明るい筋肉   作:込山正義

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直近5週間分のデータを元にサザエさんに挑んだ結果見事に引き分けました。悔しいです。



船上試験

 

「すでに他の者から試験の内容は聞いているかもしれないがこの説明を行うことは義務付けられている。黙って聞くように」

 

 そう前置きしてから茶柱先生は話し始めた。

 

「今回の特別試験では一年全員を干支になぞらえた12のグループに分け、そのグループ内で試験を行う。試験で問われるのは『シンキング能力』だ」

 

 シンキング。つまりは考える力。

 最初から分かっていたことだが、今回は筋力の出番はあまり無さそうだ。

 

「社会人に求められる基礎力には大きく分けて三つの種類がある。アクション。シンキング。チームワーク。それらが備わった者が初めて優秀な大人になる資格を得るわけだ。先の無人島試験はチームワークに比重が置かれた試験だった。が、今回はシンキング。考え抜く力が必要な試験となる」

 

 とは言うものの、この試験でもチームワークはかなり重要になってくる。

 個でどうにかする高円寺みたいな存在もいるが、それでもクラスの勝利を考えたら団結は必須条件だろう。

 Cクラスの独裁政治が団結と呼べるかは微妙なところだけど。

 

「12に分けられたグループだが、これは一つのクラスで構成されるわけではない。各クラス3人から5人ほどを集めて作られるものになっている」

 

 無人島試験は明らかに団体戦だった。ならば今回の試験が完全に個人戦か、と言われるとそういう訳でもない。

 団体戦と個人戦のちょうど中間くらい。はっきりしないがそれが一番近いような気がする。

 

「君たちの配属されるグループは『辰』。これがそのメンバーのリストだ。この用紙は退室時に返却させるので必要ならこの場で覚えていけ」

 

 渡されたハガキサイズの紙。

 そこにはグループ名と合計14名の名前が記載されていた。

 言葉では『辰』と言われたが用紙には『竜』の文字。そこは統一してもよかったのではと思わなくもない。

 

 

 Aクラス・葛城康平 西川亮子 的場信二 矢野小春

 Bクラス・安藤紗代 神崎隆二 津辺仁美

 Cクラス・小田拓海 鈴木英俊 園田正志 龍園翔

 Dクラス・櫛田桔梗 平田洋介 堀北鈴音

 

 

 はい。

 なんというか、すごいメンバーだと思います……。

 

 

「今回の試験では大前提としてAからDまでのクラスの関係性を一度無視しろ。それが試験をクリアするための鍵になってくる。つまり、君たちにはこれからAクラスとしてではなく竜グループとして行動してもらうことになるというわけだ。試験の結果もグループ毎に設定されている」

 

 つまり他のグループのことは一切合切無視して竜グループにだけ意識を集中させればいい……とならないのが立場を持つ人間の少しだけ大変なところだ。

 

「特別試験の各グループにおける結果は4通りのみだ。例外は存在せず、必ず4つのいずれかの結果になるよう作られている。分かりやすく理解してもらうために結果を記したプリントも用意してあるが、これに関しても持ち出しや撮影は禁止されている。この場でしっかりと確認しておけ」

 

 一人一枚ずつ。計四枚の紙が渡される。

 内容はすでに知っているが、一応目を通しておく。新たな発見があるかもしれないし。

 

 

 

 〈夏季グループ別特別試験説明〉

 

 本試験では各グループに割り当てられた『優待者』を基点とした課題となる。定められた方法で学校に解答することで、4つの結果のうち1つを必ず得ることになる。

 

 ・試験開始当日午前8時に一斉にメールを送る。『優待者』に選ばれた者には同時にその事実を伝える。

 ・試験の日程は明日から4日後の午後9時まで(1日の完全自由日を挟む)。

 ・1日に2度、グループだけで所定の時間と部屋に集まり1時間の話し合いを行うこと。

 ・話し合いの内容はグループの自主性に全てを委ねるものとする。

 ・試験の解答は試験終了後、午後9時30分〜午後10時までの間のみ優待者が誰であったかの答えを受け付ける。なお、解答は1人1回までとする。

 ・解答は自分の携帯電話を使って所定のアドレスに送信することでのみ受け付ける。

 ・優待者にはメールにて答えを送る権利が無い。

 ・自身が配属された干支グループ以外への解答は全て無効とする。

 ・試験結果の詳細は最終日の午後11時に全生徒にメールにて伝える。

 

 

 これに加え、さらに細かくルールの説明や禁止事項についても記載されていた。

 さらに読み進める。次の内容は本命とも呼べる4つの定められた『結果』についてだ。

 

 

 ・結果1

 グループ内で優待者及び優待者の所属するクラスメイトを除く全員の解答が正解していた場合、グループ全員にプライベートポイントを支給する。(優待者の所属するクラスメイトもそれぞれ同様のポイントを得る)

 

 ・結果2

 優待者及び所属するクラスメイトを除く全員の答えで、一人でも未解答や不正解があった場合、優待者には50万プライベートポイントを支給する。

 

 

「この試験の肝は一つ。『優待者』の存在だ。グループには必ず優待者が一人だけ存在する。つまり優待者の名前が試験の答えでもあるというわけだ。その答えを全員で共有し、結果1で試験を終了した場合、グループの全員が50万プライベートポイントを受け取ることができる。さらに優待者には結果1に導いた褒賞として倍の100万ポイントが支給される手筈となっている」

 

 100万。そんな大きな餌を垂らされたら思考は乱れ目も眩む。人の本性を剥き出しにせんとする中々に意地の悪い試験と言えた。

 だが利が大きいのも嘘ではない。どうにかその優しさに付け込みたいものだ。

 

「続いて結果2だが、これは優待者だと学校に知らされた者が試験終了時までその正体を悟られなかった場合に適用される。黙秘、あるいは虚偽によって試験を乗り切れば、優待者に選ばれた者のみ50万ポイントを受け取ることができる」

 

 そう聞くと優待者が圧倒的に有利に思えてしまう。

 だがそれはもちろん、結果1と2だけで考えた場合の話だ。

 

「ここまでは理解したな? では続いて残りの結果について説明を行う。各自手元のプリントを裏返せ」

 

 ペラリと紙を180度回転させる。

 茶柱先生の言葉通り、そこには結果3と結果4について記されていた。

 

 

 

 以下の2つの結果に関してのみ、試験中24時間いつでも解答を受け付けるものとする。また試験終了後30分間も同じく解答を受け付けるが、どちらの時間帯でも間違えばペナルティが発生する。

 

 ・結果3

 優待者以外の者が、試験終了を待たず答えを学校に告げ正解していた場合。答えた生徒の所属クラスはクラスポイントを50ポイント得ると同時に正解者にプライベートポイントを50万ポイント支給する。また優待者を見抜かれたクラスは逆にマイナス50クラスポイントのペナルティを受ける。及びこの時点でグループの試験は終了となる。なお優待者と同じクラスメイトが正解した場合、答えを無効とし試験は続行となる。

 

 ・結果4

 優待者以外の者が、試験終了を待たず答えを学校に告げ不正解だった場合。答えを間違えた生徒が所属するクラスはクラスポイントを50ポイント失うペナルティを受け、優待者はプライベートポイントを50万ポイント得ると同時に優待者の所属クラスはクラスポイントを50ポイント得る。答えを間違えた時点でグループの試験は終了となる。なお優待者と同じクラスメイトが不正解した場合、答えを無効とし受け付けない。

 

 

 結果1と結果2だけならば間違いなく『優待者』が有利だろう。だが結果3と結果4の存在によって試験の見方はガラリと変わってくる。

 追加ルールにより現れるだろう『裏切り者』。『優待者』と違い、『裏切り者』になるのに資格や条件、運などの要素は必要ない。グループ内の優待者と同じクラスの人間は裏切り者になれないが、それだって優待者からしてみればあまり関係のない話だ。他人を騙し続けなければいけないことに変わりはない。

 それはかなりのプレッシャーとして生徒に襲い掛かるだろう。嘘が露見すれば50万プライベートポイント及び50クラスポイントが消失する。どちらが大事かは人それぞれだろうが、どちらにも興味がないという者は極小数のはずだ。

 これは個人的な意見だが、俺は優待者には選ばれたくない。

 俺の嘘が下手なのは坂柳とのやり取りを思い返してみても明らかだ。龍園や神崎、堀北や櫛田相手に嘘を貫き通せる自信がない。

 せめて櫛田くらいの演技力があれば良かったんだが……。

 

「今回学校側は匿名性についても考慮している。試験終了時には各グループの結果とクラス単位でのポイント増減のみ発表する決まりだ。つまり優待者や解答者の名前は公表しない。また、望めばポイントを振り込んだ仮IDを一時的に発行することや分割して受け取ることも可能だ。本人さえ黙っていれば試験後に発覚する恐れはない。もちろん隠す必要がなければ堂々とポイントを受け取っても構わん」

 

 匿名性、ね。

 優待者の選出に法則性があることを知っている俺からしてみればそんなもんあるわけないだろと声を大にして訴えたくなるような暴言だった。

 いや、暴言は言い過ぎか。だが実際に原作の龍園は試験中に優待者の法則に辿り着いているし、堀北たちも試験後には法則性を導き出している。

 つまり優待者に選ばれたら最後、その事実を墓まで持っていくのはほとんど不可能というわけだ。味方をも騙して50万を独り占めしようとしたら、後々バレて非難の目を向けられる未来に帰結する。酷い話もあったものだ。

 

「以上で試験の説明は終了とする」

 

 チラリと他の三人を観察する。

 事前に内容を伝えられていたからか、情報の多さに混乱した様子は見られない。

 それがなくともAクラスから竜グループに選ばれるような人間だ。これが初見であっても問題はなかっただろう。

 彼らの優秀さはこの4ヶ月間しっかりと見させてもらっている。坂柳がいなければクラスのリーダーを張っていてもおかしくないような猛者たちだ。

 

「君たちは明日から、午後1時、午後8時に指示された部屋に向かえ。当日は部屋の前にそれぞれグループ名の書かれたプレートが掛けられている。初顔合わせの際には室内で必ず自己紹介を行うように。また、室内に入ってから試験時間内の退室は基本的に認められていない。トイレなどは先に済ませてから行け。万が一我慢できなかったり体調不良の場合にはすぐに担任に連絡し申し出ろ」

 

 自己紹介だけですでに何かが起きそうな気さえしてしまう。

 それが我らの竜グループ。

 

「それからグループ内の優待者は学校側が公平性を期し厳正に調整している。優待者に選ばれた、もしくは選ばれなかったに拘らず変更の要望などは一切受け付けない。また、学校から送られてくるメールのコピー、削除、転送、改変などの行為は一切禁止とする。この点をしっかりと認識しておけ」

 

 つまりメールの内容は信じていいということだ。

 携帯の入れ替えなどがなければの話ではあるけど。

 

「何か質問はあるか? なければこれにて解散とする」

 

 用紙をその場に置き立ち上がる。

 茶柱先生に命じられるまま、俺たち4人は部屋を後にし廊下へと出た。

 

 

「ルールについて、新しい発見は特になかったですね」

 

 的場の言う通り、他のグループの人間に聞いていた内容と全く同じだった。

 これでグループ毎に差異があるという可能性を考慮する必要もなくなったことになる。

 

「今回の試験、葛城くんはどうするつもり?」

「そうだな。一応だが方針は考えた。優待者の発表があった後──明日の9時頃にでも作戦会議を行うつもりだ」

「そうだね。優待者の有無によっては方向性がまるっと変わってくるもんね」

「きちんと報告してくれるならいいんですが……」

「そこはまあ、信じるしかないよね」

 

 50万は大金だ。だがAクラスの人間で金に困っている者などほぼいないはず。

 だからこちらから呼びかければ隠し事などせずに共有してくれるだろう。たぶん。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 翌日。午前8時。

 人気のないカフェの片隅で朝食をつまみながらメールの受信を待つ。

 メンバーは俺の他に弥彦、西川、そして里中の四人。元葛城派の幹部勢と言えばそれに近いかもしれない。

 

 遠くには綾小路と堀北の姿が見える。

 チッ、被った。あの二人が利用するカフェの名前とか覚えてるわけねえだろ。声の届く距離でもないしあんまり気にしないことにしよう。

 

『厳正なる調整の結果、あなたは優待者に選ばれませんでした。グループの一人として自覚を持って行動し試験に挑んでください。本日午後1時より試験を開始致します。本試験は本日より3日間行われます。竜グループの方は2階竜部屋に集合してください』

 

 分かっていたことだが、俺は優待者ではなかった。一安心だ。

 

『俺は優待者ではなかった。そっちはどうだ?』

『俺も違いました!』

『私も』

『俺も優待者ではないな』

 

 急遽作った四人のグループチャットでメッセージを送り合いながら携帯を見せ合う。

 念の為の盗聴対策だ。この距離ならさしもの綾小路といえど聞こえないだろうが念には念を入れて。それに予め盗聴器が仕掛けられている可能性もゼロではないし。

 

『この中には一人もいなかったか』

『学年で12人だけだからな。そんなものだろう』

『私としては正直、同じクラスに優待者はいてほしくないかな』

『それはどうしてだ?』

『よっぽどの事でもない限り見つけられると思うんだよね。嘘ついてる人間って、筋肉が挙動不審になるから』

『すまん、俺には理解できない領域の話みたいだ』

『えー、葛城くんなら分かってくれるよね?』

『多少はな』

『さすがです葛城さん!』

 

 西川の筋肉眼が竜グループ優待者の演技力に通用するのか。確かに試してみたいところではある。

 

『俺は逆に優待者になりたかったな。デメリットを考えると、そうそう裏切りも起きないだろう』

『クラスポイントマイナス50だもんね。しかもそれが12グループ分』

『優待者が各クラス平等に分けられるとしても9クラス分は裏切れる計算だ。全部間違えた時のことを考えるとどうしても二の足を踏んでしまう』

『マイナス450ポイントか』

『そうなるとBクラスに落ちるな』

『マジすか』

 

 ここでBクラスに落ちると体育祭にも響いてくるのが辛いところだ。

 例年通り──というか原作通りなら、各学年のAクラスとDクラスが合同、BクラスとCクラスが合同で赤組と白組に分けられることになる。

 一年だけで考えると地雷は間違いなくDクラスだ。Bクラスは高いチームワークに加え優秀選手候補筆頭の柴田がいるし、Cクラスも基本体育会系でアルベルトという兵器の存在もある。一方Dクラスは綾小路と高円寺というトップ2が不真面目と来た。こう考えるとDクラスと組まされるAクラスは不利に思えるかもしれない。

 だが上級生まで考慮するとそこら辺は一変する。三年Aクラスには生徒会長である堀北学が。二年Aクラスには副会長である南雲雅がいるからだ。

 この二人が率いる組が負けるとは思えない。よって、体育祭で勝利したければAクラス維持は必須事項というわけである。

 

『逆に全ての優待者を当てることができればプラス450クラスポイントか』

『なんかもう、卒業まで安泰そうな数字だよね』

『すみません葛城さん。俺たぶん優待者とか見つけられないです』

『それを言うなら俺も同じだ。10人近くの候補者の中から優待者1人を見つけ出す自信は正直ない』

『まあ、欲をかく必要ないんじゃないかな? プラマイゼロならAクラスは一位をキープできるわけだし』

 

 相対的にプラスがなくとも、すでにトップだから問題ない。現状維持で勝利できるAクラスならではの戦い方だ。

 だが、クラス内に真の裏切り者がいないとしてもその作戦は取ることができない。優待者に法則性があることを知っているからだ。

 

 Aクラスが完全なる秘匿を貫いても優待者が見抜かれる。

 待ちの姿勢では勝利することは不可能。

 絶対的先手有利。

 これはそういう試験なのだ。

 

 と、その時一つのチャットが飛んできた。

 現在開いているグループのものではない。個人から送られてきたものだ。

 画面を切り替えて確認する。

 

『優待者に選ばれたんだがどうすればいい?』

 

 おお、ありがたい。自ら申し出てくれた方が後々の流れをスムーズに展開することが可能なのだ。

 それに俺を信用してくれていることが分かり素直に嬉しくなるし。

 

『アイアム優待者。方針プリーズ』

『どうも、私が鳥グループの優待者です』

 

 その後他の二人からも自分が優待者だという報告が来た。

 グループのメンバーと照らし合わせもう一度よく確認する。

 

 そして分かったことだが──優待者の法則は、やはり原作と全く同じだった。

 

 

 これで勝ち確。

 ……ってなれば話は早かったんだけどな。

 

 

 





よう実で一番好きなキャラは坂柳だったんですけど最近天沢も来ててやばいです。

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