お願いねがいぼし、白いご飯に合うおかずをください!   作:充椎十四

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飯の話をしたくて書いた。


お願いねがいぼし、白いご飯に合うおかずをください!

 飯の話をするとしよう。栄養補給、お膳の賑わい。食い道楽の端から君に聞かせよう……君たちの食生活は祝福に満ちていると。腹減りっ子のみ通るがいい――

 

 日本人のほとんどは海草を消化できるが、欧米人のほとんどは海草を消化できないらしい。逆に、欧米人のほとんどは乳糖を消化できるが、日本人の何割かは乳糖を消化できないらしい。牛乳を飲んだら腹を下す、というのは乳糖が原因である。

 

 さて、今生の私はガラル生まれガラル育ち、三代遡ってもガラル人という生粋のガラルっ子だ。だから、幼少期に輸入食品店で見かけた海苔煎餅をばりむしゃ食べてくしゃみが止まらなくなった。

 

 誰が見ても明らかなアレルギー反応だ。つまり、この体はヨードアレルギーで……ヨードたっぷりな海苔が食えない。その衝撃は大きかった。

 ――ご飯に海苔、ベストフレンドだ。お新香や明太子などもあるとより一層良い。

 ――お餅に海苔、無くてはならない存在だ。海苔のない醤油餅と海苔のある醤油餅では天と地の差がある。

 ――拉麺に海苔、当たり前の相方だ。海苔のない拉麺など、山盛りチャーシュー麺でもなければありえない。

 ――お煎餅に海苔、ただの醤油かき餅より海苔かき餅の減りの方が速いことは日本人の誰もが知っている。海苔のあるなしで値段も変わる。

 ――何もなくとも海苔、海苔だけでおやつになる。無敵。軽くて持ち運びに良い。

 ――青のりなくして、たこ焼きやお好み焼きは存在しえない。

 

 メカブ、アカモク、モズク、ワカメ、昆布、その他色々……それらを消化できない体質になってしまったことに、私は絶望した。何のために生まれて何のために生きるのかといえば、好きな料理を好きなだけ好きなように食べるため我々は生まれたのだ。好物を食えずして何が人生か。おおんと泣いたら両親に正気を心配された。

 ガラルの飯が不味いとか不味くないとか、そう言う次元の話ではないのだ。私が食べたいと望む料理がガラルに存在せず、そして、私の好物を構成する食材の中に今の私では摂取できないものが含まれていることが問題なのだ。

 

 さて、少し話は変わる。ガラルの飯マズについて、ガラルは産業革命の時に男も女もなく働くようになったことで料理に時間を掛けることがなくなったから飯マズになったという説があるが、そうではない。緯度が高く寒い土地だから食材が貧しく、歴史的に飯が不味いのだ。舐めてはいけない、ガラルは昔から飯が不味い――だからガラルの民は全体的に舌が貧しい。

 よって、私の舌も貧しい。ママが作ってくれたカレーも、「どこが美味しいのかよく分からないが毒ではない」から食べているというレベルだ。生まれた時から慣らされてしまった舌は貧困を極めている。

 とはいえ人の味覚が完成するのは十二歳あたりまでらしく、今の私は十歳。まだ味覚を育てられる歳で、そして――ガラルにおいては親元を旅立ちリーグ巡りができる歳だ。

 

 私はポケ廃ではなく、適当にアニメを見て映画を観て「あー面白かった」で終わる程度のにわか知識しかない。トレーナーなど無理だ。推薦状を貰えるわけもない。しかし旅立てる歳だ。

 親を「俺より強いやつに会いに行く」と口説き落としてカントー地方へ飛んだ。私は嘘は言っていない……「俺より(味覚が)強いやつらに会いに行く」のだから。

 

 しかし、カントー地方に飛んだ私はまた新たな衝撃を受けた。

 キムチがねぇ! 餃子がねぇ! 麻婆参鶏湯油淋鶏! なんと大陸や半島由来の料理が存在しないのだ。何故ならポケモンワールドに中○や韓○をモデルにした地方が存在しないから。

 

 私は和食が好きだ。米が好きだ。ありとあらゆる日本の食事を愛している……が、中○料理や韓○料理も好きなのだ。白いご飯を美味しく食べるためのありとあらゆる料理が好きなのだ。

 しかし、この世界には○華料理が存在しない。中○に該当する地方がない。つまり――中○料理に使われる調味料が存在しない。そんな……あんまりだよ。こんなのってないよ!

 

 カントー地方の食堂でバイトして味覚を育てながら、想い出の料理を想って毎晩のように泣いた。バイト先ではホームシックと誤解された。

 

 布団に入る度、前世では気楽に食べられた様々な料理が思い出される。

 エビチリが食べたい……。ちょっと甘辛な、あのプルンプルンしたチリソースが絡むエビチリが食べたい……。煮凝りのようなソースをまとったエビが口の中で弾け、ソースとエビの味が絡み合うあの幸せ。そして忘れてはいけない白いご飯。最高ですか? 最高ですよ当然っすわ。マヨネーズ掛けても美味い。文句なし百点。ありがとう、そしてありがとう!

 棒棒鶏も食べたい……柔らかい鶏胸肉に胡麻ダレを掛けて、揚げた唐辛子をちょっと散らすんだ。美味い。これは胡麻ダレでご飯が進むね、間違いない。胡麻の柔らかい味わいの中にピリッと唐辛子が入るのが好きなんだ、私は。人生にスパイスが必要なように棒棒鶏にもスパイスが必要、真理なのでこれテストに出ます。

 冷やし中華なら作れるんじゃなかろうか。さっぱり醤油系のタレで――冷やし中華と言えば盛岡冷麺も私は好きだ。牛チャーシューとか……あっ駄目だ。チャーシューがない。キムチもない。よってこの世界は地獄、はっきりわかんだね。冷やし中華ならまだいけそうな気がするが、調味料と具材に不安が残る。

 餃子とラーメン、チャーハン……半ちゃんセットに追加注文で焼き餃子。鉄板である。地元の行き慣れた中華料理屋で頼む、定番中の定番。醤油か塩かは店によって変わるが、ラーメンに小盛のチャーハンが付いて、そこに餃子を追加する。炭水化物の暴力、腹回りを直撃する台風、まさしくデブのソウルフード。

 ラーメンにはチャーシューが一枚か二枚に、青ネギ、味玉、海苔、メンマ。上に乗っている具材が既に食欲をそそる。スープを吸ってしなっとした海苔はそれだけで美味しく、ネギを絡めて啜る麺の爽やかさはいくら言葉を重ねても表現しきれない。チャーハンはタイ米より日本米の、パラパラでありつつもちょっともっちりした食感のものが好きだ。具はネギと卵だけのシンプルなのが良い。ちょっとチャーシューが入っているのも好きだがシンプルイズベストだ。焼き餃子は――柚子胡椒をちょっと乗せて、一口で食べる。そうすれば肉汁が皿に落ちることなく、口の中でジューシーな餃子餡が踊る。好き……。

 

 カントー地方の薄味に慣れ、和食の味付けに舌を鍛えられ、かつての味覚をだんだん取り戻してきている――そう自覚すればするほど、この世界に存在しない料理への飢餓感が募る。

 私も前世では料理をしていた。もちろん家庭料理だ。だが、ただ家庭料理を作っている程度の人間がコチュジャンを作れるだろうか。甜面醤の作り方を知っているだろうか。――知る訳がない。つまり、彼らはもう私の手が届かない存在なのだ。創味のシャンタ○やユウキ○品の中華調味料が恋しくて恋しくて、毎晩枕が湿る。

 

 おお、神よ。叶うならば私に中華料理の調味料を与えたまえ……! そう願っていたのが誰か伝説のポケモンの目に留まったのか。実はガラルでねがいぼしを拾っていたけどダイマックスバンドにしていなかったのが功を奏したのか。ふらりと入った古本屋で、私は運命に出会った。

 「日本語」で書かれた調味料の教科書や料理本が、叩き売りワゴンに並んでいた。

 

「おじさん、この本って」

「ああ、どこの文字でもない不思議な文字で書かれた本でな……。この文字を研究していた人が亡くなって、遺品整理でドカンとうちの店に来たんだ」

「――その研究者さんって、この本を読めたんですか?」

「いや、あの人は研究者ってもんじゃなかったよ。趣味でやってたんだ。読めたのかは知らんなぁ」

 

 解読出来ていたならとっくにカントー地方に中華料理が広まっていたはずだ。つまり、その亡くなった研究者(趣味)はこの本を解読できなかった。考えてみれば当然なのかもしれない……漢字ひらがなカタカナの三種類の文字がごっちゃになっていると普通なら思うまい。

 研究していた人が趣味で集めていた日本語の本は全て私が引き取らせてもらった。料理とは関係ない本も混ざっていたが、久しぶりの漢字かな交じり文は私のテンションを爆上げにしてくれた。俺は中華調味料を作るぞ、ジョジョー!

 

 発酵に時間を掛けている暇はないので、はっこうポケモンのツボツボを利用して豆板醤、甜面醤、豆鼓醤などなどを作る。素材のグラム数は分かっても、ツボツボで何日発酵させれば良いのかは分からない。そこらへんは手探りだった。

 アルバイト以外の時間は全て調味料作りに注ぎ込み、バイト代を調味料の材料に使いきってしまったこともあった。私の命を繋いでくれたのはバイト先のまかないだ――店長には頭が上がらない。

 

 そして、ああ、そして、やっとだ。私は中華調味料でもメジャーな物のうち七種類を安定的に作る事に成功した。スプーンの先端にちょっとだけ乗せたXO醤――XO醤はレストランやメーカーにより味付けが異なり、作り方は門外不出とされる。おかげで一番完成までに手間取ったのはXO醤だ。――をじっくり味わう。これこそ私が求めた味!

 気が付けば、私は今や十四歳。ポケモンバトル? ふざけるな! ツボツボの捕獲と飼育しかしていない私がバトルなどできるわけがないだろう! トレーナーゴーホーム!

 ちなみにキムチはまだ作れてない。調味料を優先したから仕方ないね。

 

 しかし、こうして調味料を作ったは良いが、使い方や味が分からなければ買い手がつくわけもない。それには自分で店を持って料理を提供するのがてっとりばやいのだが――店を構える金がない。アルバイト先の店長に調理師免許を取れと言われて免許を取得しているけど、金がない。

 悩んでいた私に店長は優しかった。

 

「うちの店で、お前の創作料理を出しゃ良いじゃねぇか」

「良いんですか」

「お客さんに出せる味かを先に確認させてもらうがな。お前なら変な味の物は出さんだろう」

「て、店長……! 有難うございます!」

 

 感動で涙が出た。私の涙腺は以前からガバガバだが、店長の優しさを身に受けて泣かないなどガバガバ涙腺でなくともありえない。マジで神。

 店長の太鼓判を貰ってメニューに加えたのは回鍋肉と棒棒鶏。品数を多くすると手が回らなくなる自信しかなかったので二品に抑えた。両方の料理とも、餃子のように皮を作らなくて良いし、包む手間もない。回鍋肉は豆板醤と甜面醤の二つを使った少し甘めの味付けで、棒棒鶏は芝麻醤のみ。

 

「このホイコーローって飯、うまいな! 甘辛いタレが肉やキャベツに絡んで飯が進む!」

「胡麻の風味がすごく濃くて、でもさっぱりしていて凄く食べやすい。ホイコーローもバンバンジーも野菜を食べる手が進む料理ですね」

 

 常連客にも好評を得て、私は泣いた。私の四年はこれだけでもう報われたと言って良い。おおんと泣く私の背中を店長や常連客が叩きまくってくれ、三日くらい青あざが消えなかった。カントー人はみんな力が強すぎる気がする。

 

 それからレジ横に並べた中華調味料は次々売れていき、需要に対し供給が間に合わなくなっていった。想定内だ。中華調味料のあるなしで料理の味わいが全く変わるのだ、一度美食を経験した者はそうそう簡単に元の粗食に戻れない。

 皮算用で高笑いしながらツボツボを捕獲していたのが悪かったのか、ジュンサーさんだけでなくジムリーダーまで呼ばれる騒ぎになった。料理好きの爽やかジムリ――タケシさんである。ちなみにうちの常連で、調味料もお買い上げ頂いている。

 私の馬鹿らしい行動で迷惑をかけてしまったジュンサーさんとタケシさんに十回以上頭を下げまくった。申し訳な過ぎて涙腺が決壊しそうだ。

 

「もう謝らないでくれないか、何もなくて良かったってことで良いじゃないか。そうだ、明日知り合いを連れて店に行くよ」

「有難うございます! お待ちしております!!」

 

 翌日、タケシさんが連れてきたのはトキワジムのジムリーダーことグリーンさんだった。おま……ちょ……ひえ……リアルグリーンさんとか心臓に悪い。この人が一番好きなんだぞ、私は。同じく一位にレジェンドのレッドさん。

 

「君が、最近はやりの調味料を生み出した料理人か」

「ふぁい! そうでございます!」

「ふっ、おれさまを前にして緊張するのは分かるが、そう緊張されて味が分からなくなられては困るぜ。新たなニビ名物だというホイコーローとバンバンジーを頼む」

「はい喜んでー!」

 

 どこの焼肉屋だ。クールにならねば。クールだ、ビー・クール。落ち着け。落ち着くんだ。

 深呼吸を繰り返し、イメージするのは常に最強の自分だ。

 

「君、トキワで店を開かないか。土地と店舗なら心配しなくて良いぜ、全部おれが用意してやる」

 

 グリーンさんの言葉に、私は目を剥いて倒れた。

 春巻き食べて現実逃避したい。

 

 そんな風にまあ初対面で気絶をかましたが、グリーンさんはパトロンになってくれた。ジムリーダーの資金力のおかげで創業できた我が社「中華一番」の調味料はカントーを起点にしてホウエン、ジョウト、シンオウでも瞬く間に流行った。この世界の食材に置き換えて作り直した中○料理のレシピ本は増版を重ね、他の地方でも翻訳されてバカ売れしているらしい。

 

 なにせ私は自分で料理するより人に作ってもらう方が好きだ。人生を捧げられるほど料理が好きなわけじゃないし、どちらかと言えば他人が作った美味い飯を食べる方が好きなのだ。積極的にレシピを公開し、料理人の皆さんが腕を磨いてくれるように促しているのはそのためだ。

 おかげで腕の良い料理人が作った美味しい○華料理を気軽に食べられるようになり、隠し味に醤を使った複雑な味わいの和食も増えた。良いことだ。

 

 ――ところで話は変わる。パンと言って我々が思い浮かべるのは食パンだろうか、菓子パンだろうか。まあ日本で生まれて日本で育ち、日本のスーパーやパン屋でパンを買っている限り、認識はそう変わるまい。パンとは、しっとりして柔らかくモチモチしたものである。日本人にとってのパンとはそういうものだろう。日本をモデルにしたカントー地方のパンも同様のようだ。

 だがしかし。我が生誕の地ガラル地方やガラルと海を挟んだ隣のカロス地方、イッシュ地方などでメジャーなのは「ふわふわしっとりもちもちパン」ではない。バリバリで硬いバゲット系のパンがメジャーなのだ。固い皮で唇が切れるあれだ。

 我が地元スパイクタウンでも、贔屓のパン屋に並んでいるのはオリーブオイルをかけて食べるのに向いているパンばかり――パン・ド・ミもあることはあるが、それでも食パンより硬い。

 

 パン・ド・ミのサンドイッチはもちろん美味しいが、スイーツサンドには向かない。よって我が地元でスイーツサンドなどというものが生まれる余地は無かった。しかしここはカントー地方である。柔らかい食パンの文化が、この地にはある。

 ――トキワがスイーツサンド発祥の地になり、グリーンさんから満面の笑みと「良くやった」というお褒めの言葉を頂いた。感動のあまり吐きそうになりながら泣いた。

 

 グリーンさんが褒めてくれたことだし、今度は目先を変えてスイーツで革命を起こせないだろうか。この五年近くは白いご飯のお供のため脇目も振らず生きてきたため、人生の三分の一をカントーで暮らしているのにも関わらず私はここらの甘味について全然詳しくない。待ってろ私のスイーツちゃん、と老舗のお菓子屋さんに行き――そりゃそうだと肩を落とした。

 中○があってこその和菓子と言えば羊羹だと思っていたが、お饅頭もだったとは知らなかった。米の長期保存が原点の餅菓子や回転焼き、岩おこしはあるものの、お饅頭や大福、かりんとうなどが存在しない。当然ながら月餅もない。

 ○国がこんなにも日本の食文化に影響を与えていたとは予想以上だ。

 

 スイーツに目覚めた私だが、古本屋で見つけた料理本にお菓子のページはなく、毎日の食事を漫然と作るだけだった私が羊羹の作り方など知る訳もない。私が作れるのはお萩くらいだ。だから神様、お願いしマッスル! 私にお菓子のレシピ本をください……!

 しかし祈っても神様はそんなに優しくない。ねがいぼしは黙りで、「日本語」の本はいくら探しても降ってこなかった。畜生知ってたと泣いた。

 

 和菓子について真剣に考えたせいだろう、それから毎晩のように和菓子の夢を見るようになった。こしあんでも粒あんでも良いから羊羹が食べたい。ほっこり安らげる羊羹が食べたい。生姜がぴりっと効いたういろうが食べたい。優しい甘さの桃饅が、粒々とした食感の桜餅が、サツマイモのゴロゴロ入った芋餅が――煎茶に合う様々なお菓子が欲しい。

 酸味の強い苺が素晴らしいアクセントとなり後味が爽やかな苺大福。さくさくとした皮とねっとりした餡が鐘を鳴らす最中は、求肥や栗が入っているのも好きだ。焦げの香り豊かなみたらし団子。さっくりとした食感の、黒棒やげたんはと呼ばれる黒糖のふ菓子。その他たくさん。

 

 ――ああ、口が甘味を求めている。私は甘味に飢えている。誰か甘味をくれ……私に甘味を!

 すっかり甘味に思考が染まりきり、甘いものを求めてヨタヨタと街をうろつけば背後からグリーンさんにモンスターボールを投げつけられたあげく「ベトベトンかと思ったぜ!」と言われた。年頃の少女に向けて掛けるべき言葉ではないが、グリーンさんがグリーンさんであるだけで尊いので私は寛容な心を持って許した。

 

「グリーンさん、美味しいお菓子を置いているお勧めのお店はありませんか?」

「お勧めね……最近できた店なんだが、カロスの有名パティスリーで修行してきたというパティシエのケーキは絶品だったぜ」

「ほう、ケーキ。良いですねケーキ」

 

 特に好きなのはクリームたっぷりのショートケーキだ。ガラルのショートケーキはビスケットでクリームと果物を挟んだものなのだが、私はスポンジ生地のふわふわした苺のショートケーキが一番だと思う。ガラル式が不味いわけではない、単に三つ子の魂百までというだけだ。私にとってのショートケーキは日本式。

 私は日本式を求めていたのだ――だが。

 

「ショートケーキはどこに?」

「なんだ、そのショートケーキって」

 

 私が欲しいのはフランス式ショートケーキのフレジェではなく、日本式ショートケーキだ。スポンジ生地にクリームと苺を挟み、表面が真っ白になるまでクリームを塗りたくり上にいちごを乗せたアレだ。

 グリーンさんの反応からして、日本式のカントー地方近辺にショートケーキが存在しないのは確定。私はおおんと泣いた。もちろん店内で泣いたら迷惑なのでフレジェを買ってグリーンさんと別れ、公園のベンチまで行ってから泣いたとも。私はマナーの良い客なのだ。

 

 ああ、愛しのショートケーキ。君がいない人生なんて焼肉のたれがない焼肉みたいなものだ。何故ないんだショートケーキ……シンプルな見た目のくせして奥深いショートケーキよ! 生乳由来のもったりした生クリームは少し甘味が強めで、しっとりした卵色のスポンジ生地に挟まれた酸っぱい苺と一緒に口に含めばそこはラビリンス。迷子になったまま帰りたくない。

 上に乗った苺は始めに食べるか最後に食べるかはたまた途中で食べるか――中段の苺は酸っぱい方が良いが上に乗っている苺は甘いものじゃなければ嫌だ。酸っぱい苺は甘いものに包んで食べたいんだ、甘い苺で作った苺大福とかふざけるんじゃない。大福の苺は酸っぱいから良いのだ、ケーキの中の苺も酸っぱいから美味いんだ。美味しい林檎ジャムは酸っぱい紅玉から作るから美味しいのと同じように。

 ショートケーキフォーエバー。

 

 あと店内に見当たらなかったケーキがあったような――そうだ、チーズケーキだ。ベイクドチーズケーキはあったのに、スフレチーズケーキがなかった。ふわふわでしっとりで口に入れたら溶ける、あのスフレチーズケーキがなかった。レアチーズケーキもなかったような気がする。レアチーズケーキは海外でも一般的なものだとばかり思っていたんだが、もしかして日本生まれだったのだろうか? チーズケーキと言えばスーパーの乳製品コーナーにあったチーズデザートは手軽で美味しかった。特に四種のベリー入りの甘酸っぱい味わいは、こんなお気軽にお安く楽しめてしまって良いのかと思ってしまうクオリティだ。

 あとは……ミルクレープもなかった。モンブランはあったのに。ミルクレープと言うからにはミルフィーユと同じくフランス生まれに違いないだろうに何故なかったんだろう。単にパティシエの気まぐれで店頭に無かった、とかそういう理由だったら嬉しい。

 

 気まぐれなら良かったのに、気まぐれではなかった。私の目は死んだ。

 ケーキなんて作れんぞ、私は。

 

 私の知る洋菓子も和菓子もこの世界では存在しないものが多く、しかしお菓子作りの素人である私は作り方を知らない。手元にあるのは数十体のツボツボだけ。どうしようもなさここに極まれり。ちなみに私が作れるお菓子はホットケーキミックスを使ったクッキーやマフィンくらいだ。

 素人だから出来ない、技術がない、知識もない。ならばどうするか。――プロにお任せしてしまえば良いのだ。プロの技術を持った職人にイメージを伝え、後はお任せしてしまえば良い。

 

 作りが単純なので頼んでから三日後には完成したミルクレープはともかくとして、お饅頭が出来たのは思ったよりすぐ――といっても数ヶ月後――だった。肉まんのレシピのお陰で饅頭の皮は基本を転用できたそうで、それからは怒涛の勢いで次々と私の知る和菓子やらケーキやらが完成していった。しかしこうして新しいお菓子が増えていくにつれ、お世話になった店長やバイト時代からの知り合い、お菓子職人、トキワ商店街の皆さんの態度がだんだん変わっていった。

 粗野に扱われるようになったわけでも、距離を置かれるようになったわけでもない。ただ、どこそこの男と結婚しないか、という見合い話を持ってこられるようになったのだ。

 

「他所に行かせてなるものか、という執念を感じます……」

「はっはっは、君は今ではカントーが誇る調味料の創作者で料理研究家だからね。たとえそれが君の地元でも、他の地方に君を引っこ抜かれたくないのさ」

 

 うどんと蕎麦以外の麺類が食べたくてパスタのレシピを参考に中華麺を作っているのだが、そう簡単に成功するものではない。失敗した麺の消費に付き合ってくれているタケシさんとちゃんぽん麺もどきを食べながら愚痴ると、タケシさんは楽しそうに笑い声を上げた。

 

「ポケモンバトルで言えば、君はカントー地方が誇るジムリーダーなんだ。みんな、ここに君が定住するという確信が欲しいんだよ」

「その気持ちはまあ分かるんですけどね、でもだからって見合いはご遠慮させていただきたいですよ。私まだ十六歳なんですから」

 

 ――イッシュやカロス、アローラが気にならないとは言わないが、私は白いご飯がある場所に骨を埋めたい。

 また、工場や人員を手配してくれたグリーンさんに後ろ足で砂を掛けたくないからカントーを離れるつもりは一ミリもない。旅行には行くかもしれないが定住はしない。そのつもりだ。

 

「ガラルで暮らしたいとは思わないのかい?」

「ないですね。そろそろ一度里帰りでもして親や友人連中とは会うべきかな、とは思いますが」

 

 なにせガラルはカントーから遠く、カントーの食材はどこにも売っていないのだ。もちろん醤油もない。血潮が醤油で肉体が米で出来ている私はガラルで生きていける自信がない。

 

「里帰りするなら早い方が良いんじゃないか。たしか、カントーに来てからまだ一度も里帰りしていないんだろう?」

「そうですね……六年も離れていたら親からも顔を忘れられそうですし、近々予定を組んで帰省します」

「そう簡単に家族の顔を忘れやしないさ。これまでずっと働き詰めだったんだから、実家でゆっくりしてくると良い」

 

 果たして実家でゆっくりできるだろうか。母は「独り立ちした娘が会いに来てくれたんだもの、今日は腕によりをかけるわよ」とか言って不味いとも不味くないとも言えない微妙な料理を増産するだろうし、父は「ガラルの味が恋しいだろう?」とか要らない気づかいをして結構不味いお菓子を買って帰ってくる可能性が高い。

 私には勿体ないほど良い両親なんだが、ガラルで生まれ育った二人の味覚と、カントーで鍛えた私の味覚は違う。食事の時間は地獄になるだろう。

 

「いやあ、君を育てた土地だからきっと料理が美味しいんだろうね。俺も一度ガラルに行ってみたいものだよ」

「はい?」

 

 空耳か聞き間違いだろうか、ありえない言葉が聞こえた。

 

「ガラルの料理は美味しいんだろ? 君のような料理の天才を育てたんだから。俺の知り合いには君の地元に行ってみたいと思っている人は多いよ」

 

 それは誤解だ! 一体どうしてそんな誤解が生じたんだ!? ガラルの料理は一部を除いてだいたい不味い――口が滑った、美味しいとは言い難い微妙な料理だ。三日くらいなら耐えられるだろうが、一週間以上ガラルの料理が続くと心に隙間風が吹き込み始める。むなしさと苦しさと言い切れなさが胸の中をもやもやと満たすようになる。あれはそういう料理だ。

 少なくともこの数十年は、まともな料理が海外から流入したことによりウナギの煮凝りや星を見上げるパイやハギスのような不思議の国の料理が食卓に並ぶ事は無くなったが、そう簡単にガラル人の味覚が変わるわけもない。本来ならば美味しいはず料理でも味見する人間の味覚が貧困なら、本来の美味しさが消え失せる。

 

「違うんです。ガラルはそんな場所じゃないんです……!」

 

 どうにか、どうにかせねば。カントー人がガラルに過大な夢を持っている現状をどうにかせねば。

 大声で「ガラルの飯は不味い! 食事の時間がつらい! 心が死ぬぞ、これ本当!」と叫びまわるのはどうだろう――さしたる効果が期待できないだけならまだ良いが、ガラル地方での私の名誉が地に落ちる。スパイクタウン出身者はこれだから、とか言われてしまう。駄目だ。

 ガラル地方全体の味覚を改善するのは――とんだムリゲーだ。私一人の努力で解決できることではない。百年計画なら出来なくもないだろうが、今すぐなどどだい無理な話。しかしガラルを愛する一人として、「うげ~ガラル地方って世界一メシマズだわ~」などと他の地方の奴らに言われたくないという気持ちはある。

 

 何かないだろうか。ガラルで簡単に受け入れられて、なおかつ他の地方の者が食べても美味いと感じる料理は。

 何か……あるわ。

 

 カレーライスだ。

 

 カントーにはカレーライスがあるが、これはガラルのカレーが元になった料理だ。つまりガラルには既にカレーが存在する。私は幼い頃から母の微妙に不味いカレーを食べてきた。

 だから私がガラルに導入するのはこれ、『キャンプでカレーライスを作り食べるのがガラルの美食』ブームだ。

 

 カレーが既にあるのに、何故あえて屋外でのカレーライスを推すのか。その理由は四つある。

 一つ目。カレーはよほどの失敗をしない限り美味しい。

 二つ目。ガラル人に調理させる必要がない。カレーライスを食べる本人が自炊するから、味がまともかどうかは本人の責任であって、ガラル人の味覚は関係ない。

 三つ目。屋外での食事は何故か美味しく感じられる魔力を持っている。例えるなら家での焼肉や店の焼肉より屋外で食べるバーベキューの方が何故か美味しいように感じ、満足感を得られるようなものだ。

 四つ目。原作ゲームで主人公たちがキャンプしながらカレーライスを食べていた。私はゲームをプレイしていないが、ストーリーや設定は履修済みだ。

 

 朝食はまともで美味しいから放置で良いが、残る昼食と夕食はちょっとアレだから『ガラルでブームの自炊カレー』で誤魔化すしかない。都合が良いことに従姉がスパイクタウンのタウン情報誌で編集をしている。彼女には屋外カレーブームの火付け役になってもらおう。

 そんな風に計画を練りながら帰ってきました、ガラルのスパイクタウン。カントーから距離的にかなり遠いこともありガラルでうちの調味料を取り扱っている店は一つもないが、実家にはもう三度ほど調味料の瓶を送っている。料理に使ってくれていると思いたい。

 

 思いたかった。

 

「ちょっと舐めてみたらすっごく辛かったし変な味だったから、使わずに仕舞ってあるの。ごめんね」

 

 そりゃそうだ。調味料単品で食べるものではないのだから当然だ。――だから母が仕舞ってしまったのも仕方ない、仕方ないんだ……。ちょっと泣いた。

 中華調味料はマーマイトより料理に使いやすいはずなのにね。

 

 六年ぶりの我が家は以前と変わらず、母の趣味のパッチワーク・キルトが家のあちこちに飾られている暖かい場所だ。帰省の日を伝えていたお陰で近所に暮らす親戚もうちに集まり、まともで美味しいミンスパイから硬い・パサパサ・不味いのキューカンバーサンドイッチまで、色々な料理がテーブルに並んでいる。

 

「姉ちゃんの子供!――もしかしてあの時お腹の中にいた子?」

「そうそう。あんたが六年も帰ってこないからさ、もう六歳。ネズ、初めましてしな」

「ネズ、六歳……です」

「わー可愛い! 初めましてネズくん! 私はネズくんのママの従妹だから……おばちゃんだね」

「何言ってんの、十歳しか変わらないんだし、お姉ちゃんって呼ばしぇとけ」

 

 従姉の息子がネズだった件。ネズ君はまだ六歳なのに、いかにも「私は神経質です」と言わんばかりの顔付きをしている。自分が責任を負う必要のないことも背負って苦労を重ねそうだ。初めて会うおばを相手に緊張しているだけなら良いのだが。

 

 ネズ君は六歳。ということは、ガラル編のソード・シールドまで少なくともあと十年はある。チャンピオン・ダンデが今いくつなのかは分からないが、ダンデ含むネズたちはゲームの時間軸で二十代前半かそこらだろう。

 片手では足りない年数離れていた田舎は今も人で溢れ、ジムチャレンジの季節でもないのに、庭から見える塀の向こうは騒がしい。

 

 夕食は私が作った。母は「疲れてるでしょ」とか「休んでていいのよ」と言ったが、これはそう言う問題ではない。調味料の引き出しの奥に仕舞いこまれていた調味料を使って鶏肉とジャガイモのカシューナッツ炒め、酢豚、ピリ辛ソースの若鶏の唐揚げを作り、カントーで買ってきたパックのこし餡を使ったゴマ団子をデザートにした。何故このチョイスかと言えば単に私が食べたかったからだ。カシューナッツぽりぽりうまうまー! なお、私は栄養学なんて履修していないので食べ合わせが良いかどうかは知らない。

 こうしてガラルに帰省し料理を作ってから思い至るのは遅すぎるのだが、私は味覚をカントーで鍛えたからこれらの料理を美味しいと思えるのであって、生粋のガラル人はこの料理が美味しいか不味いかを理解できるのだろうか。不安になってきた。そして不安は的中した。

 

「お姉ちゃんすごい。人参が甘か!」

「君のような将来有望な人材がいてくれてうれしいよ、ネズ君!」

 

 ありがとう子供、ありがとう成長途中のピュアな味覚。肯定的な反応をくれたのはネズ君だけで、両親含む親類全員が「ふーん、変な味。まあ食べられない事は無いけどね」という反応だったから、ネズ君の称賛なくば心が折れるところだった。

 味覚がぶっ壊れた大人たちには期待できない――いや、逆に考えよう。若い世代の味覚にはまだ希望が残っている、と。彼らの味覚を底上げすれば自然と、不味い……もとい、味が残念な料理は淘汰されていくはずだ。神様仏様お星さま、私に革命を起こす力を!

 

 味覚の自然淘汰の第一歩として、従姉に頼み込み、タウン情報誌『スパイクタウン・ダッシュ!』に『キャンプで手作りカレーを楽しもう☆ 開放的なワイルドエリアで手持ちたちと一緒にカレー作り☆』という記事を載せて貰えるよう押し通した。原稿の叩き台とカレーライスのレシピは用意してある。料理上手なタケシさんお墨付きのレシピだから、作り手の料理スキルが底辺でない限り美味しいカレーライスが食べられるはずだ。

 あとはワイルドエリアで手持ちのポケモンとカレーを作る様子の写真を撮れば良いだけ。簡単だ。

 

 簡単だよ。

 

「姉ちゃん、姉ちゃんの手持ち借りて良い?」

「え、なんで?」

「私の手持ちポケモンはツボツボだけでさ。ツボツボだけなら何匹でも並べられるんだけど、それだとガラルらしさ皆無な写真になっちゃう」

「うわっ……偏執的な集め方……」

 

 従姉にドン引かれつつも借りたポケモン二匹を連れ、ワイルドエリアの中でも比較的安全な区域でカレーを作る。

 きのみを豊富に使ったカレーのレシピの端にタケシさんのおおらかな文字で「真心を込めるとさらに美味しくなるぞ!」と書かれている。タケシさんが可愛くて胸が苦しい……私の嫁になってくれないだろうか。自然と笑みが浮かび、両手でハートを作り「真心注入☆」と唱えた――この時の私はちょっとテンションがおかしかったかもしれない。

 

 カレー鍋が光を発してドスンと揺れた。何が起きたんだ。本当に何が起きたんだこれは。

 抜き足差し足でカレー鍋から距離を取る私に対し、従姉の手持ちポケモンのお二方はカレーに興味津々の様子。モルペコのペコリーノ(あだ名)がなんと鍋の中に頭を突っ込んだ。

 

「ひぃっ!! 何やってるのペコリーノ、ペッしなさい! ペッして!」

 

 しかしペコリーノは私の制止を聞かずゴクゴクとカレーを吸い上げていく。生まれてこのかたポケモンがカレーを食べるなんて話は聞いたことがない……いや、待て。そういえば剣盾ではポケモンもカレーを食べていたはずだ。『ミュウツーの食べる量が少なくて可愛い』とかいう記事を読んだ覚えもある。

 この「真心込めた」カレーがゲーム剣盾で出たカレーなら、これは流行る。ポケモンと同じものを食べられると知ったトレーナーがカレーを作らずにいられるはずがない。間違いなく流行る。これでかつる。

 従姉の手持ちのマッスグマのトラペジアス(あだ名)がカレー鍋をペロペロ舐めているのを写真に撮り、私はこの戦いの勝利を確信した。

 

 親孝行の帰省を終え私がカントーに戻って一週間が過ぎた頃、従姉から電話が来た。

 

「あの記事が人気過ぎて、原稿書いた人に会わせろって大手の出版社が来たんだけど! うちみたいな零細に! あんたの名前教えて良い?」

「どうぞどうぞ。カントーで会社やってることも伝えておいてよ。うちの社名は『中華一番』でホームページもあるよ」

 

 従姉との通話を終え、鍋に正対する。

 帰省中に減った商品を補給する作業に一週間近く取られたため、今日が初めての「カントーでも真心カレー(仮名)を作ることができるか」の検証だ。なお、ガラルの一般家庭の庭先で作れるかを検証した際はすべて失敗に終わった。

 

 場所が成功や失敗に影響する可能性を考えて、工場の庭、今住んでる借家の庭、適当な道路の端っこで何度か試す予定だ。初回は工場の庭、青空が眩しい。

 ワイルドエリアで作った時と同様、タケシさんのレシピ通りのきのみと具材でカレーを作り……両手でハートを作り叫んだ。

 

「真心注入☆ミ」

 

 反応がない。ただのカレーのようだ。

 

 それから数日後に行った検証第二回、借家の庭での真心注入も失敗。また日を開けて行った検証第三回、適当な道路の端っこでの真心注入も失敗に終わった。

 

「やっぱり駄目か……」

 

 真心カレーはガラルのワイルドエリアでしか作れないのか。その場にしゃがみこみ深くため息を吐いて――顔を上げれば、登山用リュックを背負い、そのリュックの上にピカチュウを乗せた軽装の青年が立っていた。

 もしかして:レッドさん。アイェェレッドさん! レッドさんナンデ!? シロガネ山でヒッキー生活しているのではなかったのか!?

 

「ご、ご用件は?」

「…………」

 

 この反応はレッドさんで間違いない。山を下りて来た理由などどうせ私には分からないから横に置いておいて、今はこの伝説の男をじっと観察する。――言葉で語らず目で語る彼は私のカレー鍋に視線をやり、私に目を戻した。

 

「お腹がすいているんですね?」

 

 男はこくりと頷いた。

 

 日本と同様、ここカントー地方においてカレーライスは国民食だ。カレーが嫌いなカントー人などいない、というと言いすぎだろうが、私の知っている限りカレーを苦手としている人はいない。つまりカントー人全員がカレー好きと考えて良い。

 

 ところでエル知っているか……カレーは飲み物なのだ。食べ物ではない。カレーをカレー以外の飲み物で例えるならスムージーかドリンク剤だろう。ごくごく飲めて、野菜が採れて、栄養豊富で、なんと動物性プロテイン配合。スムージーで一食置き換えダイエットしようと考えている人はカレーを飲めば良い。

 ルゥにターメリックが入っているので肝臓に優しい。数十種類のスパイスが組み合わされたルゥにより、発汗作用、整腸作用、低血圧改善その他様々な効能がある(個人差が有ります)。ドリンク剤を飲むより先にカレーを飲むべきだ、そうだろう。

 それだけではない。カレーはソース――調味料としても優秀だ。ご飯に、トンカツに、うどんに、ピザに、グラタンに、コロッケに、春巻きに、掛けたり混ぜたりすることで様々に表情を変える。醤油や味噌には劣るものの、カレーは調味料として応用の幅が広い。白いご飯と共に食べるだけではないのだ、カレーは。

 

 以前、私が独自で行ったカレーに関する調査で、二千九百人に質問をし(閲覧数)四百四十の回答を得た(Pixivアンケート機能利用)。そのうち約五割が「カレーといえばカレーライス」と回答し、「カレーは栄養ドリンク」と回答した割合と「カレーは調味料」と回答した割合が約二割ずつ。「カレーはスムージー」という回答は一割に上った。なお、カレーのことを甚だしく誤解しているとおぼしき回答は無効票として処理した。

 このことから分かるのは「カレーは飲み物だ」と認識している層はカレー常食者の内三割を占めている、ということだ。

 

「ご飯に掛けますか、それともマグで?」

 

 男はキャンプ用マグカップを見た。私はマグにカレーを注ぎ、男に差し出した。

 青空の下、無防備に晒された喉仏が眩しい。

 

「お代わりは」

 

 無言で差し出されたマグカップにカレーを注ぐ。男はマグを左手で受け取ると、右手を差し出してきた。

 

「……レッド」

 

 私はその手を握り返し、名乗る。

 仲間って、素敵だ。

 

 ――基本のレシピは原則公開としているお陰か、カントー近辺の各地方でも饅頭やらショートケーキやらが食べられるようになった。ジョウト土産の「いかりまんじゅう」なる饅頭を煎茶と共に頂き、余は大変満足である。

 

「研究所からポケモンが盗まれた、ねぇ」

 

 母から行儀が悪いと何度も注意されたが、私はオヤツを食べながら新聞や本を読む派だ。まったりと時間を優雅に過ごしているような気持ちになれる。

 ばさりと広げた町の広報に、ジョウト地方にあるポケモン研究所からポケモンが盗まれたと書いてあった。気を付けましょうと注意喚起されても何に気を付けろというのか。ジムリのグリーンさんやシロガネ山ヒッキーのレッドさんがいることから赤緑は終わっている、つまりロケット団は解体されたはず。カントー地方の危ない組織はもうないわけだし、さして危険でもない単独犯だろう。

 いや待て――ジョウト地方のポケモン研究所はワカバタウンのウツギ研究所だ。なるほど、金銀が始まったということか。シルバーがポケモンを盗み、ゴールドの冒険が始まるのだ。

 

「待て、待とう。今が金銀ならグリーンさんたちは現在十四歳……!? 二つ下の出す貫禄じゃない。同い年か一つ下程度だと思ってたのに」

 

 私がせっせと調味料作りに没頭している間に金銀が終わったのだろうとばかり思っていたが、なんとまさか二歳下だったとは。まあ、今更年上ぶるつもりはないから気にしないことにしよう。

 

 それより重要なのは、第三回「真心カレー」検証で親しくなった()レッドさんから貰ったものについてだ。シロガネ山で引きこもりをしている彼の食生活を支援するため近所のエスパータイプ廃のお姉さんからフーディンを借りて宅配をしたところ、一週間後にレッドさんからレベル七十のフーディンが届いた。今度からはレッドさんのフーディンで物資を送れということだろうが育成が早すぎる。それと、どうやってユンゲラーから進化させたんだ。通信交換で進化するポケモンじゃなかったのか。

 私の手持ちに加えて良いということなので有難くフーディンを頂き、フーディンに家事の手伝いも頼んだりしてはや一月。――この快適さから抜け出せなくなった。

 

 一人暮らしでは炊事洗濯掃除その他、様々なことを自分一人でやるしかない。むろん、結婚などで同居人がいてもそれがダメ人間の場合は逆に仕事が増えるだけで何の役にも立たないが、普通の感性を持つ常識的である程度の思いやりを持つ人間ならゴミ捨てやら風呂掃除やら食器洗いやら洗濯物干しやらをするだろう。

 一人での生活は案外寂しい。数十匹のツボツボがいるとはいえ会話相手になるわけではない。

 そこに現れしフーディン(レベル七十)。痒い所に手が届くとはこのことだ。高い棚の上の物をサイコキネシスで取ってくれるし、掃除機をかけてくれるし、買い物メモを渡せば買い物をしてきてくれる。毛があるから料理や皿洗いなどの手が濡れる家事はしないもののそれ以外の家事を手伝ってくれる。

 

 フーディンのいる生活から抜け出せなくなりそうだ。日々のお礼の気持ちを込めて真心カレーを作りたいのだが、今のところガラルのワイルドエリアでしか成功した例がない。先日わざわざカントーまで取材に来たガラル・エキサイト・プレスの人達も「ガラルの他の地域ではカレーに真心を込められない」と眉をハの字にしていた。

 毎日お世話になっているフーディンに真心カレーをご馳走したい。もちろん前からの手持ちであり、調味料製造に従事してくれているツボツボたちにも真心カレーを作ってやりたい。みんなと一緒にカレーを食べたい。しかしガラルのワイルドエリアでしか真心カレーは作れない。どうすれば真心カレーを手持ちたちと食べられるだろうか。

 

 ――そうだ、ガラルに行けば良いじゃないか。フーディンやツボツボを連れてガラルに旅行に行けば良いのだ。そしてワイルドエリアでカレーを作れば良いのだ。カントーで作れないならガラルに行けば良いじゃない。マリーアントワネットもこう言っていた。

 そうと決まればもはや憂いはない。社員に五日の特別休暇を出し、手持ち全員を引き連れてガラルに行こう。福利厚生だ。今すぐは無理だが来月の半ばにはガラルへ跳ぶのだ。

 

 一人で行くのもなんだから誰か誘おうか。グリーンさんは駄目だろう、ジムリーダーをホイホイ連れ出すのは憚られる。同様にタケシさんも止めよう。最近カスミさんと良い感じらしく惚気が煩いし、浮気を疑われては困る。

 安い便箋に旅行先やその日程、目的について書き、それを四つ折りにする。

 

「フーディン、レッドさんにこれを渡してくれる?」

 

 任された、と頷いたフーディンが屋内からどろんと消えた。

 

 ぶっちゃけたことを言えば飛行ポケモンに乗った方が速い空の旅を終え、ガラル国際空港まで着いた。座りっぱなしで疲れたらしいレッドさんが肩を回す間、ピカチュウはレッドさんの頭の上に移動している。可愛い。

 

 預け入れ荷物を受け取ったあと、改めて今回のガラル旅行の注意を伝える。

 

「えー、先日も言いましたが、ガラルの飯という飯はだいたい不味いです。朝食と三時のおやつとジャムと一部の料理はまともですが、ほとんどの料理は美味しさと程遠く栄養補給ができるという点しか魅力がありません。味がどうであれ食べてみたい、と思う料理が有ったら私に言ってください。不味い料理の場合は分けっこしましょう」

 

 レッドさんが何か訴えるような目を向けた。

 

「美味しいものを共有するのも楽しいですが、不味いものを共有するのも楽しいものですよ。一緒に悶絶しましょう」

 

 渋々とした様子で頷いたレッドさんを連れて今度は列車に乗り、実家に着替えやらの荷物を預けてワイルドエリアに繰り出し……人の多さに目を剥いた。若いトレーナーから腰の曲がったトレーナーまで、老若男女のトレーナーがあちこちでカレーを作っている。

 空いた場所がないので奥へ奥へと向かった結果、なんとハシノマ原っぱまで来てしまった。

 

「では、今日はこれ、真心カレー誕生のきっかけとなったタケシさんのレシピでカレーライスを作ろうと思います」

 

 ボールから出した我が手持ち――二十体以上いるツボツボが一斉に前足を打ち合わせて拍手をくれ、フーディンもスプーンを手ににっこりとしている。

 

「タケシさんのレシピではいくつかのきのみを使うんですが、今回は持ってきていません。木を揺らして拾いましょう。ところで、レッドさんはヨクバリスというポケモンをご存知ですか?」

 

 首を横に振ったのでさもあらんと頷く。

 

「ヨクバリスはガラルのみに生息する欲深いポケモンです。毛並みが悪く、いかにも欲深そうな体格をしているポケモンなので見ればすぐに分かります。うっかり木を揺らし過ぎると木から落ちてきてきのみをかっさらっていきますので、揺らし過ぎに注意してください」

 

 レッドさんとは二手に分かれ、手持ち全員で木を囲み……幹を蹴りつける。ぼろぼろときのみが落ちてくるのをフーディンがねんりきで籠に投げ込んでくれる。

 私はヨクバリスが落ちてくるほど揺らさなかったので平和裡に収穫を終えたが、離れた木の下ではレッドさんのピカチュウがヨクバリスをタコ殴りにしていた。一方的な戦いに草も生えない。

 

 満身創痍のヨクバリスがヨクヨクと……間違えた、よろよろと木に登っていく姿を見送る。ヨクバリスの食べ差しを除いても十分すぎる量のきのみを得たので調理開始だ。が、ポケモンの手助けは要らない。

 

「カレー作りは食材を切ったり皮を剥いたりという作業なので人間がやります。最後の真心を込める時に皆の協力が必要なので、その時になったら呼びます。分かったら解散! 遊んできていいよ!」

 

 ガラルに帰省した時に連れて行ったのはたった二匹のツボツボだけで、残る面々はカントーに残り休ませていた。カントーでの検証にも同じ二匹を同行させていたが、その二匹以外は初めてだ。詳しく説明をすれば手持ちたちはウンウンと頷いて離れていった。

 

 遠い場所で「うわっなんだこのポケモンの群れ!?」とか「キャー触手だわ!! スケベなことするつもりなんでしょ、エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!」といった声が聞こえてくる中、食材を切ったり炒めたり圧力鍋に入れたりという細かい作業をする。なお、カレードランカーとして当然のことだが食材は小さく切ることが重要だ。中まで火が通るのが速くなるからとかそういう理由ではない。具が大きいと飲みづらくて不便だからだ。

 圧力鍋に蓋をしてからの仕事はたった一つ、火を絶やさないこと。ガスコンロに慣れた私は役立たずだがシロガネ山引きこもり生活で焚火の維持に慣れているレッドさんの焚火スキルは高く、一定の火力を保っている。

 

 何度か中を確かめ具が舌で潰せるほど柔らかくなったところで、きのみをいくつか追加して味を調える。そろそろだと判断して指笛を吹けばどたどたと帰ってくるツボツボの群れ、フーディンを添えて。

 レッドさんの手持ちのエーフィ、カビゴン、フシギバナ、リザードン、カメックスも見守る中、両手でハートを作り叫ぶ。ツボツボたちは首を伸ばしてうねり、フーディンはスプーンを天に掲げた。

 

「真心注入☆」

 

 光を放ちドカンと揺れる鍋――成功だ。レッドさんの視線が鍋から私に移動する。

 

「これで成功です。真心カレーは真心を注入することにより何故か光を放ち、何故か揺れます。何故か」

 

 何故かは誰にも分からない。きっとゲーム上の都合だろう。

 

 約三十匹分のカレーライスを注ぎ、我々の分はマグにカレーのみ注いだ。

 レッドさんはピカチュウたちが美味しそうにパクついているのを見るとふわりと表情を和ませる。そうだろう、手持ちと同じものを口にできる喜びは他の何にも代えがたいほど素晴らしいだろう。私もそうだった。

 

 レッドと私はマグカップでカレーを食う……否、カレーを飲む派だが、四百四十人の回答者のうち約五割はカレーをライスにかけて食べる常識人だ。右カレー左ヒラメと回答した五パーセントの方々はヒラメ×カレイの魚類カップルリング派の可能性もあるが、私が聞きたかったのは魚類のカレイの話ではなく料理のカレーについてだ。

 圧倒的五割のカレーライス派に対し、たった一割のカレードランカーの立場は弱い。カレーライス派の者どもは「カレーにはライスがないと」だの「カレーをかけたオムレットも美味い」だの「カレーの国ではナンを付けるんだよ」だのと言うが、カレーの採り方くらい自由にさせろと言いたい。

 「みそ汁とご飯で猫まんまを食べたい人」と「みそ汁を単品で楽しみたい人」がいるように、「カレーをライスに掛けたい人」と「カレーを単品で飲みたい人」がいるのだ。レッドさんと私は単品で楽しみたい人、それだけのことだ。

 

 ちなみに飲むカレーは自家製でもレトルトでもどちらでも良いが、マグカップは金属製のものではなく陶器製や木製のものが良い。スープマグがある人はそれで。あと、初対面の時のレッドさんは平気でやったが、一気に飲むと火傷するのでゆっくり飲もう。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 二人でカレーを飲みながらポケモンの様子を眺める。のどかだ。そうほのぼのとした時間に心癒されていたところに父から「母が好意で夕飯を用意している」旨の連絡が入り、背中が震えた。従姉夫婦も遊びに来るという。

 

「すみません、レッドさん。悲惨な味付けに悶絶することになると思いますが――お付き合い頂けますか」

 

 ガラルで十年を過ごし覚悟のある私と違い、レッドさんはガラル料理初挑戦だ。身内を下げる文化圏のレッドさんは「不味い不味いと言っているが謙遜だろう」と思っているかもしれない。

 しかし、たとえそうだとしてもレッドさんは頷いたのだ。頷いたからには最後まで付き合ってもらおう。

 

 ガラルの飯の味を知れ。絶望とは是この一皿……レッドさんよ、刮目しろ。(舌を)焼き尽くすぜ!

 レッドさんはトイレからなかなか帰って来なかった。だから言ったのに。

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