明るい筋肉   作:込山正義

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坂柳になんでも命令できる権利を手に入れたらあなたはどう使いますか?
え、私ですか? ちょっとこの場で言うのは憚られますねぇ……。


けっかはっぴょー

 

 俺が手に入れた過去問をどう使おうと俺の勝手やろがい! なんか文句あんのかワレェ! 

 ……てな感じで逆ギレしながら開き直ると俺の立場と好感度が著しく低下するのでなんかそれっぽい感じで説明することにする。

 実際のところ、この過去問流出事件がきっかけでAクラスが窮地に陥るわけではないのでそんなに肩肘張る必要はない。

 我々Aクラスは現在1位。だからもっと余裕持って。テスト前なのに筋トレするくらいの余裕を。

 

「赤点を取ったら即退学というルールはやり過ぎだと思わないか? 俺には他のクラスにも大勢の知り合いがいるからな。例え敵対関係だろうとそう簡単に見捨てるような真似はできなかった。せっかく友人になれたというのにすぐお別れなんてあんまりだ」

 

 とは言っても俺が特に仲良くしている生徒の中に赤点候補者はいないわけだが。

 強いて言えば沖谷くらいだろうか。男の娘キャラとかヒロインキャラより先に仲良くなりにいくよな普通。

 

「Aクラスを裏切る気はない。けれど誰かが退学になりそうなら例えそれが他のクラスの生徒だろうと見逃せない。という解釈でよろしいですか?」

「そうだ」

「つまりもし仮にクラス同士の勝負事があった場合、あなたはちゃんとAクラスの味方をしてくれるということでいいんですね?」

「ああ。Aクラスが全面的に悪い、という状況でさえなければ当然クラスの一員として力になる」

 

 特別試験はなるべくAクラスが勝てるように頑張る所存だよ。

 なるべく、ね。

 

「そうですか。Aクラスのことを第一に考えてくれるなら私から言うことはありません」

 

 そうか。わかってくれたか。

 

「では続きをどうぞ」

 

 え、続き? 

 まだ納得してないの? 

 情に動かされたっていうのは十分すぎる動機だと思うんだけど、それだけじゃ足りなかったの?

 

「……この一件、上手くいけばAクラスは精神的に優位な立場を確保することができる。テストの成績がクラスポイントに影響を及ぼす可能性は高い。過去問のおかげで高得点が取れたということになれば、他のクラスの生徒たちは俺たちAクラスに少しは感謝してくれるはずだ。恩を売っておいて損はない。然るべき時に返してもらえばいい。今後クラスポイントの動くイベントでもあった際に、僅かでも負い目を感じてくれるならそれだけでも儲け物だ」

「なるほど。確かに今回の件でAクラスがリスクを負うことはありません。それでリターンが得られる可能性があるなら十分価値のある行動と言えるでしょう」

 

 だよねだよね! 

 そりゃあ龍園は恩を仇で返しそうなタイプだけど、一之瀬や平田は倍返しにしてくれる側の人間だろうし、堀北も借りは作りたがらない性格だろうから、総合的にはたぶんプラスに働くはずだ。

 10万ぽっちで1年生全員に恩が売れるとかどう考えても破格すぎる。

 

「では他の理由も教えてください」

 

 ほ、他? 他ですか? 

 ……あー、他の理由ね。

 え? いやまあ、はい。もちろんありますよ。ありますとも。

 

「……過去問が学校側も認めるキーアイテムだった場合、今回の試験で赤点を取るものはおそらく出ないだろう。ただ丸暗記すれば済む話だからな。どれだけ勉強が不得手な人間だろうとそのくらいはできる。だが……故に学習してしまう。過去問があれば大丈夫。過去問さえあれば安心だ──とな。楽を覚えた人間の多くは努力をやめてしまう。わざわざ辛い勉強をしなくていいならそれに越したことはないのだからな。さて、そんな甘い蜜の味を覚えてしまった彼らに期末テストの過去問を渡したらどうなるだろうか。例えば問題が誰かの手によって改変(・・)されていたとして、彼らは果たして気付くことができるだろうか」

 

 ゴクリ、と誰かが息を呑む。

 自分で言っておいてなんだが悪魔の所業だ。坂柳や龍園以外は思いついてもやらないだろう。

 相手が嵌められた事実に気づいた時にはすでに退学を告げられた後というまさしく初見殺しの一撃必殺。効果のありそうな生徒はかなり限られているが決まればDクラスあたりはかなり悲惨なことになりそうだ。

 

「ふふ、それはとても良い考えですね。この上なく愉快な光景が拝めそうです」

 

 阿鼻叫喚の図でも想像したのか坂柳はそれはそれは楽しそうに笑う。

 どうやら俺の悪人顔には満足してくれたらしい。

 こんな見た目だからな。様にもなるというものだ。

 

「ふふふっ、やはり葛城くんとお話しするのは楽しいですね。まさか私好みの回答まで用意してくださるなんて思ってもみませんでした」

 

 バレテーラ。そりゃそーか。

 

「せめてものお返しとして、過去問を学年全体で共有した理由については私が代わりに述べて差し上げましょう。自ら口にする気はないみたいですからね。今までの言葉も決して嘘ではないのでしょうが、それでも本当の狙いは別にある。……あなたの真の目的──それは注目を集めることですね?」

 

 そうだったのか。

 いやそうなんだけどさ。真の目的とか言われるとまるで俺が策略家であるかのように思われちゃうからやめてほしい。筋肉キャラだけあれば十分なんだよ俺としては。

 

「前から思っていましたけど、あなたは私のことを随分と高く評価しているようですね。なぜそこまで頑なに他人を信じ切ることができるのか甚だ理解に苦しみます。旧知の仲だというならまだしもそんな事実は欠片も存在していませんし、実績で判断するにしても私が成したものなんて小テストで満点を取ったことくらい。それだって葛城くんとは同率でした」

 

 Aクラスが今の地位を維持するのは簡単だ。俺が動く必要はない。坂柳に任せておけばどうにかなる。ならば俺にできる最大の貢献は、彼女が動きやすい状況を作ってやること。俺が警戒されればその分坂柳はフリーになる。俺が陽動で本命は坂柳。隙が少しでも生まれればあとは勝手に後ろから刺してくれる。例えるなら堀北と綾小路のような関係が理想的だ──。

 

 なんていう俺の考えも坂柳には丸っとお見通しってわけか。

 

「ねえ、葛城くん。葛城康平くん? あなたには一体、私の姿がどう映っているのでしょうか。知り合ってから僅か2ヶ月足らずで、私のことをどれだけ深く理解したのでしょうか」

 

 原作知識……なんて言えるはずもない。

 

「ふふ、不気味ですね。まるで頭の中を覗かれているような気分ですよ」

 

 それはこっちのセリフなんだよなぁ。

 事前知識もなしに人の考えを見透かすなよこのリアルチート女が。

 

 

 

 ****

 

 

 

「欠席者はいないようだな。ではこれから中間テストの結果発表を行う」

 

 来たる運命の日。

 Aクラスに赤点を取るようなものはいないはずなのでそこは心配していない。だがドキドキはしている。退学云々とはまた別の意味で。

 

「小テストに引き続き、中間テストでもお前たちAクラスは学年トップの成績だった。赤点を取った者もいない。上々の結果と言えるだろう」

 

 黒板に貼られた大きな紙に目を通す。

 まずは自分の名前。点数は全科目オール100点の500点満点。うん、よかったよかった。だが正直赤点じゃなければどうでもいいのですぐに意識から外す。

 たとえ本人の点数も加味されるルールだったとしても、どうせ坂柳の500点で相殺されるため結果は変わらない。だから大事なのは俺以外の点数。

 初めに葛城グループの平均点を割り出すため脳内で算盤を弾く。

 次に坂柳グループの平均点も計算する。

 結果、コンマ一桁までの数字で表した場合、前者が484.7で後者が485.3となった。

 つまり葛城グループの敗北。

 坂柳との勝負に──俺は負けたのだ。

 

「退学者を出さなかった褒美として、夏休みにはお前たちをバカンスに連れて行ってやる。楽しみにしておくといい」

 

 最後に特別試験の存在を仄めかせ、真嶋先生は退出していった。

 

「私の勝ちですね。葛城くん」

「ああ、そうだな。俺の負けだ」

 

 カツカツと俺の元まで歩いてきた坂柳が得意げに笑う。

 

「……あまり悔しそうではありませんね。もっと盛大に落ち込む姿を見たかったのですが……」

 

 いや、悔しいことは悔しいよ? 

 できれば命令権など坂柳には与えたくなかったし、保険として坂柳への命令権も保持していたかった。

 けれどこんなドヤ顔みたいなレアな表情見せられたら、思わずこっちまで嬉しくなっちゃうよねって話なわけですよ。

 

「葛城さん、ごめんなさい……俺のせいで……」

「そんな顔するな弥彦。反省するのはいいことだが、必要以上に自分を責めるものじゃあない」

 

 弥彦の合計点は477。十分高得点と呼べる。確かにグループ内の平均点を下回ってはいるが、彼の3週間の努力を知っていればどうして責めることなどできようか。

 

「なに、皆やれるだけのことはやった。その結果Aクラスは学年一位にもなれた。ならばこそ、俺は胸筋を強調してこの敗北を受け入れよう」

「胸を張って、と言いたいのですか?」

「そうとも言う」

 

 まあ、この結果は少し想定外ではあったんだけどな。本当は平均点が500点の引き分けになると思ってたし。

 原作では多くの生徒が100点を取る描写があった記憶がある。そのことから過去問と今回のテストは全く同じ問題になると予想してたのだが、最後の方の問題はオリジナルだった。

 テスト当日は結構驚いた。過去問との適合率が7割程度だったのだから。

 まあ7割あれば赤点にはならないからいいんだけど。学校側としては残りの3割を見て素の学力も把握しておきたいだろうし。

 

「約束の件は覚えていますか?」

 

 来た。

 

「ああ、もちろん覚えている」

 

 正直怖い。何を言ってくるのか全く予想できないのが恐ろしい。未知の恐怖というやつだ。

 

「すでに命令は決まっているのか?」

「そう、ですね……」

 

 坂柳は考え込むように顎に手を当てる。

 

「ふふ、迷いますね。どんなことを命令しましょうか」

 

 やめて。そういう思わせぶりな態度いらないから。

 チラチラこっちの反応見なくていいから。意味もなく恐怖を煽るのはよくないと思います。

 

「……決めました」

 

 そうか、わかった。

 なるべく簡単なやつで頼むぞ? 下手に困らせようとしてこなくていいからな? 

 

「私があなたに命令する内容は──」

 

 ゴクリ……。

 

「まだ決めきれないので保留でお願いします」

 

 ズコー。

 いやー、あれだね。一番嫌なやつ来たね。

 俺が勝った場合も命令権は取っておこうと思ってたから人のことは言えないけどさ。

 それでも永続的恐怖でスリップダメージなんて受けたくなかった。

 これじゃあ夜も眠れず筋トレすることになっちゃいそう。

 

「……そうか。決まったらいつでも言ってくれ」

「はい、もちろんです」

 

 そのまま忘れてくれてもいいんだよ?

 

「話は変わるが坂柳」

「なんでしょう」

「放課後勉強会を開いたメンバーで打ち上げをやるんだが、よければ坂柳たちも参加しないか?」

「打ち上げ……それも合同で、ですか……」

 

 喧嘩の後に芽生える友情的なのを期待しているんだがどうだろうか。

 

「いいですよ」

 

 やったぜ。

 

「幹事は葛城くんが務めてくれるんですか?」

「ああ、任せてくれ」

 

 すでにあらかた準備は済ませてある。

 

「坂柳が命令(・・)するなら、そちらの費用は全て俺が出してもいい。どうだ?」

 

 ダメ元で聞いてみる。

 

「ふふ、分かり切っていることを言わないでください。そんな勿体無い使い方、するはずないじゃありませんか」

 

 でーすーよーねー。

 知ってた。

 

 





はい、というわけで1巻分の内容終了!
筋肉の躍動が足りなかった点については実力不足を反省する所存であります。ごめんなサイドチェスト。

次話は2巻分の内容が書き終わったら投稿しますね。

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