明るい筋肉   作:込山正義

16 / 41

かぐや様の作品増えましたよね
でもあれ二次結構ムズいと思うんですよ



方針決定脳筋設定ハゲてるあいつは暴飲節制

 

 あれは1学期最終日の放課後のこと。

 俺と坂柳はボードゲームルームの一室で対面していた。

 さすが国の運営する高校だけあって敷地内にはマイナーな施設も数多く取り揃えられている。

 この場所がその一例だろう。ボードゲーム専門の施設などかなり珍しい部類に入ると思う。

 念のため個室を借りたが共有スペースで十分だったかもしれない。そう考えてしまうくらいには利用者が少ない。

 というか俺たちしかいなかった。まあ、普通学生が遊ぶとしたらカラオケとかボーリングとかだろうしな。

 

「……すみません、もう一度言ってもらえませんか?」

 

 坂柳が聞き返してくる。後ろに控える神室、橋本、鬼頭の3名も不審なものを見るような目でこちらを見ていた。

 なぜそんな顔をするのか。そこまで突拍子もないことを言ったつもりはないのだが……。

 

「俺たち葛城派は坂柳派に全面降伏する。Aクラスのリーダーに相応しい人間は坂柳を措いて他にはいない。これからみんなを引っ張っていってほしい。俺も微力ながら協力させてもらう」

 

 笑顔を心掛けたのだが反応はあまりよろしくない。もっと喜ぶとか見下すとかのリアクションを期待していただけにこれは予想外だ。

 しかしあれだな。そう呼称するのがわかりやすいとはいえ、自分の口から葛城派って単語を出すのはかなり恥ずかしいな。

 自分のことを王とか言っちゃう龍園くらい痛々しい気がする。

 あ、俺も自称筋肉王目指してるから人のこと言えないわ。

 

「冗談、というわけではないようですね……」

 

 冗談でこんなこと言わない。

 いや、テンション次第では言うかもしれないが、少なくともわざわざ呼び出してまで言ったりはしない。

 

「なぜ今になって言い出したのか、その理由をお聞かせいただいても?」

「夏休みにクラスポイントが大きく動く何かしらのイベントが行われる可能性が高い。そんなクラスの今後を左右するような局面で仲違いをしている暇はないと考えている」

 

 ポイント積立を知らない坂柳たちにしてみれば、俺がいきなり心変わりしたようにしか見えないだろう。

 だが信じてほしい。俺にリーダーをやる気は全くない。というかやりたくない。

 坂柳は本心を確かめるように俺を見つめた後、次いで俺の後ろへと視線をずらした。

 この場には弥彦と西川も連れてきているのだが、位置的に坂柳が見ているのは弥彦の方だろうか。

 

「戸塚くん。あなたはそれでいいんですか?」

「いいわけないだろ。葛城さんの話を聞いた今でも、リーダーに相応しいのはこの人しかいないと思ってる」

 

 おいぃ! 弥彦ォ! 

 坂柳に簡単に転がされてんじゃねえ! 

 お前は何のためにここに来たんだ! 邪魔しに来たのか!? 

 

「ではしっかりと話を聞かなければなりませんね」

「そうですよ葛城さん! 納得できる説明をお願いします!」

 

 それをするのは今じゃねえだろ……。

 なんでこの段階で今更味方を説得しなければならないのか。

 これはあれか? ちょっと時間が経つ毎にもう一回説得を行わなきゃならないパターンなのか? 

 洗脳を繰り返してより強く暗示をかけるとかそういうのが必要なのか? 

 俺に対して反対意見を述べた事実は喜ばしいことである。ただのイエスマンではないことが証明されたわけだからな。

 だからこれからは、時と場合を考えることも覚えてほしい。

 

「そうだな……。ならばわかりやすく、ここは具体的な数字を用いて俺と坂柳を比較してみるとしよう」

 

 気持ちを切り替える。坂柳たちを納得させる必要があることを考えれば、対象が1人増えたところでどうせ手間はさほど変わらない──と思うことにする。

 数字を比べるという目に見えてわかりやすい説明を行えばいくら弥彦とて黙る他あるまい。

 

「まずは肉体面。俺の身体能力を100、坂柳の身体能力を1と仮定する」

「そんな謙遜しないでください! 坂柳のやつが1だとしたら、葛城さんは1億以上はあると思います!」

 

 葛城さん強すぎぃ! 

 人間やめてんじゃねえか。どんな化け物だよそいつ。

 

「……弥彦、これはあくまで目安だ。数字に差がありすぎると比較する意味がなくなる」

「そう、ですか……。わかりました……」

 

 いや、不満そうにすんなって。

 いくらなんでも億はないだろ億は。小学生か。

 

「次に頭脳面。俺が100だとするなら、坂柳は500はあるだろう」

 

 そこまで言い、やはりこれは無理があるのではと思い直す。

 いや、ここまで説明してしまったからにはそのままいくしかない。なに、勢いでゴリ押せばどうにかなると相場は決まっている。

 ツッコミを入れる暇さえ与えず続きの言葉を流れのままに紡ぐ。

 

「そしてその2つを合計した数字は俺が200で坂柳が501。もうわかったな? つまり坂柳の方が総合的に優秀ということだ」

「な、なるほど……!」

 

 納得しちゃった。

 後ろにいる西川の顔は見えないが、視界に入る4人は皆が皆呆れたような表情をしていた。

 弥彦、お前バカだと思われてるぞ。筋トレの影響で脳筋になったとかやめてくれよ。筋肉にマイナスイメージが付与されてしまう。これからはインテリマッチョの時代だ。

 メガネクイッからの筋肉ドーン!

 

「いや、待ってください! テストは坂柳も葛城さんも同じく100点だったじゃないですか! だったら筋肉の分だけ葛城さんの方が上だと思います!」

 

 そこはほら、テストじゃ測りきれない実力とかあるだろ? 

 それにクラスを引っ張るのに物理的な力って実は必要ないのではと最近思い始めたんだ。

 

「そうですね。今の段階でどちらがリーダーに相応しいかを判断するには材料が不足していると思います」

 

 ああ、坂柳までそんなことを。

 なんだよ。リーダーの座あげるって言ってんだからそこは素直に貰っとけよ。

 そんなに自らの手で俺を叩き落としたいのか。謀反する気なんてないというのに酷いやつだなこのドSロリめ。

 

「ならばこうしよう」

 

 もう面倒くさいから切り札を使う。

 簡単な話だ。どちらが上かわからないというのならゲームで雌雄を決すればいい。

 

「チェスで勝った方がクラスのリーダーだ」

 

 何のためにこの場所を選んだと思っている。

 俺が坂柳とチェスをしたかったからに決まっているだろう。

 

「……葛城くんが、そんな頭の悪いことを言う人間だとは思いませんでした」

 

 嘆息する坂柳。

 失望している──ように見せ掛けてただの演技だろう。

 俺との楽しい派閥争いをこんな形で終わらせたくないと思ってくれるのは実力を認められているようで素直に嬉しいが、そのやっすい挑発に乗ってやることはできない。

 セリフが雑になっているのは自覚している。だが俺としては、特別試験で味方に裏切られないならそれでいいのだ。

 今までの有能ムーブだって、ポイント徴収案の成功率を少しでも上げるためのもの。

 リーダーの片割れという枷が外れた以上、俺は自由に学校生活を謳歌する。

 もちろん手を抜いたりサボったりするつもりはない。個人のできる範囲で全力は尽くす。

 

「……どうやら、意見を変えるつもりはないようですね」

 

 ああ。俺は本気だ。

 俺ではリーダーが務まらないことなど、俺自身が一番よく理解している。

 

「あなたがリーダーに向いていないことは、最初からわかっていたことでしたが……」

 

 そうだ。俺はリーダーに向いていない。

 Aクラスを維持する上で、他クラスを蹴落とす必要性はこの先必ず出てくるだろう。

 だが俺にはそれができない。自軍を強化し守りを固めることはできても、敵を容赦なく殲滅する決定を下すことはできない。

 それではジリ貧になる。いずれ差が埋まってしまう。

 わかっているさ。これは断じて優しさなどという高尚なものではない。

 ただの甘さだ。

 

「──いいでしょう。チェスでリーダーを決めるというその申し出、お受けすることにします」

 

 なんだかんだ言いながら最終的に乗ってくれる。そういうところは大好きだ。

 

「一応先に言っておくが、他のボードゲームでも構わないぞ?」

「問題ありません。チェスは得意ですから」

 

 知っている。知っていてわざと指定した。

 ゲームの結果でリーダー決めを行うクラスなどウチくらいだろうが、そうバカにしたものでもない。チェスの強い人間が有能な指揮官に成り得るかという命題は、すでにコードギアスで証明されているからだ。

 

 さて、それじゃあいっちょ気合入れていきますか。

 俺の本気がどこまで通用するのか。それを確かめてやる──!

 

 

 

「……ありません」

 

 自らの王を指で弾き倒す。

 負けた。普通に負けた。

 先手だったのに負けた。こう見えてチェス歴10年以上なのに負けた。

 めちゃくちゃ粘ったのに結局負けた。

 坂柳強すぎワロタ。……ワロタ…………。

 

「……これでリーダーは坂柳だ。意見を変えるつもりはない」

「はい」

「……だが、せっかくだし他のやつでも勝負しないか?」

「いいですよ」

 

 その後囲碁、将棋、リバーシ、果てにはチェッカーや連珠も行ったが、俺はその全てに敗北した。

 全敗だ。泣きたくなった。

 最初から勝ち越せるなんて思ってなかった。でも1勝くらいならいけるのではと心のどこかで考えていた。

 見通しが甘かった。無意識のうちに侮っていた。

 くそ、めちゃくちゃ悔しい。衝動的に筋トレを始めてしまいそうなくらい悔しい。

 俺はこう見えて結構負けず嫌いなのである。

 

「リベンジはいつでも受け付けますよ」

 

 望むところだ。

 いつか吠え面かかせてやるから覚悟しとけよ! 

 

 

 

 ****

 

 

 

 とまあこのような経緯があったわけだが、なぜか坂柳は今回の船旅に欠席している。

 俺の人望を地に落とす必要がなくなったわけだし普通に参加するものだと思っていたのだが、そこはなにか別の理由があったりするのだろうか。

 なんとなく寂しい。坂柳の快適生活のためなら300ポイント全部使うのも吝かではないというのに。

 

「リーダーが不在の状況で負債を背負うわけにはいかない。だからお前の提案は受け入れられない」

 

 何やら思考に耽っている龍園に改めて告げる。

 

「だが物資を無意味に捨てるのは勿体ない。くれるというのなら俺たちが有効活用してやろう。プライベートポイントは渡せないがな」

「ハッ、そんな一方的な条件を呑むとでも思ってんのか?」

 

 思っているわけがない。

 Aクラスだけが得をするなどそれはもう契約ではない。協力ですらないただの裏切り行為だ。

 

「なら、他のクラスと交渉でもしてみるか? BクラスとDクラス。その両方とお前はいざこざを起こしている。とてもいい返事が貰えるとは思えないがな」

 

 少しでも譲歩が得られるとしたらAクラスのみ。他は話すら聞いてはもらえまい。

 

「それとも正攻法で試験を受けるか? Aクラスはすでにマイナス30ポイントのハンデを負っている。1週間我慢できるのなら自ずと差は縮まるだろう」

 

 クラスから不満が出るリスクを取れるかどうか、非常に気になるところだ。

 椎名あたりは本がなくて死にそうなイメージあるけど。

 

「あとはそうだな。物資の提供とプライベートポイントの見返り。立場が逆なら受けてやってもいい」

 

 契約内容が等価だと考えているなら受けられるはずだ。

 

 さあ、どうなる。

 龍園は一体どの選択肢を選ぶ……。

 

「……俺たちが物資を提供する場合、お前たちはポイントの代わりに何を俺たちに差し出してくれるんだ?」

 

 試すような口調で聞いてくる。

 しかしその言葉が出てくるあたり、真面目に試験を受ける気は最初からないものだと思われる。

 暴力による支配というのはそれほど脆いものなのだろうか。

 

「俺たちが渡せるものなんてそう多くはないぞ?」

「いいから聞かせろ」

 

 言われなくてもわかってるだろうに。

 相手を測ろうとする言動は坂柳そっくりだ。

 

「Aクラスが交渉材料に使えるものは主に三つだ」

 

 握り拳を前に出し、まず人差し指を天に伸ばす。

 

「一つ、Aクラスのリーダーの情報」

 

 正直なところ、綾小路の目を掻い潜りながら複数のスポットを占領するのは不可能だと思っている。なのでこれはそこまでマイナスではない。

 

「二つ、Cクラスのリーダーを指名しないことの確約」

 

 これは結構惜しい。原作通りにゼロポイント作戦を行うと仮定した場合、リーダー候補が一番絞りやすくなるのがCクラスだからだ。

 しかし暴力で負傷させることによる強制リタイアという龍園だけに許された禁じ手一歩手前の策まで考慮すると大きなマイナスというわけではない。

 

「三つ、Aクラスの保有する隠れ家の提供」

 

 これはWin-Winだろう。

 龍園は無人島で過酷なサバイバルをする必要がなくなるし、俺は龍園と筋トレができて楽しい。

 

「あとは、他のクラスのリーダーの情報が手に入ったら教えてやれるくらいだな」

 

 この試験単体で考えると、やはり取引材料はかなり限られてきてしまう。

 

「ハッ、全然釣り合ってねえな。よくもまあしたり顔で言えたもんだ」

「そもそも200ポイントも使う必要ないというのが俺の見解だ。たかが1週間生き抜く程度、100ポイントもあれば十分事足りる」

 

 風雨と日差しを気にしなくていいというだけで負担はだいぶ減る。

 食料は俺が駆け回って確保すればいいだけの話だ。

 

「これ以上条件を引き出したいなら橋本と交渉してくれ」

「いきなり振ってくんな。ビックリするだろ。というかなんで俺なんだ?」

「なんとなく、坂柳派のNo.2みたいなイメージがあってな。坂柳が不在の今、実質的なリーダーは橋本ということにならないか?」

「それだったら神室のが適任だろ」

「は? 嫌だけど。だったら鬼頭がやればいいでしょ」

「俺にリーダーは務まらない。順当に葛城がリーダー代理ということでいいのではないか?」

 

 一周回り、結局そういうことになった。

 

「……いいぜ、テメェの案に乗ってやる」

 

 そしてAクラス内で話し合いをしているうちに、龍園は結論を出したようだった。

 

「……つまり、どういうことだ?」

「プライベートポイントの契約なしで、物資を提供してやるっつってんだ」

「……正気か?」

「なに意外そうな顔してやがる。テメェが言い出したことだろうが」

 

 愉快そうに笑う龍園だが、こちらが警戒心を持ってしまうのも当然のことだと思う。

 この取引、Aクラス側が有利すぎるのだ。

 どうしても裏があるのではという考えが先んじてしまう。

 

「ただし半端は許さねえ。無人島にいる間、お前たちAクラスは俺の指示の下動いてもらう。反論も認めねえ」

 

 まあ、そのくらいなら問題ない。

 過度な要求をしたり、暴力を振るったりしなければという注釈は付くが。

 

「……一応言っておくが、Aクラスのリーダーの情報を他のクラスに売るような真似はやめてくれ」

「誰がそんなことするかよ」

 

 うーん、信用ならない。

 だが警戒できるという点ではまだマシかもしれない。

 裏切るかわからない人間を相手にするより、裏切るとわかっている奴を相手にする方が気持ち的にも楽だ。

 人を信じるのは難しく、疑うのは簡単というけれど、全くもってその通りだと思う。

 

 

 





同盟?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。