明るい筋肉   作:込山正義

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騎馬戦!

 

 障害物競走1年女子の部1組目。そこで本日最大となる事件は起きた。

 男子の最終レース──須藤対柴田のデットヒートを見て気分が高揚していたのも束の間の出来事だった。

 

 その組にいた注目選手は木下と矢島。そして堀北。

 100メートル走でもハードル競走でも見たこの組み合わせが、龍園の仕込みであることは今更疑うまでもない。

 

 スタートと同時、本職の陸上部である2人が一気に前へと抜き出た。

 しかしこれは障害物競走。単純な走力だけで勝負が決まるほど単純ではない。

 クラスから勝利を期待されている堀北は、何とか負けじと2位を走る木下に食らいつこうとした。

 平均台で距離を詰め、網くぐりで横並びになり、頭陀袋で追い抜く。

 走力で負けていても勝とうとするその姿勢。実際に逆転してみせる高い身体能力は尊敬に値する。

 しかし最後の50メートル走。堀北は全力疾走しながらもチラチラと後ろを振り返っていた。

 1位の矢島ではなく3位の木下を気にする理由。それは木下に自分の名前を呼ばれているからに他ならない。

 ここからでは声を聞き取れないが、木下が不自然に口を動かしているのは確認できた。唇の動きを見れば、確かに堀北と言っているような気がする。

 背後に気を取られた状態で満足な走りが出来るはずもなく、堀北は瞬く間に木下に追いつかれてしまう。

 抜き去ろうとする木下。抜かれまいとする堀北。密接するほどの距離になった2人は、次の瞬間絡まるようにして共倒れになった。

 ああ、なるほど。これは確かに知らないとただの事故にしか見えない。

 それほどまでに木下の接触の仕方は上手かった。龍園の指導の賜物といったところだろう。

 ハプニングに見舞われた2人はそのまま次々と後続に追い抜かれ、堀北は7位、木下は続行不可能ということで最下位に終わった。

 命令だったとはいえ、他人を意図的に転ばせる行為は褒められたものではない。だが、この後龍園自らの手によって足を踏み抜かれ、体育祭に参加できないほどの大怪我を負わされることを考えると、同情を覚えてしてしまうのもまた事実だった。

 

 Cクラスの方針に文句を言うつもりは今のところない。

 だが大事になるようならその時はDクラスの味方として介入することも視野に入れよう。

 幸いなことに、転倒事件が起きた際に4位を走っていたのはAクラスの生徒だった。

 遠くからでは分かりにくくとも近くにいたなら話は別。判決を覆すのに十分な証拠となるはずだ。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 続く二人三脚を圧倒的な1位で終えれば、10分間の休憩の後に全員参加種目の目玉競技である騎馬戦の時間が到来する。

 競技順は一時的に逆転し3年女子から。上級生たちの戦いが終わると俺たち男子よりも先に女子の戦いが幕を開ける。

 騎馬戦のルールは男女共に同じで時間制限方式。3分間の間に倒した敵の騎馬と残っていた仲間騎馬の数に応じて点数が入る仕組みだ。

 点数の割り振りは1つの騎馬あたり50点。各クラス1騎馬だけ存在する大将騎は100点。これは生き残ってもハチマキを奪っても入る点数であり、文字通り一騎当千が可能なルールと言えた。

 問題のその騎馬であるが、4人1組で各クラス4騎選出されることになっている。

 そう、4騎。つまり、坂柳不参加によるディスアドバンテージが発生しないということだ。

 ルールをきちんと確認する前は全員参加するものだと勘違いしていた。全員参加種目と謳っておきがら補欠が出る前提の人数配分なのは今でもどうかと思う。

 だが、これはAクラスにとっては僥倖だ。条件が対等なら、きっと勝利を掴み取ってくれるに違いない。

 玉入れ、綱引きと2連敗した女子たちは、この騎馬戦は何が何でも勝つと意気込んでいた。

 その心意気が結果にどう関わってくるのか、リーダーとしてしかと見届けさせてもらおう。

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 試合の合図と共に赤組の騎馬は2つのグループに分かれた。

 1つは守りを主体とするグループ。大将騎馬2つを含む5騎の集団は、競技線の端まで寄り徹底的にハチマキを守り抜く態勢を整える。前3後ろ2の陣形。ハチマキを奪わずとも得点が入るルールではかなり効率的な作戦と言えた。

 だが、守っているだけではたとえ負けずとも勝ちは拾えない。

 そのための攻めのグループがもう1つの3騎の集団だ。騎手を務めるのは神室、西川、そして堀北である。

 

「どいたどいたァ! 死にたいやつから掛かってきやがれェ!」

 

 相手が何かしらの作戦を実行するより先にとにかく突っ込む。そうすることで強制的に後手に回らせ、一時的にでも戦いの主導権をこちらで握ろうとする。

 

「狙うはBクラスの大将騎馬のみ! それ以外はお呼びじゃないんだよぉ!」

 

 先頭を駆ける西川は、キャラ崩壊を起こしながら敵の騎馬の1つを崩壊させた。

 言葉遣いを荒くして相手を威圧するのは有効な手段ではあるが、それにしたって迫真すぎる。その表情には鬼気迫るものが宿っていた。まるで敗北が死に繋がる戦国時代の将軍のようだ。

 

「帆波ちゃんの元へは行かせません!」

 

 しかし、その程度で怯む白組ではない。

 一之瀬が陣営の支柱であることは両軍が認める事実。そんな彼女を守るように、Bクラスの2つの騎馬が盾として西川の目の前に立ちはだかった。

 

「大将の首が獲りたかったら、まず私たちを倒してからにしてください!」

「帆波ちゃんには指一本触れさせないよ!」

 

 それを見た西川は一之瀬への特攻を一度諦め、ゆっくりと騎馬の速度を緩めて立ち止まった。

 

「誰が相手でも絶対に勝つ。そうしないと、申し訳なさ過ぎて男子に顔向け出来ないからね!」

 

 こうして、1つ目の戦いがフィールドの中央付近で始まった。

 

 

 

「あっちはあの子に任せて、今のうちに回り込もうか」

 

 西川の背中を追っていた神室は、正面での開戦を見るや否やルートを変更し側面から一之瀬へ近付こうとした。

 

「通すと思う?」

 

 しかしそこに邪魔が入る。

 立ち塞がったのはCクラス。伊吹が騎手を務める騎馬だった。

 

「意外。まさか一之瀬を守ろうとするなんてね」

「勘違いしないで。私は別にあいつを守ろうとなんてしてない」

 

 神室の言葉に、伊吹は眼光を鋭くする。

 

「ただ、あんたを野放しに出来ないだけ。だから堀北のことは他の奴らに任せて、私だけはここに来た」

「ふーん……」

 

 どうでもよさそうに応える神室。

 

「でも──」

 

 その視線が、少しだけ横にずれた。

 

「そのお仲間さんとやら、もうやられそうになってるけど?」

「……は?」

 

 思わず、堀北の方を見てしまう。

 彼女の手には2本のハチマキ。3騎で囲む手筈だったはずなのにすでに戦況は1対1へと移り変わっていた。

 最後の1騎が落ちるのも時間の問題だろう。

 

「!? ──チッ!」

 

 と、そこで、伊吹は自分の頭に腕が伸ばされていることに気がついた。

 慌てて払い除ける。何とかハチマキを奪われることは防げたが、もう少し反応が遅れていたらやられていたかもしれない。

 

「不意打ちとはやってくれるじゃない」

「余所見する方が悪いんでしょ」

 

 叩かれた手を擦りながら、神室は僅かに距離を取り騎馬の体勢を整えた。

 

「これ以上負けたら、坂柳に何されるか分かんないんだよね。だから大人しくやられてくれない?」

「それは無理。負けられない理由があるのは、こっちも同じだから」

「……お互い大変ね」

「うるさい。変な仲間意識持たないで。私はあんたとは違う」

 

 坂柳に嫌々従う神室と龍園に嫌々従う伊吹。

 2つ目の開戦は、奇しくも似た者同士での争いとなった。

 

 

 

 

「いやー、すごいね堀北さん。今のどうやったの?」

 

 賞賛と警戒を織り交ぜた声が投げ掛けられる。

 Cクラスの3騎を圧倒的な技術で捩じ伏せた堀北は、早くも一之瀬の元まで辿り着いていた。

 

「悪いけれど、お喋りをしている暇はないの」

「つれないなぁ。まだ時間はたっぷり残ってるよ?」

 

 距離を詰めようとする堀北に対し、一之瀬は常に間合いを取る戦い方を選択した。

 堀北がハチマキを奪った時のあの動き。あれは武術経験者特有のものだ。

 何の武術を習っていたかは、知識のない一之瀬では判断が付かない。

 だが、不用意に近づいたらやられる。それだけは感覚で理解していた。

 

 ──うーん、ちょっとやばいかなぁ。

 

 陣営の最奥に構えていた一之瀬は、全ての戦況を正確に把握していた。

 それ故に分かってしまう。この戦いは、現時点で白組が圧倒的に不利だということを。

 

 ──伊吹さんのとこは互角。千尋ちゃんたちのとこは押され気味。大将騎を狙おうにもそんな余裕はない、か……。

 

 自分の方も防戦一方だ。堀北の動きには隙がなく、はっきり言ってハチマキを奪えるビジョンは浮かばない。

 しかしどこかの加勢に向かうためには、必ずこの壁を突破しなくてはならない。

 逃げてばかりでは、状況は更に悪くなる一方だ。

 

 ──ふぅ……。勝つためには、勝負に出るしかないよね。

 

 幸い、堀北は攻めを続けてくれている。

 時間まで逃げに徹されたら勝ち目はなかったかもしれないが、これならまだチャンスは残されている。

 

「みんな、行くよ!」

 

 一之瀬の指示を受け、騎馬の動きが急激に反転する。

 逃げから攻めへ。慣性を無視したような予想外の動きに、堀北が一瞬だけ面食らう。

 

「くっ……!」

 

 一定の間合いを保っていたお互いの距離は一瞬でゼロへ。

 隙を見逃さずに素早く伸ばされる一之瀬の右手。やや遅れて、堀北も同じように右手を伸ばした。

 交差しクロスを描くお互いの利き腕。

 一之瀬の手は空を切り、堀北の手はハチマキを掴み取っていた。

 右手が到着するのは一之瀬の方が早かった。しかし堀北は首を捻り、紙一重のところでそれを躱していた。

 リーダー同士の戦いが一瞬のうちに決着する。

 

「……あー、やられちゃったかー」

 

 一之瀬は悔しそうに呟いた。

 一方の堀北は安堵の表情を浮かべている。

 先程の障害物競走での転倒で、堀北は足に怪我を負っていた。まだ競技はいくつか残っているが、とても出られるような状態ではない。

 つまり、堀北にとってはこの騎馬戦が最後の見せ場だったのだ。

 追い詰められた獣が火事場の馬鹿力を見せるように、堀北は残っている力を全てこの騎馬戦へと注いでいた。

 それがあの一騎当千へと繋がった。今までの競技では不甲斐ない結果しか残せていなかったが、初めてクラスの役に立つことが出来た。

 これ以上は無理をしても迷惑を掛けるだけ。あとは、他のみんなに任せるとしよう。

 

「どうやら、他の戦いも終わったようね」

 

 堀北がフィールドを見渡す。

 そこにはハチマキを掲げ雄叫びを上げる西川と、お互いに相手のハチマキを持って睨み合う神室と伊吹の姿があった。

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 1年騎馬戦女子の部は赤組の大勝に終わった。

 見ているだけで血肉が踊るような素晴らしい戦いだった。男子もこれに続かなくてはなるまい。

 

「おい平田。お前はハチマキを奪われないこと、そんで落ちないことだけに集中しろ」

「……例の作戦を使う、ってことだね?」

「ああ。棒倒しでも綱引きでも散々やられたからな。容赦しないで勝ちに行く」

 

 試合には勝っていても須藤はだいぶムカついてはいる様子。

 その鬱憤をこの騎馬戦で晴らそうという腹積もりなのだろう。

 

「っしゃあ! 行くぞオラァ!」

 

 試合開始と同時に集まる赤組の騎馬たち。

 その集団から飛び出す2つの騎馬があった。平田を騎手とする須藤主体の騎馬と、鬼頭を騎手とする俺主体の騎馬。どちらもクラス内最高戦力の騎馬である。

 

「狙うはクソ龍園の首一つ! 邪魔するやつは皆殺しだぁ!」

 

 攻撃と防御に分かれる戦術は女子の方と同じ作戦だった。

 一騎当千を前提とした特攻部隊の編成。飛び抜けた戦力を保有しているからこそ取れる方法だ。

 

「ぶっ飛べやぁ!」

「ぐおっ!」

 

 暴走馬の前に立ちはだかったBクラスの騎馬が為す術もなく吹き飛ばされる。

 平田を支えるのは須藤の他に三宅と綾小路。並の戦力では立っていることすらままならない。

 

「鬼頭」

「ああ」

 

 だが、騎馬を崩してしまうと自滅扱いになり、赤組に得点が入らなくなってしまう。

 須藤の体当たり作戦の唯一の欠点。それを補うのが俺たちの役目だ。崩れゆく騎馬に素早く近づき、落下する最中の騎手からハチマキを掠め取る。

 これで50ポイント獲得。

 鬼頭の高い技術力。そして騎馬の桁違いの筋力があって初めて為せる絶技である。

 自分の体重より遥かに軽いものなど、俺にとっては背負っているうちに入らない。

 加えて残りの騎馬役である橋本と司城のサポートもある。1つの生物であるかのように高速移動するなど朝飯前だった。

 

「須藤くん、まずは周りの人たちから倒そう!」

「あ? まどろっこしいこと言ってんじゃねーよ! 狙うは大将首だろうが!」

 

 龍園の前に立ちはだかるCクラスの騎馬を見た平田が指示を出すが、須藤はそれに対して難色を示している。

 

「ここで感情に流されたら彼の思う壷だよ。最後に勝つために必要なことをしよう」

「…………チッ」

 

 しかし続く言葉は正論だと思ったのか、須藤は少し考えたのちに納得したように舌打ちをした。

 

「わーったよ! まずはこいつらを蹴散らせばいいんだろ!!」

 

 襲いかかってきた敵を力によるゴリ押しで突き飛ばす須藤。崩れはしなかったものの、かなりのダメージは与えられたと思われる。

 そう、それでいい。今の状態で無理に龍園に突っ込んだら、瞬く間に囲まれてしまう。

 そうなってはハチマキを守り抜くのはさすがに困難だ。堀北は3人相手に勝利を収めたが、その時だってなるべく1対1の状況を作れるように立ち回っていた。

 腕が2本しかない以上、たとえ頭の後ろに目がついていたとしても限界は存在する。残像を残せるくらい腕を高速で動かせれば話は別だが。

 

「須藤たちは好きに暴れるといい。ポイントの回収は俺たちに任せろ」

「はっ、あんまり近づくと間違えてぶっ飛ばしちまうかもしんねぇから気をつけろよ」

「それはやめてくれ」

 

 目の前にはCクラスの4騎。対してこっちは平田と鬼頭の2騎。

 戦力差は数の二乗で表されるというが……まあ問題はないだろう。

 俺の上に乗っているのが鬼頭である以上、正直1対8でも負ける気はしない。

 

 

 

 それから1分後。相手の残り騎馬は龍園の1騎のみとなっていた。

 対してこちらは3騎。生き残っているのは平田、鬼頭、そして弥彦である。

 

「お待たせしました葛城さん! 不肖この弥彦! 葛城さんの元に馳せ参じました!」

 

 守りの部隊は全部で6騎あったが残ったのは1騎のみ。相手はBクラスの3騎だったため数の上ではかなり有利だったはずなのだが、それでもここまで削られてしまったか。

 軽く様子を見ていた感じ、神崎と柴田を含むBクラスの大将騎が大活躍していた。

 やはり強いな。個人の実力もそうだが、チームワークも高い。

 いい筋肉を持っているだけある。

 

「オラオラ3対1だぜ。この勝負はもらったな」

 

 敵に囲まれ絶体絶命の状況。それでも龍園は慌てることなく不敵な笑みを浮かべている。

 

「名前は覚えたぜ須藤。さっき俺に踏まれて苦しそうだったな」

「言ってろ。今からお前をぶっ倒してやるからよ」

「騎馬の足の分際で偉そうだな。馬を見下ろすのは中々気持ちがいいもんだ」

「へっ、馬に乗ってる方が偉いとは限らねーんだよ」

 

 言い返す須藤の言葉を聞き、龍園はニヤリと笑みを深くした。

 

「へぇ、だったらタイマンでもしなきゃ意味ねーな」

「ああ?」

「いや、お前が3対1じゃなきゃ勝てないっていうなら仕方ない。だが『勝ち』ってのは基本的にタイマンで勝ってこそ意味がある。挟み撃ちで勝って気取る気か?」

「んだと……!」

 

 安い挑発だ。

 これで食いつくのは俺か須藤、あとは堀北か坂柳くらいのものだろう。

 

「ダメだよ須藤くん。彼の挑発に乗るのは得策じゃない」

「……分かってんよ」

 

 平田の忠告に何とか怒りを抑えようとする須藤。

 しかし爆発寸前であることは誰の目から見ても明らかだった。それを見て、龍園が最後の一押しを仕掛ける。

 

「全く分かってねーよ須藤。前にこいつらの面倒を見てくれたようだが、その時も大方卑怯な手を使ったんだろ? 信頼する俺の仲間が正面からやられるわけないからな」

「ざけんな。喧嘩の弱いカスだぜそいつら」

「証拠もねーのに強気だなおい。もしそうじゃねえってんならタイマンで来いよ。それで俺を倒すことが出来たら、土下座でも何でもしてやるよ」

 

 その言葉が決定打となった。

 

「──決まりだ。今の言葉忘れんなよ龍園! おいお前ら、絶対手ぇ出すんじゃねえぞ!」

 

 戻れエース! 乗るな! 

 ……という叫びがどこかから聞こえた気がした。

 

「もし手ぇ出したらお前の騎馬ぶっ壊すからな葛城ィ!」

 

 やれるものならやってみろ──と言いたいところだが、ここは大人しく成り行きを見守るとしよう。

 須藤が負けたら、その時は俺たちの手で龍園を倒せばいい。

 

「絶対ハチマキ取られんなよ平田ァ!」

 

 怒りを爆発させるように突撃する須藤。

 いつもの流れで体当たりをぶちかますが、しかし龍園の騎馬はびくともしない。

 騎馬の中心はアルベルト。今までの相手とは筋肉の格が違う。

 

「ほらほら来いよ。ウチのアルベルトに力負けか?」

 

 距離が接近し、戦いは騎手同士のものへと移行する。

 ハチマキを取ろうと果敢に攻める平田。それに対して龍園は守りに回っている。

 力を温存するような戦い方は、残り2つの騎馬も倒そうという意思表示に他ならない。

 手数で押し切るのではなく、一瞬の隙をついたカウンターを狙っているのだろう。

 

「まだかよ平田ぁ!」

 

 アルベルトとのぶつかり合いが繰り返され、須藤の体力は限界に近づいていた。

 時間が経つごとに須藤は不利になっていく。だが赤組としては勝ちが近づくのだから不思議なものだ。

 

「もう少し──!」

 

 フェイントを織り交ぜながら懸命に腕を伸ばす平田。

 その指先が、ついに龍園のハチマキを捉えることに成功する。

 

「!?」

 

 だが次の瞬間、ハチマキは平田の手からするりと抜け落ちていた。

 

「何やってんだ平田! ちゃんと取れよ! こっちは相当体力使ってんだぞ!」

「ごめん、ちょっと手が滑って!」

 

 リベンジを試みるべく、再びアルベルトに突撃する須藤。

 それに合わせ、平田はもう一度龍園のハチマキへと手を伸ばした。

 

「取った!」

 

 真っ直ぐに最短距離で伸ばした腕の先は、確かに龍園のハチマキを掴んでいた。

 だがそれも束の間。先程の焼き回しのように、その手からするりとハチマキが抜け出てしまう。

 

「なんっ──!?」

 

 その動揺を見逃さなかった龍園が、無防備な平田のハチマキへとカウンターの要領で手を伸ばした。

 深く、そして力強く握り込まれる右手。

 龍園が腕を引けば、平田のハチマキはあっさりと奪い去られてしまった。

 

「くそっ!」

 

 負けたと分かったと同時に体力の限界が訪れたのか、平田を支えていた騎馬が崩壊する。

 須藤は立ち上がりながら龍園を睨みつけていた。

 しかし敗北した騎馬は直ちに陣内から退出する決まりがある。

 いつまでも残っていては審判から注意を受けかねない。

 

「惜しかったな」

 

 嘲笑うように一言残した龍園に対し、須藤は思い切り地面を蹴り飛ばす。どうにか怒りを発散しようとするものの、上手くいっているようには見えなかった。

 

 さて。

 須藤たちは負けてしまったが、諦めるにはまだ早い。

 別に赤組が敗北した訳ではない。

 むしろ状況はこちらに有利なままだ。

 

「さて、龍園。このまま逃げ続けていても赤組の勝利は揺るがないわけだが、お前は俺に対してどんな挑発を行ってくれるんだ?」

「ハッ、意味のないこと言ってんじゃねえよ葛城。テメェに挑発が必要ないのは、テメェが1番よく分かってんだろうが」

「……ほう、やはり気づいていたか」

 

 龍園がDクラスを執拗に攻撃している事実に対し、何かしらの行動を起こす気は今のところない。

 だがそれはあくまで競技外でのこと。

 それが定められた戦いの場であるならば、やり返しはお節介ではなく妥当な行動となり得る。

 

 フラストレーションが溜まっているのは、何も須藤だけではない。

 

「いいだろう。お前の望み通り、俺たちもタイマンで勝負してやろう。休憩する時間は必要か?」

「要らねえよ。さっさと掛かってきやがれ」

 

 対峙する俺とアルベルト。鬼頭と龍園。

 その間に、緩やかな風が吹き抜いていった。

 

「という訳だ弥彦。手出し無用で頼む」

「はい! 頑張ってください葛城さん!」

 

 俺の申し出を、弥彦は笑顔で受け入れてくれた。

 それはひとえに、俺が負けるわけないという確信に基づく行動だった。

 いつもの俺なら、その期待を重いと捉えていただろう。

 だが今は違う。負けるわけがないと確信しているのは、俺や鬼頭も同じだった。

 

「行くぞ、鬼頭」

「ああ」

 

 騎馬主と騎手がやる気になっているのを見てか、橋本と司城も特に何も言ってこない。

 その気遣いが今は有難かった。そして気遣いに対しては、相応の結果で応えるとしよう。

 

「2度目の対峙だな、アルベルト」

 

 筋肉に対し、筋肉をぶつける。

 瞬間、不動だった龍園の騎馬が少しだけ傾いた。

 

「…………!」

 

 距離が詰まった瞬間、こちらから仕掛ける。

 鬼頭の動きは見なくても分かる。鬼頭がどう動いてほしいと思っているのかも手に取るように分かる。

 これがどういうことか分かるか龍園? 

 お前たちは所詮馬と人間。協力は出来ても一つにはなれない。

 一方の俺たちはもはや一心同体。そう、言うなればケンタウロス!

 

「チッ──!」

 

 僅かにバランスが崩れる。それだけの隙があれば鬼頭には十分だった。

 鬼頭は武術を嗜んでおり、素手での接近戦を最も得意としている。

 そこに俺のサポートが加われば不安定な騎馬の上での戦いを制するなど造作もない。

 

「むんっ」

 

 伸ばされる右腕。その先にある鬼頭の指は、龍園のハチマキをしっかりと掴んでいた。

 そのまま平田のように逃がしたりせず、あっさりと龍園の頭から奪い去る。

 

「なに……?」

 

 先程と同じように、手を滑らせたところでカウンターを仕掛けるつもりだったのだろう。

 しかし予想は外れ、戦いはあっさりと鬼頭の勝利で終わった。

 

 勝負に絶対はない。昔の俺はそう思っていた。

 だが綾小路を見ているうちに、実はそうじゃないのではと疑うようになった。

 

 負ける可能性を残している時点で詰めが甘い。

 戦う前から勝っていないならただの運任せ。

 強い方が勝つのでも、勝った方が強いのでもなく、勝つ方が勝つべくして勝つ。

 

 綾小路に負けた俺は、そう考えるように意識を改めた。

 

 須藤の暴走を見逃したのもそのためだ。

 3対1で戦うのも、1対1で戦うのも、最終的な勝率は変わらない。

 勝負に絶対はある。それを証明するために戦い、俺たちは勝利した。

 それが全てだ。

 

「大方、ハチマキに髪のワックスでも塗っていたのだろう」

 

 騎馬を下りても未だに困惑している様子の龍園に向け、俺は原作知識を我が物顔でひけらかしながら言う。

 

「だが残念だったな。我々Aクラスは、もっと掴みにくいもので訓練を重ねていた。……何だか分かるか?」

 

 まさか──という表情になる龍園に、キメ顔で教えてやる。

 

 

「──俺の頭だよ」

 

 

 





決めゼリフでふざけるな。

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