明るい筋肉   作:込山正義

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これで夏休み前は終了ですかね。



葛城派

 

 期末テストが終わり夏休み1週間前の日曜日。俺はカラオケルームへとやって来ていた。

 人数は俺を含めて20人ジャスト。その全員がAクラス所属の──俗に葛城派と呼ばれるメンバーたちだった。

 

「今日は集まってくれて感謝する。早速だが、俺たちのこれから(・・・・)について話し合いがしたい」

 

 俺が表情を引き締めると、釣られて空気がピンと張り詰めた。

 皆が固唾を呑んで続きの言葉に待っている。確かに大事な話をするつもりだが、そこまで構えられるとこちらまで緊張してしまう。

 

「いや、そこまで深刻な話ではない。だからもっとリラックスしてくれ」

 

 俺がそう言えば、全員の体から気が抜けてダラーっと脱力した。

 うん、それでいい。喉渇いたら話の途中でもドリンク飲んでいいからね。

 

「今現在Aクラスは真っ二つに分断されている。このままでは近いうちに足の引っ張り合いが起こりかねない。そんなことになれば他のクラスに付け入る隙を与えてしまうだろう。だから──」

「ついに坂柳のやつをやっつけるんですね! 俺は待ち望んでましたよ! この時を!」

 

 ガタンと勢いよく立ち上がる弥彦。早とちりが凄まじい。

 

「座れ、弥彦」

 

 まあ落ち着けって。邪魔だから戦って倒すとか脳筋かよ。

 

「坂柳派の連中とやり合うのはクラスにとってデメリットしかない。だからといって現状維持もマイナス要素が多すぎる。ならば取れる手段は一つだけだ」

 

 筋肉効果のおかげで俺を慕ってくれる人間は多い。だが特別試験の度にチクチクと攻撃され続ければ、いずれ瓦解してしまうのはどうしても避けられない。夏休み中はまだ大丈夫かもしれない。だが一度受けた毒は徐々に体中を巡り、2年を迎える頃にはボロボロになっていることは想像に難くない。

 その時AクラスはAクラスでいられないかもしれない。クラスを掌握できるならその程度の代償を坂柳は気にしないだろう。だが俺は気にする。

 無意味に抗ってまで傷を増やす必要はない。

 

「我々葛城派は、今日をもって解散する」

『!!??』

 

 弥彦を含めた数人の間に雷が落ちたような衝撃が走った。

 ズガーンという効果音がこちらにも聞こえてくるようだ。

 

「そんなに驚くことでもないだろう」

 

 どうやって納得させたものかと考えていると、俺の代わりに切り出してくれる者がいた。

 里中だった。

 

「そもそも葛城は最初からリーダーなどやりたがっていなかっただろう。まさか気づいてなかったのか?」

 

 弥彦たちの反応を見るに気づいていなかったのだろう。

 観察眼の差か。はたまた信仰にまで昇華された盲信の有無によるものか。

 

「ほ、本当なんですか葛城さん……?」

「ああ、里中の言う通りだ」

 

 弥彦はなんてこったと言わんばかりに項垂れた。

 俺に対する失望というよりかは、本心を見抜けなかった自分自身への怒りが見て取れる。こわい。

 

「それにしてもよくわかったな。さすがイケメンランキング1位だ」

 

 俺がそう言えば、里中は露骨に表情を歪めた。

 

「すごいよ。さすがイケメンランキング1位の里中くん」

「ああ、やっぱイケメンランキング1位は格が違うな」

「……やめてくれ……ほんっとうにやめてくれ……。くそっ、誰だよあんなランキング作ったの……絶対殺す……」

 

 頭を抱える第1位さんはぶつぶつと物騒なことを口走っていた。

 しかし俺の言葉に乗ってくる余裕があるあたり、西川や司城も俺がリーダーをやる気が全くないことには気づいていたものだと思われる。

 

「なっ、西川もそっち側なのか!? でも、だったらどうすんだよ! 葛城さん以上にリーダーに相応しい人間なんていないだろ!」

「そうだね。その点については私も同意するよ」

「だったら──」

「でも、葛城くん本人にやる気がないならどうしようもなくない? それに、リーダーをやってる暇があるなら私と一緒に筋トレしてほしいくらいだし」

 

 クラスのことより筋肉を優先するあたり、西川はどこまで行っても西川だった。

 いや、弥彦も弥彦か。ぐうの音も出ない正論だ、とか呟いてるし。

 

「だが、そうなると疑問も残る」

 

 里中の鋭い視線がこちらを向く。

 

「なぜ今になってそんなことを言い出したんだ? 葛城を持ち上げたのは確かに周りだが、その段階でやめるように言うこともできたはずだ。それをしなかったのはなぜだ?」

 

 何か目的があるんじゃないか? と問いかけてくる。

 名前が聡なだけあって頭の回転が早い。勉強の方は平均的だけど、状況の把握と批判的思考力に優れているのだと思われる。

 

「端的に言えば、俺の頼みを聞いてくれそうな相手を見極めるためだ。あとはこのタイミングを逃すと、リスクが大きすぎるというのもある」

「夏休みにクラスポイントが動くイベントがあるかもしれない、というやつか」

「そうだ」

 

 無人島試験及び船上試験。クラスポイントが大きく動くこの特別試験で仲違いしている余裕などない。

 

「で、その頼みというのは?」

 

 信頼できる人物たちを厳選してまで俺がやりたい事というのは。

 

「──みんなのプライベートポイントを、1箇所に集めたい」

 

 つまるところ、Bクラスの真似事だった。

 

「……すまん、どういうことだ?」

 

 里中を始めとしてほぼ全員が疑問符を浮かべているので一から説明していく。

 

「クラスポイントで学年1位を取ること以外にもAクラスに上がる方法が存在するという話は覚えているか?」

「2000万プライベートポイントで強引にクラス替えをするってやつだろ?」

 

 会話に交ざってきた司城の言葉に首肯する。

 

「ポイントで買えないものはないという真嶋先生の言葉を信じるなら、他にもプライベートポイントで購入できる意外なもの(・・・・・)というのはいくつか存在すると思われる。だが貴重なものになればなるほど、その分必要なポイントも膨大なものになってくるはずだ」

「……そのためにポイントを集めておきたい、というわけか」

「ああ。2000万という莫大なポイントだって、1人で貯めるのは難しくともクラス単位で協力すれば不可能な数字ではない」

「確かにな……」

 

 納得したような表情になる里中たち。

 

「この先大量のプライベートポイントが必要になることはあるかもしれない。だがそうなったらそうなったで、その時集めればいいだけの話なんじゃないか?」

 

 もっともな意見だ。

 

「いきなり何十万何百万のポイントを要求するよりも、月々数万ポイントを貯金感覚で徴収する方が抵抗も少ないと考えている」

「積立金感覚ってことか」

「あー、積立金っていうと、小中の修学旅行を思い出すなぁ。ところで、この学校って修学旅行あるのか?」

「話を脱線させるな。夏にバカンスという時点で、すでに似たようなものだろう」

 

 里中は窘めるように言うが、空気を硬くさせないためにも司城のような発言は大歓迎だ。

 

「一応メリットは他にもある。ポイントの無駄使いを減らせるだろうし、たとえクラスポイントが0になっても貯金を切り崩せば生活には困らない。それに個人的な理由でポイントを使いたくなった際に、銀行感覚で貸し出しも可能だ。もちろん、要望があれば自分が払った分のポイントはその場で全額返済する」

「手持ちのポイントが多すぎてつい使いすぎてしまうというのはわかる気がする。クラスポイントが0になる展開は……できれば考えたくないな」

 

 皆それぞれ思考に耽っている。メリットデメリットを考えているというよりも、やる必要性を見出している感じだろうか。ポイント移動の手間がめんどくさいと感じる者もいるだろう。

 何も考えていないのは俺の意見なら全て鵜呑みにして肯定してしまう弥彦くらいだ。

 そういうとこだぞ弥彦ォ! 

 

「希望者が少ないならそれでもいい。少人数でやっても効果は薄いだろうからな。それに、自分のポイントは自分で管理したいと思うのは当然のことだ」

「いや、俺個人としては否定的なわけじゃない。余ってるポイントを葛城が有効活用してくれるならクラスにもメリットがある。Aクラスをこのまま最後まで維持できるならそれが一番だからな。月々数万のポイントを払うだけでその可能性が上がるなら破格だ」

 

 一番悩んでいるように見える里中は、意外にも賛成寄りのようだった。

 

「だが決め手にかける。なぜこんなことを言い出した? 葛城のことだから、もっと具体的な理由があるんじゃないのか? それを教えてくれ」

 

 明確な理由がないと、小さな疑問が後になって火種となる可能性がある。

 それを考慮しての問いかけだろう。

 

「これはある先輩から聞いた話だが」

 

 真面目な顔で大嘘をつく。

 

「退学を阻止する権利もポイントで買えるらしい。その額は──クラス移動と同じ2000万ポイント」

 

 聞き手に驚愕が走る。それは数字の大きさ故か。はたまた退学すら覆せるポイントの万能性故か。

 

「Aクラスを維持するのはそれほど難しいことではないと俺は考えている」

 

 坂柳が一丸となったAクラスのメンバーを率いて負け続けるという姿は全くと言っていいほど想像できない。

 

「なら一番気をつけなければならないことは何か。それは退学措置を受けることだ」

 

 AクラスからDクラスまで平等に訪れる機会のある退学措置。宣告されたら最後、逃れる術はほぼ皆無。

 

「テストで赤点を取るような奴はこの中にはいないんじゃないか?」

「誰か上級生のクラスを訪れたことがある者はいるか? 俺は以前興味本位で行ったことがあるのだが、机の数が予想よりもだいぶ少なかった。とてもテストだけが原因でそうなったとは思えない。Aクラスにも退学になっている者はいた」

「それって……」

「ああ。テスト以外にも、退学になる要因は存在するということだ」

 

 まさか退学になるほどの問題を複数の生徒が起こしたわけもあるまい。

 

「……ポイントの徴収に協力しない生徒を、葛城は見捨てるのか?」

「おい! そんな言い方──」

「いい、弥彦。当然の疑問だ」

 

 反感を買うのをわかっていながらも、話を進めるためにあえて言ったように見える。

 

「俺は誰であろうと見捨てる気はない。ポイントの積立はただの保険だ」

「だが、保険金を払わないやつが保険を受けられるはずもない、か……」

 

 まあ、そこら辺は仕方ない。

 

「最後に一つだけ。この方法はクラス全体で行った方が効果を見込めるはずだ。なぜそうしなかった?」

「全員が全員、他人のために身を切れるわけじゃない。自分に自信がある者にとってこの話はメリットが薄い。中にはクラスのために不要な生徒は切り捨てるべきと考える者もいるだろう。いや、むしろそちらの方が正常な思考だ」

 

 具体例を挙げれば坂柳だ。

 例えば彼女にプライベートポイントを集めたとして、弥彦が退学措置を受けた時に救ってくれるかどうかはかなり微妙なところである。

 

「だが、ここにいるメンバーは他人のために動ける人間だと勝手ながら判断させてもらった。故に提案を持ちかけたまでだ。念のため言っておくが、この返答次第で個人的な対応を変えるということは一切ない。人に流されることなく、自分の意見で決めてくれ」

 

 本音を言うなら集められるポイントは少しでも多い方がいいけれど、無理を言って強制させるなんて真似ができるはずもない。

 

「わかった。俺は葛城の意見に賛成する」

 

 最初に肯定の意を示したのは、意外にも里中だった。

 

「なっ、お、俺だってもちろん賛成ですよ! なんなら話を聞く前から賛成でした!」

 

 負けじと弥彦も声を上げる。

 いや待て。聞く前からってのはおかしいだろ。ちゃんと自分の頭で考えろ。

 

「私も葛城くんの意見に賛成だよ。そもそも10万円って高校生のお小遣いにしては多すぎるよね。金銭感覚狂ったら卒業した後困っちゃうし。……それに、私が貢いだお金で葛城くんの筋肉が育つと思うと興奮するっていうか……」

 

 続くようにして西川も肯定側に票を投じる。

 一応言っておくが集めたポイントを許可なく使うことは絶対にしない。それではもはやただの投資だ。俺への筋肉投資だ。

 

「俺も賛成だぜ。ここまで言わせておいて拒否するとか、男が廃るってもんだろ?」

 

 キザなウインクを飛ばす司城。

 腹立たしいことに普通にカッコいいと思ってしまった。

 

「俺も──」

「僕も──」

「わ、私も──」

 

 その後結局、集まった全員が納得した上で肯いてくれた。俺を除いた19人もの生徒が──である。

 本当に、心からの感謝しかない。

 

「みんな、ありがとう」

 

 深く頭を下げる。

 これで弥彦退学阻止計画に一歩近づけた。

 

「となると、あとの問題は月にいくらずつ集めるかだな……」

 

 里中が意見を求めるように思案する。

 

「いくらくらいあれば生活できるかな?」

「3万あれば余裕だろう」

「俺は1万でもいけると思うが……」

「少しくらい余裕は持たせた方がいいんじゃないか?」

「なら5万くらいか? ちょうど月々の振り込みの半分くらいだし」

「クラスポイントの変動を考えると、いくら払うかよりいくら残すかで決めた方がいいんじゃないかな?」

「なら、5万を手元に残してあとの全額は積立金に回すってことでいいか? 不満があればその都度要相談ということで」

『異議なし』

「葛城もそれでいいか?」

「ああ、俺も異論はない」

 

 方向性さえ決まれば話が早いのがAクラスのいいところだ。

 俺が何か言うまでもなくサクサク細かいところまで決まっていく。

 

「あとは誰に集めるかだけど……」

「それは普通に葛城でいんじゃね? 話の流れ的に」

「ま、それ以外ないよな」

 

 司城の意見に俺以外の全員が頷く。

 戸惑いから思わず里中を見てしまう。こんな簡単に決めていいものかと心配になる。

 

「他に適任はいないさ。それに、葛城は他人の信用を裏切れないタイプだろう?」

 

 里中は、なぜ当の本人だけそんな顔をしているんだとでも言いたげな呆れたような顔をしていた。

 つまりこれは、みんなから信頼されていると思っていいのだろう。

 そうか……そうなのか……。

 よし! そこまで言うならこの不肖葛城、全身全霊全筋肉をもって金庫番を務めさせていただくとしよう!

 

「みんな、ありがとう。俺に任せてくれ」

 

 最後に奥義サイドチェストを繰り出し、最高の盛り上がりの中話し合いは閉廷を迎えた。

 

 その後は普通にカラオケを楽しんだ。

 

 

 

 





賭け事とかするより筋肉で魅力してみんなから筋肉維持費と称してポイント集めた方が効率いい説


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