明るい筋肉   作:込山正義

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夏休み編最終回です。



バレー回

 

 ネットを挟んで相手チームと向かい合う。

 こちらに並ぶのは1年Aクラスの仲間たち。対するは堀北会長が集めた3年Aクラスの精鋭たち。

 年齢差のせいか平均身長はあちらの方が少しだけ高く、纏う雰囲気も大きく強い。

 さすが最上級生だ。この学校を2年間生き延びただけあってか面構えからして違う気がする。

 だがこちらも負けていないものがある。それは筋肉の質だ。

 俺が筋トレを布教し始めたのは入学してすぐのこと。そして現在は8月の終盤も終盤。

 5か月もの時間があれば筋肉はそれなりに仕上がってくる。今こそトレーニングの成果を見せる時だ。

 

「25点マッチ1セット。インプレー6人のローテーション制で選手交代は自由。その他のルールは通常のバレーのルールに準ずるものとする。それでいいか?」

「ええ、それでお願いします。水中バレーのルールを把握している人間などそういないと思いますし」

 

 堀北会長の言葉に坂柳が了承する。

 へえ。地上と水中ではルールが違うのか。知らなかった。

 

「私は競技には参加できませんから、代わりに審判を務めさせていただきますね」

「ああ、お願いしよう」

 

 リーダー同士の話し合いによりスルスルと滞りなく準備が整っていく。

 しかし坂柳が審判か。スポーツとは無縁の彼女だが、ルールはちゃんと把握しているのだろうか。

 いや、愚問か。坂柳が知らない事とかむしろ見つける方が難しいだろう。それに仮にそうだとするなら自ら審判に立候補するはずもない。

 

「葛城くん、お願いします」

「ん?」

 

 両腕を水平に上げ、十字架のようなポーズを取る坂柳。

 一体何だろうか。人類が十進法を採用した事実は俺も知るところであるのだが、もしかして己が罪人のごとき残虐な心の持ち主であると自覚したのだろうか。

 と、少しして彼女の意図に気がつく。審判台の上に自分を移動させろと、つまりはそう言いたかったのだろう。

 

「坂柳はこういう扱いをされるのが嫌いなのだと思っていたが、もしかして勘違いだったか?」

「いえ、仰る通りですよ。確かにこんなこと他の人には頼みません。ですが葛城くんは別です。あなたは私でなくとも、例えば橋本くんや鬼頭くん相手にも同じことが可能でしょう」

 

 だからいいんです、と坂柳は締めくくる。

 誰に対しても同様の行いが可能である。だからこれは特別扱い、ひいては子ども扱いにはならない、と。

 なるほど。一理ある。

 

 ……いや、やっぱねーわ。

 

「バカなのか?」

「……フフフ、他ならぬ私に対してその言葉を吐きますか」

 

 思わず出た言葉を後悔しても遅い。

 さっさと坂柳を持ち上げ、階段に足を掛けながら頂上に鎮座させる。

 一度置いてしまえばこちらのもの。坂柳は自力では降りられない。

 やっていることはただの時間稼ぎだが、今の俺に取れる手段はこれしかない。

 堀北会長率いる3年生チームに勝てば坂柳の怒りも収まってくれるはずだ。

 負けられない理由がまた一つ増えてしまったな。

 

 

 

 ****

 

 

 

 1年生チーム6人と3年生チーム6人。計12人が配置につくと同時、ピッと短く試合開始を告げる笛の音が鳴った。

 ジャンケンにより最初のサーブ権を獲得したのは3年生チーム。ボールを持つのは高身長の男子生徒だ。

 身体つきからして、何かスポーツをやっていることが窺える。

 

「一発目だし、いいとこ見せなきゃな」

 

 片手で真上に高く放られるボール。強くドライブ回転がかかったそれを、彼は大きく飛び跳ねながら綺麗なフォームで撃ち抜いた。

 水の抵抗があるせいで助走が取れないにもかかわらず、その影響を全く感じさせないような見事なジャンプサーブだ。制限のかかる環境の中で、どのような動きをすれば最大限の結果が得られるのかを熟知していなければあんな真似はできない。まず間違いなくバレー経験者だろう。今の一連の動作で、葛城たちはそれを理解させられた。

 弾丸のように放たれたサーブは直線的な軌道のままネットを越え、そのまま誰の手にも触れることなく1年生側のコート内へと突き刺さる。

 

 3年生チームの得点。

 葛城たちにとっては、いきなり1点のビハインド。

 

 学年の違う生徒同士の戦いは、上級生側の強力なサービスエースによって幕を開けた。

 

「悪い、距離感を見誤った」

「今のは仕方ない。切り替えていこう」

 

 橋本が謝罪の言葉を述べる。が、今のは彼の責任ではないと葛城は考えていた。

 いきなりの高速サーブに虚をつかれた面はあるだろうが、それでも橋本はしっかりとボールに反応していた。

 そして、反応しつつ見逃した。飛んでくるボールの軌道が、コートの外に落下するものだと判断したからだ。

 しかし、実際にはギリギリのボールイン。

 膝あたりまである水位。それを橋本は計算に入れていなかった。

 咄嗟の判断を強いられた時、人は染み付いた感覚から解を導き出してしまう。

 その習性が悪い方向に働いた。

 これが偶然ならまだいい。

 しかし狙って行っていた場合、とんでもない憶測が浮上する。

 

「……西川、あの先輩は」

「うん。私の記憶が確かなら、バレー部のキャプテンだったと思う」

「……そうか」

 

 筋肉のことなら学年問わず情報を集めているだろう西川ならばという葛城の予想通り、彼女はサーブを行った男子生徒のことを知っていた。

 だがその正体は想像のさらに斜め上だった。

 バレー部のキャプテン。考え得る限り、3年生側が使える最強の鬼札である。

 それを、堀北学は躊躇いなく切ってきた。

 勝負事とあればどんな些細なものだろうと全力で勝ちに行く。そんな心意気が伝わってくるようだ。

 この学校のトップに相応しい思想と行動。その対象が下級生相手であっても例外はないらしい。

 会長の鋭い視線が1年生たちを見据える。

 レンズ越しではないその眼光を受け、葛城は己を奮い立たせるように獰猛に笑った。

 

「学が珍しく張り切っている様子だったからな。俺としても期待してたんだぜ?」

 

 手の平でボールを弄びながら、バレー部キャプテンと判明した男子生徒が次のサーブの準備に入る。

 

「このまま終わるなんてことは無いと、そう願いたいもんだ──なっ!」

 

 そして放たれる第二球。

 一回目のサーブで感覚の微調整を終えたのか、今回の打球は先程よりも更に速く強烈なものだった。

 叩きつけるようなサーブが1年生コートを強襲する。

 

 余談だが、水中バレーのルールにはサーブはアンダーのみという縛りが存在する。その事実を踏まえると、堀北学が通常のバレーのルールを採用したのも勝率を上げるための一手であると考えられた。

 

「西川!」

「オーライ!」

 

 だが、その程度の策略でどうにかなるような1年Aクラスの面々ではない。

 感覚の微調整を終えたのは彼らとて同じこと。

 砲弾のようなサーブの落下地点には、すでに西川が先回りしていた。

 殺人サーブに屈服するような彼女ではない。西川は腰を落とし、しっかりと両腕で高速移動するボールの芯を捉えた。

 ボールの勢いを完全に殺した、文句のない完璧なレシーブだった。

 

「うっへ、今のを捕るのか。恐ろしい1年女子がいたもんだな」

「一度動きを見れば、ある程度予測することは可能ですから」

 

 ふわりと優しく上空へと浮き上がったボール。

 その落下地点には、すでに鬼頭が待ち構えている。

 

「俺にくれ」

 

 そんな彼に向け、葛城が静かに告げる。

 対する鬼頭は無言。しかし思いの丈は十分に伝わったのだろう。

 了承の答えとして、大きく打ち上げるようなトスが返ってくる。

 

 オープン攻撃。それはスパイクする人間の自由度が高い反面、ブロックのタイミングも合わせやすい諸刃の剣である。

 だが、葛城と鬼頭はそれを良しとした。

 小細工無しの真正面からの力勝負。それが最も勝率の高い戦い方だと理解していたからだ。

 

 全身のバネを使い、葛城が大きく跳躍する。

 それと同時、3年生チームの前衛2人も力の限り床を蹴った。

 

「フンッ!」

 

 唸る右腕。自由落下してくるボールの軌道が、恐るべき剛力によって強引に捻じ曲げられる。

 連続して轟く爆発音。一度目がボールを撃ち抜いた音。二度目がブロックを弾き飛ばした音である。

 一瞬のうちに極限まで加速させられたボールは、ネットから伸びた腕に激突し天高く舞い上がった。

 落下する先は、3年生チーム側後方のコート外。

 ブロックアウト。1年生チームの得点だ。

 最初から立ちはだかると分かっているのだから、そのブロック目掛けて力一杯撃ち込めばいい。

 そんな頭の悪い作戦を、葛城は己の持つパワーのみで成立させてみせた。

 

「まさか、これ程までとはな」

 

 痺れる右腕を見つめながら、堀北学がポツリと呟く。

 冗談のように鍛え抜かれた肉体。経験者顔負けの正しいフォーム。その二つが合わさった時に生み出される破壊力は想像以上のものだった。

 

「……面白い」

 

 意気込みを示すように、ぐっと右手を握り込む。

 未だ得点は1対1。勝ちを確信するには早過ぎるし、諦めるにも早過ぎる。

 何より彼は負けず嫌いだった。

 やられっぱなしで終わるようでは、3年Aクラスのリーダーが務まるはずもない。

 

「よーし、やっと俺の出番だな」

 

 次のサーブは1年生チーム。担い手は司城大河。

 同じ部活の先輩とデート中だった彼は、3年生とのスポーツ対決と聞いてすぐさまこの場へと駆け付けた。

 得意な球技でいい所を見せる。参加理由は俗物的だったが、しかし勝負に掛ける想いだけは負けていなかった。

 コントロールを重視したサーブが敵陣へと放たれる。

 

「わわっ」

 

 狙った先は、3年生チーム唯一の女子生徒である橘茜。

 パッと見の印象では、まず間違いなく彼女が最大の穴であると誰もが判断することだろう。

 だが、仮にも橘は3年間Aクラスを引っ張り続けてきた生徒の一人である。

 確かに得意としているのは頭脳関連の分野だが、それでも運動が極端に苦手という訳では無い。

 正面にきたボールを捌く程度は問題なくこなすことが出来る。

 

「よこせ」

 

 レシーブに乱れがないのを見届けてから、堀北学はセッターに対してそう短く告げた。

 ふわりと高く浮き上がるボール。それはまるで、先程1年生チームが行った攻撃の焼き回しのようであった。

 

 落下地点に悠々と移動し、高く跳躍する生徒会長。

 その正面に位置取りながら、葛城もまたタイミングを合わせて飛び跳ねた。

 

 堀北学の右腕が振り抜かれる。

 瞬間、葛城はボールを見失った。

 なんてことは無い。ただ会長がフェイントを行使しただけの事である。

 だが纏う気迫があまりにも真に迫っていたため、葛城はそれにまんまと引っ掛かってしまった。

 ブロックを粉砕しボールを水面へと叩きつける。そんな意思が、動作を終えた今なお葛城の全身に伝わってきている。

 直前まで本当に打ちつけるつもりだったのではないか。ボールが浮き上がったのは単なるミスなのではないか。

 そう錯覚してしまう程の強烈な威圧感。

 それはまるで、剣の達人が殺気だけで斬撃を誤認させる様を彷彿とさせるような絶技だった。

 

 押し出すように放たれたアタックが、葛城の頭上を越え背後へと落下する。

 葛城はもちろんのこと、他の誰もそれを拾うことは出来なかった。

 気づいてからではもう遅い。機動力の削がれる水中では縋り付くことさえ叶わない。

 まさに、全てが計算し尽くされた一打だった。

 

「……逃げた、という認識で宜しいですか?」

「そう思うのならそう思っておけばいい。それがお前の限界だ」

 

 小さな挑発を仕掛けるも動揺は皆無。

 力だけならば葛城が上回っているが、技術や戦略の面ではあちらが一枚も二枚も上手だった。

 くぐり抜けてきた修羅場の数が違う。そう言われているような気がしてならなかった。

 

「どんまいです葛城さん! 次ですよ次!」

 

 実力の差を実感し思わず俯きそうになる。

 その時、葛城の耳に励ますような声援が聞こえてきた。

 戸塚弥彦だ。彼は控えスタートの身でありながら、誰よりも早くその状況に一石を投じていた。

 飲み込まれそうになっていた雰囲気が瞬く間に霧散する。

 これは1対1の戦いではない。ましてや6対6の戦いでもない。

 それを葛城たちは改めて思い出した。

 

 ボールの位置は再び移り変わり3年生チームのサーブ。

 コートのギリギリに向けて放たれた威力のある送球を、1年生チームは何とか拾うことに成功する。

 それに先んじてレフト方向へと動き出していたのはエースである葛城康平。セッターの橋本に向けて目だけで合図を送る。

 

「任せたぜ大将」

 

 葛城を身体の正面に捉えながら、橋本が両腕を掲げ──。

 

「……なんつって」

 

 落下してきたボールを、真後ろへと流すように放り上げた。

 

「なっ……!」

 

 ミスではない。

 橋本がトスを上げた先には、すでに鬼頭が待ち構えていた。

 先ほど葛城がもぎ取った1点は、相手の心に強く印象付いている。

 それを橋本は利用した。

 ノールックでのDクイック。意表を突いた技ありの攻撃に、後出しでブロックが間に合うはずも無い。

 遮る物のない相手コートへ向け、鬼頭が冷静にボールを沈める。

 これで再びの同点。坂柳派の男子トップ2を務めるだけあり、そのコンビネーションは目を見張るものがあった。

 

「どうですか? これが1年Aクラスのチームワークです」

 

 最強の囮役を演じた葛城が、得意げに3年生たちに語り掛ける。

 

「俺の筋肉に目を奪われていたら、足元を掬われますよ」

 

 現在のスコアは2対2。

 戦いはまだ、始まったばかりである。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 3年生チームが得点すれば1年生チームが取り返す。

 1年生チームが得点すれば今度は3年生チームが取り返す。

 差を広げ。追いつき。追い越して。また並ばれる。

 一進一退の攻防。力と技術の拮抗が高いレベルで保たれたまま、試合は終盤戦へと突入しようとしていた。

 

 

「24対23。3年生チームのマッチポイントです」

 

 ついにここまで来た。否、来てしまったと言うべきか。

 幾度の選手交代を経て辿り着いた最終局面。それは3年生チーム側に有利なものだった。

 あと1点取られれば1年生チームの敗北。

 逆に1点取ってもデュースに持ち込めるだけ。

 その差は総合的な体力の差であり、集中力の差であり、そして粘り強さの差であった。

 実力を発揮する3年生と、実力以上を捻り出している1年生。

 それでも、終始試合を優勢に進めていたのは3年生チームの方だった。

 これが、2年間の積み重ねの差。

 学年の壁。

 経験の違い。

 

 だが、それが一体何だと言うのか。

 それで諦めきれるようなら、彼らは今この場に立ってなどいない。

 

「取り返すぞ!」

『おう!』

 

 葛城の声に全員が返事を張り上げる。

 意識を一つに纏め、今日一番の集中力を発揮する。

 ただ勝利するために精神を研ぎ澄ます。

 第二セットは存在しない。

 つまり、ここで全てを出し切る以外の選択肢など無いのである。

 

 サーバーの堀北学がポジションについた。

 一呼吸置いたのちに放たれたのは、高速のジャンプフローターサーブ。

 低空弾道のまま、ネットギリギリを掠め飛んでいく。

 

「オッケー!」

 

 刹那の判断でそう周りに伝えたのは司城だった。

 このサーブはすでに一度見ている。故に、司城はサーブに自ら向かうように一歩前進した。手元で大きく変化する打球は、アンダーよりもオーバーで処理した方が成功しやすいと理解していたからだ。

 その判断自体は正しかった。しかし見切れていない部分もあった。ボールの変化が、予想よりも少しだけ大きかったのだ。

 マッチポイントにもかかわらず、堀北学は安全性を取らずに攻撃的なサーブを選択した。

 その勝負強さが引き寄せた結果だった。ボールが手のひらに当たり、後方へと弾け飛ぶ。

 

「ま、だ、だああああ!」

 

 上空へと吹き飛んだボールの落下地点に向け、弥彦が全力で追い縋る。

 筋トレの成果に加えて途中参加ということもあり、その動きは機敏で無駄がなかった。

 膝を高く上げるような走り方で水中を爆走し、何とか降ってくるボールの近くへと辿り着く。

 最後は勢いそのままに思いっきり飛び込み、ネットのある方へとボールを無理やりに叩き返した。

 

 託された思い。見出された勝利への細い道筋。

 だが、それを繋ぐための3人目がその先には存在していなかった。

 距離的に一番近いのは葛城だろう。しかし、とてもではないが届かない。

 相手コートに返すことはおろか、着水前に指先を触れることすら不可能だ。

 必死に頭を回転させる。全てを解決する奇跡のような一手を考える。

 このまま負けるなんてごめんだった。個人戦ならまだしも、これは団体戦。一人だけ先に諦めていいはずがない。

 良く頑張ったで終わらせたくない。学年の差を理由に敗北を受け入れたくない。

 

 気づけば葛城は声を上げていた。

 背後にいる人物の名前を呼ぶ。

 熟考した末の答えではない。全て無意識のうちの行動だった。

 

「神室!」

「っ!」

 

 名前を叫ぶ。ただそれだけ。

 それでも、神室には葛城の考えがしっかりと伝わっていた。

 転ぶように前のめりになり、プールの底に両手と膝をつく葛城。その上を、神室が駆け抜けていく。

 最初の一歩で背中に乗り、次の一歩でバランスを取り、最後の一歩で三角筋を踏み抜きながら大きく跳躍する。

 水中の抵抗があっては実現不可能な、二人の力を合わせた世紀の大ジャンプ。

 斜めに飛びながら、神室は後方から飛来するボールを直接相手コートへと叩き込んだ。

 その行先も見届けぬまま水面に不時着する。

 慌てて起き上がり顔を出した。

 

 果たして結果は──。

 

 

「……よぉっし!」

 

 1年生チームが必死に繋いだボールは、3年生チームのコート上でぷかぷかと浮いていた。

 1年生チームの得点。これでデュースだ。

 まだやれる。

 まだ戦える。

 ここから逆転して劇的な勝利を掴み取る。

 1年生が3年生を負かすという、ジャイアントキリングを達成してみせる。

 そう誰もが意気込んだ。

 

 だが、もたらされる結果というのは、時に非情で残酷なものである。

 

「3年生チームの得点。よって25対23で、3年生チームの勝利です」

 

 坂柳の言葉に、1年生のほとんどがぽかんと口を開ける。

 試合終了を告げる笛の音。その意味が全く分からなかった。

 

「な、何でだよ! 俺たちの得点じゃないのか!?」

 

 そんな彼らの内心を代表するように、弥彦が怒涛の剣幕で食ってかかった。

 だが、それに対しても坂柳は冷静に事実を述べるだけだった。

 試合を公平に進める審判として、正しいジャッジをクラスメイトへと下す。

 

「葛城くんと神室さんが行ったコンビプレーは、アシステッド・ヒットという反則なんですよ」

 

 そういうことだった。

 種を明かせばなんてことはない。反則をしたから相手に点が入った。ただそれだけのことだった。

 例えば反則がなければボールを繋ぐことは出来なかったのだから、どちらにしろ敗北していたという事実は変わらない。

 それでも、納得出来るかと言われたらまた別の話である。

 最後の最後に反則負け。その事実を考えるとどうしてもモヤモヤは残ってしまう。

 それだけみんな真剣だったのだ。だからこそ起きてしまった事故とも言えるだろう。

 いつの日か必ずリベンジする。そう決意することで、彼らはどうにか心を平静に保とうとした。

 

 こうして、学年を超えたバレー対決は幕を閉じた。

 

 

 

 それからおよそ十数分後。

 とあるプールの一角で正座を強要され、ブクブクと泡を吹き出しながら沈んでいく男女の姿が観測された。

 その傍らにはとてもいい笑顔をした銀髪の少女がいたと囁かれているが、その真偽のほどは定かではない。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 Aクラスのみんなとプールで遊んだ日の夜。

 日課の筋トレを終え、シャワーでさっぱりしてから寝室に戻ると、そこで携帯の画面が光っていることに気がついた。

 何事かと確認する。どうやらチャットアプリにメッセージが届いていたようだった。

 受信時刻はほんの数分前。送り主は佐倉だ。

 

『明日綾小路くんや櫛田さんたちとプールに行くことになったんだけど、良ければ葛城くんも一緒にどうかな?(≧∇≦)/』

 

 あー、うん。そういう誘いかぁ……。

 プールに入場制限が無ければ喜んで行ってたんだけどなぁ……。

 タイミングだよなぁ……。

 

『すまん、今日すでに行ってしまったからもう行けないんだ』

『(´・ω・`)』

 

 いやごめんて。

 綾小路と櫛田がいるなら俺がいなくても何とかなるだろう。

 せっかくのプールだし、精一杯楽しんできてくれ。

 

『(´;ω;`)』

 

 だからごめんて。

 今度埋め合わせはするからそれで許してほしい。

 

 

 

 





1年生連合ならきっと勝てていたと信じたい。

スタメンに綾小路、高円寺、須藤、アルベルト、龍園、平田。
控えに神崎、柴田、石崎あたり。

うん、強い。Aクラス要らないレベル。

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