お願いねがいぼし、白いご飯に合うおかずをください!   作:充椎十四

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※一話の半分の文字数です。


ひどいやねがいぼし

 カントーから保冷ケースに詰めて運び、実家の冷蔵庫に保存しておいた今回の主役――何度も何度もタケシさんと失敗作を啜り、ようやっと完成させたそれの名は「中華麺」。むろん細麺から太麺ちぢれ麺まで揃えている。豚骨なら麺は極細のバリカタと決まっているからだ。

 「お姉ちゃんの作るご飯美味しい」と言ってうちに昼食を取りに来たネズ君とレッドさんのため、芝麻醤とラー油、鶏ガラなどを使ったスープに肉味噌と縮れ麺……これらを使い作るのはそう、日本式の担々麺。そして焼き餃子だ。実家で埃を被っている我が社の調味料を使い、カレーに飽きた時にまともな料理を食べたい我々のため、ガラルで明るい未来が待っているネズ君の味覚のため、美味しい物を作るのだ。

 

 下準備シーンなどさして重要ではないから飛ばすが、これだけは言いたい。餃子餡の挽き肉は多い方が美味しい。以上だ。

 

 ところで、「餃子の皮」を食べるか「餃子の餡と皮の合体したもの」を食べるか「餃子の餡のオマケに餃子の皮が付いているもの」を食べるか。どれが良いかと言えばもちろん四番目の「餃子の餡のみ」が美味しいのは当然誰もが知っていることだろう。皮などなくとも餃子は美味い、皮はおまけよ。

 しかし、餃子の皮なくばジューシーな肉汁は餡から流れ出るばかりで残らず、僕たち私たちが愛する餃子餡はただのパサついた肉の塊になってしまう。そこで餃子の皮が重要になってくる――皮が餡の肉汁を逃さないのだ。有難う餃子の皮! 君のお陰で餡の肉汁は守られた!

 とはいえ肉汁を守るオマケだからと餃子の皮を甘く見てはならない。不味い餃子の皮で包んだ餃子はたとえ餡がいくら美味しかろうが不味くなる。太巻きの海苔が不味ければ太巻き自体が不味く感じられるのと同じだ。ああ、海苔を食べたい。お腹を下したとしても海苔を食べたい。……海苔の話は止めよう。

 

 そういうわけで餃子の皮も重要だ。薄く、焼けばパリッとする餃子の皮も餃子全体を構成する欠かすべきでない一要素だ。

 

 丁寧にかつ素早くひだを作りながら餃子を包み、ざっと百個ほど包んで餃子の準備は完了だ。担々麺のため中華麺を湯がきながら餃子を焼き、レッドさんとネズ君の担々麺を仕上げ、二人に今日の昼食『担々麺餃子定食』を出す。もちろんネズ君の分は体の大きさを考えて控えめな量にし、スープも甘めにしてある。

 まだ若い二人にはこの定食の罪深さなど分かるまい……担々麺の麺、炭水化物。餃子の皮、炭水化物。白いご飯、炭水化物。そこに胡麻由来の芝麻醤やラー油、肉味噌、餃子餡という脂と動物性たんぱく質の追い打ちだ。これは太る。体重を気にする女の子なら絶対に食べない悪魔の定食だ。なにせこの担々麺のスープは単体で飲むには少し辛く作っている。ゆえに人はスープに替え玉または――白いご飯を投入したくなるのだ、恐ろしいことに。ご飯はお代わり可能です。

 担々麺も餃子も脂っこいから口が疲れるのではないか、などという心配は無用だ。今日の餃子のタレは酢の割合を増やしさっぱりした味付けのもので、それにより自然と餃子とご飯入り担々麺スープを交互に食べることになる。箸休めのお新香も加われば胃拡張間違いなし。

 

 そして私は、レッドさんに禁断の一言を告げる。

 

「餃子のお代わりもありますよ」

「僕も!!」

 

 レッドさんよりネズ君の反応が速かった。この反射神経の良さはポケモントレーナーとして将来有望だろう。

 第三便の餃子の山と共に自分の分の担々麺を作り食卓についたが、まだなおレッドさんとネズ君は無心に餃子を貪っている。時計を見ればあと三十分で二時だ。

 

「ネズ君、そろそろご馳走さましない? もう一時半だよ」

「えー、まだギョーザ食べたか! 今日くらい午後のスクール行かんでも良かばい」

「まあまあそう言わずに」

 

 十歳まで通うスクールでは低学年の間、家でご飯を食べる。家に戻り学校へまた行く時間のために昼休みは長く、高学年が五時間目の授業を受けている時間も昼休みとされている。私の記憶が正しければ六時間目は二時からのはずだ。ここからスクールまでは徒歩で十分程度だが、六歳の子供の足ではその倍近い時間が掛かるだろう。

 

「お姉ちゃんが一緒に門まで行ってあげるから、午後もスクール行こ?」

「えー……」

「お姉ちゃん、ネズ君の行ってるスクールを見てみたいなぁ」

 

 私にとっても母校だからどんな場所か知らないわけがない、まあ方便というやつだ。「どうしようかなー」と体を揺らしながら言っているネズ君に――なんとレッドさんが、レッドさんが声を出した!

 

「……ぼくが行く」

「レッドさんが喋った!」

「レッド兄ちゃん口きけたと!?」

 

 我ながら散々な言い様だとは思うが、今までレッドさんの声を自己紹介の一度しか聞いたことがなかったため本気で驚いた。

 

「ネズ、一緒に行こう」

 

 ネズ君は瞳を輝かせて頷いた。お姉ちゃんよりお兄ちゃんが良いのかと少し凹んだが、トレーナーを目指している男の子には、ツボツボしか持っていない変なお姉さんよりトレーナーとして経験のある年上のお兄さんの方が嬉しいだろう。

 

 いそいそと二人で出かける準備をする二人を見ながら心の中でちょっと泣いたがすぐに気持ちを切り替えて担々麺を啜り、白いご飯と餃子を貪り、お新香でほっこりとため息を吐いた。ほうじ茶を淹れて食後の時間を過ごしていればもう二時十五分。レッドさんが戻ってきた。

 

「お帰りレッドさん、ネズ君と一緒にスクールまで行ってくれて有難う」

 

 給湯器からお湯を注いでほうじ茶を淹れレッドさんに出せば、いつもの真顔で頷いて椅子に座った。

 

「校門で引き留められたでしょう、お疲れ様です」

 

 スクールに通う子供のほとんど全員はポケモントレーナーを目指している。私の様に「さらばガラル飯! 貧しい味覚とは縁を切るぜ!」とガラルにバイビー(グリーンのマネ)するための訓練所と割り切っている子供は例外中の例外で、誰もが推薦状を得ることを夢見てスクールに通っている。

 そんな夢見る子供たちの前に、腰にモンスターボールを六つもぶら下げた若いポケモントレーナーが現れてみろ……間違いなく取り囲まれて質問攻めにされる。六歳から八歳までのボーイズ&ガールズは遠慮という言葉を知らないから、チャイムが鳴ってもレッドさんをスクール内に引きずり込もうとしたに違いない。

 大変だね。

 

 ――ヨクバリスからきのみを奪ってカレーを作ったり、親や親戚の好意で酷い物を食わされたり、ワイルドエリアでキャンプする時にレッドさんがネズ君を連れて野生のポケモンに喧嘩を売りに行ったりして過ごすこと五日。

 カントーに帰る私の脚にネズ君が抱っこちゃん人形のごとくしがみつき、大声で泣きわめいた。

 

「お姉ちゃん帰らんとって! ヤダ!」

「ごめんねネズ君、お姉ちゃんもお仕事があるんだよ……」

「お姉ちゃんおらんと人参美味なか! ママのご飯まずい!」

 

 気持ちは分かるがそんな直接的な表現でママの料理を貶すのは止めるんだ。君の後ろにママがいることは知ってるだろう、君がママの料理を貶すことでママに睨まれるのは私なんだぞ。とてもいたたまれない。

 

「ネズ君、また来るから。その時また一緒にご飯作ろう。ね?」

「お姉ちゃんガラルにおれば良か! なんでカントー行くの!」

「お姉ちゃんのおうちはカントーにあるんだよ……」

 

 どうにかママこと従姉がネズ君を引き剥がした。目元も鼻も真っ赤で哀れを誘う姿に後ろ髪を引かれないではないが、私には帰るべき場所(しゃくや)がある。

 

「ネズ君、強く生きるんだよ……」

 

 私の記憶が正しければ、剣盾でスパイクジムのジムリーダーをしているネズは白と黒の髪の若い男だ。従姉甥のネズ君も白黒の特徴的な髪をしているし、ネズ君の他に白黒バイカラーの髪の少年を見かけたことはない。またガラルには既にマクロコスモス社がある。だからネズ君が将来のジムリーダー・ネズで間違いない。

 しかし、あの様子を見るとネズ君もカントーに来そうだ。本当にジムリになるのだろうか。

 

 カントーに戻れば「イッシュ地方で有名らしいシフォンケーキを作ってみたい」とタケシさんに誘われ、荷解きから数日後にガラル土産の紅茶缶やスコーンを携えニビシティへ。ちなみにレッドさんはさっさとシロガネ山に戻ってしまったため、ニビシティに向かったのは私一人だ。

 グリーンさんには「どうしてレッドを捕まえておかなかったんだ!」と怒られた。私がレッドさんを引き留められる訳がないだろう、そんな無理を言われても困る。

 

 シフォンケーキはタケシさんだけで作るのだが、タケシさんは洋菓子について詳しくない。ある程度とはいえ洋菓子の知識がある私にアドバイスがほしいということらしかった。

 

「卵の白身を泡立てたものがメレンゲだということは分かったんだけど、ここの『メレンゲに角が立つ』というのもどういう意味なのか分からなくてね」

「あー……優しくない表現ですよね、それ」

 

 シフォンケーキを作る際、メレンゲにはある程度の固さが必要だ。メレンゲが緩いとシフォンケーキが膨らまないだけでなく型から外す時にケーキが崩れやすくなる。そう説明すればタケシさんの剛腕が唸り、見る間の内にちょっと固すぎるメレンゲになった。緩いよりは良いだろう。

 予熱したオーブンにケーキを入れて焼きあがるのを待つ間、タケシさんからまさかの相談が来た。

 

「カスミにプロポーズするつもりでね、年頃の女の子はどういうシチュエーションを好むか教えてくれないかい?」

「えっ、もう交際されていたんですか?」

「いいやまだだ。でも交際するなら結婚が前提だろう? 指輪なども準備しようと思っているんだが、カスミがどんなシチュエーションやプレゼントを好むか分からなくてね。もっと小さい子の好みなら分かるんだが……」

 

 両親がドロンしたタケシさんの家はまだ幼い弟妹が多い。年下とはいえ年頃の女の子の好みがどんなものか分からず相談してきたのだろう――しかし、交際の申し込みで指輪は重い。

 

「タケシさん、真剣な交際をすることはとても良いことだと思いますが、指輪は気が早いです。私はカスミさんがバラの花を好きかどうかは知りませんが、交際の申し込みならベタにバラの花束などが良いと思いますよ」

 

 花ならどうせ枯れるが、指輪はずっと付けるものだ。タケシさんや私が選んだ指輪ではカスミさんの好みではないデザインの指輪を送ることになりかねないし、交際が始まってから一緒に選びに行ったらどうか。

 そう説明すれば、なるほどとタケシさんが頷く。

 

「君に相談して良かったよ」

「いえいえ、お役に立てたなら良かったです」

 

 後日、タケシさんとカスミさんは正式にお付き合いを始めた。カスミさんが十六歳になり次第籍を入れるそうだ。

 二人で選んだ婚約指輪を三人の姉に見せつけて自慢し、姉たちを煽りに煽ったカスミさんは彼女たちから殴る蹴るの暴行を受けズタボロにされたとか。可哀想に。

 

 店長たちから回ってくる釣り書きはちょっとごめんこうむるとはいえ、私にも結婚願望がある。料理が上手くて頼りになる旦那がほしい……でもまあそのうち、気が向いたら、あと五年くらいは一人でふらふらしていれば良いけれども。私にはフーディン(レベル七十、♂)もいるし。

 そう思って気ままに過ごしていた私の下に届いた連絡は。

 

 ポケモンを悪用する犯罪組織がダイマックスした状態のポケモンを連れスパイクタウンに侵入、いくつものビルが押し潰され、数多くの死者が出た。

 被害者の中にはうちの両親や親戚……そして従姉夫婦。

 犯罪組織が幅をきかせ治安が悪いガラルに幼いネズ君とマリィちゃんを置いておくわけにゆかず、金銭的にも体力的にも余裕がある私が二人を引き取る事になった。ガラルの一時保護施設で再会したネズ君は私が抱きしめても前に空港で別れた時の様に泣いてくれず、私ばかりわんわんと泣いた。

 私がこの子を支えるんだ、そう決心した。

 

 しかし残念なことに、私はそのようなお綺麗な覚悟を初志貫徹できるスーパーアルティメット聖人ではない。

 

 九歳の子供に突然の両親の死が受け入れられるだろうか? 無理だ。そのうち乗り越えられるかもしれないが、三週間かそこらで受け入れられる類の問題ではない。ネズ君は我が家――といっても借家――の隅で体育座りし闇を生成し、そろそろ二歳のベイビーことマリィちゃんは突然な環境の変化のせいで泣いてばかり。一応とつくが社長である私は工場で仕事をしなければならない。時短勤務は権限を代理してくれる人がいてこそ叶うのであり、社長の私には……そんな人がいたら良かったのに。

 まだ半月なのに既に私は疲労困憊だ。

 

 困り果てた私はタケシさんに泣きついた。子供の世話のプロと言って過言ではないタケシさんなら何か良い案を持っているに違いない。

 

「お手伝いさんを頼むのはどうだ?」

「それも考えたんですけど、ネズ君は私以外を警戒しているようでして……。グリーンさんがうちに遊びに来た時、凄い悲鳴を上げたんです。驚いたマリィちゃんも泣き出すわネズ君が物を投げまくるわ、近所の方の通報でジュンサーさんが来ました」

「ううむ、そうか……。なら他に知り合いはいないのかい? たしか君はレッドと一緒にガラルに行っていただろう」

 

 シロガネ山の引きこもりはポケモン関連の要件でなければ下山しない、引きこもり界のレジェンドだ。ポケモンバトル界のレジェンドでもあるが。

 そんな(普通なら辿り着けないシロガネ山に本人が引きこもっていることもあり、物理的な意味も含めて)高嶺の存在なレジェンド・レッドさんだが、彼とはガラルまで一緒に行ったり、彼をガラルの実家に泊めたり、私の縁(スクールの同級生)で育て屋を彼に紹介したこともある。ネズ君の世話をちょっとくらい頼んでも良いような親しい間柄にある、と言っても良いのではないだろうか。

 

「レッドさんなら静かですし、ささくれだったネズ君のハートをむやみに刺激することもないでしょうね。レッドさんに頼んでみます」

「……レッド以外に誰かをガラルへ連れて行ったことは無いのかい?」

「ええ。カロスとイッシュにはナナミさんと観光旅行したりホウエンに社員旅行したりしたことがありますけど、ガラルへはレッドさんだけですね」

 

 何が楽しくて飯が不味い場所(ガラル)に親しい友人や世話になっている社員を連れていかなければならないのか。旅行は現地の美味しい物に舌つづみを打ってこそのものだ。

 カロスで食べた料理は本当に美味しかった。カロスはフランスをモデルにしているだけのことはあり、どのレストランでも素晴らしく幸せな食事の時間を過ごせた。色々と食べた中で一番記憶に残っているのはムール貝の酒蒸しだ。貝類が苦手ではないなら是非食べよう。

 イッシュはまあ、見た目が(食紅などで)鮮やかなケーキがショウウィンドウに並んでいたから見なかった振りをしたり、生地が既にかなり甘いクッキーにチョコチップが混ぜられていたせいでブラックコーヒーをがぶ飲みしたり、口を開けられなくなるほど粘着質で固いヌガーで歯が溶けそうになったりしたが、ファストフードを中心に肉と脂に満ちた食事はなかなかに美味しかった。毎日食べるのはごめんだが、旅先で食べる程度なら許容範囲内だ。

 

 だがガラルは――ガラルは駄目だ。出身地だからこそ見える大小様々な粗が気になって楽しめないし、朝食以外の料理がたいてい美味しくない。

 

「ならレッドに頼む以外になさそうだが……レッドは動くだろうか」

「頼んでみて、無理ならその時また考えますよ」

 

 というわけでフーディンに「親戚の若手が私を除いて全員DEAD、引き取ったネズ君ショックでヒッキー、YOU子供の相手ヘルプミー」という内容の手紙を持たせたところ、五分後に一匹で帰って来たフーディンは何故かてきぱきとネズ君の着替え類をリュックに詰め始めた。

 

「フーディン、どうしたの」

 

 声を掛ければ私を振り返り、親指(だろう指)を立てるフーディン。一体ネズ君をどうしようというのか、嫌な想像が頭に浮かぶ。

 

 サイコキネシスでふよふよと手元に届けられた紙はノートの切れ端で、そこにレッドさんの字が書かれていた。「一週間」。一週間が何なのか。一週間何をしようと言うのか――顔を上げれば、フーディンがネズ君の肩に手を置いていた。

 死んだ目のネズ君がゆっくりとフーディンを見上げたその瞬間、一人と一体の姿が掻き消える。

 

「いやいやいやいやいや何してんだアレどういうことだ」

 

 頭はホットだが行動はクールに。動揺を顔に出す奴はベトコンだ、動揺を顔に出さない私は訓練されたベトコンだ。迷わず指が動きグリーンさんの携帯に電話を掛ける。

 

「グリーンさんネズ君にフーディンをキッドナップ!!」

「今なんて?」

 

 ジムから飛んできてくれたグリーンさんに、レッドさんがネズ君をシロガネ山耐寒訓練に誘拐したと泣きついた。ネズ君は家の中で二週間も引きこもって過ごしたのだ、体力が落ちていることは間違いない。エアコンを入れているからネズ君は薄着で、シロガネ山の洞窟との気温の差は少なくとも十五度以上ある。間違いなく風邪をひく。

 レッドさんが向こうで引き留めているのかフーディンが帰って来ず、詳しく話を聞かせろとレッド君に伝えることもネズ君を連れて家に戻ってくるようにと命じることもできない。もしネズ君が死んでしまったら、それもこんな馬鹿々々しいことで死んでしまったら従姉たちにどう謝れば良いのか。

 

「レッドあのバカ!――何かあいつから伝えられたことはないか?」

「手紙に一週間って書かれてました」

 

 グリーンさんは頭を掻きむしった。

 

「一週間で分かるかよバカ! 一週間預かるって意味だろうけど! いいか、おれは今から準備してシロガネ山に登るから、おまえはここで待ってろ!」

「ええっそんなここで待ってなんていられませんよ!」

「おれは雪中登山の装備があるし洞窟までの往復に慣れてるけど、おまえは何も持ってないだろ! おれの言う事を聞け!」

「それはそうですけど……でも!」

「滑落して死ぬ事件なんてざらに起きてるんだ。おまえの手持ちに雪山に慣れたポケモンがいるわけでもないし、役に立たないんだよ!……何かしてたいって言うなら料理でも作ってたらどうだ。きっとここに帰る頃にはあの坊主もおれも腹が空いてるだろうからな」

 

 混乱で頭がパーになっていた時には分からなかったが、後から考えれば、グリーンさんの発言はかなり頼りがいがあり格好良いものだった。が、二日後に家へ帰って来たフーディンから「レッドたちと一緒に、おれはこれから二週間シロガネ山に籠る。おまえからジムに連絡しておいてくれ。ネズは筋が良いな! あと飯が足りないから送ってくれ。作りたてを食べたい」というグリーンさんの手紙を届けられ、ポケモントレーナーの言葉を信用してはいけないと教えられた。

 これだからポケモン廃人は糞。

 

 ――マリィちゃんを背負って仕事をし、時々ナナミさんや友人が手伝いに来てくれてぐっすり寝たりして過ごすこと約一ヶ月。はじめ一週間と言っていた山籠りは期間延長を重ねてようやっと終わった。ちなみに山籠り開始から十日ほどした頃にゴールド君がトキワジムを訪れ、私の必死の制止も聞かず「おれも行ってくるッス!」とシロガネ山雪中訓練に参加したお陰で私の心労は倍増した。ふざけるなポケモンマスターども。

 カントー、ジョウトを代表するポケキチ三人に修行をつけてもらった果報者ネズ君が明るくなって帰って来たのは良いことだが、このところずっと胃が痛い。

 

「胃に優しいものを食べたい……そう、こんな時に食べるべきはおかゆ=サン! サムゲタンではないッ!」

「ついに頭がおかしくなったのか?」

「中華の姉貴大丈夫っすか」

「グリーンさんの反応が非人道的過ぎてびっくりですよ……文句があるなら家に帰ってください。ゴールド君はありがとう。でも今回の件についてちょっとは反省しようね」

 

 レッドさんも私の頭を心配するような表情を浮かべている。理不尽だと思う。

 沈んでいるネズ君を元気づけようとしての行為だったことは分かっているが、私が一ヶ月のあいだ気を揉みながら過ごした原因はレッドさんだ。そういう対応をされるととても理不尽だと思う。

 

「今日はお粥ですからね」

 

 そうは言っても、ただのお粥ではない。カニ出汁のお粥だ。先日オーキド博士の研究所でポケモン同士の喧嘩があり、フシギダネのはっぱカッターがクラブの腕の付け根に命中、その美味しいカニの手をナナミさんから頂いたのだ。

 というわけで今日のお粥はカニの殻出汁の豪華なお粥だ。なおカニの身はまだたっぷり冷蔵庫にあり、近いうちにカラシマヨとあえてカニマヨピザを焼くつもりでいる。

 

「お粥なんて食べたところで腹なんか膨れないだろ。おれは帰るぜ」

「おれは食べていくっす」

「姉ちゃんお粥って何?」

 

 グリーンさんが帰ったので、欠食児童三名と幼児一名に私の分を作る事になった。カニの出汁は香りが特徴的ですぐ分かる――ゴールド君が「クラブの出汁だ!」と歓声を上げ、ネズ君も「美味しそうな匂いがする」と笑顔だ。ほんの一月前にはこの世の終わりのような顔をしていたのに。やはりネズ君もレッドさんたちと同じポケモン廃人ということなのだろう。

 カニの身をちょっとだけ入れたお粥は美味しい。カニの出汁を使って美味しくなくなる訳がないのだ。はふはふと美味しそうに食べるネズ君、黙々と食べるレッドさん、「美味い美味い」と言いながらお粥を掻っ込むゴールド君、スプーンを口の前に持っていく度に首を伸ばして食いつくマリィちゃん。グリーンさんも可哀想に、カニの出汁を気前よく使ったお粥はこんなに美味しいのに、帰ったから食べられないのだ。ただのお粥と思ってさっさと帰った自分を恨むが良い。

 

 マリィちゃんの食べ残しとお鍋のお粥を七味唐辛子で味変しながら食べ、食器を洗える良い子のゴールド君に片付けを任せて食後のお茶を淹れ――蜜掛け煎餅を出した。雪○宿だ。

 シンオウ地方の煎餅メーカーが作ったというこの雪○宿はまさしく私が知っている○の宿で、適度なしょっぱさのサラダ煎餅に白い蜜が散っている甘じょっぱくて美味しいお菓子だ。膝の上に乗せたマリィちゃんはにんじんビスケットとミックスジュースを盛大に溢しながら食べ、「うまー」と言いながらテーブルを叩いたり体を揺らしたりと忙しい。

 

「マリィちゃんご機嫌ですねー、ネズお兄ちゃんが帰って来たからかな? 嬉しいねー」

 

 ――しかし、そんな風にゆったりと時間を過ごせたのはたったの数日のことだった。突如ネズ君が「一人でガラルに帰る」と言い出したのだ。

 理由はただ一つ、ガラルの旅立ちの歳は十歳なのにカントーは十一歳だから。

 

 数ヶ月後に開始されるジムチャレンジに参加できないと知ったネズ君は拗ねに拗ねた。ガラルに戻れば半年足らず待つだけで済むのに、カントーでは更に一年待たなければならない。そんなことは耐えられない、ガラルに帰る、と暴れまわったのだ。

 そろそろ十歳になる九歳児の手加減を知らない腕力はかなり痛いが、それがカントーの決まりだから諦めてもらう他ない。既に私が後見している都合上、私にはネズ君を保護し監督する義務がある。

 

「姉貴のあほ! ばか!」

「あほって言った方があほなんですー。ネズ君はガラルのスクールに通ってないから推薦状を貰えませーん残念無念また来年」

「だからガラルに戻る言うとるばい! おれなら推薦状貰える!」

 

 ガラルのスクールの友だちに後れを取るのがよほど嫌なのだろう。ネズ君は「十一歳でジムチャレンジなんてみっともない。そんなの嫌だ」と言って泣き出した。

 みっともないだのなんだのというのはただの思い込みだ。私の幼馴染は二十になった今も毎年ジムチャレンジに挑んでいるし、それをメディアや観客から揶揄されることはない。その年に一番強かった人がチャンピオンになるだけであり、ジムチャレンジには十歳以上という参加年齢の足切り以外の制限はない。誰もがチャンピオンになれる可能性を持っている。十歳でなければチャンピオンを目指してはいけないなんてルールはないのだ。

 

 しかし九歳児にそれを理論的に説明したところで納得してくれるわけもなく、ネズ君と私の衝突は半年近く続いた。その年のジムチャレンジが始まったことでようやく諦めてくれたが、長い間じっとりとした目で睨まれ続けた私の心労は語り切れない。

 そしてネズ君が十一歳になったジムチャレンジの季節、私はネズ君をガラルに送り出した。レジェンドとそのライバルからの推薦状を持たせて。




次回
悪い人「ママが恋しいのかよチャレンジャー、おうちに帰ってママのおっぱいでもしゃぶってなァ」
ネズ「恋しいのはカントーの味付けですよ死にやがれ下さい!」
カブ(わかる……)
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