明るい筋肉   作:込山正義

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この集まりの時のハゲは少々気持ち悪くなりますがご了承ください



3+1

 

「はぁ、ほんとに呼んだんだ」

 

 クルージングの旅から帰ってきて数日後。カラオケルームの一室。

 そこには四人の学生が集まっていた。

 久しぶりの黒櫛田にご満悦な俺や基本的に恐怖とは無縁の綾小路と違い、濁った視線を向けられた少女は怯えたように縮こまってしまっている。

 

「いつまでも女子一人というのもあれだと思ってな」

「余計なお世話。私は気にしてないし。それに、そんなこと言いつつ半分くらいは佐倉さんのためでしょ」

「まあ、確かにそれもあるな」

「……チッ」

 

 俺、櫛田、綾小路以外の四人目のメンバー。その正体は一匹狼系アイドル少女こと佐倉愛里だった。

 いや、狼というタイプではないか。どちらかというと兎が近いかもしれない。もしくはひよこ。

 

「何を今更怒っているんだ? 予め許可は取っただろう」

「ほんと、なんでOKしちゃったんだろ……。それもこれも、あんたが先に堀北の名前を出すのが悪いんだよ」

「ドア・イン・ザ・フェイスというやつか」

「綾小路くんは黙ってて」

「……すまん」

 

 本当に嫌ならそもそも佐倉の前でこんな発言はしないはずだ。

 だから素の自分を見せられる女友達を櫛田も求めているものだと思っていたのだが……なんだか不安になってきたな。

 

「……もしかして言うこと聞かなきゃ秘密を言いふらされるとでも思ったのか? それならすまない。そんなつもりはなかったんだ」

「……なに、急にオドオドしちゃって。さっきまでの自信ありげな態度はどうしたの?」

「いや、俺の予想よりも機嫌が悪いようだから心配になってな」

「……そう? こんなのいつも通りじゃない?」

「ほんとか? 本当に大丈夫か? 無理してないか?」

「しつこい」

 

 キッと睨まれる。

 秘密を知る人間が増えるということは、それだけ秘密が洩れる可能性が上がるということ。

 心配になるのも無理はない。ならば少しでも安心できるように、佐倉がどれだけ安全かということをプレゼンしてあげるとしよう。

 

「佐倉は人と関わろうとしないから友人が極端に少ない。まともに話せるのなんて俺と綾小路くらいのものだ。加えて身体能力や成績も特別優れている訳ではない。だから佐倉が何かを言ったとしても、櫛田が否定すれば誰も信じないだろう」

「ぐふっ」

「……葛城くんって、もしかして佐倉さんのこと嫌いなの? 本人の目の前でそれ言う? 佐倉さん涙目になってるけど……」

「俺が佐倉を嫌う? バカを言うな。大切に思っているからこそ、甘やかすだけではなく時には厳しさも必要だと考えている」

「お父さんか」

「……なるほど、この感情は父性によるものだったのか」

「いや、納得しないでほしいんだけど」

 

 佐倉自身が己の欠点を把握し成長しない限り、退学という二文字が常に彼女の背後に付き纏う形になるだろう。

 実際のところ、クラス内投票で彼女が選ばれる可能性もゼロではないと思っている。容姿は評価する上で重要なファクターだが、隠したままでは何の意味もない。

 アイドル属性を解放したら次に筋トレを勧め、最後に俺と綾小路で勉強を教え学力の向上を計る。そうすればあら簡単。進化したスーパー佐倉の爆誕だ。なんだ、完璧じゃないか。

 

「それに、佐倉にはすでに仮面を見抜かれている。それは櫛田自身も分かっているだろう?」

「ならわざわざ聞かないで」

 

 普通の生徒との反応の違いに、他ならぬ櫛田本人が気づかぬはずもない。

 それにしても櫛田に対して違和感を覚えられるとか、今更だがかなり凄いことだと思う。

 本質を見極める観察眼。その性能はあの坂柳にも匹敵するかもしれない。

 そう考えると佐倉半端ないな。ビビりは長所とはよく言ったものだ。

 

「なら、何でそんなに機嫌が悪いんだ?」

「別に、佐倉さんそのものに不満はない。イライラしてるのだって、ここに来る前の出来事が原因だし」

「なんだ、八つ当たりか」

「悪い? そもそも、この集まりって私のストレス解消のためのものでしょ? なんでそれで文句言われなきゃいけないの?」

 

 ん? ……ああ、そう言われてみればそうだな。

 櫛田の態度は何も間違っちゃいない。佐倉が怖がっているからと過敏に反応してしまっていたようだ。

 

「すまない、俺が間違っていた」

「ふん、分かればいいのよ分かれば」

 

 櫛田が嫌っていたのは佐倉本人ではなく佐倉優先、佐倉庇護の雰囲気だったというわけだ。

 この集まりの主役はどこまで行っても櫛田である。故に、妥協させるなら櫛田ではなくその他の人間でなければならない。それは間違えたらダメな部分だった。

 

「というわけだ佐倉。櫛田はこんな感じだからどうにか合わせてくれ。どうしても無理ならそう言ってくれると助かる」

「う、うん、大丈夫! ちょっと戸惑っただけだから……。私と櫛田さんはその、と……友達だもんね!」

「……佐倉さん大丈夫? 友達って言えば何でもしてくれそうな雰囲気ない?」

 

 ゆんゆんかな? 

 

「佐倉は人一倍警戒心が強い人間だからな。歩み寄ってくれるということは、それだけ櫛田を信用しているということだろう」

「……ふーん、どうでもいいけど」

「嬉しさが隠し切れてないぞ」

「うっさい」

「そんなんだからチョロいって思われるんだ」

「それは葛城くんだけだから」

 

 げしげしと結構強めに脚を蹴られる。

 

「とはいえ、佐倉に暴力を振るうのはやめてやれよ」

「それも葛城くんだけだから」

 

 この特別扱いは喜ぶべきなのだろうか。

 まあ、櫛田の攻撃力では俺の防御を貫くことは出来ないからな。筋肉への信頼と思えば悪い気はしない。

 

「ほら、いつまでもこんな話してないで、そろそろ歌うよ」

 

 そう言いながら、櫛田がマイクを手に取りデンモクを操作し始める。

 それに倣い俺も動き出す。はて、もう一つのマイクはどこだろうか。キョロキョロと視線を彷徨わせるがなかなか見つからない。

 ……あ、あった。ようやく見つかった探し物は、少しだけ予想外の場所に存在していた。

 机の上でも籠の中でもない。それは綾小路の手に握られていた。二つあったはずのマイクのうちの一つは、俺と櫛田が話し込んでいる間に綾小路がひっそりと確保していたようだった。

 

 ……お前、やる気満々だな。

 こうして、カラオケの開幕一曲目は櫛田と綾小路のデュエットと相なった。

 綾小路は相変わらずめちゃくちゃ歌が上手かった。これがギャップ萌えというやつか。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 カラオケが一段落つき、次いでアイドル雫の撮影会が始まった。

 場所は引き続きカラオケルームの一室。

 被写体は当然ながら佐倉愛里。そして撮影者はこの俺葛城康平である。

 

 佐倉はストーカー事件に遭った後も定期的に自撮り写真をブログに投稿し続けていた。嫌な経験をしたにもかかわらず、それでもファンに喜んでもらおうと頑張る姿はまさにアイドルの鑑。これは全力で応援せざるを得ない。

 過去を乗り越え一回り成長した佐倉。しかし自撮りだけではどうしても限界があるということで、この度俺が撮影係を申し出た次第である。

 撮影を任せてもらえるなんてファン冥利に尽きるというもの。もちろん全筋肉をもって期待に応えるつもりだ。

 

「少し表情が固いな。もっと自然な笑みを心掛けてみてくれ」

「こ、こうかな?」

「人の目を意識し過ぎだ。カメラのレンズと自分の姿。思考を割く対象はただそれだけでいい」

「こ……こう?」

「ああ、凄くいい感じだ。それじゃあ撮るぞ」

「う、うん」

 

 パシャシャシャシャ。一発でいいのが撮れる気はしないので適当に何枚か連写しておく。

 その後本人に確認してもらうためカメラを佐倉へと手渡す。彼女が臨時収入により購入したカメラは結構いいやつなので取り扱いは慎重に行う必要があった。

 

「どうだ?」

「うん、いいと思う。……葛城くん、写真撮るの上手だね」

「どうすれば全身像が美しく見えるか、という議題については日々考えているからな」

「はーい。乙女の可憐な姿とごつい筋肉を同列に扱うのは間違っていると思いまーす」

「外野がうるさいな。気にせず撮影を続けよう」

「う、うん」

 

 クルージング旅行の間はストレスを発散する暇などなかったため、櫛田は相当溜め込んでいたようだ。結果、それを全て吐き出した彼女は反動により若干テンションがおかしくなってしまっている。

 横長のソファーを豪快に使って横になり、綾小路の膝を枕にする始末。

 何それ可愛い。櫛田はきっと酔ったらあんな感じになるタイプだ。先にストレス発散を行わないと怒り上戸になりそうだけど。

 

「メガネを外して少し髪型を変える。それだけでこんなに印象が変わるんだから女の子ってすごいよね。綾小路くんもそう思わない?」

「ああ、そうだな。櫛田を見ていると特にそう思う」

「……バカにしてる?」

「感心してる」

「……フン!」

「やめてくれ、オレには葛城ほどの筋肉はない」

「そう言う割に、ダメージが通っているようには見えないんだけど?」

 

 佐倉の良さを引き出すなら清楚系やあざとい系より元気系を意識する方がいいはずだ。

 しかし一枚絵で躍動感を表現するのは中々に難しい。撮影の技術やカメラの性能以上に、被写体との連携が求められる。

 

「佐倉さんって可愛いよね。女の私でもそう思うんだから男なんて尚更じゃない? 胸も大きいし」

「……そうだな」

「それにしては、二人とも反応が淡白だよね。……もしかして女の子に興味ない?」

「オレの場合、内心が表に出ていないだけだと思うぞ」

「ふーん」

「葛城は……なんだろうな」

「あれはお父さんっていうよりもはやお祖父ちゃんだよね。孫を溺愛するお祖父ちゃん」

 

 おお、そのポーズいいな。可愛らしさと美しさと楽しさを兼ね備えた見事なバランスの上に成り立っている。

 出来れば服装と背景も弄りたいところだが仕方ない。現状で可能な最高の一枚を写し出す。それが今の俺に与えられた使命だ。

 

「……ふぅ、こんなもんか」

「はいはいお疲れお疲れ」

「櫛田もモデル役やるか?」

「やだよ。佐倉さんの後とか比べられちゃうじゃん」

「大丈夫だ。確かに佐倉の容姿は正真正銘アイドル級だが、櫛田も負けていない。なあ?」

「そ、そうだよ! 櫛田さん、私なんかよりもずっと可愛いと思うよ!」

「そうだな。Dクラスのアイドルと言えばまず最初に櫛田の名前が挙がるもんな」

「…………そうかな?」

 

 こんな単純な言葉で満更でもなさそうな雰囲気を醸し出してしまう櫛田桔梗。

 お世辞でなく本心からの言葉だからというのもあるだろうが、それでも少々扱いやす過ぎるのではないだろうか。承認欲求の塊が一周回って単純属性と化してしまっている。

 

「そんなんだからチョロいとか言われるんだぞ」

「だから言ってるのは葛城くんだけだってば。むしろ私をその気にさせたら大したもんだよ」

 

 確かに。例えばゲームとかの基準で考えた場合、櫛田の攻略難易度は物凄く高そうだ。坂柳の次くらいに高そう。

 

「でもそうか。佐倉が社交性を身につけて明るい部分を解放すれば、Dクラスのアイドルの座が取って代わる可能性もあるのか」

「……ねえ、なんでそうやって上げてから落とすようなこと言うの?」

「これからまた上げる予定があるからだな。それに、そう簡単に人気者の地位を明け渡したりはしないだろう?」

「当然。こと対人関係において、私くらい完璧に立ち回れる人間なんてそうそういないよ」

「自信家だな」

「私の一番の取り柄だからね」

 

 誰にも負けないコミュニケーション能力。それが櫛田の自尊心を維持するに足る最大の要因なのだろう。

 俺でいう筋肉のようなものだ。

 

「佐倉もプラスになりそうな部分は参考にしてみるといい。なんなら処世術を教わってみたらどうだ?」

「え、えーと、その……お、お願いします!」

「くっ、純粋な眼差しが眩しい……!」

 

 闇属性が光に弱いというのは相性界隈では常識だ。あまりやり過ぎると黒櫛田が消滅してしまう恐れもある。

 そして残りの天使の面だけを持った新生白櫛田が誕生するというわけだ。

 なんだ、ただの一之瀬じゃないか。

 

「さて、それじゃあアイドルくっしーの撮影会を始めるか」

「やるって言ってないんだけど。あとくっしーはやめて。普通にキモい」

 

 そう言いつつも、レンズを向けるとしっかりとカメラ目線でポーズを取ってくれる櫛田優しい。

 写真を撮られるのが嫌いという人間は一定数存在するが、どうやら櫛田はあまり気にしないタイプのようだ。

 たぶん、そういうことには慣れきっているのだろう。

 かくいう俺も写真を撮られることに抵抗はない。鍛え上げられた筋肉が半永久的に保存される。それはとても素晴らしいことだと思う。

 

「なかなか良く撮れたな。待ち受けにしてもいいか?」

「うん。絶対やめて」

「そうか。……佐倉は?」

「その、恥ずかしいから……」

「なら仕方ない。綾小路のにするか」

「なんでだよ」

 

 まあ、もちろん冗談だが。端末を見られて綾小路との関係を噂されるとか勘弁である。俺は普通に女の子が好きなのだ。

 グループチャットで今日撮った写真を共有し、夏休みの思い出の一つとして刻み込む。

 楽しそうに笑う佐倉。素の顔を見せている櫛田。いつもより表情が柔らかい──気がする綾小路。

 最後に撮った集合写真は、かなり希少価値の高い一枚のような気がしてならなかった。

 

 

 それから二学期が始まるまでの間、櫛田や佐倉と遊ぶ機会はこれ以上あまりなかったが、綾小路とは意外なところで出くわす事が多かった。

 ある時はエレベーターに閉じ込められていたり。またある時は腕に水筒が嵌って抜けなくなっていたり──。

 さすが主人公。楽しそうな夏休みを過ごしているようで何よりである。

 

 

 

 

 

 





水筒装備堀北はたぶん堀北の挿絵の中で一番可愛い。異論は認める。

追記補足:船上試験の報酬は9月に振り込まれるということをこの話の投稿後に気づきました。佐倉のカメラ購入費は一時的に葛城が貸したということでお願いします。

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