明るい筋肉 作:込山正義
かくしごとの主人公も筋トレしてましたね
葛城くんも負けないように頑張ります
軽い自己紹介。学校のルールが書かれている資料及び学生証カードの配布。Sシステムについての説明。
これらを端的に行ったのち、真嶋先生は教室を後にした。
生徒たちのざわめく声が聞こえる。原因は言わずもがなクレジットカードとして使用可能な学生証──そこに支給されていたポイントの多さだろう。
1ポイント1円相当として10万ポイント。それが生徒1人ずつに与えられた。興奮しないのはよほど裕福な家庭で育った者くらいだろう。具体例を挙げるなら財閥の御曹司とか。
「すごいですね葛城さん! 10万ですよ10万! 俺たち一気にお金持ちですね!」
大金を手にして浮かれる弥彦。
入学を果たしたお前たちにはそれだけの価値がある──なんて言われたものだから少々天狗になっているようだ。
この傾向は良くない。実に良くない。
他の生徒ならまだしも、弥彦だと致命傷になりかねない。
「毎月10万もくれるなんて太っ腹過ぎですよね!」
喜んでいるところ悪いが、成長を促すためにもここはしっかりと否定しておくべきだろう。
「それはまだわからないぞ弥彦」
「えっ、何がですか?」
「毎月10万ポイント支払われるなどと、先生は一言も口にしてはいなかった」
「あれ、そうでしたっけ? でも話の流れ的に……んん?」
頭上にクエスチョンマークを浮かべながら首を捻る弥彦。
こいつがやっても可愛さはない。むしろ少しムカつく。
「つまり、来月はポイントが貰えないってことですか?」
「いや、真嶋先生の言葉が本当なら、来月もポイントはちゃんと振り込まれるだろう。ただ、それが10万ポイントであるかどうかは定かではない、という話だ」
「うーん、俺には難しくてよくわかりませんけど……まあ、葛城さんがそう言うならそうなんでしょうね」
いや、だからなんだその俺に対する絶対的信頼は。
そこまでの有能さをアピールする機会は出会ってから今までのこの短い期間にはなかった気がするんだが。
「人任せにして投げ出すな。何事もまずは己で考える。それが一番大切なことだ」
「は、はいっ、わかりました!」
厳しい言い方になってしまったがこれも弥彦を成長させ無事に卒業まで漕ぎつけさせるため。自分を慕ってくれる人間を何もせず見捨てるような薄情者になるつもりはない。
それはそれとしてただのイエスマンを部下に欲しいとは思わない。むしろ俺を陰で操るくらいの大物を目指してもらいたいところだ。
「とは言ったものの所詮は憶測に過ぎない。だからこの話は一旦ここで切り上げる。今はもっと他にやるべきことがあるからな」
「やるべきこと……ですか?」
「ああ」
今俺がやらなければいけないこと。それは……自己紹介だ!
なんか誰も自己紹介タイムを始めようとしないのだ。だったら俺がAクラスの平田になるしかないじゃないか。
「みんな、少しいいだろうか」
椅子から立ち上がり、クラス内にいる全員に向けて話しかける。
「この中の何人かとはすでに言葉を交わしたが、それでもまだ名前も知らない相手がほとんどだ。これから楽しい学校生活を送るにあたり、俺は1人でも多くの生徒と仲良くなりたいと思っている。そのためクラスの親睦を深める意味も込めて自己紹介の場を設けたいと考えているのだが……どうだろうか」
なんか学生っぽくない堅苦しい挨拶になってしまった。
まあいいや。こんな見た目だし。そこまで違和感はないだろう。
「素晴らしい考えです葛城さん! 一刻も早く自己紹介をしましょう!」
「うん、私も賛成かな。早くみんなと友達になりたいしね」
すぐに賛同してくれる弥彦と西川。
それに続くようにして、いくつもの同意の声が至るところから聞こえてくる。その中には橋本のものも混ざっていた。
言い出しっぺが先発を務める空気に乗っかり自己紹介を始める。
「では勝手ながら俺から……。葛城康平だ。こんな見た目をしているが15歳だ。最初は戸惑うと思うが気さくに話しかけてほしい。趣味は筋トレだ。もし筋肉について悩みがあるならいつでも相談してくれ。正しい筋トレの仕方からオススメのプロテインまで、かなり広い範囲で助言できると思う。これからよろしく頼む」
最後にポージングを決めれば、小さくない歓声が俺を包み込んだ。
自己紹介は大成功だ。まあ当たり前だな。筋肉を嫌いな人間などこの世に存在しないのだから。
「次は俺ですね!」
流れを作るために端から順番にとでも言おうと思っていたらなんか弥彦が立ち上がった。
まるで葛城さんの次は自分だと言わんばかりだ。何がお前をそこまで駆り立てる。
「俺の名は戸塚弥彦、葛城さんの一番弟子だ。好きな食べ物はカレーライス。趣味は筋トレになる予定。尊敬する人は葛城さんだ。よろしく頼む」
色々と突っ込みどころが……というかカレーライス以外突っ込みどころしかない自己紹介だったが、俺はあえてスルーすることにした。
困惑するようなまばらな拍手しか起きなかったが、弥彦はどこか満足そうだった。本人がそれでいいなら何も言うまい。
「えーと、順番的に次は私かな?」
中心から外に向かって渦を巻くような順番で進んでいく自己紹介。独特だなぁとは思うものの、滞りなく進むなら口を挟む必要はないか。
「西川亮子です。ゆっくりとでいいのでみんなと仲良くなりたいと思っています。小さい頃からテニスをしているので、高校でもテニス部に入ろうかなと思ってます。好きな筋肉は腹直筋です。よろしくお願いします」
なんだろう。この完成間近でトランプタワーを爆撃されたような気分は。普通の自己紹介だと思っていたのに最後に全部持っていかれた。
ボケ……ではない。あの顔はマジだ。本気と書いてマジだ。
後に続く人のハードルがあらぬ方向に上がってしまっている。
見ろ、次の男子。あれ絶対『え、これって俺も筋肉関係の話題出さなきゃいけないの?』って考えてる顔だぞ。かわいそうに。そんなことないからな?
結果から言うと、4番手の彼は筋肉について特に言及はしなかった。
その後も普通の挨拶がアクシデントなく続いていく。
さすがAクラスだ。常識人が多い。
怒鳴り散らして教室を出て行くこともないし、異性だけに向けた発言もしないし、嫌いなものを言ったりもしない。
空気が読めるのはいいことだ。数人の例外から目を逸らしつつ、俺は問題児だらけのDクラスに黙祷を捧げた。
「坂柳有栖です。足が不自由なためこの通り常に杖を携帯して過ごすことになりますが、気にしないでくれるとありがたいです。運動は医師から止められていますが、日常生活くらいなら問題なく送れるのでそこもご心配なく。それでも皆さんに迷惑をかけてしまう場面は出てくると思いますので、そこだけは了承していただけると幸いです。どうぞ仲良くしてくださいね」
坂柳の挨拶は思っていたよりも普通だった。
目立っているハゲに敵対の意思を示したり、自分がこのクラスの女王だと宣言したりもしない。
まだ様子見の段階なのだろうか。頭のいいやつほど最初は身を潜めるイメージがあるから、きっとそんな感じなんだろう。能ある鷹は爪を隠す。俺にはできない芸当だ。筋肉の主張が激しすぎる。
まあ坂柳の内心など今はどうでもいい。
感想を述べるとするならば、そのほとんどが外見に集約されてしまうからだ。
可愛い。この一言に尽きる。
まるでお人形みたいという表現がここまで当てはまる例も珍しい。
顔から声から大きさから、その全てが可愛らしい。
本人に言ったら怒られるから絶対口にはしないけど。仲良くなれたらリトルガールと呼んでからかってみたいものだ。
「神室真澄。よろしく」
神室の挨拶はこれ以上ないくらい簡素なものだった。表情もほぼ無のまま。おのれは綾小路か。
趣味は万引きですとか言っとけばインパクトあったんだけどな。
あとサイドテール可愛い。
「橋本正義だ。勉強は嫌いだがスポーツはそこそこ好きだからテニス部に入ろうと思ってる。こんな髪色だけど中身はチャラくないから気楽に話しかけてくれ。友達だけじゃなく恋人も募集中だ。みんなよろしくな」
二本指を揃えてこめかみに持っていく感じのポーズを決めながらのキザなウインクで星が飛ぶのを幻視する。池あたりがやれば下心が透けて見えてしまって引かれるのだろうが、橋本がやることによってその行為はどこか様になっていた。
金髪のオールバックは時にスキンヘッドより目立つ気がする。一つ結びにしているし、あれはポニーテールと呼んでいいのだろうか。
なんだその髪型とか言ってはいけない。言いたくなるけど自虐っぽくなってしまう。
「鬼頭隼だ。会話は苦手だが体を動かすのは嫌いじゃない。最近は広背筋のトレーニングに力を入れている。よろしく頼む」
普通の自己紹介が続いていたのに、最後の最後で鬼頭が筋肉の話題をぶり返した。
思わず驚きの表情で見つめてしまう。すると向こうもこちらの視線に気づいたのか目が合った。軽く頷いてくる。頷き返す。その瞬間、確かに俺たちは通じ合った。気がした。
武闘派というだけあって筋肉への拘りも持っているに違いない。やばい。すごく意外なことに、このクラスで一番話が合う相手は鬼頭である可能性が浮上してしまった。
今度機会があったら一緒に筋トレをしないか誘ってみるのも面白いかもしれない。
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その後入学式で校長のありがたい話を受け取り、教室で真嶋先生から敷地内の説明を一通り受けたあと、初日の日程は全て消化し俺たち生徒は解散になった。
「葛城さん、この後どうしますか?」
退屈な時間から解放されすぐにでも遊びに行きたいのか、弥彦が興奮した様子で聞いてくる。10万ものポイントを手に入れたことも大きな理由だろう。事実、俺だって早くトレーニング器具やプロテインを物色したい気分だ。
「失礼、少しお時間よろしいでしょうか」
横合いから声をかけられる。
近づいてくる気配には当然ながら気付いていた。そうでなくともコツコツという何かを叩くような音は喧騒の中でもよく響く。そして歩きながらそんな音を出す人物など1人しか思い当たらない。
「坂柳か。俺に何か用か?」
「あら、名前を覚えていてくださったんですか?」
「こう言ってはなんだが坂柳は目立つからな。その分印象に残りやすい」
「ふふっ、目立つのはあなたも同じですよ。ねぇ、葛城くん?」
ハゲたマッチョだもんね。
しかも名前がハゲなのに葛城だもんね。あらやだすごく覚えやすい。
「あなたに話しかけた理由は、先程興味深い話をされていたのを思い出したからです」
足の不自由な人間を立ちっぱなしにさせるのも悪いので自分の席を引いて座らせる。
その後横の席の弥彦をどかし俺自身はそこに座る。見下ろしながら話すのは失礼だからね。
「なんでも、来月支払われるポイントが10万ポイントではないとかどうとか」
ああ、その話か。
品定めするような綺麗な瞳がこちらを見つめてくる。
つまり『お前がどこまで思考を巡らせられる人間が試してやるよおぉん?』ということだろう。
認められれば部下に迎え入れてくれるかもしれない。
「確証も何もない可能性の話だ。人に聞かせるようなものじゃない」
「それでも構いません。是非あなたの考えを聞かせてください」
うーん、ここで頑なに拒否するのも変だし、そこまで言うなら話してみますか。なんか適当にそれっぽく。それあるーと納得しちゃうような感じで。
「この学校は生徒を実力で測ると真嶋先生は仰っていた。与えられたポイントはその指標のようなものだと俺は推測している。試験を乗り越え入学を果たしたことに対する評価が初回ボーナス込みで10万ポイント。ならば学校から実力に見合わないと判断された場合、それに応じて支払われるポイントが増減する可能性もあるのではと考慮した」
「有能な人間には相応の給料が支払われる──みたいなイメージでしょうか」
「そうだな。加えてこの学校は将来の日本を背負って立つ人材の育成を謳い文句としている。労力なくして報酬を与えてしまっては、多くの人間は成長しようという意志を失ってしまうだろう」
「そうですね。競争を促す空間こそが最も優れた育成環境であるという点には私も同意します」
これたぶんあれだよね? 過去に見た真っ白い部屋を連想してるよね?
「仮に実力によって報酬が変化するとして、その実力というのは何をもって判断されるのでしょうか」
「ここが学校である以上、やはり試験の成績が元になるんじゃないか?」
「テストの成績に応じて、支払われるポイントが1人1人変わってくると?」
「ああ」
ほんとはクラス単位の団体戦なんだけど、何も知らないと普通は個人戦だと思うはずだから頷いておく。
俺たちの会話に耳を傾けている者は多い。Aクラスの持ち点の減少を少しでも抑えるためにも、連帯責任ではなく自己責任だと思っていてもらった方が都合がいいだろう。
俺たちは今日知り合ったばかりの──言うなればほとんど赤の他人同士だ。『お前が不真面目だとみんなが損をするよ?』ではなく『お前が不真面目だとお前だけが損をするよ?』と言われた方がやる気も出るというもの。よく知りもしない誰かのために動ける人間はそれほど多くはない。
「最初にも言ったがこれは俺個人の憶測に過ぎない。毎月固定で10万ポイント支払われる可能性も大いにあるだろう。むしろその可能性の方が高いかもしれない」
「ええ、もちろんわかっています。事実がどちらにせよ、実際に来月になってみなければ本当のところは知りようがありません」
一度言葉を区切ると、坂柳は微笑を浮かべながらこちらを見上げてきた。
「そう、
改めて目と目が合う。
内心を全て見透かしてきそうな美しくも鋭い双眸が俺を射抜く。静かに放たれる威圧感に、記憶まで抜き取られているのではないかという錯覚さえ感じるほどだ。
「憶測に過ぎない──と、何度も念を押したはずだが?」
「はい、確かに言葉ではそう仰っていましたね」
「……もし内心の自信が透けて見えていたというのなら、それはただ単に俺が傲慢だったというだけの話だろう」
「そうですか。なら、そういうことにしておきましょうか」
形だけの納得を見せる坂柳。
どうやら話はここで終わりのようだ。
「葛城くんとのお喋りはとても楽しかったです。また何か気づいたことがあれば教えてくださいね?」
にっこりと笑い、坂柳は椅子から立ち上がろうとする。手を差し伸べ補助しようとするが残念、空振りに終わってしまった。
「ではまた明日」
最後にそれだけ言い残すと、コツコツと杖を鳴らしながら小さな少女は教室を後にした。
遊びに誘えるような雰囲気でもなかったので別れの挨拶を返すだけに留めそのまま見送る。
今更だが、俺たちの会話は入学初日にするようなものではなかったような気がする。
まあいいや。なんだか注目を集めてしまったけれど、見た目からして今更なので気にしないことにしよう。
その後弥彦や西川を含めた何人かと親睦会という名の敷地内探索を行い、記念すべき高校生活1日目は幕を閉じた。
〈西川亮子〉
原作:名前しか登場しないモブオブモブ。船上試験においては葛城や龍園、堀北なんかと同じ辰グループに配属されていたのでおそらく優秀。選抜種目試験で数学テストに抜擢されていたりもする。
↓
本作:ハゲの左腕。なんか筋肉フェチにされた。それが悲劇かどうかは本人とハゲ次第。口調と見た目の違う奏流院朱美になってしまった感満載。クロスオーバータグは必要ないと信じたい。別の世界戦の記憶が飛んでくるネタはやりたいけどやらない予定。