明るい筋肉   作:込山正義

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プール回

 

 夏休みも残り二日となったよく晴れた真夏日。俺はAクラスのメンバーと共にプールへやって来ていた。普段は水泳部専用として使われているこの施設だが、今の時期だけ誰でも使える市民プールのように開放されているのだ。

 期間は夏休み終了までの三日間。今日はそのちょうど中日に当たる。

 聞いた話によると、開放期間の短さもあって初日に大人数が押し寄せたらしい。そのため入場出来るのは一回だけという制限が設けられた程だ。混雑という懸念材料が付き纏うから、人気があり過ぎるというのも考えものである。

 

「こうして誰かと水遊びをするというのは初めての経験ですが、存外悪くないものですね」

 

 太陽の眩しさを片手で遮りながらそう呟く坂柳は、現在浮き輪に身を預けながらぷかぷかと流れるプールを楽しんでいた。

 俺はその先導係だ。万が一の事態に備えて警戒網を張り巡らせている。安全確保のためのガードマンと言えばそれに近いかもしれない。

 

「すみませんね。お手を煩わせてしまって」

「気にするな。誘ったのはこちらだしな。それに、坂柳の水着姿を見れると思えば安いものだ」

「お気に召しましたか?」

「ああ。初めて見るから新鮮に映る」

「そうですか。そういうことなら遠慮なくこき使わせてもらうとしましょう」

 

 任せてくれ。出来る範囲でサポートはする。今日の俺は坂柳の手足だ。

 ちなみに坂柳の第三の足である杖は神室が持ち運んでいたりする。

 

「なんだ? 葛城は坂柳みたいなのがタイプなのか?」

 

 そう聞いてきたのは神室の横を定位置としている橋本だった。両手を頭の後ろで組みながら、坂柳の移動速度に合わせてゆっくりと歩いてついてきている。

 

「女子の服装を褒めるのは紳士の嗜みだと思うが?」

「いや、水着だとニュアンスが変わってくるだろ」

 

 橋本はチラリと隣の神室を見た後、近くにいた西川を経て坂柳へと視線を移していく。

 それはまるで何かを比べているような動きだった。憐れみにも似た感情が坂柳へ向けられた気がした。

 

「坂柳、何やら橋本が失礼なことを考えているようだぞ。具体的に何がとは言わないが」

「いや考えてねーよ! ……考えてないですからね!?」

 

 そのセリフがすでに白状しているようなものだ。図星だと思われたくないなら動揺を見せない努力くらいはしないとだろう。ま、いくら隠したところで本人には十中八九筒抜けになるわけだがな。

 

 必死に弁明を試みる橋本に対し、坂柳はニッコリと微笑んだ。

 笑顔とは本来攻撃的なものであり、獣が牙をむく行為が原点であるとは誰の言葉だったか。

 これから彼が受けるだろう制裁を思うと同情の念を禁じ得ない。強く生きてくれ橋本。南無。

 

「二人とも、後で覚えておいてくださいね」

「だそうだ橋本。じっくりと己の過ちを反省し……え、二人?」

 

 二人……。

 なるほど、橋本と弥彦か。あるいは神室。

 とばっちりを食らうとは可哀想な奴らだ。

 

「凡そ一回りしましたし、そろそろ場所を移しましょうか」

 

 言いながら、坂柳はちょいちょいと橋本を手招きする。

 

「次はあちらの施設に行ってみたいです。……ほら、そこの二人。ぼさっとしてないで早く私を運んでください」

「イエス、ボス」

「えっ……は?」

 

 困惑している橋本を他所に、アルベルトのものまねをしながら膝を曲げ水中へと屈み、両腕を坂柳の身体の下へと潜り込ませる。そしてそのまま、グイッと浮き輪ごと彼女を持ち上げた。

 

「一人だと不安定で危ないな。橋本、反対側を持ってくれ」

「え、そういうシステム? どんな移動方法だよ」

 

 わーっしょい、わーっしょい、と坂柳with浮き輪を持ちながらプールサイドを移動する。

 それはさながら神輿を運ぶ担ぎ手のごとし。神輿とはその名の通り神様を乗せる輿であるが、坂柳は見た目だけなら女神級であるのでそこまで大きくは間違ってないはずだ。

 

「なあ、なんかやたらと注目を集めてないか?」

「それはそうだろう。むしろ集めない方がおかしい」

「いいじゃないですか。目立つのは嫌いじゃないです」

「いや、こういう悪目立ちの仕方は勘弁願いたいっていうか……」

 

 キョロキョロと周囲の目を気にする素振りを見せる橋本。

 その視線が、離れて付いてくる神室と鬼頭の姿を捉えた。

 

「……なあ、なんでそんな遠くにいるんだ?」

「話し掛けないで。関係者だと思われたら恥ずかしいでしょ」

「この距離からでも異常があれば把握できる。見張りは任せろ」

 

 二人の発言を受け、橋本は裏切られたような顔になった。

 はあ、これだから軟弱者は。ちょっと好奇の視線を向けられたくらいで動揺するとか精神力が全く足りていない。

 ほら、弥彦や西川を見てみろ。この状況でも変わらずいつも通りだ。

 少しは橋本も見習った方がいいんじゃないのか? 

 

「四方八方から集まる視線! きっと、みんな葛城さんの姿から目が離せないんですね! 流石です葛城さん!」

「うへへ、あっちにも筋肉。こっちにも筋肉。上裸の男たちがそこら中を闊歩しているとかここは天国ですか? イエス! マッスルヘブンでございます!」

 

 あ、やっぱ見習わなくていいや。

 橋本の感性はきっと普通で一般的なものであるはずだから、どうか変な奴らに汚染されずにそのままでいてほしい。

 

「葛城、俺たちちょっと飲み物買ってくるわ」

 

 そう言ってきたのは司城だ。彼は居心地が悪そうにしている何人かに声を掛けると返事を待たずにそのまま集団から離れていった。

 注目を集めるのを気にしない人間もいれば嫌がる人間もいる。そういった生徒たちを彼は一時的に避難させたわけだ。

 些細な事柄に気づけるのは間違いなく長所だと思う。それで助けられているのもまた事実。

 だが何故だろう。俺はほんの少しだけ寂しさを感じていた。

 

「坂柳、この移動方法だが──」

「続行します」

「……そうか」

 

 本人がそうしたいと言うのなら仕方ない。

 ということで坂柳神輿は継続だ。今日一日、俺と橋本が坂柳のタクシー役となることが確定した瞬間だった。

 

 

 

 ****

 

 

 

「いいか、触るぞ?」

「うん……」

 

 割れ物を扱うように両手をゆっくりと水着姿の西川へと伸ばす。

 触れ合う指先と素肌。手のひらから返ってくる感触は女の子特有の柔らかさと、その奥に潜む日々の努力によって培われたトレーニングの成果。

 思わず撫で回したい衝動に駆られるが、それは流石にセクハラが過ぎるのでぐっと我慢する。

 

「んっ……」

「……すまん、擽ったかったか?」

「ううん、ちょっと驚いただけだから大丈夫」

「別にやめてもいいんだぞ?」

「私からお願いしたことだもん……だから、気にせず続けて」

 

 その目には強い意思が宿っていた。

 ここまで言わせておいて断っては男が廃るというもの。彼女の望み通り腕先に力を込める。

 中途半端に遠慮して怪我をしたら危ないためそこは妥協できない。かなり密着することになってしまうがそこは我慢してもらおう。暴れたり騒いだりしなければ所詮少しの辛抱だ。

 

「いくぞ」

「うん……お願い」

「変に動かれると危険だからな。適度に力を抜いて、全て俺に委ねてくれ」

「わかった」

 

 コクリと頷いたのを見てから最後の確認を行う。

 問題はなさそうだ。それじゃ、いっちょやりますか……。

 

「せーのっ」

 

 俺は西川を両腕で抱え込むようにガッチリと掴み──。

 

 

 

 

 

 そして、思いっきり投げ飛ばした。

 

 

 

 

「そおぉぉぉおいっ!」

「ひやっほおおおおおおおお!!」

 

 鋭角な弧を描き空を飛んだ西川は、やがてドボンという音と共に無人のプールへと落下した。

 集まる視線。上がる水飛沫。残心の構えを取る俺。

 ざばっと顔を出した西川は楽しいアトラクションに乗った後の子どものような笑みを浮かべながら水を払っている。満足してくれたようで何よりだ。

 

「飛んだ! すっごい飛んだ!!」

「葛城さん! 次俺もお願いします!」

 

 要望に応え、弥彦も思いっきりぶん投げる。

 最初のでコツを掴んだからか、西川の時よりも高く遠くへ飛ばせた気がする。

 

「次あたしもお願い!」

「僕もお願いします」

「俺も頼む」

 

 気づけば作られている順番待ちの列。それを俺は片っ端からフライアウェイさせた。

 隅にポツンと存在する人気のない深めのプールだからこそ出来る遊びだ。

 欠点があるとすれば坂柳には刺激が強すぎるため参加させられない事だろうか。

 あとは俺自身も遊ぶ事は出来ない。ジェットコースター本体がジェットコースターに乗れないように、アトラクションそのものがアトラクションを楽しめるはずないのである。

 

「葛城くん、もっかいお願い!」

「任せろ。……ところで、先程から司城の姿が見えないようだが……」

「ああ。それなら、さっきテニス部の先輩と一緒にいるとこを見かけたよ」

「……デートか」

「たぶんね」

 

 一緒に来たメンバーに言伝もせず青春を謳歌するとかふざけてんのか。こっちのことは気にせず仲を深めてろ。

 

「いくぞ西川!」

「来て! 葛城くん!」

 

 うおおおおおお! 投げっぱなしジャーマンッ!! 

 

「どっせえええい!」

「わきゃあああああああっ!!」

 

 ひゅーん、どぱーん。

 うーん、結構飛んだ。俺にとっては誤差の範囲だけど、やはり軽い人間の方が飛距離は出やすい傾向にあるな。

 

「神室さんはやらないんですか?」

「別に、興味ないし」

「怖いんですか?」

「そんなんじゃないから」

「あんなに面白そうですのに。私が疾患持ちでなければ脇目も振らずに参加していましたね」

「絶対嘘じゃない」

 

 プールの縁に腰掛けパチャパチャと水面を蹴飛ばしている坂柳を近くで見守っている神室は乗り気でない様子。

 なら、その隣にいるもう一人に標的に定めよう。

 

「橋本、来い」

「いや、俺はいいって」

「ダメだ」

「……他にも待っている奴はいるだろ? そっちを優先してやれよ」

「お前は強制参加だ」

「なんでだよ!」

 

 鬼頭と協力し橋本を捕まえる。

 観念したのか大人しくなった橋本の、俺は足側を、鬼頭が腕側を両手で掴む。そして左右にゆーらゆーらと、大縄跳びの要領で振り子のように揺らし始める。

 

 いーち、にーの、さん! You can fly !! 

 

「ぬわああああぁぁぁぁ──べふっ」

 

 ボチャン。

 二人分の力で投げ飛ばされた橋本は、変な体勢のままプールの中央付近へと不時着した。

 ぷはっと水面から顔を出す橋本。髪をかきあげる仕草がどこか様になっている。

 

「どうだった?」

「……思いのほか楽しかった」

 

 敗北を噛み締めるような表情でそう悔しげに呟く。

 最初は忌避していたものでも、やってみると案外嵌るというのはよくある事だ。

 橋本はマッスルジャンパーに陥落した。きっと次からは自主的に参加する事になるだろう。その時に拒否するまでが一連の流れだ。

 

 

「……報告があったから来てみれば」

 

 と、そこに二人の生徒が現れた。

 無視できない存在感に皆の視線が集中する。

 それは俺とて例外ではない。引っ張られるように振り返る。

 だが俺の場合、見るまでもなくその相手が誰かはわかっていた。声もさることながら、その鍛え上げられた筋肉はそうそう隠せるものではない。特にプールサイドでは。物理的にも剥き出し状態だし。

 

「葛城、一体何をしている?」

 

 そこに立っていたのは生徒会長こと堀北学だった。いつものごとくちょこんと橘先輩を侍らせている。

 最終的には他のクラスの生徒まで集まり始めてかなりの賑わいを見せていたし、気づかれない方が無理という話だった。

 

「人を思いっきり投げ飛ばして遊んでいました」

「そうか。今すぐにやめろ」

「怪我人が出ないよう最大限の注意を払っていますが?」

「それでも許可は降りない。納得できないというのなら見回りの教師にも確認してみるといい。恐らく同じ回答が得られるはずだ」

 

 むぅ。やっていることは飛び込みとそう変わらない気がするのだが、そこは学校側の許可や監視員の有無の差なのだろう。

 こんな些細な事で会長と事を構える気はない。残念だが大人しく引き下がるとしよう。盛り上がりの最中だったが致し方なしだ。

 

「横合いから失礼します。突然ですが、会長はこの後何か予定はおありですか?」

「いや、特にこれといった用事はない」

「でしたら私たちと一緒にスポーツなどいかがでしょう。彼らが羽目を外したのも、ひとえに満足に動き回れなかったことが原因でしょうから」

「ふむ……」

 

 坂柳の提案に思案するような表情を見せる堀北会長。

 どうでもいいが坂柳のセリフが遊び盛りの息子に対する母のそれだ。まるで子ども扱い。優秀なAクラスと呼ばれる俺たちのことを何だと思っているのだろうか。

 

「それはつまり、お前たち1年生が俺たち3年に対して宣戦布告をした──という認識でいいのか?」

「正確には1年Aクラスが3年Aクラスに対して、ですかね。学年を超えた交流の場とでも思っていただければ」

 

 視線を交わす両者。二人の間に火花が散っているように見えるのは気のせいではないだろう。

 だが、このやり取りには一つだけ問題がある。確認せずに話を進めることは不可能とまで言える大きな問題が。

「……坂柳はいいのか?」

「運動を行えない私を気にしているのなら心配は無用です。今日は十分過ぎるほど動き回りました。これ以上は許容量を超えてしまいます」

 

 冗談めかしに笑う坂柳。

 それが本心による言葉なのか俺を気遣っての発言なのか、残念ながら判断はつかなかった。

 

「あなたが時々スポーツ施設の集まるエリアの方を見ていることに、私が気づかないとでも思いましたか?」

 

 仕草に表れないよう気をつけていたつもりだったが、坂柳にはきちんとバレていたらしい。

 ここまで言わせておいて断るのは逆に失礼というものだろう。遠慮なくその言葉に甘えさせてもらう。

 

「競技はどうする?」

 

 こちらの話が纏まったのを見て堀北会長が聞いてくる。

 

「そうですね……」

 

 チラリとスポーツ施設のエリアへと視線を流す坂柳。

 

「では、バレーボールなんていかがでしょうか」

 

 そしてそう提案した。

 原作ではBクラスとDクラスで水中バレーをする描写があり、俺はちょうどその事を思い出していた。

 まさか、その内心をピンポイントで読んだわけではあるまい。

 いくら相手の思惑を見透かせる観察眼があると言っても、出来ることには限度がある。

 そう、だからこれは偶然だ。一番メジャーで目に付きやすく、利用者の多い施設を選んだに過ぎない。

 そうだと分かっていても、背中に冷たいものを感じずにはいられなかった。

 いや、気のせいか。夏だしやっぱり暑いわ。ぶん投げ大会の影響もあってかすごく暑い。

 

「いいだろう。試合開始は30分後。それまでにメンバーを集めておく」

 

 そう言い残し、堀北会長は去っていった。

 急遽決まった1年Aクラスと3年Aクラスの親善試合。

 3年と直接対決できる機会なんて特別試験でもそうそうないので気合を入れていこう。

 史上最高の生徒会長。相手にとって不足なしだ。

 

 

 

 





次回バレー回。
閑話なのに分割投稿した旨、謹んでお詫び申し上げまっする。
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