明るい筋肉   作:込山正義

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最近サブタイがシンプルですね。
1話のサブタイとか見返して何だお前ふざけてんのかってなりました。



体力測定

 

 体育祭を考慮してか、9月に行われる体育の授業は内訳の多くが自由時間に割かれている。

 得意なものを伸ばすも良し。弱点を克服するも良し。何に取り組むかは、その全てが生徒たちの意思に委ねられていた。

 体育祭が近くなればなるほど、自分の参加する種目──推薦競技ならばそれを重点的に練習する事になるだろう。

 しかし今日は初めての自由時間。出場する種目すら決まっていない状態。

 というわけで、坂柳以外全員強制参加での体力測定の時間だった。

 

「必要なものは教師から借りてきた。早速計測を始めよう」

 

 手に持った籠をみんなに見せつけるように掲げる。

 中に入っているのはストップウォッチ、スタートを合図するための旗、足を結ぶ紐、綱引きの綱、そして握力計である。

 綱引きで一番大事なのは体重だという話を聞いたことがあるが、もちろん握力も重要なファクターの一つだ。特に長期戦になった場合、握力の低下はフォームの崩れや連携の乱れを引き起こす最大の要因にもなり得る。

 本当は背筋力や脚筋力も測定したいところなのだが、計測器の貸出許可が下りなかったのだから仕方ない。持ち運ぶだけで筋トレになりそうだっただけに非常に残念だ。

 

「まずは一番手軽な握力測定から終わらせるか」

 

 籠から握力計を取り出し、一番近くにいた弥彦に手渡す。

 ちなみにデジタル式ではなくアナログ式だ。学校にはどちらのタイプも用意されていたが、俺の独断でアナログの方を選んだ。完全に個人的な好みの問題だった。

 

「葛城さん! まずは葛城さんからやって見せてくれませんか!?」

「……俺がか?」

 

 興奮したように言う弥彦に一瞬面食らう。

 元々やるつもりはなかったが、ここまでキラキラとした目で見られると断るのも憚られる。

 

「……まあ、いいが」

 

 筋肉鳴動。

 右手に握力計を持ち、思い切り握り込むことでひと思いに針を振り切らせる。

 続いて逆側。左手で同じように握り込むと、やはり同じように針の先は限界値である100の数字を示した。

 

「流石です! 葛城さん!」

 

 これが計測をやらなくていいと思っていた最大の理由。100キロから先が無いこの測定器だと、俺の握力を正確に測ることが出来ないのだ。

 また、体重や体型の面から見ても、俺が四方綱引きに出ることはほとんど確定していると言っていい。

 だから意味もなく筋力を自慢するような真似はするつもりがなかったのだが……まあ、ここまで喜んでもらえるならやった甲斐もあるというもの。パフォーマンスの一環だったと思うことにしよう。

 

「俺、片手でこれやる奴初めて見たわ」

 

 それは両手で握り込めば限界突破が可能ということだろうか。それとも片手で握っている間にもう片方の手で針を直接動かしたということなのだろうか。それによってだいぶ変わってくる気がするのだが。

 

「測定を終えたら数値の高かった者から順に一人ずつ、俺とタイマンで綱引きをしてもらう。その時の抵抗力を比較し、四方綱引きの選手を決定する」

 

 俺がそう説明すると、集団の中からスっと手が上がった。

 挙手をしたのは鬼頭隼。まだ数人しか測れていないため暫定になるが、彼は俺を抜けば握力測定で1番高い数値を叩き出していた。流石は坂柳の懐刀と言ったところだろう。

 

「葛城。その綱引きでお前に勝てば、問答無用で選手に内定ということでいいのか?」

 

 その言葉の意味を理解すると同時、俺は獰猛に笑っていた。

 筋肉に興味のあるクラスメイトたちは皆、俺の肉体を羨むか崇拝するか、あるいは神格化している。

 目標にすれど超えるべき壁としては認識していない。近づけたらいいとは願っていても、並び立てるとまでは思っていないのだ。

 ましてやこれから行うのは純粋な力比べ。

 俺のこの隆起した巨体を見て、自分の側に引き摺ってやろうと思える人間はそうはいない。

 しかしAクラスの男子たちの中で、鬼頭だけは例外だった。あの目は本気だ。俺の筋肉量を知っていながら、本気で俺に勝つつもりでいる。

 最初から諦めるのではなく、全力で俺の筋肉に挑んできてくれる。それが堪らなく嬉しかった。

 

「いいだろう。もしも綱引きで俺に勝てたら、リーダーの座もくれてやる」

「それはいらない。だが、負けるつもりはない」

 

 そうして始まった男子綱引き大会個人戦の部。

 鬼頭に感化されてやる気を漲らせたAクラスの男子たちを相手に、俺は怒涛の19連勝を成し遂げたのだった。

 

 

 

 ****

 

 

 

 握力計による握力測定、俺の肉体による引力測定を終えたら、次はストップウォッチを使って走力の測定に入る。

 ……と、最初は思っていたのだが、ここで少々予定を変更する。

 

 この場で調べておきたいのはあくまで足の速さの順番であり、短距離走のタイムそのものではない。

 故に、必ずしもストップウォッチを使用する必要はないのだ。

 一人一人順番に計測を行うとどうしてもその分時間が掛かってしまう。

 ならば、纏めてやってしまえばいい。そうすれば、体育の授業が終わるまでに問題なく計測を終えることが出来るだろう。

 限りある時間を有効活用するための、至極単純かつ明快な解決方法と言えた。

 

「位置についてー!」

 

 走者全員に聞こえるよう、大きく声を張り上げる。

 

「よーい!」

 

 旗は予め頭上高くに上げておき、タイミングを合わせて勢いよく振り下ろすことにする。

 

「ドンッ!!」

 

 それと同時、Aクラスの女子生徒19名が一斉に駆け出した。

 グラウンドの幅はかなりあるが、さすがに40人近くを十分な間隔を保たせて横並びにさせると窮屈な印象を与えてしまう。

 そのため男女を分けることにした。体育祭も基本は男女別で走るし、数少ない例外である混合二人三脚とリレーも参加人数は男女同数と決まっているため不都合はない。

 

 実際のところ、半分に分けても大人数であることには変わりない。

 だがその点も心配はいらない。なぜなら記録を取るのは坂柳だからだ。

 彼女ほどのスペックがあれば、ゴールラインを越えた順番を正確に見極めるなど造作もないこと。その数が20近くだろうと大した問題にはならない。

 

「……どうぞ。とりあえず、分かりやすいように上位者から順に名前を記しておきました」

 

 全員が走り終えたのを見届けてから坂柳の元へ駆け寄ると、19人分──計38個の名前が書かれた紙を手渡された。

 並べられた名前は左と右に分かれており、少しだけ順番が上下している箇所が見られる。

 

「左がゴールした順。右が大まかな走力順です。スタートの遅れや中盤での足のもつれ、ゴール付近での減速などを考慮してあります」

「そこまでしてくれたのか。助かる」

「いえ、このくらいは手間のうちに入りませんので」

 

 俺の方でも筋肉センサーによるポテンシャルチェックは行っていたが、それに坂柳の見立ても加わればより正確な情報を算出することが可能だろう。

 人を数値化した上で細かく順位付けするのは傲慢な行為な気がして少しだけ良心が痛んだが、同時に研究機関の極秘プロジェクトのようだと思い若干ながら興奮してしまった。

 なるほど、ホワイトルームの大人たちはこういう気持ちだったのだろうか。

 少年少女の潜在能力を計り、どうすれば最大効率で成長を促せるかを導き出す。

 考えれば考えるほど、教育とは奥の深い分野だと思い知らされるな。

 

「次は男子の走力を測定する。そちらのチェックもお願いできるか?」

「ええ、任せてください。直接的に役立つことは出来ませんから、せめてこういうところで貢献することにします」

 

 女子が走った後に男子が走る。これを1セットとして、インターバルを挟みつつ合計で3セット行う。

 正確なデータを取りたいならその分試行回数を増やす必要がある。だから頑張って走り切ってもらおう。

 なあに、本番で全力疾走する回数は1人3回どころではない。今のうちに慣れておいた方がいいに決まっている。

 

 そして始まる男共の集団疾走。

 正確なタイムは測っていないので分からないが、とりあえず100メートル走は俺がクラスで1番の成績だった。

 これが長距離だったり障害物があったりするとまた変わってくると思うが、やはり純粋な短距離走は筋力がものを言う。

 世界レベルの短距離陸上選手たちが全員もれなくマッチョなことからもそれは明らかだ。

 地面を蹴るのは脚の筋肉。それを補助するのは全身の筋肉。つまり、推進力とはすなわち筋力なのである。

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 体育の時間にも限りがあるため、残りの推薦競技の出場者を決める場は後日のホームルームに持ち越された。

 この時間は基本的に何をするのも自由。許可を取ればグラウンドを使うことも可能だった。

 しかし、体育の授業と一つだけ大きく違うことがある。

 それは、Aクラス以外のクラスも自由時間という点だ。

 

「葛城さん、あれ見てください!」

 

 弥彦の指さす方を確認する。そこにはいくつもの人影が存在していた。

 教室の窓からこちらを覗き見る生徒たち。場所から考えて、偵察を行っているのはBクラスとDクラスだけのようだ。2つのクラスの間に位置するCクラスからは生徒の姿が1人も確認できない。

 

「遅かれ早かれ探りは入れられるのは分かっていたことだ。焦る必要はない。堂々と手でも振ってやればいい」

 

 言いながら、俺は率先して大きく右手を掲げた。

 その行為は余裕を表すものであり、相手によっては煽っていると捉えられてもおかしくない。

 だが、BクラスもDクラスも何人かの生徒はこちらに手を振り返してくれた。あれは一之瀬と柴田、あっちは櫛田と平田だろうか。

 無視されたらそこそこ落ち込んでいたかもしれない。優しさが身に染みる。

 

「時間は有限ですよ。遊んでないで、やることをやったらどうですか?」

 

 坂柳の言葉を受け我に返る。そうだ、手振りから派生してポージングを披露している場合ではない。

 この時間は二人三脚のペア決めを行わねばならないのだった。

 

「ここに全員の名前を走力順に並べた表を男女別で用意してある。まずは上から2人ずつ。次は1人分離れた者とペアを組む。そうして何通りか試してみて、一番しっくりくる相手を見つけてほしい」

 

 身長や体重。脚の長さや歩幅。それに精神的な距離感。これらはいずれも二人三脚において走りやすさ──すなわち速さに密接に関わってくる大事な要素だ。

 だから安易に速い者同士で組ませればいいという訳ではない。

 その最たる例が俺だろう。

 俺は足は速い。だが身体が大きい。足が太く肩幅も広い。そのため組む相手は苦労する可能性がかなり高いと思われる。

 なんならペアを体重の軽い者にして、持ち上げるように走るのが正攻法かもしれない。

 ただ、それだと二人三脚ではなく二人二脚になってしまうのが問題だ。それでも大丈夫なのか、後で細かいルールを確認しておこう。

 

「葛城さん! 俺とペアを組んでくれませんか!?」

 

 そう言ってきたのは弥彦だ。

 彼の記録はクラス内で平均程度。だが力のこもった視線を見るに、どうしても俺と走りたいらしい。

 

「俺の順位は確認したな?」

「はい、クラス内1位です!」

「そうだ。つまり、誰よりも結果を出すことが求められる。それも中途半端な結果ではダメだ。たとえ誰が相手であろうと1位でゴールする。それくらいでなければ勝利は掴めない」

「はい!」

「そして二人三脚である以上、俺はそれをペアの人間にも強要する。……ついてこれるか?」

「はい! どこまでもお供します!」

「その意気や良し! 言っておくが、弥彦以上に合うペアがいたら俺はそちらを選ぶ。それは承知してくれ」

「分かっています! 葛城さんの足を引っ張るつもりはありません!」

 

 身体能力は大事だが、時にやる気はそれを上回ることがある。

 何より二人三脚はペアと呼吸を合わせるのが最重要。相手が弥彦ならその心配はないと、俺は確信していた。

 

「葛城さんの隣に相応しいのは俺だって証明してやりますよ!」

 

 燃える弥彦に感化され、こちらの気合メーターも上昇していく。

 自分の右足と弥彦の左足を紐で固く結んでから、俺たちは息を合わせてグラウンドへ駆け出した。

 

 

 

 

 

 そしてホームルーム終了間近。

 グラウンドの端で、弥彦は地面に両手両膝を突いて項垂れていた。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 その姿はまるで焼き尽くされた自分の村を見た主人公のよう。

 

「ウワアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 なぜ弥彦がこんなことになったのか。その理由はとてもシンプルなものだった。

 弥彦と走った時よりも、鬼頭と走った時の方が圧倒的にスピードが出てしまったのである。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 やる気や信念がいくらあったところでどうにもならない。

 それほどまでに、俺と鬼頭の相性は抜群だった。

 

「グエエエエエエエエエエエエエエ──ッ!」

「……いや、そろそろ落ち着いたらどうだ?」

「だって……だって葛城さん……俺が葛城さんの1番に……どうしても、なりたかったのに……!」

 

 そこまで深刻そうな顔をされるとこちらとしても申し訳なさを感じてしまう。

 ほら、近くにいる鬼頭も困惑している。普段は落ち着いていてあまり表情も変わらないのに、今はほんの少しだけオロオロしているように見える。

 手を抜いた方が良かったかもしれないと本気で考えていそうだ。

 鬼頭は何一つ間違ったことはしていない。が、そう思ってしまうのも無理はない。

 

「あああああああああああああああッ!」

 

 続いて聞こえてきた慟哭。

 それは弥彦のものではなかった。

 弥彦のすぐ横で弥彦と同じ体勢で項垂れる──西川が発したものだ。

 

「うわあああああああああああああッ!」

 

 なぜ西川がこんなことになったのか。その理由はとてもシンプルなものだった。

 西川と走った時よりも、神室と走った時の方が圧倒的にスピードが出たのだ。

 

「あああああああああああああああッ!」

 

 俺と密着すると筋肉に気を取られてまともに動けなくなる。

 それが致命的すぎた。

 

「ぐええええええええええええええ──ッ!」

「……西川も、そろそろ落ち着いたらどうだ?」

「だって……だって葛城くん……葛城くんの筋肉が……神室さんに独占されちゃう……!」

「いや、しないから」

 

 ここまで清々しいとこちらとしても心配する必要がなくて楽だ。

 欲望に素直すぎて神室も引いている。

 手を抜いた方が良かったに違いないと本気で考えている顔だ。

 しかし神室は何一つ間違ったことはしていないため、大人しく推薦競技に出場するしかない。

 

 俺としても、ペアが両方とも坂柳派の幹部たちになるとは思っていなかった。

 この結果を受け坂柳本人はどう思っているのだろうか。チラリと表情を確認してみる。何を考えているのか詳しくは分からないが、とりあえず笑みを浮かべているようだった。

 

 

 

 その後は借り物競争に出る選手を決め、推薦競技の出場者は全て確定した。

 ちなみに俺は借り物競争の選手にも選ばれた。

 足が速いという理由の他に、重い物を借りることになった時に俺なら苦労せず運べるだろうという意見が多数を占めていた。

 

 

 

 

 





力=質量×加速度
力=筋肉
質量=筋肉
加速度=筋肉

?????

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