明るい筋肉 作:込山正義
Dクラスとの合同練習回と偵察回。
無くても大丈夫だしむしろグダると思ったので全スキップです。
体育祭始まります。
時が流れるのは速いもので、気づけばその日はすぐにやって来た。
月が変わり9月から10月へ。
そう、待ちに待った体育祭の開幕である。
「Aクラスぅぅぅ──ファイ!」
『おおっ!!!』
全校生徒一同による行進。
藤巻先輩による開会宣言。
それが終わればすぐに競技が開始される。
最初の種目は100メートル走。ゴール付近には結果判定用のカメラが設置されており、誤審や曖昧な結論を絶対に許さない構えとなっていた。
学校側の本気度が窺える。正面から戦うことしか考えていない俺たちからすれば有難い限りだ。
走る順番だが、途中休憩を挟むまでの間は1年男子から始まり3年女子で終わり、その後は逆からという並びになっている。
加えてこの100メートル走、俺の走る組は1組目。
つまり、俺はこの体育祭全てにおける第1走者という訳だ。
これ以降全ての基準が俺の走りに懸かっていると言っても過言ではない。
体力は満タン。コンディションは最高。気合も十分。
さて、筋肉のお披露目といこうか──。
「葛城、テメェもこの組だったのか」
スタート地点に到着すると、すでに待ち構えていた須藤が戦意を滾らせながらストレッチをしていた。
須藤健。体育祭における1年Dクラスのリーダーであると同時に、俺の最大のライバルになり得る存在でもある。
「まさかいきなり当たるとはな。だが、こちらとしては好都合だ」
「ハッ、その余裕を今からぶち壊してやるよ」
団体戦で全勝するつもりである以上、個人成績で障害となるのは柴田や龍園よりもこの須藤だ。
綾小路や高円寺といった例外と、俺やアルベルトといった筋肉特化を除き、1年生の中で一番身体能力が高いと思われる人物。
そんな須藤と100メートル走で当たれたのは僥倖だった。ハードル走や障害物競走なら敗北が濃厚だったが、単純な走力だけの勝負ならば負けるつもりはない。
精神を研ぎ澄ませ、集中力を極限まで引き上げる。
意識を向けるのはピストルの音と己の肉体のみ。それ以外の余計な情報はなるべく排除するよう心掛ける。
構える。
その数秒後、合図が響いた。それと同時に筋肉を爆発させる。
加速。加速。加速。
思考は必要ない。最速で走るための正しいフォームは身体に刻み込まれている。
短距離走であるためペース配分もいらない。ひたすらに全力を尽くす。それが最高効率であり最適解だ。
見据えるのは正面のみ。ゴールだけを目指して走り抜ける。
そのまま100メートル地点を通り過ぎた俺は、そこで初めて結果を確認した。
俺のほんの少し後ろには須藤。その後方には残りの6人の生徒たち。
つまり、1位は俺が取ったということだ──。
「…………ふぅ」
無言で拳を掲げる。
俺の勝利宣言を受け、Aクラスの士気が高まるのが肌で感じ取れた。
初っ端で1位を獲得して流れを作る。その役目はしっかりと果たしたぞ。
「ダァーッ、ちくしょう!!」
俺の横で、2位で終わった須藤が悔しそうに叫んでいる。
そういえば、優秀選手に選ばれることが出来たら堀北から名前呼びの許可が下りるのだったか。
ならばこの態度も納得だ。しかし勝者が敗者にかける言葉などないため、俺は黙ってこの場から立ち去ることにする。
さて、改めて今のレースを振り返ってみる。
俺と須藤以外、1走目には目立って足の速い選手は存在していなかった。
おそらくAクラスとDクラスは同じ作戦を採用している。最初にエースを持ってきて、流れを引き込むというものだ。ポイントの食い合いを防ぐために、必然的にもう1人は走力の低いものとなっていた。
Bクラスは平均的な走力の者を二人当ててきた。これは第1走者には足の速い者が来ると予想しての事だろう。極端に足の遅い者を選ばなかったのは、他のクラスもそう考えた時に勝ちを拾えるようにするためだと考えられる。
問題はCクラス。Cクラスの第1走者は、偵察の情報や俺のセンサーを信用するなら、クラスで最も足の遅い2人が選ばれていた。まるで見せつけるかのような選出は、相手の出場順を把握している事実を示している。
それが果たして、須藤に対してのものなのか、あるいは俺に対してのものなのか。
原作通り、Dクラスの情報が洩れている可能性は高い。だがそれより注視するべきは、Aクラスの方はどうかということ。
この体育祭、もし仮に負ける可能性があるとすれば、それは出場順を把握された上でAクラスが狙い撃ちにされた場合のみ。だが同時に、情報が洩れても勝てる確率の高い、普通の特別試験とは一線を画した戦いでもある。
だから裏切り者対策は一切せず、出場表はクラス全員で共有した。
それで裏切り者の有無だけでも分かればいいと思っていたのだが……まあ、今の段階で判断できるはずもない。
リーダーが坂柳である以上あまり気にする必要はないのかもしれないが、それでも頭の隅に留めるくらいのことはしておいて損はないだろう。
思考を中断し、競技に意識を戻す。
全力疾走する集団を見てみれば、ちょうど弥彦が3位でゴールするところだった。
入学当初は運動が苦手だった弥彦だが、日々弛まぬ努力を重ねたことで、こうして上位陣に食い込むまでの力を手に入れた。
素晴らしい。人の成長を実感する瞬間というのは、いつも唐突で感動的なものだ。
俺は敬意と歓喜の念を込め、弥彦に力一杯の拍手を送った。
爆音が響き渡る。俺が上腕筋を鍛えたのは、今この時のためだったのかもしれない。
その後もレースは高回転で続き、次々と結果が積み上がっていった。
1位を獲得した生徒はAクラス以外だと柴田、神崎、龍園、アルベルト、平田の5人。その他の注目すべき生徒でいうと綾小路が4位。高円寺は原作通り不参加だった。
男子が終わればその次は女子の番。
1走目の神室は余裕の1着。その流れに続き、Aクラス女子は次々と高順位を獲得していく。
身体能力や運動神経の差は、男子よりも女子の方がより顕著だと個人的には考えている。スポーツに本格的に取り組んだことのない女子は、そもそもの走り方からしておかしいことが多い。
その点Aクラスの皆は問題ない。一人一人最適な走りができるよう、俺と坂柳で個別にフォームを矯正したからだ。
もちろん、他のクラスもそのくらいのことはしてきている。
だが向こうは、言い方は悪くなるが所詮はただの学生。一方こちらは筋肉のスペシャリスト。
特定分野における格の違いは、如実に結果へと表れていた。
そして最終の第10レース。
スタート地点に並んだメンバーを見て、生徒たちの間に僅かな動揺が走った。
目立つ生徒は3人。Dクラスの堀北と、Cクラスの矢島、木下である。
矢島と木下は陸上部所属の女子生徒であり、いわばCクラス女子のツートップだ。
その2人を同じレースに出場させる。龍園が堀北を狙い撃ちにしていることは明白だった。稼げるポイントを捨ててまでやるのだがら、その執念深さが窺える。
そのまま番狂わせが起きることもなく、そのレースは1位矢島、2位木下、3位堀北という順で終了した。
Aクラスとしては、死のグループとも呼べるこの第10レースに坂柳の枠を当てられたのは大きかった。
だが、まあ。
やはり。
「……見ていて気持ちのいいものではないな」
肩で息をする堀北を見ながら、俺は戦友たちと共に1年Aクラスの待機場所へと帰還した。
****
2年、3年が100メートル走を終えれば、すぐにまた俺たち1年生の出番がやってくる。
次の種目はハードル競走。
ハードルの数は陸上競技の規定と同じ10個であるが、この体育祭ではその他にいくつか独自のルールが採用されている。
まず、普通はハードルを意図的に倒したらその場で失格になってしまうが、今回の場合は失格にならない。その代わり、ハードルを倒したり触れたりするとペナルティが発生する仕組みとなっている。
ハードルを倒したら0.5秒、ハードルに触れたら0.3秒、ゴールしたタイムに加算されてしまうのだ。
実力が近い者同士の勝負でこの差は致命的。つまり、如何に速く正確にハードルを飛び越えられるかが重要となってくるというわけだ。
「よう、随分と調子がいいみたいだな」
スタート地点の近くで待機していると、後から来た龍園に後ろから声を掛けられた。
ハードル競争1年男子の部の1組目。どうやら龍園もそのメンバーのようだ。
「そっちこそ、さっきの100メートル走では1位を取っていたようだが?」
「ああ、周りが雑魚ばかりで助かったぜ」
1年男子100メートル走全10組のうち、龍園は強敵の存在しない、最も1位が取りやすそうな組に配属されていた。
その事から全クラスの出場表を把握している可能性を考慮していたが、続くハードル競走でこうして俺と当たっているとこから見るに思い過ごしだったか?
「前回の試験のように、わざと負けてくれる気はないのか?」
「生憎だが、その予定はないな」
「ククッ、まあいい。今回は、お前らAクラスには手を出さないでおいてやるよ」
1組目に出てきたのは、俺を相手にしても勝つ自信があるとも考えられる。
だが、負けるつもりがないのはこちらとて同じこと。早めに叩けるならばそれに越したことはない。
「狙いはあくまでDクラス、というわけか」
「さあな。自分の目で確かめてみたらどうだ?」
「悪いが、団体戦は全力で勝ちに行かせてもらうぞ」
「なに、やりようなんざいくらでもある」
俺に出来ることはただひたすらに全力で走り、100メートル走の時と同じように流れを作る。
それだけだ。
今は他のことを考える必要はない。
「──もしも被害がAクラスに飛び火するようなら、その時は覚えておけ」
そして始まったハードル競走。
この巨体故に苦手な部類に入る種目だが、練習の甲斐あってか何とかハードルを倒さずに走り切ることに成功する。
結果は僅差の1位。最後のハードルを飛び越えた後は流していたようだが、それまで龍園は俺と並んで先頭を駆けていた。
さすがCクラスのリーダー。知略だけでなく身体能力も優れている。
最初から分かっていたことだが、侮れるような相手ではない。
それからも止まることなく続く1年生によるハードル競走。
歩幅とハードルの高さを身体に覚えさせたAクラスは、ここでも男女共に好成績を連発していた。
柴田や神崎、平田などの実力者には敵わなかったものの、各々諦めずに必死に食らいつこうとしていた。俺は結果よりもその姿勢こそを評価したい。
ちなみに堀北だが、同じ組にはまたもや矢島と木下が出場していた。
****
「坂柳、結果はどうなっている?」
控え場所に戻った俺は、早速坂柳へと現時点での順位を確認した。
他のクラスはお互いの結果を報告し合い、ある程度の獲得ポイントを弾き出すのが関の山だろう。
だが
結果発表の時の緊張感は完全に失われるだろうが、それでも情報は大きな武器になる。
不測の事態に備えての作戦変更のみならず、モチベーションの維持にも役立ってくれることだろう。
「1年生の現時点での1位はAクラスですね。少し離れて2位がBクラス。僅差で3位がCクラス。最後にその少し下にDクラスです」
驚くほどに順調だ。
出来ればこのままのペースを維持して優勝を狙っていきたいところである。
「ちなみに2年生は1位から順にAクラス、Bクラス、Dクラス、Cクラス。3年生はAクラス、Cクラス、Dクラス、Bクラスの並びになっています。総合では赤組がやや優勢と言ったところでしょうか」
その言葉を聞き、Aクラスの生徒たちから歓声が上がる。
まだ序盤も序盤。喜ぶには些か早すぎる段階。
だがそれでやる気が向上し実力が出せるというのなら、いくらでも感傷に浸ってくれて構わない。
努力が実を結ぶ達成感は、何度味わってもいいものだ。
その達成感のために、これからも筋トレを続けていってほしい。
「ところで葛城くん、何か心配事ですか?」
筋肉センサーで皆のコンディションや怪我の有無を確認していると、坂柳がそんなことを問い掛けてきた。態度に出しているつもりはなかったがやはり分かるか。さすが天下のAクラスの正式なリーダーだ。
「まあ、少しだけな……」
「ああ、なるほど」
視線を移した先にはDクラスの集団。
その雰囲気はこちらと違いあまりいいものとは言えなかった。
順位が奮わず責任を感じている様子の堀北。そもそもその場にすらいない高円寺。その高円寺に怒りを顕にする須藤。その須藤の態度に怯えている多くの生徒たち。何とかみんなを纏めようと尽力する平田。同じく場を取り持とうとしているが実は裏切り者説が濃厚な櫛田。2つの競技で最下位を取らずに喜んでいる佐倉。何を考えているか分からない綾小路。
こうして見ると、Dクラスの待機場所は中々に混沌と化していることが分かった。
「あなたはAクラスのリーダーなのですから、他のことに気を取られて無様を晒す──なんてことだけはやめてくださいね」
「……分かっているさ」
そう、分かっている。
龍園の策も。
櫛田の裏切りも。
それによって齎される結果さえも。
──全て……知っている。
「Aクラスを勝利に導く。そのことだけを俺は考える。……だから、もしもの時は助力を頼んでもいいか?」
「ええ、まあ。確約はしませんけど」
堀北は被害を受ける。
だが、それによって彼女は成長する。
過程は気持ちの良いものとは言えないが、それでも最終的にはプラスに繋がる。
それを分かっているから、俺はDクラスの現状を見て見ぬふりをすることを決め込んだ。
最悪の場合だけ介入できるよう、最低限の準備を心掛けながら。
種目の多さ的に結果の羅列になりそうなのは申し訳ないです。
場面転換も多くて読みにくいかも。