明るい筋肉   作:込山正義

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説明回




無人島試験

 

 雲一つない青空。照りつける太陽。眼前に広がる大海原。

 時は夏休み。俺は太平洋のど真ん中にいた。

 

「すごいっすね、葛城さん!」

 

 豪華客船のデッキから身を乗り出しながら、弥彦が興奮したように言ってくる。手摺に掴まりながらぴょんぴょん飛び跳ねそうな勢いだ。

 真嶋先生の言葉通り、中間・期末テストを乗り越えた俺たち1年生には2週間の豪華旅行が与えられていた。

 現在乗船しているこのクルージング船なんて、普通に生活していたら一生縁のないようなハイクオリティのもの。有名レストランや演劇が楽しめるシアター、果てには高級スパまで完備されているというのだから驚きだ。個人で利用しようと思ったらオフシーズンでも何十万という金額が飛んでいく。高校生に与えていいような待遇ではない。プロテイン何年分の金が掛かってるんだって話だ。

 が、当然浮かれてばかりもいられない。

 これから待ち受けているのはクラスポイントが大きく動く特別試験。しかも無人島生活というハードな内容なのだ。個人的には普通に楽しみとはいえ、ある程度は心の準備をしておいた方がいいだろう。

 

『すごい景色だねo(*^▽^*)o』

 

 海を眺めている最中、ポケットに入れた携帯がぶるぶると震えたのに気づいた。画面を見る。チャットを飛ばしてきたのは佐倉だった。

 周囲をぐるりと見渡す。すると遠くにDクラスの集団を発見した。その中には佐倉の姿もあり、こちらにチラチラと視線を向けては逸らすを繰り返している。

 

『思わず写真を撮りたくなるような絶景だな』

 

 返信を打つ。

 ストーカー事件の後から、佐倉とはこうして度々チャットによるやり取りを行っていた。直接話すよりも頻度は高い。いわゆるメル友というやつだ。

 あの一件でひと握りの勇気と積極性を手に入れた佐倉だが、コミュ力は精々レベル1から2に上がった程度。周りに見知らぬ人物が多いこの状況で、Aクラスの生徒に囲まれた俺に話しかけられるはずもない。

 数秒後、地平線を写した写真が『どうかな?』という一言と共に送られてきた。

 目で見た感動を十分に表現できている。俺ではこうはいかない。さすが本職。格が違う。

 

『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら、是非デッキにお集まりください。間もなく島が見えて参ります。暫くの間、非常に意義ある景色をご覧頂けるでしょう』

 

 アナウンスが聞こえ、もうそんな時間かと気を引き締める。

 幸いすでにベストポジションは確保しているのでこの場から動く必要はない。

 

「あ、あれですかね!」

 

 弥彦が指差す先に小さく島が見え始める。

 それに釣られて他の生徒も1番見やすい位置を求めて集まってくる。

 うーん、このデカい身体がど真ん中を陣取っているとめっちゃ邪魔だな。後ろの人とか見えないだろうし、やっぱり少し移動するか。

 

「別に葛城さんが移動する必要はないと思いますけど……」

 

 Aクラスのほとんどの生徒がそのまま動かない中、雛鳥のように俺についてきてくれる弥彦。口を尖らせながら零した愚痴だって、自分じゃなく俺のために言ってくれたものだ。

 うん、ただのめっちゃ良い奴。

 

「悪いな」

 

 そんな俺と弥彦に近づいてくる気配。

 謝ってきたのはいつの間にか近くまで来ていた綾小路だった。後ろにはちょこんと佐倉の姿もある。

 俺のさりげない気遣いに綾小路は気づいていたらしい。こうしてわざわざ礼を言ってくるあたり律儀だ。

 

『優しいね(っ*´∀`*)っ』

 

 佐倉も褒めてくれる。

 しかしこの距離でもチャットなのか。周りに少しでも知らない人がいる状況だととことん空気に徹するらしい。

 

『見えにくくないか? 良ければ肩車するぞᕙ(⇀‸↼ °)ᕗ』

『それは流石に恥ずかしいかな(/ω\)』

 

 目立つどころの騒ぎじゃないからな。なんなら遠くに見える無人島よりも注目を集めるまである。

 そしてなんやかんやあった結果、なぜか代わりに西川を肩車することになった。案の定視線を独り占めしていた。それを気にしていないあたりすごいメンタルだ。佐倉は感心したように見上げていたが、あまり見習ってほしくはない。ここまで極端に変わる必要はないと思われる。

 

 その後島が肉眼ではっきりと視認できる距離まで近づくと、船はぐるりと島の周りを旋回し始めた。

 島の全体図を今のうちにしっかりと頭に叩き込んでおく。原作のAクラス同様できれば洞窟を確保したいところだ。雨も風も日差しも視線も遮れるとか最強に近い。

 

『これより、当学校が所有する孤島に上陸いたします。生徒たちは30分後、全員ジャージに着替え、所定の鞄と荷物をしっかりと確認した後、携帯を忘れず持ちデッキに集合してください。それ以外の私物は全て部屋に置いてくるようお願いします。また、暫くお手洗いに行けない可能性がありますのできちんと済ませておいてください』

 

 やがて流れてきたそのアナウンスを皮切りに、デッキに集まっていた生徒たちは解散していく。

 名残惜しそうにする西川を肩から下ろし、綾小路と佐倉に別れを告げ、俺も準備のためにAクラスのみんなと部屋へと戻る。

 そういえば、島に携帯の持ち込みはできないんだったか。つまり、佐倉とのチャットは1週間お預けということだ。まあ、直接会話すればいいだけなんだが、試験内容を考えるとあまり機会はなさそうである。

 

 

 

 ****

 

 

 

「ではこれより、本年度最初の特別試験を行いたいと思う」

 

 島へと降り立ち点呼を終えれば、ついに特別試験の概要が明かされる瞬間がやってくる。説明役は我らが担任真嶋先生だ。準備されていた白い壇上からざわつく生徒たちを観察している。俯瞰するような視線が右から左へゆっくりと動いた。

 

 その後語られた内容は以下の通り。

 

・これから生徒たちは1週間の無人島生活を送ることになる。

・各クラス必要最低限の道具(テント2つ、懐中電灯2つ、マッチ1箱、日焼け止め無制限、歯ブラシ1人あたり1本、女子のみ生理用品無制限)は最初に支給されるが、足りない分はポイントを使い購入する必要がある。

・試験専用ポイントは各クラス300ポイントずつ支給され、残った分はクラスポイントに加算した上で夏休み明けに反映される。

・マニュアルという名のルールブックが各クラス一つずつ配布されるが、紛失した際の再発行にはポイントがかかる。

 

 それから体温、脈拍、人の動きを探知するセンサー及びGPS付きの腕時計が生徒一人一人に配布され、説明は各クラス毎に分かれマニュアルを見ながらの詳しいものへと移っていく。

 そこで判明した詳細及び追加ルールは以下の通り。

 

・著しく体調を崩したり大怪我をして続行が難しいと判断された者はリタイアとなりマイナス30ポイント。環境を汚染する行為はマイナス20ポイント。毎日午前8時午後8時に行われる点呼に不在の場合1人につきマイナス5ポイント。他クラスへの暴力行為、略奪行為、器物破損などを行った場合その生徒の所属するクラスは即失格となり対象者のプライベートポイント全額没収。

・各クラスはベースキャンプ地を決める必要があるが、一度決めた後は正当な理由なく変更できない。1日2回の点呼もベースキャンプで行う。

・各クラス簡易トイレが1つずつ支給される。その際使用する吸水ポリマーシートとビニール袋は原則無制限で支給される。

・島の各地にはスポットと呼ばれる地点があり、占有するには専用のキーカードが必要。占有時間は1度につき8時間まで。1度の占有につき1ポイントを得られる。同時に複数のスポットを占有することも可能。ただし他が占有しているスポットを許可なく使用した場合マイナス50ポイント。キーカードを使用できる人物はリーダーとなった人物のみ。正当な理由なくリーダーの変更はできない。

・7日目の最終日、点呼のタイミングで他クラスのリーダーを言い当てる権利が与えられる。的中させたらプラス50ポイント。逆に当てられた側はマイナス50ポイントに加えスポット占有により得た全ポイント喪失のペナルティ。リーダー当てに失敗した場合もマイナス50ポイント。ただしこの場合相手側にプラス50ポイントされることはない。

 

 

 簡単に纏めるなら──。

 なるべくポイントを節約して1週間生き延びてね。でも無理をし過ぎると結果的に損をするよ。

 スポットを占有するとボーナスがあるから頑張って。でも欲張り過ぎるとリーダーを見抜かれてマイナスになるよ。

 ──といった感じだろうか。

 

「リーダーが決まったら報告してくれ。その際にリーダーの名前が刻印されたキーカードを支給する。期限は今日の点呼までだ。もし決めきれないようならこちらで勝手に決めることになる」

 

 次々に与えられる情報を頭の中で整理しているAクラスの生徒たち。

 準備段階はじっくり丁寧にいくのが理想だが、移動の許可が与えられるまでそう時間は残されていない。

 なので今のうちに真嶋先生に質問しておく。

 

「先生、いくつか質問してもよろしいでしょうか」

「葛城か。なんだ」

 

 詳細なところを明確にしておかないと、思わぬ落とし穴に嵌りかねない。

 

「仮病でリタイアすることは可能でしょうか」

「可能だ。だが当然マイナス30ポイントのペナルティは受けることになる」

 

 お前まさか、いやそんなわけ、みたいな顔でクラスメイトたちが見てくる。

 しかし見てくるだけで何も言ってこないあたり俺がリタイアを企てているとは思われていないらしい。

 当たり前だ。無人島生活全然怖くない。むしろ超楽しみ。

 

「それはリーダーであっても例外ではありませんか?」

「……いや、そこは試験の結果に大きく関わってくるところだからな。リーダーに限り、正当な理由なしでのリタイアは認められていない。それを判断するための腕時計だ」

 

 数値が異常を示すか目に見える大怪我を負っていなければリーダー変更は不可能というわけか。

 良かった、安心した。最終日にリーダー変え放題とかだったらクソゲーすぎた。

 俺がリーダーとなり筋肉に物を言わせて島中を大爆走してスポットを占有しまくった挙句試験終了ギリギリにリタイアするという作戦は取れなくなったが仕方ない。

 崖からダイブして怪我を負うとかはやりたくないので理想案は完全に却下だ。

 

「では、リーダー以外の全員がリタイアした場合はどうなりますか?」

「その条件を満たした場合に限りリーダーのリタイアも可能になる。ただしリーダー当ての権利は自他共に消失する」

 

 つまりクラス全員でのリタイアは可能というわけだ。確実に0ポイントになるからやる奴はいないだろうけど。

 もしかしたらリーダーを誰かに押し付けてその他の全員がリタイアするという状況も想定しているのかもしれない。なにそのイジメ酷すぎる。無人島に1人残されるとか泣くわ。俺と龍園とその他諸々以外。

 

「ありがとうございます。それと追加でもう一つだけ。……例えばポイントで購入した物を道端に置いておき、それを他クラスの生徒が誤って踏みつけ壊してしまった場合、器物破損を理由に他クラスを失格に追い込むことは可能ですか?」

 

 真嶋先生が微妙な表情でこちらを見てくる。なんてこと考えるんだお前は、とでも言いたげだ。

 いや、違う。なにも俺が実行したいから聞いているわけではない。

 他クラスからの攻撃を防ぐために予め知っておきたいだけなんですって。

 だからそんな目で見ないでください。

 ムキムキ、俺は悪い筋肉じゃないマチョよ? 

 

「……仮にそのようなことが起きた際には教師による調査が入る手筈になっている。だがほとんどの場合、失格の措置を下すことはないと思ってもらって構わない。明確な悪意を持って行われたならまだしも、それが偶然による事故であるならばせいぜい破損した品の購入費用分のポイント移動が行われるくらいだ。逆に故意に罠に嵌めたことがわかれば、そちらのクラスが重い罰を受けることになるから注意しろ。実行はオススメしない」

 

 だからやらないですから。

 しかしそうか。このルールはあくまで生徒の暴走を抑えるためのものだと思っておけばいいってことか。

 

「……時間もいい頃合いだな。では、これより本格的に試験を開始する。質問くらいならば受け付けるが、教師による過度なサポートは原則禁止されている。これからのことはお前たち自身で考え、お前たち自身で行動しろ」

 

 スタートの合図。

 さて、それじゃあ早速動きますか。

 

「みんな聞いてくれ」

 

 俺の声に全員がこちらを向く。

 

「実はスポットの場所に当たりをつけていてな。他のクラスに奪われる前に確保に向かおうと思う」

「リーダーはまだ決まってないがどうするんだ? 話の流れからして葛城がやるのか?」

「リーダーを決めるのは後でもいいだろう。なに、占有などせずとも、俺がスポットの前に仁王立ちしていれば済む話だ」

「はっ、確かにそりゃ近づけねーわ」

 

 橋本の言葉に何人かが笑う。

 

「とりあえずは俺と弥彦で場所取りをしてくる。ベースキャンプ地を確保したら弥彦を1度この場に戻らせるから、みんなにはそれまで待機しておいてもらいたい」

「なんか悪いな。こっちはそれまでにマニュアルを読み込んでおく」

 

 全員で移動となると時間がかかるからその辺りはしょうがない。スピードを求めるなら先行組はどうしても必要になってくる。

 

「というわけだ。悪いな弥彦、お前には負担かけることになる」

「いえ、こんくらい全然平気ですよ! 頼ってくれて嬉しいです!」

 

 素直な良い子だ。面倒くさがってもいいところなのに全くその気配がない。

 すまんな。足場の不安定な森の中を移動するだけでもトレーニングになるから許してくれ。

 これぞ最強の筋肉流プラス思考だ。

 念の為言っておくがマゾではない。

 

「俺もついていく。帰りが1人になるのは危険だ」

 

 未知の無人島ということを考慮し、鬼頭がそう名乗り出てくれる。

 ありがたい。お願いするとしよう。

 こうしてAクラスは他のどのクラスよりも先んじて洞窟へと続く道を駆け出した。

 

 

 

 ****

 

 

 

 無事洞窟へと一番乗りすることに成功し、スポットの存在を確認した後は、予定通り俺が残り弥彦と鬼頭はとんぼ返りさせた。

 みんなを待っている間暇なので日光の届かない洞窟内で筋トレでもしておく。

 夏の強い日差しは俺の弱点の一つだ。髪という防具がないためダメージが直に届いてしまうのである。

 後でちゃんと日焼け止めを塗った方が良さそうだ。しかし頭皮に塗るやつなんてたぶん俺くらいだろう。この学校、残念ながら同士はいなかったりする。

 

「むっ」

 

 そうして筋トレすること暫く。こちらに近づいて来る気配を察知した。

 パンプが冷めてしまうが仕方ない。一旦中止して様子を見に行くとしよう。

 日差しの照りつける洞窟外へと足を踏み出す。瞬間、気配が掻き消えた。

 こちらの存在に気づいて咄嗟に隠れたのだろう。目に見える範囲に人影は見えない。

 ふっ、だが甘いな。確かに気配は上手く隠せているようだが、鍛え上げられた筋肉はどうしたって隠蔽することはできない。

 物理的に消滅させることが不可能な以上、俺の筋肉センサーから逃れる術などないのである。

 

「そこにいるのはわかっている。出てきたらどうだ?」

 

 聳え立つ大樹の奥に潜む人物に向かって声をかける。

 しかし動き出す素振りは見られない。ハッタリだと思っているのだろう。

 事実、この筋肉センサーは誰にでも有効なわけではない。相手の筋肉が不足していると上手く察知することができないのだ。

 だが例えば現在隠れている人物──綾小路ほどの筋肉となれば話は別である。確実に感じ取ることが可能だ。

 残念。ホワイトルームでの過酷な生活が仇になったな。

 お前は強くなりすぎたんだよ。

 

「別に隠れる必要はないだろう。何も取って食おうってわけじゃない」

 

 押し問答を繰り返して悪役気分に浸るのもいいが、あんまり時間を掛けすぎると一緒について来たであろう佐倉が窒息死してしまう。

 原作通りだと仮定するなら、息を潜めるために綾小路は佐倉を抱きしめながら口を塞いでいるものだと思われる。咄嗟だったとはいえ随分と乱暴なことをするものだ。

 

「よう、綾小路」

「見られてはないと思ったんだけどな」

 

 木の後ろに回り込めば、呆れた表情をしている綾小路と目が合った。

 佐倉は案の定綾小路の腕の中で顔を真っ赤にしながら目を回していた。男に免疫のない佐倉可愛い。

 いや、佐倉は性別以前に対人関係で免疫がない。つまり女の子が抱き着いても同じようになるのではないだろうか。

 よし、今度機会があれば櫛田にお願いしてみよう。

 

「綾小路もこの場所に目星を付けていたか」

「ああ。どうやら先を越されたみたいだけどな」

 

 他人の目を気にしつつ自然を装って行動する綾小路と他人の目を気にせずスタートと同時に全力ダッシュを決めた俺。差が出るのは必然だ。

 

「まだ占有はしていないから今なら奪い取れるぞ。2人のうちのどちらかがリーダーだったらの話だがな」

「オレと佐倉がリーダーをやるように見えるか? それにもし仮にリーダーだったとしても、敵の目の前で占有できるわけないだろ」

 

 そりゃそうだ。リーダーを自らバラすとか普通はスパイ以外やらない。

 

「はぁ、はぁ、はふぅ……。葛城くん、こんにちは」

「ああ、さっきぶりだな。佐倉も探索か? 偉いな」

 

 初めて訪れた森の中を奥へ奥へと進める女の子はそうはいない。加えて佐倉は運動が苦手だったはずだ。にもかかわらずこの短時間で洞窟のある地点まで辿り着いている。

 いきなり無人島で過ごせと言われて戸惑ってもおかしくない中、本当によく頑張っていると思う。

 

「そんなことないよ。Dクラスで話せるのが綾小路くんしかいないってだけだし……。あとは櫛田さんとも話せるけど、いつも誰かが近くにいて私の入る隙間なんてないっていうか……」

 

 ズーンと肩を落とす佐倉。もうこの段階からきよぽんグループを作ってあげたくなるような落ち込み具合だ。

 

「その点綾小路の周りには誰もいないから安心だな」

「うん……って、ち、違うよ!? そんなこと思ってないからね! ほ、ほら! 綾小路くんの横にはいつも堀北さんがいるし……!」

「いや、気にしてない。一人でいることが多いのは事実だからな」

 

 俺が故意に放った流れ弾により、佐倉だけでなく綾小路まで気落ちしてしまった。

 クラスメイト39人と共に1週間も過ごさなければならないこの試験。本を読んだり携帯をいじったりすることもできない都合上、友達が少ない者は地獄のように退屈な時間を過ごすことになるだろう。

 だが逆に言えばクラスメイトと距離を縮めるチャンスでもある。

 頑張れ佐倉! お前ならできる! 

 

「あんまり長居もしていられないからな。オレたちはそろそろ戻ることにする」

「ああ。3日以内には偵察に行く。待っていてくれ」

「またね、葛城くん」

 

 手を振って2人と別れる。

 試験初日だけあってやることは山積みだ。無駄話を続けて時間を潰す余裕はお互いにないだろう。

 話し込んでいるうちにAクラスの面々が到着しても面倒くさそうなことになりそうだし。

 

 というわけで洞窟内に戻って再び筋トレを開始する。

 何が辛いって、無人島にいる間はタンパク質を摂取する方法が限られてくるという点だ。先程ポイントで購入できる物のリストをパラ読みしてみたが、その中にプロテインは含まれていなかった。いくらここが管理された無人島だからといって鶏が放し飼いされているとも思えない。

 つまり俺に残された手段は魚を捕まえることのみ。できれば虫は食べたくない。熊でも棲んでいれば綾小路やアルベルト、高円寺にでも協力を要請して討伐してやったものを。

 

「お待たせしました! 葛城さん!」

 

 上裸になって筋トレを続けていると人の集団が近づいてくるのに気がついた。

 弥彦の声が聞こえたので服を着て出迎える。

 この暑い中移動ご苦労様。あ、テント重いでしょ。俺が持つよ。

 なに遠慮すんなって。これは善意じゃなくて筋トレ欲だから。

 しかし8人用のテントだけあって軽いな。確か15kgだっけか。うーん、負荷が足りない。

 

「葛城、お客さんだ。何やら話があるみたいだぜ?」

 

 橋本に話しかけられる。

 いや、気づいてはいたさ。本来いないはずの例外的存在はこの場において完全に浮いている。Aクラス以外の生徒がいて目立たないわけがない。

 けど、まさかこんな早いタイミングで来るとは思わないじゃん。

 リーダー決めを含めた最低限の準備くらいはさせてほしかった。

 

「何の用だ、龍園」

「そんなに警戒すんな。ちょっとした交渉をしに来ただけさ」

 

 そう言って、龍園は悪魔のような笑みを浮かべる。

 まあ、Aクラスがポイントを使ってからでは遅いわけだし、この段階で接触するのはある意味当然のことなのかもしれない。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 洞窟の最奥。

 周囲の視線を気にしなくていい密会に最適なその場所で、俺はCクラスのリーダーこと龍園翔と向かい合っていた。

 

「お前たちAクラスと取引がしたい」

 

 交渉の場だというのに、龍園は一切謙ることなくそう言ってのける。

 傲慢さが態度に表れている。こちらを見下すような視線に弥彦なんかは今にも噛み付きそうだ。

 

「内容を言ってみろ。考えるくらいはしてやる」

「ハッ、随分と上から目線だな」

「それはそちらも同じだろう」

 

 この場にいるCクラスの生徒は龍園1人のみ。

 敵地のど真ん中でよく臆せずにいられるものだ。

 

「なに、テメェらにとっても悪い話じゃねえはずだ」

 

 そうして龍園の口から語られたのは内容は以下の通り。

 

 1、CクラスはAクラスに200ポイント相当の物資を提供をする。

 2、CクラスはAクラスにBクラスまたはDクラスのリーダーの情報を与える。

 3、1と2の内容が達成された場合AクラスはCクラスに1人あたり2万プライベートポイントを卒業まで毎月支払い続ける。

 

 一言で言うならふざけるなという感じだ。

 作戦としては悪いわけではない。この無人島試験にはマイナスの結果が存在しないため、支給されたポイントに加えてリーダーの情報を全クラスに売り捌けば、300ポイントを元手に450ポイント分の利益を得ることも可能である。

 もちろんこれはただの理想値であって、交渉に応じてくれるクラスがなければ意味なんてない。

 

 龍園の話にしたってそうだ。物資の200ポイントとリーダー当ての報酬50ポイントを合わせて計250ポイント。この数字を見ると、毎月2万プライベートポイント払うことになっても得をしているような気がしてくる。事実得ではあるのだろう。2万プライベートポイントはクラスポイントに換算すると200ポイントであるのだから。

 だが永続的というのが良くない。卒業までの3年間、Cクラスにポイントを搾り取られ続ける状況はできれば避けたい。スリップダメージほど恐ろしいものはない。ソースは坂柳の所持している未使用のままの命令権。

 未来に何があるか分からない以上、マイナスに働く可能性はきちんと考慮しておくべきだ。

 いや、この契約内容にも一応抜け道はある。契約を遵守させるために誓約書を書く場合、必ず代表者の署名が必要なのだ。

 つまりAクラスとCクラス間の契約のように見えて、その実葛城康平と龍園翔の契約ということ。

 その場合、龍園を退学させれば契約は無効にできる。

 もし最大限の利益を得たいのなら、試験後すぐに龍園を退学させるのが一番というわけだ。

 もちろん俺にはそんな気さらさらない。そもそも龍園を退学させる確実な方法が現段階で思い付かない以上、博打のような真似ができるはずもない。

 

 最終的に何が言いたいかというと、否以外の答えなど存在していない──ということだ。

 

 

「坂柳がいない今がチャンスのはずだ。試験で結果を残せばリーダーの地位を磐石なものにできる。違うか?」

 

 思考を誘導するように、龍園は囁いてくる。

 だが意味はない。その言葉で俺の心が動くことは絶対にない。

 

「龍園、お前は一つ勘違いをしている」

「……なに?」

 

 訝しむような顔になったCクラスのリーダー様に、俺は堂々と言ってやった。

 

「葛城派は、すでに坂柳派に下っている」

「ッ!」

 

 ああ、そうだ。その顔が見たかった。

 大きな秘密を暴露する瞬間は、どうしてこうも気持ちがいいのだろうか。

 

 

 





暴力が信条の龍園と暴力の化身たるマッチョ葛城ってもしかして相性最悪?

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