明るい筋肉 作:込山正義
更新遅れてごめんなさい……さい……さい……。
はいっ、サイドチェストォー!!!
こちらには試験を終了させる準備があるということを理解させてから、尚も一之瀬に狙いを定めて交渉を続ける。
信用や信頼。友情や仲間意識。俺が今まで積み上げてきたものは今日を最後に崩れ去るかもしれない。
だがそれでも構わない。それだけの覚悟をもって俺はこの試験に臨んでいる。
さあ、一之瀬はどうだ? 何を選び何を捨てる?
お前には、全てを背負うだけの覚悟があるか?
「答えを聞かせてもらおうか一之瀬。返答次第では次の指示を出す必要が出てくる」
「……それは脅しかな?」
「そう捉えてもらって構わない。理想は結果1だったが、無理なら結果3で妥協する他ないだろう」
一之瀬はチラリと横目で神崎を見た。
小さく揺れる瞳が心の迷いを物語っている。
「受ける必要なんてないわ一之瀬さん。ハッタリに決まっている」
ここまで成り行きを静観していた堀北だったが、流石に黙っていられなくなったのだろう。一之瀬を庇うような発言を飛ばしてくる。
「俺の言葉がハッタリだと、どうしてそう言い切れるんだ?」
「まだ試験が始まって一日も経っていないのよ。全ての優待者を割り出すなんて不可能に決まっているわ」
「そうか……。なら、勝手にそう思っておけばいい。お前の予想が正しいのなら、俺たちAクラスは勝手に自滅するだけだ。他のクラスにとってはむしろ望むべき展開だろう?」
「……そうね。トップが勝手に落ちてきてくれるんだもの。これほど嬉しいこともないわね」
もし本当に優待者が分かっているのなら、こんな話し合いなんてしないでさっさと試験を終わらせているはずだと──そう堀北は考えているのだろう。
クラスポイントの取得を第一の優先事項に据えているからこその視野の狭さ……とも言えないか。
俺の本心を読むことが出来ない原因は、そのほとんどが相手ではなく俺の方にある。クラスではなく学年全体を選ぶような常軌を逸した思考回路を理解しろという方が土台無理な話なのだ。
だからこの堀北の判断は正常で、論理的で、普通なら正解に辿り着いていたはずだ。
……ま、だからなんだという話であるが。
「ところで一之瀬、お前は自分のクラスの優待者を全て把握しているか?」
「……逆に聞くけど、葛城くんは把握してるの?」
「ああ、もちろんだ。そしてそれは、龍園や一之瀬も同じだろう。他ならぬお前が、自分のクラスの実態を把握していない訳がない」
「買いかぶりだと思うんだけどなぁ……」
「そんなことはないさ。一之瀬が信頼できる人間だというのはもはや周知の事実だ。同じクラスの者なら尚更だろう。もし自分が優待者になった事が判明したら、いの一番にリーダーである一之瀬に相談するはずだ」
誰だってそうする。俺だってそうする。
「その上で聞きたい。たった今試験が終了した猿グループだが、優待者はBクラスの生徒だったんじゃないか?」
「…………」
無言。しかし西川のセンサーには反応があったようだ。
図星であるという合図が隣から送られてくる。
「俺はAクラスの優待者を全て把握している。だが、それを考慮したとしても、残りの優待者がどのクラスの人間かを言い当てられる確率は3分の1だ」
必要あれば心を偽り嘘も吐ける一之瀬だが、ここまで追い詰められていてはその優秀さもあまり意味をなさない。
よく観察すれば、俺でも内心を見抜けそうだ。
彼女はすでに、演技をする必要性を見失っているのかもしれない。
「たった3分の1。されど3分の1。……これが偶然か、あるいは必然か……一之瀬はどちらだと考える?」
他の者に真実が分からなくとも、一之瀬には──彼女にだけは意図が伝わる。
高円寺の所属するグループにBクラスの優待者が居たのは、そういう意味では僥倖だったかもしれない。結果として、手間を一つ減らすことができた。
「なんならもう一グループ終わらせてやろうか? それでもダメだというのならさらに追加でもう一箇所だ。Bクラスの優待者が全滅すれば、流石に信じる気になってくれるだろう」
「……待って!」
西川が懐から携帯を取り出す。
その動きを見て、一之瀬はすかさず声を上げた。このまま様子見を続けるにはリスクが高いと判断したのだろう。
俺の筋肉隆々威風堂々たる佇まいはこういう時役に立つな。言葉に真実味を持たせられる。
「……一日だけ、時間をくれないかな?」
紡がれたのは、会議持ち越しの要求だった。
真摯なお願いに思わず頷きたくなってしまうが、しかしこの機を逃すと裏切り者が出る確率が格段に跳ね上がってしまう。
心を鬼にして否を突きつける。
「それは無理な相談だ。今この場で決めてくれ」
「でも、クラスの今後を左右することだからさ。ちゃんとみんなで話し合って決めたいんだけど……」
「違うな一之瀬。クラスの今後を決めるのはお前だ。他の誰でもない。お前の意思で決定することだ」
それがリーダーの務めである。
「それでも決断できないというのなら……最後に一つ、俺からいい事を教えてやろう」
すでに半分は陥落している。だから必要なのは最後の一押しのみ。
俺がここまで温存してきた切り札。それを使うタイミングは今しかない。
「学校から言い渡される退学措置だが、実はプライベートポイントで取り消すことが可能なんだ。その額は──きっかり2000万プライベートポイント」
一之瀬の目が見開かれる。
俺が何を言いたいのか、それを理解してしまったという顔だ。
「誰かを犠牲にしてのAクラス昇格と、クラス全員での学校卒業。極端な例だが、そのどちらかしか選べない状況がこの先訪れることもあり得るだろう。そうなった時、一之瀬は──Bクラスは、一体どちらを選び取るつもりだ?」
これは今更考えるまでもない。
一之瀬の性格やBクラスの特性的に、間違いなく犠牲が出ない方を選択するはずだ。
実際の未来なんて誰にも分からない。しかし少なくとも、今の彼女たちならそうすると思う。
「最後のチャンスだ一之瀬」
携帯を構える西川を横に待機させながら、今日何度目になるか分からない問い掛けを行う。
「答えを聞かせてくれ」
一之瀬は瞠目し、数秒間の思考に耽った。
やがて目を開け顔を上げる。その後横にいる神崎たちBクラスの仲間を見ると、諦めたように力なく笑った。
「……ごめんね、みんな」
「謝る必要はない。それが一之瀬の選択だというのなら、俺たちはそれに従うまでだ」
「そうだよ委員長。だれも文句なんて言わないよ」
「……うん、ありがとね」
一之瀬が改めてこちらを向く。
その瞳には決意の色が表れていた。
「葛城くん……私たちBクラスは、君の提案に従うことにします」
「……そうか。感謝する」
クラスの人間を救うためという免罪符を与えられた一之瀬は、引き分けという名の敗北を受け入れることを決断した。
「さて、Bクラスはこう言っているが、Dクラスはどうだ?」
最初の難所を越えた訳だがこれで終わりという訳ではない。
続いてDクラス──正確には平田と櫛田へと話の矛先を変更する。
「大量のポイントが手に入る。それだけで旨みは十分すぎると思うが?」
「そう、だね……」
0ポイント生活を送っていたDクラスだ。50万ポイント貰えるというだけで半数以上の生徒は承諾するだろう。
「僕は受け入れるべきだと思うけど、どうかな?」
「うん、私も賛成だよ」
「……そうね。悔しいけれど、それしか手はなさそうね」
平田や櫛田はともかく、堀北までもが受け入れる姿勢を見せた。
ここで提案を蹴ったら、Dクラスは無人島で手に入れたポイントをそのまま吐き出す形になる。せっかく頑張ったのにまた極貧生活へ逆戻り。そうなればモチベーションは大幅に低下し、上のクラスを目指すどころではなくなってしまう。それは何よりも回避すべきことだと堀北は判断したのだろう。
一之瀬を先に説き伏せたのも大きかったはずだ。協力関係にあったクラスが堕ちたことで、数的関係が逆転した。Cクラスを含めれば本来まだ同数のはずだが、堀北がCクラスを仲間だと思っているはずもない。
「最後にCクラスだが……。龍園、何か聞きたいことはあるか?」
「一之瀬の時みたいに、俺を説得してみたらどうだ?」
「その行為に、何か意味があるのか?」
「そうだな。確かに意味なんてない。お前がどれだけ丁寧に利点を挙げようが、それで俺の考えが変わることはないからな」
頑固さで言えば堀北以上だな。
龍園に限って見落としがあるとも思えないため、これ以上俺が何か言っても無意味だろう。
もしも拒否するというのならこの瞬間に試験の残り7割が終了する。それだけの話だ。
「で、答えは?」
「その前に二つだけ聞かせろ」
「なんだ?」
質問をしてくる龍園。まあ、内容は凡そ予想がついているが。
「あえて誰も触れないようにしてたみたいだからな。代わりに俺が聞いといてやる。もしも優待者を共有した後に裏切り者が出たら、その時お前はどうするつもりだ?」
「これは4クラス合同の話し合いで決まったことだ。それを裏切るということは、残りのクラス全てを敵に回すことを意味する。それが分からない人間はこの場にはいないだろう」
「ああ、もちろん分かってるさ。だから俺が聞いているのはそんな当たり前のことじゃない。耳が悪いようだからもう一度だけ言ってやる。
なるほど、クラスではなく俺個人についてか。
提案した責任者として、もしもの時は裏切り者に罰を下せ──と、そう言いたいのかもしれない。
そういうことならすでに答えは決まっている。
「もちろん、出来る範囲で報復させてもらう」
「リーダーの座から降りるお前に、一体何が出来るっていうんだ?」
「逆だな龍園。クラスに迷惑を掛ける心配がなくなるからこそ、俺は自由に動けるようになるんだ」
「ハッ、なるほど。そりゃ確かに恐ろしいな」
全然恐ろしいとは思っていないような顔で龍園が笑う。
あとはまあ、坂柳に頼んでぺーパーシャッフルの相手を調整してもらうとか、そういう報復方法もある。嫌がらせとも言う。
「もし仮にその裏切りが、クラスの意向ではなく個人の暴走だった場合はどうなるのかしら?」
「やる事は何も変わらないさ。言い訳を聞く気はない」
「……そう」
「そんなに心配することはないだろう。Dクラス一番の不安材料である高円寺は、すでに試験を終えているのだからな」
「……まさか、それも狙ってやったとでも言うつもりかしら」
「さあな。だが、警戒していたのは事実だ。無人島試験の際に誰よりも先にリタイアした事実は聞き及んでいたからな」
堀北の懸念も尤もだ。Dクラスには比較的問題児が多く在籍している。
しかし高円寺さえ除いてしまえば残りで怪しいのは池や須藤、山内くらいのものだろう。池と山内は櫛田が上目遣いでお願いすれば考えるよりも先に頷いてくれるだろうし、須藤については堀北、お前が何とかしろ。
「二つ目だ葛城。全クラスで結果1を目指すと言いながら、お前は誰よりも先に裏切りを行った。その落とし前はどうつけるつもりだ?」
「俺が提案した以上、Aクラスが単独一位になるような結末は反感を買うだろうからな。目的達成のためにも、当然避けるつもりだ。Cクラスが賛同してくれるというのなら、今すぐにでも一之瀬にAクラスの情報を開示しよう」
「……そうか、だったら早くしろ」
「それは、承諾の言葉と受け取っていいのか?」
「ああ、そうだ。何度も言わせんな」
そんな何度も言ってないだろうに。
また何はともあれ、無事にB、C、D、全てのクラスの同意を得ることが出来た。
携帯を操作し、一之瀬宛に簡潔なメールを送信する。
「願わくば、裏切らないでほしいものだな」
「俺だけでなく、他の奴らにも言ったらどうだ?」
「彼女たちは信頼を武器に今の地位を築いている。それを捨てる道を選ぶというのなら、どちらにしろ未来はない」
「違いねえ」
携帯を耳に当て電話をする一之瀬。
それが終わって間もなく、独特の通知音が重なって鳴り出し、室内に反響した。
『鳥グループの試験が終了いたしました。鳥グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気をつけて行動してください』
そのメールを最後に、試験の結末を決めるために開かれた合同会議は幕を閉じた。
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それからの三日間、俺は普通に船の上での生活を楽しんだ。
ディスカッションの時間はみんなでトランプやUNOなどのゲームをして遊んだり筋トレをしたりし、間のフリーに使える一日にはみんなと一緒にプールに行ったり筋トレをしたりした。
裏では綾小路が軽井沢という駒を手に入れるために暗躍していたのだろうが、俺は特に関わろうとはしなかった。下手に介入して、事態が好転する未来が見えなかったからだ。
故に綾小路に全てを丸投げした。心の中で応援だけはしておいた。主人公らしく、是非ともメインヒロインを救ってあげてほしい。
あと特筆すべき事と言えば真嶋先生に呼び出された件くらいか。内容は俺の知識について。2000万ポイントで退学を取り消せるという事実をどこで知ったのか、それを疑問に思ったらしい。
とりあえず、先輩に聞いた気がするが名前も顔もすでに忘れてしまったということにしておいた。脳筋だから記憶力に自信がないと言えば納得せざるを得ないだろう。完璧な対処法だ。
この学校の特性上、上級生は無闇に学校のルールについて公表してはいけないという決まりがある。が、まさか知識の出処が先輩ではなく前世だとは思うまい。
原作知識を元にした行動は、周りからしてもおかしなものに見えるはずだ。それが原因で真嶋先生は他の担任たちから疑われているのかもしれない。贔屓にしているだの、情報を横流しにしているだの、そんな憶測が飛び交っている可能性だってある。
だが俺にはどうすることもできない。言えないものは言えないのだから仕方ない。もし本当にそうだとするなら、真嶋先生には強く生きてほしいものだ。自分の担当したクラスがAクラスで卒業するとボーナスが貰えるらしいし、それで納得してくれないだろうか。
さて、そんなこんなで6回目のディスカッションが終了し、全優待者の共有も先ほど終了した。
あとはただその時を待つのみだ。試験終了から解答時間までは30分の空きがあり、その時間帯は別のクラスの生徒同士は一緒に居ることが禁止されている。そのため俺自ら監視の目を光らせることができないが、そこは各クラスのリーダーたちにどうにかしてもらおう。
同じクラスの人間なら一緒に行動していても問題ないため、クラス毎に一箇所に固まっておくように通達してある。こうすれば、たぶんBクラスとDクラスは大丈夫だろう。同盟相手諸共裏切るような真似を一年生半ばのこのタイミングでするとは思えない。
だから最大の懸念はやはりCクラス。
龍園は土壇場で裏切りそう。というか絶対に裏切る。そんな予感にも似た確信があった。このまま平穏に終わるはずがないと、そう俺の本能が告げていた。
それでも希望だけは持ちたいのが人間というもの。だから何かの手違いがあればいいなと、残りの時間を使ってただひたすらに願うことにした。
結構本気でプライベートポイントは欲しい。元葛城派のメンバーによる毎月のポイント徴収だけでは、肝心の時までに2000万ポイント貯め切れないのだ。
最後が他人頼みなあたり詰めが甘い気がする。しかし元より博打のような作戦だ。だったら最後も天運に任せてみよう。
成功するならそれで良し。失敗したならぺーバーシャッフルでCクラスを指名するよう坂柳に進言する。
それでいこう。そうするしかない。そういうことになった。
そして時は刻一刻と流れていく。
裏切りが可能な時間があと一分足らずで終了というところまでやって来た。
そこから更に半分の30秒。
やがて秒読みに入る。
そして残り数秒というタイミングで、今一番聞きたくなかった音が耳へと届けられた。
『鼠グループの試験が終了いたしました。結果発表をお待ちください』
『猪グループの試験が終了いたしました。結果発表をお待ちください』
その二つのグループは、Aクラスが優待者を務めるグループだった。
葛城「ファー!」