明るい筋肉   作:込山正義

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※この筋肉はフィクションです




ホワイヤヒーコ

 

 都内のホテルで一夜を明かした翌日の早朝。俺は入学式に出席するべく高度育成高等学校行きのバスへと乗り込んだ。

 バスに足を踏み入れると同時、緊張しながらキョロキョロと車内を見回す。周りから見れば不審者のそれだが、原作キャラに会える可能性が高いと知っていて平静でいられるはずもない。

 主人公の綾小路清隆がバスの中で一人語りをするところから原作はスタートする。厳密には違うが、時系列の最初はそこのためそう言っても差し支えないと思う。

 綾小路の乗り合わせたバスには確か他に堀北鈴音、櫛田桔梗、高円寺六助といった錚々たるメンツが揃っていたはずだ。Dクラストップ勢のオンパレード。バス内の戦力が高過ぎる。バスジャックなど企てようものなら確実に失敗すること請け合いだ。

 

 さてさて、俺の乗り合わせたバスには誰がいるかなー。

 お、あれはまさか! 早速知っている人物発見だ! 

 Cクラスの癒しキャラ序列第一位! その名は──椎名ひより! 

 ちなみに第二位はみんな大好き山田アルベルトくんだ。

 

 椎名は例のごとく本を読んでこの移動時間を過ごしていた。

 ちらりと表紙を盗み見る。題名は『五匹の子豚』。

 読んだことはない。しかし題名から察するに、五匹の子豚が狼の魔の手から逃れるために家を建設する話だろう。

 長男が藁。次男が木。三男がレンガ。四男がコンクリート。

 五男は思いつかないからポリエステル製の寝袋でいいだろう。

 下に行くにつれ優秀になっていたのにどうしてこうなったのか。五男は兄より優れた弟がいないことを身をもって証明していた。

 

 アガサ・クリスティは世界的に名の知れた有名な作家だが、俺は未だにどの作品もちゃんと読んだことはなかったりする。他に名前だけでも聞いたことがある作品といえば『ABC殺人事件』くらいのものだろうか。

 確か、ABCの歌のリズムに合わせて次々と人が殺される話だったはずだ。

 しかしそうすると被害者は26名にも及ぶことになる。しかも1秒あたりに2人ずつ死んでいくというかなりのハイペース。探偵や警察はもうちょっと頑張れなかったのだろうか。

 

 あ、あとあれだ。『そして誰もいなくなるか?』も知っている。

 耐久スペルは苦手だが、あれは難易度がそこまで高くないのがせめてもの救いだった記憶がある。

 

 本の話題さえあれば一瞬でお近付きになれてその流れで親友にまで登り詰められそうな雰囲気のある椎名だが、こう見えて俺は本にはあまり詳しくない。

 いや、俺だって鞄の中に本の一冊くらいは持っている。しかし題名が『マッチョになるための食事法』。

 話が弾む気が全くしない。

 どうやら彼女は俺のヒロインにはなり得ないらしい。限定的チョロインなどいなかった。

 少しだけ残念な気分になりながら、俺は空いている一人用の席に腰を下ろす。身体がでかいため二人用の席に座ったら迷惑になってしまうのだ。

 ちなみに老婆が乗ってきたらすぐさま席を譲る所存である。社会貢献大事。超大事。

 

 外の景色を眺めながらゆらゆらとバスに揺られることしばらく。

 バスの中の席が全て埋まる程度に混雑してきた頃合いで、そいつは姿を現した。

 弥彦だ。特徴といった特徴はなく、挿絵も少ないためパッと見で気づくのは難易度ルナティックだが、葛城康平としての本能が彼は戸塚弥彦であるということを告げていた。

 原作では俺の右腕として活躍……はあんまりしていなかったが、とにかく葛城康平の取り巻き第一号的な立ち位置として登場しそのまま三学期の特別試験で退学となった戸塚弥彦くんが、何の因果か俺の目の前にこのタイミングで登場している。これは運命だろうか。男同士とか嫌な運命もあったものだ。

 軽く観察してみると、どうにも具合が悪そうに見えた。

 足取りが重くフラフラしている。このままだと地に這いつくばった挙句全身から血を吹き出して死ぬかもしれない。

 体調管理のなっていない未来の部下を嘆きつつ、俺はすぐさま席を譲ることを決めた。

 

「大丈夫か? 立っているのが辛いようならこの席を使うといい」

「え? あ、はい……。すいません、ありがとうございます」

 

 老婆に席を譲り櫛田と仲良くなるきっかけを作るつもりがどうしてこうなったのか。

 原作キャラ初会話記念も弥彦に取られてしまった。ふぁっきゅー。

 

「助かりました。……えーと、先輩、ですよね?」

 

 同じ制服であることからそう判断したのだろう。

 しかし高度育成高等学校は全寮制であり外出は原則禁止。それは春休みであっても例外ではない。その事実を知っていれば、いくら俺の身体がビッグだろうと外から学校に向かっている生徒の一人なのだから必然的に一年生であると結論付けられるはずなのだが……。

 

 そういうとこだぞ弥彦ォ! 

 

「いや、俺は今年から入学する新入生だ」

「同い年ですか!?」

 

 同い年です。

 髪は無いけど15歳なんです。ピカピカの一年生なんです。

 

「俺は葛城康平だ」

「は、はいっ! 自分は戸塚弥彦って言います!」

 

 知ってます。

 

「是非下の名前で呼んでください!」

「ならば弥彦と。俺のことも気軽に康平と呼んでくれ」

「いえ、それは恐れ多いのでどうか葛城さんと呼ばせてください!」

 

 なんでなの? 

 ハゲと老け顔を遠回しに揶揄ってんの? 

 

「……まあ、好きにするといい。何はともあれ、これから三年間よろしく頼む」

「こちらこそ!」

 

 いつの間にかすっかり元気になっている弥彦とガッチリと握手を交わす。本気で握ると弥彦の手首から先がぐしゃぐしゃになるのでそうならないよう気をつける。

 いやはや、しかしこれで他人の体調不良を治せるほど筋肉は万能であるということが証明されてしまった。

 こうして一瞬で懐かれたのも、十中八九筋肉のおかげだろう。

 筋肉万歳。記念としてこの場所に筋肉教の神殿を建てることにしよう。

 

 しかし弥彦、本当に頑張れよ? 

 三年と俺は言ったが、本来の歴史だとお前は一年も保たずに退学になってしまうんだからな? 

 

 

 

 ****

 

 

 

 バスを降り、弥彦と二人で校内に立ち入る。

 クラス分けを確認すると、俺の名前はAクラスにあった。

 喜び半分悲しさ1割。残り4割は筋トレ衝動。残念ながらBクラスにはなれなかったようだ。ま、いっか。

 隣から弥彦の喜びの声が聞こえてくる。

 Aクラスになれたから──というよりは俺と同じクラスになれたのが理由っぽい。そもそも優秀な生徒がAクラスに集まるという事実を弥彦が知っているはずもない。

 そういえば、さっきこれから三年間よろしくって握手しちゃってたな。これで違うクラスになった挙句クラス間対立が基本だと判明したら微妙に気まずい思いをしていたかもしれない。

 ならAクラスで結果オーライか。金も毎月たんまり入ってくるし。

 

「やりましたね葛城さん、同じクラスですよ! 楽しい学校生活になりそうですね!」

 

 教室に向かう道すがら、弥彦がそう興奮気味に言ってくる。

 そうだな。Aクラスになれたのは確かにすごいと思う。

 でも大変なのはこっからだからな! わかってんのか弥彦ォ! 

 

「つかぬことを聞くが、弥彦はどうしてこの学校に?」

「そりゃもちろん、進学率と就職率が圧倒的に高いからですよ! 100%ですよ100%! もうこれは行くしかないですよね!」

 

 その100%っていうの、Aクラスで卒業した人だけに与えられる特権なんだけどな。

 

「葛城さんは違うんですか?」

「それも理由の内の一つだが、どちらかというと学費がかからないというのが一番の決め手だな」

「あー、なるほど。確かにそれは大きいですよね。それでいて学校は綺麗だし施設内に娯楽施設もあるって、ほんと至れり尽くせりっていうか……国が運営するだけあるっていうか……」

「そうだな」

 

 まあ、その分テストで赤点取ったり特別試験で成績悪いと即退学みたいな厳しい制度があるんだけどな。

 その制度のせいで原典のお前(オリジンヤヒーコ)は退学になったりするんだけどな。

 

 弥彦ォ! 

 

 

 

 ****

 

 

 

 教室に入り自分の名前の書かれたネームプレートを探す。

 見つけた。あそこが俺の席か。場所はなんか真ん中らへん。

 俺の縄張りだと示すように机の上に鞄を下ろし、すぐに邪魔だと判断して横のフックに取手を引っ掛ける。

 それと同じタイミングで、右隣の隣人がちょうど俺と同じように席についた。隣の席は誰だろうと期待しながら横を向く。

 普通に弥彦だった。

 

「すごいですね葛城さん! まさか席まで隣なんて!」

 

 なんだろう。こう、嫌だ。

 どうしてこんなとこで運命を感じなければいけないのか。

 まさか俺のヒロインは弥彦だった? ダメだ。思考が錯乱している。

 

「ねえねえ、仲良さそうに話してるけど、もしかして2人は同中なの?」

 

 仕方なく席に座りながら弥彦と雑談に興じていると不意に前方から声をかけられる。

 近づいてくる気配には気づいていた。鈴の鳴るような声につられて顔を上げる。

 見たことない顔だった。初対面なのは当たり前として、知識としても知らない顔だ。

 

「あ、急に話しかけてごめんね。私は西川亮子。ちょっと気になって声かけちゃった。迷惑だったかな?」

 

 相手も気遣えるサバサバ系。それが彼女の第一印象だった。

 

「いや、全く迷惑じゃない。むしろ話しかけてくれて嬉しいくらいだ。俺は葛城康平。よろしく頼む」

「戸塚弥彦だ。よろしく」

「うん、2人ともよろしくね」

「それと先程の問いだが、俺と弥彦は同じ中学出身ではない。今日が完全に初対面だ」

「え、そうなの? それにしては打ち解け合ってるね」

「葛城さんが仲良くなれない人類などこの世に存在しない」

 

 なんだその持ち上げ方。ドヤ顔やめろ。

 ほら見ろ、西川もちょっと困惑してるじゃないか。

 

「偶然バスの中で一緒になってな」

「葛城さんは気分の悪い俺にいち早く気づき、すぐさま自分の席をお譲りになってくださったんだ」

 

 丁寧すぎる敬語もやめて。お譲りになってくださったってなんだよ。

 弥彦にとって俺はなんなの? 信仰対象なの? 

 

「へー、そうなんだ。優しいんだね」

「当然のことをしたまでだ」

「流石です葛城さん!」

 

 何がさすかつだ。不用意に持ち上げ過ぎるとサクラっぽくて良い奴感逆に薄れるんだが? 

 ははーんわかったぞ。さてはお前さすおにさすおに言う妹枠だな? 

 たが残念、こんな妹死んでもお断りだ。実の妹はすでにいるのでそっちがいい。早く会いたい。なんなら今すぐ会いたい。ああ、これがホームシックか。

 

「私この学校に知り合いいなくてさ。だから仲良くしてくれると嬉しいな」

「もちろんだ。こちらこそよろしく頼む」

 

 笑顔で差し出される手を優しく握り返す。

 瞬間、目の前からふひっという豚の掠れた呻き声のようなものが聞こえてきた。

 小さくて柔らかい手の感触を味わうのも束の間、意識がそちらに持っていかれる。

 えっ、なにごと? 

 

「あ、あのさ、知り合ってすぐにこんなこと頼むのも悪いんだけどさ……」

 

 名残惜しそうに手を離した彼女は指を胸の前でつんつんと突き合わせながら恥ずかしそうに視線を横に逸らした。

 それはまるで恋する乙女のような姿だった。

 ピンク色に染まる頬が愛らしさを演出している。

 

 これはまさか──。

 

「か、葛城くんの身体……触ってもいいかな……?」

 

 違った。ただの筋肉フェチだった。

 

「……いいぞ」

「ほんとに!? ほんとにいいの!??」

 

 机にガタンと勢いよく両手を付き身を乗り出してくる西川。

 顔が近い。原作モブのくせに意外と可愛い。思わず照れが表情に出てしまいそうだ。

 荒い鼻息で半分くらい台無しじゃなければ危なかった。

 

 改めて頷くと、西川は「やった」と呟きながら喜びを表すように渾身のダブルガッツポーズを披露した。俗に言うぞいポーズだ。あざとい。

 

 満面の笑みを浮かべる筋肉狂の期待に応えるべく椅子から立ち上がる。

 そのまま机の横のスペースに移動しポージング。

 ここは王道に──はい、フロントラットスプレッドォォッ! 

 

「きゃあああああ!」

 

 興奮を隠そうともせず西川は俺に接近し、筋肉をベタベタと触ってくる。

 

「この三角筋の大きさ……それに服の上からでもわかるこの上腕三頭筋の張り具合……す、すごい、ほんとにすごい……まさか、ここが天国……うへ、うへへ、ぐへへへへ……」

 

 手つきはどこはかとなくイヤらしく、顔だって女の子が人前でしてはいけないような表情になってしまっている。それとなんだぐへへって。お前はおっさんか。JKの皮を被ったおっさんなのか。

 西川が完全に頭のイッてるやばい奴と化してしまっているが、筋肉を褒められては悪い気はしない。

 ほんとは生で触らせてあげたいくらいだが、流石に教室でいきなり脱ぐのは躊躇われる。事案待った無しだ。そんな理由で退学とかになったら家族に合わせる顔がない。せめて入学式くらいは受けさせてくれ。

 

「あの、葛城さん……」

 

 そんな俺たちの犯罪一歩手前の様子に弥彦がおずおずと声をかけてくる。

 おっと、彼の存在を忘れていた。さしもの弥彦といえどこの光景を前に引かずにはいられなかったか。

 

「俺も触っていいですか?」

 

 そんなことはなかった。

 

「……好きにしろ」

「ありがとうございます!」

 

 玩具を買ってもらえた子どもようにウッキウキになる弥彦。俺にそんな趣味はないが、別に筋肉を触られるくらいなら拒否する理由もない。

 こうして2人からペタペタさわさわされている間、俺は石像のようにただじっとしていた。

 

 否、触ってくるのは2人だけではなかった。

 

「……なあ、俺も触ってみていいか」

「私も、ちょっと気になってて……」

「先っぽ、先っぽだけだから!」

 

 気づけば俺は大勢の生徒に囲まれ、四方八方から全身を触りまくられていた。

 人だかりが人だかりを呼び、人口密度が俺の周りだけ急上昇していく。

 時折ポージングを変えながら、俺は決め顔で筋肉を強調し続けた。まるでボディビルのコンテストみたいだ。しかしこれも一種のトレーニングになる。

 最後の方なんかは両腕に1人ずつぶら下げてその場で回転したりした。アトラクションか何かかな? 秘技、マッスルパワーウェーブスインガー! 

 

 なお、Aクラスの主要人物たちについてだが。

 坂柳は観察するような瞳でこちらを見据え。

 神室は呆れを滲ませた冷めた目で騒ぐ俺たちを迷惑そうに眺め。

 橋本は近くに寄っては来たもののお触りをすることはせず。

 そして鬼頭は普通に筋肉交流会に参加していた。

 

「皆の者席につけ、これから入学式前に軽い説明を──なんだこの状況は」

 

 やがて始業を告げるチャイムが鳴り、それと同時にスーツを着た男性が教室へと入ってきた。

 1年Aクラスの担任の真嶋先生だろう。

 先生は俺たちの異常とも呼べる様子に、暫し困惑の表情を見せていた。

 

 





〈戸塚弥彦〉
原作:ハゲの犬。モブかませ。Aクラスのウィークポイント。3学期に行われたクラス内投票で批判票を一番多く集め退学になった。坂柳に嵌められた形だがおそらくクラスの総意。つまりAクラスで一番いらなかった奴。葛城の抵抗意思を削ぐ目的もあったらしいが、無人島試験でのやらかしっぷりを見るに残当。

本作:ハゲの右腕。たぶん主要キャラ。今はまだ葛城のウィークポイント。けれど強化フラグは立っている気がする。葛城が勉強と筋トレを疎かにさせるわけがないから1年後くらいにはかなりの進化を遂げているかもしれない。ちなみにホモではない。
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