明るい筋肉   作:込山正義

17 / 41

今更になって再びあるふぁきゅんに嵌った
歌上手い人尊敬します



異物混入

 

 大きく息を吸い込み、潜水する。

 普段人が訪れない海域だけあって水は透き通っており広く深いところまで見渡せた。海で泳いだ経験は数える程しかないが、ここまで綺麗なのを生で見るのは初めてだ。

 魚も数多く生息している。視界に映る景色はどこか幻想的で、いつまでも眺めていたくなるような光景だが、しかしずっとこうしているわけにもいかない。今の俺の目的は食料の確保にあるからだ。

 深いところまでゆっくりと移動し、岩陰に身を潜める。

 野生の魚たちは殺気に敏感だ。こちらから接近したらほぼ確実に勘付かれてしまう。

 だから待ちに徹する。無心を心掛け気配を抑える。風景に同化し油断を誘う。

 そうすると、やがて標的の方から射程圏内に足を踏み入れてくれる。

 すでに発射準備は万端。あとはタイミングを見極めるのみ。

 

 …………今! 

 

 鍛え上げられた腕力と握力によって引き絞られていたゴムが自由を取り戻すと同時、溜め込まれた弾性によって銛が魚雷のように射出される。

 水中を直進した銛は脳内で描いていた軌道の通りに目標に直撃。先端に刺さった魚は数秒間暴れたのちぐったりと動かなくなった。

 

 許せ。世の中は弱肉強食。お前は俺の筋肉となる定めだったのだ。

 

 水上へと顔を出した俺は、立ち泳ぎで待機してくれていた石崎へと捕らえた獲物を手渡した。網の中にはすでに何匹という魚が所狭しと押し込まれている。

 

「なあ、まだやるのか? もう十分なんじゃねえか?」

 

 いや、まだ足りない。そもそも目的の生物を俺はまだ捕獲していない。

 無人島生活で素潜り漁をするなら、やつ(・・)を捕えるまで終われない。

 

「俺もう疲れたんだけど……」

 

 石崎の弱音を無視した俺はウツボを求めて再び潜水した。

 

 

 

 ****

 

 

 

 綾小路と堀北の2人はCクラスのベースキャンプ地へとやって来ていた。『ポイントを切り詰め我慢を強いられる生活が嫌になるような夢の時間を共有させてやる』という謳い文句で呼び出されたわけだが、彼らの視界にはまさに想像の遥か上の光景が展開されていた。

 

「嘘でしょ……。こんなことって、あり得る……?」

 

 思わずといった様子で口にした堀北の言葉に綾小路も内心で同意する。その光景は無人島生活と聞いて一般的に想定されるものとは真逆に位置しているように思えた。

 仮設トイレやシャワー室が設置されているのは当然として、日光対策のターフ、チェアーにパラソル、スナック菓子にドリンク、果てにはバーベキューセットまでもが用意されている。

 砂浜に楽しげな悲鳴が響き、沖合には水上バイクが駆け抜けている。

 Cクラスの生徒たちは夏の海をこれ以上ないくらいに満喫しているようだった。

 

「どういうつもりなのCクラスは。ポイントを節約するつもりがないってこと?」

 

 娯楽に必要なありとあらゆるアイテムが完備された空間。

 目に見える範囲をざっと計算しただけでも150ポイント以上は吐き出していそうだ。

 散財というレベルを優に超えている。

 

「確かめに行きましょう。Cクラスが何を考えてこんなことをしているのか」

 

 綾小路を引き連れ、堀北は砂場へと足を踏み入れる。

 人影が見えたからか。はたまた足音が聞こえたからか。

 Cクラス所属だと思われる1人の男子生徒が2人の元に近づいてきた。

 

「あの、龍園さんが呼んでます……」

 

 どこか怯えたような様子を見て、堀北が眉を顰める。

 

「まるで王様ね。クラスメイトを使いにするなんて」

 

 吐き捨てながら、男子生徒の先導に従い王の元へと向かっていく堀北と、そのさらに少し後ろを無言で追従する綾小路。

 ギャラリーの視線が少しだけ集まる。

 

「よう。こそこそ嗅ぎ回っていると思ったらお前だったか。俺に何か用か?」

 

 この豪遊を指示したと思われる男は、水着姿でチェアーに寝そべりながら客人を出迎えた。

 視線は主に堀北へと向かっている。綾小路のことは眼中にないらしい。

 

「随分と羽振りがいいようね。試験の内容を理解していないのかしら」

「試験の内容だぁ? ハッ、なんだお前ら。まさか必死こいてたかが100だか200だかのポイントを残そうとしてやがんのか?」

 

 堀北が煽るような物言いをすれば、龍園も同じような表情で言葉を返した。

 

「最底辺ってのは大変だな。そんなちっぽけなもんのために暑さや虚しさ、飢えに耐えなきゃなんねえとは。想像するだけで笑えてくるぜ」

 

 鋭い視線が交差する。

 口から出る言葉は自信に溢れ、心の底から相手を見下している事実を脚色することなく伝えていた。そこに疑心や虚勢が介在する余地は一欠片もない。お互いがお互いに、自分の考えが間違っているなどとは一ミリも思っていなかった。

 

「今回は、耐え、工夫し、協力し合う試験よ。あなたには最初から無理そうね。満足な計画すら立てられないのだから」

「協力? 笑わせんな。人なんざ簡単に裏切る。嘘をつく。信頼関係なんざはなから成り立つことはない。信じられるのは自分だけだ」

 

 配下の1人に持ってこさせた冷水を、龍園はグイッと一気に飲み干した。

 川の水を飲むか飲まないかで揉めた経緯のあるDクラスにとっては、その何てことない行為すらも挑発に見えてしまう。

 

「偵察が済んだなら帰りな。ま、お前が望むなら歓迎してやってもいい。肉を食おうが水上スキーを楽しもうが好きにしてくれて構わねえ。それとも俺と別の遊びでもするか? 専用のテントくらい用意するぜ?」

「誰がそんな──」

 

 強い口調で反論を口にしようとする。しかし堀北の言葉は全てを言い終える半ばで途切れた。

 視線がずれる。否、引き寄せられる。

 堀北が顔を向けた先にいたのは、それだけの存在感を身に纏った人物だった。

 鍛え上げられた肉体。迫力ある顔面。降り注ぐ太陽光を乱反射し眩しく輝く頭部。

 人との関わり合いを極力持たない堀北でも、名前くらいは知っていた。

 葛城康平。Aクラスに二人いるというリーダーの片割れだ。

 正確には元片割れであるが、その事実をDクラスの生徒はまだ知らない。

 

「何をしているの? あなたはAクラスの生徒でしょう?」

 

 距離が縮まったことで圧の強さを実感する。身長は須藤とそう変わらないはずだろうに、横幅と奥行きのせいで倍近くも巨大に見えてしまう。

 だが、そんなことは今の堀北にとってはどうでもよかった。

 彼女が注目していたのは服装の方。そう、葛城は水着姿だったのだ。

 事前に彼の存在を知っていなければ、Cクラスのメンバーだと認識して気にかけもしなかっただろう。それ程までに周囲に溶け込んでいた。

 とてもではないが、偵察にやって来たようには見えない。

 

「話すのはこれが初めてだな。Aクラスの葛城だ。よろしく頼む」

 

 優しく差し出された手に、堀北は応えない。

 馴れ合う気がないことを、葛城側も察したのだろう。すぐに手を引っ込める。

 強引に詰め寄って来ない辺りは少しだけ好印象だった。どこかのクラスメイトとは大違いだ。

 

「質問に答えて。AクラスとCクラスは敵同士。仲良くする理由なんてないはずよ」

 

 睨むような視線を送るが動揺した様子はない。

 地中深くに根を張りめぐらせる大木のような佇まいとでも言うべきか。葛城は向けられる感情の全てを避けることなく真正面から受け止めていた。

 

「願い出れば無償で道具を利用させてくれるらしいからな。せっかくなので厚意に甘えることにした。龍園のことだから、お前たちにも同じことを話したんじゃないか?」

 

 その通りだった。望むなら施設を好きに使っていいと、つい先程龍園の口から許可が降りたばかりだ。

 しかし本当に実行するかどうかは全く別の話である。

 

「こちらはちょうど漁から戻ってきたところだ。運良く大物が獲れてな。2人も食うか?」

 

 言いながら、葛城は手に持っていた刺身の載った皿を龍園の目の前へと差し出す。

 それを龍園は素手で掴むと、軽く醤油に浸したあと口へと運んだ。

 醤油の入った小皿だって、葛城が用意したものだ。

 まるで主と従者のようなやり取りを見て、堀北は眩暈を覚えたように額に指を添えた。

 

「あなたにはプライドってものがないの? この分じゃ、Aクラスも大したことはなさそうね」

「捕まえた魚の半分はAクラスに持ち帰っていい手筈になっている。俺のプライド一つでクラスの利が得られるなら安いものだ」

 

 恥じることなく、葛城は堂々と言ってみせた。

 

「クラスを引っ張る覚悟があるのなら覚えておくといい。凝り固まった信念は時に視野を狭める。強さを自覚できるのは大きな武器と言えるだろうが、弱さを認めなければ前には進めない」

 

 堀北は、今度はすぐに何かを言い返すようなことをしなかった。

 その発言を、おいそれとバカにすることができなかったのだ。不思議と心に響いてくる。AクラスがAクラスたる理由の一部は、この男の存在が大きいのだと理解させられた。

 考えの方向性としては平田や櫛田に近いのだろう。しかし行動力や決断力は葛城が一歩抜きん出ているように思えた。

 

 堀北と綾小路が感心している一方で、龍園だけは内心で笑っていた。

 リーダーの座を坂柳に明け渡し、Cクラスと同盟を結んだ身でよくもまあぬけぬけと言えたものだ。呆れる他ない。

 しかしそれを表情に出すことはせずに、パクパクと刺身を食べ進めていく。とれたて新鮮な海の幸は想像以上に口に合った。

 気づけば皿の上に盛られたうちの半分近くが消え去っている。

 

「これから肉も焼く予定だ。そっちなら食うか?」

「いらないわ」

 

 葛城の提案を、にべもなく断る堀北。

 彼のあり方を認めたとはいえ、流されるような愚行は冒さなかった。

 抜け駆けのような真似はできない。自分たちだけが美味しいものを食べた後、どんな顔をしてDクラスの待つ場所に帰れと言うのだろうか。

 得るべき情報は得た。それで十分だ。

 堀北は後ろ髪を引かれることもなく踵を返す。

 

「帰るわよ、綾小路くん」

「えっ」

 

 何か言いたそうにしている同行人を視線で黙らせ、スタスタと立ち去っていく堀北は、しかしその途中で足を止めた。

 考えを改めた──わけではない。

 

「……そういえば、用件がもう一つだけあったわ」

 

 振り向いた堀北の表情は、蔑みから僅かな怒りの色へと変わっていた。

 

「龍園くん。あなた、伊吹さんは知っているわね」

「ああ、Cクラスの人間だ。それがどうした?」

「彼女、顔を腫らしていたわ。あれはどういうこと? 誰がやったの?」

 

 その言葉は疑問というよりは確認に近い。

 

「ハッ。威勢よく飛び出したと思ったら……なんだ、あいつは結局、他のクラスに助けを求めたのか? 情けない女だな」

 

 この場にいない人間のことを鼻で笑いながら、龍園は堀北と視線を合わせる。

 

「世の中、どうしようもないバカはいるもんだ。支配者の命令に背く手下はいらねえ。俺がクラスポイントを好き勝手に使うと決めた以上、それは決定事項なのさ。反旗を翻したところで無意味なんだよ」

「……つまり、伊吹さんはポイントの使い方についてあなたとぶつかり合ったのね」

「平たく言えばそういうことだ。だから軽く仕置きしてやったのさ」

 

 平手で頬を叩くような動作を見せながら、龍園は続ける。

 

「もう一人逆らった男がいたから、そいつ共々追い出してやったんだよ。死んだって報告は聞いてねえから、どこかで草や虫でも食って生き延びてるだろうさ」

 

 反省の色は全く見られない。

 堀北の睨むような視線が、今度は葛城へと向けられる。

 

「今の話を聞いて、あなたは何も思わないの?」

「Cクラスの事情は俺が口出しすることではない。だが暴力は良くないな。そこはしっかりと言い含めておく」

「何様だテメェは。そんなナリで暴力がどうとか言ってんじゃねえよ」

「こんなナリだからこそだ」

 

 確かに、と綾小路は人知れず納得した。

 葛城にビンタでもされた日には首から上が吹き飛びそうだ。

 

「……何を言ったところで、大した効果はなさそうね」

 

 呆れたように。あるいは諦めたように。

 堀北は見せつけるように嘆息してから砂浜に背を向けた。

 

「またな鈴音」

「どこで調べたのか知らないけれど、気安く名前を呼ばないでくれる?」

「じゃあな、堀北、綾小路」

「……ええ、さようなら」

「ああ、またな」

 

 そうして今度こそ、Dクラスの2人は振り返ることなくその場を立ち去った。

 

 

 

 ****

 

 

 

 堀北とは関わりが物凄く薄いから、これを機に仲良くなれたらと思っていたのだが無理だった。

 櫛田が苦労するだけある。取り付く島もないとはああいうのを言うのだろう。

 ならば綾小路とだけでも遊びたかったのだが……悲しいかな、彼は基本的に堀北の言いなりである。

 心做しか綾小路はしょんぼりしていた。刺身や肉を食べたかったのだろう。

 俺も食べさせてやりたかった。非常に残念でならない。

 ウツボを打倒したって自慢もしたかったんだけどなぁ。

 

「あの金魚のフン野郎とも面識があんのか」

「一年生ならばほぼ全員と話したことくらいある。どちらかと言えば堀北の方が例外だ」

 

 綾小路も龍園なんかに目をつけられたくはないだろうからそれっぽいことを言っておく。

 その後龍園に水を一口貰い、俺はバーベキューコンロの前へと移動した。

 

「よし、それじゃあ始めるか……焼肉パーティーを!」

「テンション高えな。つかテメェが焼くのか?」

「こう見えて俺は肉にはうるさいぞ?」

「見たまんまそうだ」

 

 わざわざついてくる龍園。そんなに早く肉が食いたいか。

 そうだな。俺も食いたい。

 

「石崎、焼けたらまず最初に俺のところに持ってこい」

「は、はい!」

 

 できるまでにまだ時間がかかるとわかったのだろう。それだけ言いつけて、龍園は肌を焼く作業に戻っていった。

 お前が日光で肌を焼くというのなら、俺は炭火で肉を焼こう。

 胃の中に入れば同じだという人もいるけれど、俺は味にも拘りたい派だ。

 美味しく栄養が摂取できるならそれに越したことはない。普段から愛用しているプロテインは質だけじゃなく味も最上級だというのだから素晴らしい。

 一週間も飲まないと禁断症状が出そうで心配だ。

 

「…………」

 

 スッ、と巨大な影が横に現れる。

 アルベルトだ。

 相手は無言だが、筋肉による共鳴で意思の疎通は容易い。

 そうか、手伝ってくれるのか。ならばお言葉に甘えるとしよう。

 

「俺が火を付けている間に、アルベルトは肉の用意を頼む」

 

 コクリと頷きクーラーボックスのところへと移動していくアルベルト。

 改めて思うがすごい筋肉だ。

 俺も負けてられない。

 筋トレとは常に自分との戦いであるが、ライバルの存在がモチベーションに繋がるのもまた事実。

 目標があるとないのとでは、気合の入り方も違ってくる。

 

「肉が嫌いな者には魚も用意している! 存分に食え! タンパク質を身体に取り込むんだ!」

 

 Cクラスを我が物顔で仕切る俺にいくつか微妙そうな顔が返ってくるが気にしない。

 

 遊び疲れた身体に肉。

 これすなわち世界の真理なり。

 

 筋肉が関わることならクラスの違いなど些細な問題だった。

 

 

 

 

 

 





4クラス合同で遊びまくるのが1番平和だと思いましたまる

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。