明るい筋肉   作:込山正義

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強敵との激突

 

 100メートル走、ハードル競走という二つの個人競技を終えれば、本日初となる団体戦の時間がやってくる。

 種目は棒倒し。参加するのは男子のみ。40人と40人の真っ向勝負。

 それだけで、これから起こる戦いの規模が分かるというものだ。

 

「お前ら絶対勝つぜッ! 高円寺のアホがいない分気合入れろよ!」

 

 赤組を鼓舞するように須藤が叫ぶ。

 そうか、やはり高円寺はいないのか。つまり実際には39人対40人。

 最強戦力の一角が不在なのは大きいが、しかし穴埋め出来ないほどではない。

 Dクラスと合同で練習を行った際も、高円寺抜きで作戦を立てていた。

 数の不利は筋肉とチームワークで補えばいい。

 

「この中には走るのが苦手な者もいただろう。だが安心しろ。棒倒しで必要なのはスピードよりもパワーだ。お前らの力で敵を蹂躙してやれ!」

 

 須藤に続き士気を上げるための声掛けをすれば、元気のいい返事が地を震わせた。

 走って競い合うだけの陸上競技と違い、こちらはどうしても肉体的な接触が発生する。

 大事なのは気合と根性。すなわち恐怖に打ち勝つための精神力。

 この一瞬だけは優しさや躊躇いを捨て、全力で暴れる方が結果には繋がりやすい。

 もちろん、ルール違反をしない程度にという注釈は付くわけだが。

 

「葛城、先手は俺たちが貰っていいか? つーか貰うぜ?」

「……いいだろう。こちらの棒は一切傾かせるつもりはないから、後ろを振り返らず力の限り暴れ回ってくるといい」

 

 100メートル走での敗北。不甲斐ない仲間たちへの不満。高円寺不参加への怒り。それらが積み重なり、かなりフラストレーションが溜まっている様子の須藤。

 

「まあ心配すんなよ。俺一人でも相手をぶっ倒してきてやるからよ」

「……人じゃなくて棒を倒してくれよ?」

「保証はできねーな」

 

 綾小路の言葉にも聞く耳を持たず、相手に向け中指を立てている。

 それはスポーツマンシップ的に良くないと思う。だから今すぐにやめなさい。

 

「うへぇおっかね。距離とっとこ」

 

 敵だけでなく味方をも恐れさせるとか、それはもう手網から解放された暴走馬と変わりない。白組防衛のメンバーには黙祷を捧げておこう。

 

「というわけで1回戦目。我々Aクラスは防衛を担当することになった」

 

 AクラスとDクラスで完全に攻守を分ける。それが赤組が最終的に導き出した結論だった。

 攻撃側を少数精鋭にしたり、戦力を均等に割り振ったりと色々試してみたが、やはりクラスで纏まった方が気持ち的にやる気になれるようである。

 モチベーションが上がり連携も取りやすい。加えて練習も行いやすいとなれば採用しない理由はなかった。

 と言っても予備のフォーメーションを用意していないわけではない。

 もし仮に1回戦目で大敗を喫した場合に備え、他に幾つかのパターンを控えさせてある。

 

「俺たちが防衛を続ける限り負けることはない。1時間でも2時間でも守り抜いてやる。そのくらいの気概を持っていくぞ!」

『オオッ!!』

 

 程なくして、試合の開始を告げる合図が鳴り響いた。

 こちらに攻め入って来るのはCクラスの生徒たち。どうやら赤組と同じように、向こうもクラス単位で攻守を分けているようだ。

 

「敵はCクラスだ、予定通り行くぞ! 俺がアルベルトを止めるから鬼頭は龍園をマーク! 全体の指揮は橋本に任せた!」

「了解」

「任せろ」

 

 怒涛の勢いで突撃してくるCクラスの軍勢。

 その中で一切目立つ巨漢に向かって、俺は真正面から突っ込んだ。

 

「さあ、力比べといこうか」

「…………」

 

 俺の宣戦布告に対し相手は無言。しかし燃えるような闘志とひりつくような威圧感はしっかりとこちらまで伝わってきた。

 両手を前に出し、がっしりと組み合う。

 ここからは小細工なしの純粋な力勝負。知略も技術も必要ないただの押し合い。

 すなわち、学年一の力自慢を決めるための決闘である。

 

「おおおおおおぉぉぉ──!」

 

 雄叫びを上げながら全身の筋肉をフル稼働させる。

 腰を落とし、大地を踏みしめ、目の前の強敵を押し返すことだけに全力を注いだ。

 

 ぶつかり合う力は──完全に互角。

 お互いのパワーが拮抗しているのか、俺とアルベルトの位置は最初の地点から全く動く気配を見せなかった。

 そのまま暫く。長い膠着状態が続いた。

 

「…………」

 

 恵まれた体格に慢心することなく、日々精進を重ねているのだろう。

 アルベルトの全身を覆う研ぎ澄まされた肉体からは、不断の努力が見え隠れしている。

 

 しかし、ここで引くわけにはいかない。

 俺が負けたら赤組の敗北がほぼ確定するというのもあるが、これはもっと個人的な理由だった。

 己の中にある自負を証明する。そのためには、たとえ誰が相手であろうとも筋肉の競い合いで負けるわけにはいかないのだ。

 

 お前の努力は理解できる。

 筋肉を愛していることも伝わってくる。

 

 だが……。それでも……。

 

 ──世界で最も筋トレに励んでいる人間はこの俺だ。

 

「おおおおおお……」

「!?」

 

 今の俺ではアルベルトには勝てない。

 ならば、今ここで限界を超えればいいだけの話──! 

 

「おおおおぉぉぁぁあああああああああああ──ッ!!」

 

 やがて、少しずつ──本当に少しずつだが足が前へと進み始める。

 摩擦力には静止摩擦力と動摩擦力が存在し、前者よりも後者の方が力が小さいという事実は覆ることのない絶対の理だ。

 つまり、一度動かしてしまえば後はどうにかなるということ。

 押し負けぬよう、今出せる力の全てを常に加え続けながら、一歩一歩止まることなく前進していく。

 

 このまま白組の陣地まで押し込む。そのつもりで進撃を続けた。

 

 その途中。

 アルベルトとの接触から数分が経った頃合いで、不意に試合の終了を告げる笛の音が聞こえてきた。

 アルベルトとの激戦を中断し、慌てて顔を上げる。

 白組の陣地を見れば、巨大な棒が地面へと倒れ伏していた。

 一方で赤組の棒は僅かたりとも傾いていない。

 

 そう、俺たち赤組は1回戦目を勝利で終えることができたのだ。

 AクラスとDクラス、両方の生徒たちから莫大な歓声が上がる。

 

「You have great muscle.」

「ああ、お前の筋肉も見事だった」

 

 アルベルトと固い握手を交わしてから、俺はAクラスの皆が待つ赤組陣地へと帰還した。

 

 

 

 

 続く2回戦。

 この棒倒しは先に2本取った方が勝ちというルールのため、今はこちらが王手を掛けた状態。

 このまま連勝し、最終戦にもつれ込むことなく試合を終える。そのためには、1回戦目と同じフォーメーションで1回戦目と同じように勝ちに行くのが手堅い作戦と言えた。

 

「須藤、2回戦目は攻守を入れ替えたいのだが……」

 

 しかし、俺はDクラスにあえてそう提案した。

 

「あ? 何でだよ。勝てたんだからそのままの方がいいだろが」

「確かにそうだ。だが、Aクラスには攻撃が好みだという者が多数在籍している。彼らにも活躍の場を与えたい」

「いや、言いたいことは分かるけどよ……」

 

 力の限り暴れ、自らの手で勝利を手繰り寄せたい。そう考えるのは何も須藤だけではない。

 

「なら、須藤も攻撃側に参加する──というのはどうだ?」

「そうすると、守りが薄くなっちまうんじゃねえか?」

「問題ない。代わりに俺が防衛に回る」

 

 今の俺はアルベルトと全力で戦えてかなり満足している。仲間に見せ場を譲るくらい笑顔で受け入れよう。

 

「……先に言っとくが、連携とかは取れねえぞ?」

「構わないさ。それで負けるほど俺たちはヤワじゃない」

 

 それに須藤。お前は1回戦の時も連携とか考えてなかったではないか。

 

 直立した棒のすぐ真横。最終防衛ラインで構えを取る。

 程なくして、2回戦の開始を告げる合図が響いた。それと同時、お互いの陣営が弾かれるように進軍を開始する。

 

 こちらに向かってくるのは──Bクラスの戦士たち。

 

 どうやら向こうも攻守を入れ替えてきたようだ。

 

「平田は柴田を、三宅には神崎のマークを頼めるか?」

「ああ」

「分かったよ」

 

 調子に乗って指示を出してしまったが、二人は嫌な顔一つせず頷いてくれる。

 万全を期すためにも、Bクラス男子の最警戒対象である神崎のマークは綾小路に任せたいところだったが、目立つ行動を強要するわけにもいかないので仕方ない。

 代わりと言っては何だが、俺と一緒に最終防衛ラインに当たってもらうことにする。なあに、少しくらい綾小路が本気を出したところで、俺の筋肉が限界突破したという言い訳が立つ。

 混戦になれば周囲に異常性が露呈することもない。実力を隠したまま実力を発揮するための完璧な作戦と言えた。

 

「……なんだ、来ないのか?」

 

 緊張の面持ちで待ち構えていた池が不思議そうに呟く。

 最初こそ勢いよく突っ込んで来たように見えたのに、目標に近づくにつれて彼らの動きが段々と失速していったのだ。

 少しして攻撃は仕掛けてきたものの、その姿はどこか迫力に欠けている。

 Cクラスのような怖さはない。露骨にならない程度に真面目に競技を行っている風を装っている。そんな印象を受けた。

 

「……どういうつもりだ?」

 

 勝つつもりがないような攻めでこちらの牙城を崩すことなど出来るはずもなく、やがてAクラスに須藤を加えた火力部隊が白組の棒を倒したことで勝敗は決した。

 引き上げていくBクラスの面々。その表情は、言っては何だがあまり悔しさそうではない。まるで初めからこうなることが分かっていたかのようだ。

 あのBクラスが真剣に競技に取り組まないなどありえない。そんな前提があったからこそ、この態度には困惑するしかなかった。

 

「──ってぇなくそが! 反則だろうが!」

 

 と、そこで、向こうの陣地から何やら怒りの声が轟いてきた。

 戦いは終わったというのに、まだ何やら言い争っている様子だ。

 

「クク、よかったな。お前らの勝ちだぜ?」

「テメェ覚えてろよ!? 後でぜってーぶっ飛ばす!」

 

 とりあえず、人垣に紛れて龍園が須藤に対して何かをした、というのだけは把握できた。

 

「すまない、こちらも動きを止められていた」

 

 龍園の監視の任に就いていた鬼頭が申し訳なさそうに謝罪してくる。

 そうか、須藤を煽るためだけにそこまでしてくるのか。

 鬼頭の足止めに人数を割いたからこその早期決着。勝ちを目指していないにしても、ここまで露骨だと狂気さえ覚える。

 

 その矛先が自分たちに向いたらと思うと確かに恐ろしい。物理的にではなく精神的に。

 

 彼の性格や生き様自体は嫌いではない。

 が、敵として存在していると考えると、思わず嫌いになってしまいそうなほどに厄介だった。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

「すまない一之瀬、やはり勝てなかった」

 

 1年Bクラスの待機場所へと戻る途中、神崎は男子を代表して頭を下げた。

 

「あはは、あれは仕方ないよ。たとえどの組み合わせだったとしても、Aクラスが所属する側の組が勝ってたんじゃないかな?」

 

 Aクラスに異常なまでにパワータイプの人間が揃っていることは、体育祭が始まる前から分かっていたことだ。

 初めからDクラスを狙い撃ちにすると決めているCクラスや、同じ組に配属されたDクラスと違い、Bクラスは幾度もの偵察によってAクラスの力量を正確に把握していた。

 結果はご覧の通り。

 平均能力の高いBクラスや血の気の多いCクラスも、純粋な力勝負となるとやはり分が悪かったようだ。

 

「そんな顔しないしない。男子が負けたら女子が取り返せばいい。それがチーム戦ってものでしょ?」

「……ああ、そうだな。不甲斐ない俺たちの分まで頼む」

「ふふん、任せてよ」

 

 グッと力こぶを作りながら、一之瀬は皆を安心させるような笑みを浮かべた。

 見栄や虚勢ではない。それは自信に裏付けされた表情だった。

 

「確かに赤組は強敵だよ。Aクラスは一学期から筋トレがブームだったからね。相手の土俵での戦いと言っても過言じゃないと思う」

 

 次の競技の準備に入っている──赤組所属の1年生女子集団。

 

「でも……」

 

 彼女たちを見据えながら、一之瀬は言う。

 

「実際に筋トレをしている男子と違って、女子は見る専門の子が大多数なんだよね」

 

 もちろん、部活を行っている生徒や狂信的な信者などは例外だ。

 体育祭の決定に伴い、新たに筋トレを始めた者もいる。しかしその場合、使えた時間はたったの1ヶ月。それでは筋肉は十分に育たないし馴染まない。

 

「絶望的な差じゃなければ、後は練習量とチームワークで埋められる」

 

 この1ヶ月、1年Bクラスの女子たちは団体戦の種目を中心に、逆に男子たちは個人戦の種目を中心にして練習を重ねてきた。

 ポイントを稼ぐための役割分担。

 先程の棒倒しだって、そのために本気を出していなかった。

 

「それじゃあ──」

 

 戦いで手を抜くことを嫌う者もいるだろう。むしろBクラスにはそういう生徒たちが集まっている。

 だが勝利のためならと納得し、彼らは甘んじて屈辱を受け入れた。

 全種目満遍なく練習するのではなく、勝ちを拾える種目に特化する。負けが確定している試合では、下手に体力を使わず怪我のリスクを極力抑える。

 

「作戦通り、勝ってくるね」

 

 本気で勝ちを目指しているからこそ、1年Bクラスは常に全力という姿勢を選択しなかったのだ。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 団体戦。男子限定の棒倒しが終われば、その後すぐ女子による玉入れが開始される。

 その光景を、俺たち男子は次の綱引きの準備を行いながら遠巻きに眺めていた。

 

「おい、なんだよあれ……」

 

 その戦いは、予想していたよりもかなりハイレベルなものだった。

 俺たち赤組は玉を集める者と放り投げる者に分け、効率的に籠へシュートを決められるよう連携を取るようにしている。

 それは白組も同じようで、あちらも全く同じ作戦を採用していた。

 問題はその質。こちらも練習は繰り返し行っていたはずなのに、向こうの方が籠が埋まっていくスピードが速かったのだ。

 

「上手すぎるだろ……」

 

 Cクラスの女子が反発することなく玉集めに協力していることにも驚きだが、やはり注目は1人の女子生徒へと吸い寄せられる。

 白組シューター全5人のうちの1人。視線の先で、Bクラスのリーダーである一之瀬帆波がダントツの得点率を叩き出していた。

 足元に集められたボールを複数纏めて抱え、押し出すように放り投げる。

 その動作を素早く繰り返すだけで、白色の玉が恐るべきペースで積み上がっていく。

 ひとえに、一之瀬の投げる玉が一球も外れていないのが理由だった。

 

 他の者は投げるタイミングを合わせ、玉が籠の上空を通り過ぎるのをなるべく防げるよう心掛けている。

 だが一之瀬だけは違う。絶対に外さないという自信があるからなのか、あえて仲間とタイミングを外しながらシュートを放っていた。

 

 やがて、白組の玉が残り4球になる。

 それを託されるのは──もちろん一之瀬。

 数多の視線が見つめる中で彼女はシュートを放ち──そして見事に決めた。

 それはまるで、NBAのトッププレイヤーが放つ3ポイントシュートのように美しかった。

 

 試合終了を告げる笛の音が響く。

 こうして時間切れによるカウントを行うまでもなく、その勝負は全80球を籠に入れきった白組の勝利で決着したのだった。

 

 

 

 





真面目で努力家な一之瀬さんはたぶん筋トレくらいしていると思う(偏見)
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