明るい筋肉 作:込山正義
よう実2年生編3巻読みました。
実際最新刊まで追ってる人ってどのくらいいるんでしょうね。
四方綱引き。別名十字綱引き。
これは4クラスが一斉に綱を引き合うという一風変わった競技だ。
地面には縄の交差点を中心とした円が描かれており、そのうちの4分の1が1クラスあたりの移動可能な範囲となる。そのため露骨に3対1のような状況は生まれにくいが、逆に言えば2対2のチーム戦ならかなり起きやすい仕組みになっている。
対立。協力。裏切り。純粋な力もさることながら、戦況に合わせた素早い判断も必要になってくるこの競技。得点の大きい推薦競技だけあって、文字通り一筋縄では行かなそうだ。
1セット目。くじ引きにより、俺たちAクラスの対面はCクラスに決定する。
これでとりあえず、Cクラスと協力するという選択肢は消えた。
Bクラス側に寄るか。Dクラス側に寄るか。はたまた後ろに真っ直ぐ綱を引くか。開始直後に取れる行動としては主にこの3つだろう。
スタートの合図と同時に、Dクラスがこちらに立ち位置を寄せてきた。同じ赤組で協力しようとする構え。その意思表示に、俺たちAクラスは迷うことなく乗った。
Bクラスにも身体能力が高い選手は集まっている。だがやはり、須藤と綾小路を含むDクラスの方がパワーは上。勝ちを目指すなら、強い相手と組むのは古来からの定石である。
赤組連合を結成したこちらに対し、向こうも白組同士で協力し対抗しようとする。
しかしそうなってしまえば最早こちらのもの。向こうにもアルベルトという最強戦力の一角がいるが、その分は俺という存在で相殺される。残りのメンバーで比較すれば、こちらが負ける要素はどこにもない。
そのまま奇跡的な逆転劇が起きることもなく、AクラスとDクラスが同率1位という結果で第1セットは終了した。
綱を離すという戦法を、今回Cクラスは使用してこなかった。
Bクラスにも敗北して単独最下位になるのを嫌ったのだろう。現時点でCクラスとDクラスの総合得点にはほとんど差が存在しない。つまり、推薦競技の結果によっては順位は簡単に入れ替わるということ。勝ちに拘っていないのは確かだろうが、意味もなくクラスポイントを下げるような真似をするつもりもないようだ。
続く2セット目。俺たちAクラスの対面はDクラス。
最終的なポイントを考えるなら、一時的にCクラスと組んで勝利を手繰り寄せ、Dクラスとの差を今のうちに作っておきたいところだ。
だが相手も同じことを思うはず。Cクラスとしても、ここはDクラスと組んでAクラスを引き摺り下ろしたいと考える場面だろう。
──と、そう思っていたのだが、開幕と同時にCクラスはこちら側に位置を移動させてきた。
1位を諦めてでもDクラスには勝たせまいとする動き。総合得点の開き具合からして今からAクラスに追いつくのは絶望的であるし、そう考えるなら2位狙いも戦略としてはありかもしれない。
ありがたく、力を借りることにする。Cクラスと協力してDクラスを叩くのは気持ち的に少々受け入れ難いが、これも優勝のため。貪欲に勝ちを拾いに行くとしよう。
たとえ綾小路がいたとしても、俺とアルベルトの合計マッスル値には敵わない。
第2セットはAクラスとCクラスの同率1位で幕を閉じた。
ラストの3セット目。俺たちAクラスの対面はBクラス。
現在の順位は1位が俺たちAクラス。2位が同率でCクラスとDクラス。4位がBクラスという並び。
1位を目指すなら、CクラスとDクラスは俺たちAクラスに敵対してくるはずだ。
2位を目指すなら、CクラスとDクラスは俺たちAクラスに助力を求めてくるはずだ。
──果たして、結果は後者だった。
スタートの合図と同時、左右の陣営がこちらに寄るような動きを見せる。
それを、俺たちAクラスは完全に無視した。
赤組同士で協力しようと訴えかけてくるDクラス。2セット目で協力してやった借りを返せと言わんばかりのCクラス。
だが、Aクラスは開始位置から横には動かず、真後ろに綱を引くことを応えとした。
2位を取りたいなら自分たちの力で勝ち取れ。1位を諦めていないなら3クラスで協力してみせろ。そう言外に伝えた形だ。
結果、戦況は完全なる四つ巴へと発展した。
そう、これだ。俺はこれがやりたかった。
協力も裏切りもない──ただ対立だけが存在する──単純な力比べによるクラス対抗綱引き。3セット目にして初めて、本当の意味での四方綱引きがここに実現した。
全クラス、最後の力を振り絞り綱を引く。
予想以上の長期戦の末、我々Aクラスは何とか1位を取ることに成功した。
2位以下はDクラス、Cクラス、Bクラスの順。覚醒した須藤と本気を出した綾小路がアルベルトたちの筋肉を僅かに上回った形となった。
****
続く男女混合二人三脚を神室とのペアでぶっちぎりの1位で終えれば、ついに1200メートルリレーの時間が到来する。
体育祭を締めくくる花形競技。
男女3人ずつによる計6人。3学年入り交じっての12クラスによる最終決戦だ。
「泣いても笑っても最後の競技。後に力を残す必要はない。ここで全てを出し切ろう」
リレーで共に戦う5人の仲間たち。
「みんなの声援が俺たちに力をくれる。たとえリレーに参加しないメンバーだろうと、チームであることには変わりない。精一杯の応援を頼む」
そして、全てのAクラスの生徒に向けて俺は言う。
「現時点において1位は我々Aクラスだろう。……だが、それがどうした。最後のリレーでも勝ってこそ、本当の意味で1位になれるのだと俺は思っている」
目指すは完全勝利。
誰にも文句は言わせない。圧倒的な大勝。
「行くぞAクラスッ! 優勝するぞ!!」
『おおっ!!!』
さあ、最後の戦いを始めようか。
****
スタート地点にずらりと横並びになる12人の生徒たち。
12ものレーンを用意できる訳ではないので、スタート直後はかなり混戦になることが予想される。
ここで抜け出せたら大きいだろう。1年Aクラスの位置は内側から4番目。1年Dクラスが1番内側で3年Aクラスが1番外側という、1年生が若干有利に見える配置である。
スタートの重要性を考えると、各クラス実力者を置いてくることが予想される。顔ぶれを見てみれば、実際に神崎や須藤など錚々たるメンツが揃っていた。
そこに、俺たちAクラスは橋本をぶち込んだ。
差が存在しない関係上アンカー以上の激戦が予想されるが、橋本には何とか頑張ってもらうとしよう。男子リレーメンバー唯一の現役運動部の実力を見せてもらいたい。
スタートを告げる音が響く。
抜群の反応を見せて1番に飛び出したのは、1年Dクラスの須藤だった。
橋本は出だし4番目。そこから中盤で1人抜き、最終的には3位で2走目の選手へとバトンを渡す。
2走目から4走目までは女子が続く。彼女たちはそこら辺の男子には負けないような筋肉戦士たちだが、選りすぐりの上級生男子が相手だと厳しい戦いになることは避けられない。
だが、それでも上位半分から落ちることはなかった。抜かれては抜き返すを繰り返す。純粋な走力で敵わない部分は正確無比なバトンパスでカバーする。そうやって何とか上位陣に食らいついていた。
しかし橋本といい、神室といい、鬼頭といい、坂柳派の幹部勢は全員がリレーメンバー入りしてるあたり凄まじい。
この3人を一学期始まってすぐの頃にはすでに揃えていたあたり、さすがは坂柳だ。素晴らしい筋肉眼を持っている。
リレーは大方の予想通りと言うべきか、3年Aクラスと2年Aクラスがトップ争いをする流れとなっていた。
しかしその途中でアクシデントが起きる。4番手から5番手に切り替わるところで、3年Aクラスの生徒がバトンを地面に落としてしまったのだ。
たかが数秒。されど数秒。
第5走者がバトンを拾ってしまうという最悪の事態は避けられたものの、突然の事態にパニックになったのかリカバリーも失敗。
その間に、2年Aクラスとの差は大きく広がってしまっていた。
「この勝負は俺たちの勝ちッスね堀北会長。出来れば接戦で走りたかったですよ」
必死に追い縋る3年Aクラスの生徒を見つめながら笑う南雲副会長。
実力に開きがあるならまだしも、走力が同程度ならこの差を埋めるのはなかなか難しいだろう。
「総合点でもうちが勝ちそうですし、新時代の幕開けってところですかね」
「本当に変えるつもりか? この学校を」
「今までの生徒会は面白みが無さすぎたんですよ。伝統を守ることに固執し過ぎたんです。口では厳しいことを言いながらも救済措置を忘れない。ロクに退学者も出ない甘いルール。もうそんなのは不要でしょう。だから俺は新しいルールを作るだけです。──究極の実力主義の学校をね」
堀北会長にそう宣言してから、迫ってくるバトンに視線を戻す南雲副会長。
「……なら、俺と勝負をしませんか?」
その背中に向け、俺はそう提案した。
「……確か、葛城だったか?」
「知っていましたか。副会長に名前を覚えられているなんて光栄ですね」
「抜かせ。お前ほど目立つ生徒を把握していなかったら、そりゃただの間抜けだろ」
なるほど。俺の筋肉の噂はちゃんと上級生にまで届いているようだ。
安心した。
「堀北会長の代わりに、お前と……ね」
「不足ですか?」
だが、気づいてはいるだろう?
1年Aクラスの5走目──鬼頭が前を走っていた生徒を1人抜き去り、すでに2年Bクラスの背後まで迫っている事実に。
「……いいぜ、戦ってやるよ」
「ありがとうございます」
さて、ここまで俺は障害物競走を除き、全ての競技で1位を獲得してきた。
唯一綾小路に負けた障害物競走だって2位という好成績だ。
ならば、と考えてしまう。
──このリレーで1位を取れば、俺が最優秀選手に選ばれるのではないか?
もちろん、1番に目指すべきはAクラスの勝利だ。だが副次的に最優秀選手が付いてくるというのなら、狙わない手などありはしない。
みんなの想いを乗せたバトンが近づいてくる。
南雲副会長と俺は、ほとんど同時に助走に入った。
1位と2位の差はほとんどない。ならばバトンパスの精度で順位が入れ替わることも十分にあり得る。
だと言うのに、南雲副会長の助走は少々勢いが弱いように感じられた。
まさか、ミスを恐れている? 3年Aクラスがバトンを落とした光景でも思い出したか?
1人あたりが走る距離は均一で200メートル。自分の足に自信がある人間なら、十分長いと思える距離だ。
バトンパスさえミスらなければ絶対に勝てる。そう考えているのなら、この選択は間違いなく正しいと言えるだろう。
合理的だ。
確実性というやつだろうか。
あるいは最後の最後で抜き返して、場を盛り上げようというエンターテインメント的な目的があるのかもしれない。
……ふぅ。
そうか。
なるほど。
──少し、考えが甘いんじゃないか?
バトンパス。その練習は当然かなりの数を重ねてきた。
プロが競う世界陸上でもこれ一つで順位が変動するくらいだ。素人の学生が競う体育祭なら、極めれば極めるだけ周囲との差は広がっていく。
正直、全学年で1番バトンパスが上手いのは1年Aクラスであると自負している。
ましてや俺にバトンを渡すのは鬼頭。目を瞑っていても完璧にこなすことが可能だった.。
その証明とも言うべきか、俺がバトンを受け取った段階で、すでに順位は逆転していた。
俺の巨体を前に置いて。俺に前を走る権利を譲っておいて。
それでも勝つ自信があるというのなら──。
いいだろう。
受けて立ってやる──次期生徒会長ッ!
****
今日1番の盛り上がりを見せる1200メートルリレー。その様子を、坂柳有栖は1年Aクラスのテントの中から眺めていた。
視線の先には綾小路の姿。1年Dクラスのアンカーを務める彼は、同じく3年Aクラスのアンカーを務める堀北学と何やら話し込んでいる様子だった。
一体何を。そんな疑問は、3年Aクラスの第5走者が走り切った瞬間に解消された。バトンを受け取った堀北学が、その場から一歩も動こうとしなかったのだ。
予想外の事態に困惑する観客や選手たち。仲間の思いを踏みにじるような行為に、その意図が読めずただ呆然とすることしか出来なかった。
後続に次々と抜かれ、3年Aクラスは一気に順位を落としていく。
そして9番手。1年Dクラスが辿り着いたタイミングで、堀北学はようやく走り出した。
「えっ、はやっ」
驚愕と感嘆がグラウンド中に広がっていく。
皆の視線の先で、堀北学と綾小路清隆の2名が、恐ろしくハイレベルなデッドヒートを繰り広げていた。
2人の勝負に誰も入り込むことはできず、前を走っていた生徒は抵抗の余地すらなく追い抜かれていく。
彼らもアンカーを任されるような──いわばクラスのエース的存在。
それでも、この2人と比べるとその実力は遥かに見劣りしていた。
1位を争う葛城と南雲。
驚異の追い上げを見せる綾小路と堀北学。
観客の視線のほとんどは、今やそのどちらかに向けられていた。
「ふふ、やはりあなたは素晴らしい」
もちろん、坂柳が見ているのは後者である。
「他の競技でも何回か1位を取っていましたが、あれは本気ではなかったのですね」
最後の直線。横並びのまま駆けた綾小路と堀北学は、全く同時にゴールした。
いや、薄皮1枚分、堀北学の方が早かった気がする。坂柳の目から見てそうなのだから、カメラによる判定を行ったところで結果は同じだろう。
しかしカーブに差し掛かる際、綾小路は堀北学の外側を走っていた。
それを考慮するならば、実際のところは──。
「……あら」
そこまで考えて、初めて坂柳は自分のクラスのリレーメンバーを視界に入れた。
「どうやら、無事に勝つことが出来たようですね」
葛城の表情を見れば、最終的な結果は明白だった。
これで1年Aクラスは3つの勝利を成し遂げたことになる。
赤組としての勝利。学年での1位。それに加え、最優秀選手の獲得。
坂柳は全ての競技に目を通し、その結果を一切の洩れなく記憶している。
生徒個人が獲得した得点を集計し、1位から最下位まで順番に並べることも可能である。
その情報を元にするならば、1位を獲得したのは葛城康平その人。
こうして彼は、体育祭におけるAクラスのリーダーとして、しっかりと結果を残すことに成功したのだった。
ここで勝たなかったらいつ勝つんだ。
というわけで筋肉の勝利です。