明るい筋肉 作:込山正義
船上で行われるグループ別特別試験において、俺が目指すべき最終的な結果を考えてみる。
可能な限り多くのグループをAクラスの手による結果3で終わらせる。それが理想的な勝利と言えるだろう。
一つのグループにつきクラスポイントが50とプライベートポイントが50万。Aクラス以外が優待者を務めるグループは全部で9つあるので、合計で450クラスポイントと450万プライベートポイントを手に入れることができる。
優待者の逃げ切りも合わせればさらにプラス150万プライベートポイントだ。
つまり、これが目標とするべき終着点である。
……というのはもちろん嘘だ。
最大の利益を追い求めるならAクラスが優待者を務めるグループは結果4で終わる必要がある。その方が得られる報酬は増えるからだ。
600クラスポイント及び600万プライベートポイント。
これが俺の追求するべき理想の数字となる。
……これは事実だ。
だが、もちろんそんな上手い話はない。クラスポイントは増やせても450までだろう。それだって達成させるのは至難の業だ。裏切りによりカウンターを食らうのは目に見えている。
以上のことを踏まえた上で、俺が
それは、全てのグループを結果1で終わらせるというものだった。
全てのグループを結果1で終わらせた場合、AからDまでの全てのクラス毎に2150万プライベートポイントが渡ることになる。1人あたり受け取る50万ポイントにクラスの人数である40を掛け、そこに優待者にだけ与えられるプラス50万ポイントを3人分付け足す。これで2150万ポイントだ。
Aクラスは坂柳がいないから正確には2100万ポイントだが、そんなものは誤差の範囲内だ。
この場で重要なのは、2000万を超えるという事実のみ。
2000万。それはクラス替えを行うのに必要なプライベートポイントの数字であると同時に、退学を取り消すことも可能なポイントの額である。
つまりこの試験の結果次第で、後の退学者を4人まで救えるということだ。
だから、俺はこれを目指したい。全てのグループを結果1に導いて多額のプライベートポイントを獲得したい。
分かっている。クラス対抗戦という現実を考えるなら、結果3を目指して然るべきだろう。優待者の法則を予め知っているのだから勝利するのは容易。たとえカウンターを受けたとしても300クラスポイントは手に入れることができる。
だが。それでも。
俺は自分の我儘を優先する。
Aクラスの弥彦。Cクラスの真鍋。Dクラスの山内。
俺が知る中で、これから先退学になるであろう生徒たちだ。
弥彦は言わずもがな、俺がこの学校に来て初めて出来た友人である。俺に対する狂信っぷりにはたまに恐怖を覚えるが、それでも慕われて悪い気はしない。見捨てるという選択肢は最初からなかった。そのためにポイントの積立も行っている。弥彦が退学するくらいなら俺が退学する。それ程までに、俺の中で弥彦の存在は大きなものとなっていた。
山内はお世辞にも優秀とは言えない。Dクラスから一人退学させるとして彼が選ばれたのはある意味必然だったのかもしれない。上のクラスを目指すために必要な犠牲だったと言われてしまえばそれまでだ。
だが仮にそうだとしても、彼は決して悪い奴というわけではない。山内への先入観を払拭するために夏休み前に池や須藤も交えて一緒に遊びに行ったのだが、これが存外普通に楽しめた。
ちょっと空気が読めなかったり欲望に忠実だったりするがその程度だ。学校が特殊なせいで浮いて見えるがあくまで普通の男子高校生の範疇に留まっている。
親交を深め情もできてしまった。退学になるべきかと問われても今の俺には頷けない。故に見捨てるという選択は取りたくなかった。
真鍋とはほとんど交流がないが、それでも知らない仲ではない。
別れることになるのは惜しいし悲しい。そういう学校だと分かっていても、素直に受け入れることはできなかった。
これはクラスに対する裏切りだ。勝利を自ら手放すのは愚か者のすることだ。
それを理解していながら、俺は自分のしたいことを優先する。
これはただの自己満足だ。助けたいと思うから助ける。ただそれだけのこと。それが他のクラスの人間であっても例外ではない。
この試験を最後に俺はリーダーの座から完全に下りる。次の試験からは全て坂柳が指示を出すことになるだろう。
だからこれは、俺にとって最初で最後の我儘なのだ。
それでAクラスに居場所がなくなったとしても。あまつさえ退学になったとしても──。
それでも俺は、止まる気はなかった。
****
──全てのグループを結果1で終わらせる。
その俺の発言を予想できた者はおそらくいないだろう。
それだけ突飛な発想だ。最大でどれだけのプライベートポイントが動くか計算した人間はいても、それを実行しようとするバカはいない。それが正常な思考回路による当たり前の結論だ。
案の定、俺の言葉に全員が衝撃を受けているように見える。それが好意的なものかそうでないかは言うまでもない。
「結果1を目指す……ということは、私たちDクラスと同じ方針だという解釈でいいのかしら?」
「少し違うな。堀北が言っているのはあくまでこの竜グループのみに限った話だろう? だが、俺は
「……そう。どうやら、聞き間違いではなかったようね」
堀北は額に手を当てながら、バカバカしいとでも言いたげにハァと小さく溜息を吐いた。
机上の空論だと思っているのだろう。実際、その認識は正しいと思う。
だがそれは限りなく低い可能性というだけで不可能という訳ではない。
無理だと決めつけるのは早計だ。
全クラスが一致団結する。つまるところ、条件はそれだけなのだから。
「時間の無駄ね。私は帰らせてもらうわ」
「ああ、それは別に構わない。だが平田と櫛田。二人はここに残ってほしい」
「……なんですって?」
己の存在を軽んじるような発言に堀北が反応する。
自分よりも他の生徒を重要視したことが気に食わなかったのだろう。プライドが高い人間というのはこういう時めんどくさい。が、その分扱いやすい。
帰れと言われると逆に帰りたくなくなるあの心理を利用させてもらう。
「それはどういう意味?」
「どういうも何もそのままの意味だ。この話し合い、堀北は居ても居なくても大して変わらないと言っている」
「喧嘩を売っているのかしら? 私のことなど眼中にないと、そう言っているように聞こえるわね」
「だからそう言っている」
射殺さんばかりの鋭い目で睨まれる。
いつもなら受け流すところだが挑発したのはこちらだ。そのまま倍返しする勢いで睨み返す。
「俺がしたいのは試験の結果全ての行く末を決める交渉だ。クラスを動かせるだけの力を持たない人間を相手にする気はない。邪魔にしかならないならば最初から居ない方がマシだろう。堀北の言うようにただの時間の無駄だ」
「……言ってくれるわね」
歯軋りの音がこちらまで聞こえてきそうだ。
悔しそうにしているのは、俺の言葉が完全に的外れではないと堀北自身が認めてしまっているからだろう。
「ハッ、こりゃ傑作だな。Dクラスすら掌握できない人間がこの場にいるのは確かに分不相応だ。戦力外通告を受けた気分はどうだ鈴音?」
「……ッ!」
「龍園、そういう物言いは控えてくれ。会議に支障をきたす」
「あ? テメェが言い出したことだろうが」
「俺は別に、揶揄い目的であんなことを言った訳ではない。ただ少し大人しくしていてほしかっただけだ」
「だったら、そのまま何も言わずに退室させとけばいいだろ」
「いや、話自体は聞かせたかった」
「……なら最初からそう言え」
「あとは、次期リーダーとしての自覚でも芽生えればと思ってな」
「なんだそりゃ。AクラスはDクラスの成長でも狙ってんのか?」
「こっちにも色々と事情があってな」
「……チッ、まあいい。どうせ後になりゃ分かる話だ」
龍園が一先ず矛先を収めたのを見てからもう一度堀北の方を向く。
彼女はしばらくの間思案したのちに椅子に座り直した。とりあえず話だけは聞くことにしたようである。
「あれだけの事を言ったのだから、それなりのものを見せてくれるのよね? 聞く価値無しと判断したら、今度こそ私は帰らせてもらうからそのつもりでいなさい」
「ああ、それでいい。キツい言い方をして悪かったな」
「謝罪はいらないわ。認めたくないけれど事実だもの」
どんなに感情が昂っていても頭だけは冷静でいられるのは才能の一つだろう。
おこがましくも堀北に成長してほしいと思ってしまうのは、綾小路が表舞台に出るのを嫌っているからなのか、坂柳の退屈を紛らわすための敵が増えてほしいと願っているからなのか、単に一個人として好意を抱いているからなのか。
それは俺にもよく分からなかった。
何はともあれ場は整った。早速交渉という名の説得に入ろう。
まず狙うのは一之瀬率いるBクラスだ。Bクラスさえ攻略してしまえばDクラスはなし崩し的にどうにかできそうだし、そもそもCクラスに対しては説得自体があまり意味をなさない。どれだけ訴えかけても最終的に決定を下すのは龍園の考え一つであるからだ。故にこちらはBクラスとの会話の中で利だけを示していればそれでいい。あとは勝手に判断してくれる。
「さて、一之瀬。俺の案について、早速だが肯定か否定かを聞かせてほしい」
「うーん。そうだなぁ……」
「全クラスが平等に莫大なポイントを得られるんだ。優待者の共有はプラスしかないと思うが?」
「葛城くんの言いたいことは分かるつもりだよ? 過程を無視して得られる結果だけを見たら、みんな平等に幸せになれるように思える。でもさ、これってAクラスだから提案できる作戦じゃない?」
「というと?」
「全クラスに平等にポイントが入るとしたら、クラス間の差は詰まらないよね? それって、下のクラスからしたらマイナスの要素じゃないかな? Aクラスを目指す私たちとしても、試験一つを棒に振るような真似はしたくないんだよね」
一之瀬の言葉に堀北は全くもってその通りだという表情をしていた。それでもまだ何も言って来ないあたりはこちらとしても助かっている。余計な茶々はただひたすらにめんどくさい。
一方の龍園はどうでもよさそうな顔をしていた。クラスポイントよりもプライベートポイントに重きを置いているとそんな反応にもなるか。
「元々保持しているポイントはAクラスが一番多い。なら、上昇値は同じでも上昇率は下のクラスの方が大きくなるはずだ。それにAクラスは欠席している一人の分のポイントを得られない。これは差が縮まっていると言えるのではないか?」
「確かにそうかも。でも、屁理屈だよね。それ」
「そうだな。一応言ってみただけだ」
とはいえ、下のクラスほど莫大なポイントによって受ける恩恵が増えるのは事実。
だからこれは、どちらかというとDクラスに聞かせる意味合いが大きかった。ということにしておこう。
「毎回足並みを揃えちゃったら、最終的なクラスの位置もずっと変わらないまま。それを受け入れられるのはAクラスだけだって、葛城くんも分かってるでしょ?」
「ああ。だからこれから先、毎回こんなことを行う気はない。というよりできないと言った方が正しいか。この試験を最後に、リーダーは正式に坂柳になるからな」
「っ! そ、そうなんだ……」
「だから、これは俺の最後の我儘というわけだ。それでも、お願いを聞いてはもらえないか?」
「……うん。悪いけどお断りさせてもらうね。前回の試験で差がついた分を取り返す。その姿勢くらいは見せないと、みんなに示しがつかないよ」
申し訳なさそうに笑う一之瀬。クラス統合の真実を告げたことで一瞬だけ動揺が見えたが、それもあまり意味をなさなかった。すぐに持ち直す精神力はさすがBクラスのリーダーと言えるだろう。情に訴えかけてみても返ってくる反応は著しくない。
無人島での敗北分を取り戻したいという気持ちはわかる。しかしあの勝利があったからこそAクラスの皆を納得させることができた。だから、手を抜いていればという前提は意味がない。すぐにリーダーが変わるという事実である程度の不満は抑えられるが、それでもギリギリのラインなのだ。
まあ、一之瀬の返答は想定の内だ。そんな簡単に交渉が成立するとは最初から思ってなどいない。
「そうか、一之瀬は俺の意見には反対か」
「うん、ごめんね」
だったら、次の手を打たせてもらうまでだ。
「……なら、仕方ないな」
ああ、本当に──仕方ない。
「西川。弥彦に連絡しろ。
「オッケー。戸塚くんだね」
指示を受けた西川が携帯を取り出し画面を弄り始める。何をするのかと周りが訝しむのも束の間、彼女はすぐに操作を終え元の体勢に戻った。
それから待つことおよそ30秒。全員の携帯に一斉に学校からの通知が届く。
『猿グループの試験が終了いたしました。猿グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気をつけて行動してください』
内容を確認した全員に、少なくない動揺が走ったのがはっきりと分かった。
初日の、それも一回目のディスカッションが終わってすぐの裏切り。この場に限らずAクラスを除いた全生徒が混乱していることだろう。
通知を告げる音が連続して聞こえてくる。事実確認のためのチャットが一之瀬や龍園、平田や櫛田の元に届けられた音だ。
「さて、一之瀬」
それらの雑音騒音を全て無視して、俺は改めてBクラスのリーダーへと向き直る。
「俺はできる限り多くのグループを結果1で終わらせたいと思っているのだが……」
そして彼女の揺れる瞳を真正面から見つめ、問い掛けた。
「お前はどうしたい?」
ちなみに高円寺は猿グループです。