属にもかかわらずDクラスに協力している彼女は先日、有力な情報をくれた生徒にはポイントを振り込む準備があるという旨を学校の掲示板に記入している。そうなることを予め知っていた俺はタイミングを見計ってその瞬間を待ち、誰かに先を越される前に原作知識を利用して本来なら知るはずのない情報を光の速さで提供した。匿名だからこそできる荒技だ。ポイントをくれた一之瀬には心の中で感謝の言葉を送っておく。
「一之瀬か。俺は今、とある人物を陰ながら見守っているところだ」
「え"っ」
佐倉にもしものことがないように外を出歩いている間は常に観察しておく。
それが今の俺のやるべきことだった。
「そのとある人物って……ひょっとして女の子だったりする……?」
「よくわかったな。その通りだ」
あちゃーと額に手を当て天を仰ぐ一之瀬。
一々仕草が可愛らしい。これが天然物だというのだから驚きだ。
「私が口出しすることじゃないかもしれないけどさ、やめた方がいいと思うよ?」
「そういうわけにもいかない。何かあってからでは遅いからな」
「いや、何かあってからっていうか、すでに何かしてる真っ最中っていうか……。ねえ、葛城くん……葛城くんの今の行動、世間一般では何て言われてるか知ってる?」
「ん? そうだな……強いて言うなら、護衛……だろうか」
「ストーキングって言うんだよ、そういうの。だから今の葛城くんはストーカーだね」
「なに?」
なんてこと言い出すんだこの善人お化けは。風評被害も甚だしい。俺はそのストーカーから守ってあげようとしてる側だというのに。
「俺は彼女に何かするつもりはないぞ」
「葛城くんがそう思っていても、周りからはそう映るってこと。それに、陰から盗み見られてる女の子も、知らないところで監視みたいなことされてたらいい気はしないでしょ?」
子どもを叱る親のように一之瀬はそう言う。全くもってド正論だった。
「そう、だな……。すまん、俺が間違っていた」
「うんうん、わかればいいんだよ」
ニッコリと笑う一之瀬。
その表情に癒されながら、俺は携帯を取り出した。
「ちゃんと本人に許可を取ることにする」
「そうそう、ちゃんと許可を──ってええ!? 本人に直接言っちゃうの!? 今から!? そこまでする!!?」
「ああ、俺は本気なんだ」
「そ、そっかぁ……。うん、そっかぁ……」
何やら遠いところを見つめている一之瀬。鳥でも飛んでいたのだろうか。
「もしもし、佐倉か? 葛城だ」
『あ、はい、佐倉です』
「今ちょうど佐倉の50メートルほど後方にいるんだが」
『ええ!?』
視界の先にいた女子生徒がバッと振り向く。手を振って存在をアピールすればペコリとお辞儀が返ってきた。
『な、なんでそんなところに?』
「佐倉の身に何が起きても対応できるように見守ってるところだ』
『! そ、それって……』
「だがそういう行為は良くないとある人に言われてしまってな。だからできれば本人の許可が欲しいんだ。もちろん佐倉がやめてほしいと言うのなら即刻やめる」
『え、えーと……』
佐倉は何やら悩んでいる様子だった。
『それ、普通に隣を歩くんじゃダメなんですか……?』
「穏便に済むに越したことはないだろう? あまり挑発するような行為はしたくない。それに、俺が隣を歩くとなるとかなり目立つことになるぞ?」
『そ、そうですね……』
佐倉の成長、及び佐倉への注目を度外視するならやりようはいくらでもある。
例えば手紙を証拠に今すぐ教師に相談するとか。あとは直接筋肉でわからせてやるとか。他にはストーカーする余裕がなくなるくらいの筋トレを強制させるというのもありかもしれない。
『……はい、わかりました。お願いしても、いいですか?』
「ああ、任せろ」
『ごめんなさい、迷惑かけちゃって……』
「謝る必要はない。それに感謝も不要だ。俺の行為は佐倉を突き放しているに等しいのだからな」
『そんなこと、ないです……。私のためだって、ちゃんとわかってますから……』
それは違う。
本当に佐倉のためを思うなら、この対応は些か中途半端すぎる。
『だから……ありがとう……』
そこで通話は切れた。視線の先にいた佐倉は、すでに前を向き歩みを再開させていた。
携帯をしまい、すぐ横で緊張した面持ちで待っていた一之瀬に向き直る。
「無事許可が取れた」
「ほんとに取れちゃったの!?」
驚愕に飛び跳ねた後、一之瀬は呆れたような、あるいは諦めたような顔になった。訳がわからないよ、とでも言いたげだ。
「ところでさ、葛城くんは今回の暴力事件についてはどう思ってるの?」
俺の横で俺と同じように屈みながら、坂柳と同じようなことを聞いてくる一之瀬。
いや、答えるのはいいんだけど、まさかこの状況で聞いてくるとは思わなかった。というかついてくるのか。なんか真剣そうな表情をしているが、周りから見たら怪しい2人組だからなこれ。ストーカーが1人から2人に増えただけだ。
あ、違う。護衛だ護衛。
「今回の暴力事件について、か……そうだな、概ね一之瀬と同じ意見だ」
「ふーん、そっかぁ」
半分冗談みたいな答え方をしたのに、一之瀬はふんふむと納得してしまった。
BクラスがCクラスの手によって度々嫌がらせを受けているという前科から、今回の暴力事件もCクラスのリーダーである龍園の手によって意図的に引き起こされたものなのではないかと一之瀬は考えている。
一方俺は原作知識からこの件が龍園の企みによるものだと知っている。
だから嘘は言っていないのだが、聞き直すくらいのことはしてほしかった。
これでは俺が何もかも知っていていながら経緯を楽しむ黒幕みたいじゃないか。
全部が全部間違っているわけではないけれど、勘違いや過大評価されるのは勘弁願いたい。
ん? でも注目を坂柳から逸らすには過大評価されといた方がいいのかぁ。
でもなぁ、後から失望されたくないと思っちゃうんだよなぁ。男心的に。
……いかん。こんなんじゃダメだ。肉体だけ鍛えても真の強さに辿り着くことはできない。本当に強い筋肉は強い精神に宿るという。つまり今の俺に本当に必要なのはメンタルトレーニングだったというわけだ。
「一之瀬は誰にでも優しいよな」
「え、どうしたの急に」
困惑しつつ照れ臭そうにはにかむ一之瀬可愛い。
「人の悪口とか全然言わなそうだよな」
「うーん、どうだろ……。私だって人間だからね。ついカッとなっちゃうことも少なくないよ?」
絶対嘘だ。
「でも、人の悪いところを見つけて貶すよりは、良いところを探し出して褒めてあげる方が建設的だとは常々思ってるよ」
いい人すぎる。
「そんな一之瀬にこんなことを頼むのは申し訳ないんだが……」
「なになに、私にできることなら協力させてもらうよ」
「俺を罵倒してほしいんだ」
「なんで!?」
ギョッと目を見開きながら一之瀬は立ち上がった。
おいおい、そんなことしたら目立って佐倉にバレちゃうだろ。
いやすでにバレてはいるんだけど。それでも陰から見守っているという体裁くらい整えないと。
「う、うん、趣味は人それぞれ、だもんね……。でも、理由もなしに人を罵倒するのはちょっとできないかなぁ、なんて……」
「何か勘違いしているようだから訂正しておくが、俺に罵倒されて喜ぶ趣味はないぞ。普通に傷つく」
「傷つくんだ!?」
そりゃそうだろう。
負荷をかけるだけ強くなる筋肉と一緒にしないでほしい。脳筋と呼ばれるだけならまだしも、まさか心まで筋肉でできていると思われていたとは。
いや、確かに心臓は筋肉でできているけれども。
「ならどうしてそんなことを? そもそもなんで私?」
「なぜ、と聞かれたらそれはメンタルトレーニングのためだと答えよう。一之瀬に頼んだ理由は……そうだな、例えば一之瀬なら誰に悪口を言われたら一番心にクる?」
「え? えーと、そうだね……先生、かな? もしくはお母さんとか?」
「俺の場合は一之瀬だ」
「なんで!? 葛城くんにとっての私って一体なんなの!?」
俺が今まで出会ってきた人類の中で一番の善人だと思われる一之瀬帆波という名の少女。
そんな彼女に死ねとか言われた日には本当に自殺を考えるまである。負荷としては申し分ない。ダンベルに例えるなら150キロくらいだ。
「それだけ一之瀬のことを尊敬しているということだ」
「にゃはは、なんだか照れるなー。でも、そんな風に思ってくれてるなら、尚更悪口なんて言えないよ」
「そうか」
残念だ。だが想定通りなので悲しみは少ない。
むしろホッとしている。そもそも半分以上冗談だったのだから本当に罵倒されていたらメンタルブレイクしていたかもしれない。
「あ、葛城くんが追ってる子、寮に入ってくみたいだよ」
一之瀬の指差す方を見ると、確かに佐倉が学生寮の門を通るところだった。
何事もなく帰宅できたようで何よりだ。無事見届けられたので俺も自分の部屋に帰宅することにする。
「なんだか付き合わせてしまったようで悪いな」
「ううん、私が勝手にやったことだから」
その後どうせ帰る方向は同じだろうということで、寮までの短い道のりを一緒に並んで歩いて帰った。
****
それから数日後。ついにストーカー野郎が動きを見せた。
いや、正確には違うか。先に動いたのはストーカー野郎ではなく佐倉だ。
これまでのことに決着をつけるべく、佐倉がストーカー野郎を人目のつかない場所に呼び出したのだ。
唯一にして最大の失敗があるとすれば2人きりで会おうとしたことだろうか。
他人を巻き込みたくないという優しさと自分だけでどうにかするという決死の覚悟には称賛を送りたい気分だが、現実問題としてもう少し思慮深く行動するべきだったと思う。
人気のない路地裏。おっさんとJK。ストーカーの加害者と被害者。何も起きないはずもなく……というやつだ。
「もう、私に連絡してくるのはやめてください……」
佐倉が第一声を発したタイミングで、綾小路と一之瀬の気配が背後から迫ってきた。
ここにいるということは、偽の監視カメラを使って訴えを取り下げさせる作戦は無事に成功したと見ていいだろう。原作の流れ通りならCクラスの3人と対峙した足で直接ここに赴いているはずだ。
佐倉の居場所がわかったのは端末のGPS機能を使ったからだと思われる。連絡先を交換するだけで相手の位置が把握できるようになるとか怖すぎだ。この件が片付いたら設定をオフにするよう佐倉に伝えておこう。
ジェスチャーで息を潜めるよう2人に合図を送る。
物陰に隠れながら綾小路は佐倉とストーカー野郎のやり取りを撮影し始めた。俺もカメラは起動させているが証拠となる物は一つでも多い方がいい。これは紛うことなき犯罪現場なのだから。
「どうしてそんなことを言うんだい? 僕は君のことが本当に大切なんだ。雑誌で初めて君を見た時から好きだった。ここで再会した時には運命を感じたよ。それほどまでに好きなんだ……君を想う気持ちは止められない!」
人が人を好きになるのは勝手だ。だが愛のためなら何をしても許されるというわけじゃない。
「やめて……やめてください!」
佐倉は叫びながら、鞄から何十枚という手紙を取り出した。
「どうして私の部屋知ってるんですか! どうしてこんなもの送ってくるんですか!」
「決まってるじゃないか。僕たちは心で繋がってるからなんだよ」
ストーカー行為を働いていた物的証拠。それだけでも奴を犯罪者として警察に突き出すには十分すぎる。
「もうやめてください……迷惑なんです!」
一方的な愛を否定するように、佐倉は手紙の束を全力で地面へと叩きつけた。
よくやった。よく言ってやった。
以前までの佐倉だったら、ここまで明確な拒絶はできなかったはずだ。その壁を、今この瞬間に乗り越えた。佐倉が一回り成長したことは疑いようもない事実だった。
「どうして……どうしてこんなことするんだよ……! 君を想って書いたのに!
「こ、来ないで……!」
ストーカー野郎は距離を詰め、佐倉の腕に自らの右手を伸ばした。
させない。貴様なんぞに佐倉は触らせない。彼女に触れていいのは綾小路だけだ。
決定的な現場を押さえるのは必要なことかもしれないがそんなことは二の次だ。この接触が佐倉のトラウマとして刻み込まれるのが最悪のケース。実際に触られるかそうでないかではそれだけ大きな違いがある。
ポケットからその辺りで拾った小石を取り出し親指に乗せる。次いで右腕をグッと前方に伸ばし全力で指を弾いた。
コイントスの要領で射出された弾丸は空気を切り裂きながら直進し、寸分の狂いなく狙った場所へと着弾する。
「ぐあっ……!」
手の甲を押さえ痛みに悶えるストーカー野郎。
変な動きをされても再び牽制できるように銃身に2発目の弾丸を装填する。
「いけ、綾小路。あとは任せた」
「……丸投げかよ」
違う。これは役割分担だ。
俺はすでに遠距離から敵を狙うスナイパーと化している。だから今動けるのは綾小路と一之瀬しかいないのだ。
視線が交差する。俺の必死の思いが伝わったのか、綾小路は一之瀬の腕を引いてストーカー野郎の目の前へと躍り出ていった。
見せつけるようなシャッターが真正面からストーカー野郎に浴びせられる。
「あー見ちゃったッスよ〜。なんか偉いことしてんなぁオッサン」
なんだその口調。面白すぎる。笑いを堪えるのに力を取られて照準がブレッブレになる。
ほら見ろ。佐倉も思わず唖然としちゃってるじゃないか。口開けてポカーンってなっちゃってるじゃないか。
「大人が女子高生に乱暴。明日はテレビで大々的にニュースっすね〜」
「ちょっ、ち、違う! これは違う! 乱暴なんてしていない!」
「全然違わなくな〜い? って感じぃ? みたいなぁ? てか未遂も立派な犯罪だしぃ? 的なぁ?」
一之瀬可愛い。思わず録画中の携帯に意識がいってしまう。
今のシーンはちゃんと撮れているだろうか。佐倉の覚醒シーンと合わせて後で見直そう。
「うわー、何この手紙。キモ。ストーカー?」
鼻を摘みながら手紙の角を2本指で持ち上げると、ばっちいとばかりにすぐにポイ捨てする綾小路。手紙が手裏剣のように飛んでいく。
「違うんだ。ただ……そう。この子がデジカメの使い方を教えてほしいって言うから、個別に教えてたっていうか……それだけなんだよ」
「ふぅ〜ん」
綾小路の発する圧力にストーカー野郎が気を取られている隙に、佐倉の手を引き安全地帯まで移動させる。
もちろん右手は超電磁砲の構えを取ったままだ。
「オレと彼女、バッチリ現場見たんで。ついでに写真も撮ったし。次にその子の前に現れたり嫌がらせの手紙送りつけたりしたら、速攻でバラしちゃうよ?」
「は、ははは。何のことかな? いや、ほんと……僕全然知らないんで……」
「知らないだ? 抜かしてんじゃねえぞオッサン。アイドルに鼻の下伸ばすだけならともかく、手まで伸ばしたらお終いだろ。──ぶっ殺すぞ」
「ヒィッ!」
逃げられるだけの空間をわざと作る綾小路。
その隙間から走り去ろうとしたストーカー野郎は、しかしすぐに急停止する。
進行方向に俺という名の巨大な壁が立ち塞がったからだ。
「色々と言いたいことはあるが、今告げるべき事は一つだけだ」
すっかりと戦意を喪失し、言葉を発する気力もない相手に万感の思いを込め静かに告げる。
「貴様にファンを名乗る資格はない」
道を開けてやると、今度こそストーカー野郎は脱兎の如く逃げ出した。
別に見逃す気はない。顔も名前も割れているので後で普通に教師や警察に報告する。物理的に手を出していなくともそもそもストーカー行為自体が犯罪だ。佐倉を怖がらせた分の罪は償ってもらう。
「ありがとう、葛城くん。綾小路くん。それに……えーと……」
「そういえば初めましてだね。私はBクラスの一之瀬。よろしくね」
「あ、はい、佐倉です……よろしくお願いします……」
おずおずと初対面の相手と挨拶を交わした佐倉は、その後はぁ、と溜息を吐きながらガックリと肩を落とした。
「私、ダメだね……。結局1人じゃ、何もできなかった」
「そんなことはないぞ。手紙を叩きつけたところなんてカッコよかった」
「ああ、本当にカッコよかった。それはこの場にいる全員が保証する。だからもっと自信を持て」
「……そっ、か……そう、なんだ……」
佐倉は自己評価が著しく低い。だからその分も周りが評価してあげるくらいの心意気が必要なのだ。
もっと傲慢になってもいいと思うんだけどな。
「ところで、さっきの怪しげな人なに? それにアイドルとかファンとかって?」
さてどうしたものか。そんな視線が2つ分佐倉へと向けられる。
それを受けた本人はコクリと小さく頷いた。自分で説明するのは恥ずかしいので代わりに説明してくれと言いたいのだろう。
「佐倉は中学の頃、雫という名でアイドル活動を行なっていたんだ」
「ええ! アイドル!? すごっ! 芸能人だね! 握手して握手!」
「俺はサインが欲しい」
子どものようにはしゃぐ一之瀬に乗っかり俺もちゃっかりとおねだりをしておく。
「テレビとかは出てないですけど……」
「それでもすごいよ! アイドルなんてなろうと思ってなれるものじゃないし!」
テレビに出るには圧倒的コミュ力不足。そういう点では一之瀬の方がアイドル適性は高いのかもしれない。
「綾小路くんは、いつから気づいてたの……?」
「ついちょっと前だ。オレ以外だとあとは櫛田も気づいてる」
その会話を聞くに、佐倉は自分から言い出すことはできなかったらしい。
だがそれはあくまで過去の佐倉の話。一皮剥けた今の佐倉ならきっとまた話は変わってくるはずだ。
「いっそ、みんなにバレちゃった方がいいのかも……。偽り続けるって大変だから」
ただし親しくない相手にまで自発的に告げるつもりは今のところないらしい。
そりゃそうか。一握りの積極性を手に入れたとはいえ、受け身な姿勢そのものが変わったわけではないのだから。
「うわぁ、物凄く可愛い! メガネとかで印象全然違う!」
声のした方を見ると一之瀬が携帯の画面を見て興奮していた。ネットで雫のことを調べたのだと思われる。
「明日からメガネと髪型変えていったら、みんな気づくかな……?」
「気づくどころが学校中パニックになると思うぞ。それでもいいなら」
「ならやめとこっかな」
ふふっと悪戯っぽく笑う佐倉。あまり見ない表情だから新鮮だ。思わず見惚れてしまいそうになる。
しかし佐倉が正体を隠さなくなると荒れそうだ。主に櫛田の内心が。
クラスナンバーワン女子の座を奪われる可能性すらあるからな。
内気な子の方が好みという男子も少なくないだろうし。
「そういえば、さっき特別棟で何か言いかけてなかったか?」
「あーそうだよ。それ。大事な話しようと思ってたのに」
いつまでもこの場に留まる理由はないので誰からともなく自然と帰路に就く。
4人横並びになれるほどの道幅はないので先導するように綾小路と一之瀬が、その後ろを俺と佐倉が続いて歩くような形になる。
歩き出して間もなく前の2人は俺の知らない話題を展開し始めた。当然佐倉もついていけない。なのでこちらはこちらで雑談にでも興じることにしよう。
さて、どんな話題がいいだろうか。
そう考えていると、意外にも向こうから話を切り出してきた。
「……葛城くん、ちゃんと見ててくれた……?」
当たり前だ。
佐倉の勇気は最初から最後まで全部見ていた。
「ああ、もちろんだ」
だからはっきりと頷く。
佐倉が満足げな笑みを浮かべたような気がした。
「私、頑張ったよね……?」
「ああ、頑張った」
「怖かったけど、ちゃんとできたよね……?」
「ああ、できてた」
「これで少しでも、前に進めるかな……?」
「置いていかれそうなくらい進んでいる」
「これから、変わっていけるかな……?」
「すでに十分すぎるほど変われていると思う」
全ての問いに、力強く肯定する。
迷う必要はない。だってこれらの言葉はただの事実でしかないだから。
「友達、できるかな……」
「佐倉が望めば、いくらでもできるさ」
柔らかい笑みを浮かべた顔がこちらを向く。
人の目を見て話すのが苦手な佐倉の瞳が、しっかりと俺の両目を捉え続けている。
「私、これまでずっと、あなたに支えてもらってました。あなたがいたから、今の私はここにいられるんだと思います」
感謝の言葉を、俺は黙って聞いていた。
「ずっと、お礼を言いたかった。直接会って、面と向かって伝えたかった」
否定するのは、佐倉に対して失礼だと思った。
「ありがとう、ございます……。本当に……感謝しても、しきれません……」
深く頭を下げる佐倉。
やがて顔を上げた時、その瞳には強い決意の色が灯っていた。
「でも、この関係は、もうやめにしたいんです……」
どういう意味だろうか。そう質問するよりも早く、佐倉は続きの言葉をゆっくりと紡いだ。
「これからは、雫じゃなくて……佐倉愛里として、私と接してくれませんか……? 友達に、なりたいから……」
上目遣いで、懇願するように見上げてくる。
「ダメ……ですか?」
そんなはずない。
答えなど最初から決まっている。
「これからよろしく頼む、佐倉」
「っ! う、うん! これからよろしくね! 葛城くん!」
その瞬間、今までの過程から来る見えない壁が取り払われ、初めて対等な友人関係になれた気がした。
アイドル雫とファンハゲマッチョの関係は、そのまま佐倉愛里と葛城康平という学友関係へと昇華したのだ。
ちなみに後日サインは普通に書いてもらい、部屋の一番目立つところに飾ってやった。
佐倉とは掛け値ない友達同士になったわけだが、雫のファンを完全にやめるとも言っていない。
この2つは相容れないように見えて、実は頑張れば両立が可能だった。
綾小路と一之瀬の口調に関してですが、これは決して私が遊んだというわけではないですからね?
そう、原作通りです。