明るい筋肉   作:込山正義

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※アンケートで一之瀬ばりの賞賛票を獲得したアルベルトですが、残念ながらプロテクトポイントは贈呈されません。ご了承ください。



原作主人公様と学級崩壊系二面性天使

 

 放課後。俺を含め13人の生徒がAクラスの教室で勉強をしていた。

 俺と坂柳が勝負をすることになったあの日、勉強会に参加したいという生徒は思いの外集まった。そんな彼らを真っ二つに分け、俺が担当することになったのが今この場にいる12人というわけだ。

 当然ながら坂柳の姿はない。俺に勉強を教えてくれる教師役が欲しいのもあって勉強会への参加を頼んだはずなのにどうしてこうなったのか。

 まあいっか。今のところわからない問題は出てきてないし。もしあったら次の日にでも聞けばいいだけだし。

 なんならそれを口実に坂柳の部屋を訪問すればいいし……。

 

「葛城さん、ここなんですけど……」

「ああ、ここはだな──」

 

 ちなみに弥彦はこちらのグループに振り分けられた。あと西川も。

 西川のやつ、最初は坂柳の側に付こうとしやがった。しかも『坂柳さんの貞操は私が守る!』とかなんとか口走りながら。

 だからちょっとムカついてそんなことするなら一生筋肉触らせてあげないって言ってやった。そしたら泣きながらこっちに寝返った。ざまぁみろ。お前はもう筋肉の呪縛からは逃れられないのだよ。

 

 

「……なんていうか、葛城からはあんま必死さが伝わってこないよな」

 

 司城大河。イケメンでコミュ力も高いAクラスのモテ男代表だ。

 そんな彼は一段落ついて小休憩を挟もうというタイミングで、唐突にそう切り出してきた。

 

「あ、いや、悪い意味じゃないぜ。坂柳とあんな約束をしてたからもっと全身全霊をかけて教えてくるもんだと思っててな。始まる前は鬼教官みたいな感じだったらどうしようかと心配してたんだ」

 

 この勉強会、基本的に勉強は自分でして、質問があればその都度答えるという形式を取っている。

 そのやり方が司城には合っていたのだろう。チャラい……とまではいかないが、ガッチガチなのはいかにも苦手そうなタイプだしな。

 

「そうか。つまり司城からは、俺が私利私欲のために他人に勉強を強制させるような人間に見えていたわけか」

「え? いや、別にそんなことは一言も──」

「わかった。お前が望むなら、俺は鬼教官になることも辞さない」

「いやだから望んでねえって。……お、おいなんだよその握り拳……やめろ、考え直せ!」

 

 なに、そう不安がるな。人が急激に成長するのが限界まで追い詰められた時だというのは漫画やアニメや筋トレでも証明されている。

 

「さっそくだが司城。これから俺が一つ問題を出す。それにもし正解できなければお前にはすっごくきつい(・・・・・・・)筋トレメニューをこなしてもらう。いいな?」

「いやよくねーよ! つーかなんで筋トレなんだよ! お前がすごくきついって言う時点でもう普通の人間にはこなせないメニュー確定なんだよ! そこんとこ分かれ! 殺す気か!」

「安心しろ。監督責任として、俺も同じメニューを一緒に行う」

「1ミリも安心できる要素がねえ! ただ単に葛城が筋トレしたいだけだろ! だったら俺の分もお前がやれ!」

 

 なるほど。その手があったか。

 

「まあそう慌てるな。逆に正解した際には報酬を出す」

「え、まじで?」

「ああ。……もし正解できたなら、俺からお前に優しい(・・・)筋トレメニューをプレゼントしよう」

「いらねーよ! 何がなんでも筋トレさせようとしてくんな!」

 

 勝っても筋トレ負けても筋トレ。

 何がそんなに不満なのだろうか。

 

「このままじゃやばい……。戸塚、お前からもなんか言ってやってくれ! どうにかして葛城を止めてくれ!」

「葛城さん! 俺も一緒に筋トレやります!」

「ああっ、人選ミスったッ!」

 

 追い詰められた司城は、何をトチ狂ったのか自らの意思で地雷原へと踏み込んでいった。

 

「はい! 私は葛城くんが筋トレしているところをただ横から見ていたいです!」

「こっちはなんもしてねえのに誘爆しやがった……! くそっ、味方がいねえ……誰か、誰か助けてくれ! 俺の周りが敵だらけなんだ!」

 

 次々に現れる筋肉に魂を売った亡者たち。

 空間には混沌が満ち、理不尽な筋肉パワーが特に意味もなく司城を襲う。

 

「あっ……」

 

 もうダメだ。このまま筋肉による洗脳を受けムキムキなマッチョメンにされてしまう。そう諦めかけていた司城だったが、視界の先に最後の希望の光を見つけた。

 地獄に垂らされた一本のか細い蜘蛛の糸。藁にも縋る思いで彼は必死に手を伸ばした。

 

「頼む里中、俺を助けてくれ……! こういうのを止めるのはお前の役目だろ? な?」

「知らん。騒ぐのは勝手だが俺を巻き込むな」

「そんな……そんな…………あああぁぁぁぁぁぁぁ……!」

 

 イケメンに裏切られたイケメンは、絶望に打ち拉がれながら静かに終焉に呑み込まれ、やがて受け入れた。

 善や悪、裏や表、白や黒といった概念さえもそこにはなく、ただ筋肉という一つの絶対的真理が存在しているのみ。

 

 こんな感じのゆるーい雰囲気の中、葛城グループの勉強会は進んでいった。

 

 

 

 ****

 

 

 

 勉強会を終えた俺は1人廊下を歩いていた。途中までみんなと一緒に帰っていたのだが、忘れ物に気づき急遽引き返したのだ。弥彦などは付いてくると言っていたが、さすがに悪いのでそのまま帰らせた。別に1人でもこのくらいできる。あまり見縊らないでほしい。

 

 教室にて無事ハンドグリップを見つけた俺は今度こそ帰路に就く。

 

 にぎにぎ。にぎにぎ。……おや? 

 

 昇降口に差し掛かるタイミングで見知った後ろ姿を見つけた。

 

 綾小路だ。彼は2階に続く階段の方へと向きを変えると、そのまま階段をテクテクと上っていった。

 5月。放課後。階段。その条件でピンとくる出来事を一つ思い出す。

 好奇心に負けた俺は気配を消して後を追うことにする。筋肉式尾行術がどこまで綾小路に通用するのか試したいという気持ちもあった。

 聞こえてくる足音は自分のモノ以外に2つ。綾小路のモノと、その先を歩く誰かのモノだ。この事実からも綾小路が誰かを追跡しているという推測が浮かび上がる。しかしこの距離関係で綾小路の発する足音の方が小さく聞こえてくるのだから頭おかしい。お前はどこの暗殺者だと思わずツッコみたくなる。

 綾小路はどんどん上の階へと登っていき、やがて屋上に通じる階段の中ほどで立ち止まった。

 合わせてこちらも立ち止まる。息を潜め、耳を澄ませてその時を待つ。

 やがて、地獄の底から響くような怨嗟の声が聞こえてきた。

 

「あ────ウザい」

 

 人気のないのをいいことに、溜まったものを吐き出し始める天使櫛田桔梗。

 

「マジでウザい。ムカつく。死ねばいいのに……」

 

 みんなの人気者が堕天する瞬間だった。

 

「あー最悪。ほんっと、最悪最悪最悪。自分が可愛いと思ってお高く止まりやがって。堀北ウザい。マジでウザい。ほんっとウザい」

 

 まあ、堀北が可愛いのは事実だからな。

 それに負けないくらい櫛田も可愛いけど。

 

「しねっ!」

 

 ガタン、と大きな音が響く。

 櫛田が屋上の扉を蹴飛ばした音だ。俺の位置から直接見ることは敵わないが、音と気配からある程度のことは把握できる。

 

 予想外の大きな音に、誰かに聞かれたのではと櫛田が振り返る。その視線の先には、息を潜めて傍観していた綾小路の姿が。

 十中八九そんな感じ。つまり凡そ原作通りだと思われる。

 

「……ここで……何してるの?」

 

 探偵ごっこです。

 

「いや、ちょっと道に迷ってさ。悪い、オレはすぐに立ち去るよ」

 

 いや、その言い訳は流石にアレだろ。嘘くさいにも程がある。

 

「聞いたの?」

「聞いてないって言ったら信じるか?」

 

 そんなわけ。

 

「……今聞いたこと、誰かに話したら容赦しないから」

 

 やめとけ。綾小路に喧嘩を売るのだけはマジでやめとけ。

 脅せばどうにかなるような相手じゃないから。

 

「もし話したら?」

「あんたにレイプされそうになったって言いふらす」

「冤罪だぞ、それ」

「大丈夫、冤罪じゃないから」

 

 綾小路は上に行ったし、俺ももう少し近づいて大丈夫だろう。

 そんな欲がいけなかった。気取られずに盗み見るなどできるはずがなかった。

 

「……お前、何やってんだよ」

「あんたの指紋、これでべっとりついたから。証拠もある。私は本気よ。わかった?」

「……わかった。わかったから手を──」

 

 俺の視線が2人に通る。その瞬間、綾小路は何かに勘付いたようにバッと振り向いた。

 

「誰だ」

 

 慌てて首を引っ込める。

 

「……葛城か?」

 

 だが、少しだけ間に合わなかったのだろう。

 頭部の滑面具合を捉えられ、隠れているのが俺だとバレてしまった。

 この学校にハゲなんて俺くらいしかいないからね。仕方ないね。

 

「よお、奇遇だな」

 

 誤魔化せる可能性に賭けて、道端で挨拶するような気軽な感じで話しかける。

 

「……どうしてここに?」

「いや、少し道に迷ってな」

「それさっきオレがやったぞ」

 

 綾小路が呆れたようにこちらを見てくる。

 いや、お前にだけはそんな顔されたくないんだが。

 

「……いつからそこにいたの」

「『マジでウザい、ムカつく、死ねばいいのに』って辺りからだな」

「最初じゃねえか」

 

 綾小路、その言葉は自分も最初から見てましたと自白するようなもんだからな。わかってるのか?

 

「見知った後ろ姿を見かけたから気になって追いかけてきてみれば……」

 

 これ見よがしに溜息を吐いてみせる。

 ピクリと櫛田が顔を強張らせた。

 

「全く、嘆かわしい。正直見損なったぞ──綾小路」

「……は? オレ?」

「まさかこんな場所で女子生徒を襲おうとするなど……」

「いやいやいや待て待て待て」

 

 綾小路が慌てたように口を挟む。

 表情はあまり変わってないが必死さは伝わってくる。

 

「お前、最初から聞いてたんだよな?」

「ああ」

「なら、今の状況もわかってるはずだよな?」

「ある程度は」

「それなら、なんでオレが悪いみたいな話になってるんだ?」

 

 ふむ、と顎に手を当て考え込む仕草を見せる。

 

「俺は確かに櫛田の独り言とその後の2人の会話を聞いていた。だが、実際にこの目で見た場面は一つだけなんだ」

「……その場面って、もしかして……」

「ああ、綾小路が櫛田の胸を鷲掴みにしている瞬間だ」

「…………」

 

 oh……と頭を抱える綾小路。

 全く、あんな可愛い櫛田ちゃんのおっぱいを触るなんてうらやまけしからんですな。

 山内に知られたら泥ぶっかけられんぞ。

 

「ここに証拠の写真も──」

「な、いつの間に……!」

「ない」

「ないのかよ」

 

 あるわけないだろ。

 

「なあ、櫛田からもなんか言ってやってくれ」

「……私が? なにを?」

「それは……そうだな、例えば『私は男に平気で胸を触らせるビッチです』って説明するのはどう──」

 

 そこまで言ったところで櫛田の前蹴りが綾小路の太ももを撃ち抜いた。

 綾小路の体勢が崩れる。倒れる先に床はなく、10段以上続く下り階段が待ち受けているのみ。

 このまま何もせず落ちたら大惨事になることは必至。だがそれは対象が綾小路でなければの話だ。

 今のはどう考えても綾小路が悪い。だから俺はあえてその身を翻し迫ってくる物体を回避した。

 万が一にも怪我はない。そう確信しているからこそできる芸当だ。

 俺が支えてくれると綾小路は判断していたのだろう。だからあるはずの抵抗がないと気付いた時は一瞬だけ困惑の表情を浮かべていた。

 しかしそこからの動きが早かった。首を捻り現状を確認しつつ地面に片手をつき、そのまま倒れる勢いを利用してバク転の要領で階段の中ほどに着地した。

 その鮮やかな身のこなしに思わず拍手を送ってしまう。

 

「危なっ。怪我したらどうするつもりだ。……というか葛城もあの位置にいたなら助けてくれよ」

「え、なに今の動き、すご…………って違う、そうじゃないっ……綾小路くんがバカなこと言うからでしょ!」

「もちろん危なそうなら助けていたさ。だが必要なさそうだったのでな」

「はぁ、肝が冷えたぞ」

 

 躱したあとボケーっとただ成り行きを見守っていたわけではない。一応どのタイミングからでも対処できるように準備だけはしていた。

 当然のようにいらなかったけど。

 

「……綾小路くん、話を戻すけど……ここで知ったことを誰にも話さないって、誓ってくれる?」

「ああ、誰にも話さないと約束する。そもそもオレが何か言っても誰も信じないだろ」

「そう、だね……」

 

 悲しいかな。櫛田と綾小路の信用度には天と地ほどの差があるのだ。

 

「わかった。綾小路くんを信じるよ」

「……信じてくれた手前こんなこと聞くのもなんだが、そんな簡単に納得していいのか? オレを信じられる要素なんてないと思うんだが……」

「だって、綾小路くんって基本的に他人に無関心でしょ? だから意味もなく言いふらしたりしないって、そう確信できる。私、人を見る目は結構あるんだよ?」

 

 ふふっ、と櫛田は柔らかく笑う。

 

「でも──」

 

 そしてすぐに、また冷たい視線に戻った。

 

「だからこそ、私は今困惑してる。葛城くん……あんたが何を考えてるのか、全くわからないから」

 

 まあ、俺の行動原理とかふわっふわもいいとこだからな。

 

「綾小路くんは言いふらさないだろうなって思える。指紋のついた制服っていう切り札もあるから少しだけ安心できる」

 

 綾小路さんが本気出したら秒で制服剥ぎ取られて塵も残さず燃やされた挙句未遂が未遂じゃなくなる可能性もあるけどな。

 

「でもあんたは違う。ねえ葛城くん、私はどうすればいいの? 何をしたら他言しないって約束してくれる?」

「最初から、この件を誰かに話す気などない」

「信用できない」

 

 そりゃそうか。

 だが納得してもらう他ない。

 

「櫛田、そもそもお前は勘違いしている」

「……勘違い?」

 

 訝しげな表情になる櫛田。

 綾小路は……変化なし。

 

「その他人を見下し承認欲求にまみれた本性が知られたら皆から嫌われる──そう思っているのだろう?」

「そんなの、当たり前じゃない」

「ああ、事実大多数の者は幻滅するだろう。そこの綾小路だって、『いつも明るくてオレのような人間にも優しく接してくれる天使のような櫛田にこんな裏の顔があるわけない! 嘘に決まってる! こんなの夢か幻だ!』──と思っていることだろう」

「いや待てそんなこと…………あるかもだが……」

 

 正直でよろしい。

 

「だが俺は違う。そんなことで嫌いになったり避けたりはしない。むしろ今の櫛田の方が好きなくらいだ。月並みな言葉だが、人間味があってとても魅力的だと思う。周りに誰もいない時は、ずっとそっちの顔で接してほしいとさえ思っている」

 

 いや、ブラック櫛田の方がいいと言ったが、厳密には違うか。表の顔も裏の顔も、どちらも同じくらい好みというのが実際のところ正しい。

 大きな違いはない。ならばより希少価値の高い方を望むのは自然の摂理だろう。

 ノーマル櫛田よりレア櫛田だ。後者の排出率は驚異の1%未満。

 

「……もしかして私、今告白されてる?」

「いや全く」

「違うんだ」

「違うのか」

 

 いや違うだろ。この状況で告白し出す奴がどこにいるってんだ。

 言いふらさないから付き合ってくれって脅すようなもんだぞ。なにそれ最低すぎる。

 

「櫛田にとってもわかりやすい例え話をしよう。もし仮に誰かの重大な秘密を知ったとする。それは簡単に洩れるはずのない、自分と本人しか知らないような秘密だ。そんな情報を、櫛田なら簡単にバラすような真似をするか?」

「……しないけど」

「つまりそういうことだ」

 

 どういうことだってばよ、と思っているあなたに補足説明。

 

「男ってのは単純なんだ。女子との秘密を大事にしたがる。みんなは知らないだろうけど俺だけは知っている。そんな優越感に酔い痴れたくなる愚かな生き物なんだ」

「ふーん、つまり私は……」

 

 櫛田は一度顔を伏せた後、ススっと俺の近くに寄ってくる。

 

「葛城くん……恥ずかしいから、このことは2人だけの秘密にしてほしいの……。お願い……できるかな?」

 

 上目遣いで俺を見ると、頬を染めながらそう懇願してきた。

 

「──とでも言えばいいの?」

「ああ、完璧だ」

 

 一瞬で素に戻った櫛田にサムズアップを返す。

 ハの字の眉。突き合わせた指。途中でチラチラと恥ずかしそうに視線を外すのもポイントが高い。男のツボというものをよくわかっている。

 やはり彼女には女優の才能があると思う。演技とわかっていてもなお衰えぬ可愛さ。ムービーを投稿してプロテイン代を稼ぎたいくらいだ。

 

「……葛城くんって変わってるね。綾小路くんとも友達みたいだし」

「おい」

「確かに綾小路は暗くて表情も変わらないロボットみたいなやつだ」

「おい」

「だが一緒にいるとなかなか楽しいぞ? 意外と物知りだからマニアックな話題にもしっかりと返してくれる」

「へえ」

 

 なんて興味のなさそうなへえ。

 

「あとは揶揄うと結構面白い。反応はかなりわかりにくいけどな」

「それはさっきのやり取りを見てたから知ってる。まさかあの綾小路くんが、堀北さん以外とあんな仲良さげに話すなんてね。まるで私をいないみたいに扱ってくれちゃってさ」

「いや待て、オレは別に堀北とは仲良さそうにしてないぞ」

 

 堀北とは(・・)……か。つまり俺とは仲良くしている自覚があるという解釈でいいんですかね? 

 綾小路は仲間を必要としない冷酷非道なサイコパスだが、友人までいらないと断言しているわけではない。

 特にこの時期の綾小路はちょろい。自由を得られた反動ではっちゃけている。友達という未知の存在に飢えている。

 実際はそう演じているだけなのかもしれない。けれどそれならそれで構わない。嘘から始まる恋があるように、嘘から始まる友情があってもいいはずだ。

 

「うん……まだ完全に納得できてはないけど、とりあえずは葛城くんのことも信用することにするよ」

 

 今の櫛田が取れる方法はそれしかないもんね。本当は確信がほしいとこだろうけど、そんなのは土台無理な話だ。

 

「一応言っておくけど、誰かに話したら許さないから」

「ああ、肝に銘じておく」

 

 笑顔で承諾すれば胡散臭そうな目で見られた。解せぬ。

 

「それじゃあ、2人とも……」

 

 櫛田が背を向ける。自分の鞄を屈みながら手に取ると、くるりと身体ごと振り返る。その顔には、いつもの仮面のような笑みが張り付いていた。

 

「もう時間も遅いし、一緒に帰ろっか」

 

 その豹変ぶりに困惑する綾小路。対照的に、俺は微妙な顔を浮かべた。

 

「なあ、人通りのある場所に出るまではさっきの櫛田に戻ってもらうってのは──」

「やだ」

 

 残念、すげなく断られてしまった。

 誰かに聞かれるリスクは冒せない、か。

 人の気配も、視線も、聞き耳も、俺と綾小路がいれば心配はないんだけどな。

 

 

 

 

 

 

 





 ※以下没ネタ

 ロングヘアであることに怒りを覚えた堀北学が、妹の堀北鈴音を投げ飛ばそうと半歩踏み出す。
 鈴音へと伸ばされる学の左腕。しかしそれを遮るものがあった。横から伸びてきた丸太のような腕が、学の手首を掴み取ったのだ。

「貴様、今本気で技をかけようとしたな?」

 陰から現れた巨大な体躯。その正体は葛城康平だった。

「……葛城か。これは俺たち兄妹の問題だ。口出しするな」
「そうはいかない。同じ妹を持つ者として、この蛮行を見逃すことはできない」

 鋭く睨み合う。
 拮抗する空間。
 静寂を破ったのはこの場にいるもう一人の人物だった。

「やめて、葛城くん……」

 こんなか細い声を、葛城は聞いたことがなかった。そもそも普段の声すらも聞いたことがなかった。

「フッ……!」

 拘束が緩む。その一瞬の隙を学は見逃さなかった。視認すら困難な速度の裏拳が葛城の顔面目掛けて飛来する。
 激しい打撃音。遠心力を込めた鋭い一撃は対象を完璧に捉えた。
 ──にもかかわらず、葛城は微動だにしなかった。

「なに……!?」

 ここに来て、初めて学の表情に変化が表れた。

「見事だ。今のは躱さなかったのではなく躱せなかった」

 垂れた鼻血を拭いながら、葛城は称賛の言葉を口にする。

「だが軽いな」

 見下ろすような視線に、学は一歩後退った。

「筋トレが足りないんじゃないか?」

 

 その後葛城は、偶然通りかかった綾小路にボコボコにされた。



 

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